小説2
- ナノ -




そもそも我愛羅の元に女優が訪れたのは写真を撮られる数か月前の事だった。

『ごめんなさい、我愛羅くん。突然押しかけて来ちゃって…』
『いや、構わない。それよりいいのか?今頃ガードマンが探し回っていると思うが…』

ツバの長い帽子を目深に被り、サングラスをかけて我愛羅の元に訪れた昔馴染みに我愛羅は席を促した。
一時期共に時間を過ごしたとはいえ、それ以来顔を合わせていない身である。心配する我愛羅に女優は首を振った。

『大丈夫。私によく似た人に変装してもらってるから』
『ああ…成程な』

女優は我愛羅にとって気の置けない友人の一人であった。
身分や立場からしてみれば“友人”と称するのは聊か問題があるように聞こえるが、彼女自身が我愛羅を“友人”と呼ぶのだから我愛羅もそれに倣っていた。

『それにしても我愛羅くん立派になったね。昔は私とあんまり身長変わらなかったのに』
『笑うな。俺だって男だぞ。身長位伸びる』

昔は小ぢんまりと収まっていた我愛羅も、今ではぐんと背が伸び女優を少しばかり見下ろすほどになった。
直接会うことはなくなっても密かに文のやり取りを続けていた二人である。わざわざ時間を取って話すほど互いの近況を知らぬわけではない。
実際普段であれば周囲に言えない悩みも文にしたため送りあっているのだが、周りの目を欺いてまで自分の元を訪れた女優に我愛羅は首を傾けた。
今度は一体どんな問題を抱えているのかと。

『その…こんなこと本当は我愛羅くんに言うべきじゃないとは思っているんだけど…』
『何だ。何でも言ってみろ』

我愛羅にとってその女優は大切な友人であり、恩人でもあった。
サクラの前では余裕の態度を貫き通していた我愛羅ではあるが、その実女性との交際経験はなく毎日頭を抱えていた。
どうすればサクラが喜ぶのか。何を言えば怒り、傷つき、悩むのか。分からない我愛羅はいつも彼女に向かって相談の文を送っていたのだ。
テマリ辺りならそんなこと直接聞けと尻を蹴りあげるだろうが、彼女は真摯に我愛羅の相談に乗り、アドバイスをくれた。
だからこそ我愛羅も恩義は返すつもりだと言い淀む女優を促せば、視線を彷徨わせた女優は悩みを口にした。

「ストーカー被害?!」
「ああ…彼女はその頃酷いストーカーに悩まされていてな。相当疲れた様子だった」

驚くサクラに我愛羅は頷きつつ、事の真相を露わにしていく。

『ストーカー…か』
『ええ…それも本当に酷くて…』

女優の元に恋文にも似たファンレターが届くことはよくあることだ。
だがその中でも一際異彩を放つものがあった。

「男のものだろう、髪の毛が入っていたり爪が入っていたり、彼女の切り抜きであったり厭らしい写真との合成であったりと…本当に酷い物ばかりでな」
「うえぇ…何それサイッテー…」

流石のサクラもドン引きなその内容に実際悩まされていたのは女優の方だ。

『それに一度事務所に小包が贈られてきて…』
『その中に変な物でも入っていたのか?』

尋ねる我愛羅に女優は思い出すのも気持ち悪い、と口元にハンカチを当てつつ頷いた。

「送られてきた瓶の中に入っていたのは…大量の男の精液だったらしい…」
「ぎゃああああ!!サイッテー!!キモい!キモすぎる!!」
「マジか…」

今まで黙っていたサスケですら顔を青ざめさせ引く始末。
我愛羅も聞いた当時は目を見開き、あまりの事実に嘘だろ?と返したほどだった。

『嘘じゃないの!本当なの!他にも使用済みだと思われる避妊具が入ってたり、何か変な液体がいっぱいついた女性ものの下着が贈られてきたり…本当に酷いんだから!!』

涙目で訴えてくる女優に我愛羅も分かったから落ち着け、と興奮する彼女をなだめすかし、とにかくどう対策を取るかが問題だと話し合った。

「その頃にはストーカーも益々過激になっていたようでな。毎日彼女の自宅周辺であろう写真を事務所に送りつけては“君の匂いを感じるよ”だとか“もうすぐ会いに行くからね”だとか、呪いの手紙のような文章を送りつけていたらしい」
「うげ…聞いてるだけでも怖気が走るわ…」
「女優ってのも大変なもんなんだな…」
「ああ…そうしてついには彼女の自宅玄関の写真を送りつけてきたらしい」

