小説2
- ナノ -





それからというもの、時折サソリは木の葉に顔を出した。黒髪に冴えない顔つきの青年として、名を偽り里に入る。
傀儡に使用できそうな材料を探してはあちらこちらをフラフラと歩き回り、サクラと顔を合わせては食事を共にする。サスケとはまた違った理由で旅をするサソリの話は興味深く、いつしかサクラはそれを楽しみにしていた。
そしてぜんまい仕掛けの鳥もその頃には完成しており、多少の距離は問題なく飛ぶほど改良されていた。傍目からは作り物だと判断しづらいその鳥は、時にサクラの元に飛ばされサソリが木の葉に行く旨を伝えてくる。

「そんでこれがこの前言ってた岩隠の伝統工芸品だ」
「わぁ、綺麗!本当に貰ってもいいの?」
「ああ。別に俺にとっちゃ必要のねえ物だしな」

岩隠は岩ばかりが目につく里ではあるが、その中から鉱石が取れることもある。そしてそれらを磨き、削ることで宝石と並ぶ程の見事な工芸品を産み出していた。
サソリがサクラに手渡したのはその工芸品の一つで、エメラルドグリーンの鉱石が美しく輝くバレッタであった。普段髪を結ぶことの少ないサクラではあるが、時にはそれを纏める時がある。髪ゴムとは違い、華々しく輝くそれにサクラの瞳もまた輝く。
少女のような大人の女のような。輝く瞳は子供のように純粋でありつつ、それを手に取り眺める姿は女の表情である。サソリはそのギャップに思わず胸が高鳴るが、頭を掻くことでそれを誤魔化した。

「ねえ、つけてもいい?」
「好きにしろよ。もうお前のものなんだからよ」
「うん!」

ポケットから髪ゴムを取り出し、軽く纏めてからエメラルドグリーンの宝石が輝くバレッタでそれを留める。

「どう?似合う?」

個室に隔てられた小料理屋の一室で、サクラはくるりと後ろを向く。
部屋の照明に負けじと輝く鉱石はサクラの瞳より更に深いグリーン。けれど薄紅の髪と喧嘩することなく、互いの色を引き立たせるようなそれにサソリは数度瞬いた。
岩隠に訪れそれを手にした際、サソリは瞬間それを身に着けたサクラを思い浮かべた。だが想像よりも遥かに輝かしく己の目に移る女の姿に、サソリは思わず言葉を失っていた。

「…もしかして似合わない?」

いつまでも何も言わないサソリにサクラが眉根を寄せる。それに気づいたサソリは内心慌てつつ、けれど傍目から見れば落ち着いた様子でいいやと首を横に振る。
他の女とは違う、宝石のせいだけでなく輝いて見えるその姿に、サソリはマジかよ…と視線を僅かに反らす。けれど疼く男心も、こうして何度もサクラと連絡をやり取りするのも浅からず思っているところがあるからだ。
サソリはもう既に自分の気持ちが戻れない所にまで来ていることに気付き、改めてサクラを見つめた。

「なぁ小娘」
「何よ」

再び食事を突いていたサクラに対し、サソリは気まずそうに咳払いする。妙に畏まった雰囲気を醸し出すサソリにサクラは首を傾け、再度どうかしたのかと問いかける。

「あー…いや、そのだな…」
「何よー。ハッキリしないわねぇ」

折角美味しいお料理とお酒が不味くなっちゃうじゃない。
サクラの詰るような言葉にサソリは口籠るが、すぐさまあのよ、と続ける。

「てめーあれだ。そのー…今付き合ってる野郎とかいんのか」
「…別にいないけど…」

サソリにしては珍しい問いかけだった。サソリはあまりサクラのプライベートに関する質問はしない。珍しいこともあるものだと思いつつもサクラが素直にいないと答えれば、サソリはそうかよと自分に言い聞かせるように頷く。
一体どういう風の吹き回しなのか。何かその手のことで相談でもしたかったのだろうか。そんな他人事のような面持ちで酒を嗜んでいると、サソリがこれまた珍しくサクラの名を呼んだ。
それには流石のサクラも酒を飲むのを止め、いつになく落ち着きのないサソリを見つめた。

「あー…その、だからだな」
「な、何よ…」

漂う雰囲気にサクラはもしや、と思う。何だかんだ言って告白された経験は多いサクラだ。何となく男の忙しない態度でそれが読み取れる。
だがいつもはどう断ろうかと考えるのに、この時ばかりは続きを素直に待っていた。

「お、お前が、だな…」
「う、うん」

こういうことには慣れていないのだろう。いつもの流暢に言葉を運ぶ姿は何処に言ったのか。まるで初めてお使いに来た幼子のように言葉を探すサソリにサクラは内心で早く、と急かしていた。

