小説2
- ナノ -


不器用な愛情




騒がしい店内に騒がしいメンツ。久々に会おうよ!なんて旧友からメールが来ていたから足を運んでみれば、何とそこには見覚えのない男子が数名。
思わず彼女の知り合いだろうか、なんて思ったのも束の間。すぐにこれが合コンだと気づいた私は既に同じ手に二度も引っかかっている。
学習能力がないと言うか何と言うか。つい友人の誘いだからと深く聞かずに足を運ぶのだからこうなるのだ。分かっているのに同じ踏鞴を踏んでしまう。
全く自分という女が情けない。

「で〜、その大会がすごい盛り上がってたんですよ〜!」
「へえー。楽しそうだね。俺も行ってみたいなぁ」
「本当ですかー?よかったら今度一緒に行きません?」

友人は既にテンションマックスで男性陣とお喋りをしているし、他の友人も同様だ。
私だけ一人ちびちびとチューハイを傾けている。
そもそもだ。私は看護系の学校に通っているから実習とかレポートとかで中々友人たちとは会えない。
だからこそこういう機会は逃せないと足を運ぶのだが、こうも頻繁に(といってもまだ二度目だけど)男漁りの場に駆り出されるのであれば少し考えなければならない。
そりゃあ勿論私だって彼氏は欲しいな、とは思う。思うのだが、正直今は学校のことで手一杯だ。これが中学、高校ならば登下校とかお昼とか、会える時間は腐るほどある。
でも今は結構忙しい。だからメールとかデートとかは正直ちょっと面倒臭い。けどそんなことを言えば友人からもったいないとか、時間を無駄にしてるとか色々言われるのがオチだ。
分かってはいるけど、正直私のテンションは下降気味だ。乗らない。非常に気分が乗らない。っていうか乗っていない。現在進行形でだ。
だからこの場がお開きになったらさっさと帰ってしまおうと皆からの追加注文をメモっていると、目の前にいた男性の手が空いた皿を片づけてくれる。

「あ、すみません」
「いや、いい。君だけに任せるのはフェアじゃない」

赤い髪がパッと見派手ではあるが、纏う服は地味というか、保守的と言うか。他の男性陣に比べれば気合が入っていないと言ってもいい。
けれど特別にダサいとか地味という雰囲気はなく、そつないカジュアル系、という感じだ。というか彼が喋ったのは久しぶりな気がする。
彼も私同様殆ど口を開かず飲み食いに集中していたからだ。お腹が減っていたのかな?なんて考えつつ店員に注文を伝えれば、他のメンツの楽しげな話し声が耳に戻ってくる。
どうやら皆は楽しんでいるらしい。

「ふぅ…」

どうしても出入り口側に座るとこういう役目になってしまう。けど今更あの中に入れる気もしない。思わず零れたため息に気付き、慌てて口を押えれば赤髪の彼が首を傾けた。

「どうした?気分が悪いのか?」
「え?!あ、い、いや…大丈夫です」
「そうか」

皆の会話には入れそうにない。けれど目の前の彼と会話が弾むようにも思えない。どうしたものか。
こんなことならちゃんと話を聞いたうえで断っておけばよかったなぁ〜、なんて後悔してももう遅い。結局私は運ばれてきた料理や酒を皆に配り、追加注文を引き受ける役目を全うした。
そうして各々いい雰囲気になったっぽい人たちと楽しそうにお喋りをしながら二次会へと足を運んでいる。
が、私は丁重にそれを辞退した。もうやってられるか、という気分だったのだ。食事も金額の割には美味しくなかったし。
散々な夕食だったと皆の背を見送ったところで、携帯を見つめていた赤髪の彼が顔を上げた。

「君は帰るのか?」
「はい。ちょっと飲みすぎちゃったみたいで」

本当は全然酔ってなどいなかったけど、二次会を断るならこれ位の理由で何とかなる。
そのまま適当に会話をして帰ろうと思っていたら、何を思ったのか彼はそうかと頷いて私の隣に立った。

「送っていく」
「え?」

思わず零れ出た本音ともいえる返答に、内心やってしまったと思った。けれど彼は気にした様子もなく軽く目線を上げると、もう暗いだろうと言葉を続ける。

「幾ら都会とはいえ女性に夜道を歩かせるのは気が引ける。別に家の中にまで押しかけようとは思っていない。近場までだ。だが男がいた方がいいだろう?」
「で、でもそこまでして頂かなくても平気ですから!私結構腕に自信はありますんで!」

看護師志望と言えどそれなりにスポーツもこなしてきたし、体力作りのために運動だってしている。
いざとなったら逃げきれるだろうなんて思っていたのだが、それはあっさり覆された。

