小説2
- ナノ -





シカマルが紅宅を後にしたのは少しばかり日が傾きはじめた頃だった。
日々健やかに育つミライは父と母の特徴を見事に引き継いでおり、今はもう見ることが叶わない師を彷彿させる。
それが嬉しいような少し寂しいような、何とも言えない感情を抱きつつもシカマルは火影邸へと足を向けていた。
その脳内は既に仕事へとシフトチェンジしており、数時間前にあったナルトとリーのことが気がかりで仕方なかった。

(あいつら他言無用つったけど、無理だろうなぁー…あー、やっぱり言うんじゃなかった…面倒くせぇ)

口にすることはなくなったが、それでも内心面倒臭いと思うことは多い。ガリガリと後ろ首を掻きつつ職場である火影邸へと辿り着けば、そのまま火影室へと突き進む。

「火影様、入りますよ」
「はいはい、どーぞ」

綱手がカカシに火影を譲ってからそう日は立っていない。
いつも以上に疲れた顔をしたカカシは机上に重ねられた書類の内の数枚を手にしており、シカマルが入室したのを横目で確認してから判に手を伸ばした。

「ミライ、どうだった?」
「元気いっぱいっすよ。わんぱくつーのはああいうのを言うんでしょうね」
「ふふふ、そう。そいつはよかった」

書類に判を押しつつ、やんわりと笑うカカシもアスマの子を気にかけていた。けれど火影に就任してからは職務が忙しく、ミライのことについては殆どシカマルに任せきりになっている。
ミライの件もカカシに報告したい気持ちはあったが、シカマルはそれよりもサクラとナルト達のことが気になっていたので、そちらの報告を先に始めた。

「…ふぅん。成程。サクラがねぇ…」
「それでナルト達には釘を刺しておいたんですが…あまり期待は出来そうにないかと」
「まーね。ナルトはサクラのことになるとねぇ…」

これ以上仕事を増やさないでくれ、と言わんばかりの態度で頭を抱えるカカシにシカマルも同感です。と肩を落とす。
幾人かで隊を組み、サソリについて調査しに行くつもりではあった。だが今はまだカカシの火影就任から日が立っておらず、猫の手も借りたいほどに忙しい。
そんな中人員を削り、調査だけでなくナルト達の監視をする余裕はない。どうしたものかと腕を組むカカシとシカマルの元に快活な声が響き渡った。

「その話、私が引き受けよう!」
「つ、綱手様…」

ドドン、と自慢の胸を張り、意気込む綱手に二人は面倒な人に話を聞かれたと冷や汗を掻く。
その傍らに控えているシズネは止めたんですが…と二人に視線で訴えており、綱手が梃子でも動かぬ様子を伝えてくる。
これは益々面倒なことになりそうだと密かに顔を潜めるシカマルを目敏く見つけた綱手ではあるが、それについては言及せずに現火影であるカカシへと詰め寄っていく。

「どうだカカシ。ここは私に任せてみないか?」
「…あの、お気持ちは嬉しいんですけど…流石に綱手様にそこまでして頂くわけには…」

やんわりと綱手の申し出を断ろうとするカカシではあったが、綱手は構わん!と瞳を輝かせ前のめりになる。
大事な弟子のことが気になるのだろう。幾らサクラが実力をつけても弟子は弟子だ。一人の忍としても女としても弟子としても、サクラを大切にしている綱手からしてみれば他の忍に任せることはできないのだろう。
何度も面倒な人である。

「それに動いてるのはナルト達だろう?あいつらもそれなりに成長したとはいえまだ子供だ。何かあってからでは困る」
「まぁ…それはそうですが…」

己も火影であったからこそ後処理の大変さを知っている。書類に埋もれる嫌気も、気苦労も知っているからこそ綱手は先回りが必要なのだと説く。
その言葉にはカカシも頷けるところはあるにはあったが、それ以上に不安が息づいていた。
だが元とはいえ火影だった綱手にそれ以上渋ることは出来ず、カカシはそれを承諾した。今から先のことをアレコレ心配していても仕方がない。カカシは腹を括るとサクラたちのことを綱手に任せ、己は再び書類との格闘に戻った。

