小説2
- ナノ -





大人しく里に戻った二人は当然火影の元へと連行され、大人しくカカシの前に立っていた。

「へぇ〜…成程ねぇ…そういうこと」

相変わらず、というよりも以前よりも更に酷い眠たそうな片目を瞬かせながらカカシが頷く。
周囲にいた仲間たちも微妙な表情をしており、二人の話を信じ、受け入れるべきか受け入れないべきか判断しかねていた。

「で、でもカカシ先生!サソリは今の所誰も傷つけてないし、人傀儡だって作っていません!」
「そうは言ってもねぇ…一度死んだ人間の前科ってどうなんの?ややこしいなぁ〜…」

腕を組み悩むカカシに、シカマルも前例がないっすからね。と答える。
あるにはあるが、相手は風影だ。昔はともかく今は全うに職務をこなし信頼を得ている。引き合いに出すのは難しい。

「ていうかサクラちゃん趣味悪いってばよ…相手は元犯罪者だぜ?」

ナルトが顔を顰める理由は、サスケを選んだわけでも自分を選んだわけでもないということより、サクラが元とはいえ犯罪者に惚れた所にある。
幾らサクラといえどちょっとばかしその趣味は認められないと遠回しに揶揄すれば、サクラはむっと唇を尖らせた。

「何よっ。一回死んでんだから時効でしょ」
「お前さぁ…本当俺に対して辛辣だよなぁ…別にいいけどよ…」

サクラからの理不尽な扱いはそれ相応に受けているサソリである。恋人とはいえ流石に酷くねえかという気持ちもあったが、サクラは不器用なだけだと前向きに捉えるようにする。
何せ言葉では天邪鬼でもサクラはよくサソリが送ったものを身に着けている。それが何よりの答えだろう。

「まぁ一回サソリが死んでるのは事実だよね。それは覆しようもないし、今確認をとってるその一団ってのもすぐ見つかるでしょ」
「奴等に手を出すなよ?あいつらは俺を蘇らせただけでそれ以上のことはしてねえ。今も大人しく傀儡作ってるはずだぜ」
「あんたは黙ってろ」

サソリに対し辛辣なのはサクラよりもシカマルかもしれない。思いつつもサクラが横目で確認すれば、呆れたような視線とかち合った。
シカマルは既に火影の片腕として働いている。これが昔馴染みのサクラであったからまだその視線は優しいものの、もしサクラでなければもう少し冷めた眼差しを向けられたかもしれない。
忍としてそれなりの冷酷さをもちあわせているシカマルの視線に、サクラは耐え切れず目を逸らした。
そんなサクラたちの元に突如ノック音が響き、カカシが促せば伝令の忍が姿を現した。

「火影様、風影様がご到着いたしました」
「ん。ご苦労様。そんじゃ行こっか」

よいしょと立ち上がるカカシと、伝令の言葉にサクラが目を開けばカカシがやんわりと微笑む。
シカマルと違いそこに非難の色はなく、まぁいいからいいからとサクラとサソリの背を押す。

「よお我愛羅。久しぶりだな」
「ああ。元気そうだな、ナルト」

客室でくつろいでいたのは他でもない風影本人であり、その両隣には相変わらず姉兄が控えている。
だが三人の瞳はすぐさま登場した人物を凝視するように見開いた。

「…ほんっと木の葉の奴らって性格悪ぃーよな」
「はは…お、お久しぶりです…皆さん…」

居心地悪そうに頬を引きつらせるサクラと、忘れようがない男の顔。
あんぐりと口を開けたカンクロウは、震える指先を持ち上げサソリ?と呟いた。

「おいカンクロウ。てめえ人様に向かって指向けてんじゃねえよ」
「いや、え?!は?!ちょ、あんた死んだはずだろ?!なんで生きてんだよ!」

騒ぐカンクロウに常なら姉と弟からやかましいとツッコミが入るが、その二人でさえ二の句が次げないでいる。
これはこれで生き返った意味はあるかもな、とサソリがニヤニヤと頬を緩めていると後頭部を叩かれた。

「あんたもう少し自分の立場理解した方がいいっすよ」
「ったく、最近のガキはキレやすくていけねえや。カルシウムとれよカルシウム。牛乳とか、にぼしとか、健康にいいぜ?」
「うるせーよ」

