小説2
- ナノ -


3




「だーっはっは!!ゲジマユばっかでぇ〜!!」
「あはははは!本当リーってそういうとこドジよねぇ〜」
「な、何なんですか!二人とも笑いすぎですよ!!」

皆それぞれ酒が程よく回った頃、周りの喧騒に負けじと騒ぎ、飲み、食い、笑う。
笑い声が絶えない席の中でサクラは一人酒を舐めていた。

「なー!サクラちゃんはどう思うってばよ?!」
「ん?んー…そうねぇ…」
「やめなさいよナルトぉ〜、サクラ困ってんじゃない。子供じゃないだから自分で解決しなさいよね〜」
「そうれすよナルロくん!サクラしゃんを困らしぇるのは僕が許しましぇん!!」

呂律の回っていないリーと赤ら顔のナルトとテンテン。
もうそろそろ潰れてもおかしくないかな、と思っていると突如リーが白目を剥き倒れた。

「ぐーっ…」
「あー、ついにゲジマユ落ちたってばよ」
「相変わらず酒に弱いわねぇ〜」

とはいえ二人の顔も真っ赤である。ナルトに至っては既に目が半分閉じており、テンテンは体を支えきれず机に突っ伏していた。

「………」
「………」

時刻は十時を過ぎた位か。
潰れたリーを余所に初めはキャッキャと笑っていた二人も次第に落ちて行き、ついには沈黙した。

「ぐーっ…」
「すー…すー…」
「んー…いるかせんせー…」
「…ようやく寝たな」
「みたいね」

最終的に騒ぐ三人を横目に二人はゆっくりと酒を傾けていた。
それ故に酒の回りは遅く、寝落ちた三人をやれやれと言った体で見つめていた。

「これで静かに酒が飲めるな」
「あら、意外と辛辣なのね。二人に対しては結構優しいのに」

潰れたリーとナルトを視線で示しつつサクラが揶揄すれば、我愛羅は時と場合によるさと軽く返す。
その手にある空のグラスに酒を注げば、我愛羅は小さくありがとう、と告げた。

「………」
「………」

だがそれからというもの互いに会話はない。周囲から喧騒は聞こえてくるので全くの無音と言うわけではなかったが、それでも落ちる沈黙は静かであった。

「…何も聞かないんだな」
「何か聞いて欲しかったの?」
「…いや」

そこまで度数は高くない、けれど体温を上げるには十分な酒を嗜みつつ我愛羅はどこか困ったように視線を落とす。
サクラは我愛羅が何を言いたいのか、何となく理解していながらも視線を逸らした。

「…結婚、嫌なの?」

だが聞かぬわけにもいかないだろう。見合いの話を受けると決めたのだ。いつか向き合うなら今でもいいだろう。
サクラはそう思い率直な気持ちを投げかければ、我愛羅は大して驚きもせず、ただ淡々と難しいなと返した。

「イヤだと言い切るほど嫌悪があるわけではない。だが、あっさりと受け入れるにはやや抵抗がある…そんな具合か」
「何か引っかかることでもあるの?」

我愛羅の好物だという砂肝を突きつつ、問いかけたサクラに我愛羅はうーん…と困ったように唸り腕を組む。
その眉間には小さく皺が刻まれていた。

「俺は…母親がどういうものなのかよく知らない。父親というものも…本来ならばどう言った姿が正しいのか…俺には分からない」

我愛羅の出自は特殊だ。それを知らぬサクラではないが、詳しいことを知っているわけでもない。
深入りする必要があるかどうか見極めていると、我愛羅はそれをさせないとばかりに吐息を吐きだし視線をずらした。

