小説2
- ナノ -


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「お見合い…ですか?」
「うん、まぁ…そういう感じになるのかなぁ、最初は…」

カカシが集めたのは現在任務に出ていない女子数名だった。
その中にはサクラとテンテンの姿もあり、二人は顔を見合わせるとカカシに問い詰めた。

「と言っても相手は誰なんです?」
「うーん…それがねぇ…」

腕を組み、困った表情のカカシは我愛羅を始めとする各里の影だと言う。
勿論それには皆が驚き、テンテンに至ってはうっそー?!と叫んでいた。

「だって火影様!我愛羅なんて私からしてみれば弟みたいなもんですよ?!」
「うん、テンテンの気持ちはよく分かるよ。任務で一番多く彼と組んだのはガイ班だからね」

実の弟は言えずとも、テンテンはテマリと共に年上の女として我愛羅を見てきた。時には助け、時には助けられ、持ちつ持たれつの関係で上手くいっていた。
夫婦になれと言われれば出来ないこともないが、それでもテンテンからしてみれば我愛羅の意見を尊重したい気持ちではあった。

「私、嫌ですよ。我愛羅が望まないことするなんて」
「まぁまぁ…とりあえずリストアップしておくだけだから…一応ね、本人確認がいるじゃない?勝手にお見合い写真なんて送れないからさ」

まるでもう一人のテマリのように眉を吊り上げるテンテンの気迫に押されつつ、それでも説得をすれば渋々承諾を得ることは出来た。
他数名の女子もざわつきはしたが影の嫁となることは名誉なことだと受け入れたが、中には相手がいるから…と断る者もいた。しかしそれを咎める程カカシも鬼ではない。

「で?一応呼んだけどサクラはどうする?断ってもいいよ」
「え!あ、私…ですか…」

勿論サクラとてこの場に呼ばれているのだから趣旨は分かっている。それでもどこか実感を持てず呆っと周囲のやり取りを眺めていたのだが、自身の気持ちは固まらないでいた。

「そうよサクラ。あんたサスケのこと待ってんでしょ?無理する必要はないわよ」
「そうだよ春野さん。好きな人がいるなら断ってもいいって火影様言ってるよ?」

テンテンを始め、周囲の女子は皆サクラに断れば?と促してくる。だがサクラはその言葉に素直に頷けないでいた。

「あ…えっと…でもお見合いだけなら…私受けてもいいかなぁ…なんて…」

結婚とお見合いは別でしょ?と言わんばかりの体で濁してみたが、カカシは何言ってんのと顔を顰めた。

「あのねぇ、サクラ。こう言っちゃなんだけど相手の方が立場が上なの。申し込まれたら断れないんだよ。分かるでしょ?」

呆れた様子のカカシではあるが、その実自分の気持ちを大事にしなさいと目で語ってきている。
それが分かるからこそサクラはふざけた態度を取ることも出来ず、すみません、と頭を下げた。

「でもどうしたのよ。サクラがそんなこと言うなんて…サスケと何かあった?」

火影室で問うにはあまりにもプライベートすぎる内容ではあるが、相手はカカシだ。
サクラとサスケの関係を長いこと見ている。元々教師と生徒として数々の任務を通し深く関わってきた。いわばもう一人の父親のようなものだ。
縮こまるサクラに対しカカシは少しばかり吐息を零すと、テンテンと自分以外は席を外すよう皆に命令し、側近を見張りにつけ簡易的な相談室を設けた。

「で?どうしたの、サクラ。お前がそんなこと言うような子じゃないって先生知ってるよ」

今は火影としてではなく元教師として、カカシはサクラに問いかけた。

「そうよ。もしサクラが里のために他の影と結婚するなら、私あんたのこと笑って送り出せない」

テンテンの言葉にも心配の色が滲んでおり、サクラは益々申し訳ないという気持ちを抱きながら実は…と重たい口を開いた。


「ええ?!あんたたちそんなことになってたの?!」
「はあ…そりゃあまぁ…そんな態度になっちゃうのもしょうがないよねぇ…」
「すみません…もういい大人なのに、子供みたいなことして…」

