小説2
- ナノ -





一方木の葉では、我愛羅の想い人であるサクラも一人悩んでいた。

(うーん…どうしよっかなぁ…)

サクラが悩んでいる理由は、もうじき行われるナルトとヒナタの結婚式に着ていく服であった。
清楚にするか華やかにするか…いや、式は花嫁がメインなのだから控えめがいい。だがデザインは?色は?アクセサリーは?鞄は?考え出したらきりがない項目に辟易しつつあった。

(第一ねぇ、他人の結婚式におめかししてどうすんだってーのよ…いやそりゃあさぁ、彼も来るだろうけど、だからってこっちが気合入れすぎても常識ないって引かれるかもしれないし…)

あーあ…と長く重い吐息を吐きだしたところで目の前の座席に見慣れた姿が腰を下ろしてくる。

「なーに不細工な顔してんの?でこりーんちゃん?」
「あ?何よいのブタ。幸せのお裾わけでもしてくれるの?」

今朝方任務が終わり、一眠りしてからサクラは甘味屋に足を運び好物のあんみつを食していた。
その際普段はあまり目にすることのない女性誌をちら見していたのだが、結局息抜きにならず一人あれこれと考え込んでいたのだ。
だからこそ口ではいのに嫌味を言いつつ、内心では感謝していた。

「何?あんたもしかしてまだ何着てくか決めてないの?あと一週間ぐらいしかないわよ?」
「分かってるわよ…でも、あんまりしっくりくるのがないのよねぇ…」

開いていた女性誌にはタイムリーな記事が掲載されていた。

「『友人の結婚式に何を着ていくのが正しいの?皆の常識チェック!』ねぇ…何々?『友達の結婚式だけどイイ人に会えるかもしれないから気合を入れていく派』と『やっぱり友人を立てて地味な格好で行く派』か…あんたはどっちにするつもりなの?サクラ」

ニヤニヤと笑ういのは最近サイと交際を始めたばかりだ。
イケメンゲットしたわよサクラー!!と酒瓶片手に独り暮らしのアパートに夜中乗り込んできた女と同一人物とは思えないほどに余裕の態度を貫いている。
そんな益々華やかになってきた友人の顔を正面から見つめながら、サクラは面倒臭そうに吐息を吐きだした。

「だから、それが決まってたら苦労してないっつーの」

サクラにだって想い人はいる。
かつてそれはうちは一族の末裔ことサスケであったが、彼にその気がないことが分かり潔く身を引いた。サスケは今、己の業を償うための旅に出ている。
いつ戻ってくるかもわからない男を待ち続ける。その選択肢もあるにはあったが、やはりサクラはそれを選ばなかった。

(だってねぇ…サスケくんに対する想いが“恋”じゃないって気づいたから、もう彼を選ぶことなんて出来ないわ)

サクラにとってサスケは確かに想い人であった。幼い頃、それこそアカデミーに入って間もない頃からサスケに目を奪われていた。
だがナルトと共にサスケを追う日々を過ごすにつれ、その想いが単なる“恋心”ではなく“愛情”だと気がついたのだ。

「私はさぁ、確かにサスケくんのこと好きだったけど、なんていうか…今はもうしょうがない息子をのんびり待ってる母親の心境っていうか…サスケくんが聞いたら怒るだろうけど、そんな感じなのよね」

放蕩息子、と呼んでいいか悩む話だが、サクラにとって今のサスケはそんな感じだ。
自分の人生に自分で責任を取る。これは大人として当然の行動だし、サクラは勿論サスケもナルトも、もう子供ではいられない。
大人として、けじめはつけなければならない。

「そうね…あんた変わったもんね」

サクラの発言を茶化すことなく、いのはどこか昔を懐かしむような表情をしてやんわりと微笑む。
いのにとってサクラは大事な幼馴染であり友人であり、妹であり、ライバルだった。大好きな所もあったけど、大嫌いな所もあった。
友人だけど負けたくないと思うことも多かった。けれど、誰よりも彼女の理解者でありたいという気持ちの方が強かった。
いのにとってサクラは唯一無二であり、サクラにとってもそれは同じであった。

「でもてっきりあんたはサスケくんを選ぶんだと思ってたわ。いつまでも…待ってるんだと思ってた」

幼い頃からの情熱を、サスケを追う視線の熱っぽさをいのは知っている。
それこそ雨にも負けず、風にも負けず、来る日も来る日も、修行で怪我をしようが任務で失敗しようが、熱を出して寝込もうが仕事に疲れてふらついていようが、それでもサクラはまっすぐサスケを見つめていた。
だからサスケもきっとサクラを選ぶだろうと思っていたのだ。だがサクラはある日突然いのに言った。

