小説2
- ナノ -



一方、サクラたちは本日の任務“下忍の修行相手になる”に参加していた。

「つってもよー、相変わらず変わり映えのしないメンバーだってばよ」
「文句言わないの、ナルト。ほら、木の葉丸だっているわよ」

もっと格好良くて派手な任務がしたかったてばよ、と文句を零すナルトを尻目に、サクラが木の葉丸たちに手を振ればサスケが訝しげに視線を巡らせる。

「んあ?どうしたんだってばよ、サスケ」
「いや…気のせいか…」

眉間に皺を寄せ、僅かに首を傾けるサスケにサクラも首を傾けたが、すぐさまそれは正された。

「サスケ」
「兄さん…!」

突如三人の前に音もなく表れたのは、先程メンバーたちに背を向けたイタチであった。
久方ぶりに見た兄の姿に普段はクールなサスケも声を上げて驚く。

「いつ帰ってきたんだ?!」
「つい先程だ。大きくなったな、サスケ」

そう言っていつものように額を人差し指で突く兄に、サスケは照れくさそうに止めろよ、と顔を背ける。
だがその実兄に弱い弟である。ナルトの楽しげな視線に気付きつつもイタチの手を払うことはしなかった。

しかし暁というのはその出で立ちからしてみても経歴からしてみても目立つものである。
普段目にするナルトやサスケといった中忍メンバー、あるいはその教師たちとはまた違った貫録のある姿に、下忍たちはうおー!と声を上げ近寄ってくる。

「本物の暁だぞコレ!」
「うわー、格好いい〜!」
「お兄さんのお名前教えてください!」
「サスケさんのお兄さんって本当ですか?!」
「いつから暁に入ってたの?」
「今何してるの?」

押し寄せる波のように足元に集まる子供たちにイタチは瞠目したが、すぐさま腰を折って一つ一つ質問に答えてやる。
その教師さながらの姿にサスケは面白くなさそうに唇を引き結んだが、楽しそうなナルトに小突かれすぐに顔を逸らした。

「お前、ほんとーに兄ちゃんのこと大好きだよな〜!」
「うるせー。黙ってろウスラトンカチ」
「素直じゃねえの、キシシシシ」

子供のように笑いながらサスケをからかうナルトと、それに青筋をたてつつクールを装うサスケ。
そして子供たちに優しく言葉を返してやるイタチ。サクラをそんな平和ともいえるワンシーンを目に焼き付けながら、そっとポシェットに手を這わした。

(本当は、お祝いできなかったサソリへの誕生日プレゼント…渡すつもりだったんだけどなぁ…)

サソリは神出鬼没だ。だからこそサクラはいつどこで出逢っても構わないようにと、忍具を仕舞っているホルダーよりもワンサイズ大きめのポシェットを持ち歩いていた。
だが実際は逢ってすぐ喧嘩に発展してしまい、結局渡すことが出来ないでいた。

(あーあ…どうして上手くいかないんだろう。サソリが大人気ないって知ってるはずなのに…)

サクラとて毎度毎度好きで喧嘩をしているわけではない。頭の中では大人気ないサソリを想像しているつもりなのに、やはりどこかで紳士化してしまっているのか。
本人を目の前にすれば頭の中では言えた可愛い言葉も刺々しい言葉に変わってしまう。素直になれない自分にサクラは知らずため息を零し、そっとポシェットから手を離した。

(もう止めよ。サソリのこと考えるの…傷つくだけだし)

そう思い少しばかり一人になろうと背を向けたサクラの肩に、一羽の機械仕掛けの鳥が降りてきた。

(この子は…)

本物の鳥のように鳴いたりはしない、精巧にできたその鳥の首元には文が下げられている。
サクラは鳥を壊さぬよう注意しながらそれを取り外し、そっと開いた。

「…何よ、コレ。サソリのバカっ」

文に書かれていたのは謝罪でもなく逢いたいという睦言でもなく、ココに来い。と言い表す簡易的な地図だけだった。
思わずサクラはそれをぐしゃぐしゃに丸めて捨ててやろうかと思ったが、寸でのところで思いとどまりそれをポシェットに仕舞う。

