小説2
- ナノ -


太陽の花




我愛羅の元に届いた複数の手紙。それらは各里、各国からの要請にも似た文書であり通達でもあった。
そうして自国からも送られてきた一通の手紙に目を通しながら、我愛羅はついにそれを後方へと投げ捨てた。

「おい我愛羅、行儀が悪いじゃん」
「五月蠅い。こんなもの寄越してきおって…」

兄弟しかいないからといって盛大に顔を顰めた我愛羅の投げ捨てた手紙にはこう書かれていた。

「何が『そろそろ身を固めてはどうだ』だ。『跡継ぎを残すのは国にとっても大事なこと』『そなたの子供は国にとってさぞ有益な人物になるだろう』…全く好き勝手言ってくれるものだ」
「まぁ国なんてそんなもんじゃん」

埃などついていなかったが、一応軽く払ってからカンクロウは手紙を読み直す。
我愛羅の手元には同じような内容の手紙が幾つも届いていた。

「それにしてもお前らも大変じゃん。他の里でもこんなの出回ってんだろ?」
「ああ。各国、各里の繋がりをより強固にし、且政治的にも貿易的にも潤すためにな。幾ら忍が駒だとはいえ国の肥やしにされるのは堪らんな」

何もこの通達にも似た手紙は我愛羅にだけ送られたわけではなかった。それらの文書と共に我愛羅の元には別の手紙、つまり各里の陰から愚痴のような近況報告書が届いていたのだ。

「土影に至っては相当荒れているようだぞ」
「確か向こうじゃ女が影の座につくのは黒ツチが初めてなんだろ?そりゃあ無理もないじゃん」

女というのは大概こういう話に敏感だ。元水影がそうであったように、黒ツチもまたこの手の話は地雷であった。

「今の所好いた相手もいないみたいだしな。受け入れる側としては譲歩できんものも多々あるのだろう」
「おー…手紙の中身が殆ど愚痴だらけじゃん…相当精神やられてんなぁ、アイツ…」

そもそも我愛羅の元にこの手の物が届くのは今回が初めてではない。昔からアレコレ理由をつけて女と引き合わせようとする者は多かった。
といってもそれは自里の忍ではなく、それなりの地位がある相手であった。

「別に政略結婚がどうのとか言うつもりはない。時代が変わったといえまだその手の結婚は多い。それは理解している」
「じゃあ何が不満なんだ?」

我愛羅とて結婚する気がないわけではない。相手が出来れば自ずと考えるだろうと思っていた。
だが日頃の忙しさだけでなく、偶の休日も趣味のサボテン栽培や植物館へと足を運ぶことに費やしていれば出来るものも出来ない。
しかしいざ恋愛をしようと思っても上手くいくはずがなく、結局我愛羅は恋愛よりも仕事の方に精力を注ぎ、今の今までまともな恋愛をしてこなかった。

「ビジネスで女を抱けと言われれば勿論抱く。潜入捜査だと言われれば顔も知らぬ相手と何の遺恨もなく夫婦役も出来る。だが結婚となれば生涯だ。責任は取るが愛せる自信がない」
「竹を割ったように簡単に説明してくれてありがとよ」

我愛羅が心の内を素直に話すようになったのは割と最近だ。
それは偏に姉の存在がある。

「しかし幾らテマリを嫁に出したからと言ってこうも早く根を回してくるものか…」
「しょうがねえじゃん。渋る上層部を無理やり抑えつけてアイツを嫁に出したの俺たちだしな」

環境が過酷な砂隠において優秀な忍というのは重宝される。うちはや日向のように特異な血を継ぐ家系は少ないが、それでも砂隠を支える大事な血族は特に、だ。
血族のことで言うのであれば、我愛羅の一族はそう大層な血が流れているわけではない。だが先代の影となった父親の力の影響か、三人の姉弟はチャクラの量が多く、頭のキレもよかった。

「まぁ向こうは名家の奈良家だ。渋っていたのは結局上っ面だけだろう」
「かもな。けど上の奴ら奈良家の跡取りがうちに婿入りしてくるとでも思ってたのか、テマリを嫁に出す、っつた時相当慌ててたよな」
「全くだ。確かにテマリが不在になることで業務が滞ったり部隊の再編制が必要にはなってくるが…いつまでもアイツを縛り付けるわけにはいかない」

大した血が流れていなくてもテマリは余りあるほど優秀な忍であった。
影の肉親であり姉であるということを差し引いても周囲から向けられる眼差しは熱く、部隊を率い、部下を育て上げる姿は教師たちの鑑でもあった。
そんな彼女を嫁に出すことに反対したのは何も上層部だけの人間ではない。彼女を盲信するかのように煽いでいた数人もまた、彼女の婚儀に反対した。

