小説2
- ナノ -





我愛羅に迎えに行くと囁かれたサクラは、正直送られてくる好奇の視線にうんざりしていた。

(ていうか我愛羅くんアレ無意識なのかしら…だったらとんでもない女たらしだわ…でも…何か…)

格好よかったなぁ、と、本当にあの時そう思ったのだ。
戦時中に比べぐんと身長の伸びた我愛羅はそれに比例し手足も逞しくなった。
サクラを閉じ込めるかのように後ろから伸びた手が扉を抑えた瞬間、不覚にもサクラは落ちてきた影を目にした途端抱きしめられ口付られるのかと思ったのだ。
勿論そんなことはなかったが、一瞬でもそう思った自分が酷く恥ずかしかった。

(それに声も…今まで意識してなかったけど我愛羅くんの声ってあんなに色っぽかったっけ?ちょっと疲れてるみたいだったけど、それが却ってちょっとセクシーで色っぽくて…って何考えてんのよ私!)

わーと纏めた髪を掻き乱したい衝動に駆られつつも、サクラは部下と砂隠の医療班が繰り広げる講義を耳にしていた。
今日はひとまず砂隠に着いたばかりなので、砂隠の医療が現状どのレベルに到達しているか、それから揃っている機材で出来ること、またそれらの応用について話しあっている最中だった。
基本的にサクラは教える立場ではあるが、いつもサクラばかりでは皆の成長も望めない。そんなわけで今回は部下たちに主軸を当て、仕事をこなしていた。

しかし本格的な医療を教えるのは明日からということもあってか、サクラは机上で交わされる話をどこかぼんやりとしながら聞いていた。
部下や砂隠の医療班たちもサクラと我愛羅の関係が気になっているのだろう。傍目には分からずともどこか心ここに非ずなサクラに時折視線を向けていた。

「…というわけなんですが、サクラさんはどう思います?」
「え?あ、ああ。そうねぇ…」

サクラとて我愛羅のことを考えつつも話は聞いていた。
仕事は仕事。キッチリこなさなければと持論を展開すれば、砂隠の医療班もほうほうと頷きメモを取っている。
砂隠の忍は偏屈だったり素直じゃない人間も多いが、こうして生真面目な者も存外多い。これもひとえに風影の性格が里内に反映されているのだろうと思うと、サクラは何だか面映ゆかった。

「ふーむ…成程。やはり木の葉の技術は進んでいますねぇ…」

書記を務めていた砂隠の医療班の一人が呟けば、皆もうんうんと頷きサクラに視線が集まる。
しかしそれは純粋にサクラの医療技術と知識を褒めるだけでなく、やはり我愛羅との関係を知りたいと思う素直な物だった。

「…言っておくけど、私、仕事以外の話はしないからね」

医療班に男は少ない。
いないこともないが、やはり男よりも女の方が多い。実際この場にいる男は少なく、八割方女だった。
だからこそサクラがあらかじめ釘をさせばつまらなそうなブーイングが起こったが、サクラはそれを無視して資料に目を落とした。

(…夜、か)

仕事が終わるまでまだ時間がある。迎えに来ると言ったのだから律儀な我愛羅は必ず迎えに来るだろう。
そうなると自ずとあの日の話になるに決まっている。サクラは己の気持ちの整理がまだついていないことを理解しながらも、それでも人目を盗んで時計を見上げた。
時計の針は静かに、それでも刻々と時を刻んでいた。



我愛羅もサクラも呆れた眼差しと好奇の眼差しに負けることなく仕事を終え、我愛羅はテマリとカンクロウから粗相はするなよと釘を刺されてから執務室を後にした。

(少し時間を過ぎてしまったな…全く、これでは迎えに行くとは言えないな。むしろ待たせてしまっているかもしれん…どこまでも格好つかんな)

嘆いたところでしょうがない。とにかく今は足を動かすことが先決だとサクラが待っているであろう施設に辿り着けば、未だサクラの姿はなかった。
どうやら仕事が長引いているらしい。よかったのか悪かったのか、思いつつも我愛羅は門前で吐息を吐きだし、それから壁に背を預けた。
しかしすぐさま人の声が聞こえ始め、視線を向ければ医療班がお喋りしながら昇降口から出てくる。グッドタイミングというやつか。
思いつつも我愛羅が目的の人物を探していれば、自里の医療班の一人が我愛羅に気づき風影様!と声を上げた。

