小説2
- ナノ -





テンテンと別れた後、サクラは一人商店街をぶらついていた。
特に用というものはなかったが、どうしても家に帰る気にならず仕方なしに時間潰していた。だがそんなサクラの肩を叩く者がいた。

「よう、サクラ。今いいかい?」
「テマリさん…」

声をかけてきたのは背中に鉄扇を背負ったテマリで、その隣にはいつもと変わらぬやる気のない表情をしたシカマルがいた。

「悪ぃなサクラ。どーしてもテマリがお前と話がしたいっつーからよ」
「余計なこと言うんじゃないよ」

交わされる軽口に軽く笑ってから、サクラは構いませんよと揃って商店街から抜けた先にある休憩所のベンチに腰かける。

「我愛羅と結婚するんだって?」

前置きも何もない、さっぱりとしたテマリらしい問いかけ方。
サクラは正直苦笑いする気持ちを抑えられなかったが、素直にはい。と頷いた。

「本当にいいのかい?あの子不器用だし口数は少ないし…意思の疎通だって初めは上手くいかないと思うよ?」
「はい。分かっています。でも不器用な人を相手にするのは慣れていますから」

苦笑いしたままのサクラにシカマルは内心でサイとサスケのことだろうなぁ…と思いつつ空を見上げる。
今日ものびのびとした雲が穏やかに広がる、心地のいい青空だった。

「そうかい。それじゃあ私から言うことはもう何もないね」
「…え?」

てっきりサクラはもっと色々言われるのかと思っていた。
我愛羅の嫁になるんだからああして欲しいとか、こうして欲しいとか。砂隠の習慣はこうだから覚悟しておけよとか、そんなことを言われるのだと思っていた。
だがテマリはあっさりとサクラの期待を裏切ると、驚くサクラにどうかしたか?と首を傾けた。

「え…えと、いや…その、もっと他に、何か言われるのかと思って…」
「え?ああ。ははっ、言わないよ。もう我愛羅だって子供じゃないんだ。自分の里の話くらい自分でするさ」

穏やかに笑うテマリの横顔からは弟に対する信頼が読み取れる。無償の愛、とでも言うのだろうか。
シカマルに向けるのとは違う酷く穏やかで優しい笑みに、サクラは思わず視線を伏せた。

「…浮かない顔だね」

しかしテマリはサクラの悩む心を表情から読み取っていた。当然シカマルもそのことに気付いていたし、火影であるカカシだって、口にはしないがサクラの父母だって気づいている。
だがサクラは何も言わなかった。だからテマリも聞くつもりはなかった。けれど思っていたよりも暗い表情をしているサクラを放っておくことは流石に出来なかった。

「我愛羅との結婚、嫌ってわけじゃあないんだろう?」
「…はい。彼はとても優しくて…いい人です。私の面倒臭い所も全部、丸ごと受け入れると…そう言ってくれました」

焼き魚を口にしつつではあったが、我愛羅は確かにサクラの気持ちを受け入れると言った。面倒臭い気持ちも丸ごと全部、受け入れたいと。

「でも、私はそんな彼にどんな顔をすればいいのか…未だに分からないんです…」
「…うちはサスケ、か?お前の悩みの種は」

ナルトとサスケ、それからサクラとサスケ。その複雑な関係を知らないテマリではない。とはいえ深く知っているわけでもない。
元々他里の人間だったのだ。それらの話を聞いたのは戦争が終わってからだった。

「アイツのことがまだ好きなのか?」

テマリの問いかけは直球だ。いつだって迷いがない。はいかいいえか、二つに一つ。答えやすいようでいてその実難しい。
サクラは少しばかり眉間に皺を寄せた後、素直にはいと頷いた。

「けど我愛羅くんのことが嫌いというわけではありません。我愛羅くんのことも、私は好きです」
「だが好きの意味が違うんだろう?それくらい私だって分かるさ」

我愛羅に向ける愛情と、サスケに向ける愛情は誰が見ても違うと分かる。
サクラの視線の熱具合からも、こうして思い悩む姿を見ても。だがテマリは慰めるつもりも、サクラの気持ちを弟に向けさせようとするつもりもなかった。
それらは全てサクラと弟が、二人が解決する問題だと決めていたからだった。

