小説2
- ナノ -





その日我愛羅は世間で自身のスキャンダルが出回っているとは露知らず、不在にしていた間に溜まっているであろう書類のことを考えつつ帰路を辿っていた。
里と国との境に着けばすぐさま側近であるカンクロウが出迎え、これからのスケジュールをあれこれと言ってくるだろう。そう思っていたのに、我愛羅を待っていたのは大勢の取材陣であった。

「風影殿!お待ちしておりました!!」

そのあまりにも多い国の取材陣たちに目を見開けば、声を発する間もなく取り囲まれ写真を撮られる。

「風影殿、現在スクープになっている女優との件ですが…!!」
「今後結婚されるご予定はあるのでしょうか?!」
「今回の国への遠征はご家族へのご挨拶でしょうか?!」

次々と投げかけられる意味不明な質問の数々。我愛羅は一体何のことだと思いつつ視線を巡らせていれば、突如頭上に影が落ちてくる。
今度は一体何だと取材陣共々視線を上げれば、目に入ったのは腹を開いた黒蟻だった。
ああ、カンクロウか。
我愛羅はそれが自身の兄の傀儡であることを知っていたが故に驚くことはなかったが、国の取材陣は突然現れ、風影を拘束し、そのまま腹に納め逃走した人形に悲鳴を上げていた。
そうしてまた新たなスクープだ何だと騒ぐ声が聞こえ、我愛羅は大人しく黒蟻の腹の中に納まりつつ何だか面倒なことが起こっているなと嘆息した。

「よう色男。モテモテで大変そうじゃん」
「うるさい…しかも何だこれは…いつ出回った」

カンクロウによって助けられた我愛羅は渡された新聞に目を通し額を覆った。
そこには各国、各里で広まっている件の記事が載っており、原因はこれかと舌打ちする。

「出回ったのはお前が国に出てからすぐだな。うちだけじゃなく他里でも大騒ぎだぜ?」
「まったく…こいつらのデバガメ根性には呆れるな。こんなもの記事にして誰が喜ぶと言うんだ」

風影邸に辿り着いてから黒蟻の中から出てきたので、里の忍から囲まれることはなかった。だがそれも時間の問題だろう。
すぐさま我愛羅の帰省に気付いた数名が事の真相を確かめに此処を訪れ、先程のような質問攻めが始まることが容易に想像できる。
実際我愛羅が不在の間に届いた手紙の中には“事の真相を教えるように”と明記された上層部からのもある。
凄まじく面倒臭い。と我愛羅が眉間に皺を寄せたところで、ふと思考を止めた。

「…カンクロウ」
「何だ?」

書類で溢れかえった机上を整理し、急ぎの書類を振り分けていたカンクロウに我愛羅は問いかけた。
この新聞は自里だけでなく他里でも出回り、尚且つ騒ぎになっていたな、と。

「ああ。そりゃあもうすげえぞ?この間来てた木の葉丸なんか直接聞けねえのが残念だーって騒いでたし、ナルトからだけじゃなくカカシからも“サインよろしくね”って手紙が来てたぐらいだからな」
「な…んだと…」

それに土影からは隅に置けねえだとか、雷影からもサインよろしくだとか、水影からは式には呼んでくださいねとか、まぁ色々だな。と答えるカンクロウの言葉に我愛羅は卒倒しそうになる。
別に影からのからかい交じりの言葉はどうだっていい。いや、よくはないのだがどうとでもなることだ。
けれど問題はそこではない。砂隠に任務で訪れていた木の葉丸だけでなく、木の葉にいるはずのナルトやカカシにもその情報が入っている。
ということはつまり、だ。

(サ、サクラにも…この記事を見られたということか…?!)