「でも行くのは任務が終わってからだから。サソリのバカバカバーッカ!」

肩に止まったままの鳥に言い聞かせるようにそう呟き、サクラはそろそろ演習始めるぞ!と仕切りだしたサスケの声に従うように踵を返した。



そして夕方。
イタチの手ほどきを受けながらの任務兼下忍たちとの合同演習は充実を極め、サスケに至っては益々イタチを尊敬したようだった。
皆全身に心地好い疲労を感じつつ帰路を辿る中、サクラは一人別方向に向かって歩きはじめていた。

(そーっと、そーっと…)

幾ら喧嘩をしたとはいえ、呼び出されたのに無視をするのは気が引ける。
そんなわけでコソコソと皆の輪から抜けようとしていたサクラを三人の男の視線が追っていた。

(あれ?サクラちゃん家ってアッチの方じゃなかったよーな…どこ行こうとしてんだ?)
(おかしいな、サクラの奴。いつもなら“一緒に帰ろう”とかなんとか言ってくるのに…兄さんがいるから遠慮してんのか?)
(サソリか…相変わらず素直じゃない男だな)

誰にも気付かれぬよう軽く吐息を零したイタチは、サクラの元に向かって歩き出そうとしていた弟とその友人の首根っこを掴んだ。

「お前たちの家はそっちじゃないだろう」
「に、兄さん…!」
「え、いや、でもさでもさ、サクラちゃんがさ、」
「サクラちゃんは買い物でもあるんだろう。呼ばれてもいないのに女の子の後をつけるのは感心しないな」

イタチのもっともらしい言葉に二人はしゅんと肩を下げ、けれどイタチに帰ろう。と言われれば素直にそれに従う。
サクラの想い人のことを知らない幼い二人の背を押すイタチは、もう一人の困った男、サソリのことを脳裏に描きつつ今度団子でも驕らせるかと画策していた。



そうしてイタチがひっそりと己の手助けをしていたとは露知らず、サソリは一人サクラを呼び出した公園にいた。

(しかし謝れっつったてよ、どうやって謝ればいいんだよ)

小南とデイダラに散々責められ、反省しろと雷を落とされたサソリは誰もいないブランコに座り、ゆるやかにそれを漕いでいた。

(つか何だ、俺の何が悪いってんだよ。そりゃあ文を出さなかったのは悪ぃかもしれねえが、そんなの単に驚かせたかっただけっつーか、サプライズっつーか、ようはそういうもんだろ?恋人同士が分かれる原因っていやぁマンネリじゃねえか。それを阻止するために俺だって色々考えてるっつーのに、何で俺が責められなきゃなんねえんだ?)

あまり体躯に恵まれていないサソリではあるが、それでも子供用のブランコの上に三角座りをし、ゆるやかに揺られている様は気味が悪い。
けれど自分のことで手一杯な見た目は大人、中身は子供のサソリはそのことに気付かない。
公園の前を通るお母様方の訝しげな視線など、それこそ蚊帳の外だと言わんばかりに意識から外していた。

(あ〜…こんなことならさっさとコレ渡しておくんだったぜ…今更どんな顔して渡しゃいいんだよ、クソがあ!!)

ガリガリと夕日に負けじと燃える赤い髪を掻いていれば、公園の入り口に一つの影が出来る。

「…何やってんの、そんなとこで」

聞こえてきた声に顔を上げれば、そこには少しくたびれた格好の、ついでに呆れた表情をしたサクラが立っていた。

「…任務だったのか」
「まぁ、ね」

サソリはてっきり非番だと思っていたのだが、これで何時間待っても来なかった理由が分かってすっきりしたぜ。と内心で頷いた。
中身は子供なだけあって意外と一途なのだ。サソリは。
しかしそれが上手いこと表に出せないせいで拗れるのだが、やはりそこには気づかずサソリはブランコから飛び降りる。

「待ってたぜ」
「私なんか数ヶ月単位で待たされてんだけど?」

たかだか数時間でキメ顔作ってんじゃないわよ。と続けそうになる言葉をぐっと堪え、サクラはそれで?と言葉を続けた。

「私に何の用?言っておくけど私、まだ許したわけじゃないから」
(あ〜…!!またやっちゃった…)

正直サクラは公園に行く道すがら考えていたのだ。どうすればサソリと穏便に、且喧嘩に発展せず会話ができるのかと。
そもそも喧嘩の理由も、半分以上はサソリに比がある。とはいえそれをしつこく糾弾したのはサクラだ。
サソリが忙しいことは周知の事実。だからそこだけは謝っておくべきかとサクラもサクラなりに反省していたのだが、

(もーっ!なんで本人を目の前にするとこう素直に物が言えなくなっちゃうのよお〜!!)