「本当、ビックリしたわよ。“どうしよう…私、あの人のこと好きになっちゃったかも…”って言い出した時は明日世界が終わるかもって思ったわよ」
「失礼ね。恋は突然なのよ?昨日何とも思ってなかった人が突然輝いて見えたり、ずっと好きだと思ってた人よりも素敵だと思える人が急に現れたりするもんなの。私だって…ビックリしたわよ…」

そう。サクラは既に別の恋を追っていた。相手はいのにでさえ教えていなかったが、それも無理のないことだった。

(まさか相手が“我愛羅くん”だなんて…本当、誰が言えるかっていうのよ…)

サクラと我愛羅の接点は少ない。という情報は実は誤りだ。
二人の接点は以外にも多い。まず初めに共通の友人、ナルトだ。今や里の長として君臨してはいるが肩書さえなければ今でも変わらず仲間であり友人だ。
次に職務関係。サクラは医療忍者として多くの知識を有している。風影奪還の際にはそれを大いに役立て、今でも両里のために貢献している。
知識を共有することは勿論、新しい芽となる生徒たちの教育にも精を出しているし、時には仕事の際風影の許可がいるので顔を合わせたり、場合によっては本人に直接知識を伝授することもある。
話したことすらなさそうな二人ではあるが、存外時間を共有することは多かった。

「…で?結局相手は誰なのよ。いい加減教えてくれてもいいじゃない」
「嫌よ。振られた時に気まずいじゃない」

自分は勿論、相手も、だ。
振られた相手が誰なのか友人に知られるというのは想像以上に恥ずかしいことだ。いや、恥ずべきことではないかもしれないが、少なくともサクラは隠しておきたかった。
とはいえ結ばれたら即行いののように酒瓶片手にメルヘンゲットー!と叫べる相手でもないのだが、それはそれ、これはこれだ。
とにもかくにも、サクラの新しい恋は前途多難であった。

「“真面目で、クールで、常識人で、何考えてるか分かんないけどいい人で、腕っぷしがいい人”ねぇ…結構ヒントくれてるとは思うんだけど、なーんかあんまりピンと来ないのよねぇ…」

悩むいのはどうやらクールと腕っぷしがいい、が繋がらないようだった。加えて常識人なのに何を考えているか分からない、というのもネックだろう。
何せいのの中でクールな人というのはイコール細身な人、あるいはスマートな体型の人を表していた。
サスケやサイ、他里で言うならばシーといったところか。しかし腕っぷしがいいとなると屈強な男、端的に言えば雷影であったりガイであったりと、そんな絵面になってしまう。
それらが合体した人物なんて果たしているのかと首を傾けるいのにサクラはただ苦笑いするしかなかった。

(まぁ腕っぷしがいいと言ってもあの人言うほど筋肉質じゃないもんね)

我愛羅の強さは腕力や筋力と言った身体的な物ではなく、砂を生かした戦闘や頭脳を使う、いわばテクニックの部分にある。
冷静沈着でありながらも熱い部分も持っている。しかしそれを表に出すことはなくいつも一歩引いた広い目線で周囲を見渡し作戦を瞬時に企てる。
木の葉で言うとシカマルがそれに該当するが、シカマルはあくまでブレインとして役割が与えられている。
だが我愛羅はそれに加え長として皆を纏め、指揮を振るわねばならない。背負う苦労は大きいだろう。
だからと言ってシカマルが劣っているわけではない。むしろ純粋な頭脳戦で言えばシカマルの方が上手だろう。だがどちらにせよ優秀であることに変わりはないのだ。シカマルも、我愛羅も。

(でもなー…多分だけど、筋肉自体はシカマルより多そうなのよね。ちらっと見ただけだけど、砂が重たいって言ってたし…そのせいかなぁ…)

サクラは何も怪我人だけを診ているわけではない。時には健康チェックや整体マッサージのために健常者を相手にすることもある。
そのためある時、砂隠に来ていたサクラはたまたま見てしまったのだ。検査着に着替え始めたばかりの我愛羅の裸の後姿を。

「あーダメだ。やっぱり分かんない。常識人なくせして何考えてるか分かんない、っていう部分も余計に分かんない。本当はリーさんなんじゃないのぉ?」
「ない。それはない。断じて、ない」