そうして写真が入っていた手紙には“もうすぐ会えるね”と書かれていたらしい。

『もう…!本当に本当に、もう耐えられなくて…!!』

か細い肩を震えさせ、ハンカチを握りしめて涙を流す女優に我愛羅もかける言葉を見つけられず、ただ黙って彼女の背を撫でていた。
それ以来女優は自宅には戻らず事務所やホテル、友人や後輩たちの家を転々とし日々過ごしていたらしい。
けれどいつもつけられているような気配を感じ、食事ものどを通らず先日倒れたばかりだった。

『入院中も怖くて仕方がなかったわ…カウンセラーの先生がいなければ私どうにかなってた…』
『そうか…それは、さぞ辛かっただろう』

入院中は常にガードマンが周囲を固め、病院を嗅ぎつけた取材陣も医者たちに門前払いされ、事務所に男からの手紙が届くこともなかった。

『でも今でも怖くて家には帰れないの…引っ越したくても家の中には台本以外にも大事な物が沢山あるし、ファンの方から頂いたものもあって…』

悩んだ女優は入院中、そして退院してからも暫くの間活動を休養し、外に出る勇気がつくやいなや我愛羅の元に向かって足を運んだのだった。

『お願い我愛羅くん!あの気持ち悪いストーカーを捕まえて!』

必死に懇願してくる女優は以前よりもずっと痩せており、このままではいつまだ立っても安心して芸能活動を再開できないだろう。
我愛羅はそれが分かると二つ返事でそれを受け入れ、とにかくまずは女優の身辺をよく調査することから始めた。

「だから実際写真が撮られる前…大体三か月ほど前からか?そのあたりから彼女の身の回りを調べ始めたんだ」

女優のことを知っているのは我愛羅とカンクロウ、そして当時はまだ砂隠にいたテマリの三名だけだった。
昔彼女を護衛していた時共にいたバキはその時別の任務に就いており不在で、我愛羅たちは三人で彼女の周りを調べ上げた。

「ストーカーの正体はすぐに分かった。少しばかり金を持っているだけの碌でもない男だった」

男は中肉中背のやや猫背気味の男で、いつも最新式のカメラを持ち歩きフラフラと街を出歩いていた。
そうして本屋に入っては女優が載っている本を片っ端から買い漁り、それを持って帰ると鼻歌を歌いながら切り抜きを始めた。

「なまじ耳がいいというのも問題だな、とその時ばかりは後悔した。本当に気持ち悪い奴というのは言動も気持ち悪いものなのだな…」

我愛羅でさえドン引きしたのは男の独り言だった。

「彼女の名前を、勿論下の名前だ。呼び捨てで愛おしそうに呼びながら“今日の下着は白かな”とか“君にはワンピースが似合うね”だとかひたすら呟いてるんだぞ」
「キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい」
「無理無理無理無理」

サクラとサスケが同時に首を横に振る。
しかし我愛羅とて気持ち悪くても耐えねばならない。まるで拷問にも似た気持ちでその胸糞悪い時間を過ごした後、男は突然衣服を脱ぎ捨てた。

「終いには切り抜いたワンピース姿の彼女の写真に向かって自慰行為だぞ…最低だった…」
「ぎゃあああああ!!!無理無理無理無理!!!生理的に無理!!」
「お前よく黙って潜入できたな…俺なら速攻で殺してた…」

我愛羅とて見たくて見ていたわけではないし、聞きたくて聞いていたわけでもない。
だが友人である女優の願いを無碍にすることも出来ない。加えて風の国では法に従わない殺しは御法度だ。
我愛羅は必死に歯を食いしばり男の気持ち悪い姿から極力目を逸らしながら時間を過ごした。

「もうあれは拷問だったぞ…頭の中で涙を流す彼女の顔を思い出していなかったら俺だってアイツを殺してた…」

国の人間は国の法で裁かなければならない。
我愛羅は今すぐにでも隠し持っていたクナイで心臓どころか急所を全て撃ち抜いてやろうかと思ったが、それでも女優のために我慢した。

「だが男が射精する瞬間にだな、驚くべきことが起こったんだ」

男はあうあうと女優の名を叫びながらも自慰を続け、果てる瞬間に小瓶を取り出しそこに向かって精を放った。
そうしてそれを持って立ち上がったかと思うと、近くに置いていた冷蔵庫を開けたのだ。