項垂れるサクラが話したのは、先日木の葉に戻っていたサスケとのことだった。

サスケが己の道を進むべく旅に出たのは多くの者が知っている。数々の業を背負う身だ。そう簡単に旅が終わるとは思わない。
とはいえ自身の意思で待つと決めたサクラだ。初めはいつかサスケが自分を連れて旅に出てくれる、もしくは時折里に戻っては自分と会ってくれると思っていた。

「でも、この間サスケくんに会った時…“お前は俺に縛られすぎだ。もう少し自分で自分の幸せを考えてみろ”って言われて…遠回しに鬱陶しいって言われてるような気がして…」

サスケの不器用さはサクラも理解している。だが相手に懸想しているが故に深読みをしてしまったり、些細な言葉でも傷ついたり悩んだりする。
もし自分の存在がサスケの重荷になっているのだとしたら自分は早々と別の誰かと結婚し、家庭を持って落ち着いた方が彼のためになるのではないかと考えていたのだ。

「全く…サスケの奴は本当に不器用だねぇ…」
「女心が分かってないっていうかなんていうか…サクラの為なんだろうけど、自分の為に、って感じに聞こえなくもないって言うか、本当残念っていうか…」

項垂れる二人にサクラは益々すみませんと頭を下げる。サクラが謝る必要など現状何一つないのだが、プライベートな話を公務の支障とするにはあまりにも恥ずかしかった。

「まぁでも、サスケもサスケで責任というか、負い目を感じてるんじゃないかな」
「ええ?カカシ先生サスケの気持ち分かるんですか?」

首を傾けるテンテンに俺も男だからね、とカカシは苦笑いする。
どういうことかとサクラが視線で問えば、カカシは多分だけどね、と前置きしてから話し出す。

「サスケはさ、自分のしたことに対して責任を感じてるだろう。実際それを償い、自分が本当に進むべき道のために今旅をしている」
「そうですね」
「だからこそその面倒事に大切なサクラを巻き込みたくないんだよ。償いを終えるのにどれだけ時間がかかるか分からない。それこそ一生を費やしても償いきれないかもしれない。そんな業の中にサクラを巻き込むこと、サスケには出来ないだろうし、そもそもしたくないんだと思うよ」
「だから自分の幸せを考えてみろ、ね…うーん…サスケらしいと言えばらしいけど…」

だがサクラとて生半可な気持ちでサスケを待っているわけではない。何があってもサスケを里に連れ戻すと決めた時から一生を捧げるつもりでいたのだ。
それなのに自分の幸せを願えと言われたら、やはり遠回しに振られているようにしか聞こえなかった。

「…私、やっぱりお見合い受けます」
「サクラ!」

テンテンの咎める声を聞きつつも、サクラはいいの、と首を横に振って顔を上げる。
そこには晴れやかな、というにはあまりにも暗い顔ではあったが、それでもサクラは笑みを浮かべて二人を見ていた。

「今の私はサスケくんしか見ていない。だから他の人を見てみればきっと、私が本当に好きな人…私が進むべき道が見えてくるんじゃないかな、って思えるんです。もしそれでもやっぱりサスケくんが好きだって思えたら、その時は死ぬまで彼のこと待ち続けます」

