小説2
- ナノ -


続く道




いらっしゃいませー。
カラン、と涼やかな音を響かせながら開いた喫茶店の奥、二人はようやく休憩できると空いていた席に腰を下ろす。

「だーっ…やっぱ夏は嫌いじゃん…木の葉みたいに鬱陶しくはねえけど、外に出てると地獄だぜ…」
「全くだ。汗が出るのも嫌だけど、何より日差しが嫌だね。外套なくして砂漠には出れないね」

肌に纏わりつく砂を落としつつ、テマリとカンクロウは軽食と共にドリンクを頼む。
手早く運ばれてきたソーダ水は鮮やかな彩りで二人の目を楽しませ、上がってくる気泡はぷくぷくと愛らしい。
氷が傾く涼しい音を心地よく思いながらも二人はそれを一気に半分ほど飲み干した。

「カーッ!生き返るじゃん!」
「くーっ…この痺れる感じ…やっぱ夏は炭酸が美味いねぇ」

傍から聞けば歳より臭い発言ではあるが、大概皆同じ言葉を発するのが常だ。わざわざ指摘することでもない。
二人は運ばれた軽食に手を合わせ、空いた腹を満たすように無言でそれらを平らげていく。だがその内外の景色が重くなり、おやと思った頃にはポツポツと窓を雫が叩きだした。
恵みの雨だ。

「この後どーせ報告書書いたら非番だろ?ちょっとゆっくりして行こうぜ」
「そうだな。最近忙しかったしなー」

二人の姉弟はのんびり店内のBGMに耳を傾けていたが、すぐさまそう言えばよぉ、とカンクロウが口を開く。

「この間我愛羅と久しぶりに飯食いに行ったんだぜ。何年ぶりだろうなぁ、アイツと一緒にレジ並んだの」
「はは!よかったじゃないか。アレか?私が任務に出てた時か?」
「そうそう。サクラも仕事でさ、俺たち二人だったから飯どうしようか。ってなって、我愛羅も作りたくなかったんだろうな。食いに行くぞ、って言ってさー。でも財布持たねえのアイツ」
「あはははは!お前に驕らせる気満々じゃないか」
「そうなんだよ!まぁ驕ってやったけどな!俺兄ちゃんだからよ」

文句を言いつつもカンクロウの頬はだらしなく緩んでいる。だがテマリはそれを指摘することもからかうこともなくソーダに口をつける。
二人にとって我愛羅は残された肉親であり、守るべき里長でもある。初めはこれほどまでに打ち解けてはいなかったが、今では互いの横腹を突きあうことが出来る程度には和解していた。

「でもよぉ、我愛羅が変わったのってナルトのおかげだけどよ、最近はサクラとちょっと似てきたよな」
「ああ…笑うタイミングとかだろ?あんまり我愛羅は派手に笑ったりしないけど、ふって吹き出す瞬間似てるよな」

我愛羅とサクラが付き合いだして数年、そろそろ籍でも入れるんじゃないかと予想している二人の脳裏には可愛い弟と義妹の姿が浮かんでいる。
ナルトと出会い、ぶつかり、理解しあってから他人を受け入れるようになった我愛羅ではあるが、サクラと触れ合い愛し合うことで随分と柔らかな印象を醸し出すようになってきた。
サクラのようによく笑ったりはしないが、それでも纏う雰囲気は穏やかになり、無機質だった眼差しも感情を乗せるようになってきた。
何を考えているのか分からない。クールだ。冷静沈着。冷酷無慈悲。なんて言われていたのが懐かしいほどに、今の我愛羅は穏やかに頬や目元を緩める。本当に優しい顔をするようになったと思う。

「まぁサクラがよく笑う子だからな」
「俺もそう思うじゃん。何がそんなに楽しいのか、聞きたくなるぐらいサクラってすぐ笑うよな」

仕事中はキリっとした引き締った表情を見せるサクラではあるが、プライベートな時間は本当によく笑う。
愛想笑いではなく、心から誰かと接するのが楽しいと言わんばかりに頬を緩めるのだ。黙っていればクールな印象を受ける彼女ではあるが、一度笑うとその印象は崩れ去る。
大輪の華でさえ負けてしまうような、鮮やかで華やかな笑顔を見せるのだ。

「そりゃーあんな顔で“我愛羅くん、我愛羅くん”って呼ばれたらさしもの我愛羅もデレるわ」
「デレるっていうより照れる、っていう感じだよな。しどろもどろっていうか、ふふ…思い出しても可愛いねぇ、あの二人は」