「綱手様、あんまり無茶しないでくださいよ」
「そうっすよ。もう現役じゃないんですから」
「分かっている!お前たちもしつこいな。派手に暴れようなどとは思っておらん。安心しろ」

安心しろという割にはその瞳は輝いている。だからこそ不安なのだとシズネもシカマルも思ったが、これ以上言えば機嫌を損ねてしまうだろう。
歳を食えば人は我儘になるとは言うが、綱手も案外それに当てはまっていると思う。シカマルは思いつつもそれを口にすることはなく、遅くはなったが残りの職務を片づけるため二人と別れた。


一方ナルト達は日が暮れてからいつものメンバーを集め作戦会議を行っていた。

「…ふぅん?でもサクラが今更僕たちを裏切るとは思えないんだけどなぁ…」
「そうよ。だってあのサクラよ?そんな簡単に敵の言いなりになるはずないじゃない!」

首を傾けるサイと、それに便乗しナルトを糾弾するいの。だがナルトはそれを暴くために自分たちは行動するのだと説く。

「そりゃ俺だってさ、サクラちゃんが操られてたり、言いなりになってるとは思わねえよ?でももしものことがあってからじゃ遅いんじゃねえの?って言ってるわけだよ」
「そうです!今ならまだ敵は一人!サクラさんを助けるなら今しかないんです!」

意気込むナルトとリーの熱意は凄まじく、思わずその場にいたキバとシノは顔を見合わせる。

「いや、でもよー。もし本当にただの商人だったらどーすんだ?シカマルを疑うわけじゃねえけど、何か特殊な道具でできたタコとかなら文句は言えねえぜ?」
「キバの言う通りだ。一般人に危害を加えた場合木の葉の信用が落ちる。なぜなら、忍に依頼をかけるのは一般人だからだ」
「そりゃあまぁ…そうだけどよ…」
「だからそれを先に調べる必要があるんじゃないの?」

キバとシノの言葉にナルトが口籠れば、まるで助け船を出すかのようにテンテンが口を開く。
疑うこと自体は悪くはないが、何の情報もなしに商人を問い詰めるわけにもいかない。テンテンの諭すような、それでいて分かりやすいフォローに皆は頷いた。

「ではまず少数部隊に別れ情報を集めること、ですね」
「そうね。それから商人が何者なのか、一般人なのか忍なのか。忍ならばどこの里の出身で何を目的にサクラに近寄ったのか。それを突き止める必要があるわ」

伊達に長年組んでいるだけあり、リーとテンテンの意思疎通は早い。
ナルトもそれに意義を唱える必要性は見出せず、急がば回れだとそれに従った。

「それではまずサクラさんを探しましょう!」
「商人とはもう別れているはずだから、商人を探すのは顔を知ってるナルトかリーが動いてよね」
「え?」

至極当然と言わんばかりにナルトとリーのどちらかに商人を探すよう指示を出したテンテンではあるが、当の本人たちは揃って目を丸くしテンテンを振り返る。
それには流石にテンテンも目を丸くし、固まった。

「…もしかして…あんたたち顔見てないの?」

訝しむ視線と、地の底から這うような低い声でいのが二人に問いかける。自分たちを呼び出し、あまつさえこんな計画を立てておきながら相手の顔を知らない。
そんなことまかり通るわけがないだろうと二人に投げかければ、二人は顔を青くし大量の汗をかきだした。