降参のポーズ、の如く両手を投げ出したいのの発言を真顔で否定し、サクラは一つ吐息を零してからお茶に手を伸ばす。

(我愛羅くん、どんな服着て来るのかなぁ…)

遠い地にいる男ももうすぐこの地に来るだろう。果たしてその時自分はどんな女として彼の目に映るだろうか。
華やかか、それとも地味か。出来るなら“おっ”と思ってもらえるような女でいたいなぁ、と思いつつ、サクラは二杯目のあんみつを注文するのであった。


かくしてそんなことがあってから数日、ナルトとヒナタの式は無事行われた。
こういう時こそ敵襲があってもおかしくないものだが、その日は終始めでたく式が進み、幸せそうな友人の姿にサクラも終始笑みが絶えなかった。
そしてサクラは結局無難な格好を選んでいた。友をたてるか己の幸せを掴みに行くか。悩んだ末サクラは前者を選んだ。
やはり二人を踏み台にするようなことは出来なかったのだ。

(あー…我愛羅くんスーツ着てる…いいなぁ…格好いい…)

普段我愛羅は細身のシルエットを大きく見せるような衣服を纏っていることが多いが、スーツだとそのスタイルは似合わない。
バリッとノリが利いたスーツは緩いと格好がつかない。男らしい肩幅、そこから細くなっていく腰、所謂逆三角形というものを綺麗に見せてなんぼなのだ。
加えてサラリとした生地のズボンはスマートな体躯をした我愛羅の足を更に長く見せ、しかし歩く度にふくらはぎや太ももの筋肉が躍動する様がそれとなく見て取れる。
普段の格好がのんびりと自由気ままに暮らすライオンだとするならば、今は人前に出るため毛を整えられ、あらゆる装飾品で着飾られたしなやかで気品漂う黒豹のようであった。

これは見惚れるに決まっている。
サクラが勝手に一人で盛り上がるのを尻目に、式は一通り流れを終えてしまう。
あとはガーデンテラスへと移り新郎新婦を交えて雑談したり歌ったり踊ったりと、まぁ好きな時間が過ごせる。
何せナルトが自由なのだ。ヒナタは日向という格式高い家柄の出身ではあるが、己の矜持よりも皆の心を大切にする女性だ。
ナルトや来賓者、友人たちが楽しく過ごせるならばそれでいいとナルトに意見を合わせ、割と自由度が高い式にしたようだった。

(ま、そのおかげで私は思う存分彼の姿を堪能できるわけだけどね…いやー、本当悔しいけど格好いいわ。惚れた欲目ってやつかなぁ…)

あまり見つめすぎていたら誰かに勘ぐられる、と皆にもみくちゃにされるナルトと女性陣からあれよこれよと祝辞や花を向けられるヒナタを遠くから見つめていれば、突如頬に冷たい感触が押し当てられ飛び跳ねる。
慌てて身を引けばグラスを持ったテマリが微笑んでいた。

「やぁ、サクラ。一人だけこんなところに残ってどうしたんだい?皆はあっちに行ってるよ」
「あ、え、えぇっと…何か二人の幸せオーラと、皆の祝福オーラに負けたっていうか気圧されたっていうか…出遅れたというか…」

テラスにはサクラとテマリ以外ほぼ全員が集まっている。いつまでも式場の傍に残っている人物などいない。
もしかしてテマリはいつまでもぼんやりと壁際に突っ立っているサクラを気にかけ、こうして話しかけてきてくれたのだろうかと伺えば、テマリはそうだなぁ、と言って眉尻を下げる。

「まぁ私もあいつらの迫力に負けたっていう感じかな。祝福はしてるが、自分もその幸せにあやかりたいという気持ちはあんまりなくてな」
「ああ…確かに…」

ナルトはともかくヒナタの周囲、未だ結婚できずにいるくノ一数名が必死にヒナタから幸せオーラを貰おうと近寄っているように見える。
例えるならアレだ。超人気スイーツ店の限定商品、しかも先着何名様、というやつに必死に群がる女性客、みたいな。
私が先よ、いいや私よ!と今にも聞こえてきそうな彼女たちの迫力にサクラも苦笑いするしかなかった。