そう。本人を前にすれば裏腹な言葉が突いて出てくる。どこまでも素直になれない自分にサクラは内心かなり焦っていた。
なのに唇は勝手に動きだし、尚もサソリを傷つけるような言葉を紡いでいく。

「第一いつも唐突なのよ!もし私が長期任務とかだったらどうするつもりだったの?里から出てたら逢えないことなんて確実だし、そもそも皆にバレちゃうじゃない!これじゃあ何のために皆に内緒でお付き合いしてるか分かったもんじゃないわ。それに、いつも自分のこと天才だ何だって言ってる癖に私が任務かどうか調べなかったわけ?何のための部下よ。それでも本当に天才傀儡師様?聞いて呆れるわ〜。私を待ってる時間があるなら少しでも旅の疲れを癒す為に寝るとか、それこそ傀儡の手入れをするとか、そういうことに時間を費やしなさいよね。時は金なり、って言うでしょ?私に言われなくても分かってるくせに、どうしてそれが出来ないのかしら。本当理解不能だわ」

つらつらと、というよりもはやマシンガントークの勢いで出てくる罵倒の数々。
サクラは内心であー!!と大混乱を起こしていたが、傍目にはそれが分からない。これではサソリが切れるのも時間の問題だろうと思っていたが、案外その時間は訪れることはなかった。

「…悪かったよ」
「だから……え?」

未だに続こうとしていた罵倒も流石に止まる。捻くれ者のサソリから零れた言葉を、サクラは理解できずにいた。

「…え?今、なんて…?」
(悪かった?サソリが、悪かったって言ったの?)

驚くサクラに、サソリは一度小さく舌打ちすると、再度悪かったな、と口にして頭を掻いた。

(う、うっそ〜?!)

驚きのあまりすっかり謝罪の言葉も何もかも喉の奥に引っ込んでしまったサクラは、若干俯いているサソリのつむじを見ていることしか出来ないでいた。

「その…たまには俺から謝ってやってもいいかな、って思ったつーか、大人のよゆーっつーか…まぁ、そういうアレ、だ」

途切れ途切れに零された、やはりどこか傍若無人さが残る言葉ではあったが、サクラはその裏に隠された想いを汲み取り口を噤んだ。

「だから、その…今度からは、アレだ…手紙、出してやるよ」

もっと素直な言い方は出来ないのか。
そう思わないこともなかったが、サクラはまぁこれでもいい方かと頬を緩め、一歩サソリに向かって近づいた。

「全く。ほんっとーにアンタってしょーがない奴なんだから」

いつもより丸まった背中。言動は尊大だが姿勢は萎縮している男の前に立ち、サクラはそっと頬を緩めた。

「でも、しょーがないから許してあげる。…逢いたかったよ、サソリ」

本当ならここでハグの一つでもできればいいのだが、生憎サクラはそこまで大胆ではない。
そしてサソリも恋愛経験が豊富なわけではないので、サクラの最大のデレにお、おう…という情けない返答しか出来ないでいた。

「あ、そうだ。コレ…今のうちに渡しておくわ」

また喧嘩になる前に、とサクラはポシェットの中に忍ばせていたプレゼントを取り出すと、はい。とそれを差し出す。

「遅くなっちゃったけど、逢えなかったんだから勘弁してよね。誕生日おめでとう」
「おう…サンキュー、な…」

サソリからしてみればこの歳にもなって誕生日プレゼント…という思いではあったが、それでもサクラから貰えるのであれば話は別だ。
受け取ったプレゼントは手作り感溢れるラッピングで包まれた、軽くて柔らかいものだった。
端々がよれていたり折れているのはずっとポシェットにいれていたせいだろう。
サソリはそれをまじまじと見つめた後、どことなくそわそわとしているサクラに開けてもいいか?と尋ねる。