(ああ…バレてしまったな)

思いはしたが隠す気は無い。
声をかけてきたくノ一にご苦労だったな、と声をかければお疲れ様ですと返ってくる。しかしその瞳はやはり好奇の色に塗り固められていた。

「………春野サクラはどこだろうか…」

一応開き直った我愛羅ではあるが、ここまでまっすぐと“気になります”という視線を向けられれば堂々と胸を張るのが憚られる。
里長とは思えないほど謙虚な声音で問いかければ、木の葉の額当てをしたくノ一がもうすぐ来ますよ、と朗らかな声でそれに答えた。
しかし自里の忍とは違い、木の葉の面々はやけにうずうずとしている。何かあったのだろうかと我愛羅が首を傾けていると、視界の奥にようやく見慣れた薄紅が見えた。

「…春野」
「あ、我愛羅くんお疲れ様」

流石に皆の前でサクラと呼ぶのは憚られた。それに対し数名は不満そうな表情を零したが、我愛羅はそれを見ないことにした。
実際サクラもそれに対し首を傾けることなく我愛羅に近づき、お仕事終わったの?と何でもないように問いかけてくる。

「ああ…お前も来たばかりだというのにせっついて、すまなかったな」
「いいのよ、気にしないで。仕事だもの」

まるで友のような会話運びではあるが、それでも内容は至って普通なのが気に食わないのか、サクラの周りに控えていたくノ一たちが胡乱気な視線を向けてくる。
…彼女たちは何を期待しているというのだろうか。

「ほら、あんたち先に宿に戻ってなさい。向こうの人に迷惑かけちゃダメよ」
「ぶーっ、サクラさんだけ狡いです〜」
「何が狡いっていうのよ。私はこれから明日のことで話し合わなきゃいけないことがあるの。遊びじゃないんだから、変な詮索しない!」

上手いこと皆の視線を躱すサクラに流石だなぁと思いつつ、我愛羅もそれに便乗するように頷く。
多分自分が口を開いても碌なことにならない気がする。流石に我愛羅とて学習していた。

「全く…」

文句を垂れながらも皆が施設から去るのを最後まで見送った後、サクラはやれやれと言った体でため息を零した。
それに対しご苦労だったな、と声をかければサクラは苦笑いした。

「まぁしょうがないわよ。女ってそういう生き物だし」
「いや、それでも助かった。俺はああいう時どんな対処をすべきなのか未だに迷う。だから正直女性のああいう目は苦手なんだ」

まるで何かを期待するような、秘密を全て暴こうとするような女性の底知れぬ瞳が我愛羅は時折恐ろしい。
それに比べサクラは理知的で落ち着いており、あまり我愛羅に対しそういう視線を向けることはない。だからそれが余計にサクラを魅力的な女として映し、我愛羅の男心をくすぐった。

「ふふっ、里長も大変ね」

あんなことがあったというのに、それでも自分に向かってサクラは微笑んでくれる。
瞬間自分が少なからず緊張していたということに気付き、我愛羅は思わず瞳を伏せた。本当にサクラには敵う気がしない。

「で?これからどうするの?本当に仕事の話する?」

首を傾けるサクラに閉じていた瞼を開け、いいやと首を横に振ってから視線を流す。
陽の落ちた砂隠に灯る、穏やかな街の明かりを見つめながら我愛羅は食事にしようと口を開いた。

「美味い店があるんだ。酒も美味いが…今回は控えておこう」

こういう言い方はどうかと思ったが、それでもサクラに何の話がしたいかは伝わっただろう。
案の定サクラは僅かに空気を固くしたが、それでも歩き出した我愛羅に続いた。
そして連れてきたのは上品な佇まいの、それぞれ部屋が個室で区切られた料亭だった。

「別にこんな高そうなお店じゃなくてもいいのに…」
「気にするな。見た目ほど高級じゃない」

素直に我愛羅についてきたサクラではあったが、内心では未だにどうしたものかという気持ちが渦巻いていた。

(いのにも聞かれたけど…好きか嫌いかで言ったら勿論好きなんだけど…うーん…)