我愛羅が一人の女性に恋をした、というのも衝撃的な事実ではあったが、まさかその相手がサクラだとは思わなかった。
しかももう既に付き合っていると聞いた時は二人して卒倒しそうになったものだが、いざその様子を見てみるとなんてことはない。二人は何とも微笑ましいカップルだった。

「まさか…我愛羅が…くくっ…ただの“あーん”位であんなに照れるとは思わなかったじゃん…!」

机に突っ伏しプルプルと肩を震わせ笑いを堪えるカンクロウに、テマリも思わず吹き出す。

「そ、そうだったな…アレは本当に…可愛いかったなぁ…!あははは!!」

バシバシと膝を叩いて笑うテマリとカンクロウは、先日我愛羅とサクラのデート現場を目撃していた。
他国で今人気を誇っている、なんとかっと言うアイスクリーム屋さんが砂隠に期間限定で訪れていたのだ。勿論テマリとカンクロウも興味はあったが、忙しくて足を運べずにいた。
そんな中、平日の昼間、任務帰りの二人の視界の端に見慣れた茜色と薄紅を見つけた。声をかけようかと近寄ったところでそれは起こったのだ。

『我愛羅くんそれ美味しい?』
『ん?あぁ…』

日陰にいたとはいえ、アイスの表面は既に溶けはじめている。小さなスプーンでそれを掬う我愛羅に向かい、サクラはちょっと頂戴と瞳を輝かせた。
それは何てことのない、恋人同士であればよく見るシチュエーションだ。思わず二人は顔を見合わせ、気配を消して二人の姿を物陰から窺った。

『分かった。ではもう一つスプーンを貰って来よう』

流石に己の唾液がついたものを使わせるわけにはいかないと思ったのだろう。我愛羅が席を立とうとしたところで、サクラが先に私のをあげるねと自身のアイスを掬った。
その時点で既に我愛羅のキャパシティーオーバーだったのだろう。キョトンとする我愛羅に向かってサクラははい。とアイスを向ける。
何の悪意も悪戯心もない、彼女のいつもと変わらぬ瞳は我愛羅をまっすぐと見つめている。しかしその手にあるスプーンは先程まで彼女が口にしていたものだ。
思わずゴクリと我愛羅の喉が動いたのを二人は見逃さなかった。

「あの時『あ、我愛羅も男なんだな〜…』って俺親父みたいなこと思っちまったよ」
「私もだ。思わず『行け!男を見せろ!』とか応援してしまったよ」

だが我愛羅は結局自分から動くことは出来ず、最終的にサクラから何してんのよ!溶けるでしょ?!と怒られつつスプーンをねじ込まれていた。
我愛羅の喉はすぐさま上下運動を繰り返したが、多分味など分からなかっただろう。
何せこれも美味しいでしょ?と尋ねてきたサクラに対し、うんと頷いた我愛羅の耳は背後から見ても真っ赤に染まっていたのだから、あれはもう緊張と煩悩とでまともに味覚が働いていなかったはずだと思う。

初心なのかむっつりなのか、判断しづらい弟である。

「あとアレな、我愛羅が正装した時の奴な」
「あーアレ。アレはサクラの天然だろう」

カンクロウが言っているのは去年の春のことだ。その年一年の豊作と安寧を願い、風の神様に向かって祈祷する日がある。
その際風影は忍の長としての衣装ではなく、伝統行事としての由緒正しき正装をすることになる。
今年も例年に盛れず我愛羅はその衣装に袖を通したのだが、初めてそれを目にしたサクラは瞳を輝かせ、思わず我愛羅の姿を写真に収めたのだ。

「我愛羅って写真撮られるの嫌いで、昔はしょっちゅう『撮るな。消すぞ』って怒ってたのによぉ、サクラから『ダメ?』って言われた瞬間膝から崩れ落ちたよな」
「衣装に皺が寄る、って座るのも嫌そうな顔してたのにな。もう皺どころの話じゃなかったよな、アレ」

結局その後常より赤い顔で祭壇に昇る我愛羅の姿に皆が首を傾けたのは言うまでもない。
何せ寸前までサクラが我愛羅くん格好いい、格好いいとべた褒めしていたのだ。多分頭がパンクしたに違いないと二人は結論付けている。