軽口を叩くサソリにシカマルが嫌そうに顔を顰めれば、気を取り直した我愛羅とテマリがカカシへと向き直る。

「これが…この男の存在が今回話をしたいと言っていた件か」
「ま、そーいうこと。ごめんね、忙しいのに」
「いや…構わん。とにかく詳しい話を聞こう」

己を死に追いやった男の仲間と対峙したにも関わらず、相変わらず冷静な我愛羅にサソリはシカマルへと視線を移す。
その顔には明らかにあいつを見習えよと書かれており、シカマルは再度嫌そうに眉根を寄せた。
シカマルにとって暁に前向きな感情はない。己の師を殺し、ミライから父親を奪った男の仲間だ。嫌悪感は凄まじく、いっそ殺してやりたいと思うほどであった。
しかしそれをおくびにも出さず、シカマルはサソリの背をどつくように押し、着席させた。

「…というわけなんだけど」
「成程」

サクラとサソリから聞いた話も交えつつ我愛羅に説明する。その両隣で大人しく話を聞いていたテマリとカンクロウも同様に頷き、元とはいえ自里の人間であったサソリを見やった。

「で?あんたは何をしたいんだ?サソリ」

同じ傀儡師として、意思を引き継いだ者として、問いかけるカンクロウを誰も止めたりはしない。
傀儡師のことは傀儡師が一番よく理解することが出来る。そう判断した面々の思いを受け止めながら、カンクロウはサソリを見やった。

「別にどーもしねえよ。俺を生き返らせたのは後世に傀儡の作り方を教えるためだ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
「じゃあ何でサクラに近づいたんだ」

尋問というよりは些か甘く、けれど質問と呼ぶには殺伐している。
問いかけるカンクロウの瞳に迷いはない。

「何って…俺の最期を看取った、最期の相手がこいつだったからだ。どうなってるか知りてえって思うのは“人間”として当然の思いじゃねえのか?」
「質問に質問で返すな。お前にその権利はないじゃん」

サソリの挑発にも似た問いかけをあっさり跳ね除け、カンクロウはじゃあ、と続ける。

「今その一団と連絡は取っているのか」
「いや、今は単独行動だ。結構な人数だからな。大勢で動くのは好きじゃねえし、怪しまれる。初めは材料選びや傀儡のいろはを教えるために一緒に行動してたが、今は定期的に顔を出す程度だ」
「アジトがあるってことだな?」
「アジトっつーほど大したもんじゃねえがな。傀儡を作るための施設みてえな場所だ。別にやましいもんは作ってねえよ」
「でも毒薬は作ってんだろ」
「たりめーだ。だが俺は自力でそれを作れと言っている。俺がかつて作った奴はお前たちが保管してんだろ?流石に比率表を見ずに作れるほど俺の作る毒は単純じゃねえよ」

それを一番知っているのはお前自身だろう。とサソリに暗に問いかけられ、カンクロウは渋面を作る。
だがすぐさま気を取り直し、サソリへと次の質問を投げかけた。

「じゃあその作った傀儡はどこに流してる。流通経路はこちらも把握しているが、元が分からねえ。誰の力を借りている」
「そいつぁ言えねえな。つーか俺は知らねえ。ただヤバい奴じゃねえってのは分かんだろ。現に俺の作った傀儡も、一団が作った傀儡も砂隠に流れてる。お前が知らねえはずがねえ」

カンクロウの実力を買っているからか、一筋の疑いすら抱いていない瞳はサソリにしては真摯すぎる。
だがカンクロウとて素人ではない。元が何処からか分からない商品は信用するに値しないが、解体して見てもおかしな所は何一つない。
流れてくる傀儡全て各自で点検させているのだ。裏切りや誤魔化しがないとは言い切れなかったが、傀儡師は己の持つ傀儡に嘘をつくことはない。
自分の命ともいえる武器なのだ。それを偽るほど命知らずはいないはずだ。カンクロウは眉根を寄せ、閉口した。

「…カンクロウ」

我愛羅の促すような声にカンクロウは腕を組み、うーんと唸ってから我愛羅へと視線を移した。

「多分だが、サソリは嘘は言ってねえ。傀儡を流してる大元を知らねえっつーのは不用心すぎるが“技術を教えること”以上のことはしてねえみたいだ」
「その通りだぜ、カンクロウ。お前見た目によらず頭が切れるみてえじゃねえか」
「うるせーよっ」

笑うサソリにカンクロウは再度顔を顰めるが、それを遮るように今度は我愛羅が口を開く。

「現状砂隠に傀儡による被害は出ていない。お前が作った物を信用するには少しばかり情報が足りないが…お前に悪意がないことは認めてやろう」
「そいつぁ助かるぜ。もう人傀儡も興味ねえしな」

