小説2
- ナノ -





春野サクラから送られてきたであろう手紙には、彼女が言っていた通り大して記憶に繋がる手がかりのようなものは書かれていなかった。
しかし彼女が木の葉にいる間何をしていたのか、どんなことに興味を持ち、何をして過ごしていたかが書かれており妙に居た堪れない気持ちになる。
未来の俺は彼女のこんなことを知ってどうするつもりだったのか。こんなに厳重に仕舞っていたのだから何か大切なことが記されているのではないかと思ったのに。
まさか覗きの趣味でもあるまいな。そんなことを考えつつもベッドで手紙を広げている時だった。
妙に外が騒がしくなり始めたのは。

「…敵襲か?」

昨今大きな戦は減ってきたが、それでも未だ小競り合いは多く続いている。
風の国は火の国同様大国だ。その飛び火がうちに来ることは存外少なくない。それでも一般人相手に引けを取るほど忍も弱くはないので大概負けることはない。
しかし今夜はやけに騒がしいと窓を開けたところで外から名を呼ばれた。

「風影様!敵襲です!」
「そうか、すぐ行く」

“風影様”と呼ばれることには未だ慣れないが、それでも守ると決めた土地だ。幾ら影としての自覚が少なかろうが黙って見過ごすわけにはいかない。
そう思い瓢箪を背負い部屋を飛び出せば、同じく用意を終えたらしいテマリとカンクロウと鉢合わせした。

「我愛羅、お前は今記憶喪失なんだ。これ以上無茶をして更に記憶をなくすんじゃないよ」
「フン、そこまで手強い相手ならばいいがな」
「お前なぁ、もう少し危機感ってやつを持ってほしいじゃん」

駆け寄ってきた忍に状況を聞きつつも里内を駆け抜ける。
どうやら敵は俺が狙いらしい。風影邸までだいぶ距離があるとはいえ、肉眼で確認できる範囲に敵は既に潜り込んでいた。

「ヒャッハー!雑魚がうじゃうじゃ飛んできてもよォ〜、俺たちに敵うわけないッツーの!!」
「おい、バレたとはいえこっちは夜襲に来てるんだ。黙って動け、黙って」
「いやァ〜、でもさァ〜、黙って動けって言われてもさァ〜、実際動くとさァ〜、自然と声出ちゃうよねェ〜」
「サソリ様の仇、必ず討ってみせる…!!」

どうやら敵は四人のようだ。一人は雷遁使いのようだが、後の三人は分からない。どうにも個性が強いというか、灰汁が強いというか、正直関わりたくないタイプの忍たちだ。
だが選り好みしている場合でもない。俺たちは目配せし合い、各々散らばった。

「つかよーッ!風影ってんのはどこにいるんだよーッ!俺顔知らねーよーッ!」
「煩い叫ぶな。そのうち出てくる。赤い髪のガキが風影だ」
「いやァ〜、でもさァ〜、赤い髪のガキがいっぱい出てきたらさァ〜、誰殺せばいいかわかんなくねェ〜?」
「フンっ、ならば全員殺せばいいだけだ。私からサソリ様を奪った罪は重いぞ、砂隠のクソ共ッ!!」

声がした順に確認していくと、アホが一人と冷静なのが一人と掴み処がないやつが一人と過激なのが一人、ついでに過激なことを言っているのはくノ一のようだ。
記憶にはないがサソリという男に心酔していたらしい。誰に倒されたかは知らないが逆恨みであれば勘弁願いたい。
しかし呑気に考えている場合ではない。どうやら雷遁使いはあの過激なくノ一のようで、あとの三人はまだ武器を手に体術で凌いでおり、チャクラの無駄遣いを抑えているようだった。

「だいぶ過激な奴等ですね…」
「そうだな…」

防衛しているうちの忍は上手く間合いを取り武器を避けているようだが、至る所に血が滲んでいるのが夜目でも分かる。
里の者を囮に使うのはあまりいい気はしないが、まずはカンクロウとテマリが仕掛ける。それまで俺は身を潜め、対策を練らねばならない。

「うへーッ…なんかよー、だんだん飽きてきちまったよー…俺ぁよぉ〜、もっとこーさぁ、強ぇ奴と戦いてぇんだよーッ!雑魚じゃなくてよーッ!」
「分かったから叫ぶな。そのうち風影が出てくる」
「いやァ〜、でもさァ〜、全然来る気配ないよォ〜?風影ってさァ〜、本当はさァ〜、腰抜けなんじゃないのォ〜?」
「おい貴様ら!早く風影を出せ!醜い豚野郎を血祭りにあげてやる!!」