「ま、だから休憩ってやつさ。それに私にはこういう場は似合わんしな」
「ええ?そうですか?テマリさんお綺麗ですから絶対ドレスとか、白無垢でも似合うと思いますけど」

でもあんまり似合いすぎるとシカマルが直視できないかもね。と心中で付け足していると、ところで。とテマリが前を向いたまま本題に入ってくる。
普段は前置きなどせず早々と用件を済ませるテマリだ。それが珍しく前置きをしている。その普段とは違う珍しい行動に気付き顔を向けるが、テマリの視線はサクラにではなくナルトに肩を組まれ困った顔をしている我愛羅へと向けられていた。

「時にサクラ、お前はあの子をどう思う?」
「え?!ど、どうって…我愛羅くんのことを、ですか?」

まさか自分の想いがバレタのではなかろうか。動揺したせいでどもるサクラではあったが、テマリはそれを突飛な内容で驚かせたと勘違いした。

「悪いね。驚かせるつもりはなかったんだが…客観的な意見が欲しくてね」
「そ、それはいいんですけど…でもまたどうして…」

サクラが言うのも何だが、我愛羅の立場であればより取り見取りだろう。
流石に国から声がかかることは少ないだろうが、忍界であれば誰だってその肩書き、地位に目が輝く。それを抜きにしたって我愛羅は中々の色男だ。
それに普段は無口で無表情な姿しか見せないからクールというより近寄りがたい、という印象を受けがちだが、その実喋れば茶目っ気がありセンスに飛んでいる。
まぁ時折ぶっ飛んだ発言もかましてはくるが、それはそれ。これはこれという奴だ。それを愛嬌ととるか変人と取るかは各自の自由である。

「まぁ私が言うのも何だが、そろそろあの子も結婚していい歳だろう?うずまきナルトがしたんだから、というわけじゃあないが、いつまでも独り身だと五月蠅い輩が多くてね」
「はあ…成程。大変ですねぇ」

だからといって何故私に聞くのかとサクラが疑問に思っていると、ナルトから逃げ出した我愛羅と瞬間目が合った。

「っ!!」

自分の頬に熱が走るのを理解したサクラが慌ててテマリを見上げれば、テマリはぼんやりと空を見上げていた。
その横顔が誰かさんにそっくりだと思ったが、流石に言わないでいた。

「最近どーもあの子に好きな相手が出来たらしくてねぇ…」
「どぅえっ?!!」

思わず変な声が出てしまったサクラではあるが、それを恥ずかしがる余裕はなかった。
何せあの我愛羅に想い人が、という衝撃の事実が発覚したのである。勿論当人の口から出た情報ではないので誤りの可能性はあったが、それでもサクラを驚かせるには十分であった。

「心ここに非ずっていうか、ぼんやりしてるっていうか…日に日にうっかりが増えてきて、正直これじゃあ先が思いやられるっていうか…」
「は、はは…それは、大変です、ね…」

テマリも大変だろうがサクラも大変であった。
我愛羅の好きな人。気にならないはずがない。

「心当たりとか…あるんですか?」
「いや…まぁ…なんとなーくなんだけどね。でも違ったら相手に悪いだろう?だから私もそれとなく探ってるんだが…なかなか尻尾を見せなくてねぇ、あの子」

普段ぼんやりしてるくせに、とぼやくテマリの悪口が聞こえたのか。それともただ単に抜け出したかったのか。
我愛羅はナルトに二言三言何か告げると徐々にサクラたちの方へと近づいてきた。

「え、あ、ちょっ!て、テマリさん、我愛羅くんこっちに向かって来てますって!!」
「ああ…バレタかなぁ…探ってるの…」

意外と目敏いんだよなぁ、アイツ。野生の勘かなぁ…とボヤくテマリに本当誰かさんそっくり!と思ったが、結局口に出来ぬまま我愛羅が二人の前に立った。

「おいテマリ、こんなところで何してるんだ」
「人間観察」
「適当言うな」
「そんなことないさ。お前の周りに変な奴がいないか見張ってただけだよ」
「むう…」

何とテンポのいい会話だろうか。
思わず遠い目をしそうになるサクラではあったが、テマリが大したことじゃないよ、と口の端を上げれば我愛羅は閉口した。

「…信じていいものか…」
「いいに決まってるだろう?私はお前の姉だぞ?なぁ、サクラ」
「え?!あ、は、はいっ!」

突然話を振られて驚いたものの、咄嗟に頷けば我愛羅も深く追及するのを諦めたのか。軽く吐息を吐きだすだけに止めた。

「分かった、もういい。とにかくお前たちも向こうに行け。流石にそこにずっと立っていると不審に思われるぞ」
「そうだね、分かったよ。さ、サクラも行こう。美味い酒の一つでも引っ掛けてこようじゃないか」
「品のないことを言うな。だらしない」

