小説2
- ナノ -





門番に捕まった我愛羅は適当に理由をでっち上げ、急遽火影であるカカシの元に足を運ぶことになった。

「いやぁ〜、久しぶりだね我愛羅くん。元気〜?」

相変わらず飄々とした態度で片手を上げるカカシではあるが、その目元には珍しく隈が出来ている。
仕事が忙しいのだろう。我愛羅も身に覚えのあるそれに僅かに同情しながらも突然の訪問すまないな、と頭を下げる。

「けど突然どうしたの?いつもなら一報くれるのに」
「ああ…その…例の新聞の記事で里が騒いでいてな…少しばかり避難させてもらおうかと思って」

別に嘘ではなかった。
事実我愛羅が書類を片づけるのに丸一日かかった理由はココに当たる。
誰の対応もしなければ溜まった書類も数時間で捌くことは出来た。だがいち早く我愛羅の帰省を嗅ぎつけた面々が案の定執務室へと押しかけてきた。
結局その対応に追われ無為に時間を喰う羽目になり、いつもより飛ばし気味で仕事を片づけても一日かかってしまったのだ。

「あ〜、アレね。うちでも凄かったよ。主に男たちから羨む声の方が多かったけど」

笑うカカシに我愛羅は頬を引きつらせるが、事情が事情なため仕方がない。
疲れたように吐息を零し椅子に背を預ける我愛羅にカカシは苦笑いし、けれど聞こえてきたお茶淹れて来ました〜という声に顔を上げれば入ってきたのはシカマルだった。

「どうぞー」
「ああ…ありがとう…って何をしているんだお前は」
「何って、お茶汲みですけど?」
「壊滅的に似合わないねぇ、この絵面」

相変わらずやる気のなさそうな面をした男の手にはお盆。そしてそこには湯気の立つ湯呑が乗っている。
それ自体には何の問題もない気もするが、シカマルの両脇には大量の資料と書類が挟まっており、我愛羅は半ば呆れつつもそれを受け取った。

「忙しいんだろう…わざわざお前が汲んでくる必要もなかろう」
「そりゃあまあ。けど聞きたいことがありまして」

シカマルの言葉に我愛羅は吐息を零し、テマリか。と告げればご名答、と返ってくる。

「それについてはいずれちゃんと説明する。とでも伝えておいてくれ」
「そっすか?んじゃあお言葉に甘えて」

シカマルがどうこう言うより我愛羅自身が説明する方が手間も省けて楽だ。
あっさりと引き下がったシカマルはカカシにも湯呑を渡し、それから脇に挟んでいた書類の一部を引き抜いた。

「これ昨日頼まれてた奴です」
「ありがとう。助かるよ」

目の前で始まった業務に我愛羅は目を瞑り、ゆっくりと茶を啜ってから立ち上がった。

「ナルトたちは今どこに?」
「今日は確か非番だったような…」

ぺらぺらと渡された資料を確認しつつ答えるカカシに、シカマルが今は演習場で組手してるよと答える。

「関係ねーかもしれねえけど、そこにはサクラもいますよ」
「…そうか」

シカマルは時折手紙の分別もする。
その際砂隠から送られてくる手紙の中にサクラ宛のものがあることを知っているため、何も考えていないような素振りで言葉を続けた。

「最近妙に元気がねえみたいだからよ。ナルトが元気づけようとアレコレ考えてたみたいだぜ」
「あ、そうなの?最近サクラの顔見てないから知らなかったな〜。あの子抱え込むタイプだから自分を責めてないといいんだけど」

教え子を心配するカカシにどうっすかね。と気のない体で答えつつ、シカマルは我愛羅に視線を移した。

「行くなら此処出て暫くまっすぐ行ってください。そしたら演習場の看板があるんで」
「分かった。恩に着る」

軽く礼を述べた我愛羅は失礼する、と一言告げてから火影室を後にし、残されたカンクロウは一人でゆっくりと茶を啜っていた。

「…追いかけなくていいんすか?」
「アイツの問題だろ?自分の尻は自分で拭えって話じゃん」

我愛羅が何を隠しているのかは聞かない。それでも何か失態を犯しているというのならそれは自分の力で解決すべきだ。
兄らしくどんと構えているカンクロウに対しシカマルもそうっすね、と答え、カカシはのんびりと目を細めた。

「我愛羅くんのあんな顔初めて見たよ。すっごいそわそわしてたね」
「可愛いでしょ、アイツ」

はは、と笑うカンクロウにカカシも笑い、シカマルは後でテマリにあんまり怒らねえようにと伝えておこうと頭を掻いた。



一方演習場ではナルト達が水道で汗や泥を流しており、水気を払いながら腹減った〜と嘆いていた。

「しっかし相変わらずゲジマユ速えってばよ」
「鍛えてますからね!」
「サスケも拳が重くなったし…お前でもちゃんと鍛えてんだなぁ」
「どういう意味だコラ」

サスケはサクラから受け取ったタオルで顔を拭いつつ、感慨深げに呟くナルトを睨みつける。
それに対しナルトはべっつに〜とニヤニヤしながら答え、ヒナタに絆創膏を貼ってもらっていた。

