小説2
- ナノ -





久方ぶりに仕事を終え、戻ってきた自室には物が増えていた。
自分で増やした記憶はないのだが、二年の間に自分が持ち込んだことは確実なので文句を言うつもりはない。
特に増えたのは観葉植物だ。サボテンに、名前の知らない多肉植物。大きい物だとすでにクナイと並べても見劣りしないほど背が伸びている。
そんな緑が増えた自室はきちんと整理整頓されており、居心地が悪いと思うことはなかった。
だが何もせずちょこんとベッドに座るのも妙な気分で、俺は本棚や戸棚、増えたボックスなどを手当たり次第に物色していった。

「ん?鍵…がかかっているのか?」

机の上に設置された収納ボックスには沢山の手紙が入っていた。
仕事とは別に私信で来た物を割り振って収納しているらしい。年上の、上層部か?接待相手かは分からないがそういった類の相手と、木の葉の名が連なったもの。
それから任務相手だろう。あの時はお世話になりました〜から始まる手紙が割り振られた場所。それらが分かりやすく整理されていた。
だがそれとは別に本棚の奥に隠すように置かれたボックスが見つかった。それは外からでは中が見えないもので、開けようと蓋に手をかけてもビクともしなかった。
不思議に思って四方を見てみればご丁寧に鍵がかけられていた。二年間の間に俺は何をしたのか。疾しいものでも買ったのだろうか。
これではカンクロウを笑うことなど出来んな、と思いつつ鍵を探すが一向に見当たらない。しかし印で開くようなものにも思えない。
どういうことかと小一時間悩んだ末、俺は結局砂を使って破壊することにした。
分かりやすい場所に鍵を仕舞っていない自分が悪いのだ。もしくは記憶を無くした時ように配慮していない未来の自分が悪い。
そう言い訳しながらも砂を使ってボックスの蓋を破壊すれば、その中に仕舞われていたのはただの手紙だった。

「何故こんなものを…」

不思議に思いつつも物色すれば、それは全て差出人が同じだった。



たった一文字だけの宛名ではあるが、俺には心当たりがある。だが彼女は確か漢字で名を書かなかったはずだが…まぁいい。
どうせ俺宛に来た手紙なのだから過去の俺が読んだところで何の支障もないだろう。そう思って一番新しい手紙を開けようとしたところで扉がノックされた。

「我愛羅、晩飯出来たじゃん」
「…分かった。すぐ行く」

まぁコレは後で読めばいいかと壊した蓋を被せ、再びボックスを本棚の奥に仕舞い部屋を出た。
だが夕餉と湯浴みを終えると、俺は慣れない仕事に思った以上に疲れていたらしい。
すぐさまベッドに横にり、不慣れながらも瞼を閉ざし眠りについていた。


だがその後も俺は手紙を読めずにいた。
何せ俺の一日は想像以上に忙しかったのだ。まず朝、起床してから身なりを整え、家を出るまでの時間はあっという間だ。
眠い目を擦っている間に飯を食えと急かされ、記憶とは違う衣服の着方に四苦八苦しているとカンクロウやテマリが飛んできてあっという間に着つけてしまう。
そうして瓢箪を背負ったかと思うとさあ行くぞ!と風影邸へと足を運び、粗方片づけたはずの書類が既に二倍、三倍にと膨れ上がっている。
おい、コレは何だ。
思わず呟く声は不機嫌になるが、強かに成長した姉兄は恐れることなく『今日のお仕事』とのたまってくる。ふざけるな。
だが時間は待ってはくれない。瓢箪を背中から降ろしたらすぐさま椅子を引かれ、さぁどうぞと強制的に座らされる。
そうしてテマリとカンクロウが驚くべき速さで書類を捌き、これは午前中まで、これは今日中。これは明日、これは暫く置いてても問題ない。これは手紙で返信がいる。
とアレコレ仕分けする。その間に俺の『待ってくれ』は通用しない。なので大人しく墨をする。

けれど一朝一夕で知識や時世、自里の変化や事件についていけるはずもなく、テマリとカンクロウにあらゆる方面で助けてもらいながら書類を片づけていく。
だがその際にもこれにはこの文句が必要だとか、この書類にはアレが必要だとか、こっちの書類に使う印鑑はこっちだとかでもう訳が分からない。
こんなことを将来の俺は毎日しているのか。そしてこれが“日常”と化すのか。将来の俺のメンタルは鋼以上だな。吐きそうになるのを堪えつつ、俺は墨に筆をつける。