「では俺の手を振り払えばいい。自信があるんだろう?」

そう言って掴まれた腕にはそこまで力が入れられているとは思えない。これなら抜け出すのは造作もないと格闘してみるが、恐ろしいことにビクともしない。
え?あれ?なんて言いながら焦る姿を彼がじっと見つめてくるのも居た堪れない。そうして結局数分格闘した後、私は彼の手から腕を奪い返すことを諦めた。

「…名前、何と言ったか」
「は、春野です…春野サクラ、K看護大学の…」
「そうか。俺は我愛羅、S大の植物学科生だ」

まさか再び自己紹介し合う羽目になるとは思わなかったのだが、互いに名前を覚えていなかったのだからしょうがない。
けれど彼に悪びれた様子はなく、また私が覚えていないだろうことを想定しているようでもあったのでお互い様だと言える。
そんな植物学科生の彼こと我愛羅くんは、私の手を掴んだまま駅に向かって歩き出した。

「腕に自信があると言ってはいたがな、男からしてみれば子供の力となんら変わりない。もう少し女性としての自覚と危機感を持つべきだな」
「すみません…」

何だか大学の先輩に怒られている気分だ。粛々とした雰囲気が伝わったのか、彼はそれ以上私に諫言を零すことはなく雑踏の中を突き進んでいく。
そして大した会話もなく辿り着いた駅で時間を確認し、電子マネーで改札を抜けたところで気付く。彼の帰る方向は一緒なのだろうかと。
当然の如くそれが気になり尋ねてみたが、彼はあろうことは真逆だと首を振った。

「え?!そ、そんな、やっぱりいいです!一人で帰れますから!」
「終電を逃したとしてもタクシーがある。そう狼狽えるな。もうすぐ来るぞ」

何と言うマイペースだろうか。というより彼はお金持ちなのだろうか?タクシーなんて学生じゃ厳しい料金を支払わなくてはならない。
貧乏苦学生も多い時代に羨ましいことだ。と思う私は捻くれているのだろうか。

「春野、こっち」
「はわっ?!」

ホームに入った車両が落ち着くや否や、開いた扉から溢れかえる水のように人が降りてくる。
それから守るように彼に腕を引かれた私の体はあっさりと彼に傾き、触れ合った体にドキドキする暇もなく背を押され電車に乗り込む。
時間帯的にラッシュを抜けたとはいえ、それでもまだまだ人が多い。鞄を取られないよう紐をギュッと掴んでいると、彼の体が目の前に迫り思わず息をのむ。

「すまない、思ったより人が多かった。少し窮屈かもしれないが我慢してくれ」
「へ、平気です…いつもより全然…あの、スペースあるから…」

他の人から私を守るように立つ彼。まるで漫画の一ページのようだ。実際彼の後ろへと視線を投げれば結構な人数がいる。
余裕な態度を醸し出してはいるが、少し辛いかもしれない。そう思うと何だか申し訳なくて、私は思わず彼の袖を引いた。

「あの、もうちょっとくっついてもらっても大丈夫ですから」
「…いや…それは…控えておこう」

彼ならば変なことはしないだろうと信じて言ってはみたものの、彼は呆れたように吐息を吐くとあっさり私の申し出を拒否した。
また危機感がないとか思われているのだろうか?別に触ってもいいと言ったわけじゃないからセーフだと思ったのだけど…ダメなのかなぁ?

「…春野」
「はい?」

走り出した電車の中、揺れ動く車両に合わせて重心を移動させバランスを取る。
どこかの席で居眠りするおじさんのいびきを聞きながら、少しだけ身長差のある彼が私を見下ろしてきた。

「あまりそういうことを、男の前で言わない方がいい」
「え?そういうことって…」
「“くっついてもいい”という言葉だ。二度は言わんぞ」

どうやら再び危機感がないとお咎めを喰らったらしい。再度私がしゅんと萎めば彼は困ったように後ろ首を掻いた。

「別に怒っているわけではない。君に“もしも”のことが起こらないよう、自分からある程度気を引き締めておいた方がいいと言う話をしているだけだ」
「私…そんな自覚ない発言してますかね…」
「…そうだな」

呆れたような彼の声音に申し訳なさを覚えるが、正直彼が心配する程私はモテていない。
というよりむしろ近寄ってくる男性は少ない方だ。考えてみれば私の周囲にいるのは、幼馴染の男二人か大学の同級生、先輩位なものだ。
勿論中高時代の友人と顔を合わせることも少なくないが、好意を寄せられた記憶はほぼないに等しい。
だから考えすぎでは?と思うのだが、彼はもうこの話をする気がないのだろう。視線が既に窓の外へと向けられていた。

(…自覚、か…)

