小説2
- ナノ -





三次会は非常に盛り上がっていた。
木の葉や砂隠だけではない。五里の人間が入り混じった会場は喧しく、活気と酒の匂いに溢れていた。
飲まなくても酔っちゃいそう。
サクラは卸したばかりの靴で出来た靴擦れをばれぬよう治療してから席へと戻った。

「ねぇサクラ、ちょっといいかい?」
「ん?どうしたのよ、サイ」

お手洗いから戻ってきたサクラに声をかけたのはサイだった。
その手にはチーズが乗った皿と、ワインボトルが掲げられていた。洒落たものを嗜むものだ。思いつつ席を促せば、サイは礼を述べつつサクラの隣に腰を下ろした。

「ちょっと相談に乗って欲しいんだけど、いいかな?」
「いいわよ。どうせいののことでしょ?この幸せ者ーっ!」

肘で軽く突きつつ、何があったのかと尋ねればそれが…と珍しくサイが項垂れる。

「こう…あんまり大したことじゃないように聞こえるかもしれないんだけどさ、僕って結構本読むでしょ?」
「ん?うん。そうね」

サイは出逢った当初からよく本を読んでいた。あまり人と接することが無い裏の世界にいたのだ。表に出たのだから相応の態度を取らねばならないとサイなりに勉強していた。
友達の作り方、話し方、こんな心理学あんな心理学、色々読んでは実践し、空回りしては痛い目を見てきた。それでもめげずに学び続けたサイは、今でも時折空回るが、もうすっかり打ち解けている。

「それでね、この間珍しく洋書が手に入ったから読んでたんだよ。訳すのはすごく難しかったけどね」
「へー、すごいじゃない!どんな内容だったの?」

サイが手にしたという洋書はどうやら創作物のようで、よくある魔王退治に出かける勇者とヒロインの話だった。

「そこでさ、やっぱり向こうのお話だから向こうの文化とか食べ物とか飲み物とか、そういう考えみたいなのが出てくるじゃない?」
「そうね〜。どんな本でもそういうのって無意識に出るっていうし…それがどうかしたの?」

首を傾けるサクラに、サイはうんと頷いてから自身が持ってきたチーズとワインを差し出した。

「それでね、このチーズを肴にワインを飲むお金持ちのお嬢様が出てきたんだよ」
「うんうん」
「読んでくうちにさ、何だか彼女の行動とか発言とか、そういうのがすごいいのに似てるなぁ〜と思えてきてさ…」
「やだ〜、何よ惚気話〜?」

ニヤニヤと頬を緩めるサクラに、サイがだったらよかったんだけどね…と呟き額を抑える。

「僕その時何も思わなかったんだけど、そのお嬢様っていうのがすっごいデブでさ…」
「え」

どうやらサイが読んでいた物語のお嬢様は、自信家でありながら民を思っており、けれど少しばかり世間知らずな面を持っているという設定だった。
それが勇者と出逢い、刺激され、己も大きな一歩を踏み出す決意をした。自分の生きる道は自分で決めるわ!そう啖呵を切ってパーティに加わったらしいのだが…

「毎日好きな物食べて、好きな洋服を着て、お化粧して楽しんで、っていう生活だから…」
「ああ…なるほどね…」

初めはそんな格好いい女性に自分を重ねてくれたことを喜んだいのではあったが、調子に乗ったサイの発言にブチ切れたらしい。

「“ただこの人すごいおデブさんなんだけどね”って言ったらほっぺたバチーンって叩かれて…」
「はあ〜?!あんた何でそこまで正直に言っちゃうのよ!」

そこは黙ってなきゃダメでしょ?!とサクラが続ければ、サイは所詮物語でしょ?と首を傾ける。

「だからさ、僕的にはそういうつもりで言ったわけじゃないんだけどさ…」
「バッカねー!そんなこと言われたら誰だって怒るわよ。本当女心が分かってないんだから」
「女心…それって本とかある?」

呆れるサクラに助け船を求めるサイではあるが、多分いのはもう怒ってはいないだろう。
実際先程お手洗いに行くまでサクラはいのと話していた。その時には普通だったのだから、もう怒りは収まっているだろう。

「全く、本当しょうがない奴ね、あんたって。あんまりデリカシーないこと言ってると振られるわよ?」
「気を付けるよ…女心って難しいんだね…」

はぁ、と吐息を零すサイにとりあえず後でいのが戻ってきたら謝んなさい、と背を叩けば、遠くの方から赤ら顔の金髪が近づいてくる。

「サークッラちゃん!!うへへ〜!きょーのかっこうもちょーかわいいってばよ!!」

今日の主役が何を言っているのか。それは自分のお嫁さんに言ってやれ、と思いはしたが、ナルトのこれは昔からである。
サクラははいはいと軽く流しつつも礼を述べるが、すぐさまナルトの体や吐息から香ってくる酒の匂いに顔を顰めた。

