小説2
- ナノ -





木の葉では暫くの間我愛羅の話題で持ちきりだった。
何せあの朴念仁に恋の噂だ。しかも相手は人気女優。木の葉の盟友であり密かに彼を思うくノ一も多い木の葉ではあちこちで悲観の声が上がり、中には我愛羅を羨む声も上がる。
件の女優は木の葉でも有名だ。実際彼女のファンも多い。それ故に我愛羅を羨んだり呪詛を吐く声も聞こえたが、サクラからしてみればそれはどうでもよかった。

「へぇ〜、んじゃあこの女優と我愛羅って結構な付き合いになるんだな」
「そうなんですよ!だから私たちも精力を上げて捜査にかかっているのであります!」

現在サクラの元には我愛羅の友人であるナルトと、件の記事を書き上げた風の国の記者がいた。
どうやら先に書き上げた記事をより一層確固たるものとすべくナルトに取材に来たらしい。が、実際ナルトもこの記事が出るまで我愛羅の恋愛事情を知らなかった。
却って記者はナルトにアレコレ質問を受ける羽目になり、けれど秘密の情報を他人に教える快感がたまらないのか、潔いほど多くの質問に答えてくれる。

「ちぇーっ、だったら早いうちにサイン頼んどけばよかったってばよ!アイツ何にも言わねえんだもんなー!」

ナルトの言葉にはサクラも頷けた。別にサインはどうでもよかったが、他に女がいるなら言って欲しかった。
砂漠は過酷な土地だ。風の国では一部地域を除いて一夫多妻制が貫かれている土地もある。

出産とは神秘なものなのだ。
例え母体が健康であったとしても産まれてくる子が五体満足であるとは限らないし、時には奇形児が産まれることも、時には未熟児や脳や体の一部に支障を持って産まれる子も多い。
場合によっては死産もあるし、逆に子供が健康に産まれても母親が失血死することもある。
加えて食物が育ちにくい過酷な土地だ。だからこそ少しでも多く子孫を残そうと一夫多妻の制度を設ける地域が多く、我愛羅もまたそれを許容していた。

「とはいえ風影殿は忍…国の女優と付き合うには些か身分というものがありまして…」
「あー…まぁそうだろうな」

忍はそもそも国の付属品、そう捕える人間も少なくない。
実際上の人間なんかは忍は駒だの何だのと謳う者も多く、戦になれば多くの忍が前線、斥候に立たされる。
それが仕事であり自分たちの定めとはいえ、サクラは溜息を禁じ得なかった。

「しかし風影殿も隅に置けませんなぁ〜、ご友人であるナルト殿にも秘密にしていらっしゃるとは。よほど大切に関係を育んでこられたとお見受けできる」
「本当だよなぁ。水臭いと言えば水臭いけど、我愛羅らしいと言えばらしいと言うか…俺からはそれしか言えねえってばよ」

記者はナルトの言葉にふんふんと頷くとメモに筆を走らせ、これは益々美味しい噂の匂いがしますぞ、と興奮している。
実際記者の話によると我愛羅と女優が初めて接点を持ったのは任務の時だと言う。その女優は芸能界に入るやいなやすぐさま映画の準主役に抜擢された。
元々親が監督と元女優である。その期待度は高い。実際親の才を見事に受け継いでいた彼女は大人顔負けの演技を見せ、瞬く間に名を広め、人気を博した。
それはデビュー時から今尚衰えず、むしろ彼女が出演する作品が増えるごとにファンを増やしている。
そんな中、とある映画の撮影時。不埒な輩から女優を守るため我愛羅たちが護衛についたらしい。

「撮影期間は長く、一年はかかってますね。ただ風影殿たちが護衛についたのは半年を過ぎたあたりでしたので、実際は半年間護衛についていたものだと思われます」

その頃には既に女優の人気は根強いものとなっており、親の七光りと言われることもなくなっていた。
誰もが羨む美貌に物静かな態度。雑誌のインタビューやメディアの前でも秘密主義を貫き、その神秘的な眼差しと得も言われぬ雰囲気で世の男たちを魅了し続けている。
彼女も我愛羅も、今までまともな噂らしい噂を立てたことがない。それが今回は初のダブルスクープだ。国も里も盛り上がらないわけがなかった。