別に我愛羅の見た目は悪くない。
平均よりも少し高い身長に伸びた手足。いっそ冷酷にすら見える眼差しもよくよく見てみれば思慮深く、いつだって落ち着いた色を見せている。
声も目を閉じて真剣に聞いてみれば存外艶っぽい声をしているし、目の周りの隈だって、気にしなければ何ということでもない。
むしろ隈が濃い分翡翠の瞳が美しく見える時もある。口数は多くないが、決して相手を蔑にしない口唇が紡ぐ言葉は基本的に素直だ。
富も人望も力もある。そしてその使いどころを間違わぬ男は決して魅力がないとは言えなかった。

「…どうした」
「え?」

メニューを広げていた我愛羅の、それこそ先程美しいと称したばかりの翡翠がサクラを捕える。
凪いだ海にも宝石にも見えるその瞳に、どこか呆けたサクラが写っていた。

「そんなに熱心に見られては言葉に困る」
「え、あ、ご、ごめん…!」

慌てて我愛羅から視線を逸らせば、向かい側からくすりと笑う声が聞こえる。
からかわれたのだと気づくのにそう時間がかからなかったサクラが思わず睨みあげれば、我愛羅は思ったより優しい眼差しをサクラに向けていた。

「今日は俺のおすすめを食べてもらおうと思ってな。どれも美味いから安心しろ」
「…うん」

ちょうど水を運びに来た店員に我愛羅がメニューを指差しながらあれこれと注文していく。
それを右から左へと聞き流しながら、サクラは我愛羅の低く落ち着いた声に耳を傾けていた。

(っていうかこれってさ、所謂“二人きり”ってやつよね…どうしよう。あの時は隣に座ってても何も思わなかったのに、今私すごく緊張してる…)

注文を終えた我愛羅がメニューを畳む姿が視界に入るが、サクラはどうしていいか分からず結局視線を下げて口を噤む。
先程まで部下たちを言葉で丸め込んだ女と同じ人物とは思えないその姿に、我愛羅は思わず口元を手で覆った。本当に可愛らしいと思いながら。

「………」
「………」

だが元より口数が多いわけではない。惚れた女が目の前にいようがいなかろうがそれが変わることのない我愛羅が口を噤めば、緊張して縮こまるサクラもまた口を開くこともない。
沈黙が辺りを包み、気まずい空気が漂う中サクラは恐る恐る我愛羅を見上げた。

「あの…一応聞くけどさ…」
「何だ?」

サクラからしてみれば、目の前に座る我愛羅はいつも通りの態度である。
体を重ねたというのに照れているのはサクラばかりで、我愛羅はまるで意に介していないという風にも映る。
それが少々悔しくて唇を尖らせれば、僅かに口角を上げた我愛羅が首を傾けた。

「何だ、唇を尖らせて。口付てやろうか」
「なっ、ばっ…!」

酒を飲んでいないというのに既に酔っぱらっているのか、とサクラが身を引けば、我愛羅はサクラのあからさまな反応に肩を震わせ笑う。
再びからかわれたことに流石のサクラも腹が立ち、思わず向かいに座る我愛羅の足を軽く蹴りあげた。

「我愛羅くんがそんな意地悪だなんて思わなかったわ」
「しょうがないだろう。可愛い反応をするお前が悪い」
「な、何よそれ…」

あの鉄面皮からそんな言葉が出てくるとは思わず頬を染めれば、我愛羅は暫し笑った後ふうと吐息をついた。
料理はまだ運ばれてはこない。

「正直、何から話そうかと迷っていたんだ」
「…うん」

元々サクラとて口が上手い方ではない。
仲のいい友人やナルトたちが相手であればどうでもいい話題でも出して話を広げられたが、相手は他里の長であり己の“初めての男”である。
緊張しないわけがない。そして我愛羅もまた口数が多い方ではないため、これ以上の世間話は互いに酷だった。

「まずはお前には謝らなければならない。本当にすまなかった」
「…し、しょうがないわよ…やっちゃったものは…」

やってしまったものはしょうがない。サクラからしてみればそれ以上言えることはなく、我愛羅もまた頭を下げること以外出来ない。
だが我愛羅はてっきりサクラから非難される、あるいは慰謝料でも請求されるかと思っていた。だがサクラは我愛羅の謝罪を受け止めるだけだった。
むしろあの夜のことを思い出してか、サクラは意志の強い瞳を潤ませ目尻を染めている。我愛羅はもしやと思い、口元に手を当てた。