「そ、そーいえばぁー…見たよーな、見てないよーな…」
「く、黒髪で、あんまりパッとした印象がないような顔だったような気もしないでもないような…」

しどろもどろに言葉を紡ぐ二人に対し、サイは呆れた吐息を吐きだし、いのは拳を握った。

「あんたたちね!やるならやるでちゃんとしなさいよ!ずぶの素人じゃないんだから、何年忍やってんのよ!!」
「わ、悪かったってばよ!」
「すみませぇ〜ん!!」

怒髪天を衝く、を体現するかの如く怒るいのをどうどうと収めつつ、テンテンはどうしたものかと頭を抱える。
とりあえずサクラの元へと向かうのが先決だ。可能性によっては明日もその商人と会うかもしれない。今はそれに賭けようと皆を諭した。

「んじゃまぁ、俺たちは目立つから今日は帰るぜ」
「虫が必要なら呼んでくれ。力は貸す」
「わ、私は皆を手伝うね…白眼が役に立てばいいんだけど…」

シノの虫は使い道はありそうではあったが、キバと赤丸はそうはいかない。追跡には向いていても里内の人間をつけるにはあまりにも目立ちすぎる。
それにあまり大勢で動いてもしょうがない。今日はひとまずサクラの動向を伺い、商人の動きを把握することが大事だと二人はその場を後にした。

「そんじゃあ!サクラちゃん護衛作戦開始だってばよ!!」
「オーッ!」

燃える二人の男に対し、周りはやれやれと吐息を零す。だがそれでも皆にとってサクラはやはり大事な仲間の一人である。忍び寄る魔の手からは当然ながら守りたい。
特にサイといのはサクラに対し思い入れは強く、クールな体面を装いつつも内心では燃えていた。

「サイくん。もし私が暴走しそうになったら止めてね」
「うん。でも無理しないでね。いのはサクラと違って怪力じゃないんだから」

何だかんだ言ってサクラが心配なのである。いのの真剣な横顔を見つめながらサイは口の端を緩めた。
だがその日サクラは既に自宅へと戻っており、商人と思わしき男の姿も里内に見つけることは出来なかった。既に宿に戻っていたのだろう。
ならばまずは基盤となる情報源を手に入れるべきだと火影邸へと足を運び、シカマルからサソリと思わしき人物の目撃情報について詳しい話を聞きに行った。

「つってもまだ確証が持てるわけじゃねえ。あくまでも可能性だってことを忘れんなよ?」
「分かってるってば!」
「勿論です!」

夕飯というには質素な、握り飯を頬張るシカマルの言葉に頷き皆資料を読み漁る。
それは五里だけではなく、小国、小里、それぞれからも幾つか届いていた。そしてそのどれもが相手が男であること、そして片腕が不自由なことが明記されていた。

「見た目も名前も職業もてんでバラバラ…だけど片腕が不自由なことだけは一致してるわね」
「理由は別でも、片腕だけが不自由っていうのは引っかかるね」

思案するいのとサイの横では、ヒナタが頭を抱えるナルトを諌めていた。

「あーっ!もう考えるの面倒くせえってばよ!こうなりゃ罠でも張って、捕まえて、本人から聞きだしたほうが早ぇんじゃねえの?」
「そ、それはダメだよナルトくん…!もしその人が本当に商人さんだったらもう木の葉には来ないかもしれないし、利用してる人が困るかもしれないし…ね?」
「まぁでも実際木の葉で幾つか商品売り上げてるのは事実みたいね。大方日用品みたいだけど」

旅商人たちの台帳の控えを捲るテンテンの言葉にリーもみたいですね、と頷く。
男が売っていたのは木材や竹を利用した日用工芸品で、売れ行きはまぁまぁだ。時には茶器なども売っているし、簡単な玩具もそれなりに売っている。
パッと見そう疑うような種類の商人ではない。この手の商人は何処に行っても多い。これは本当にただの商人なのではないかという気配が漂う中、別の書類に目を通していたいのがあれ?と声を上げた。

「ねぇ…これってサクラが持ってた物と一緒じゃない?」

そう言っていのが皆の前に差し出したのは一枚の書類。
それは砂隠から送られてきた目撃情報であったが、その内の一枚に軽いデッサンが描かれていた。それはかつてチヨが使用していたぜんまい仕掛けの鳥と瓜二つの鳥であった。