テマリを諌める我愛羅などそうそう見れたものでもないが、サクラからしてみれば互いに楽しそうに言葉を交わしているように見える。
これはこれで二人なりのコミュニケーションの取り方なんだろうなと一人微笑んでいると、突然我愛羅がサクラに言葉を投げかけてきた。

「ところでサクラ、先程ナルトが心配していたぞ。今日のサクラは元気がない、とな」
「え、そ、そんなことないわよっ!もう超元気よ!なんなら今すぐにでも修行始められそうなぐらい!!」

どうだ!と言わんばかりに拳を握るサクラに我愛羅はそうか…としか答えなかったが、テマリは耐え切れずに吹き出していた。

「くくっ…サクラといると飽きないねぇ」
「ちょっ!な、何で笑うんですかテマリさん!」
「…まぁ、落ち着け」

三人でテラスに向かう最中、途中で我愛羅がウェイターからグラスを受け取る。
その中には淡い色合いのシャンパンが注がれており、その内の一本をサクラへと手渡した。

「ほら」
「あ…ありがとう…」

流れるような動作でウェイターから受け取り、それをサクラへと差し出してきた我愛羅に胸がときめく。
飲む前から顔が赤くなっていませんように、と願いつつグラスを受け取ると、細く繊細なフォルムのグラスに口をつけた。

「おっ、美味いじゃないか、この酒」
「…酔うなよ」
「この程度の酒で酔ったりしないよ。心配性だねぇ、我愛羅は」

笑うテマリは我愛羅の背を数度叩き、それから一人ぐったりとした様子でナルト達から離れてきたシカマルの元に向かって歩き出した。
何だかんだ言って恋人のことが気になるのだろう。もしかしたら“こんな時ぐらいシャキッとしろ!”とあの猫背を叩きに行くのかもしれない。
どちらにしても二人らしいか、とサクラがくすりと笑ったところで、我愛羅がごほん、と咳払いした。

そういえば二人きり、である。

「今日は…風が冷たいな…」

スーツやドレスの裾を攫って行く風は確かに強く冷たい。我慢できないほど冷たくも寒くもないが、我愛羅は砂漠の人間だ。もしかしたら寒いのかもしれない。
酒を口にしているとはいえ普段居酒屋で口にするような強いものではない。本当はジュースなのではと疑えるほどアルコールの弱い酒では、確かに体温の上昇は望めなかった。

「さ、寒いなら…あっためてあげよっか?」

私は何を言っているんだ。
自分自身でそう思わずにはいられないサクラではあったが、きっと結婚式の会場というのが悪いのだろう。
幸せのオーラだけでなく、普段はあまり感じられない開放的な気分がここにはある。自分の心の箍も、蓋も、この時は少しばかり緩んでしまうのだろう。

サクラは驚く我愛羅を視界に入れつつも、グラスを持つ手とは逆の手で我愛羅の手を握りしめた。

「こ、こうしてぎゅっとしとけば、多分、その…そのうち、体があったまると思うから…チャクラとか、ほら、流れてるし…」
「そ、そうか…そう、だな…うん、チャクラが、流れてるからな」

そのうち、とは言ったものの、サクラの体は既に汗が流れ出てきそうなほどに熱くなっていた。
もしこの場に風が吹いていなければ繋いだ掌はじっとりと汗ばんでいたかもしれない。だが風が無ければそもそもこんな大胆な行動に移ることも出来なかっただろう。
しかしチャクラが流れてるからなんだというのだ。そんなものは理由にならない。
幻術を解くのに有効なのは確かだが、体温の上昇に役立つなんて話は聞いたことがない。勿論多少なりとも熱量が発生するので全く望めないわけではないが、それでも微々たるものだ。
冷えた体をあたためるには微弱なものなのに、サクラは無理やり理由をつけて俯くことしか出来なかった。
だが普段は冷静であるはずの我愛羅もそれを否定することなくサクラの手を緩く握り返していた。
その手は燃えるように熱く、サクラは思わず火傷しちゃいそう、と思ってしまった。

びゅうっ、と纏めた髪を乱すかのように走るた風は冷たい。
それでもサクラは小さく熱い、と呟いたのだった。




prev / next


[ back to top ]