暗闇で確認すれば、よく叫ぶアホは中肉中背だが刀身の長い鉈のような武器を持っており、豪快だが素早い動きをする。体術が得意なのかもしれない。
次いで冷静な男は野太い声に見合うようなガッシリとしたいい体格をしており、正直拳を交えたくない相手だ。木の葉のマイト・ガイあたりならいい戦友になれるだろう。
一方掴み処が無く間延びした話し方をするのは自分より背丈の小さい少年のような男で、その手には短剣が握られている。しかし刀身には不可思議な穴が開いており耐久性があるようには見えない。
くノ一はクナイを片手にしてはいるが、基本的に雷遁を主武器としているようだった。
武器と体術を混ぜ合わせ戦うチームらしい。どちらかと言えば接近戦に偏っていそうではあるが、まだ断定はできない。
敵たちの怒りのボルテージがピークに達する前に(約一名は除外するが)早々に片を付け事態を収拾したい。

そんな中気を抜いた四人に向かってテマリが鉄扇を振り抜いた。

「カマイタチの術!!」
「うほーッ?!」
「来たか!」
「うわァ〜、風遁つかいかよォ〜」
「くっ…!風影か?!」

奴等には俺の情報が正確に伝わっているのかいないのか。風遁使いになった覚えはないが指摘してやるのもアレなので黙っておく。

「これ以上うちの里で暴れさせるわけにはいかないよ。尻尾巻いてさっさと帰んな」

部下を引き連れ、冷ややかな視線を浴びせるテマリに敵が怯む気配はない。まぁ当然だろう。たった四人でけしかけてくるぐらいなのだ。相当腕に自信があるのだろう。

「ふーん…ちょっとキツめだけどよーッ、中々の美人じゃねぇーの?」
「やめろ。今から殺す相手に反応するんじゃあない」
「え〜、僕はァ〜、好みじゃないかなァ〜?」

男たちの反応はどうでもいいが、過激派のくノ一がテマリに向かって指を突きつけた。

「貴様、風影ではないな?!」

だからどうした。
テマリの横顔から読み取れる心情に俺も思わず頷いてしまう。
あとやはりあいつらは情報を正しく把握しないまま夜襲に来たのだろう。全員バカなのか、それとも皆殺しするつもりで来たのか。どちらにせよ楽観視することは出来ない。

「私は風影以外に興味はない。だから早く風影を出しな、不細工な雌犬!!」

前言撤回。あの過激派はよく叫ぶあのアホと同じだ。見た目がそう悪くない分残念さが際立っている。サソリとやらに心酔しすぎたのだろう。
だが雌犬呼ばわりされて黙っているほどうちのテマリも穏便ではない。案の定ああん?と眉間に皺を寄せ睨む姿は正直女のする顔じゃない。お前いつからそんな怖い顔出来るようになったんだ。

「誰がお前らみたいなアホ共の前に風影を出すかよ。ケツだけじゃなく顔まで赤くしてキーキー騒ぐだけの子猿なんかにはな」
「さっ?!」

雌犬呼ばわりされた仕返しが子猿か。ではボス猿はサソリという男になるのだろう。しかし猿なんぞ人間の元と言われているのだ。大した罵倒になっていない気もするが…
と思ったが想像以上にくノ一相手には効いたようだった。自分の身なりにそれなりに自身を持っていたのだろう。くノ一は益々肩を上げ怒りのボルテージを上げていった。

「き、貴ッ様〜!この私に!サソリ様に寵愛されたこの私を!猿呼ばわりとはいい度胸じゃあないかッ!風影の前にお前を殺してやるよッ、この雌犬!!」
「はッ!受けてたとうじゃあないか!お前みたいな小さいお山でキャッキャとはしゃいでいただけのチビ猿に負けるもんか」
「何ですって〜?!!」

女の戦いこわい。
思わず思った俺の傍では控えていた忍が怖いっすね…と呟いていた。俺は静かにその言葉に同調した。女を怒らせてはいけない。本当に。
だがそんな女共を傍観していた男たちはつまらなそうに視線を交わし、緊張を解いていた。