そうして姉兄付きっ切りの仕事を昼前に一旦終わらせ、凝り固まった体を解しながら昼食に手をつける。
普段なら食に対して頓着しないが、成長期なのだろうか?自分が思っている以上に腹はすくし食事も喉を通る。
というかこれだけ食って太らないか?と首を傾けてもお前は大丈夫だよと根拠なく言われ飯を食わされる。そして大概腹に収まる。おい、どうなっているんだ俺の胃袋は。
だがそう思ってもしょうがない。将来の家系の食費は心配だが、これだけ仕事をこなしていれば収入もそこそこだろう。ならば食っても問題ないかと開き直ることにする。

それにしても二年の間で里は随分と変わった。
木の葉とより強く結び合っているのだろう。物流も増え、アカデミーの生徒たちも口々に木の葉との合同演習が楽しみだと口にしている。
教師は勿論、中忍や上忍の間でも木の葉にいる何とかという忍と趣味が同じだったとか、仲良くなっただとか、そんな話を耳にする。
良い傾向だとは思う。いがみ合っていても得がある世界ではない。ならば強く結びつき里を潤す方が得だろう。
だがどうも二年の間、風影になった俺は損得の勘定だけで木の葉と結びついているわけではないようだった。
テマリやカンクロウに聞いてもそれはうずまきナルトのおかげだろうと言うのだが、どうも自分的にはしっくりこないのだ。
何か、別の…もっと俺の心の奥底に関することな気がする。そう思いはするのだが、上手い言葉も見つからないし、そもそも未来の俺がどこまで二人に心の内を話しているか分からない。
だから結局俺は一人悩む羽目になり、最終的にいらぬ思考で脳を疲れさせ疲労困憊のままベッドに沈むのだった。


そんな毎日を過ごして数日、ついに春野サクラを交えた医療班が砂隠へと足を踏み入れた。
俺はすっかりあのボックスに仕舞われた手紙の存在を忘れており、風影室を訪れた彼女たちにこの後執り行われる検査の内容についてざっと説明を受けていた。

「カウンセリングやらショック療法やら…もう訳が分からないな」

与えられた資料を片手に、再び痛み出す頭を押さえればテマリが苦笑いする。
この数日で姉兄のこういった態度にもだいぶ慣れてきた。将来の俺はそれなりに姉兄と良好な関係を結んでいるらしい。
家族に対し良好、というのには少々違和感を与えるだろうがしょうがない。何せ元より肉親だと思わず生きてきたのだ。そう簡単にあの溝が埋まるとは思えない。
だが実際、二人は俺に対し昔のような遠慮や恐れを抱いていない。むしろアレコレ口を出してくる姿に俺の方がたじろぐぐらいだ。全く、二人揃って逞しくなったものだ。

「まぁ物は試しだ。ちゃんとサクラたちの言うこと聞くんだぞ、我愛羅」
「…分かっている」

多少腹の立つ物言いをされるが一々目くじらを立てていてもキリがない。
過保護というか何と言うか。例え今のテマリやカンクロウにとって俺は“弟”であっても、今の二年前までの記憶しかもっていない俺からしてみれば“まだ肉親として意識したばかり”の存在なのだ。
この数日過ごしてきて瞳術や幻術の類はあまり疑えなくなってはきたが、それでもまだ不安は残っている。
二人が作った飯や用意した風呂に入っていて今更何を言うのかと思うかもしれないが、忍という職種に就いている以上致し方ない思考だと思う。
今の俺に抵抗する力なんてあってないようなものだが、そもそも自分の中でどれほどチャクラを練ろうと強弱を変えようと現状何も変わる気配がないのだ。
となればこれは実際に“現在進行形”で時が進んでいる正しい未来の姿なのだろう。そう思ってはみるのだが、その線を信じきるにはやはり警戒心を捨てきれずにいた。
もしこれが本来この時間を生きているはずであろう未来の俺ならばどうするのだろうか。
里を歩けば皆が声をかけてくれる。昔の俺にはなかったものを、未来の俺は持っている。家族も、仲間も、皆からの信頼も、みんな。

「…記憶、か…」

“風影様”と呼ばれるのが普通であるはずの未来の俺は何を思って過ごしていたのだろう。
受け取った手紙を残していても日記は書いていないようだった。想像することすら難しい未来の自分を俺は未だに掴めずにいた。



治療は数日に渡って行われた。
まずはカウンセリングから、ということで春野とは別の医療忍者と顔を合わせることになったのだが、正直自分の過去等他人においそれと話したくはない。
しかし俺の記憶喪失の原因がどこにあるか分からない以上妥協は出来ないと言われ、俺は早速渋面を作ることになった。