「あー!くそっ、上手く言えねえ!」

ガシガシと後ろ頭を乱暴に掻くサソリの頬はほんのりと色づいており、その珍しく素直な姿に思わず笑いそうになる。
だがそれをぐっと堪えサソリの言葉を大人しく待っていれば、いっそ吹っ切れたかのようにサソリがサクラをまっすぐと見据え居住まいを正した。

「まどろっこしいのは好きじゃねえ。もうこの際正直に言うぞ」
「うん」

サクラも自分の頬に熱が昇っているのが分かる。
だがサソリがそれをからかうこともなければ、サクラもまたサソリの色づいた頬を揶揄する気にはなれなかった。
もうその頃には互いに対する敵対心も警戒心もなく、純粋な想いが芽生えていた。

「サクラ、てめーが好きだ。俺と付き合え」
「…折角の告白なのに、てめーって言われると傷つくわ」
「わ、我儘言うんじゃねえよ!答えは“うん”か“はい”の二択だバカ!」

ここで素直に頷いてもよかったが、やはり少なからず思っている男に“てめー”と言われるのは嬉しくない。
皮肉も込めてサクラが揶揄すれば、焦ったかのように言い淀むサソリが机を叩きつつ返事を促してくる。だがその二択が両方肯定しかないことに気づき、思わず吹き出した。

「もー、何よ。“うん”か“はい”って、結局意味一緒じゃない」
「うるせーなぁ。いいから答えろよ」

まだどことなく恥ずかしそうなサソリが常より幼く、可愛らしく見える。サクラはしょうがないわねぇ、と思いつつも自身の答えは決まっていた。

「いいわよ。付き合ってあげる」
「…んだよ、てめーだって上目線じゃねぇか」

サクラ同様僅かに不満げなサソリにサクラはふふふっ、と笑ってから腕を組む。そして普段のサソリを真似た得意げな表情を作り、男を見つめた。

「だってしょーがないでしょ?あんたみたいな男に付き合えるの、きっと世界中探しても私しかいないんだから」
「…うるせーよ」

笑うサクラにサソリは気まずそうに視線を逸らすが、すぐにそれを戻しサクラの瞳をじっと見つめ返す。

「答えは“はい”でいいんだな?」
「うん。いいわよ」

穏やかに目を細め、サソリに向かって微笑むサクラの机上に置かれた手をサソリは握りしめる。
傀儡の時では分からなかった人のぬくもり、肌の柔らかさに胸がいっぱいになりながら、サソリはぎゅっと唇を噛みしめた。

「これからは…傀儡作ってからあれだけどよ、その…もっと…逢いに来る」
「うん。しょうがないから待っててあげる」

サソリの今にも泣きだしそうな表情を見返しながら、重ねられた手に手を重ねる。
そしてぎゅっと握りしめれば、その手は緊張からか指先は冷えていた。けれどその奥に迸る熱を確かに感じることが出来る。もうサソリは傀儡ではない。
ちゃんと人の血が通い、生きていることをしっかりと伝えてくる。その暖かい手を握り返しながら、サクラはゆっくりと口元に笑みを広げていった。
穏やかで、それでいてあたたかな愛情が溢れるその笑みにサソリはただ見惚れ、指先まで痺れるような想いに益々胸がいっぱいになったのだった。


それからというもの、文通の頻度は上がった。サソリは名を偽りつつも傀儡を作り続け、それらは砂隠で再び主流となり始めている。
一度でいいから職人の顔を見てみたい。そんな風評も遠い木の葉に住まうサクラの耳にも入ってきている。
今では傀儡部隊を率いるカンクロウもサソリの作品に目を通しており、仕掛けの構造から細部に至る部品まで精密に作られたそれらに素晴らしいと絶賛していた。だがそれと同時にその作品はどれも“赤砂のサソリ”が作った作品と酷似しているとも口にしていた。

「“でもサソリが作るにしては捻てないから、サソリの作品を研究した職人が作ってるんじゃないか”ってカンクロウさん言ってたわよ」
「誰が捻くれた野郎だよ、あのクソガキ」

恋仲になってから益々沢山の表情を見せるようになった男の、それこそ子供のように拗ねた表情を見つめながらサクラは微笑む。
サソリが商人と偽り里に来ることは多くなり、その度にサクラと落ちあい時間を共にした。今も二人はとある甘味屋で並びあって話をしている。
だがそんな二人を遠くから見つめる人物がコソコソと物陰で動き、声を潜め話し合っていた。

「おいゲジマユ!押すなっつーの!サクラちゃんが見えねえじゃねーか!」
「ですがナルトくん!僕からしてみればサクラさんよりも相手の男性の方が気になります!勿論サクラさんの態度や反応も気になりますが、確認すべきは男の方です!」
「あーもう分かってるってばよ!だから押すなっつーの!」

