小説2
- ナノ -


喧嘩っプルサソサクちゃん



「サソリのヴァカーっ!!」

いつものように聞こえてきた怒声。暁のメンバーは互いに顔を見合わせ、またかと吐息を零した。

「ああ?!この天才傀儡師様に向かってバカとは何だ、バカとは!」
「そのままの意味よ!バカにバカって言って何が悪いのよ?!バカバカバーカ!!」

まるで子供の喧嘩である。
時折仕事で足を運ぶこの木の葉の地に、メンバー唯一の傀儡使いであり捻くれ者のサソリは恋人を置いて来ていた。
普段メンバーの前では無口でクールな男を演じてはいるが、実際は恋人の前で素直になれない不器用で我儘な男であった。
とはいえ既に周知のことである。
自分では上手く隠しているつもりらしいが、その実サクラの前だとその本性が駄々漏れになっていることに気付いていないらしい。
そんな頭がいいのか悪いのか、よく分からないサソリは現在己よりも遥かに年下である恋人、サクラに向かって子供のような言い訳を口にしていた。

「大体なんでいっつも連絡もなしに帰ってくるのよ!いつも“連絡してね”って言ってるじゃない!」
「うっるせーなぁ、しょうがねえだろ。時間がなかったんだよ。俺だって忙しいし?暇じゃねえし。おめーみたいに定住してるわけじゃあねえしなあ!」

傭兵集団暁は存外多忙である。木の葉だけでなく他里、他国からの依頼も多く、護衛や諜報活動、身代わりや暗殺など幅広く行っている。
そのため常時どこかの里や国に腰を落ち着けることはなく、日々旅人のようにあちらこちらと移動している。
そんな多忙でいつ死ぬかともわからない男と付き合っているだけでもメンバーからしてみれば喝采ものなのに、更にその相手が傍若無人を絵に描いたような男なのだから、サクラを思うと小南やデイダラは涙が出そうであった。

「つか、旦那も相変わらず素直じゃねえよな。うん」
「素直じゃないっていうよりバカなのよ、あの男は」

大概すぐに言い合いになる二人ではあるが、傍から聞いてみれば喧嘩の内容はサクラがサソリを心配しているが故の諫言である。
しかしそれが嬉しいのか何なのか。サソリは毎度反省するどころか新しい心配事を増やしていき、結果いつも言い合いになるのであった。

「今回も“時間なかった”とか言ってるくせに団子屋で一服してたじゃねえか。オイラちょっとばかしサクラが可哀相だぜ、うん」
「全くよ。それに休憩している間にだって文は書けたんだから、心配されたり怒られたりするのが嬉しいのよ。本当子供だわ」

呆れる小南とデイダラに、鮫肌の手入れをしていた鬼鮫も苦笑い気味に話しに加わる。

「そういえば、この間泊まった宿でお土産みたいなの買ってたんですがねぇ…渡す気あるんでしょうか、彼」
「お土産?」

首を傾ける小南に鬼鮫はええ、と頷く。

「ほら、先日温泉街の宿に泊まったじゃないですか。あの時美肌になれるとかなんとか謳った女性向けの石鹸を買ってたはずですよ」
「…女性用の、石鹸…」
「…うん…そういや旦那、何かウキウキしてたもんなぁ…」

とある仕事を終えた帰り、メンバーは木の葉に向かうついでに途中の温泉街に宿泊した。
そこは天然の湯が沢山沸いている土地で、美肌を謳う湯や疲労回復、長寿を謳う湯もあった。
現に小南も花の香りがする紙石鹸を購入している。
とはいえサソリも小南同様、石鹸を吟味し購入したのかと思うと額を覆いたくなる気持ちであった。

「とにかく、いい加減喧嘩を止めさせないと」

そう言って立ち上がった小南ではあるが、時既に遅し。
ぐえっ!!という蛙が潰れたにしてはあまりにも勢いのある呻き声が小南の前を飛んでいき、それを追ったデイダラの視線の先で岩に激突し沈黙した。

「もうサソリなんか知らない!綺麗なお姉さんでも可愛い女の子でも見つけて付き合えばいいじゃない!バーカ!!!」

白い頬を赤く染め、いつもは楽しげに細められている瞳からは透明な雫が零れている。
そうして捨て台詞を吐いたかと思うと、サクラは脱兎のごとくその場から駆け出し街中に消えて行った。