「実際彼女は昔のインタビューに『理想の男性は何も言わず自分を守ってくれる人』と答えております。これはまさしく風影殿のことでしょう!」

興奮さめ止まぬ記者の発言にナルトもマジで?!と身を乗り出しており、サクラもまぁあの人有言実行じゃなくて無言実行の人だもんね、とどこか他人事のように考える。

「他にも理想の男性の年齢は『自分と同じ位』と答えていたり『身長は高くても低くても構わない』と言っていたり、風影殿のことを匂わす発言が多いんですよね〜」

それらの記事を全てスクラップしているのだろう。
鞄の中から分厚いファイルを取り出した記者は、この記事がああでこうでとナルトに教えている。

「彼女の事務所側は黙秘を貫いておりますし、風影殿がゴールインする日も近いんじゃないんかと我々は疑っているのであります!」

拳を握り、瞳を輝かせる記者にナルトもうんうんと頷く。
実際晒された過去の女優のインタビュー記事は我愛羅のことを言っていると思えなくもない発言が多々ある。
寡黙な人がタイプであったり、動植物を愛でることが出来る優しい人が理想であったりと、サクラからしてみればとことん面白くない記事ばかりがそこには並んでいた。

「で?実際はどうなのか、っていうのを今探ってるわけだな」

腕を組み頷くナルトに記者がはいと頷くが、生憎ナルトもサクラもこの件に関しては一切情報を持っていない。
忍とは情報を操作したり奪ってくるのが仕事ではあるが、我愛羅の秘密主義な部分は手強かった。

「まぁ風影殿は我々も尻尾を掴むのに苦労するほどの実力者…秘密にされればされるほど、我々は益々熱く燃えるのであります!」

闘志を燃やす記者にナルトは頑張れよ!エールを送っており、それに頷いた記者はファイルを仕舞いつつそうだ、と呟いた。

「ところでナルト殿、私が小耳に挟んだ情報によりますと何やら木の葉の名家…日向家のご息女とご関係があるそうな…?」
「ぅえ?!な、何のことだってばよ?!」

記者はどこまで言っても記者らしい。
自国自里のことだけではなく他里の情報にも目を光らせている。早速インタビューに入ろうとする記者を前にナルトはあたふたとしており、サクラは小さく吐息を零してから立ち上がった。

「すみません。私これから仕事があるんで、お先に失礼させていただきますね」
「あ、さ、サクラちゃん!」
「ああ、わざわざすみません!こちらこそお付き合いくださり、ありがとうございました」

丁寧に腰を折られ、サクラもそれに倣って頭を下げる。
けれど心中はどこまでも荒んでおり、それがばれぬようにっこりと笑みを張り付けたままその場を後にした。

(なーにが『ゴールインする日も近いんじゃないか』よ!我愛羅くんから直接聞いたわけじゃないんなら黙ってなさいよね!!)

口の軽い記者に苛々しつつ、それでも通りがかった演習場を前にすれば足は止まった。

「…でも…私だって何も聞いてるわけじゃない…」

結局のところサクラも記者と同じだった。
我愛羅から何も聞かされておらず、また真実を掴めるわけでもない。もどかしい現状にもがくことしか出来ず、心は擦り減るばかりだ。

「……やっぱり、付き合ってるのかな…」

そうなると一夫多妻制ではない砂隠ではどうなるのか。
他里であるサクラを嫁に貰うより、国の有力者と結ばれた方が里にとっては良いのではないか。
金だけではない。国を支える女優の伴侶になれば少なからず今より発言権は得ることが出来る。
忍と結婚するというマイナスなイメージも彼女の実力をもってすればプラスに替えることが出来るだろう。あるいは、それが却って彼女の謎めいた魅力に拍車をかけるかもしれない。

サクラからしてみれば女優など遠い存在だ。
舞台に立ち、煌びやかなスポットライトを浴びる女性らしい女性と、忍という過酷な世界の中で生きる男勝りな女。
どちらがより魅力的か、火を見るより明らかだ。

「はあ…」

ナルトと記者の前では仕事があるからと席を外したサクラではあるが、実質今日は非番であった。
にも関わらず嘘を吐いたのはもうあの場にいたくなかったからである。例え話題がナルトの方に移ったとしても、だ。
むしろ嬉々とした記者の声を聴くだけで虫唾が走りそうになり、苛々がこれ以上募る前にと逃げ出した。

(…本当、私って可愛くない女…)

こんな時本当に“いい女”ならばどうするのだろうか。男を信じて待ち続けるのか、それとも信じているからこそ何も疑わず日々変わらず過ごすのか。
それとも男の移り気な所を理解し、許容し、浮気を許すのだろうか。サクラには分からないし、そのどれもを実行することが出来ないでいる。

(だってしょうがないじゃない…好きだし、信じてるけど…それでも、不安なのよ…)

