小説2
- ナノ -





「そんで?お二人さんはどーいうご関係で?」

草団子を口にしながら面倒臭そうな面持ちで尋ねてくるシカマルにただの知り合いよ、とサクラは返す。
だがそれにしたって距離が近すぎではないかといのが茶化せば、テンテンもそうよねぇ、と追い打ちをかけてくる。

「幾らサクラが男の人と免疫があっても、ちょっとパーソナルスペース近すぎじゃない?」
「ちょっといの!私が尻軽みたいに言わないで!」

サソリとて忍の男女比率の違いは知っているし、殆どの場合が男と組まざるを得ないことを知っている。
しかし事実付き合っている女性の周りに普段から男の姿があるのは楽しくない。何せ会えない時間の方が多いのだ。
少なからずそういう言い方をしてくということは、高確率で疑われているということだ。どこまで誤魔化すことが出来るか、骨が折れるなとサソリは茶を啜る。

「春野さんの名誉のためにも口を挟まさせていただきますけど、彼女と僕はただの顔馴染みですよ。僕の商品をよく彼女が購入してくれる。そのお礼に僕が旅の出来事を話す。ただそれだけです」

多少苦しい言い訳ではあったが、別に嘘ではない。
事実サソリはあちこち放浪し、傀儡を作り、それを世に流してはまた別の地へと放浪する。その際見聞きしたり体験したことをサクラに話すのはいつものことだ。
いざとなれば幾つかの話を持ち出せばいい。大概のことはサクラも知っている。それぐらいの意思疎通は二人の間で既に出来るようになっていた。

「ふぅ〜ん?でもさでもさー、じゃあ何で二人してこんな所にいたわけ?話なら別にどこでもいいんじゃねえの?」

疑うナルトにサクラは睨みを利かせる。だがサソリはニコリと微笑むと、そんなの当然じゃないですかと答える。

「幾ら夏が過ぎたとはいえ外はまだ暑いですし、炎天下の中彼女を放りだすわけにはいきません。それにいつも僕の商品を購入してくれて、しかも話まで聞いて下さる彼女に礼をしたいと思うのは普通のことではないですか?」
「ま、それはそうだよな。実際木の葉暑ぃーし」
「クゥン…」

頷くキバと赤丸にサソリはでしょう?と返す。だがすぐさまでもよぉと続ける。

「まだこんな日も高ぇうちからアフターケア?すんの?他の商売人たちはまだ風呂敷広げたままだぜ?あんただけ休憩、ってのも別にいいが、人の目ってもんがあんじゃねえの?」

キバにしては珍しく遠回しに、かつさりげなく探りを入れてくる。
ナルトよりは上出来だと内心でいのが褒めた所でサクラが勘違いしないでよ、と口を挟む。

「今日は私が非番だったからちょっと長居しちゃったのよ。それを彼が気遣ってこのお店に連れてきてくれただけ。変な深読みしないでよ」

元はと言えば私のせいなんだから、と言って男を庇うサクラの言葉におかしな所はない。
これで諦めてくれればいいんだけど…とサクラが不安を抱いたところで事件は起きた。

「危ねぇサクラちゃん!」
「え?!」

突如ナルトの腕がサクラを強く抱きとめ、床に押し倒す。全身に伝わる衝撃に思わず顔を顰めたが、すぐさま目を開く。

「…おいおい…木の葉にもだいぶ性格悪いのがいるみてえだな…」

サクラの隣に座していたサソリの手にはクナイが握られており、それは飛んできた幾つもの忍具を弾いていた。

「てめえ…!やっぱり忍か!」

やはり仕組まれていたらしい。サクラが立ち上がろうと腕に力を込めるが、すぐさまそれはナルトによって阻止される。

「サクラちゃん!もう大丈夫だかんな!俺がぜってーサクラちゃんのこと守るから!」
「はあ?!あんた何言ってんの?!」

驚くサクラを尻目に、突如頭上でクナイ同士が激しい鍔迫り合いをする音がする。
慌てて顔を上げればサソリとシカマルがクナイを交わしており、周囲の仲間も臨戦態勢を取っている。
不味いと思うよりも早く、サソリは己の腰に下げていたホルダーに手を伸ばす。