「あ。そういえば…俺その鳥見たことあるってばよ」
「本当に?!」

砂隠の報告書にはチヨが使用していた鳥と、目撃された鳥との特徴の違いが明記されていた。
しかし読み進めたナルトはチヨの物ではない方を指差し、多分こっちだってばよと漏らす。

「それっていつのことだよ」

元々の職務を片手間に、それなりに会話を聞いていたシカマルがナルトに問いかける。
だがナルトは正確な時期は分からないがと視線を上にあげ、物覚えがいい方ではない脳みそをフル稼働させた。

「う〜ん…多分なんだけどよぉ、確かサクラちゃんと一緒にちょっと里外にお使いに行った時だと思う」
「うんうん。それで?」

促すテンテンにナルトは顎に手を当て、徐々に記憶を掘り起こしていく。

「そん時は確か天気があんまりよくなくて、ちょっち肌寒くて、何かサクラちゃんと一緒にそんな話をしてた記憶はあるんだよなー。そんでもって、カカシ先生に頼まれたお使いに行こうと門を出て、ちょっとした所でこの鳥がサクラちゃんの所に飛んできたんだよな」
「サクラめがけて飛んできたの?」

問いかけるいのにナルトはいいやと首を振る。サクラめがけて、というより、サクラの手の中に戻ってくるという感じだったそうだ。

「俺気になってさ、その鳥何なの?って聞いたら、サクラちゃん自分のだ。って答えたから、俺ってばサクラちゃんも玩具で遊んだりすんだなーって微笑ましー気持ちになったんだってばよ」

ナルトの話にそれぞれ目を合わせ、つまり、とサイがまとめに入る。

「この謎の商人とサクラは品物を購入したのがキッカケで知り合った、っていう可能性が高いってことだよね」
「今の所そうなるわね」
「そしてこの商人は砂隠の、しかもチヨ様が使用していた鳥を見たことがある可能性も高いってことだよね」
「そうよねぇ…幾ら何でもここまでデザインが被ることなんてないわよね、普通」
「つまり、この商人は砂隠の出身である可能性が高いってことだよね。風の国じゃなくて」

そこまでサイがまとめた所で、シカマルがそういやぁ、と何やらゴソゴソと引きだしを漁り始める。
机上にあった数枚の書類が床に落ちたがそれに構うことなく、シカマルは目当ての物を引き抜くとそれをナルト達に向かって見せた。

「カンクロウから貰ったもんだ。傀儡部隊が使用する伝達用の鳥たちだ。名前と性格、見た目、特徴を明記してる。飛んできた時に傀儡部隊からだと分かるように、ってな」
「へぇー。そんなもんあるんだな」

シカマルから書類を受け取り、それを眺める一同。傀儡部隊は昔から生き物の鳥を使うより、チャクラを一定量込めた鳥を伝書に使うケースが多いらしい。
勿論時には通常の伝書鳩や口寄せ動物たちを使う場合もある。だが殆どの場合は各自所有している紛い物の鳥を利用していた。

「…ということは、」
「やっぱり」
「赤砂のサソリ、である可能性が高いわけだ。残念なことにな」

床に落ちた書類を拾いつつ結論付けるシカマルに、ナルトがやっぱり!と声をあげる。だがシカマルはけどなぁ、と渋る姿も見せる。

「赤砂のサソリは一度死んでる。誰かが穢土転生させたっつー報告もねえし、蘇生の術なんてそうそう存在しねえ。あるとすればチヨ様が風影を蘇らせて奴が一番有力だが、あれは砂隠で禁術になってる。持ち出すのは不可能だ」
「あー…そっかぁ…」

結局正確な情報ではないということだ。
だが男が赤砂のサソリではないにしろ砂隠出身で、傀儡部隊に深く関与した可能性がある人物だということは分かった。
やはりただの商人ではなく忍だったのだ。例え現役でなくとも過去忍具を扱っていればタコだって出来る。皆が納得している中突如ナルトがあ、と声を上げた。

