小説2
- ナノ -


そして、咲き誇る




サクラが我愛羅と婚約したと言う事実が里中に知れ渡るのにそう時間はかからなかった。

(まぁ流石忍里とも言うべきか否か…困ったものね)

任務帰り、楽しみにしていた甘味屋に足を運べば有無を言わさずいのに捕まった。
そこには事情を知っているテンテンもいたが、どうやらサクラ本人から話が聞きたかったらしい。
いつもより数倍険しい顔をして席に就いたいのは早速サクラに問いかけた。

「我愛羅くんと結婚するって…本気?」
「うん。まぁ…そうね」

まるで他人事のように頷くサクラに、いのはあんたねぇ…と額を抑え項垂れる。

「まさか酒の席で決めたわけじゃないでしょうね?」
「そんなわけないでしょ。お互い素面だったわよ」

実際食事中ではあったが酒はそう飲んでいなかった。
いのはいつもに増して冷静なサクラにうーんと唸ったかと思うと、もう一度本気?と問いかけた。

「あんたに何があったか知らないけどさぁ、サスケくん諦めるのって何か違う気がするんだけど」
「…どういう意味?」

別にサクラとて諦めたわけではない。だが振られたのだ、サスケから。実際に言われたわけではないが、遠回しに重いと言われたようなものである。
サスケに縛られすぎている。そうサスケ本人に言わせるほど、己の気持ちは重いと言うわけだ。
自分の想いがサスケを苦しめているというのであれば、サクラはその想いをサスケに向け続けることは出来なかった。

「どういう意味って、そのままの意味よ。我愛羅くんが悪いってわけじゃないけど、彼と結婚するってことはそういうことでしょ?ずっと好きだったんじゃない。サスケくんのこと」

サスケが里を抜け、皆に背を向けて。討伐の命令が出た時でさえただひたすらにサスケを信じ、想っていた。
そんなサクラを知っているからこそここで諦めるのはどうなのかといのは問うたわけだが、サクラはどこかぼんやりとした瞳で視線を外に向けた。

「別に諦めたわけじゃないわ。でも、もう子供の時みたいにはいられないのよ」

あの日、我愛羅からのプロポーズを受けた日。サクラは自身が“女”であることを話した。
少女のようにはいられない。いつまでも清らかな想いを抱えたままではいられない。生々しい女の性を持っていることを、我愛羅にだけ話した。
いのでさえ知らない、サクラの心の奥底に隠された部分だった。

「いの」
「…何よ」

サクラは視線をいのに戻すと、いのの隣に座し、終始黙って事を見守っていたテンテンにも視線を流した。

「私、サスケくんのこと…まだ好きよ」
「じゃあ何で…!」

腰を浮かせるいのをテンテンが制す。サクラは通りがかった店員にあんみつを注文すると、運ばれてきた緑茶に口をつけた。

「簡単なことよ。サスケくんが私を選ばなかった。ただそれだけのことよ」
「え…?嘘…それって、まさか…」

サクラの指す意味が分かったのだろう。
信じられない。と首を横に振るいのとは別に、今度はテンテンが疑問をぶつける。

「でもさ、サクラ。サスケの口から直接“付き合えない”って言われたわけじゃないんでしょう?」
「え?そうなの?」

テンテンの疑問にいのの顔が晴れる。
だがサクラはそうだけど、と口にしてからサスケのことを脳裏に描いた。

「あの時のサスケくん…あんまりいい顔してなかった。やっぱり私のこと…うざかったんだと思うよ」

幼い頃に言われた、お前うざいよ。の一言。あの時の瞳とよく似た色が、あの日のサクラを見つめていた。

「ふふっ、そう思うと自分では成長したつもりになってたけど、そうじゃなかったってことかなぁ…」

けれどそれに気付けたのは偏にサスケのおかげだ。良くも悪くも自分の成長には彼がかかっている。
そう思うとサクラはそれはそれで悪い気にならないものだな。とまさに他人事のように思っていたが、いのはサクラのヤケクソとも取れる発言に机を叩いた。

