小説2
- ナノ -





結局我愛羅はあの後サクラと顔を合わせることなく砂隠に戻る羽目になった。
というよりも皆忙しい身である。数日木の葉に滞在できればサクラと話すことも出来ただろうが、生憎仕事は詰まっている。
朝食を終えシカマルの家に詫びに行き、その後再び五影で集まり、今回の件を改めて纏めた資料を受け取った後それぞれ木の葉を後にした。

そして現在、季節は夏を迎えている。

「あっつ〜…」

砂隠に任務で訪れたナルトが強い日差しに参っている。
そしてその周囲にはナルト同様、むしろそれ以上に疲れ果てた生徒たちが屍のように転がっていた。

「せんせー…もーむり…」
「ギブ…」
「おうちかえりたい…」
「…だからあれほど適度に水分補給しろと言っただろう」
「いやまぁ…そうなんだけどよ…」

夏という季節。しかも四方を砂漠に囲まれた砂隠で適度に水分補給しなければどうなるか。答えは分かり切っているはずなのにナルト達はそれを忘れ今こうして茹っている。
我愛羅は呆れた吐息を零しつつも空調を入れた部屋で皆を休ませており、共に任務にあたっていた自里の忍へと視線を移す。

「お前たちは平気だな」
「はい」
「申し訳ありません、風影様」
「私たちがついていながら…」
「いや、いい。お前たちのせいじゃない」

叱られた犬の如く項垂れる砂隠の生徒たちに片手をあげそれを制し、我愛羅はこの後のことはこちらに任せ報告書を提出するようにと告げてから生徒を見送る。
そうして部屋に残った木の葉の友人に向かって盛大に眉根を吊り上げた。

「この愚か者」
「悪かったてば…」
「貴様一人ならともかく、まだ成長途中の子供をこんな状態にしてどうする!まったく…」

砂漠の地で過ごすには適切な知識が必要になる。
あらかじめ教えていたにも関わらず任務に集中し、終わった途端倒れたナルト達に我愛羅は溜息を禁じ得なかった。
しかし砂隠の忍たちはナルト達の異変に気付いており、密かに医療班へと伝書を飛ばしていた。
そのおかげで救護がスムーズに進み、休息すれば大事無いという診断に終わった。だが我愛羅はナルトにしっかりと理解して貰わなくてはならなかった。
何故ならナルトは将来火影になる男である。自里だけではない、長年同盟を組んできたこの砂隠について確かな知識を持ってもらわねば外交に支障をきたす。
それは避けねばならないことだった。

「ナルト。お前火影になるんだろう」
「おお…もちろんだってばよ…」
「ならば砂隠のことをもっと理解しろ。ここは木の葉とは比べ物にならんほど万物に対し容赦ない。砂漠は慈悲の産物ではない。生き物を喰らう化物の巣窟だと思え」

事実砂漠での死者は多い。
脱水症状、熱中症。それだけではなく毒を持つ生物に噛まれ、刺され、その毒により命を落とす者も少なくない。
加えて食料が尽きる、あるいは腐らせた場合砂漠に代わりとなるものは何もない。
そこらの雑草を摘んでその場をしのいだり、土を掘って出てきた虫を食うことすら叶わない。この過酷な地を舐めてもらっては困ると我愛羅は腰に手を当てる。

「いいかナルト。お前が火影になるために必要なのはまず知識だ。他国、他里。それらに対する知識がお前には圧倒的に足りない」
「うへえ…お説教かよ…」
「当たり前だ。このバカ者」

茹だるナルトではあったが、それでも視線はしっかりと我愛羅に定められ耳を傾けている。
口では面倒臭がっても根は正直で真っ直ぐな男である。我愛羅は再度嘆息してからナルトに続けた。

「お前にとって里の者は家族なのだろう。守るべき存在なのだろう。ならば冷静さを欠くことは決して許されない。それをちゃんと覚えておくんだ」
「…ああ、わかったよ」

実際ナルトも己の生徒が日差しにやられたことが痛いのだろう。
神妙に頷くナルトに分かればいいと我愛羅は告げ、それから仕事に戻るべくドアノブに手をかける。
だがそれが引かれるよりも早く、ナルトが我愛羅を呼んだ。