「つーかそろそろ日も高くなってきたし、昼飯にしようぜ」
「お昼にはまだ早いけど…あんたの腹が鳴ってからじゃ遅そうね」

嘆くナルトにサクラとヒナタが苦笑いすれば、おーい、とテンテンが手を振りながら近づいてくる。

「ごーめんごめん、思ったより長引いちゃってさー」
「お疲れ様です、テンテン」
「お疲れ様〜」

本来はリーと共にテンテンも来るはずだった。だが急遽アカデミーからテンテンに忍具を扱う授業の補佐に出て欲しいと要請があり、それに出席していたのだ。
遅れた詫びにとテンテンはアカデミー生から貰ったお菓子をそれぞれに配り、今から早めの昼にしようとしていたと告げる面々にそうなのと頷いた。

「じゃあ良かったわ、お弁当持って来てて」
「教えるのも意外とエネルギー使うしね」
「んじゃあ、適当にどっかで飯食おうぜ」

提案するナルトにそれぞれ頷くが、ナルトはヒナタを、サスケはサクラの隣に並んだことでテンテンはリーの首根っこを掴んだ。

「あれ?!ちょっとテンテン、何するんですか?!僕はサクラさんと一緒にお弁当を…」
「はいはい。あんたの好きなもん詰めたお弁当はこっちにあるから、ちょっと我慢しましょーねぇ〜」

気を利かせてくれたらしいテンテンにそんなことしなくてもいいのに、と苦笑いしつつ、それでもサクラがサスケを伺えば視線がかち合った。

「えと…それじゃあ私たちもお昼にしよっか」
「そうだな」

二人が選んだのは先日話をしたばかりの大木の根元であった。
そこにシートを広げ、並んで腰掛ける。

「久々の組手はどうだった?」
「ああ…あいつらも強くなってる。特にロック・リーは早さも申し分ない。益々ガイに近づいてきた感じだな」

サクラが広げた弁当の中にはサスケの好物であるおかかのおむすびが入っている。
それをサクラが教えれば、サスケは礼を述べつつそれを頬張った。

「美味しい?」
「…ああ」
「そう。よかった」

そよそよと靡く風は優しく、降り注ぐ日差しと相まって心地好い。
けれどサクラは注いだ茶に口をつけるだけで、流れ行く雲をぼんやりと眺めている。

「まだ悩んでいるのか」
「んー…うん…そう、かな…」

我愛羅とは連絡がつかない。
そもそも砂隠と木の葉には距離がある。文も通常ならば二日はかかる。
現在我愛羅が木の葉に来ていると知っていてもサクラの足は重く、この演習場から出ることを拒んでいる。
いや、正しく言うと我愛羅に会いに行くことを恐れているのだ。別れを告げられることが、何よりも恐ろしい。

「…考えたんだが…」

おにぎりを頬張りつつ、それでも珍しく口数の多いサスケに視線を移す。
サクラはそう言えばサスケくんにお弁当渡すのは久しぶりだな、と思いつつ先を促せば、サスケは噛み砕いたものを胃に納めてから言葉を続けた。

「お前、もしかして我愛羅と付き合ってんのか」

問いかけると言うよりもほぼ確かめる、といった体で告げられた言葉に硬直する。
けれどすぐにどうして?と首を傾ければ、サスケはお前の反応。と短く返した。

「ヒナタが駆け込んできた時、お前の顔色がいつもより悪かった」
「…そう…」
「それに俺たちが組手をしている間も、俺たちを見ているようで上の空だっただろう。身分の差があるとも言っていたし、我愛羅辺りが妥当かと思ってな」
「そっか…何だか探偵さんみたいね、サスケくん」

ぎこちなく笑うサクラに茶化すな、と釘を刺してからサスケは注がれた茶へと手を伸ばす。
暖かく香りのいいそれで口内を潤しながら、サスケは俯くサクラへと視線を落とした。

「何でアイツなんだ」
「さあ…何で、かな…分かんないや…」

キッカケは遊郭での任務だった。
体から始まる関係なんて不埒で厭らしいと思われるかもしれなかったが、それでもサクラからしてみれば吊り橋効果もあったのだろう。
あの時体験したドキドキは恋とよく似ており、結果雰囲気に呑まれるかのようにして我愛羅の告白を受け入れた。

「でももし自分の中で何かが“違うな”って思ってたら、もうずっと前に別れてたと思う…明確な理由なんて見つからないけど…多分、好きだから続いたんじゃないかな…」
「ふん。お前のそれは『惰性』の間違いだろう」