わなわなと震える指先が無意識に新聞を握りしめる。
確かにそこに写った写真の人物は自分であり、相手の女性も見知っている女だ。そこに嘘はない。
だが我愛羅は別に浮気などしているわけではなかった。これには事情があり、他言できない理由があった。

「カンクロウ!」
「うおっ?!なんだよ急に…」

ガタン!と珍しく音を立てて立ち上がった我愛羅にカンクロウが瞬けば、我愛羅は今しがた脱いだばかりの外套に手を伸ばし袖を通す。

「木の葉に行くぞ!」
「は…はあ?!ちょ、お前待てコラ!仕事はどうするつもりだよ!!」

一分一秒も無駄には出来ないと窓から出て行こうとする我愛羅の首根っこを掴み、期日が迫ってるやつがあるんだよと書類を指差すカンクロウに我愛羅は舌打ちする。

「適当に判でも押しておけっ」
「バカ言え!治水工事や建物の修繕、上との会議や接待のものまで色々あるんだぞ?!木の葉に行くのは止めねえけど、まずはコレを片づけてからにしろ!」

気持ち的には今すぐにでもカンクロウを振りきり木の葉に向かいたかった我愛羅ではあったが、目の前に溜まった書類を置いていくことも出来ない。
長年影として業務を務めたが故に足を止めてしまった我愛羅は傾きそうになる天秤から目を逸らし、立ち上がったばかりの椅子に腰を下ろした。

「火急の分だけだ。それ以外は全部後回しにしろ」
「ったく…分かったよ。つってもお前の頑張り次第だけどな」

理由が分からずとも我愛羅が焦っていることだけは伝わってくる。
カンクロウは我愛羅とサクラの関係を知らないが故にとりあえず急ぎの書類を選んでいたが、我愛羅だけは内心焦りながら渡された書類に目を走らせていた。

(早く…一刻でも早くサクラの元に赴き誤解を解かねば…!!)

そうでなければサクラに浮気者のレッテルを貼られることになる。
それだけは御免だと思いつつ我愛羅は下した墨に筆をつけ、膨大な量の書類と戦い始めた。

だが結局我愛羅が里を飛び立ったのは丸一日が立ってからで、我愛羅はいつもより飛ばし気味で木の葉へと向かっていた。

「おい我愛羅…何があったか知らねえけどそんなに急ぐことなのか?」

共に我愛羅の砂に乗りつつ尋ねてくるカンクロウは事件の真相を知っている数少ない人物だ。
とはいえサクラとの関係は知らないのでわざわざ木の葉に行く理由が見つからないらしい。我愛羅は内心で舌打ちしつつも口を開いた。

「今行かなきゃ後悔する。ただそれだけだ」
「ふぅん?そうか」

そうか、とは言ってはいるがその実言葉の裏に隠された事実は読み取れていないだろう。
けれど我愛羅にとってそこはどうでもよく、いつかは話すべきことだとは思っているが、今はカンクロウの謎を解くよりサクラの誤解を解く方が先だ。
とはいえ木の葉にも新聞が出回っているということは門で捕まる可能性もある。その時はカンクロウに全て任せて突っ切るかと物騒なことを考えていると、その思考を読んだかのようにカンクロウが我愛羅を呼んだ。

「俺は“何にも知らねえ”としか言わねえからな」
「………分かった」

舌打ちしそうになるのを堪え、代わりに返事をすればカンクロウからは溜息が返ってくる。
それでも我愛羅は砂を飛ばすことは止めず、日が傾いていく中でも休むことなく木の葉を目指した。




「今日も手紙…来てないな…」

郵便受けの中には新聞と、いくつかのチラシが入っているだけだった。
サクラはそれらを手に独り暮らしをしている部屋へと戻り、新聞を広げる。

「『今度は人攫い?!風影を攫う謎の人形』…ってこれどう見ても黒蟻なんだけど…でもそっか。風の国の人は傀儡がこういう使い方も出来るって知らないのか」

あの記事が世間に出回ってからというもの、日々新聞には風影の話題が載り続けており、女優の記事も同様だ。
サクラはそれらにざっくりと目を通した後折り畳み、朝食を胃に押し込めると用意を整え家を出た。