「そこにはどうみてもアレにしか思えない白い液体がいっぱい入った瓶がずらりと並んでいてだな…」
「いーーーーーやああああああああ!!!!」
「うげぇ…」

どうやら男はそうやって溜めたものを彼女の元に送りつけていたらしい。
どこまでも頭がおかしなストーカーに自分もおかしくなりそうだと思いつつ、我愛羅は女優に提案した。

「だが実際男を捕まえるには少し面倒なことがあってだな…」

そう、男は金を持っていた。
つまりはそれなりの資産家であったのだ。

「金を使われればどうしようもない。だから現行犯で捕まえるしかなくてだな…」

現行犯と言えば既に数々のことを致してはいるが、金を使われれば揉み消される可能性も出てくる。
そのため我愛羅は女優と共に旅行に出かけ、わざと見せつけるかのように女性と親密な素振りを見せつけたのだ。

「まぁキスは…その、本気でするつもりはなかったんだが、女優魂に火がついた彼女に思いっきりかまされてな…」
「ああ…女優っつーのはそういう商売だからな…」

だがそれが功を成したのか、案の定彼女をつけていたストーカーは我愛羅に向かって襲い掛かった。
勿論我愛羅の手により一撃で返り討ちにあったが。

「後から見ていたカンクロウに言わせると“小熊が人を殴った”ように見えたらしい」
「まあ色々見てきたみたいだしな。恨みも籠るだろ」

納得するサスケに我愛羅もまあなと頷き、サクラは小さく小熊…と呟いた。
忍は一般人と比べ力が強い。それは偏に過酷な世界を生き延びるために鍛えているからではあるが、ただの資産家からしてみればまさしく我愛羅の一撃は熊と違わぬ威力だっただろう。

「だがどういうわけかそれが写真に撮られ世に出回ったらしくてな。男を国に預け、彼女の身辺を暫くの間護衛している間に記事になっていたというわけだ」
「成程な…そういうことだったのか」

男が捕まったとはいえ女優は暫くの間一人になることが出来ず、我愛羅は里を離れ彼女と共に数日過ごした。
とはいえ女優には密かに付き合っている男性がいたらしいが、これ以上噂を立てないよう我愛羅が情報を流すことで妥協してもらっていた。

「本当にこの数か月間大変だったんだぞ…変態の行動を追わねばならんし、男の自慰を目にしてしまうし…挙句の果てには結婚がどうのとか噂の彼女がどうだとか騒がれるしで本当に休む暇がない」

項垂れる我愛羅の体からは哀愁にも似た疲労が漂っており、流石のサスケも口を噤みその背を軽く叩いた。
先程まで睨み合っていたとは思えないほど分かりあった様子の男たちにサクラも口を噤み、サスケ同様我愛羅の背を撫でた。

「疑ってごめんね…」
「いや…俺こそすまなかった。手紙の返事を碌に出していなかったのは事実だしな。お前が疑うのも無理はない」

男が女優に送りつけた数々の物的証拠は事務所側が全て国に渡しており、弁護士をつけたところで勝てないだろう。
それに例え法が許しても世間が許さない。何せ国中の人間に愛される女優に嫌がらせをしたのだ。世間の目は厳しく男を罰するだろう。

「じゃあ彼女は今…」
「ああ。引っ越しも終え、新しい住居で生活を始めている。最近ではようやく飯が喉を通るようになったと喜んでいたぞ」
「そう…よかった」

今後改めて生活が落ち着いたら芸能活動を再開すると言っていた。
風の国だけでなく他国でも愛される彼女だ。再びメディアに出れば盛大に歓迎されるだろう。

「とはいえまさかこんな事態になっているとは思ってなくてな。一難去ってまた一難とはこのことだ」
「ふふっ、骨が折れるわね」
「全くだ」

ようやく事の真相が分かり、落ち着いたサクラと我愛羅にサスケは密かに吐息を零し空を仰ぐ。
初めはサクラを元気づけるため傍にいたが、最終的には本気で奪ってやろうかとすら思っていた。
だが実際誤解が解け、寄り添いあう二人を見ているとその考えは流れる雲のように霧散していき、サスケは放っておいた弁当箱を手繰り寄せた。

「とりあえず飯にしようぜ。お前も食えよ」
「あ、我愛羅くんからあげあるよ。おにぎりに卵焼きも!」
「ああ…有難く頂戴しよう」

サクラが持ってきた弁当箱を中心に置き、珍しい顔合わせで青空の下食事を始める。
サスケのおにぎりの具はおかが一番だという会話から始まり、我愛羅の鶏肉談義、サクラの栄養アドバイスまで話は飛び、三人は互いの話に相槌を打ったり笑ったり驚いたり、穏やかな時間を過ごしていった。