「…サクラ」
「は、はいっ」

我愛羅が先程とは違い、僅かに神妙な声音で名を呼べばサクラの背がまっすぐに伸びる。
だが依然その目尻は赤く、我愛羅は思わず熱い吐息を零しそうになった。女になったはずの女神は処女を捨てたにも関わらず、未だに少女のような初々しさを見せてくる。
あの日目にしたヴィーナスの裸体を思い出せば再びそのギャップに眩暈がしそうになったが、我愛羅はそれを堪えてサクラの居心地悪そうな瞳を見つめた。

「正直に言おう。俺はお前に惚れている」
「…え?」

あんなことをしておいて今更何を言っているのかと思わないでもなかったが、それでもサクラの開いた眼に我愛羅は正直驚いた。
我愛羅はてっきりサクラが己の気持ちに気付いているとばかり思っていたのだが、サクラの反応を見る限りその線は薄い。というよりも初耳だと如実に表情に現れていた。

「え、えと…いつから?」

サクラもサクラで我愛羅の言葉にウソでしょ?という気持ちが湧いていた。
何せあの鉄面皮の我愛羅が、引く手あまたの風影が、他里であり何のとりえもない、名家の血筋でもない自分に惚れる理由が見当たらなかった。
そもそも接点が多くない。こうして砂隠に赴き仕事をする際は顔を合わせるが、それ以外で言葉を交わしたことは少ない。
だから一体どこで自分にそんな気持ちを抱いたのか、サクラには分からなかった。

「いつから、と聞かれれば戦争前からだな。暁に襲われた際、ナルトと共に援助に来てくれただろう。その時位からだ」
「え…そんな前から?」

戦争が終わり既に五年近くたっている。暁戦を含めればもっと前だ。
その間そんな気配を匂わすことなく己を慕っていたとは思えず、またそれほどまでに一途に自分を思っていてくれた我愛羅が益々不思議な男に思えた。

「時間などとるに足らないことだ。それでいうならナルトの方が長いだろう」
「あ、まぁ…それは、そうなんだけど…」

我愛羅の言うことはもっともだ。
サクラに対し熱烈なアプローチをしてくるロック・リーでさえもナルトの片思い歴には敵わない。だが我愛羅からしてみれば時間など関係なかった。

「俺にとって時間は関係ない。ただ自覚さえしてみれば後は不思議なものでな。寝ても覚めてもお前の事ばかりが浮かんできて、正直参った」
「うっ…」

鉄面皮の我愛羅の口から思わぬ愛の告白がもたらされ、サクラの脳内は爆発寸前だ。
だが我愛羅からしてみればこのチャンスを逃す手はない。サクラは性交の件もあってか、我愛羅の雰囲気に流されかけている。
正直卑怯かと思わないでもなかったが、恋はある種本能である。己が最上だと思う雌を前にして身を引く男は雄とは呼べない。
一瞬脳裏に友の顔が浮かんだが、すまんと手を合わせるだけで終わった。どうせいつかは殴られる身である。振られようが結ばれようが関係ない。
どんな対応でも我愛羅は全て受け入れる気でいた。

「とは言え酒で酔って襲ったのは本当にすまなかったと思っている。本来ならばこうしてお前に気持ちを伝えるのが先だというのに、順序がおかしくなったせいでいらぬ恐怖や悩みの種を与えた。本当にすまない」
「ぁ…で、でも…最終的に私も同意したし…別に…そこまで根に持ってるわけじゃないし…」

むしろ性交したからこそサクラは我愛羅をそういう意味で意識した。己にとってサスケ以外の、初めて雄として意識した男になったのだ。
ナルトともサスケとも違うのは体を重ねたからだ。だからこそサクラにとって、我愛羅は“特別”な男になったのだとこの時ようやく理解した。

(そっか…私我愛羅くんに“恋”をしてたわけでも“情”を抱いていたわけでもないんだわ。ただありのままの“男の人”っていうのを初めて知って、それで狼狽えてたんだわ)

サクラの周りに男は沢山いる。
ナルトやサスケ、カカシにサイ。ロック・リーにシカマルにキバにシノにと上げていけばキリがない。
だがその男たちの誰もがサクラに対し親しみや親愛の情は持っていても“男”としての欲を向けてくることはなかった。
サクラに恋するナルトやリーでさえ己の下心は口にせず、ただサクラの前では年相応の、けれどサクラを大事にする大人しい男だった。
だが我愛羅は違う。我愛羅はサクラの手を取り腰を抱き、唇を重ね服を剥ぎ、掠れた声でサクラの名を呼びつつその体を抱いた。
男としての欲望を我愛羅はまっすぐにサクラへと向けてきたのだ。自分をそういう目で見ていると、あの爛々と光った瞳がサクラにそう告げていた。