「あ、サクラちゃーん!こっちこっちー!!」

ぶんぶんと手を振るナルトが立っている場所はかつて皆の学び場であった演習場だった。

「早いわね、ナルト」
「まーな。久しぶりにサスケと勝負するからよー、やる気満々過ぎて目覚まし鳴る前に目が覚めたんだってばよ」
「あはは、バカね。でもナルトらしいわ」

笑うサクラはナルトと共に演習場を潜り、既に中でリーと組み手をしていたサスケに視線を向けた。

「ようサスケ!調子はどうだってばよ!」
「あ?別に問題ねえよウスラトンカチ」
「僕も今日は絶好調です!サクラさん、見ててください!」

朝からやる気満々の男たちにサクラがやれやれと肩を落としていると、様子を見に来たのか出勤前のシカマルが顔を出す。

「ったく…相変わらず朝から元気な奴らだな」
「あらシカマル、おはよう」
「おう、おはよーさん」

サクラの数メートル先でやいのやいのとはしゃぐ男たちにシカマルは後頭部を掻き、サクラに視線を落としてからあのよぉと喋り出す。

「お前ちゃんとあいつら見張っといてくれよ?演習場壊したら修繕費結構高くつくんだぜ?」
「一応気を付けるけど…どっちかっていうと保証は出来ないわね。止めるとしたら私も力尽くになりそうだし」

あの二人、いや三人を止めるのは一人だと難しい。一応術は使わず体術での勝負と言うことになってはいるが、それでもそれがどこまで守られるかは正直分からない。

「まぁでもあとでヒナタも来るし、大丈夫でしょ」

何かあれば木の葉最強の日向様々に頼むわ、と笑うサクラにシカマルはそうかよ、と頬を引きつらせ、けれどすぐに表情を戻した。

「ところでサクラ、お前あの話知ってっか?」
「あの話って?」

今度はリーとナルトが喧嘩のようなじゃれ合いのような組み手を始め、サスケがそれをうんざりとしたような眼差しで眺めている。
視線はそちらへと向けられつつも意識は自分の方へと向いているシカマルの言葉に首を傾ければ、シカマルは風影のスキャンダルだよ、と面倒臭そうに答えた。

「あれ、テマリがよ、すげえ気にしてるんだよ」
「ああ…そっか。今テマリさんこっちにいるもんね」

テマリは現在木の葉に訪れている。奈良家に嫁いできた、というわけではなく普通に任務としてなのだが、それでも最近では宿を取らず奈良家にお世話になっているようだ。
それは偏に二人が両家に挨拶を済ませているから出来ることではあるのだが、今の話題はそこではない。

「あんまり期待してるわけじゃねえけど、お前時々我愛羅と文交わしてたろ?だから何か聞いてねえかなと思ってよ」

どうやらシカマルは三人に釘を刺しに来たわけではなく、テマリの不安を取り除きたくて足を運んできたらしい。
まだ結婚していないとはいえ相変わらず陰でこっそり動く男に内心で褒めつつ、けれど口では悪いけど…と言葉を濁す。

「私も何も知らないの…ごめんね」

自分だって本当のことを知りたい。とはいえサクラはテマリにもカンクロウにも、勿論ナルトやシカマルにだって我愛羅との関係は告げていない。
皆ならば祝福してくれるだろうという気持ちがあるにはあるのだが、それでもサクラからしてみればまだ早いような気もした。

「あの人、秘密主義だから」

我愛羅は何も言わない。本当に何も言わないで、沢山のことを成し遂げる。
それは仕事であったり趣味の植物栽培であったり二人で出かけた旅行であったりと、様々な場面で思い出される。
我愛羅はいつだって唐突だった。
誰も二人のことを知らない遠い地に旅行に行こうと言われた時も、誕生日に珍しい桜染のショールを贈ってきた時も、とにかくサクラを驚かすことに関しては飛び抜けた男だ。
だが今回の件についてはちゃんと相談してほしかったな。といつもなら我愛羅のサプライズを喜んで受け入れるサクラも今回ばかりは笑っていることなどできなかった。