「なぁなぁシカマル。このサソリの目撃情報が出た位から、砂隠から抜け忍のリストとか送られてきてねえの?」
「あ?ああ…一応調べたけどな。傀儡部隊に所属していた奴が抜けた情報はなかったぜ」

もしかしたら元傀儡部隊が抜け忍になったのかもしれない、と予想したナルトは見事に裏切られた。
しかしシカマルの事だからそんなことはとっくに調べていただろうという気持ちも強かったので、大して落胆することはなかった。

「結局、自分たちの目で見て確認するしかないってことね」

徒労に終わった作業にいのが吐息を吐きだしたところでこの場は一度解散となり、また明日改めて二人を観察しようと結論が出た。


そして翌日、当の本人たちは今日ものんびりと甘味屋でデートを満喫していた。

「しっかしまぁ、木の葉っつーのは平和なもんだよなぁ。こんだけ俺が入り浸ってるのに妙な顔一つしねえ」
「あんたがパッとしない顔してるからでしょ」

木の葉の穏やかな風情をサソリが揶揄すれば、それをサクラが辛辣な言葉でバッサリと切り捨てる。
何だかんだ言ってサソリは変装が上手い。話術も巧みだし、年の功からか思ったより考えも柔軟で争いごとを起こすこともない。それなりに信用されている商人なのだとサクラは知っている。

(ま、でも流石にそろそろヤバいだろ…最近妙に視線が増えてきた。情報が各里に出回ってる可能性も高い。そろそろ潮時か…)

のんびりとした姿を装いつつも、サソリはそろそろ他里に身を潜めるかと算段を立てる。最近妙に人の目が鋭くなってきた。追っ手をつけられるのも時間の問題である。
この際暫く会いに来るのも控えようかと苦肉の策を見出していた所で、サクラがねえ、と話しかけてくる。

「サソリはさ、その…砂隠には顔を出したの?」
「あ?あー…まぁ、一度だけな」

元々サソリは砂隠の人間である。血縁者でもあったチヨの墓もそこにある。エビゾウは未だ存命とはいえ、あまり調子はよくないらしい。
最近では砂隠に任務で訪れることも減ったサクラからしてみれば、チヨの墓参りにサソリも連れて行きたかった。

「でもすぐに別の地へ移ったよ。やっぱりあそこにいるのは性に合わねえ」

例えあの砂漠の地が己の生まれ育った場所であっても、いい思い出よりも苦い思い出の方があまりにも多い。
親を亡くし、友を亡くし、祖母との間に埋めることのできなかった溝が生まれ、そのままにして姿を消した土地。サソリにとって砂漠とは、そういう息苦しさを感じる土地だった。

「だからあんまり帰りたいとは思わねえよ。チヨバアの墓だって、そこにチヨバアの魂が実際眠ってるわけじゃねえ」
「それは…そうだけど…」

故人を悼むのは勝手だ。感傷に浸るのも、自己を反省するのも自由にすればいい。だがサソリはそれを強要するなとサクラに釘を刺しておく。

「あそこにチヨバアはいねえ。墓は死者のために残されるんじゃねえ、残された者のためにあるんだ。それが分かっててわざわざ足を運んだりはしねえよ、俺は」
「それは…そうかもしれないけど…」

サクラとてサソリの言い分は分からなくもない。だがそれでも一言ぐらいかけてやってほしいと思うのは勝手だろうか。
勇気を出して口にした提案はいとも容易く断られ、もう少し考えてくれてもいいではないか、という気持ちもあるにはあったが、何となく断られる気もしていた。
やはり諦めるしかないかと吐息を吐きだせば、流石のサソリもバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。

「まぁ…でもよ。別にチヨバアのことを忘れたわけじゃあねえよ。不本意だけどな」

不器用ながらも自分を励まそうとしている。サクラの心を折るような発言をしたのもサソリではあったが、それを救うのもまたサソリだ。
何だかそれが妙に可笑しく、サクラは思わず吹き出してしまった。

