小説2
- ナノ -





襲撃者の前に立ちはだかった我愛羅くんの足元には大量の砂がある。
彼は砂さえあればどんな状態からでも攻撃できる人だけれど、体術使いに短剣使いが相手で大丈夫だろうか。
見た目と話し方はともかく、あの短剣を持つ少年はピリピリとした殺気を放っていた。

(何か…さっき倒した少年にちょっと似てるな…でも、同情なんてしてられない)

我愛羅くんに突き飛ばされた私は既に立ち上がってはいたけれど、彼にあんな乱雑に扱われたのは中忍試験での暴走以来だった。
懐かしいと喜ぶ被虐的な趣味も、ド天然が一周し、もうツンデレなんだから!とトキメク前向きさも兼ね揃えていない私からしてみればちょっとだけムカッと来たのだけれども、それでも実際無策に突っ込んでいった私が悪い。
別に体術が得意なわけではないけど、奇襲になれば儲けもん、っていう感じだったのだ。
でも男たちは多少驚いた体をしたけれどすぐさま体制を整えてきた。やっぱりうまいこと行ってくれるわけないよねー、とは思ったけれど、私だって無駄に生きてきたわけじゃない。
勉強もそうだけど体術だってちゃんと行ってきた。そりゃあリーさんとかテンテンとかと比べればまだまだかもしれないけど、私だって時折修行に付き合ってもらっていたのだ。
二人の名誉のためにも負けられない。
現に私の足蹴は先程カンクロウさんに捕らわれた男の刀を弾き飛ばしたし、その勢いに身を任せ短剣の軌道からも逃げて見せた。
でももし我愛羅くんが砂で盾を作ってくれなかったら、私はもう一人の体術使いに吹っ飛ばされていただろう。私が少年を蹴飛ばした時のように。

「さ、サクラさんっ…!!」
「あ。マツリちゃん…」

後方から恐る恐る声をかけられ、振り向けばそこには青い顔をしたマツリちゃんが立っていた。
さっきはごめんねー、と小声で謝れば彼女は別にいいんですけど、と首を横に振る。そんな彼女の瞳は我愛羅くんの後姿へと向けられており、不安そうな瞳が分かりやすく揺れていた。

「…心配?」
「そ、そりゃあ…心配ですよ…だって幾ら風影様が強いと言っても今は記憶を失われていらっしゃるんですし…技も、使えるものが少ないということでしょう?」

マツリちゃんの言う通りだった。
確かに我愛羅くんは強いし、チャクラの量も尾獣がいなくなったとはいえ多い。けれど彼の記憶は二年前で止まっている。
それ以降産み出した技は当然覚えていないのだから使えないし、体だって前より成長している。彼が自分の間合いをどれほど理解しているかが分からない。
腕も足も二年前に比べ成長している。もし間合いを取り間違えたら簡単に懐に入られてしまう。幾ら砂が彼を守るように動いたって次の手も同じでは意味がない。
相手もやり手だ。絶対防御を警戒し、あるいは何らかの策かチームプレイをしてくるだろう。

遠くの方では雷遁使いがテマリさんと戦っている。カンクロウさんが援護に向かったからすぐ終わるかもしれないが、その間は彼が一人で二人の男を相手にしなければならない。
実際には後方に幾人もの忍が彼らの戦闘を見ているわけなのだが、皆我愛羅くんの指示なく勝手な行動が出来ないのだ。
しかもここは街中。大人数で立ち回るには地の利を生かした作戦を練り、相手を包囲しなければならない。だが彼が皆に指示を出す気配はない。

(もしかして…一人で戦うつもり?!)