「ちぇーッ。折角美人の相手ができると思ったのによーッ」
「人間など所詮皮を禿げば皆一緒だ。殺す相手に美醜を問う必要はない」
「いやァ〜、でもさァ〜、やっぱり美人が相手だとさァ〜、ちょっと楽しいよねェ〜、殺すのもさァ〜」

男三人はどうやら暗殺のプロらしい。プロにしてはアホの声はデカすぎるように思うが、バレる前に相手を仕留めているのだろう。
そう思うと侮れない相手だと思う。だがどうしたものかと考えているうちに、そのアホの足元の砂が突如陥没した。

「おひょーッ?!」
「何っ?!」
「おォ〜、間一髪、って感じィ〜」

蟻地獄のように地面にアホを引きずり込んだのはカンクロウだろう。土に埋まった男はテンションが上がったのか、頻繁に何事かを叫んでいる。
だが冷静な男と短剣を持つ男はすぐに飛び退き周囲に目を走らせる。カンクロウの二撃はまだない。

「おいおいおいおいおい!なんだよこれーッ?!俺砂に埋まってんだけどーッ?!」
「見ればわかる。少し黙っていろ。相手がどこから攻撃したか分からない以上油断するわけにはいかない」
「はは、まぁぬけェ〜」

短剣の男はアホを笑いつつも視線をキョロキョロと走らせており、冷静なあの男も体術の構えを取っている。やはりあれはマイト・ガイに任せたいタイプだ。
警戒する二人にどう仕掛けるのか、もう足元からの攻撃は効かないだろう。だが姿の見えないカンクロウの姿を視覚で確認しようとしているあたり感知タイプはいないようだ。
ならば多少は勝算があるか。

「カマイタチの術!!」
「聞くかよ、そんな術!!」

女同士は初め何で争っていたのか、ようやく聞こえ始めた声に視線を向ければテマリの頬にひっかき傷があった。お前ら本当に何の勝負をしてたんだ、今までの時間。
だがカマイタチの術はくノ一だけではなく埋められたアホにも向かっており、うひょー?!と叫ぶ男は次に目に砂がーッ!と叫んでいる。本当にアホだ。
それでよく今まで暗殺業をこなせたなとは思うが、指示に従い刀を振るうだけだったのだろう。何たる宝の持ち腐れ、と思う合間にカンクロウの二撃目が一撃目を逃れた男たちに向けられていた。

「何だコレは?!」
「毒針ィ〜?のよーなァ〜、違うよーなァ〜?」

テマリが放ったカマイタチの術に被せるようにカンクロウは傀儡の仕掛けを発動させたらしく、辺りを乱舞する乱気流に乗り毒針が男たちを襲う。
だが短剣を持った男はもう一人の男の前に立つと下段と中段に飛んでくる針を短剣で弾き落とし、体格のいい冷静な男もクナイを取り出し上段からの毒針を弾き落とす。
しかし風の乱気流はカマイタチだ。毒針を弾いたところで真空の刃は弾けない。二人とも真空の刃で肌を裂き、風によって舞い上がった砂に目を細めた。

「流石テマリ様…!うちの特性をよく生かしておられる!カンクロウ様とのコンビネーションも素晴らしいですね!」

控えていた忍の高揚する声を耳にしながら、俺も二人の互いの技と里の特性を生かした攻撃に僅かに目を見張る。
以前もそれなりにコンビネーションは取れていた二人だが、それでも合図やアイコンタクトが無ければ上手くいかなかった。だが今は何の合図もなしに技を合わせた。二年の間で二人の戦い方も成長しているらしい。
そうしてテマリの乱気流と毒針の嵐からどうにか逃げ出した二人の男だが、短剣の男は若干涙目になっていた。

「僕さァ〜、痛いの嫌いなんだよねェ〜、ちょっとさァ〜、泣きそうなんだけどォ〜、痛くてェ〜」
「後で手当てしてやる。我慢しろ」

どうやら短剣の男は打たれ弱いらしい。比べて冷静な男はガタイに見合った打たれ強さを保持しているらしい。あいつとは長期戦になりそうだな、と思ったところでアホの男が声を上げた。

