小説2
- ナノ -


4




静かな酒の席から数か月。
サクラは砂漠特有の乾いた土を踏みしめていた。

「わざわざすまない。足を運んでもらって」
「気にしないで。我愛羅くんが忙しい身だって分かってるから」

儲けられた見合いの場は本来なら互いの里の中間地点にある憩いの場で行われるはずであった。
砂隠と木の葉の間に位置するその宿は観光地としても羽休めの地としても重宝されており、時折商談にも使われるほど信頼された場であった。
しかし我愛羅がいざ砂隠を発とうとした当日に問題が発生し、急遽それを片づける羽目になり見合いは後日に、という話になった。

「でもまた日程組み直すの大変じゃない。だったらもう私が足を運んだ方が早いかな、って」

サクラが砂隠に着くまで三日はかかる。
その間に問題を片づけておいてくれとカカシが文を飛ばし、我愛羅は申し訳ないと謝罪を述べつつそれに応じた。

「それに今回は砂嵐にも襲われなかったし、日差しの強さ以外では何の問題もなかったわ」
「そうか。それはよかった」

折角来てもらったのに怪我をさせるわけにもいかないしな、と述べる我愛羅は湯呑へと手を伸ばし、それを啜った。

「…だが本当に来るとは思わなかった」
「ふふ、そう思われても仕方ないわね。でも一度決めたことは覆さないわ。大概のことはね」

昔のナルトのようにそれを豪語出来る程サクラは子供ではなかったし、また意固地でもなかった。
曲げなければ進めない時もある。諦めなければ開けない道もある。それが分かるからこそ、サクラはサスケへの気持ちを抱きつつもこの見合いに足を運んでいた。

「でも私一応上忍だし医療忍者でもあるけど、血筋なんて平凡だし特異な技を持ってるわけじゃないわ」
「何を言う。綱手殿と同じ技が使えるのだろう?うちでは使えるものが少ない口寄せの術も身に着けている。十分すぎる程だ」

サクラの謙遜とも見れる事実をすげなく一蹴した我愛羅ではあるが、その実サクラに対する負い目は大いにあった。

「しかしだな…お前とて無理に受ける必要はなかったんだぞ?」
「あら、それって遠回しにお断りされてるのかしら。私」
「そうではないが…」

このお見合いの事をサクラはいのだけでなくナルトにも、リーにも、ヒナタにも話していなかった。
知っているのはカカシとテンテン、それからこの話に承諾したくノ一数名と両親だけだ。

「引き止めて欲しかったなら皆に話してるわ。それに、そうなる前に端からお断りさせて頂いてるわ」
「…それもそうだな」

サクラの言い分は最もだった。我愛羅はあらかじめカカシに無理に人員を集める必要はないと告げていたし、集まらなければそれはそれでいいと思っていた。
実際自分とて無理に結婚したいわけでもないし、焦っているわけでもない。適当に理由をつけ結婚を延ばすことはさして難しいことでもなかった。
多少難色を示すだろうが、それでも我愛羅に面と向かって文句を言える人物などそういないからだ。

「だからいいの。私は自分の意思でここに来たんだから」
「そうか…ならば、よかった」

サクラは我愛羅と会う前、既に雷影と水影との見合いを終えていた。

「そう言えばお前は既に幾つか見合いをしてきたと聞いたが?」
「ああ、うん。二人はとてもいい人だったわ。けどなんていうか…正直言うとただ単に皆苦労してるのね、って思った位だわ」

雷影ダルイ、水影長十郎。共に最近影を引き継いだばかりの年若い長であった。
歳の差は大してないと言えど疲れた顔をした男相手にアレコレ聞くのも憚られる。初めは向こうが気を利かせてくれたが、サクラはのんびりしましょうと二人に提案し、実行した。

「だからまぁなんていうか、殆ど二人の寝顔を見てた感じかしらねぇ…」

初めは難色を示した二人ではあるが、サクラが設けられた宿屋の景色をのんびりと眺めていれば次第に肩の力を抜き、そのうち日頃の疲れが祟ったのか爆睡した。

「いや…それにしたって凄いな。あの二人は思ったより警戒心が強い。初対面ではないといえ、二人が寝顔を晒すとは驚きだ」
「あら、そうなの?二人とも子供みたいな顔して寝てたから、ちょっと可愛いかな、って思ったぐらいよ?」