「ったくよぉ…俺ぁもう手荒い真似はしたくないんだぜ?これでもしがない旅商人なんでな」
「よく言うぜ。だったら何でこうも簡単にこれだけの忍具が弾き返せたんだ?ああ?」

シカマルとサソリの後方にはあちこちにクナイやら手裏剣やらの忍具が突き刺さっている。
サクラたちの後方にいた客は既に状況を何となく把握しているのか、それぞれが武器を手にしサソリたちを窺っている。まさしく多勢に無勢。
幾らサソリといえど今は片腕が使えない。それに蘇ってからもまともな戦闘は避け、ずっと旅商人として過ごしてきたのだ。この人数を相手に立ち回るのは無謀すぎる。
一体どうするのかとサクラがナルトの腕の中で不安げにサソリを見つめれば、それに気づいたサソリが不敵に口の端を上げた。

「ま、俺ぁ戦うのは嫌いじゃあねえが…生憎気分が乗らねえんでな。三十六計逃げるにしかず、ここは退かせてもらうぜ!」
「っ?!」

片腕が不自由とはいえ全く動かないわけではない。傀儡を扱えないというだけで普段の生活や傀儡の作成には問題なく動くのだ。
それを見誤ったのか、シカマル達の目の前で爆発させた煙幕は見事に周囲に広がり、目くらましの役割を存分に発揮した。
その際瞬間的に目を瞑ったナルトの腕からサクラをひったくるように奪い返すと、サソリは驚くサクラをそのまま横抱きにし、煙幕の中を突っ切った。

「ゲホッ、ゲホゲホッ!おいナルトォ!サクラ手離してねえだろうなぁ!!」

叫ぶシカマルにナルトがあーっ!と叫び声を上げる。あのナルトが、まさかである。
咳き込みつつ内心でこのバカ!とシカマルが叫んでいれば、ナルトも咳き込みつつ煙幕の中を駆け出し店外へと転がり出る。

「おいコラてめーっ!!サクラちゃんを離しやがれ!!」

バタバタとナルトが駆けて行く音を耳にしながらシカマルは急いで周囲に指示を飛ばす。
風がないため煙幕はそう容易く引いてはくれない。怪我人の確認や周囲の混乱する声を捌きながらシカマルは他の皆の背を押し、ナルト達を追うよう指示を飛ばした。

「あーあ…何でこういうことになっちまうかなぁ…」
「もーっ!折角内緒にしてたのにーっ!!」

駆け抜けるサソリの腕の中でサクラが文句を垂れるが仕方がない。忍界は情報が命だ。遅かれ早かれこうなっていただろうことは予想出来ていたため、サソリはそう驚いてはいなかった。
しかし思ったよりやってくれる。と伝っていた屋根を折り、門の手前まで来たところで、やはりというか何と言うか。いち早く情報が伝わっていたであろうその場所に驚くべき人物が立ちはだかっていた。

「サクラを離せ!サソリ!」
「つ、綱手様ぁあ?!」

そこに立っていたのは他でもない、サクラの師であり前火影である綱手その人であった。
勿論その傍らにはシズネも立っており、車いすに座ってはいるがガイもいる。これは益々面倒なことになったと更に青ざめるサクラを余所に、サソリはおい。とサクラに声をかける。