特に問題なく走り抜けた電車は予定時間通りにホームに着き、私は彼と一緒にそこで降りた。

「静かな所だな」
「はい。ここは都心から離れてるから、家賃も安くて住みやすい場所ですよ」

実際住宅街が密集している地域だからか、街灯も多いしコンビニや二十四時間スーパーも割かし大目に点在している。
幾ら夜道が危ないとは言え、ひったくりと通り魔さえ現れなければ平和そのものなのだ。
だがそれを言えば再度呆れた視線を投げられた。

「春野…お前はもう少し色んな意味で危機感を覚えた方がいい」
「そうですか?」
「そうだ。第一ひったくりも通り魔も予告なしで現れるんだぞ。悠長に考えている方がおかしい」
「あー…それは…うーん。確かにそうですけど…」

彼の言い分も分かる。ひったくりも通り魔も、私メリーさん!今あなたの後ろにいるの!みたいに予告してくれるわけではない。
だから皆事件にあうのだ。考えてみれば当たり前なのだけど、と頷いていると、彼が今日何度目かの吐息を吐きだした。

「お前は…見ていて不安になるな。よく今まで無事だったものだ」
「む、どういう意味ですか?これでも私足は速いんですよ!」

ただしヒールでなければの話だが。
けれど彼は言葉にしなかった私のその意図が通じたのか、すいと視線を足元に投げてからじとりとした瞳で見つめてくる。

「その靴でか?男の脚力に勝てるとでも?」
「あ、あははは…」

そうたいした高さではないにしろ、運動靴に比べれば走り辛いパンプスでは説得力に欠ける。
いざとなったらこれで攻撃することは出来るだろうが、彼の時のように手を取られてしまえば意味をなさないと思う。
そう思えばやっぱりもう少し自分は危機感を持つべきなんだろうなぁ、と今更ながらに納得した。

「まったく…」
「ごめんなさい…」

呆れる彼に謝罪をしたところで、私が部屋を借りているマンションが見えてくる。
近くの公園を抜ければすぐエントランスにつく比較的良物件のソレを指差せば、彼が再度危機感がないなと呟いた。

「え?どうしてですか?別に私部屋の番号とか伝えたわけじゃないのに」
「あのな…今日会ったばかりの男に住居を特定させてどうする。だから危機感を持てと言っているんだ」
「あ…そっか…」

自分の幼馴染は既にマンションを知っているし、大学の先輩たちともよく集まるから忘れていたが、彼は今日会ったばかりの知り合い以上友達未満の男性だ。
そんな人に自分の住居を知らせるのは流石に不味いとようやく気付いたが遅い。納得する私に彼はやれやれと呟いた。

「だから近くまで送ると言ったんだ。お前だって初対面の俺が“送る”何て言った時勘ぐっただろうが」
「えと…最初は、その…ちょっぴり不安でしたけど、我愛羅くんはなんていうか…その、私にそういうことはしないだろうなぁ〜と思って…」

確かに彼の言う通りだ。
彼は終始私の危機管理能力の無さについて諫言を零してはいるが、それに甘えて油断した隙に、なんて展開が全くないとは言い切れない。
私たちが男と女である以上そういう事件性も潜んでいるわけだ。幾ら彼が言葉では理性的なことを言っていたとしてもそれが覆される可能性がないとは言い切れない。
ここでも私の危機感の無さが露見され、私は思わず肩を落とした。

「ごめんなさい…私本当ダメダメね…」
「いや…俺もここまでついてくる気はなかった。先に聞けばよかったな。すまない」

しょんぼりと肩を落としてしまった私を気遣ったのか、彼が困ったように後ろ首を掻きながら謝罪してくる。
けれど悪いのは私だ。彼を信用するにしてもあまりにも早すぎる。信用というよりほぼ油断だ。もっと気をつけなきゃな、と今日何度目かの反省をしたところで私は顔を上げた。

「あの、今度また会ってくれますか?今日のお礼をしたいんで…」

送り届けてくれただけではなく、こうして初対面の私を心から心配してくれる男性はいないだろう。
実際送り狼と呼ばれる男だっているのだ。それとは真逆に危機感を覚えろと再三注意してくれた彼には何か礼をしたかった。
けれどやはりと言うか何と言うか、彼はそんな必要はないと言って首を横に振った。

「だが…まぁ、お前といるのは悪い気はしない。俺でよければまた食事にでも行こう」
「はい!連絡しますね!」

公園入り口の街灯の下で、私たちは携帯で連絡先を交換してから別れた。
大学に入ってから大量に増えたアドレスの中、再び増えた知り合いの情報を確認してから頬を緩める。
何だか彼には惹かれるものがあった。同じ学部の男性とも幼馴染とも違う、初めて自分の中で“異性らしい異性”という感じがしたのだ。
これは恋の予感かも?!なんてバカみたいに浮かれる私は既に彼から“危機感”というものを感じておらず、結局自分の学習能力の無さのことも忘れているのであった。




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