見た目からキッチリしている長十郎はともかく、やる気のなさそうなダルイとて忍らしく警戒心は強い。
だがそんな二人が警戒心を解き、あまつさえ寝顔を覗きこめる位に心を許されているのかと思うと我愛羅は純粋に驚いた。

「それに相手を懐柔させるとは見事だな。実に素晴らしい」

うんうんと頷きサクラを称える我愛羅ではあるが、サクラからしてみればそんな褒められるようなことをしたわけではない。
何せ簡単に言えばお見合いに来てお見合いを放棄したようなものである。
疲れているようだからのんびりしましょう、というのはとどのつまり、あなたと本気でお見合いするつもりがないからお互い好きなことをしていましょう。という遠回しなお断りであった。
とはいえ申し込まれれば断れない身である。今の所二人から断りの旨は届いていないので保留ではあるが。

「申し込まれたらどうするつもりなんだ?」
「さあ?それはその時考えるわ。でも多分、ありえないんじゃないかな。二人とも政略結婚に対しては反対的な意見を持ってるようだし、もし受け入れたとしてもそれはきっと私じゃないわ」
「何故そう言いきれるんだ?」

我愛羅は影として互いによく文のやり取りをするが、プライベートなことは知らない。
公私混同するつもりがないからだ。だからこそ二人の影に対し自身を選ぶのはありえないと豪語するサクラに疑問を抱いた。

「簡単な話よ。二人に結婚する気がまだないから、よ。仕事に慣れるまで、って言ってもその間に何人お見合いすると思ってるの?」
「ああ…そういうことか…」

互いに影を継いだばかりで忙しいのだ。我愛羅とて初めはそうだった。慣れない雑務に書類に判押しに会議にと、本当に嵐のような日々だった。
それこそ寝る間も惜しんで働いた。というよりも寝ている暇などなかったのだ。我愛羅は眠れない夜を過ごすことにはなれていたのでどうということはなかったが、二人にとってはキツイだろう。

「隈も出来てたしね。寝てる間にマッサージして治してあげたわ」
「お優しいことだな」
「単なる性分よ。私そんなに出来た女じゃないもの」

だが実際二人は喜んだ。目の隈は隠そうと思ってもなかなか隠せるものではない。それが綺麗さっぱりなくなった挙句、久方ぶりの休息に二人は心から感謝していた。

「“見合いの席なのに悪いな”って謝られちゃったけどね」

だがサクラからしてみればご趣味は何ですか?休日の過ごし方は?と聞きあうよりも、隣で寝てる男たちを労わる方が性に合っている。
何せ自分の周りには今まで無茶をする男しかいなかったのだ。今更日和主義な男と引合わされてもどう接していいか分からない。

「では俺の場合もそうするか?」
「私はそれでもいいけど…そうなると折角ここまで来た意味がないわね。少しは労わってくれてもいいんじゃない?」

風影相手に失礼なことを言っているとは承知している。だがサクラからしてみれば影の中でも我愛羅は特別だった。
それはあの日、我愛羅の前で自分の思いの片鱗を見せたことに由来する。

「それもそうだな。遠路はるばるお越しいただいたんだ。お嬢様をもてなすとしよう」
「うふふっ、我愛羅くんの口からお嬢様なんて単語が出てくるなんて思わなかった。折角だから楽しませてもらうわね」