「でもサクラからの影響も強いけど、我愛羅もサクラに対して影響力あると思わないか?」
「あー、何となく分かるじゃん。拗ねた時の対応が似てきたよな」

何だかんだ言ってラブラブな二人ではあるが、やはり喧嘩する時がある。
勿論話し合いで解決できればいいが、一度こじれれば上手くいかない。誰かと言い争いにあると我愛羅はまず席を外す。そうして一人で気持ちを整理してから相手と話し合うのだ。
サクラは初めそんな我愛羅に対し『逃げんなしゃーんなろー!』と叫んでいたが、最近ではサクラも同時に席を外すようになった。
一体何をしているのかとテマリが心配して覗いてみれば、彼女は我愛羅の部屋でサボテンを前に膝を抱えていたのだ。

『…私悪くないもん…でも喧嘩しちゃった…嫌われたかなぁ…やだなぁ。私もあなたたちみたいに、可愛い、って思われたいなぁ…でも私ってすぐ手が出ちゃうし、怒ると口が悪くなっちゃうし…本当可愛くない女…』

呟きながらしゅんと背を丸め、膝を抱えて俯くサクラにテマリは思わず大丈夫だ!と言いそうになったがぐっと堪えた。
当人たちの問題に他人が入っていいものではない。ここは大人になるんだ、と言い聞かせたテマリではあったが、我愛羅も似たような傾向があることをその時思い出したのだ。

「あの子も一人になった時、何してるのかなぁと思えばじっとサボテンとか、植物園の草花を見に行ってたよな」
「そうそう。珍しくむすっとした拗ねたような、怒ったような顔してさ。でも目だけは悲しそうでよぉ…見てらんねえんだよなぁ、我愛羅のああいう顔」

結局二人は仲直りしたのだが、テマリのように我愛羅がどこに行くのかと見張っていたカンクロウはやはりそうかと苦笑いしたものだ。
何せ我愛羅もサクラと同様サボテンを眺めに行っていたのだ。しかもその姿までそっくりである。

『また彼女を傷つけてしまった…そんなことをしたいわけではないのに…何故俺はこうも不器用なのだろうか…』

俯く我愛羅はそのまま大地に腰を下ろし、膝を抱えてじっとサボテンを眺めていた。
花が咲いていたサボテンは可憐な姿ではあったが、物は言わない。我愛羅は暫しそこでじっと膝を抱え凹んだ後、彼女に謝るべく立ち上がったのだった。

「それに開口一番お互い『ごめんなさい』と『すまなかった』だろ?心根が優しい所もよく似てるよ、本当に」
「言い訳もしないしな。潔い所も似てるよな」
「時々妙に豪快な所とかな」
「豪快つーより豪胆?」
「言えてる」

男は度胸、女は愛嬌と言うが、サクラに関しては両方兼ね揃えていると思う。
かつては人見知りだと言っていた彼女ではあるが、割と人懐こい態度を取る。故に皆から愛されるのだろうと万華鏡のようにくるくる変わる表情を思い出しつつ二人は頬を緩める。

「あとよく寝るようになった」
「なったなった!本当よく寝るようになったよな、我愛羅!」

昔は守鶴のせいで眠れなかったというのもあるが、尾獣を抜かれてからも我愛羅はあまり長時間の睡眠や転寝に及ぶことは少なかった。
だがサクラと共に居ることで幼い頃感じることのできなかった深い愛情を与えられ、気持ちが緩むようになったのだろう。我愛羅はサクラの前ではよく眠るようになった。

「普段は生意気なことも言うけどさ、やっぱり寝顔は可愛いよ」
「あのつるっとしたおでこがな、キュンとくるんだよな〜悔しいけど」

時にはサクラと一緒に寝ている時もある。普通ならば彼女を抱いて眠る男など見ても楽しくはないが、それが弟になると不思議なもので微笑ましい気持ちになってくるのだ。
しかも他人を寄せ付けなかったあの我愛羅が、だ。母に甘える子供のようにサクラの傍らで気持ちよさそうに寝ている時など、二人は思わずカメラを探したぐらいだった。

「それでいうとサクラのおでこの丸さもなかなかじゃん」
「ああ、可愛いよね。丸みがあって、賢い奴っていうのは額が広いと言うじゃないか。サクラの知識の多さを物語っているようだし、それを知らずとも可愛いと思うよ、私は」

本人は気にしているようだが、我愛羅もサクラもあのつるりとしたおでこが互いに可愛らしい。
瞳の色もよく似ているし、甘える時は体を寄せ合うというのも本当によく似ている。何と言うか、雪国で見たことのある鳥のようなのだ。
ぎゅうぎゅうと互いに身を寄せ合っている姿など愛らしいという言葉以外当てはまらない。本当に我らが弟と義妹は愛くるしい。