「うん…そうだね。ゴメン。無理強いするつもりはなかったんだ。でもそうだよね。あのお墓の下にチヨバア様はもういない。きっと風になって、私たちのことをずっと見守ってくれてると思う」
「ケッ、調子のいい女だなぁ、お前ぇはよ」

揶揄しつつもサソリの声音は思ったより優しい。不器用だけれど意外と優しい男にサクラは頬を緩め、ありがとうと微笑んだ。
だがそんなサクラに応と答えつつも、サソリの意識は他方へと向いていた。

(見られてんな…誰だ?しかも複数…バレたか?)

最近向けられていた幾つかの視線より遥かに数が増えたそれ。居心地の悪さにサソリは当然ながら気づいていた。
だが木の葉の忍と顔見知りでない以上、誰がサソリの正体に気付いているかは分からない。これ以上この場にいるのは得策ではないと考えたサソリはサクラの腕を突き、そろそろ出ようぜと声をかける。

「何よ。もう出るの?」
「ああ。食ってばっかだと太るしな」

サソリの言い分にサクラは目を吊り上げるが、甘味は既に完食している。そう長居する必要もない。
場合によってはこのまま傀儡に使う材料を手に入れ木の葉を去るべきかもしれない。元々明日にでもこの地を去る腹積もりでいた。サクラも今日までしかまともに顔を合わせることが出来ない。
ならばそれが多少前倒しになろうと問題はないだろうと伝票を手にしたところでサソリは僅かに目を開いた。視線の先には必死に顔を見られまいと俯くド派手な金髪がある。
それは一度しか目にしたことはないが、それでもしかと記憶に残っていた。

(ありゃあ確か九尾の人柱力だ。つーことは囲まれてる可能性が高いな…もっと早くにここを去るべきだったか…)

かつて暁に所属していた頃、パートナーが相手をすると豪語した金髪頭。その男がこの店にいる。
つまりこの店にいるすべての客がサソリの敵である可能性もあるというわけだ。下手な動きは出来ない。サソリはすぐさまサクラに目配せし、それを確認しようとしたが時すでに遅し。
サクラの前には二人の女性が立っていた。

「やっほーサクラ!もしかして、デ・エ・トォ〜?」
「お邪魔しちゃってごめんねー!」

本当に悪いとは思っていないのだろう。
女たちの人の悪い発言と笑みにサソリの頬が僅かに引きつるが、それ以上にサクラの顔は青ざめている。
ああ、そういえば俺とのことは誰にも話してないって言ってたか。そうサソリが思い出すよりも早くサソリの肩に手が置かれ、再度椅子に腰かけるよう促される。

「まーちっと話をしようじゃねえの。俺今日非番だからよぉ」
「そうそう。ようやくサクラに春が来たかもしれねえもんな〜。な、赤丸!」
「ワン!」
「恋バナは得意ではない…なぜなら、自分の話ではないからだ」
「ご、ごめんねサクラちゃん…ちょうど皆ここで集まる約束してたから…」
「サクラちゃん誘おうと思ってたけど先にいるんだもんな〜!やっぱりこれって運命?!な、サクラちゃん!」

揃いも揃って嘘ばかりつきやがって。
流石のサクラとてそう思わずにはいられなかったが、サソリの隣にシカマルが腰かけ、サクラの隣にナルトが座る。
そして二人を囲むようにぞろぞろと同期が席に着き、完全に二人は包囲されてしまった。

(うわぁ…マジで?)
(こりゃ一筋縄じゃいかねえな。ちょいとばかし木の葉を舐めてたな。俺ぁ)

視線で会話する二人ではあったが、突然逃げ出すのも得策ではない。
サソリはしょうがないかとシカマルに促されるまま茶を追加し、サクラも好物のあんみつのおかわりを注文した。




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