からかうサクラの笑みにあの夜のような切なさは感じられない。それが読み取れた我愛羅はようやくずっと張っていた背中の緊張を解き、席を立つとサクラの前に手を出した。

「少し出かけよう。見せたい物があるんだ」
「喜んで。どこまでも」

笑いつつ我愛羅の手を取り、立ち上がるサクラに我愛羅も軽く笑みを返す。
白い手は指先が僅かに冷たかったが、それでも重ねていればすぐさま暖かくなった。


「わぁ…すごい…!」

我愛羅が連れてきたのは植物園だった。
広い土地をビニールハウスのようにして覆い、そこに幾つもの植物を植え、育てていた。

「南国にしか咲かない花などは比較的簡単に育てることは出来たが、水が多く必要なものや湿地帯でしか咲かないものは難しかったな」

砂隠が砂漠の土地だということを忘れそうになるほど緑が茂っており、色鮮やかな蝶や虫が地面から顔を出していた。

「綺麗…こんなに綺麗な花があるなんて、私知らなかった…」

サクラが見つめていたのはハイビスカスであった。
我愛羅もそれは一際気に入っており、初めは苦労したが今では年中花をつける美しい花だと説明した。

「特に暖かい地域でよく栽培されていてな。以前商人から買って数年かけて育てた」
「え?!これ我愛羅くんが植えたの?!」

驚くサクラの視線の先、その一帯にはかなりの量のハイビスカスが咲いている。
色も赤やピンク、黄色に白など様々だ。あちこちから種や根を買ってきては植え、育て、増やしてきた。
我愛羅が趣味だからなと答えればサクラは凄い、と呟き、柔らかく、けれど肉厚な花弁に指先で触れた。

「花がすごく生き生きしてるわ。花弁も葉っぱも瑞々しいし、すごく肉厚…健康的に育ってる証拠ね」

花屋の娘と幼馴染なのだ。それを抜きにしてもサクラは花が好きである。
我愛羅は興味津々と言った体のサクラに僅かに微笑むと、手近に咲いていた中で一番美しいものを選び、それを切り落とした。

「春野、こちらを向け」
「ん?なあに…」

振り向いたサクラの髪、見合いの席と言うこともあり綺麗に纏められたその髪の、地味ながらもこっそり活躍するヘアピンの隙間にハイビスカスを挿し入れた。
途端にサクラの華やかさは一層増し、我愛羅が満足げに頷けば白い頬に朱が差す。

「…いいの?切っちゃって…」
「構わんさ。花は愛でるためにある。それにハイビスカスは女を飾るためにも使われる花だ。こいつらも本望だろう」

そう言って少しばかり赤く染まったサクラの頬を指先で撫でる我愛羅に、この人こんなに大胆で情熱的だったのね…とどこか他人事のように思いながらサクラは目を伏せた。
耳元で聞こえる花弁の音を少しだけくすぐったいと思いながら。


その後時間をかけて大きな植物館を巡った後二人は食事に入った。
砂隠での食事は何度も口にしているので物珍しいものは少なかったが、それでも我愛羅がこの日のためにと特別に用意してくれた品々はどれも美しく、美味しかった。

「こんなに豪勢にしてもらわなくてもよかったのに…」
「構わん。俺の趣味だと思ってくれ」

対面に座して料理を口に運ぶ我愛羅の思った以上に軽快な物の言い方に吹き出せば、我愛羅もどこか楽しそうに目を細める。

「我愛羅くんってもっとお堅い人だと思ってた」
「今だけだ。普段は苦情が出る程酷い」
「あははっ、苦情来るんだ」

先日の酒の席など嘘のように、その日のサクラはよく笑い、よく喋った。
髪に差したハイビスカスの花弁が揺れる度にその笑みは一層輝くようで、我愛羅は思わず眩しいな…と目を細めてしまう。
沢山の人が彼女に惹かれる理由が分かった気がする。それだけでも十分な収穫だろうかと我愛羅は僅かに熱くなった頬に掌を押し当てる。
けれど元より体温が高い自分の掌を当てても熱が下がる気配がせず、こうなればいっそ彼女に触ってもらった方がいいのではないかとバカなことを考えてしまうぐらいにはどこか浮かれていた。

「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「いや、こちらこそ」

結局我愛羅は少し日が傾いてからサクラを見合いの場へと戻した。
夕餉はそこで摂るようにと仰せつかっていたからだ。とはいえその先はホテルを使ってもよし、サクラを宿に返すもよし。選択権は二人にあった。

「そう言えば我愛羅くんはあと誰とのお見合いが残ってるの?」

料理が運ばれてくる間、先に運ばれたサラダを食しつつサクラが尋ねれば我愛羅はそうだなぁ、と視線を上にあげ日程を思い描く。

「木の葉だとテンテンが最後だな。あとは雲隠れのくノ一が一人と、霧隠の令嬢が一人だな」
「…そう、忙しいのね」

てっきり我愛羅の見合い相手は木の葉だけかと思っていたので他里とも見合いをするのかと少しばかり驚いた。
けれどよく考えてみれば当たり前の事かと頷き、顰め面をしている我愛羅を上目で見上げた。