「…あーあ…旦那やっちまったなぁ…うん」
「だから言ったのに…本っ当バカなんだから」

呆れるデイダラと小南の視線の先、ずるずると岩からずり落ちたサソリに鬼鮫はやれやれと頭を振る。

「どうしてサソリさんがモテるのか…さっぱり分かりませんねぇ〜」
「うるへー…イロモノ野郎がぁ…」

かろうじて聞こえてきた声はまさに虫の音の如く、小さく響いて切なく消えて行った。




(バカバカバカ!サソリのバーカ!もう知らない!謝ったって、ぜーったいに許してあげないんだから!)

肩を上げ、震える拳を握るサクラは賑わう人通りの中を突き進む。
元々サクラとて今日は暇ではなかった。だが珍しく早くに目が覚め、気が乗るまま散歩をしていたらサソリたちに出逢ったのだ。
そもそもサクラは乙女思考だ。
例え相手が女心に疎い男とはいえ折角お付き合いしているのだ。可愛くおめかしした姿を見てもらいたいと思っている。
なのにサソリときたらいつもいつも手紙を寄越さず唐突に現れ、気の抜けたサクラの顔を指差し“間抜け面”と殴り倒したくなるような悪態をついてくるのだ。

(もう…!ほんっとーに大っ嫌い!!!)

サクラは7班の集合場所である橋の前に辿り着くと涙を拭い、鼻を啜ると頬を叩いてから歩き出す。

「おっはよー!今日もいい天気ねー」

先に訪れていたサスケとナルトに手を振り微笑みかける。
サクラの腰に下げていたポシェットには、忍具とは別にとある物が入っていた。




「で?これからどうするつもり?」
「早く謝んねえと振られるぞ、旦那。うん」
「うるせーよ…」

サクラに殴られ、壁にめりこんだサソリは汚れた衣服等を整えつつ二人から視線を逸らす。
その際鬼鮫に購入する姿を見られていた石鹸の安否を確認し、ほっと吐息を零してから視線を上げた。

「第一な、あの小娘だって悪いだろ?すぐ手を出しやがる。凶暴なんだよ」
(それは旦那が喧嘩吹っかけるからだっつーの、うん)

デイダラからしてみればサクラは“いい子”である。
己の妹分のようであった黒ツチとは違い、言葉遣いも丁寧だし物腰だって目上に対しては柔らかだ。
それに木の葉の穏やかな気性の中で育ったせいか笑顔にも嫌味がなく可愛らしい。
そんな子を捕まえておきながら手が早いだのなんだのと文句を零すのは過ぎたることなのではないかと、デイダラは胡乱気な瞳を向けた。

「別にさ、オイラサクラの味方ってわけじゃねえけど、今回ばかりは旦那が悪いと思うぜ。うん」
「私もそう思うわ」

普段は自分のことをバカだ子供だと言っている小南だけならともかく、喧嘩をしつつも互いの芸術に関し尊敬しあっているデイダラにまで冷たい眼差しを向けられれば流石のサソリも詰まる。
それにデイダラは基本的にサソリの肩を持つことが多い。人としてはともかく芸術家としては尊敬しているからなのだが、それに気付けるほどサソリは聡くない。
思わず視線を彷徨わせるサソリの視界に入ったのは、鮫肌の手入れを終えた鬼鮫と相変わらず何を考えているのか分からないイタチだった。

「…何だ」

しかもイタチと目が合ってしまった。サソリはいつもの癖で別に。と返し、大して乱れてもいない衣服を整える。
どうにもサソリはイタチが苦手であった。

「鬼鮫」
「はい。何ですか?イタチさん」
「弟に会ってくる。用があれば呼んでくれ」

そう言って音もなく駆けて行ったイタチの背を鬼鮫共々眺め、しかしすぐさまサソリもハッと目を開き手を叩く。

「アイツの弟小娘と同じ班じゃねえか!!」

負けるかぁあ!!と何故か意味の分からない叫び声を上げて駆けて行くサソリに、デイダラは素直じゃねえよなぁ、本当…うん。と呟き、小南はやっぱりガキねと吐息を零すのであった。



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