「今両手が塞がってからよ、腰の、左から二番目のホルダー開けてくれねえか?」
「え?に、二番目?」

腰に下げられたホルダーのベルトを回し、手が届くようになったところで急ぎ指定された場所を開ける。
そこには巻物が入っており、取り出せば紐を解けと指示される。

「チッ…やはり止まる気は無いか…」

依然止まる気配を見せないサソリに綱手が舌打ちし、地面を割ってでも足を止めようと拳を振り上げた時だった。

「綱手様!」
「傀儡?!」

シズネの声に顔を上げ、反射的に退いた綱手の前には一体の傀儡が立っている。
糸が切れたように無気力な傀儡ではあるが、サソリがくいと指を一本上げれば突然顔を上げ綱手を認識する。

「安心しな!ちょいとばかし痺れるだけだぜ!」
「なっ?!貴様っ!」

言うが早いか動くが早いか、綱手が叫ぶよりも早く傀儡の口内からは神経ガスが排出され綱手は後ずさる。

「シズネ…!」
「はい!」

すぐさま神経ガスから逃げるように地面に転がった綱手ではあるが、僅かに肌がヒリヒリと刺すような刺激を受けている。
死に至ることはないにしろやはり強力な物であることに違いない。既に里外へと出てしまったサソリをシズネが追い、綱手も後続に声をかけようとしたところではたと我に返る。

「ガイ!ガイ、無事か?!」

そう言えば自分も何か力になれば、と自力で駆けつけたガイが共にいたはずだと綱手が声を張り上げれば、充満するガスの向こう。
対面側から綱手様ぁ〜…といつになく弱気な声がする。
もしや毒にやられたのかと綱手が慌てて立ち上がり駆けつければ、ガイはこともあろうか、車いすごと地面に倒れ、その下敷きになっていた。

「…やはりまだ早かったな。ガイ」
「む、無念…」

満足に体が動かないガイは車いすを蹴飛ばすことさえ叶わなかったらしい。力なく手足を動かす様に綱手は吐息を吐きだし、ガイを助け起こした。
丁度その頃にはナルトが二人の姿をハッキリと認識しており、バアちゃーん!と叫びながら駆けつけてくる。

「サクラちゃんは?!」
「里外だ!シズネが既に追っている!お前たちも心して追跡しろ!!」
「了解だってばよ!」
「行くぜ赤丸!」
「ワン!」
「私も力になるね…白眼!」
「もーっ!あんのバカーっ!!本当世話が焼けるんだからーっ!!」
「まぁまぁ、いの落ち着いて」

続々とサクラたちを追いかける面々に綱手が吐息を零したところで、ガイ先生ーっ!と涙に濡れる声がする。

「だ、大丈夫ですかガイ先生?!」
「何でこんなところに先生がいるんですか?!まだ動いちゃダメでしょーっ?!」
「め、面目ない…」

生徒であるリーとテンテンに心配されるガイは役立たずで終わった自分に自信がなくなったのか、すっかり凹みきっており哀愁が漂っている。
この二人にはサクラよりもガイのアフターケアを任せるかと綱手は腰に手を当て、空を仰いだ。
今頃煙幕が上がっている場所ではシカマルが事態収拾に勤めているはずだ。頼りになる男がいてよかったと綱手は痺れる肌を風に晒した。



一方絶賛逃亡中の二人はあちらこちらに仕掛けられていたトラップを身軽に交わしていた。

「おいおいおいおい。幾らなんでも用心が過ぎるんじゃあねえの?っと、危ねえ」
「お、可笑しいわね…いつもならこんなにトラップなんて張られてない、の、にっ!しゃーんなろーっ!!」

飛んでくる忍具に丸太、起爆札に毒ガス。
演習に使われる場所とはいえ、幾らなんでもトラップが張られすぎだと顔を顰めるサソリは飛んできた幾多の弓矢も全て弾き落とした。
そしてサクラも除夜の鐘つきかと突っ込みたくなるほどに順を追って襲ってくる丸太を全てかち割り、ただの木屑へと還していた。

「ていうか!私これもしかしなくても抜け忍みたいなことになってない?!」
「おーっ、駆け落ちってやつだな。いいじゃねえか。ロマンティックで」
「バカ言わないでよ!私そんなつもりないんだからねーっ?!」

叫ぶサクラの脳裏には、友の顔や両親の顔、職場の先輩や後輩、己の師や教師たち、そしてサソリに貰った気に入りの品などが浮かんでいた。
サソリに言えば品物などまた買えばいいと言われるだろうが、友や親はそうはいかない。そのどれをも捨てる覚悟を持っていないのに、駆け落ちなど出来るはずがなかった。

(そりゃあいつまでも内緒に出来るとは思ってはいなかったけどさあ!これは幾らなんでも急すぎるわよ!)