芸術とは永久の美だと豪語していた男にしては随分心変わりしたものだ。だがサクラは既にそれを知っている。
サソリにとって今は生きている物すべてが芸術であり美なのだ。あの頃とはもう何もかもが違う。底意地が悪いのは変わってはいないが、心のありようが違うのだ。
もうサソリは道を違えたりはしないだろう。

「…火影、これはあくまでも提案なんだが…」
「ん?」

カンクロウとサソリのやり取りを傍聴していたカカシに、我愛羅はあまり気乗りはしないんだが、と前置きしてから続ける。

「もしそちらに不都合がなければ、暫くの間サソリと春野サクラを砂隠に預けてはもらえないだろうか」
「あ?」
「え?!」
「はあああ?!」
「…はあ…そりゃ何でまた…」

サソリ、サクラ、ナルト、とそれぞれが反応を示した後に纏めるようにカカシが問いかける。
だが我愛羅は至って冷静な顔つきのまま説明を始める。

「この男が生き返り、傀儡のいろはを後世に伝えるために蘇ったということは分かった。これについて俺から言うことは何もない。管轄外だからだ」
「まぁだから俺がいるわけだけどよ」

隣で我愛羅の突飛な発言に疲れたように背を丸めるカンクロウに、我愛羅も軽く頷く。

「だが里の、仲間の命を守るのは俺の役目だ。もしサソリやその一団が作った傀儡が問題を起こすようであれば、俺はこの男を見逃すことは出来ない」
「まぁそうなるね」
「しかし話を聞けば春野サクラはこの男に懇意のようだし、恩義のある彼女に別れろというのも忍びない」
「俺は認めてねーけどな!」

ふんと顔を背けるナルトに軽く視線を投げた我愛羅ではあるが、すぐさまそれをカカシへと戻し話を続ける。

「このまま何も起こらなければ彼女を木の葉へと帰す。だがもしものことがあった場合、サソリが彼女を連れて逃亡する前にこちらで保護しておきたい」
「おいコラ。俺がそんなロマンのねえ逃亡するとでも思ってんのか、お坊ちゃんよ」
「うるせーぞサソリ」
「あんたは黙ってな、サソリ」

弟のことになると途端に視線が厳しくなる姉兄にサソリは面白くなさそうに口を噤む。だがそれ以上反論する気はもうないらしい。
それをカカシも見やった後、固まるサクラへと視線を移し不機嫌そうなナルトとシカマルへと続いて移動させた。

「うーん…その気持ちは分からなくもないんだけど…うちもこの子手離すとちと苦労するのよねぇ…」
「気持ちは分かる。彼女は優秀だ。別に生涯砂隠に身を置けと言っているわけではない。傀儡の保証が出来るまで、彼女に砂隠に滞在してほしいだけだ」
「…お前ら俺のこと信用する気ゼロな…」

渋るカカシと交渉に入る我愛羅、そして微妙な面持ちなサソリに挟まれたままのサクラが、ようやくあのぉ…と口を開いた。

「私別に砂隠に行くのは構わないんですけど、少し時間を貰ってもいいですか?」
「え?!サクラちゃん何言ってんの?!」

控えていたナルトが身を乗り出すが、サクラはだって、と特に気にした様子もなくナルトを振り仰ぐ。

「サソリが悪さしてないことが証明されればいいんでしょ?それに傀儡だって砂隠で作った方が面倒がないじゃない。余計なことするよりいいと思わない?」

サソリのことを微塵も疑っていない様子のサクラに対し、ナルトはえぇ、と肩を落としシカマルは後ろ頭を掻く。
その表情はやはり不機嫌さが滲み出ており、普段のシカマルのやる気のない顔からは程遠い。

「おいサクラ。お前もう少し冷静になれよな。こいつ暁だぞ」
「元、でしょ。もう人柱力を狙う必要もないし、人傀儡を作る気がないっていうならこの人単なる傀儡師よ?何が問題なの?」
「だから、いつまた犯罪者に戻るかも分からねえ奴と一緒にいる必要はねえだろ、って言ってんだよ」

サソリが再び犯罪者に戻らないという保証はどこにもない。もし人を殺したいという衝動に駆られたならば、真っ先に狙われるのはサクラなのではないかとシカマルは危惧していた。
だがサクラはそんなシカマルに対し何バカ言ってんのよ、と一蹴する。