私は彼じゃないから何を考えているのか分からないけれど、それにしたってもう少し周りを頼ってもいいと思う。
普段なら彼の片腕として働くバキさんが何らかの援護をしたかもしれないが、今あの人は我愛羅くんの代わりに国の会議に出席していたはずだ。
テマリさんもカンクロウさんも既にこの場にはいない。誰かが動かねば彼が全て背負ってしまうことになるというのに、他里の私には口を出す権利はない。
悔しさに歯噛みする私に、マツリちゃんがあの、と声をかけてきた。

「今暗部の者と上忍数名が敵の四方に回り込んでいます。風影様から合図があれば即時動けるよう待機してはいるんですが…」
「それに期待するのは止めた方がいいと思うわよ、マツリちゃん」

多分だが、今の彼は自分一人でどうにかしようと思っているに違いない。
元より自里の人間も敵だと思っていた彼だ。守ろうと思っていても、さっき私を突き飛ばした時みたいに足手纏いだと心のどこかで思っているのかもしれない。
あるいは自分の力を過信しているのか。どちらにせよ今の彼に“風影”の彼を期待するのは得策じゃない。

「各自の判断で動く、っていう可能性はないの?」
「あるにはあるんですが…我愛羅様がどういった行動に出られるか分からない以上私たちも下手に動けないんです。我愛羅様の砂に巻き込まれないという自信は恥ずかしながらあまりないので…」
「賢明な判断だわ。彼の砂で負傷者をだすわけにはいかないもの」

何せ彼は“風影”なのだ。守るべき民に傷を負わせることなど本望ではない。もし彼の記憶が戻った時記憶のない自分が取った行動をどう思うか。どう心を痛めるか。想像しただけでも胸が痛い。
だから彼にそんな想いをさせないためにも、もし彼を援護するために突っ込むのなら私しかいないと判断する。
そりゃあ私はさっき怒られたばかりだけど、彼に自里の忍を傷つけさせるくらいなら私がその怪我を負う方がいい。
客人に怪我を負わせるのは、とマツリちゃんが聞けば顔を顰めそうなことだけど、ここで黙って見ているのは性に合わない。
私だって成長したのだ。もうあの時のように、彼に甘えてばかりの女ではいられない。

「サクラさん…」
「大丈夫。無茶はしないわ」

無理はするかもしれないけどね。と黙ってウィンクを飛ばせば、マツリちゃんは少しばかり口の端を緩めた。
けれどその表情は未だ硬く、顔も青い。幾ら私がカンクロウさんの毒を解毒しようが、サソリを倒そうが所詮私は他里の人間なのだ。
信用するにはあまりにも材料が少ない。ならばそれを示すにはやはり行動あるのみ、だ。
私が医療忍者だけに収まるくノ一だと思わないでほしい。

「………」
「………」

先程までは絶えず彼らの間に会話があったのに、今ではすっかり無言が辺りを満たしている。
夜の冷えた大気に交じるのは風が舞う音と彼の瓢箪から砂が落ちる音だけだ。
間合いを測る体術使いの男と短剣使いの少年はじりじりとすり足で左右逆方向から彼を挟んでいた。

「…どうした。いつまで間合いを測っているつもりだ?」

どうやら彼は先手に出るつもりはないらしい。元より守から攻へと転じるのが彼のスタイルだった。
“風影”となってからは里を守るためか、先手必勝の技や一撃必殺的なものも増えたが、二年前までの彼は悠然と構え、遊ぶように敵を翻弄していた。
その癖がまだ治っていないのだろう。背丈だけが大きくなった彼はやはり昔のままだった。

「…参るッ!」

体術使いの男の声と共に、短剣使いの少年も一足飛びで彼に近づき懐に飛び込んでくる。
けれどそれよりも早く彼の足元で蠢いていた砂が反応し、短剣の刃先が彼の体に届く前に少年の体を弾き飛ばす。
だがやはり彼は男の一打を警戒していたのだろう。砂が作った盾に視線を走らせたかと思うと、盾はそのままに一歩身を引いた。

「フンッ!」

彼の判断通り、男の一打は砂の盾にヒビを入れ、僅かに形を崩した。だがチャクラが込められた大量の砂は先程より強固に作られているようで穴を開けることはない。

「ふん…その程度か…警戒する必要などなかったな…」

彼の挑発に体術使いは何も言わなかったが、間髪入れずに二打目を打ち込んだ。
しかし今度の拳は先程までとはわけが違う。チャクラが込められていたのだ。私や綱手様が使うように。