「いい人、いた?」
「ん…まぁ…皆いい娘ではあったが…」

うーんと唸る我愛羅はどこか不服気だ。何かあったのだろうかとサクラが首を傾ければ、我愛羅はまぁしょうがない話ではあるんだが、と前置きしてから話し出す。

「立場上仕方ないとはいえ、基本的に相手は皆俺に対し控えめな態度を取る」
「まぁ…そうよね」

何せ我愛羅は風影だ。砂隠には上層部を除いて我愛羅の立場に並ぶ者はいない。肩を並べることが出来るのも各里の影だけだ。
そうなれば自然と皆の態度は控えめになる。無知の恥を体現するが如く馴れ馴れしい態度を取る忍などこの歳では皆無だ。
だからこそ我愛羅は悩んでいた。

「皆俺に対し一歩引いている。つかず離れず、自分の本心を見せるわけでもない。また俺のことを知ろうとしているわけでもない。まぁそれは別にいいんだが、とにかく、相手の顔から本心が読み取れない以上、俺は彼女たちにどう反応していいか正直分からない」

ビジネスで女を抱けと言われれば抱ける。任務だと言われれば一時の夫婦関係も難なくこなせるだろう。
だがその任務を生涯続けろと言われたら?我愛羅は仮面の夫役を務め切る自信も、偽りの妻に愛を囁くことも出来るか分からなかった。

「俺だって人間だ。こう見えても虫の居所が悪い日もあれば落ち込む日もある。人恋しいと思う時間もあれば一人になりたい時もある。それを押しのけ夫婦の関係を築くなど…俺には少しばかり難しい」

真面目なのだ。我愛羅と言う男は。
仮面の夫婦を長年続けるのは難しい。精神的にも、肉体的にも。
抱けと言われたら抱けるが、もし子供が出来て育てるとなれば?愛してもいない相手との間に生まれた子を本当に愛することが出来るのか。我愛羅には分からなかった。

「一時の任務ではない。生涯の伴侶だ。出来るなら…相手を想うことのできる家庭を築きたい」

政略結婚にそれを求めるのは難しいと分かっている。ほぼ無理に等しいとも、付き合っていくうちに愛情が芽生えていくかもしれないという可能性があることも理解している。
それでも尚、我愛羅は不安だった。

「元々俺は親の愛情を知らない。そんな俺が…今更誰かをまともに愛せるとは思えない」

我愛羅がこんなにも正直な胸の内を話したのはサクラが初めてであった。
本来ならば女性に話す内容ではないかもしれない。けれど我愛羅にとってサクラとの距離は丁度いいものであった。
今まで見合いを重ねてきた誰とも違う。程よい距離感。親しくありながらも馴れ馴れしさはない。けれど余所余所しさもなく、互いの職務に対し理解があり、尊敬の念がある。
例えある程度深い話をしても口外しないだろうという安心感もあるし、聡いため難しい話をしても顔を顰めることはない。
何事に対しても真摯に向かうその姿を我愛羅は常日頃から好ましいものだと感じていた。

「…だから俺は誰も選べない」

シカマルのようにテマリが嫁に欲しいと言えるほど誰かを想ったこともない。
カンクロウのように自ら相手を見つけてくることも出来ない。
それなのに、設けられた場でも選ぶことが出来ない自分はとんだ臆病者だと思う。
だが女の一生がかかっているのだ。そしていつか生まれてくるであろう子の未来も。それらすべてを適当に選ぶことなど出来なかった。

「真面目ね、あなたって」
「頭が硬いだけさ」

昼間言われたことをそのまま返せば、サクラはそうねと苦笑いしてから視線を落とす。
その先には華奢なグラスがあり、うっすらと残った口紅を拭い去るように指先を薄い縁に乗せた。

「私も、正直お見合いなんて柄じゃないと思ったわ」
「…俺も、お前はうちはサスケかナルトと結ばれるものだと思っていた」

我愛羅にもサスケに対する気持ちがバレていたのか。そう思うと少々恥ずかしかったが、サクラは気にせず続けた。

「でも、振られちゃった。面と向かって言われたわけじゃないけど、多分…そう」
「うちはサスケにか?意外だな…」

本当にそう思っているのだろう。我愛羅の猫のような瞳が丸く開かれ、パチパチと音を立てるようにして瞬く。
もし家屋の外に出て星でも眺めていたらその瞳にはさぞ美しい景色が広がっただろう。
そんなことを思いながらサクラがうん、と頷けば、我愛羅は言葉に迷ったように閉口した。