「ぃいってぇーッ!!何だよコレッ?!クソ痛いぜーッ!!」

突然の叫び声に今更驚くほどの俺たちではないが、どうやら男も怒りのボルテージが上がったらしい。
先程とは打って変わって獣のように唸り声を上げ始めた。

「血が、血がよォーッ、出てんじゃねえかよーッ!!俺ぁ許さねえ…許さねえぞこのクソアホがーッ!!」
「うげぇ?!」

思わず、といった体で控えていた忍が呻く。カンクロウが地中に埋めたアホは、どうやら砂の中で捕えられていたらしい体を無理やり這い出してきた。

「体がよーッ、言うこと利かねえのは何でだろうなーッ、って思ったらこういうことかよーッ!クソがーッ!!」

うらあ!という掛け声と共に男は傀儡で使用される仕掛けの縄を素手で無理やり引きちぎり、土の中から這い出るために外したらしい関節を元に戻していた。
その眼は異様なほどに血走っており、明らかに纏う空気が一変していた。どうやらスイッチが入ればヤバいタイプらしい。
これ以上呑気に見守っていられないかと立ち上がろうとしたところで、男たちの背中側から見慣れた髪が揺れた。

「しゃーんなろーっ!!」
「春野?!」

思わず屈めていた背を正し、声を上げてしまった俺と男たちの視線が合う。だがすぐさま男たちは春野へと視線を戻し、それぞれが構えを取った。

「クソッ!!」

木の葉からの来客だ。怪我を負わせるわけにはいかない。
だが敵である男たちと俺の間には物理的な距離がある上、敵に向かって飛びこむ彼女と迎え撃つ男たちの間合いはもうすぐそこまで詰まっている。
間に合わない。
舌打ちする俺の目の前で、彼女は血走った目をした男の刀を蹴りで弾き飛ばし、短剣の男が振りかざした刀身を身を捩って交わした。

「っ!」
「チッ!」

地面に倒れ込む彼女の呻き声と、剣を弾かれたアホと短剣使いの男の舌打ちが重なる。
だが俺は彼女に向かって飛ばした砂をそのままにし、追撃のため二人の男の後ろから姿を現したガタイのいい男に向かって盾を作った。

「立て、春野!!」
「は、はいっ!」
「フンッ!!」

男は握った拳を俺が作った盾へと打ち込んでくる。俺の壁は絶対防御と名がついているが、俺の肌は危機を敏感に察知していた。
声を張り上げ春野を促し、立ち上がった彼女が逃げ出すと同時に俺の壁は男の拳一つであっけなく壊された。

「きゃあッ!」
「サクラ!」
「春野!」

くノ一と間合いを取り、離れた場所で戦っていたテマリもサクラに気付いていたのだろう。声を上げるがすぐさまくノ一に迫られ身を翻す。
俺は壊された砂が地面に帰るのを眺めつつ、足元の砂を繰り彼女を引き寄せた。

「突然飛び込んでくる奴があるか!バカ者ッ!」
「だ、だって…!」

手繰り寄せた彼女を後ろに突き飛ばし、怒りをぶつければ困惑した瞳が俺を見上げる。
だが彼女とてよかれと思って行動したのだ。分かってはいる。分かってはいるが、傷つけるわけにはいかない。何故か咄嗟にそう思ったのだ。

「ふん…絶対防御と名高い盾があると聞いていたが…所詮この程度か」
「甘く見るなよ、木偶の坊。俺はまだ本気を出したわけではない」

だがテマリがくノ一と戦っている今、俺とカンクロウ、そして後方に控える忍たちだけでこの男たちを相手するにはあまりにも力量が足りな過ぎる。
誰の、と問われれば勿論俺だ。個人の能力ではない。自里の忍達を纏め上げ、指示するだけの能力が今の俺にはないのだ。
うちの里で使われている暗号で指示を飛ばすにしても俺はまだ多くの忍を動かす兵法の知識がない。当然だ。今の俺には個人、あるいは姉兄と組んでいた頃の記憶しかない。
地理も二年とはいえ僅かに変わっている。もし道や、建物の位置が頭の中の地図と変わっていれば途端に八方塞がりになってしまう。
本当に不甲斐ない。
書類に追われる毎日に甘えていたわけではないが、それでも地理の勉強も兵法の学びも怠るべきではなかった。
こんな時にそれを悟っても遅いのだが、致し方ない。ここは俺一人でどうにかするしかない。そう思い砂を取り出した時だった。
場違いな程アホな声が聞こえてきたのは。

「おい、お前らよーッ、俺の刀知らねーかーッ?」
「さっきあの女に弾き飛ばされただろう。その辺に転がってるはずだが?」
「でもよーッ、見つからねえんだよなーッ?どーこ行っちまったんだーッ?」