「そうか…悪ぃな。時間取らせちまって」
「ううん。気にしないで。私こそごめんね、何の力にもなれなくて」

苦笑いするサクラにシカマルはんなことねえよと返し、それじゃあ時間もやばいから行くわ。と続けてから踵を返す。
それを見送るように視線を移せば、演習場の入り口から走ってくるヒナタが目に入った。

「あ、ヒナタ。おはよー…」

サクラが手を上げて挨拶をしようとすれば、どこか慌てた様子のヒナタは立ち止まると勢いよくサクラの手を取った。

「サクラちゃん!ナルトくん!我愛羅くんが…!」
「え?!」
「あ?どうしたヒナター」

ヒナタの口から出てきた名前に目を開けば、ナルトだけでなくシカマルも寄ってくる。
どうやら演習場に向かって家を出たヒナタは、門前から聞こえてくる声に何となく足を引き止め白眼を使ったのだと言う。
そうして目に入ったのは門番と話をする我愛羅とカンクロウの両名で、二人いる門番の内一人は慌てて火影邸に向かって行くのが見えたらしい。

「でも我愛羅がうちに来る予定とかあったか?」
「いや…俺が知る所じゃそんな予定はなかったが…」

ナルトの言葉にシカマルは思案するが、サクラは砂隠で何かあったのかな…と呟くヒナタに笑みを向けた。

「大丈夫よ。何かあればきっとカカシせんせ…じゃなかった。火影様が収拾をかけるはずよ。それにもしかしたらただ単に例の女優のサインを持ってきただけだったりして」
「マジで?!だったら俺も頼んどけばよかったってばよ〜」

皆の前では笑って茶化してみたサクラではあったが、その実ヒナタに握られた手は冷たく汗ばんでいる。
それに気付いたヒナタは何か言いたげにサクラを見つめたが、何も聞かないで欲しいというサクラの視線に気づき口を噤んだ。

「よっし!んじゃあ後で皆でカカシ先生の所行こうぜ!サイン貰えるかもしれねえしな!」

どこか楽しそうなナルトにシカマルはあのなぁ、と呟くが、リーは我愛羅くんに会えるのも楽しみですね!と拳を握ってそれに応えている。
ヒナタはサクラの冷たい手を握りつつもナルトに対してはうんと頷き、サスケは黙って皆の反応を見つめていた。

「そんじゃあ三人組手、始めんぞ!!」

掌に拳を叩きつけつつ、ナルトが開始の言葉を口にすればリーとサスケが同時に地面を蹴る。
そうして始まった男たちの組手にサクラとヒナタは傍観を決め、シカマルはとにかく先に火影邸に行くわ、と告げてから演習場を後にした。

(我愛羅くん…別れ話、しに来たのかな…)

不安に思うサクラの手をヒナタは離そうか離すまいか考えあぐね、結局気づいたサクラにそれを解かれた。

「ごめんね、手に汗掻いちゃってたわ」
「ううん、別にそれはいいんだけど…サクラちゃん…」

我愛羅くんと何かあったの?
サクラと我愛羅の関係を知らないヒナタではあったが、仕事でよく顔を合わせていることは知っている。
その際喧嘩でもしたのかと問いかけてくるヒナタにサクラは首を横に振り、ただ何でもないのと微笑んだ。

(何でもない…そう、何でもないのよ…私なんて…)

見つめる先には見知った男たちがいる。
昔自分を好きだと言ってくれた男。今でも好きだと言ってくれる男。そうしてかつて自分が好きだった男。
結局自分はその誰でもない、別の男を好きになった。
サクラは自分がどうすべきなのか、どうありたいのか、どうしたいのか、それすらも分からぬままただ激しい組手を見続ける。

「…ヒナタ」
「何?」

土煙が上がる中、ひたすらナルトを見つめるヒナタに向かって口を開く。

「…ううん、やっぱり…何でもない」

我愛羅くん、元気そうだった?
そんなこと聞いたところでどうするというのだ。
サクラは自嘲気味に笑ってから地面に腰を下ろし、汗を散らす男たちをただ眺めていた。



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