そう二人がうんうんと頷き合い、その後も二人についてアレコレ話し合っていると窓を叩いてた雨も弱まってきた。
そろそろ店を出ても大丈夫だろう。二人は会話を打ち切ると会計を済ませ、先に外に出たテマリはすぐさま目を見開いた。

「カンクロウ、虹だよ!虹!」
「おっ!珍しーじゃん!虹なんてよ、久しぶりに見たじゃん!」

年甲斐もなくテンションの上がった二人が虹を眺めつつアレコレ言っていると、何をやっているんだと突如頭を叩かれる。
振り返った二人の目には呆れた顔をした弟と、朗らかに笑う義妹が立っていた。

「年甲斐もなくはしゃぐな、鬱陶しい」
「うわ、すげー辛辣じゃん、コイツ」
「何だよ、たまにはいいだろう?滅多に見れないんだからさ」

我愛羅の態度に不平を漏らす二人ではあるが、その横では終始サクラがくすくすと小さく笑っている。
それに気付いたテマリがどうかしたのかと尋ねれば、サクラは朗らかな笑みを益々広げながら我愛羅へと視線を流した。

「だって我愛羅くん、自分も虹を見つけた時には虹だ!って言ったのに…ふふっ、恥ずかしがり屋なんだから」

執務室で大人しく仕事を片づけていた我愛羅ではあったが、次第に降りだした雨におやおやと顔を上げた。
けれど集中している間に雨は徐々に止み、ちょうど報告書を提出しに風影室に足を運んだサクラが気づいたのだ。我愛羅の背にかかる大きな虹を。

「だから私言ったんです。虹綺麗だねー。って。そしたらすごい勢いで振り向いて、虹だ…サクラ虹だ!って。久しぶりに見たんだ、って言って、お二人と同じ反応してましたよ」
「そ、そうか…それは…恥ずかしいな…」

成程、そう考えると確かに自分たちは恥ずかしい大人だったなと思う。
だが我愛羅はサクラに似てきただけでなく、やはり自分たちとも似ているんだなぁと思うと何だかむず痒い。やはり姉弟なのだな、とテマリが思う目の前でカンクロウは我愛羅の肩に腕を回した。

「やっぱいいよなぁ〜、虹!綺麗じゃん!」
「分かったから離せ」

空を仰ぐカンクロウのはしゃぐ声に相変わらず鬱陶しそうな態度を取っている我愛羅ではあるが、その腕を解く気配はない。
照れ屋な我愛羅のことだ。触れ合うのが恥ずかしいだけだろうと微笑ましく思っていたテマリではあるが、すぐさまはてと思い直す。

「ところでサクラ。お前たちどうしてこんなところにいるんだい?午後から非番ってわけじゃあないだろう?」

テマリとカンクロウは午後、というよりも報告書を提出すればあとは自由だが、二人は仕事が残っているはずだ。
そう指摘するテマリにサクラはああ、と瞳を瞬かせ、声を潜めてテマリに話し出す。

「我愛羅くんが“休憩がてら散歩に行こう”って言ったんですよ。てっきり里内をぶらぶらするのかなーと思ってたら、まっすぐあの喫茶店に向かって歩き出したんです。きっとお二人がそこにいるって分かってたんじゃないかなぁ」
「それはつまり…どういう意味だ?」

我愛羅は休憩がてら、と言ったのだから喫茶店でお茶でもするつもりだったのではないかと思う。
だが砂隠にはあの喫茶店以外にも店はある。何故そこに向かってまっすぐに進んだのか。サクラは我愛羅と似て意外と鈍い所のあるテマリに向かって再度微笑んだ。

「多分我愛羅くん“虹”を一緒に見たかったんだと思いますよ。お二人と一緒に」
「…そうか?」
「はい!だって、ふふ…彼聞こえてないと思ってるかもしれないけど“消える前に探さないとな”って言ったんですよ。本当、可愛い人」

くすくすと再び笑いだすサクラと、徐々に頬が熱くなっていくテマリの前では相変わらず我愛羅の肩を組んだカンクロウが虹を見上げアレコレ言っている。
だがそんな我愛羅も同じように空を見上げ、カンクロウのどうでもいい話に付き合っている。結局似ているのだ。自分たちにも、彼女にも。

「ふっ…本当、可愛い弟だよ」

晴れ渡った空に向かって手を広げる、カンクロウの広い掌の隙間から眩いばかりの日差しが漏れる。
それを見やりながら目を細める我愛羅の横顔は穏やかに、けれど楽しそうに緩んでいた。


end



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