「…サクラ」
「は、はい」

そうと分かるとサクラは我愛羅の声が途端に色っぽく、艶やかに聞こえた。
閨の中ではないというのにその声は甘さを帯び、けれど雄の匂いを漂わせる。サクラを“女”として意識させるには十分な声だった。

「お前が好きだ。俺と付き合ってほしい」

飾り気のない言葉だった。
けれどサクラに断ることを許さないとでも言うような力強い声でもある。
サクラはドクドクと薄い皮膚の下で強く脈打つ鼓動を感じながら、我愛羅のまっすぐな瞳を見返した。
その瞳はどこまでも熱く、力強い雄の匂いを漂わせていた。



「で?結局どうなったわけ?その後」

サクラは再びいのとテンテンと共に甘栗甘であんみつを突いていた。

「ん?まーその後は楽しくお食事してー、適当にいろんな話をしてー、宿に送ってもらったわよ?」
「そーじゃなくて!付き合ってんのか付き合ってないのか、ってことを聞いてんのよ!」

サクラの初めての男が我愛羅だと里内に知れ渡り、そんな中砂隠に遠征に出て行ったサクラに里の皆はついにサクラが嫁に行ったのだとばかり思っていた。
しかしサクラは一週間ほどで医療班と共に木の葉に戻り、何事もなかったかのように今でもこうして甘栗甘にいる。
我愛羅の告白を受けてから既に一月は立っていた。

「なーに?そんなに気になるの?いのブタちゃぁ〜ん」
「何よそれ、腹立つわねー!こんのデコデコりん!!」
「ほらほら、喧嘩しないの」

呆れるテンテンに止められ、いのは鼻息荒く乗り出していた体を元に戻し、サクラは皿の中に沈めていた匙を手に取った。

「ま、今は健全なお付き合いしてるわよ」
「え?!じゃあOKしたの?!我愛羅くんに?!」

驚くいのにまぁねとサクラは頷く。
あの後サクラは雰囲気に呑まれるように頷きはしたが、その実我愛羅に対し悪い気持ちは抱いていなかった。
実際その後我愛羅はサクラに手を出すことはなく、運ばれてきた食事に手をつけながら他愛ない話をした。
その頃には既に我愛羅の瞳からは雄の匂いは消えており、サクラをもてなす優しい男の目をしていた。

「そうは言っても向こうも忙しいし。遠距離だから手紙のやりとりが主だけどね」
「はあぁ〜…まさかあのサクラが我愛羅くん選ぶとはねぇ〜。こりゃあんたの保護者も涙目ね」

勿論サクラの保護者ことサスケ達は戻ってきたサクラに再度詰め寄ったが、サクラがいい加減にしてよねと冷めた眼差しを向ければ流石に黙った。
あれだけ我愛羅のことで悩んでいたサクラもふっきれてしまえば強いもので、いつもの調子を取り戻したサクラにナルトは我愛羅を振りに行ったのだと勘違いするほどだった。

「まぁ実際サスケくんなんかは砂隠に殴り込みに行く!とか言ってたけど、重吾くんたちに止められてたから大丈夫なんじゃないかな?」
「…あんた、そんな適当でいいの?もしかしたら我愛羅くん刺されるかもしれないのよ?」

頬を引きつらせ、我愛羅を心配するいのではあったが、サクラはそれに対し朗らかに微笑み首を横に振った。
そこには既に少女の無垢さはなく、一人の男を心から信頼し、愛する女の余裕の笑みが広がっていた。

「大丈夫よ。だって彼強いもの」
「…あ、そ…」
「うん。それにもし我愛羅くんに怪我させたらサスケくんとは口きいてあげない、って宣言してきたから。多分大丈夫じゃないかな」
「そう…」

少女のような無垢さは捨ててきたというのに、それでも時折可愛らしいことをする。
そんなサクラに対しサスケもきっと強くは出れなかったのだろうと思うと微妙な気持ちになるが、それでもいのは親友が幸せならそれでいいかと体から力を抜いた。