甘味屋のすぐ傍で、里の英雄と呼ばれる男とその友人が不審な態度を見せている。
里の人間からしてみれば正直声をかけるかどうか悩む姿ではあったが、皆素知らぬ顔して通り過ぎていく。雰囲気的にかかわると面倒だと察したのだろう。そんな賢明な判断を下す皆を余所に、二人はじっとサクラたちを見つめていた。
そして幾らサクラと二人で居ても、サソリとて忍の端くれである。蘇った身とはいえ長年の勘は衰えてはおらず、コソコソと自分たちを観察している二人のことには気がついていた。

(だがなぁ…今俺変装してるし…バレてねえならそれはそれでいいよな。こいつを面倒事に巻き込むわけにもいかねえし)

好物のあんみつを突きながら、この間の休日は何処に行ったとかどの本を読んだとか、楽しげに話すサクラの表情を曇らせることはしたくない。
このまま無視していても問題ないだろうと自身も最後の団子に手を伸ばしたが、直前にサクラ、と誰かがサクラに声をかけてきた。

「あれ、シカマルじゃない。こんな所で何やってんのよ」
「あー…俺は色々な。つーかお前こそ…」

サクラの前に立っていたのはシカマルだった。その手には持ち帰り用の小包が掲げられており、サクラはもしやと頬を緩める。

「何々ー?もしかしてサボりー?」
「うるせー。違ぇよ。これはミライん所に持って行く分だ」
「何だ。そうなの」

シカマルと直接顔を合わせたことがないサソリではあるが、それでもシカマルの名や功績は耳にしている。
大戦の最中、ブレインを務めたことも調査済みである。自身のことがばれなければいいがと団子を咀嚼していたが、案の定シカマルの視線がサソリへと移る。

「サクラ、この人は?」
「え?あ、あー、世界中を旅してる商人さんなの!前品物を買った時に世界の色んなお話聞かせてもらって、こっちに来た時にはまた新しいお話を聞かせてもらってるのよ」
「ふぅーん。成程ねぇ」

どこか訝しむシカマルに対し、サソリは外行き用の柔和な笑みを張り付けどうもと会釈する。
昔のように笠を被っているわけではないので顔は丸見えだが、変装はしている。それに商人なのだから隠す方がおかしい。サソリは飄々とした顔を崩さぬままシカマルに席を勧めた。

「春野さんのご友人でしょう?一緒にどうですか?」
「いえ、自分はまだ職務が残ってますんで。ご遠慮します」

サソリの予想通りシカマルは申し出を断る。だがサソリはあたかも残念そうに苦笑いし、そうですかと頷いた。

「…まぁ、あんま羽目外しすぎんなよ」
「分かってるわよ。じゃあね、シカマル」
「ああ、またな」

シカマルはサクラと軽口を交わした後、サソリにそんじゃあと会釈し店を出ていく。サクラは内心ほっとしたが、サソリは残りの団子を何の気なしに口に含む。
その表情には緊張感も焦りもなく、サクラは思わず男の丸くなった頬を指先で突いた。

「ふぁふぃふんふぁふぉ」
「何かその余裕の顔がむかつくー」
「ふっふぇー」

団子を飲み込んでいないからか、もごもごと通じぬ言葉を漏らすサソリにサクラはふふふと笑う。
一方店を出たシカマルは、物陰から二人を観察していたナルトとリーに掴まっていた。

「おいシカマル!サクラちゃんの隣にいたやつ誰だったんだよ!」
「ああ?何だよ面倒くせぇなぁ…んなもん自分で確認しに行きゃいいだろうが」
「そういうわけにはいかないんですよ!サクラさん最近警戒心強いから、僕たちじゃ迂闊に近づけないんです!」

それはひとえに二人がしつこくサクラの周りを嗅ぎまわっているからなのだが、当の本人たちはばれているという自覚がないらしい。
シカマルは面倒臭ぇことに巻き込まれたな。とは思いつつも、サクラの隣に座していた黒髪のパッとしない男を脳裏に浮かべた。

「サクラが言うには旅商人らしいぜ。会う度に世界の話を聞かせてもらってるんだと」
「ふぅーん?あのおっさんだか兄ちゃんだから分かんねえ奴が?」
「そうなんですか…でも旅商人にしては記憶に残らなそうな顔してますよね…」
「そりゃお前らの方がインパクトでかいからだ」

忍とは思えないド派手な金髪に、見た目は黒と緑の保護色だが顔面のインパクトが強い二人と一緒にされては一般人も困るというものだ。
呆れるシカマルに二人は自分たちは普通だと言い張り、シカマルははいはいとそれを受け流した。