「我愛羅くん!」
「?!」

男はカンクロウさんに捕えられた男とは違い、ちゃんとチャクラを扱えたのだ。しかしそれを忍術ではなく体術に注ぎ込んだ、いわばガイ先生のような男だったのだ。

「チッ!」

もしガイ先生の力に私の怪力が上乗せされればどうなるだろう。答えは簡単だ。超すげえ。ナルトならそう言うだろう。
そう、すごいのだ。純粋な力というのは。どんな強固な守りも、どんな厚い壁も、高められた力の前では破れてしまう。
彼の盾は粉々に打ち砕かれ、その死角からは少年の短剣が煌めいていた。

「危ないッ!」

破壊された砂の盾から飛び散る砂に目を細める彼は私の声に気付き、短剣の存在を認知した。
けれど今更遅すぎる。短剣の刃先はバランスを崩した彼へと正確に向けられており、そのまま切り裂くなり貫くなりするつもりのようだった。
だが舐めないでほしい。私だってただの傍観者になっていたわけじゃない。リーさんと、テンテンと、ガイ先生と一緒に修行をしたのだ。
あのスピードについていけなければ私は今頃体術を止めている。だから体術使いの男が二打目を構えた時に私は既に駆けだしていた。

「ぐっ!」

ガキン!と構えたクナイが男の短剣から彼を守る。けれどその短剣には不可思議な穴が開いていた。穴というか、凹みというか、窪みというか。
何かを挟み込むためのようにあえて開けたかのように思えたその珍しい短剣は、逸らした刃を手首ごと急激に反転させ私のクナイを挟み込んだ。

「残念お姉ちゃん!コイツはこっちが主役なんだよッ!!」

先程までの間延びした話し声はどうしたのか。先程私が倒した少年のような口調になった少年の刀は文字通り、私のクナイを噛み千切った。

「え…うそ…」

クナイを折られるなんて聞いたことがない。けど確かに私が構えていたクナイは彼の刃に挟まれ、肉食獣が餌を噛みきるようにして簡単に折られてしまった。
武器破壊。
それがこの短剣の本来の活用術だったのだ。

「心臓が隙だらけだよ!おねーちゃん!!」

少年は短剣の使い手だ。ならば持っているのは何も一本だけではない。分かっていながら私は動揺していたせいで新しいクナイを構えることが出来なかった。
目前に迫ったもう一本のナイフは、私の心臓めがけてまっすぐ飛びこんできていた。

「我愛羅様!サクラさん!!」

赤い血潮が飛ぶ。
目の前で、赤い、赤い血の雫が、まあるく歪んだそれが、宙を舞って落ちていく。

「うぐッ…!!」
「が、我愛羅くんっ!!」

体術使いの男に盾を破壊され、バランスを崩した私が彼の代わりに短剣を弾いた。
けれどその短剣は武器破壊が主な役目の短剣で、私のクナイはあっけなく折られてしまった。
そして私に向けられたのはもう一本の短剣。それが心臓めがけて振り抜かれた時、私は“死”を覚悟した。

「…へー…以外だなァ〜、風影様って女の子には優しいんだァ〜」

我愛羅くんの二の腕には私に向けられたはずのナイフが刺さっていた。
少年の短剣が私の体を貫く前、彼が咄嗟に私の腹に腕を回し抱き寄せ、反転し庇う際にそこに刺さったのだろう。
彼の緋色の衣服を染め上げる血はポタポタと指先から滴り落ち、渇いた大地に雫を落としていく。

「す、すぐに治療するから!」

彼の腕を掴んだ私だったけど、すぐにそれは振り払われ再び突き飛ばされた。

「邪魔をするな!足手纏いだ!」
「ッ!」

ギロリと睨まれた瞳は憤怒に濡れ、散った血潮は頬に飛び散っておりかつての彼を思い出す。
痛みのせいかフーフーッと荒い呼吸を漏らす彼は完全に手負いの獣になっており、短剣使いの少年はおもしろそうに口の端を歪めた。