そう簡単に潔くはなれない。それでも少しでも自分の為を想ってサスケが助言してくれたのだというのなら、サクラはそれを受け入れる努力はするべきだと思った。

「言い方は悪いですけど、お見合い相手を踏み台にすると言いますか…相手を通して自分を…サスケくんを、もう一度見直したいと思います」

言い切るサクラの瞳に迷いはない。それが読み取れたカカシはうーんと唸りはしたが、すぐさま分かったよ。と頷き肩を落とした。

「サクラがそう言うならね。俺は止めないよ」
「カカシ先生!」

どことなくまだ納得のいっていないテンテンが声を上げるが、サクラにいいの。と言われればそれ以上口を挟むことが出来ず、渋々閉口した。

「カカシ先生もテンテンも、心配してくれてありがとう。でも私もサスケくんみたいに自分の道は自分で決めるわ。そのためにも新しく一歩を踏み出さなきゃいけないと思うの」
「…分かったわ。サクラがそう言うなら…でも無理しないでね。いざとなったら我愛羅たちと戦ってでも私、阻止するから!」

意気込むテンテンにカカシと共に苦笑いしつつ、それでもサクラは二人に手を合わせた。

「でも…このこといのには内緒にしててくれます?バレたらあの子煩いんで…」
「まぁ…しょうがないね」
「私は教える気満々だったけど…サクラが自分で決めたことならもう何も言わないわ。ただし嫌なことは嫌って言うこと!それだけは約束して」

念を押してくるテンテンに頷き、こちらこそよろしくねと言えばカカシがよしと頷き笑みを見せる。
何はともあれ第一関門は突破である。カカシは二人に手間を取らせたね、と労わりつつ二人にこっそりと耳打ちした。

「そうそう丁度今我愛羅くん里に来てるからさ。見かけたら適当に挨拶でもしてて」
「あ、そうなんですか。リーに見つかってたら挨拶どころじゃなさそうですけど…」
「まぁそれはそれ、これはこれ。だよ。じゃあ後は任せておいて。気をつけて帰るんだよ」
「はい。それじゃあ火影様、失礼します」

手を振るカカシに揃って頭を下げ、サクラとテンテンは火影邸を後にした。

「それにしたって我愛羅とお見合いねぇ〜。しかも場合によっては他の影たちともお見合いしなきゃいけないんでしょ?思ったより責任重大よねぇ〜」
「本当にね」

とはいえサクラもテンテンも、もう良識のある大人である。子供の時のように“結婚は好きな人と!”と豪語するほど無知ではなかった。

「カカシ先生の前ではああ言ったけど、多分一番大変なのは影たちよね。我愛羅もそうだけど…生まれた子供も駒にされるってことじゃない」
「そうね。でも仕方ないわ。私たちもそうやって生まれて、そうやって生きているんだもの」

どことなく陰鬱な空気になってしまい、二人はそんな後ろ暗い気持ちを打破するためにも温泉に行こう!と話を決めた。
昼間の温泉は存外人が少ない。二人は意気揚々と暖簾をくぐり、殆ど貸切状態であった大浴場を楽しんでから外に出た。

「は〜。いいお湯だった〜」
「やっぱり温泉って最高よねぇ〜」

湯の効果か、幾分入る前よりつるつるとした肌の感触を楽しみつつ二人が外に出てみれば、丁度男性側の暖簾が揺れた。

「あ!」
「ん?」

暖簾を潜って出てきたのは、先の件で名前が出たばかりの我愛羅であった。

「ああ、久しぶりだな。お前たち」

のんびりと挨拶をしてくる我愛羅の頬は常より血色がよくなっており、雰囲気も和らいでいる。
二人は久しぶり、と挨拶を返しながら我愛羅と共に道中を歩んだ。

「カカシ先生からは聞いてたけど、まさかあんな所で会うとは思わなかったわ」
「ああ…たまには温泉もどうだと言われてな。足を運んでいたんだ」

とはいえ我愛羅が温泉に入ったのはサクラたちが来るより前だった。
その間何をしていたのかと興味を示したテンテンが尋ねれば、我愛羅は少しばかり照れたように頭を掻いてから口を開いた。