「全く…カリスマがありすぎても困りもんだな、我愛羅」
「俺に言うな」

結局それら一派を懐柔したのは他でもない、我愛羅自身であった。
彼らとてテマリのみを見ていたわけではない。テマリがその身を挺し守っていた弟のこと、カンクロウも含め我愛羅のことも勿論彼らは尊敬していた。
それ故に我愛羅は自らが立ち上がり、テマリの婚儀について自分がどう思っているか理解してもらうため足を運んだ。

「奈良シカマルにはテマリが必要だろう。そしてテマリにもまたアイツが必要なのだと判断した。そこにアイツの幸せがあるならば反対する意味はない」
「まぁな。俺もそう思うじゃん。ずっと苦労かけてきたしな」

テマリを嫁に出すということはすなわち片腕を失うということだ。
我愛羅にとって二人は自身の片腕であり盾であり、矛であった。名前を呼べば大概の意思の疎通ができた。業務においても、戦闘に置いても。
二人以上に我愛羅を理解できる人間などそうはいないだろう。だが二人とて肉親とはいえ他人なのだ。言葉にしなければ伝わらないことも多い。
だからこそ里に残った二人はより一層互いの心の内を話し、意思の疎通を図るようにしていた。

「とにかく、だ。俺はもうこの話はしたくない。カンクロウ、こいつら全部燃やしてしまえ」
「おいおい、気持ちはわかるけど焼却はなしだぜ。証拠隠滅しようとすんな」
「…チッ」

行儀悪く舌打ちする弟に苦笑いしつつ、カンクロウは机上に広げられた手紙を纏め、分別してから腕に抱えた。

「でもま、お前もちゃんと考えとけよ、我愛羅」
「五月蠅い。早く行け」

しっしっと手を振る我愛羅に再び苦笑いを零しカンクロウは部屋を後にする。
現状カンクロウにあの手紙は渡っていない。何せカンクロウには既に将来を考えている相手がいるからだ。

「…カンクロウが結婚すればそれでいい気もするんだがな…」

本人を前にすれば言えない本音を漏らしつつ、我愛羅は手元に残っていた数枚の手紙を見下ろした。

「はあ…皆それぞれ苦労している。俺だけではない、か…」

送られてきた各影からの近況報告書を眺めながら、そのどれもがこの件について苦情を述べていて心中同調した。
何せ自分も渦中の一人である。他人の相談に乗るにしてはあまりに説得力が欠けている。我愛羅は再度ため息を零した後にそれらを丁寧に仕舞い、職務の続きに戻った。



件の手紙は火影の元にも届いていた。

「はは〜…やっぱり我愛羅くんの所にも来てたのね、それ」
「ああ…全く、迷惑な話だ」

眉間に皺を寄せ愚痴る我愛羅の対面に座していたカカシは、若い子にとっては身重な話だろうね〜。と相槌を返しつつ先程話し終えたばかりの書類を片づけていた。

「それにアレでしょ?我愛羅くんの所条件があるんでしょ?」
「…まぁ、な…」

余所はどうかは知らないが、我愛羅の元にはこんな条件も付けられていた。

一つ.相手は名のある血筋の者又は実力がある者
二つ.他国・他里に顔が利く者
三つ.砂隠の環境に弱音を吐かず対応できる者
四つ.健康であること
五つ.礼節を弁えた淑女であること

「全く、注文が多すぎる」
「はは…まぁ上の考えも分からなくもないけどね」

影の妻となるのだ。どこの馬の骨か知らない奴とでは困るということだ。
他国・他里に顔が知れているということは名家、あるいは功績を残す忍であるということで結果的に上記の条件をクリアすることになる。
弱音を吐かず、とはそのままの意だ。砂漠と言う過酷な環境の中生きるのだからそれなりの覚悟もいる。
加えて健康であるということは健康な子供を埋めということであるし、礼節を弁えた、というのはつまり夫を立てられる女であれと言うのだ。
そんな女、いるならば見てみたいと我愛羅は天を仰ぐ。

「しかもうちはテマリを奈良家に嫁がせただろう?だから上は木の葉から相手を奪ってこいとまで言ってくる。本当に阿呆ばかりだ」
「あら〜、そんなこと言われたの?散々だねぇ」

テマリが嫁いだことと木の葉から嫁を貰うことでは意味が違う。訳の分からないことをギャンギャンと申し立てる上層部に我愛羅は心底辟易していた。

「しかもビジネスが深く絡んでいる。言葉は悪いが馬鹿な女ならともかく、聡い女には屈辱だろう」
「うーん…どうだろうね。俺は女性じゃないから女心は分からないけど、ビジネスとして区切るにはあまりにも酷かな、とは思うよ」