「つか、俺だって何も引っかからなかったわけじゃねえよ」
「と言いますと?」

シカマルは男の無害そうな顔を思い出しながら、軽く手を掲げた。

「男の手。さっき一緒にどうですか、って席を勧められたんだが、あの手は商人の手なんかじゃねえ。詳しくは分からねえが、職人のような手だった」
「自分で作ったもん売ってるってことじゃねえのかよ」
「そうですよ。自分から世界を旅して、そこで見つけた色んなもので作品を作ってるとかじゃないんですか?」

首を傾ける二人に、シカマルはそれだけじゃねえよと呆れた表情をしてから告げる。

「お前たちの言ってることも分かるが、大体職人つーのは自分が決めた材料で、同じ所からそれを獲ってくるもんだ。例え世界を旅しながら材料を変えて物を作っているにしても、職人の手に忍具を扱う際必ず出来るタコが出来るはずねえだろ?」
「え、それってばマジかよ?!」
「クナイとか手裏剣とか使う時に出来る奴ですか?」

シカマルが男に席を勧められた時、ちらりと目にしたその指には分かり辛いがタコが出来ていた。ただの職人であるならばそのようなものは出来ないはずである。
だからアレは何処かの忍だろうとシカマルは考察していた。

「何の目的があって木の葉に来てサクラと通じてるのかは分からねえ。サクラが何を考えてるのかも分からねえから、現状だけじゃ何とも言えねえな」
「サクラちゃんのことだから気づいてるとは思うんだけどよ…」
「もしかしたら弱みを握られてイヤイヤ一緒にいる可能性もあるということですよね?」

悩むナルトと焦るリーに、シカマルは落ち着けよ、と後ろ首を掻きつつ言葉を濁す。あまり声を大にして言えないが、シカマルの元に気になる情報が入っていた。
それを二人に告げるにはあまりにもリスクが大きすぎる気もしたが、二人も昔ほど幼くはない。多少の情報は与えてやるべきかと友人の顔を見つめる。

「いいか。これはまだ出回ってねえ情報だが…」
「おう」
「はい」

声を潜めるシカマルに倣い、二人も身を屈め声を潜める。
通行人は三人の姿に軽く視線を投げたが、やはり素知らぬふりをして通り過ぎる。今はそれが有難かった。

「“暁”にいた“赤砂のサソリ”に酷似した人物が随所で目撃されている。とはいっても元々素顔が公開されていなかったから眉唾もんだが…サクラは風影奪還の際サソリと対戦してる」

火影の補佐官として数々の書類とにらめっこをしているシカマルの元には、日々沢山の情報が入ってくる。
その中でも最近頻繁に各所から送られてくるものの中にこの件があり、シカマルはそのうち隊を編成し調査に出なければと考えていた。
何せ相手は元とはいえ暁である。何を仕出かすか分からない。事が大きくなる前に先手を打つべきだと画策するシカマルに、突如リーが声を上げた。

「あ!そういえば僕もカンクロウくんから話を聞いたことがあります。烏、黒蟻、山椒魚を作った有名な傀儡師で、他にも幾つか作品を所有してるって…でももういないって聞いてましたよ?」
「だからだよ。こっちにもサクラと砂隠からの報告書が残ってる。そこにはちゃんとサソリの最期まで書かれてんだ。チヨ様の弔い時にも話を聞いてるしな」
「じゃあ誰かがそのサソリっつー奴を穢土転生させた可能性があるってことか?」

死者を蘇生させる術など、チヨが行った禁術以外では穢土転生ぐらいしか今の所発見されていない。
だがそれには大蛇丸やカブトといった手順を正確に知っている忍がいなければ到底行えるものでもないし、そもそも必要なものが多すぎる。
果たしてそこまでしてサソリという人物を蘇らせる必要がどこにあるのか。まだ不明な点が多かった。

「とにかく、今はサクラだけが手がかりだ。あんま変に突いて刺激すんじゃねえぞ」
「…分かったってばよ」
「了解です」

シカマルの手前頷いたものの、ナルトとリーは同時に視線を合わせ頷いた。
自分たちの手でサクラを守ろう。
互いの瞳から通じる意識に二人は口の端を上げ、密かにやる気を燃やす。流石にシカマルもそれには気づいていたが、これ以上の面倒事は御免だと気付かぬふりをし立ち上がる。

「とにかく、このことは他言無用だからな」
「分かってるってばよ!」
「僕たちに任せて下さい!」

先程までの狼狽えていた姿はどこへ行ったのか。
今ではすっかりやる気に満ち溢れた二人にだから心配なんだよ。とは言えず、シカマルはじゃあなと片手を上げ踵を返した。

(だが一応何人か忍ばせておくか…こいつら何するか分かんねえし。面倒くせえなぁ…)

だがシカマルの懸念は見事的中することになる。
ナルトとリーは早速その場から離れるや否や、仲間たちの元に走り他言無用と言われたはずの情報をさらりとばらしていくのであった。




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