「ってあんたちょっと飲みすぎじゃない?!しっかりしてよねー、ヒナタに迷惑かけるんじゃないわよ?」
「典型的な酔っぱらい方だね、ナルト」

へらへらと笑いつつ、それでもふらふらとした足取りのナルトにサイも苦笑いを禁じ得ない。
サクラがまったく、と手間のかかる男二人に挟まれていると、ふと視線が一人の男を捕えた。

(あ…我愛羅くん、すごい女の子に囲まれてる…)

離れたテーブルに座す我愛羅は一人でのんびりと酒を開けているように見えるが、その実周囲に相当数の女子が座っていた。
しかも本人は気づいていないようだが彼女たちの視線は我愛羅へと向けられており、終始そわそわと我愛羅が酒を煽ぐ姿へと向けられている。

(何よ!あの子たちのやっらしー目!!あんたたちなんかに引っかかるほど我愛羅くんの目は節穴なんかじゃないんだからっ!)

我愛羅の想い人が誰か知っているわけではない。だが彼ならばきっと心の根の優しい、けれどしかと芯の通った女性を選ぶだろうという気がしていた。
だから金や地位が目当てのような、荒野のハイエナのような目つきの女たちに彼が惚れるわけないのだと少々むすったれていると、我愛羅の元に一升瓶を引っさげた綱手が現れた。

「あ、綱手様だ。よく見れば風影もいるね」
「何だか懐かしいねぇ〜、あの構図」
「そうなのかい?アンタ」
「昔はよく見てたよね。うちは綱手様長かったから」
「へぇ〜。ま、でもアンタらの関係からすれば当然かもね」

増えた声にサクラが振り返れば、周囲にはチョウジ、カルイ、ダルイが座っていた。どうやらあちこち席を移動し酒と食事、それから会話を楽しんでいるらしい。
ダルイはもうすぐ影を継ぐと聞いていた。そのため顔見せと、人脈を築くため席を回っているのだろう。
昔は他里に対して興味の無かったダルイではあったが、今ではすっかり時期影として勉強している。現ににこやかに話しを進めるサイに頷いたり、質問を投げていた。

(あ…綱手様が来てくれたから、周りの女たちもどこかに行ったわ。ありがとうございます、綱手様…!!)

思わずサクラが両手を組み、内心で深く綱手に感謝していると綱手の視線がふいとサクラに向けられる。
まさか通じたの?!とサクラが目を丸くすれば、綱手は数度瞬いた後楽しげにウインクをした。どうやら我愛羅を助けるつもりであったらしい。
本当になんて頼りになる師だろうかと益々尊敬の念を抱いていると、項垂れていた様子だった我愛羅が顔を上げた。
だが視線が合う前に周囲に名を呼ばれ、サクラは慌ててそちらに顔を向け笑顔を見せた。綱手がいるなら自分が威嚇する必要もない。
安心したが故に自然と笑えた。

「でもさー、何か風影疲れてない?綱手さん飲ませすぎ的な?」
「まさか。風影ってすっごいお酒強いから、多分疲れてるんじゃないかな」
「ふぅん…でも他里で気を抜けるとかすげえな。俺にはまだ無理だわ…」

カルイが指す通り、我愛羅は額に手を当てどこか思いつめた様子にも見えた。
それに対し数度頷き、言葉を交わす綱手の後姿は頼もしい。サクラは綱手を信じうん、と一つ頷くと、アレコレ憶測を飛ばす皆に大丈夫よ、と笑顔を向けた。

「きっと綱手様が無茶振りして我愛羅くん困ってるだけだわ!綱手様って酔うとちょっと手が付けられない時があるの。でも我愛羅くんも慣れてるから、大丈夫よ」

うんうんとサクラが一人頷いていれば、風影の信用率パネェ〜、とカルイとダルイが同時に呟く。
流石にそれには恥ずかしい気持ちを抱いたが、今回ばかりは無意識で発言したチョウジに助けられた。

「しょうがないよ。綱手様より我愛羅の方が真面目だからね」
「ぶはは!それ言いすぎじゃん!!」

チョウジの発言にカルイは爆笑し、ダルイはそれもどうかと思うぜ…と呆れてはいたが僅かに口の端が上がっている。
だが実際の所どうかは分からない。我愛羅は未だに難しい顔をして綱手の話を聞いているし、綱手も真面目な顔をして我愛羅に何事かを教授していた。
邪魔しない方がいいよね、とサクラはふうと吐息を零し、ようやく他の席から戻ってきたいのを見つけサイの背を押したのだった。