「この人が私のこと殺すわけないじゃない。それに、もしまた犯罪に手を染めたら真っ先に私がぶん殴ってやるわよ」

にっこりと微笑みながら己の指を鳴らすサクラにサソリの体がぶるりと震える。
サソリとてサクラの怪力を知らないわけではない。むしろ一撃で体を分解させられた記憶は残っているのだ。生身で受ければどれほどのものか、想像できないほど馬鹿ではない。

「…ということだ。彼女もこう言っていることだし、のんでもらえると有難いのだが」

この件が片付けば彼女を砂隠に縛りつけておく必要もなくなる。のんびり調査する気もないし、どうだろうかと我愛羅が首を傾ければ、カカシはやれやれと頭を振った。

「まぁサクラももう子供じゃないし…いざとなったら必殺パンチで逃げ帰るなり、我愛羅くん頼るなりしなさいね?」
「はい!分かりました!」

どうやらこの件はこれで片付いたようだ、と軽く息をつく我愛羅の横で、ずっと控えていたテマリは心底面白くなさそうな顔をしているシカマルを見ていた。
まるで母親を取られた息子のような顔をしている。笑いだしそうになるのを必死に堪え、瞬間的に顔を背ければシカマルの目がテマリへと向いた。

何ッスか。
そう言わんばかりの目線に射抜かれ、テマリはやれやれと思う。仲間が心配なのはいいが、駄々を捏ねるのは格好良くない。
いざとなれば自分もいるし、最悪の場合はお前がその頭脳を使ってサソリを煮るなり焼くなり好きにすればいいのだ。それが出来る程度にはシカマルの顔も頭の良さも広がっている。
もっと自信を持ってどんと構えることだな、と口角を上げて見つめ返してやれば、シカマルは僅かに目を見張った後居心地悪そうに視線を逸らした。
どうやら伝わったらしい。先程とは違い不機嫌、というよりも拗ねた子供のような顔つきの男を視界に入れつつ、テマリは笑いそうになる口元を咳払いで誤魔化した。

「じゃあ私は仕事の引き継ぎに行ってきますんで!サソリは残念だけど暫くお留守番ね」
「俺ぁ犬じゃねえぞ」
「カカシ先生、こいつ牢屋にぶち込んでおこうぜ。屋根も飯もついてんじゃん」
「ナルト、お前いつからそんな怖い子になったの…」

サクラを取られて気に入らないのはこの男も一緒かとテマリが肩を震わせれば、流石の我愛羅も見かねて口を出した。

「ナルト、男の嫉妬は醜いぞ」
「うっせー!!」

わっ!と若干瞳を潤ませつつ叫ぶナルトに我愛羅は肩を竦め、カンクロウは苦笑いし、カカシはやれやれと長い吐息を吐きだした。
当の本人であるサソリは面倒なことになったなーと思いつつものんびりと空を眺め、久しく赴いていないかつての故郷に思いを馳せていた。

そんな面々ではあるが、その翌日には我愛羅たちと共にサクラは木の葉を発った。
サソリは牢屋にぶち込まれることはなかったが、客人を迎え入れるような部屋は与えられなかった。だがそんなこと大して気にするような男でもないためダメージは皆無だ。
悔しそうにあ歯噛みするナルトや不安そうな仲間たちの視線を受けながら、サクラたちは木の葉の大門を後にしたのだった。


***


「ほーらーっ!いいから行くわよ!いつまで渋ってんのよ意気地なし!!」
「うるっせーなぁあああ!ほっとけよ!!」

まるで母と子のようだ。思いつつもテマリは砂隠に来てから一月たった、客人二人を見つめていた。

「もう!何をそんなにビビってんのよ!チヨバア様のお墓参りぐらいちゃんとしなさいよバカっ!」
「別にいいだろ!あんなちっぽけな墓にチヨバアはもういねえんだよ!だったら行っても意味ねえじゃなねえか!」
「だったら行ってもいいじゃない!ちょっと手を合わせるだけでいいんだから、いい加減腹括りなさいっ!」
「意味分かんねえ!俺は絶対に行かねえからな!!」

喚く二人の声をこれ以上聞くのは堪えられない。気が長い方でも短い方でもないテマリである。幾ら客人と言えど耳に煩いやり取りは好ましくない。
いい加減鉄扇で一発決めてやろうかと思ったところで、サクラの拳が先に唸った。