好きだからこそ信じたい。けれど好きだからこそ不安になる。
どれだけ愛し、信じていても、人の気持ちと言うのは移り変わる。ナルトの気持ちがヒナタに向いたように、サクラの気持ちが我愛羅に向いたように、自分も人も、そうして変わっていくのだ。

(一言でも、たった一言でもいい。我愛羅くんが私に“信じて待っていろ”とでも言ってくれてたら、私何も迷わず信じられたかもしれない)

我愛羅は彼女がインタビューで言っていたように寡黙な男だ。思っていること、やろうとしていることを中々口にしない。
けれど誠実な男ではあった。サクラを傷つけるようなことは言わなかったし、自分の身よりも他人を守ることに力を使う男だ。
だからこそそんな男が浮気をしたという事実がサクラの根底を揺さぶった。信じて疑うことがなかった我愛羅を初めて疑い、漠然とした、けれど大きな不安を抱え込むこととなった。

(我愛羅くん…)

現在我愛羅は国の方へと出かけているらしい。詳しい内容は記者でも掴めなかったようだが、件の女優に会いに行っているか、もしくは親に挨拶をしているのかもしれないという憶測を聞いた。
そうなればいつかサクラに向けられて放たれる言葉は“愛してる”ではなく“別れて欲しい”になるだろう。
その時自分は何を言い、どんな表情でそれを受け入れるのか。全く想像がつかない未来に胸を痛めながら膝を抱えて座り込んでいると、頭上からガサリと木の葉が揺れる音がした。

「サクラ、こんなところで何をしている」
「ぁ…サスケ、くん…?」

サクラが座り込んでいたのは演習場にある大木の根元だ。
そしてその頭上にある太い枝の上にサスケは立っており、蹲るサクラを見下ろしていた。

「さっきから眺めていたが全然気づく様子もないんでな。仕方ないから声をかけたんだ」
「そ、そうなんだ。ごめん、ぼーっとしてて…あはは、これじゃあ忍失格だね…」

サスケの手前、笑ってはみたがその頬は引きつっており逆に気まずい空気が流れる。
何をやっても空回る自分に肩を落とせば、珍しくサスケはサクラの隣に腰かけた。

「何があった」
「え?」

サスケが旅に出てからというもの、時折こうして会うことはあっても長々と会話に乗じることはなかった。
何せサスケは戻ってくると必ずナルトとカカシの元にも顔を出すからだ。そうなると自然と二人でいる時間は少なくなり、夜になれば同期を集めての食事会となる。
それを邪魔してまでサスケを独り占めにすることは出来ず、サクラはいつもひっそりと身を引いていた。だからこそこうして隣り合ってサスケと会話をするのは久しぶりのことだった。

「俺とお前しかいないんだ。何でも言ってみろ」

昔のようにどこかつんけんとした言い方ではなく、サクラは気遣うような優しい声音に肩の力が抜ける。
サクラはどこから話そうかと悩みつつ、結局我愛羅の名を伏せて今付き合っている男性に浮気をされているかもしれない、と話した。

「成程な…」

頷くサスケは初めサクラに恋人がいることに驚愕したが、それでもすぐさま先を促し事情を聞いた。
そうして今は腕を組み、碌でもない男だなと呟いた。

「俺が言うのも何だが、嘘をつくような男は信用すべきじゃない」
「嘘って…別に嘘つかれたわけじゃ…」

そう、我愛羅は嘘などついていない。ただ黙っていただけだ。
もし我愛羅が初めから自分には恋人がいるがそれでも付き合ってくれと言うのであればサクラとて考えた。
けれど実際はそんな話も聞かなかったし、それこそこの新聞が手元に届くまで疑ってすらいなかった。
だから我愛羅を嘘つきと認定するのは違う気がすると弁解するが、サスケはお前なぁと呆れた声音で説いてくる。

「黙ってたっつーことはお前を騙してたっていうことだ。相手を騙すってことは嘘をついている事と同じだろう。何が違うんだ?」
「そ、れは…そうかもしれないけど…」

サスケの言う通り、客観的に話を聞いていればサクラが騙されていたと取れなくもない。
相手が我愛羅だと言っていればまたサスケの言葉も違ったかもしれないが、生憎サクラは我愛羅の名を伏せている。
だからこそサスケは名前も顔も分からない、想像で作り上げた男を評するしかない。

「第一男ってのは一部の人間以外女に対して節操がない。好きな女がいても他の女に目移りするもんだし、付き合いたい相手と結婚したい相手が違うなんてよくあることだ」
「そう、なんだ…」
「それに愛を囁いたとしてもそれが本気かは誰にも分からないだろう?特に俺たちは忍だ。相手を騙すことなんて日常茶飯事なんだし、そういう仕事も多いだろうが」