結局三次会が終わったのは日付を跨いでからだった。
ほぼ一日中どんちゃん騒ぎをした面々はそれぞれ担当の案内人に連れられ夜道を楽しげに、時には裏道で吐きながら、千鳥足の人間に肩を貸しつつ宿へと戻っていた。
そんな中サクラもそろそろ戻るか、と酒で火照った体を夜風で冷やしつつ空を見上げていれば、スーツの上着を脱いだ我愛羅が暖簾を分けて店から出てきた。

「あ、が、我愛羅くんっ…!」
「っ、さ、サクラか…まだ残っていたのか?」

我愛羅の後ろからはカンクロウが顔を出し、次に別の砂隠の忍が出てきた。
しかしどうやらカンクロウは完全に潰れているらしく、二人の忍に抱えられながらのご登場であった。

「すまないがお前たち、カンクロウを連れて先に宿へ戻っていてくれないか。俺は後で行くから、お前たちも先に休んでてくれ」
「で、ですが風影様…!」
「構わん。酔いも回っていないし、それにここは木の葉だ。いざとなれば皆協力してくれるだろう」

木の葉と砂隠の結びつきは強い。それを分かっているからこそ命を受けた忍も分かりましたと頷き、カンクロウを連れ夜道を進んでいった。

「…さて、サクラ。もう遅い。お前は俺が送って行こう」
「え?!い、いいよ、そんなに遠くないし…私もそんなに酔ってないから…一人で帰れるよ」

本当ならばその申し出を受けたかったが、流石に周りの目がある中家まで送ってもらうのは気が引ける。
もしここで『酔っちゃったから、助かるわ』とでも言える周到さがあればよかったが、生憎サクラはこういう時に嘘がつけないタイプであった。
だが我愛羅もここではいそうですか、と引き下がるほど男を捨てていない。女を一人で帰らせるぐらいなら自ら敵地に飛び込むと豪語すればサクラは頷くしかなかった。

「で、でも…本当にいいの?他の人たち心配するよ、きっと…」
「構わん。先に休めと言いつけてある。それに俺のことがそんなに心配なら無理やり連れて行ってるだろう」

我愛羅相手にそこまで出来る人物が果たしているのかと思うサクラではあったが、そこでふと思い出す。
そんなことが出来そうな唯一の人物であるテマリさんがいなかったな、と。

「ねえ、そう言えばテマリさんは?見なかったけど…どうかしたの?」

酔っぱらってはいなかったが、サクラとて酒を飲んでいる。いつもより回らない頭はつい我愛羅にそれを尋ねてしまい、我愛羅は思わず閉口した。

「………」
「我愛羅くん?」

何も言わない我愛羅に視線を向ければ、相手は困ったように前を見据え歩いている。
何か不味いことでも聞いただろうか。と未だ回らぬ頭で必死に考えていれば、諦めたような吐息を零してから我愛羅は口を開いた。

「シカマルが、いただろう」
「うん?」
「だから、つまり…そういうことだ」

皆まで言わせるな。という雰囲気の我愛羅にようやくサクラも合点がいき、すぐさまごめんなさい!と謝った。
それはそうだろう。誰が好き好んで姉の恋慕のことを気にするのか。サクラは自分のバカ、と内心で猛省していると、慣れない靴が小石にぶつかり思わずぐらついた。

「ひゃっ!」
「とっ、」

ガクリと崩れた膝と落ちる体を支えるようにサクラの腰に我愛羅の腕が回ってくる。
思わずその腕に縋りつき、体制を整えようと体を捻ったところでサクラの体は我愛羅の胸板とぶつかった。
つまり、自分から我愛羅に抱き着いた形になってしまったのだ。

「っ!!!!」
「っ!」

今の我愛羅は酒で上昇した体温を下げるため上着を脱いでいた。
ネクタイは終始緩めることはなかったが、コートも羽織っていない体はシャツ一枚だった。そこからは我愛羅の匂いも体温も、何もかもがダイレクトに伝わってくる。

(ど、どどどどどどうしよううううう)

動揺するサクラの心臓は今までにないほど忙しなく脈打ち、縋りついた掌は汗ばみ始めている。
そうして触れた体からは昼間とは比べ物にならないほどの熱と強い雄の香りを感じる。