どうやらあのアホは春野に刀を弾き飛ばされたショックで何故か一旦熱が収まったらしい。キョロキョロと辺りを見回す仕草はアホ極まりないが、確かに男が使っていた刀は見つからなかった。

「探し物はコレか?」
「お?それそれーッ!」

そう言って俺の横に立ち、男が持っていた刀を掲げたのはカンクロウだった。
どうやら傀儡で上手いこと奪取したらしい。人の悪い笑みを浮かべるカンクロウに向かい男は笑みを浮かべた。
しかしあの男はどこまでもアホらしい。自分の仲間が刀を拾ったならともかく、敵が拾ってそれを返してくれると思ったのだろうか。
カンクロウはあくどい笑みを浮かべたまま、傀儡を使ってその刀を真っ二つにへし折った。

「素直に返すわけねーじゃん?」

そう言って折った刀身を後方に投げ捨てたカンクロウを不覚にもおお…という体で見てしまった自分が恥ずかしい。
いや、当然と言えば当然なのだが、あそこまで清々しく折ってくれるとは思わなかった。我が肉親ながら容赦のない姿に惚れ惚れする。

「て…てめえ…」

しかし武器を折られたとなれば男も黙ってはいられないのだろう。
ブルブルと肩を震わせ拳を握ったかと思うと、男はカマイタチで負った傷口から血を滴らせながらカンクロウに向かって突っ込んできた。

「てめーッ!俺が忍術使えないって知ったうえであんな酷ぇことしたのかよーッ!てめえは人でなしかーッ?!」

アホの最上級の言葉って何だろうな。
思わず考えてしまった俺の横では、カンクロウが憐れむような視線を男に向けつつ黒蟻を男に向かって差し出した。
勿論その腹は既に開いている。

「あッ」

男が声を上げるが時すでに遅し、というやつだ。黒蟻は中に納められていたロープで男の体を縛ると有無を言わさず腹の中に収納した。
これぞ飛んで火にいる夏の虫、である。実に見事な幕引きだった。

「…我愛羅、こいつすげーアホじゃん…」
「ああ…知ってた…」

黒蟻の中で男が暴れもがく音がするが、終劇する必要もなさそうだ。もしこの男がロック・リー並の体術を覚えていれば危うかったが、刀に頼ることしか出来ないアホで良かった。
あっという間に一人捕えた俺たちは、仲間ながらあっけない最後を見せた男に冷めた目を向ける二人へと視線を移した。

「…どうする。降参するか?」
「いや…流石にそういうわけにはいかん。俺たちも生活がかかっている」
「いやァ〜、でもさァ〜、流石にさァ〜、今のはねぇよなァ〜、恥ずかしいよなァ〜、見てるこっちがよォ〜」

冷静な男は終始冷静に、もう既に構えを取っている。だが短剣を持つ男は呆れた顔を未だ戻さず、しょーがねぇなぁ〜と言わんばかりの体で肩を鳴らした。

「僕さァ〜、本当ならこの傷負わせた奴ぶっ殺したいんだけどさァ〜、取られちゃったからさァ〜、お前でいっかなァ〜、風影ェ〜」

この傷、というのはカマイタチの術を放ったテマリだろう。だが彼女は未だ遠くの方でくノ一と好戦している。時折見える雷がいい例だ。
俺は視線をカンクロウへと走らせ、テマリの援護に向かうよう促した。

(いいのかよ、我愛羅。向こうは二人だぜ。しかも一人は体術使いだ)
(構わん。ロック・リーに比べれば動きは遅いし、マイト・ガイに比べれば打撃の威力はタメが無ければそう強くはない)

男のガタイは確かに木の葉にいる二人の体術使いに比べれば恵まれている。だが恵まれているが故にスピードはロック・リーほど素早くもないし、身軽でもない。
かと言って日々精進を忘れず己を鍛えぬいているマイト・ガイに比べれば、タメさえなければ一打の力もそう強くない。
見た目だけの男に負ける程俺は柔ではないし、何より此処で負ければ手を合わせたロック・リーとその師であるマイト・ガイに笑われてしまう。
俺はあの二人以外尊敬できるほどの体術使いには出逢っていない。だからこそ俺はもう体術使いに負けるわけにはいかなかった。

「来い。貴様らの相手は俺がしてやる。望み通りな」

サラサラと瓢箪から砂が零れ落ちていく。
砂時計のように軽やかなそれは音もなく地面に着地し、龍がとぐろを巻くように俺の足元で蠢きだした。




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