「ふっざけんじゃないわよアンタ!バカ!おたんこなす!でこっぱち!!」
「ちょ、ちょっといの…!」

立ち上がったいのの罵声にテンテンも腰を浮かすが、サクラはそれを黙って見つめ、聞いていた。

「アンタ全然サスケくんのこと分かってないわよ!今のサスケくんがアンタにそんなこと言うわけないじゃない!里抜けした時と同じ気持ち抱くわけ、ないじゃない!」

まるで自分の事のように怒るいのにサクラは内心感謝したが、それでも視線はいのから机上の緑茶に移り、能面のように感情が読めない自信の顔を見つめた。

「そんなの分からないわよ。だって、私はサスケくんじゃないもの」

いのだってサスケ本人の心の内を知っているわけではない。例えそういう話をサスケとしていたとしてもサクラには届いていない。
言葉ない相手の気持ちなんて分かるはずがないと零すサクラに、いのは口を噤んだ。

「もういい。サクラなんて知らない。勝手に結婚でも出産でもしちゃえば」
「ちょっといの!」

サクラを見限るいのにテンテンは焦るが、サクラはそう。と頷くと再度茶を啜った。

「わざわざありがとうね。気を付けて」

突き放すような言葉。顔を青くするテンテンを背に、いのはふん、と鼻を鳴らすと甘味屋の暖簾をくぐり出て行ってしまった。
だがサクラは運ばれてきたあんみつに匙を入れ、甘い蜜を口に運ぶ。

「ちょ…ちょっとサクラ、いの行っちゃったわよ?!このままでいいの?!」

本来ならこんな冷戦みたいな言い合いをすることなどない。いのとの喧嘩はいつだって悪友じみていて、時には殴り合いに発展するようなこともあった。
けれどこれではまるで袖を分かつようだった。修復できなくなる前にもう一度話し合うべきだと続けるテンテンに、サクラは曖昧に笑った。

「ありがとう、テンテン。でも今は無理よ」
「どうして?」

テンテンはてっきりいのが怒っているからだと答えると思っていた。だがサクラは匙を器の中に戻すと、再度自嘲気味に頬を歪めた。

「だって、面と向かっていのと話しあえるほど…私も自分の気持ちが整理できてないもの」

結婚するとは決めた。我愛羅から贈られてきた花飾りも大切に保管している。
けれど、

(気持ちの整理は…思ったよりも上手くいかないものなのよね…)

決めたはずなのに、どこか迷っている。
もう戻れない所にまで話は進んでしまっているというのに、それでもまだ自分の気持ちが固まらないでいる。

そんなサクラの揺れ動く心理をどう捉えたのか、テンテンは困ったように眉を下げると長い吐息を一つ零した。



一方、サクラと別れたいのはふつふつと湧きあがる怒りをそのまま足に乗せ、大通りをまっすぐ突き進んでいた。

(ったく…!何よアレ!自分から“結婚する”って決めといてまだ悩んでるじゃない!どうして急いで答えなんか出したのよ!サクラのバカ!!)

いのには分かっていた。サクラが未だに我愛羅との結婚に踏ん切りがつかないでいることに。
だが政略結婚とはそういうものだ。互いの思いが互いを向いているとは限らない。むしろその逆だってある。

(でも…私たちは忍だから、って、あの子がそう思ってる節も絶対にあるのよね…)

サクラは聡明だ。良くも悪くもバカになれない。サスケもそうだ。
真面目すぎるが故に互いを傷つけ、真面目すぎるが故に伝わらない。不器用な二人にいのは遂に肩を落とし、突き進んでいた通りの途中で足を止めてしまった。

(サクラ…あんた本当にそれでいいの…?)

いのには分からない。サクラの心が。
だがサクラも分からないのだ。己を突き放したサスケの心が。
そしていのもまた、サスケの本意が見えないでいた。

「はー…何でこう…男って皆不器用なのかしら…」

自分が悩んでいてもしょうがない。こればかりはサスケ本人に聞かないと、といのが顔を上げたところで、偶然にも整った顔立ちを見つけてしまった。

「あれは…サスケくん!!」

久方ぶりに腹の底から出した声。
サスケはサクラとは別の声にビクリと肩を跳ねさせ、それから相手を特定するとどうかしたのかと近づいていく。

今までのいのなら、サスケの記憶の中にいるいのならここでの反応は“久しぶり、サスケくん!”という言葉と満面の笑みだった。
しかし実際のいのは肩を上げ、怒りに眉を吊り上げると片手を振り上げた。

「ちょっと歯ぁ食いしばって!!」
「は?」

一体なんだと問う前に、いのの張り手がサスケの頬を殴り飛ばす。
パーン!とあまりにも小気味のいい音が周囲に響き渡り、通行人は何だ何だと足を止め、痛みに悶えるサスケの丸まった背を眺めるのであった。




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