クラクラする。

恥ずかしさのあまり顔を上げれずにいると、どこか狼狽えたような、困ったような声が落ちてくる。

「さ、サクラ…?大丈夫か?」

崩れそうになった膝はもう立て直しているし、靴が壊れた様子もない。
けれどサクラは呼吸は出来ても喉の奥から声が出ず、ただ頷くことしか出来なかった。
もう夜風程度ではこの熱を冷ますことは出来ない。それほどまでにサクラの体は熱く、疼いていた。

(我愛羅くん…)

サクラが我愛羅に初めて好意を自覚した時も、こんなシチュエーションだった。



その日サクラは木の葉にいた。と言っても里からは出ており、近くの山に薬草を採りに出ていた。
火の国、そして木の葉が有する土地は広い。少し遠くの山まで足を運び多くの薬草を採っていると、サクラは見慣れぬ道があることに気付き顔を覗かせた。

(あれ?こんな道あったっけ?もしかして新しくできたのかな…それとも熊の通り道だったりして?ま、いっか。とりあえず行ってみよう)

逸る好奇心に背を押され、サクラは見慣れぬ小道を歩きだした。
国や里に物を売りに来る商人が作った道なのか、それとも獣が作り出した道なのか。確かめるためにも進んでいくと、すぐさま通常の道へと繋がった。

(何だ。単に近道を作っただけか)

つまり今度からは使っても問題ないということだ。サクラがそう結論付け踵を返そうとしたところで、前日の雨でぬかるんでいた土に足を取られた。
あっと思う頃には既に体が宙に浮いており、連日続いていた雨のせいで背中側の通路は土砂が崩れて傾斜になっていた。一瞬見えた執着地点には岩も転がっている。
このまま落ちれば間違いなく怪我をする。
周囲の景色がスローモーションで過ぎていく。そんな中サクラの体はすぐさま誰かに抱きとめられた。

「っ!!」

濡れた土に足を捕らわれ数メートル体は進んだが、それでもすぐさま流れは止まった。
サクラがぎゅっと閉じていた目を開けるとそこには安心したような表情の我愛羅がサクラを覗き込んでおり、そうしてサクラを抱えていた腕とは逆の手で近くの枝を掴んでいた。
どうやらそれで傾斜から滑り落ちるのを阻止したらしい。

『間一髪と言うところか…危なかったな』
『あ…ありが、とう…』

その日我愛羅はナルトと会議をすべく木の葉に来る予定になっていた。だが雨のせいで予定がずれ込んでおり、雨が上がるや否やすぐさま木の葉を目指したらしい。

『以前ココを通れば早く着くと商人に教えられていてな。覚えていてよかった』

サクラを抱えたまま斜面を登り、元の道に戻った我愛羅の裾は泥で汚れていた。
気付いたサクラが慌てて謝罪し弁償でも何でもすると申し出たが、我愛羅はそれを断った。

『別にいい。こんなもの渇けば剥がれ落ちる。気にするな』
『で、でも…』

自分が纏う衣服より明らかに我愛羅の物はいい。
そんな服に泥をつけてしまったのかと思うと申し訳なさでいっぱいになったが、我愛羅はへこむサクラに軽く笑うと、その広い額を人差し指で軽く押した。

『そう暗い顔をするな。お前は笑っていた方が可愛い』
『ほあっ?!』

突然の言葉にサクラが固まるが、我愛羅はこれ以上遅れるのは不味いな、と呟くと、硬直するサクラに帰り道は気を付けるんだぞ、と肩を叩いて先を急いだ。

『か、可愛いって…』

へなへなと近くの木に凭れ、崩れ落ちるサクラはその時確かに混乱していた。
だが体に流れる全身の血液が、左胸に収まる小さな心臓が、狂おしいほどに暴れまわっていたことにも気付いていた。

どうしよう。私、我愛羅くんのこと好きになっちゃったかも?

立ち去った我愛羅の腕の中は酷く安定した。片手であったにも関わらずしかとサクラを抱きとめ、支えていた。

(男の人の、腕だった…)

たったそれだけのことなのに、サクラはどうしようもないほどに体が熱くなり、その場から暫し動けなかった。


デジャヴだ。
高鳴る心臓も、抱かれた腰も、巡る血液の暴れ具合も何もかも。
だがここには時間制限がない。我愛羅が急いで木の葉に行くこともなければ、サクラのこの後の予定に仕事は入っていない。
シャツ越しに感じる我愛羅の体温と匂いは先程まで飲んでいた酒よりもずっと色濃くサクラの脳髄を刺激し、思考を溶かしていった。

「が、あら…くん…」

小さく、蚊の鳴くような声しか出なかったが、それでも吐息交じりに名を呼び顔を上げた。
見上げた我愛羅の瞳は満月よりも丸く、強く輝いていた。




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