「しゃーんなろーっ!!」
「おぐっ?!!」

あー…やっぱりこうなるか。
思うテマリの前でサソリは力なく体を折り、サクラがその首根っこを掴みあげた。

「ごめんなさいテマリさん。行きましょ!」
「ああ…そうだな…」

流石に男一人を担ぐのは重いのか、引きずるように歩くサクラを見かねてテマリはカンクロウを呼び出す。
運よく室内勤務であったカンクロウは黒蟻に気絶したサソリを押し込むと、三人は揃ってチヨの墓へと足を運んだ。

「お久しぶりです、チヨバア様…」

砂漠の砂に汚れた墓石に手を這わせ、字面をなぞるサクラの横顔は落ち着いている。
そして移動の最中に目を覚ましたサソリは結局膨れっ面のまま黒蟻の中で腕を組み、近寄ってくる気配はない。

「おいサソリ。あんたいつまで駄々こねてんだよ。格好悪ぃじゃん」
「うるせー…女に気絶させられて運び出されて、俺のプライドはズタズタだぜ…」

膨れる理由は無理やり墓参りに連れ出されたことではなく、サクラに気絶させられた所にあるらしい。
子供みたいな人だとカンクロウが鼻で笑ったところで、サクラが二人に、というよりもサソリに対し振り返る。

「サソリ、私チヨバア様に言うからね」
「…何を?」
「さあ?つか俺が知るわけねーじゃん」

首を傾けるサソリとカンクロウを余所に、サクラは手を合わせた後すうと大きく息を吸い込むと、チヨバア様、と今は亡きチヨに向かって語りかける。

「私、サソリのことが好きになっちゃいました」
「え」
「お」
「は?」

目を丸くする面々を確認することなく、サクラは淡々と続けていく。

「正直、最初はちょっと抵抗がありました。自分が倒した相手となんて…でも、チヨバア様が大切にした人だし、意外と接してみれば捻くれてるだけで思ったより優しい人だし、気付いたら惹かれてました」
「…ちょいと正直すぎんじゃあねえの。お前」

不満を口にしつつ、それでもサソリはようやく黒蟻の中から足を踏み出す。
カンクロウはテマリと目を合わせ、静かにその場を後にする。

「チヨバア様…私、今でもやっぱり沢山へま踏んじゃうし、勉強もまだまだ足りないですけど、この人と、サソリといたいなぁ、と思います」
「………」
「不器用な人だし、意地っ張りだし、口は悪いし、捻くれてるけど…私、彼を好きになってよかったなって思います。苦労することもいっぱいあると思います。喧嘩もするし、意地の張り合いもしちゃいますけど、傍にいます。私が、ずっと傍にいます」

そう言ってからサクラは立ち上がると、半歩後ろにいたサソリへと視線を向ける。

「私、サソリが好き」
「………チッ…卑怯だぜ…」

乱暴に後ろ頭を掻くサソリをサクラが穏やかに見つめれば、サソリはもごもごと口を動かした後、観念したようにチヨの墓の前に立った。

「チヨバア!俺ぁもう間違わねえよ!こいつがいるからな!悔しいからって化けてでんなよ!追い返すからな!」
「何よそれっ」

思わず吹き出すサクラにうるせーと返しつつ、サソリはサクラの手を引っ掴むとその手を強く握りしめる。
傀儡の手ではない、生身の、けれど不自由な手で。

「今度はちゃんと皺くちゃの爺になるまで生きてから死ぬぜ。だからそれまでは大人しく待ってろよ」
「…また来ますね、チヨバア様」

サクラのその言葉を合図に、サソリは照れたように顔を歪めながら踵を返し、サクラもそれに続く。
物言わぬ墓は最後まで沈黙を保っていたが、隠れて耳を立てていた二人の姉兄は顔を見合わせ微笑んだ。

近々傀儡の流通ルートが露わになる。サソリを蘇らせたという一団も今は砂隠に身を置いており、彼らが危ない薬を作ったり、傀儡に細工していないことも実証済みだ。
もしこの先サクラとサソリが実を結んだとしても、きっと自分たちは二人から幸せを奪うことはないだろう。何せ不器用な男はどこまでも不器用なのだ。
未だ手しか繋いだことがないという二人は初々しく、けれどいつかはこの地に新しい芽を咲かすだろう。

何せ砂漠には咲かない花が来たのだ。いつかきっと彼女は大輪の華を咲かせ、この地を見守る母になるだろう。


end



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