「別にいいけど…文句言わないでよね」

どこか照れくさそうに顔を逸らすサクラに言わねえよ、と約束し、サソリは逸る心を落ち着けながら包装を解く。
そうして中に入っていたものを取り出し、サソリは思わず何だコレ。と呟いた。

「使い古した洗濯ネット?」
「んなわけあるか!!手袋よ、手袋!!」
「はあ?!コレが?!」

サクラのプレゼント、それは手編みの手袋だった。

「しょ、しょーがないじゃない!初めてだったんだから!これでも頑張ったんだからね!!」

基本的にサクラはあまり手先が器用ではない。
性格からしてみてもこういった作業は苦手な方なのだが、サソリの誕生日なのだからと寝る間も惜しんで編んだものだった。
とはいえ初心者で、尚且つ不器用なサクラが作るには少々難しすぎた。
ミトンと呼ぶにはあまりにも歪な、それでいてどこにどの指を収めればいいのかまるで分からない、丸くて穴だらけの手袋にサソリは頬を引きつらせた。

「…何よ。気に入らないなら捨てればいいじゃない」

どうせ私の手袋は使い古した洗濯ネットよ。
そう続けて不貞腐れるサクラにサソリは面倒臭ぇなと思いつつ、それでも包装紙を無造作に懐に突っ込むとその手袋を手に嵌めた。

「あー…今ちょっとばかし指先冷えてたからな。穴ぼこだけどよ、少しは役に立つぜ、コレ」

一言余計だ。と拳を握りかけたサクラではあったが、実際目の前で嵌めてもらうと嬉しいもので。
また可愛くない言葉を吐く前に唇を噛みしめたサクラは、ただサソリに向かってうんと頷いた。

「つか…俺も、その…アレだ。てめえに渡しとかなきゃなんねえもんがあるっつーか何つーか…」
「渡したいもの?私に?」

サクラの編んだ手袋を嵌め、どこか居心地悪そうにソワソワと体を揺らすサソリに首を傾ける。サクラの誕生日はまだ先だ。
何かお祝い事や記念日などあっただろうかと記憶を辿るサクラに向かって、サソリはおら、と石鹸の入った箱を押し付けた。

「お前、風呂好きだったろ。使えよ」

鬼鮫が見ていたのは石鹸だけであったが、その実サソリが買ったのは石鹸、だけではなく入浴剤もだった。

「わ…可愛い!」

しかもそれはサクラの名を体現するかのような花弁の形をしたもので、薄紅色で統一された入浴剤のセットにサクラは目を輝かせた。

「え、いいの?!本当に?!なんで?!」
「うるっせーなぁ!いいから受け取れよ!」

真冬でもないのに耳まで赤く染め、顔を背けるサソリにサクラは軽く笑ってから受け取った入浴剤のセットを抱きしめる。

「ありがとう、サソリ。大事に使うね」
「…おう」

普段のサソリであればここでセクハラ発言なりサクラをからかう言葉なりが飛び出てきたであろうが、生憎その気持ちはなりを潜めていた。

(だってなぁ…)

観光地で購入したため通常の店で買うより値段は張ったが、それでもサソリからしてみれば大した金額ではない。
いつも木の葉に一人残しているサクラにちょっとしたプレゼント、という軽い気持ちだったのだ。
しかしサソリが思っていた以上に嬉しそうに笑うサクラを見ているとからかいの言葉も喉の奥に引っ込んだ。

(あー、クソっ、可愛いとか…別に思ってねえし)

歪な手袋を嵌めたまま後頭部を軽く掻き、けれど嬉しそうなサクラを見下ろしたサソリはすっかり日が落ちて顔を出した月を見上げ呟いた。

「あー…雪とか、降らせろよバカヤロー…」

じゃなきゃ手袋長く嵌めれねえじゃねえか。

もうすぐ春がやってくる。そんな季節にサソリは一人、吐息を零した。


end

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