「おーい、サクラちゃーん!サスケェー!!」

そうしている間にどれほどの時間が立ったのか、空の弁当箱を隅に置き、サスケの旅の話に耳を傾けていた二人の耳ににナルトの声が届く。
顔を上げた二人の間に先程までいなかった我愛羅の姿を見つけると、ナルトは、よお!と手を振りつつ駆け寄ってきた。

「我愛羅、サインは?!」
「…は?」

開口一番サインは?と子犬のような瞳で尋ねられた我愛羅は頭に疑問符を浮かべ、代わりにサスケがそんなもんねーよと答える。

「えー?!何だよ、じゃあカカシ先生にだけサイン持ってきたのか?」
「そもそもサインとは何の話だ。誰のサインだ?俺のか?」
「いや、お前のはいらねえだろ」

珍しくサスケが我愛羅に向かって的確なツッコミを入れれば、我愛羅もまぁそうだろうなと頷く。
いつの間にか仲良く?とまではいかずとも打ち解けあった二人にサクラはくすくすと笑い、ナルトの後ろからついてきたヒナタは安心したように微笑んだ。

「よかった…サクラちゃん、いつものサクラちゃんに戻ったね」
「え?あ、ああ…ごめんね、ヒナタ。心配かけちゃって」

でももう大丈夫よとサクラが笑えば、今度はリーとテンテンのあー!と叫ぶ声が聞こえてくる。

「我愛羅くーん!!お久しぶりですー!!」
「我愛羅ー!サイン貰ってきてくれたー?!」

駆け寄ってくる二人に我愛羅は脱力し、ナルトだけでなくサスケも吹き出し、ヒナタも笑った。
朗らかに過ぎていく時間は穏やかで、様々な話題で盛り上がる面々は日が傾くまで演習場で話をしたり組手をしたり、技を競い合ったりと下忍時代のように過ごし、笑顔のまま別れた。

「そうか…テマリにも説明をいれてやらねばならなかったな。アイツは木の葉の任務が入ったから途中で抜けたんだ」
「そうなんだ。じゃあ明日にでも顔見せに行こうか。今日はもう遅いし」

日が傾き、空に星が浮かび始めた夜の町は仕事を終えた大人たちで溢れかえっている。
開店が速い居酒屋では既に飲み食いする声が聞こえ始めており、我愛羅はサクラの提案にそうだな、と頷いてから視線をサクラに移した。

「そうだ。お前に一つ、侘びと言うわけではないんだが…渡しておきたいものがあってな」
「なあに?」

サクラの一人暮らしのアパートに辿り着き、玄関の戸を閉めてから我愛羅が切りだす。
一人暮らしには十分な、けれど二人で過ごすには少しばかり狭い部屋の中で我愛羅はポケットから小さな箱を取り出した。

「一目見た時にお前に付けて欲しいと思っていたんだ。貰ってくれるか?」
「え?私に…?」
「ああ、受け取ってくれ」

我愛羅に渡された箱は丁寧に包装されており、サクラは断りを入れてからそれを解き箱を開けた。

「わあ…!素敵!」

小さな箱の中に納まっていたのは穏やかな笑みを浮かべる女性の横顔が彫られたカメオのイヤリングだった。
流れる髪に寄り添うように掘られた花が華やかでありながらも上品に女性の横顔を彩っており、サクラは思わずほうと吐息を零した。

「こんなに素敵なプレゼント、本当に私が貰ってもいいの?」
「ああ。お前に似合うと思ったんだ」

我愛羅は箱の中からイヤリングを一つ手に取ると、サクラの髪を耳にかけ留め具を緩める。

「痛かったら言ってくれ」
「うん」

細くとも強固な金具を柔らかな耳たぶに挟み、ゆっくりと留め具を回してから固定する。

「似合う?」
「ああ…とても」

たおやかで優美な女性の横顔は、サクラが時折見せる女性らしい表情によく似ている。
我愛羅の見惚れるような熱い眼差しに耐え切れずサクラが瞼を伏せれば、我愛羅はカメオとは違いふっくらと薔薇色に色づいたサクラの頬に指を馳せ顔を近づけた。