「私、サスケくんに縛られすぎなんだって。彼に言われた」
「縛られすぎ、か…」

言いたいことは分かる。あまりにも一途なサクラの思いはひたむきで、穢れを知らない少女のようにまっすぐに見えたのだろう。

「でも私だって女よ。綺麗なだけじゃいられない。いつまでも…子供のままじゃいられないのよ」

女だっていつしかガラスの靴を脱ぎ捨てる。
いつか現れると夢見ていた白馬の王子様に背を向けて、張りぼてのドレスを脱ぎ捨てて、自らの足で運命の相手の元に走っていく。

「そして女は自分の武器を知ってるの。自分が最も輝く瞬間を、女は本能的に知っている…」

指先で拭った口紅は、グラスから消え去り指に移った。
それは唇に乗せた時よりも色は落ちてはいるが、確かに赤く、色づいていた。

「女はね、綺麗なだけじゃいられないの。いつまでも子供のままじゃいられないのよ」

お姫様は王女になる。いつまでもチヤホヤと可愛がってはもらえない。子供が出来れば母になり、子供が出来ずとも大人になる。
子供心が死ねばその死体は大人となり、失った子供心は死ぬ間際まで戻っては来ない。

「私は女よ。でも、サスケくんはそんな私を重荷に感じたみたいね」

守られてばかりのお姫様に憧れることは、もうしなくなった。
サクラは守られる姫であることよりも大切な人を守る騎士でありたかった。盾を持ち、矛を奮い、自らの足で立ち上がり突き進む者。
そんな強い者に、なりたかった。

「…だが、ドレスは着たいだろう」

対面に座り、酒を傾ける我愛羅の唇から洩れた言葉に暫し瞬く。
けれどサクラはどこか自嘲気味に笑うと、そうねと返した。

「着たくない、って言ったら嘘になるかな…でも馬子にも衣装って言われるぐらいなら着たくはないわ。拒否権がないならともかくね」

寂しい女、というよりかは意固地な女に見えるかもしれない。
だがサクラはそれでもよかった。意思のない女に見られるよりかは遥かに、ずっと。

「…春野」
「何?」
「結婚するか」
「………は?」

けっこんするか?
何を言ったんだ、この人は。
理解が出来ずサクラが呆然と口を開けて我愛羅を見つめていれば、聞こえなかったか?と首を傾けた後我愛羅はもう一度同じ言葉を繰り返した。
お前はオウムか。内心で突っ込んだサクラはすぐさま頭を抱えた。

「え?いや…ちょっと、待って待って待って、何でそうなったの」
「ん?別に可笑しい話ではないだろう。見合いなんだし」
「それはそうだけど…」

幾らなんでも突然すぎる。
サクラが戸惑いがちに投げかければ、我愛羅はふむ、と頷いた後運ばれてきた料理に視線を落とした。

「例えば、この料理がサクラだとする」
「うん?」

運ばれてきたのは美しく盛りつけられた魚料理だ。ぷるりとした身が絶妙な焼き加減で色づいており食欲をそそる。
それに箸を入れながら、我愛羅は説明を始めた。

「見た目も美しい。味も勿論美味いだろう。しかし骨は残っているし皮もヒレもついている。だが俺はそれを残さず食べたいと思う」
「はぁ…」
「つまりそういうことだ」

いや、どういうこと?
展開される超理論にサクラがついて行けずに目を白黒させていれば、我愛羅はつまりだなと魚の身を咀嚼してから結論付ける。

「お前のその面倒な感情含めて全部受け入れたいという意味だ」
「面倒ってどういう意味よ。失礼ね」

とはいえ自分自身も面倒だと思ってはいる。
だがここまで正直に自分の思いを、汚い感情まで吐露できたのは我愛羅が初めてであった。
ナルトも、いのも、テンテンも、あまりにも自分に近すぎる。親密すぎると却って何も伝えられない。心配をかけたくなくて一歩引いてしまう。
けれどそんなサクラの面倒な感情を厭うことなく、むしろそれを含めて丸ごと、汚い部分だって残さず受け入れるというのだ。この男は。