とはいえ頭に血が上った仲間を相手にするのは骨が折れる。少しばかり風に当たって頭でも冷やしてくれればいいが、と思っていたところで見慣れた黒髪を見つけ目を開く。

「サスケくん?!」
「あ?」

サソリの幾らかトーンの落ちた声を耳にしながらも、サクラが急停止すれば後方で男が振り返る。
それは暫く旅に出ると木の葉を出て行った、サスケであった。

「サクラか…何してんだ?」

任務か?と問いかけようとしたサスケだが、すぐさまその傍らに立つ男に目を細める。
変装でもしていたのか、染めているように見える黒髪は元の髪色と思わしき赤髪と交ざり妙な頭髪になっている。サスケの訝しむ視線に気づいたサソリは、もう取り繕う必要もねえかと化粧を袖で拭った。

「流石に髪は洗わなきゃ落ちねえか…ま、もうだいぶ落ちてるけどな」
「あ、本当。変な頭ーっ」

あはは、と笑うサクラの能天気さにサスケは友人なのか?と首を傾けたが、すぐさま聞こえ始めてきた慌ただしい声に視線を流した。

「待てコラーっ!」
「あ!ナルトくん!二人を見つけたよ!」
「ワンワン!」
「あ?赤丸がサスケ的な奴の匂いがする、つってるぜ」
「本当に?!サスケくんもいるの?!」
「いの、落ち着いて。ね?」
「ちょっと皆!相手は暁なのよ!油断しない!」

やはり追いつかれたか。まぁしょうがない。とサソリは肩を竦める。何せ足跡のようにトラップを打破した後がそこかしこに落ちているのだ。
以前のように入念な罠が仕掛けられない今、それはしょうがないことだと諦めていた。

「サクラァ、あいつらの頭全然冷えてねえみたいだな。どうする?」
「どうするもこうするも…ちゃんと順を追って話すわよ」

観念したように深い溜息を零すサクラを横に、サスケは依然飄々とした態度を崩さぬサソリへと視線を移す。
見たことのない顔だ。サクラの友人と考えるにはあまりにも木の葉の面々が殺気立っているので、その線は考えにくい。
人攫いにしてはサクラから逃げる気配は感じられないし、むしろ一緒に駆けていた。では一体何なのだろうか。
首を傾けるサスケの背後で、ようやくナルトたちの声がハッキリと聞こえた。

「あ!ようやく見つけたってばよ!ってサスケェ?!」
「何で驚いてんだよ!さっき俺と赤丸が言ってだろ!」
「ワン!」
「ウスラトンカチ…」

呆れるサスケの前に憤然としたナルトが歩み寄り、観念したサクラは追々辿りついてきた面々を見つめ両手を上げた。

「えーと、とりあえず、皆落ち着いた?」

へらりと誤魔化すように笑うサクラに対し、ナルトやサスケ、姉弟子であるシズネが口を開くよりも早くいのが口を開いた。

「こんのバカっ!!!」

大地を揺るがすかのようなその怒声に男たちは身を竦ませ、流石のサソリも片目を瞑り耳に手を当てている。
サスケに至っては過去最高の顰め面をしており、サクラは大人しくすみません…と頭を下げた。
こうして大勢の人間を巻き込んだ逃走劇は幕を下ろし、二人は再び木の葉へと戻るのであった。




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