サクラの言葉もサスケにあっけなく撃破される。
思わずそれに対し顔を上げたサクラではあったが、すぐさま力なく俯いた。

「…私、男の子が何考えてるか分かんないもん」
「男の子、じゃなくて我愛羅の、だろ。都合よく逃げんなよ、サクラ」
「だって…!」

逃げ道さえ用意してくれないサスケの言動にサクラが顔を上げれば、サスケはだってなんだ、と問いかけてくる。
その視線は厳しく、甘えることは許さないと伝えてくる。

「だって…彼…私に何も言ってくれないんだもん…」

告白は受けた。
けれど我愛羅から直接考えていることを伝えられたのはその時位だ。勿論仕事ではそんなことはないが、プライベートな時間はいつだって我愛羅は唐突で、サクラを驚かせた。

「不安なのか」
「不安だし、怖いよ!“付き合ってくれ”とは言われたけど“好き”だなんて言われたことないし、私に色んなこと、黙ってるし…」

考えれば考えるだけ悪い方に足が進んでいく。
徐々に声も体も小さくなっていくサクラにサスケは吐息を零すと、突如サクラの肩を抱き寄せ耳元に唇を近づけた。

「だったら俺にしろよ」
「え…?」

サスケの肩口に額を押し付けられ、表情を伺うことのできないサクラの体が固まる。
何を言われたか理解できない。戸惑うサクラにサスケは構わず続けた。

「お前、今でも俺のこと“好き”なんだろ。だったらあいつとは別れて俺にしろよ。そう言ってんだよ」
「そ、そんなこと…!」

出来ないよ、と言おうとした言葉はすぐさま喉につっかえ出てこなかった。
何せ自分で考えたばかりなのだ。我愛羅が自分に“別れ話を告げに来たのではないか”と。

「捨てられる前に捨てちまえ、あんな奴。俺ならお前にちゃんと言う。自分の気持ちも、考えてることも。アイツみたいに…昔みたいに、全部黙っておくなんてもうしねえよ」
「で、でも…」
「悩むなよ。俺のことがまだ少しでも“好き”なら、迷わず俺を選べ、サクラ」

抱き込まれた肩から伝わる熱はあたたかく、触れた肌は己の肌に比べ硬く、日に焼けている。
サクラは我愛羅の手や肌、体温や匂いとはまた違った異性の気配を感じながら、それでもぎゅっと目を閉じた。
そうしてサクラが何か言葉を返す前、唇を開くと同時に背中から何をしている。と硬い声が降ってくる。

「!」
「よぉ…デバガメかよ、いいご趣味だな」

聞こえてきた声にサクラの体が跳ね、傍らのサスケの気配が鋭くなる。
体勢的に振り向くことが叶わないサクラは震えそうになる唇を噛みしめることが精一杯で、サスケの体を突き放すことも出来なかった。

「で?一体何しに来たんだ?サクラはこの通りもう俺のもんだぜ」

サクラの肩から手を離し、立ち上がったサスケは険しい表情を作る我愛羅の前に立ちはだかる。
その後ろではシートに両腕を突き、呆然とするサクラの姿があった。

「どうだかな。サクラはまだお前の言葉に頷いたわけではないだろう」
「『沈黙は肯定』って言うだろ。お前だって何しに来たんだよ、この二股野郎」

二人の間に立ち込める不穏な空気はピリピリとサクラの肌を焼くようで、恐る恐る振り返った先には案の定気難しげな表情をした我愛羅が立っていた。

「貴様にも一つ言っておきたいが、俺は二股なんぞしていない。あの記事は半分嘘だ」
「はあ?半分嘘ってことは半分真実ってことじゃねえか。胸張って言うことじゃねえだろ」
「事情があるんでな。だが貴様に話せることではない」

睨み合う二人の一触即発の空気を感じつつ、それでもサクラがようやく立ち上がり顔を上げれば、気づいた我愛羅が視線を流してきた。

「サクラ、話がある」
「サクラ、言ってやれ。『お前なんかとは付き合いきれねえ、別れる』ってな」

睨む我愛羅とニヒルに口の端を上げるサスケにサクラは思案した後、私…と小さく言葉を紡いだ。

「話を…聞くわ…」
「チッ!おい、サクラ!」
「いいの!ありがとう…サスケくん…」

サクラを気遣う視線を向けてくるサスケではあるが、サクラはいつまでも逃げていられないと腹をくくり我愛羅を見つめる。
例えこの先にある未来が別れであろうと何だろうと、サクラは受け入れるつもりでいる。

「お願い…説明して、我愛羅くん…」

意を決し、促すサクラに我愛羅は頷く。
サスケは小さく舌打ちすると、立ち上がったばかりのシートに再び腰を下ろした。



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