「…一応聞くけど、正気?酔ってないわよね」
「酷いな。至って素面だ」

未だにもごもごと魚料理を口に運ぶ男を見ていれば到底酔っているようには思えない。
サクラはあまりにもあっさりとしたプロポーズに半ば呆れたが、それでもどことなく心の内が救われるような気もした。

「…でも…そうね。我愛羅くん位に気軽で即決できる男の人の方が私には似合ってるのかもね。色々考えちゃう彼よりも」
「おい。それだと俺がまるで考えなしみたいに聞こえるぞ」
「あら違うの?今のプロポーズの仕方じゃそう思われても仕方ないわよ?」
「…むう…」

思わず箸を止め眉間に皺を寄せる我愛羅にサクラは思わず吹き出す。
単なる軽口であったにもかかわらず、真摯に受け止める我愛羅の生真面目さがどことなくおかしかった。

「ふふ、でもいいわ。改まった言葉よりも、このぐらいの方が気負わなくてすむもの」
「…お前、案外毒舌だな…」

こうしてサクラは我愛羅に見受けられ、細かい話はまた後日に、と言うことで食事を楽しんだ。
その日の酒はあの日と違い、雲の上を歩くかのようにふわふわとした心地にさせ、サクラの頬を自然と緩ませた。


その後砂隠から戻ってきたサクラがカカシに我愛羅と婚約したことを告げれば、珍しくカカシは腰を浮かせ驚いた。

「ええ?!サクラマジで言ってんの?!」
「マジでって…そりゃあマジですよ。大マジですよ。あの人が嘘ついたり変な冗談言う人じゃない位火影様だって知ってるでしょ?」
「そりゃまあそうだけどさぁ…」

驚くカカシにサクラも気持ちはわかるけどね、と内心で返しつつ、それでも向こうは向こうで話をつけるらしいですからと告げればそう…と頷いた。

「いやぁ…でもねぇ、まさか我愛羅くんがサクラを…いや、サクラが我愛羅くんを?受け入れるとは思わなかったなぁ…」

どこかしみじみと、けれど疑うような視線を崩さぬままカカシが呟く。
それに対しサクラが何と返そうかと考えあぐねていると、ドタドタと喧しい音を立てて火影室に幾つかの足音が近づいてきた。

「カカシ先生サクラちゃんが結婚するって本当?!」
「相手は誰ですか、僕の知ってる人ですか?!サクラさん木の葉に残るんですよねえええええ?!?!」
「ちょっと煩いわよ、あんたたち!もうちょっと静かにしなさいよね!」

勢いよく扉が開いたと同時に大音量で騒がれる。
これに対しサクラが勢いよくブチ切れれば、当の本人がいるとは思わなかったのだろう。乗り込んできた男二人は石のように固まった。

「ったく…お前ら揃いも揃ってめんどくせぇ…」

その後ろから顔を出してきたのは幾つかの書簡を抱えたシカマルで、サクラが視線を向ければおう、と片手を上げた。

「噂の殿方から荷物が来てるぜ」
「あ、ありがとう」

ぽんと掌に乗せられたのは小さな小包。差出人の所には綺麗な字で夫となる男の名前が明記されており、サクラは思わずその字をなぞった。

「そんでこれは火影様に。さっきのサクラの婚姻の件についてっすよ」
「あっ、そう。仕事が早いねぇ、あちらさんは」

相手が誰か既に知っているのだろう。シカマルの飄々とした様子にようやくナルトとリーが意識を取り戻し、とにかく相手は誰なのかとまくしたてるように尋ねる。

「誰って…お前たちがよーっく知ってる相手だよ」
「ま、でもそれを報告するのは俺らじゃねえっつうーか、本人たちに任せたいっつーか…」
「お前の場合は単にめんどくせーだけじゃねえか」

シカマルの濁し方にナルトが悪態をつけば、ひっそりと小包を開いたサクラが人知れず破顔した。

「ねぇねぇ、皆。これ似合ってる?」

そう言ってサクラが小包から取り出したものを髪に挿し、振り返れば男たちの目が丸くなった。

「…うん、とっても似合ってるよ、サクラ。綺麗になったね」

まるで父親のように、誰よりも早く我に返ったカカシが目を細めて微笑む。
薄紅の髪に挿されたのは色鮮やかなハイビスカスの髪飾り。
楽しげに、そしてどこか嬉しそうに笑うサクラはまるで少女のように、ハイビスカスに負けないほどキラキラと輝いていた。


end



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