「あのぅ…私が頼りないのかもしれませんが、そのぅ…」

春野が連れてきた部下にしてはたどたどしいというか弱気と言うか、見ていて逆にこちらがカウンセリングでもしてやろうかと言いたくなるほど腰が低い。
だからと言ってじゃあ話します。なんて気分にもなれない。“風影”として誇れる態度を取っていない自覚はあるが、それでも言いたくないものは言いたくなかった。
そうしてだんまりを決め込む俺に心が折れたのか、その忍は少し失礼しますね、と声をかけてから春野を連れてきた。

「あのねぇ我愛羅くん。私カウンセリングは専門外なんだけど?」
「…別にこれ以外にも方法はあるんだろう…」

どこか不貞腐れたような物言いになるのはしょうがない。誰にだって触れられたくない過去の一つや二つ、三つや四つあってもおかしくない。
そんな俺に彼女はしょうがないわね、とでも言いたげに肩を落とすとじゃあ別の方法にしましょ。と言って一枚の書類を提示してくる。

「とはいってもこの方法もあなたは嫌がるでしょうね」
「…催眠療法?」

書類に記されていたのは俺からしてみれば何とも胡散臭いもので、もしこれが木の葉からのチームでなければ頭を疑っていた。
だが内容を読めば読むほど胡散臭さは増していき、気づけば俺の眉間には深い皺が刻まれていた。

「嫌でしょ」
「嫌だな」
「言うと思ったわ」

肩を竦める彼女は随分俺のことに詳しいように思える。自分の中では彼女とそこまで親しくなった記憶はないのだが、二年の間で何かあったのだろうか。
そこでふと手紙のことが思い出され、俺は何となしに彼女に問いかけてみた。

「一つ聞いてもいいか?」
「何?」
「俺とお前はどういう関係なんだ?」

質問しておいて随分言葉足らずだな、とは思ったのだが他に言葉が見つからなかったのだからしょうがない。
彼女も初めはぽかんとしていたが、すぐさまどうしてそう思ったの?と首を傾げてきた。返答によっては答えてくれるのかもしれない。

「…俺の部屋に“桜”という人物からの手紙が残っていた。内容は目にしてないから何とも言えないが、俺の記憶に“桜”と名のつく人物はお前しかいない」
「でも失われた二年の間で知り合った人物の可能性もあるわけでしょ?」
「だから先にお前に聞いているんだ。手紙の差出人がお前なのか別の人間なのか。それだけでも知りたい」

確かに二年の間で知り合った者の名前かもしれない、とは思った。その可能性だって十分にある。
だが何故だか不思議とその線は薄いと思ったのだ。体が覚えているのか、脳のどこかで覚えているのか、俺は直感的に手紙の差出人はこの女ではないかと思ったのだ。
確立としては六割程度の自信でしかなかったが、半分も超えていれば十分だ。今の俺にとって一番謎めいた人物は目の前の彼女だった。

「…そうね…多分、その手紙の差出人は私だわ。もし、二年の間であなたが私以外の“桜”と知り合っていなければ、だけど」
「随分曖昧な答えだな」
「しょうがないじゃない。現物がないんだもの。確証なんて出来ないわ」
「…それもそうか」

実際俺は今手元にあの手紙を持ってきたわけではない。もし彼女が本当の差出人であれば心当たりがあるだろうが、生憎俺は見たままのことを話したに過ぎない。
彼女が自分が出したものだと頷くには物的証拠がなかった。

「でも中は読んでないのよね?」
「…ああ」

読もうと思っていたが忘れていた。というか毎日が忙しすぎて帰ってきたらそんな余裕がなかったのだ。
疲れれば眠くなる。腹が満たされれば眠くなる。人間とは誰だってそういうものだ。俺だって、守鶴がいないとなれば眠ってしまう。
本当はまだ少し疑っているのだが、目覚めても暴れた様子がないので一応前より睡眠をとるように心がけている。とはいっても目を閉じて、次に瞼を開けた時には既に日が昇っているのだが。

「そう。でも中身を読んだところであなたの記憶は戻らないと思うわ」
「何故?」
「だってもし私からの手紙なら、大したこと書いてないからよ。もし嘘だと思うなら読んでみるといいわ」

そう言うと彼女は席を立ち、今日は診察だけにしておきましょうと言って必要な器具を取り出した。
その姿からは戸惑いや不安などは微塵も感じず、本当に俺と彼女は何らかの出来事があって手紙を交わしていただけの単なる友人にすぎないのだなと判断した。



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