木の葉には柱間とミトの件があるが、それは尾獣が絡んでいたが故の政略結婚だ。
互いに守らねばならないものを背負い、力を合わせて尾獣を封印するという名目があったからこそ婚儀は滞りなく進んだ。
しかし今尾獣に対する恐れは少ない。守鶴も我愛羅との盟約を守り砂漠でのんびりと暮らしているし、九喇嘛に至っては時折ナルトの修行に付き合う程だ。
他里でも似たような事例は幾つもあり、ビーなどは今でもパートナーとして互いに傍にいる。
そんな中ビジネスの延長で俺と結婚しろだなんて、とてもじゃないが我愛羅は口に出来ずにいた。

「そもそも我愛羅くんは結婚に対して前向きなの?」
「………いや…」

カカシの素朴な疑問に我愛羅は言葉を濁した。
テマリの結婚は心から祝福した。ようやく苦労かけ続けてきた姉を解放出来るのかと肩の荷が下りたのもあったが、何より幸せそうに笑うテマリを見て自然とそう思えた。
しかし依然として我愛羅の心中には結婚に対する前向きなイメージは少ない。それは偏に己の生い立ちにあった。

「…俺の母は俺を産み落としすぐに亡くなった。尾獣のこともあり家庭環境も…というより家庭内の関係か。それが上手くいってなくてな…家族や結婚、夫婦というものに対しあまりいいイメージがない」
「そうだねぇ…君の場合は特に、だね」

中忍試験を受けにきた時の我愛羅などそのイメージを固めるのに十分すぎる程十分であった。
兵器として産み落とされ、育てられ、誰の愛情もなく一人でのし上がるようにして育った男。そんな男が結婚に対する前向きなイメージなど持てるはずがないだろう。

「出産や、または子に対してはそう後ろ暗いイメージはないのだがな。幸せそうな家庭を見ると健やかに育ってほしいと思うし、出来るならば任務で命を落とし、子を一人にさせたくないとは思う」
「そうだね」

だが現実は甘くない。ランクが上になればなるほど任務の危険度は増すし、死亡率も高くなる。
そうして片親を亡くす、あるいは両親を亡くす子も多い。一人で暮らすにはあまりにも砂漠は過酷すぎる。我愛羅はいつもそれに悩まされていた。

「俺のような子供を増やしたくはない。だが現実とはいつも思い通りにいかないものだ…」
「…そうだね」

カカシにも守りたいものがあった。沢山、沢山。それこそ両腕に抱えきれないほど沢山のものが。
けれどそれらの多くは指の間から抜け落ちるようにカカシの元からいなくなっていった。手を伸ばしても届かない場所に落ちた沢山のものを、カカシは掬い上げる術を持たなかった。

「…それにな、先日また新しく手紙が寄越された」
「え?また?」

驚くカカシに我愛羅はうむ、と頷くと、重く長い溜息を零しつつ説明した。

「『追加条件、相手は上忍であること。場合によっては中忍でも認めるが、基本的に不可』だと」
「基本的に不可って…書類申請じゃないんだから…」

呆れるカカシにまったくだ、と我愛羅は顔を顰め、それから顔を覆った。

「頭が痛いとはこのことか…」
「はは…苦労するねぇ…」

カカシの元にも当然手紙は舞い込んでいた。しかし木の葉はどちらかと言うと他里から嫁や婿に来る者が多く、カカシ自身には結婚を追いたてるような文句はあまり来なかった。
来たには来たが、カカシの年齢や実力に見合う相手を探すのは難しい。結局は本人の意思に任せるという形で落ち着いていた。

「…木の葉が心底羨ましいと思ったのは初めてだ…」
「ははは。褒め言葉として受け取っておくよ」

項垂れる我愛羅を励ますように明るい声を出し、それからカカシは纏めた書類を隅に置き、パンと音を立て手を合わせた。

「よし。まぁこの件についてはうちも何人かに声をかけておくからさ。我愛羅くんは温泉にでも入ってきなさい」
「…ああ…恩に着る…」

常ならば分からないが、随分この件で頭を痛めているのだろう。いつもより疲労の漂う我愛羅を促しカカシは執務室へと戻り、それからやれやれと吐息を吐きだした。

「とはいってもねぇ…皆自分の娘のように見てきた子たちばっかりだから…寂しくなっちゃうねぇ…」

まぁご本人のお父さんに比べればそうでもないのかなぁ、と呟きつつカカシは近場の忍を捕まえると、数人の女子を呼び寄せるよう言いつけた。




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