「いやァ〜、でもさァ〜、以外だなァ〜、風影様ってェ〜、女の子に優しーッ!とかって思ったんだけどォ〜、勘違いだったみたいィ〜?」

先程捕えられた男の声を真似して彼をからかう少年の顔にも彼の血が飛んでいる。
少年はそれを輝く短剣の腹で確認すると、興味深そうにそれを指で拭い、舌で舐め取った。

「へェ〜…風影様の血の味ってこんな味なんだァ〜、知らなかったなァ〜」
「下衆がッ…!」

顔を歪める彼の横顔は昔中忍試験の際サスケくんに傷を与えられた時の姿によく似ている。
あの時は自分の血に驚き取り乱していたが、今の彼は取り乱すというよりも腸が煮えくり返っている状態だった。
だけどもし私が彼の懐に入り込んでいなかったら今頃彼は二の腕ではなく顔を切り裂かれていただろう。あるいは心臓を貫かれていたか。
どちらがマシ?と聞く気は無いが、それでもさっきの言葉は酷いと思う。

彼にだけは言われたくなかった。彼だけは、私をそういう目で見なかった。
足手纏いだなんて、そんなこと、言わなかった。

「…聞いていた話と聊か違うようだな、風影。今のお前はまるで獣だ。冷静さを欠いた手負いのな」
「うるさい…黙れ…殺すぞ…」

刺された二の腕を掴む彼の体からは膨れ上がらんばかりの殺気を感じる。
これでは意味がない。彼がまた心無い殺人を犯してしまう前に止めなければいけないのに、私の体は与えられた言葉によるショックで上手く動けずにいた。

「サソリ様は風影は砂を巧みに操り冷静さを持って敵を制す、と言っていたが…嘘の情報だったようだな。サソリ様にも珍しいことがあるものだ」
「僕はどっちでもいいんだけどねェ〜、風影をぶっ殺せればさァ〜、それで文句はないわけよォ〜」

体術使いの男はどこか失望したように我愛羅くんへと視線を送りつつも構え、短剣使いの少年は嘲笑うかのように尖った八重歯を見せて口の端を吊り上げた。
我愛羅くんの体の中にもう尾獣はいない。けれどこれではまるで我愛羅くん自身が獣になっているも同然だった。
これ以上はいけない。でもどうすれば。狼狽える私に体術使いの男が視線を寄越してきた。

「娘。見た所お前は砂隠の人間ではない。見逃すつもりはないが今この場においては邪魔だ。退け」
「じゃあさァ〜、お姉ちゃんは僕と遊ぼうよォ〜、僕お姉ちゃんみたいな人の方が好みだもんねェ〜」

へらへらと笑いながら短剣を振る少年の顔はいっそ無邪気と言って過言ではない。けれどこれ以上舐められるのも腹が立つ。
私はショックを受けている体にしっかりしろ!と喝を入れると、両手を着き立ち上がった。

「…言っとくけど、お姉ちゃんあんたみたいな子全ッ然タイプじゃないから」
「えェ〜?それは残念だなァ〜」

楽しげな少年を見据えつつ、私はもう一本太もものホルダーからクナイを取り出した。
例え少年の短剣が武器破壊を主にしたものであっても素手で間合いを詰めるには私の体術では危険すぎる。
結局これに頼るしかないのだ。女で、リーさんのように体術を極めていない私には、縋るものがなければ立っていられない。

「…あれれれェ〜?ど〜したのォ〜お姉ちゃん、何だか泣きそうに見えるんだけどなァ〜?」
「泣くわけないでしょ、バカ言ってないでさっさと構えなさい」

足手纏い。
分かってた。本当は、どれだけ頑張っても彼らに追いつけないって。ナルトにも、サスケくんにも。二人は昔からどんどん先に行ってしまう。
待って!って叫んでも二人には聞こえてなくて、後から必死に追いかける私を振り向くことすらしない。
そのうち息をするのも苦しくなって徐々に足を止めてしまっても、二人の足は止まらず進んでいく。
ねー!待ってよー!二人ともー!ねえー!!
何回そう叫んだだろう。私も二人に追いつきたくて、三人で肩を並べたくて、三人で、笑っていたかったのに。
散り散りになった私たちはもう纏まることすらできないのだろうか。