「サクラ、不安にさせてすまなかった。愛してる」
「っ!うんっ…私もあなたのこと愛してるわ…大好きっ!」

我愛羅の口から初めて零れ出た明確な愛の言葉にサクラの瞳が潤む。けれどすぐさまとびきりの笑顔を見せて抱き着けば、我愛羅はサクラを強く抱きしめ口付た。

因みに、風の国ではカメオや宝石を持ち寄った装飾品を贈るということは女性に対する最大の愛情表現である。簡単に言えば女性に薔薇の花束を贈るようなものだ。
それに加え我愛羅がサクラに渡したのは特注品のカメオである。『一目見た時から』とさも店頭に並んでいた物を選んできたと言わんばかりの体で紡いだ我愛羅ではあったが、実際装飾品の中では高価な位置に当たるカメオは基本的に受注生産品である。
そのため下手をすると宝石を使った装飾品より値段が張ることがあるのだが、サクラがそれを知る由もない。

「私たちから見れば分かりやすい事後報告だね」
「ったく、不器用だけど可愛い奴じゃん」

カーテンを閉め忘れた部屋で、嬉しそうにカメオのイヤリングをつけ朗らかに笑うサクラを遠くから見つめるテマリとカンクロウは、密かに我愛羅の後をつけていた。
サクラと二人並んで道中を行くあたりから可笑しいなとは思っていたのだが、部屋に入るなりプレゼントを渡し抱き合った二人にそういうことかと納得した。

「私が嫁に出ても安心だな。何せ家に来るのがサクラなんだからな」
「可愛い妹が出来て俺も嬉しいじゃん」
「そうだな」

カンクロウの言葉に頷いたテマリはすぐさま少し離れた位置に立ってサクラたちを見つめていたサスケへと視線を移し、で?お前はどうするんだ?と声をかける。

「別にどうもしねえよ。サクラが幸せならそれでいい」
「おや、思ったより潔く身を引くんだね」
「もっと渋るかと思ったじゃん」
「うるせえ。ただ我愛羅があいつを泣かすようなら、今度は本気で掻っ攫う」

サスケはそれだけ言うと踵を返し、夜の大気を切り裂くように駆けて行った。

「…ま、あいつもいい男だからそのうち相手は見つかるだろうね」
「シカマルの前で言うなよ。拗ねるじゃん」
「はっ、拗ねるようなガキと付き合った覚えはないよ」

どうやらカーテンを閉め忘れていたことに気付いたのは我愛羅だった。
窓に近寄り鍵を掛けた瞬間、遠くで自分を観察する姉兄の姿に気付き盛大に顔を顰めた。

「ははは!あの嫌そうな顔!!」
「ぶわははは!やっぱりうちの弟可愛いじゃん!」

爆笑する二人に我愛羅はしっしっと手を振り、嫌そうな顔を戻さぬままカーテンを閉めて二人の前から姿を隠した。

「はー、でもまぁこれで一安心だね」
「そうだな。じゃあ俺はちょっと夜の町にでも、っと…」
「待てコラ。お前は変なことするんじゃないよ」
「何でだよ!ちょっとぐらいいいじゃねえか!」

キャンキャンと喧嘩しつつもテマリはカンクロウを引き連れ奈良家の門を潜り、カンクロウは文句を零しつつも結局奈良家の世話になることになった。

「誤解は解けたんすか?」
「ああ。心配して損したよ」
「本当、世話の焼ける弟じゃん」

二人が関係を黙っていてもその実テマリたちは我愛羅の変化に気付いていた。そしてシカマルもまた、よくサクラ宛に来る手紙のことを知っていたので勘付いてはいた。

「にしてもサクラも鈍いっすよ。俺がいつも我愛羅からの手紙渡してんの、疑わねえんだもんな」
「我愛羅もそうだけどサクラも結構抜けてるじゃん」
「まぁそこが可愛くもあるんだけどね」

三人は現在花札で勝負をしており、負けた人間が明日全員の前で我愛羅にとある質問をぶつける気でいた。

“お前サクラといつ結婚すんの?”と。

「これは負けらねえじゃん…俺が言うと確実に後で我愛羅にどやされるじゃん」
「私が言うと色んな意味で可哀想だからね。弟のプライドの為にも負けられないよ」
「いや…俺が言う方が問題でしょ。何も知らない振りしてんすからそんな爆弾発言かませませんって」

密かに火花を散らす三人の夜もこうして更けていき、明日とんでもない事態が待ち構えているとは露知らず、我愛羅はサクラを腕の中に閉じ込めベッドへと雪崩れ込む。
そうしてサスケは一人岩崖の上から活気溢れる木の葉を見下ろし、今日も一日平和だったな、と星を仰ぎつつ思うのだった。


end



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