「でも我愛羅がサクラに惚れてたなんて、全然気付かなかったな〜。リーなんて呆然としてたわよ」

サクラの初めての男が我愛羅だと知った時のリーの真っ白具合を思い出しテンテンが眉尻を下げれば、サクラは苦笑いする。
リーもナルト同様サクラの項のキスマークは虫刺されだと思っていたのだ。鈍い男だとテンテンがため息を零せば、今度はいのも苦笑いした。

「でもこのこと伝えたのはいのとテンテンだけだし。まだ皆には内緒かな」

そう言って白玉あんみつの最後の白玉と小豆を共に口に入れようとしたサクラではあったが、へぇと聞こえてきた声に思わずその手を止めた。

「何だ、ついに結ばれたの。君たち」
「か、カカシ先生?!」
「やぁ」

何とサクラたちの後ろに座っていたのはカカシだった。しかも変装してまでサクラ達の話に聞き耳を立てていたのである。
思わずなんでここに、とサクラが問えば、カカシがいやぁね、と後ろ頭を掻く。

「最近サクラ綺麗になったなー、ってナルトと話してたのよ。そしたらナルトがねぇ“え?サクラちゃんってば我愛羅のこと振りに行ったんじゃないの?”って聞いてくるもんだから、これはサクラに確認しなきゃ分かんないなーと思って。そしたらたまたまサクラが此処に向かってるのが見えたから、丁度いいから息抜きして行こ〜と思ってついてきたわけ、ってあいた」
「何やってんですか先生!仕事してくださいよ!」

恥ずかしさのあまりカカシの肩を叩いたサクラではあったが、カカシは相変わらずニコニコとしており居た堪れない。

言ってしまえばカカシはサクラにとってもう一人の父親のようなものである。
流石にまだ実父に恋人が出来たとは伝えてはいなかったが、それが父親の耳に伝わるのも時間の問題だろう。

「まぁでもよかったじゃないの。俺も我愛羅くんが相手で安心したよ。彼真面目だし、腕っぷしも申し分ないし。まぁちょっと手が早かったのは問題だけど、サクラのこと大切にしてるみたいだしね」
「何ですか、それ…」

カカシの発言に過保護だなぁ、と隣で聞いていたいのとテンテンは思ったが、サクラはカカシの前で突っ伏す金髪に気付き目を開く。

「え…ちょ…カカシ先生、もしかして…」
「あ?あー…ナルト?ほら、元気出して。サクラ今幸せなんだから、男は黙って女の子の幸せ受け入れないと」

そう、サクラが目にしたのはこの数年ずっと隣で見続けてきた金髪頭であり、またカカシの大事な教え子であった。
しかしその机に突っ伏した金髪はカカシの言葉でわなわなと全身を震わせると、ついには勢いよく立ち上がりサクラを真っ向から見つめてきた。

「さ、サクラちゃんと我愛羅のアホーっ!!末永くお幸せにだってばよーーーーっ!!!」
「あ。コラ、ナルトー!何処行くのー!」

駆けだしたナルトの背に声をかけるカカシではあったが、涙目で駆けて行ったナルトを追い掛けるような野暮なことはしない。
長年自分を思い続けてきた男の切ない気持ちも痛いほど分かるサクラではあったが、やはりナルトを追い掛けることはしなかった。

「まーナルトももう子供じゃないし。ちゃんと整理つけるでしょ」
「ていうかちゃんと末永くお幸せに、って言ったわね、アイツ」
「相手が我愛羅じゃ何も言えないんじゃないの?ナルトにも素直じゃない所があったのねー」

朗らかに笑うカカシと呆れるいの、そして年上のお姉さんらしく可愛い弟を見守るようなテンテンの発言にサクラも肩の力を抜き、食べ損ねたあんみつを口にした。

「まぁ後はサスケくんとサイくんの説得が残ってるけどね」
「あの二人は手強いわよ〜、きっと」

からかってくるいのとテンテンにサクラは大丈夫よ、と笑う。
その脳裏には己を心底大事にしてくれている男の姿が蘇っていた。

「いざとなったら一発喰らう覚悟はできてるから、って彼言ってたから」
「丸投げかいっ!」

あっけらかんと笑うサクラにいのが盛大に突っ込み、同時刻砂隠では再び我愛羅がくしゃみをした。
その手元にはサクラ宛の文がしたためられており、ティッシュを差し出したカンクロウは文面を読まないよう視線を逸らす。
遅れてやってきた弟の春に、カンクロウはやれやれと吐息を吐きだしたのだった。



end


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