「その…木の葉の温泉はうちとは違ってな…サウナがあるだろう。あれに入ってた」
「ええ…あんた夏になれば嫌と言うほどサウナ並の猛暑に晒されるのに…物好きね…」

呆れるテンテンにサウナと砂隠の夏場は別物だと顔を顰める。どうやら我愛羅も例に漏れずサウナに嵌ったらしい。

「サウナと水風呂を往復して、疲れたら汗を流してマッサージチェアに座ってた」
「お前はおっさんか!!」

我愛羅のあまりにも年齢からかけ離れた行動にテンテンが突っ込むが、我愛羅はおかげで肩こりが取れた。とどこか満足げに頷いている。
本人がいいならそれでもいいが、それでも人知れずマッサージチェアに座って体を解す我愛羅を想像すればどうにも居た堪れない気持ちになった。

「そういえば我愛羅くんご飯はどうするの?宿で摂るの?」

温泉に入っていた時間は思ったより長く、日は既に傾き始めている。茜の空が夕闇と交ざるまでそう時間はかからないだろう。
問いかけるサクラの言葉にそうだな、と目線を上げた我愛羅の腹が、それに応えるようにぐうと鳴った。

「………」
「何か食べて行こっか」

腹を抑えて立ち止まる我愛羅に二人は苦笑いし、サクラが促せばテンテンが美味しいお店紹介してあげるわよ、と我愛羅の手を取った。

「あ、おい」
「ほらほら、さっさと歩く!じゃないとお腹と背中がくっついちゃうわよ〜!」

まるで姉弟だ。
彼の実姉であるテマリは現在木の葉にいるが、それでも今は任務に就いているためここにはいない。
もしかしたら今夜は奈良家に顔を出すのかもしれない。
そんな憶測をしながらサクラはテンテンに連れられ歩く我愛羅の背をゆっくりと追いかけた。
伸びる影は徐々に縦長に、そうして茜の空は夜の気配に浸食され、ついには姿を消していった。


「カンパ〜イ!」

テンテンの声に合わせ、それぞれが軽くグラスを合わせる。
そこにはそれぞれが注文した酒が注がれており、皆それを煽った。

「く〜っ!!この一杯が一番美味しいのよねぇ〜!」
「うん…美味いな」

芋焼酎を頼んだテンテンの気持ちいい感想を聞きながら、我愛羅も木の葉の酒に舌鼓を打つ。
サクラを始め、この二人は酒に強かった。

「木の葉の地酒は勿論だけど、砂隠のも美味しいわよね」
「ああ…種類は少ないがな。うちとて酒好きの輩は多い。存外板についてるんだ」

我愛羅と軽口を交わしつつ料理を突いていれば店の中も徐々に人で溢れてくる。
とはいえ三人はカウンターではなくボックス席に座っている。騒がしい店内を横目に眺めていると店員が顔を覗かせてきた。

「すみません、お客様。相席させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんが」

流石にこの場はテンテンではなく我愛羅が答える。何せ我愛羅はこれでも影なのだ。設けられた席ではないといえ上座に座るのは当然であり、決定権も彼にある。
我愛羅の答えに店員は安堵したように肩を下し礼を述べると、すぐさま客を連れてきた。

「よっ、我愛羅!」
「お久しぶりです、我愛羅くん!!」
「ナルト、リーさん!」
「あちゃ〜、厄介な二人に嗅ぎつけられたか〜」

互いに気さくな体で挨拶をする二人に我愛羅は口の端を上げ、久しぶりだな、と返しつつグラスを掲げた。
二人は上座に座る我愛羅をもろともせず突進するかのように席を詰めると、あれやこれやと色んなことを話しだす。

「聞いてくださいよ我愛羅くん!ナルトくんったらさっき道中でですね、」
「あーーーっ!コラ、馬鹿、ゲジマユ!!それは言うなって言ったじゃねえか!!」
「何々〜?何かドジでも踏んだの〜?」

珍しくからかう体制に入っているテンテンにナルトが楽しむな!と牙を向き、それを隣で聞いていた我愛羅が煩い、と耳を塞ぐ。
今まで以上に騒がしくなった酒の席の中で、サクラはにこにこと微笑みながらも無言で酒を傾けていた。




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