サスケの言い分は最もだった。サクラとて我愛羅と関係を結ぶキッカケになった遊郭の任務でも、それ以外でも、男に身を寄せ愛を囁き、情報を奪ってくることは少なくなかった。
男と違い女は力がない。けれどその分“女性”という唯一無二の武器を使うことが出来る。男がどうあがいたって抗うことのできない欲を逆手に取ることが出来るのは女だけなのだ。
だからこそサクラはそれを武器にすることが出来、またそれによって傷つく。

「直接聞けない相手なのか?」
「…うん…ちょっと、身分の差があるっていうか…彼にはあんまり、強く出れないから…」
「そうか…」

実際サクラは我愛羅に対し手を上げたことはあまりない。我愛羅自身サクラを軽くからかうことはあっても逆鱗に触れることがないからだ。
仕事に対する姿勢も生真面目で誠実だ。面白味がないと言えばないかもしれないが、それでも安定した関係を結ぶことについては申し分ない。
面と向かって愛を囁くということは少ないが、それでも向けられてくる視線や気遣い、触れてくる指先や唇からは嘘をついているようには思えず、けれどそれが益々サクラを混乱させた。

「男の中には浮気してても罪悪感感じない奴だっているんだ。そんな不誠実な男好きになって、お前本当に幸せなのかよ」

幸せかどうかと聞かれれば実際今のサクラは幸せではない。
相手に騙されていたというか、自分以外の女性と関係を持っていたことを秘密にされていて喜ぶ女性が何処にいるというのか。
サクラは抱え込んだ膝に額をつけるよう背中を丸めると、じんと熱くなる目を閉じてから長い吐息を一つ吐きだす。

「私、どうして彼のこと好きになっちゃったんだろう…」
「…女は悪い男に弱いんだよ…」

どこか投げやりに答えてくるサスケに数度瞬き、サクラは思わずくすりと笑う。

「それって昔のサスケくんのこと?」
「殴るぞてめえ」
「ふふっ、やだ。ごめんなさい」

無意識か、それとも意識的か。涙を堪えるサクラに軽口を叩くサスケに救われる。
だが問題が解決したわけではない。それでもサクラがありがとうと伝えれば、サスケは照れたように視線を逸らしてから別に、と答えた。

「お前を泣かせるとうるせーだろ、アイツ」
「ふふっ、私、愛されてるなぁ」

笑って誤魔化したサクラではあったが、実質その胸の中は悲しみに満ちている。
サスケはそれに気付きつつもサクラの相手が分からぬ以上話を掘り下げることも出来ず、仕方なくサクラの頭に手を置き無造作に撫でまわした。

「てめえは笑ってろよ。じゃねえとこっちの調子が狂うだろうが」
「…うん。ごめんなさい。それから、ありがとう。サスケくん」

もしサスケを好きなままでいたら会えない寂しさに耐えるだけで済んだだろうか。
それとも今みたいに他に女を作っていないか不安に思っただろうか。

(ううん…でもサスケくんならきっと、浮気するぐらいなら初めからこっちを振ってくれるわ。だってこの人、昔から不器用だもの…)

うちはの血から見てみても、サスケ個人の性格からしてみても、不器用ながらも真っ直ぐなサスケに浮気は無理だろう。
そもそもポーカーフェイスを貫いていてもサスケは女に対し甘い部分がある。復讐に走っている最中は全ての人間を敵であり道具だと見ていたような節もあったが、結局は仲間として大切に思っていた。

「私、サスケくんのそう言うところ…好きよ」

昔は中々言えなかった。恥ずかしくて、怖くて。どうしても口に出来なかった“好き”という二文字が簡単に唇から滑り落ちてくる。
それはまるでたんぽぽの種を風に乗せるように軽やかに響き、聞き届けたサスケも空を見上げながらお前なぁ、と呟いた。

「だったら今でも俺のこと好きでいろよな」
「ふふっ、ごめんなさい」
「謝んな。振られたみてえじゃねえか」

むすったれるサスケに再び笑う。
初めとは違い今度は自然に笑ったサクラの横顔を横目で盗み見ると、サスケは視線を空に戻してから口を開いた。

「ま、何かあれば言えよ。話し位なら聞いてやる」
「うん。ありがとう」

胸のつかえが全て取れたわけではないけれど、それでも初めに比べれば随分と軽くなった。
先程とは違い随分穏やかに微笑むようになったサクラにサスケは少しばかり奥歯を噛みしめ、やっぱり木の葉を離れるのはもう少し後にすればよかったかな、と少しばかり現金なことを考えていた。



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