(サスケくん…ナルト…)

私の先を歩く男たちの背中は、もう見えない。遠く遠く、世界の端にまで行ってしまったかのように遠くに行ってしまった。
走ることを止めた私は未だ一人。トボトボ歩くのにも疲れて、蹲っていただけ。そのうち寂しくなって、悲しくなって、そんな自分が嫌になって、降りだした雨に紛れて泣いた。
傘なんて持ってなかった私は全身びしょ濡れになりながらも泣いた。でもそんな私に傘を差し出してくれたのは、他の誰でもない、彼だった。

(…我愛羅くん…)

じっと私を見下ろす瞳は無機質で、今まで泣いていた私はびっくりしたのと怖いのとで涙が引っ込んだ。
でも空から降る雨は止まなくて、傘をさした彼はしゃがみこんだ私にあわせるように膝を折った。
彼の瞳は近くで見るととても静かで、綺麗だった。

「構えろ、風影。今のお前と遊ぶ気は無い。次で楽にしてやる」
「ほざけ。生きるのは俺だ。貴様は俺が殺す」

 −サクラは、頑張っているんだな。−
我愛羅くんの手紙に綴られていた言葉はいつだって私の心を励ましてくれた。
いつも雨ばかり降っていた私の心の中にすっかり入りこんで、いつも傘をさして一緒に雨宿りしてくれた。
そのうち私も泣くのが嫌になって、蹲っていた地面から立ち上がれば雨は少しずつ止んでいった。そうしてそのうち傘もいらなくなって、私は彼と一緒に歩き出した。
最初は距離を開けて、けどすぐに近くなって、指先が触れて、近かった目線も少しずつずれてきて、彼の足は一歩、私の先を歩き出した。

 我愛羅くんも私を置いてくの?
思ったけど口にできなくて、彼の少し前を歩く横顔を見つめれば彼が振り返った。一歩分の距離を開けたまま。

 置いて行かないさ。
彼の口がそう動いた。でも怖くて、私は心からその言葉を信じることが出来なかった。

 置いてかないで。
俯きながら口だけ動かして、声にしない私は臆病者だ。
でも彼は少しだけ微笑んで、私との間に開いていた一歩の距離を見つめた。そこには小さな影が出来ていた。

 −サクラ−
彼の声は私の肌によく馴染んだ。体中を巡る血液に乗って全身を動かす酸素のように、渇いた大地にすっと水が沁みていくように。彼の声はいつだって私を潤し命を吹き込む。

 俺とお前の間には、たった一歩の距離しかないんだ。ただそれだけなんだ。
彼がそう言って目を閉じる。彼にとっての一歩。けれど私にとっては大きな一歩。けれど私はこれを踏み出さなければ彼の隣に立つことは出来ない。
もし今ここで立ち止まり私を待っている彼に追いつけなかったら、私はきっと…ううん。絶対に一生後悔する。
一歩が怖いなんて笑えてくる。でも私は怖かった。でも、乗り越えなければ彼に近づけないというのなら、踏み出すしかないのだ。
今まで空元気で自分を励まし、背伸びしていた自分を本物にするならば、私は今この瞬間に一歩を踏み出さなければならなかった。

(もう迷わない。そう決めたでしょ、サクラ)

取り出したクナイを構える。剣術なんて習っていないから構えなんてあってないようなものだけど。
だけど私はまっすぐクナイを構え少年を見つめた。私の一歩は、ここから始まるのだ。

彼と肩を並べるために。

「死ねッ、風影!!」

体術使いの男の声が合図だったように、少年も私に向かって飛び込んできた。
でも私のクナイは動かない。
そう。私の一歩は勇気の一歩。泣いてばかりいた私が、最後まで踏み出せなかったのは覚悟の一歩じゃない。

「守るために、踏み出す一歩だったのよ!」

飛んだ血潮は誰のものか。叫ぶ声は大気に飲まれ消えて行く。




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