「サクラ。お前が悩む気持ちはよく分かる。本当に好きな相手と結ばれたいと思う気持ちもな」
「………」
「だがな、見合いに乗った時点でお前は責任を負わなくてはいけない。身請けされる可能性があることを知ったうえで参加した。ならばお前は自分で自分の選択に蹴りをつけなきゃならないんだ」

断ることだってできた。我愛羅相手になら。弟はそういう奴だとテマリはよく知っている。
だがサクラ自身が我愛羅との婚約を受け入れたのなら、そこから先。自分自身との決着をつけるのはサクラしかいないのだ。我愛羅でもサスケでもなく。

「例えサクラが我愛羅と結婚しなくたって、私はあんたの友人だし、我愛羅の姉だ。そこは何があったって変わらないよ」
「…はい」

テマリと我愛羅はやはり姉弟だ。
己の道は己で決めろと言った。我愛羅も、サスケも。そして、テマリも。
悩む自分と決着をつけれるのは結局のところ自分だけだ。他の誰でもなく、自分自身が向き合い、超えなくてはならない。
例えそれがどんなに辛くとも、足掻くことになろうとも、そこから逃げるわけにはいかなかった。

「厳しいことを言うようだけどね、お前は少しばかり心が弱い。もっとちゃんと、自分の足で立つ努力をしな」
「…はい」

テマリに向ける顔がない。
俯くサクラにテマリは一瞬迷ったが、それを振り払うようにして腕を伸ばし、サクラの背を叩いた。

「我愛羅からには私から一言言っておいてやる。お前はもう一度、自分の心と向き合いな」
「…ありがとうございます…」

まるで泣きそうに顔を歪め、礼を述べるサクラにシカマルはどうしたものかと視線を彷徨わせたが、テマリは気にせず立ち上がった。

「じゃあ私等はこれで帰るとするか。行くぞ、シカマル」
「え?あ、もういいのかよ」

さっさと一人で歩き出したテマリにシカマルは目を開くが、サクラにいいわよ、行って。と苦笑いされれば眉尻を下げた。

「あー…何っつーかよぉ…俺ぁこういうのよく分かんねえっつーか、いや分かんねーことはねえんだけどよ」
「ふふっ、何よ」

しどろもどろになるシカマルなど滅多に見れたものではない。思わず笑ってしまうサクラにシカマルは照れたように顔を歪めたが、すぐさま後ろ頭を掻いていた手を戻し、サクラを見下ろした。

「お前さ、正直に見えて結構秘密主義だからよ、心配してるぜ。いろんな奴が」
「え?」
「まぁ、そんだけ。気を付けて帰れよ。じゃ」
「え…あ、ちょ、ちょっとシカマル…!」

見ていないようで見ている。けれど心の内まで知られているわけではない。
シカマルの言葉にサクラは少々焦ったが、それでもすぐさま肩を落とし、足元を見つめた。

「どうしよっかな…」

婚約の話は既に進むべきところまで進んでいる。
もし今この場に我愛羅がいたら、自分は何と言うのだろうか。

それを考えるサクラの瞳は未だにどこか悩ましげに揺れ、足元を走る枯葉にさえ気付かないほど思考の海に溺れていた。



ほぼ同時刻、いのはナルトと共に青い顔をしたままのサスケを連れ、サクラを探していた。

「あの子どこ行ったのかしら…」
「もう帰ったんじゃねえのー?サクラちゃん今日任務だっただろ?」
「そうだけど、あの子悩んでる時は絶対まっすぐ家に帰らないから、どっかぶらついてるはずなのよ」
「サクラが婚約…しかも我愛羅と…」

サクラとの付き合いはナルトよりも長いいのである。ぶつぶつと何事かを呟くサスケを尻目に商店街の店を覗くいのの瞳に、サクラと話を終えたばかりのテマリが写った。

「あ!テマリさん、シカマル!いい所に!」

声を上げ手を振るいのに気づいた二人は同時に顔を見合わせる。

「いい風が吹いてきたな」
「いや、どっちかつーと嵐じゃないっすかね…」

楽しげに笑うテマリとは対照的にシカマルは頬を引きつらせるが、テマリは気にした様子もなくいのに手を振り返す。

「テマリさん、あの、サクラのこと」

見なかったですか?と続けようとしたいのにテマリは微笑むと、立てた親指を後ろに向けた。

「向こうのベンチ、行ってみな」

そこの腑抜けを引きずってな。と暗にサスケを差され、いのとナルトは苦笑いした。




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