「嫌ではないが…恐ろしい。未知なるものはいつだって、足を脅かすには十分だ」
「…成程ね」

でも童貞じゃないんでしょう?
あけすけな物言いはどうかと思ったが、我愛羅が女性に対し不慣れな様子はない。確信をもって問いかければ我愛羅はまぁなと苦笑いした。

「これでも酒の席に参加した数は多いんだ。据え膳食わずはなんとやら、だ」
「影っていうのも大変ね」
「仕方ない。仕事だし、俺も男だからな」

そう言って酒を傾ける我愛羅に習いサクラもグラスに口をつける。喉を通る酒はぐっと食道を焼き、それから胸の内を熱く、重くした。

「…そう言うお前はどうするんだ」
「私?受けたわ。お見合い」

てっきり断っていると思ったのだろう。サクラの答えに我愛羅が目を開けば、サクラは驚かないでよ。と苦笑いした。

「別に強要されたわけじゃないわ。カカシ先生はそんなことしないもの」
「ああ…それは…分かってはいるが…」

戸惑う我愛羅の心情もよく分かる。我愛羅とてサクラがどんな存在か、知らないはずはなかった。

「気にしないで。ナルトは今ヒナタ…日向家のご息女とお付き合いしてるし、私はもう蚊帳の外よ」
「…そんな言い方をするな。ナルトが傷つく」

流石に今のは冷たすぎたか。酒の勢いに任せ自身を揶揄したつもりだが、我愛羅からナルトの気持ちを踏みにじるなと遠回しに釘を刺され反省する。

「…ごめんなさい。ダメね…ちょっと自棄になってるのかも…」

サスケに言われた言葉が思った以上に痛かった。
重荷になりたくないと思って黙って見送ったのに、自分の存在そのものが彼の足枷になっているのかもしれないと思うと堪らなかった。
思わず額を抑えて項垂れるサクラに、我愛羅は投げる言葉を見つけられないでいた。

「…俺が言うのもなんだが…自分のことは…もう少し、大切にしてやるべきだと思う」
「うん…そうね…ごめんなさい」

喉を焼く酒よりもずっと、我愛羅の言葉の方が沁みて痛い。
大切にしていないわけではない。けれどどこかで自分のことを憎いと思う自分がいる。
サスケの重荷になる自分が、サスケにあんなことを言わせるまで気付かなかった自分自身が、何よりも憎かった。

「…お前は…どうなりたいんだ?」

我愛羅がサクラの空になったグラスに酒を注ぐ。トクトクと注がれていくそれはすぐさまいっぱいになり、サクラはまるで自らの心みたいだとそれを眺めた。

「…分かんない」
「…そうか…」

幸せになりたいと、そう思う。出来るならそこにはナルトもサスケもいて欲しい。皆で一緒に、というのは無理だと分かっている。
それでもサクラは皆幸せになればいいと思っていた。サスケも、ナルトも。そして二人の幸せの中に自分も混ぜてもらえれば、それでよかった。

「…ナルトは幸せよ。大切な人が出来たもの」
「そうだな」

だがサスケはどうなのだろう。幸せ、なのだろうか。

「…自分の道を自分で見つけると言ったのだろう。例えそれが過酷な道であれど、選んだのならば突き進むだけだ。アイツは…そういう男だっただろう」
「…うん…」

突っ伏すサクラに投げられる声はあたたかい。まるで真冬の毛布のようだと思う。
ふわふわと柔らかくて、あたたかくて、全身を包み込むそのぬくもりを手放したくないと思う。それでもサクラはきっと外で降り注ぐ雪に憧れるのだ。
誰をも寄せ付けない、己の道を突き進む冷たく孤独な寂しい雪に。

「…春野」
「…うん…」
「お前の道は、お前が決めるべきだ」

サスケくんと同じこと言うのね。
思いはしたが口にすることは出来ず、サクラは黙って唇を噛みしめる。
周囲の喧騒は未だ止まず、店員があちこちのテーブルやカウンターを行き来しながら注文を取ってくる。
客足の途絶えぬ店の中、唯一の静寂が満ちるボックス席には三人の酔っ払いの寝息と、我愛羅の酒を傾ける音。それから一人静かに涙を流す、サクラの押し殺した吐息だけが響いていた。




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