「なー我愛羅」
「何だ?」

振り向いた我愛羅の先、苦笑いとも照れ笑いとも判断つかない表情のナルトが格好を崩す。
その精悍な顔つきの合間に見える幼子のような笑顔が、どうにも憎めない男の心根を表すようだった。

「あんがとな。勉強になった」
「…ああ。お前と盃を交わすのを楽しみに待っているぞ」
「おう、俺もだ」

軽く頬を上げてから、ナルトにではなと告げて扉を閉じる。
そうして説教を終えた我愛羅ではあったが、正直ナルトにどんな顔をしていいものか未だにわからなかった。

(まさかサクラに手を出したとは言えんし…しかしナルトの反応からしてサクラと身を結んだことはバレていないように感じる…ああ…どうしたものか…)

先程まで偉そうに説教を垂れていた男と同一人物だとは思えないほどのへこみように、もしこの場に先程までの生徒たちがいれば呆気にとられただろう。
だが我愛羅は一度深く深呼吸してから執務室へと戻る。何せ我愛羅の悩みはこの先控えている木の葉からの遠征にあった。




「でさー、その時サイくんがさー…」
「へぇー。なんだかんだ言ってうまくいってんじゃーん」
「………」

いのとテンテンの朗らかで楽しそうな声を聞きながらサクラはぼんやりと好物のあんみつを突いていた。

(あれからもう二月か…早いなぁ…)

我愛羅と酔った勢いで体を重ねてから既に二月ほど経っていた。
季節も春から夏へと移り変わりすっかり汗ばむ季節である。もしこの時期に身を結んでいればきっと汗臭かっただろうなぁ…などとくだらないことを考えるサクラの前で匙が揺れた。

「ふぇ?!」
「ちょっとサクラー?あんた聞いてんのぉ?」
「さっきからずーっと上の空だけど、何かあった?」
「え?!あ、ご、ごっめーん、聞いてなかった…」

いのの責めるような視線にサクラが両手を合わせれば、いのはまったく、と腕を組みテンテンが苦笑いする。
サクラはここ最近ずっと我愛羅のことばかりぐるぐると考えていた。

「ていうかあんた最近ちょっと変よ?人の話聞いてないし、ぼーっとしてるし。何があったのよ」
「もしかしてサスケのこと?悩みがあるなら聞くわよ?」
「あー…ありがとう。でもなんでもないのよ」

サスケのことは確かに心配ではある。
一人で旅に出たサスケを鷹の皆が後ろからこっそりとついていったことも気にはなっていたが、サクラの心配はそこにはない。
何せサスケは強いし、鷹はサスケに対し憎しみの目を向けたりはしない。旅は大変だろうが何かあれば鷹のメンバーがサスケを支えるだろう。
だからサクラはそれに関しては何の心配もしていなかったし、むしろ健康でいてくれればそれでいいと思っている。

(ていうかここ最近サスケくんのことよりも我愛羅くんの事しか考えてないわ…あー…もう…)

サクラはあの日からずっと我愛羅のことが頭の中で繰り返し思い出されていた。
あの熱い指先も、巧みに動く舌も、重ねあった汗ばんだ肌も盛り上がった筋肉も、獣のように光る瞳も耳元で囁かれた熱い吐息も、掠れた声も滴る汗さえも、何度も何度も思い出しては頬に朱を走らせていた。

「…ほらまたそうやってぼーっとしてる」
「サークラ〜?もう正直に言っちゃいなって。ぶっちゃけ皆気づいてるよ?サクラが変だ、って」

目の前のいのと隣に座るテンテンから突かれ、サクラは思わず目を見張った。
まさか自分が傍目から見て分かるほど悩んでいるとは思わなかったのだ。
しかしそんなサクラに二人は呆れたような憐れむような、まるで保護者にも似た眼差しを向けてきておりサクラは居た堪れなくなる。

「からかったりしないからさ。相談乗るから言っちゃいなって」
「そうそう。誰にも言いたくないことなら私たちだけの秘密にしておくし」
「う…うん…」

だが正直に我愛羅に処女を捧げました。どうすればいいですか。
何て言えるはずもなく、サクラはうーんうーんと悩んだ末、迷うように口を開いた。

「あ、あのさ、例えばの話なんだけど…」
「うんうん」

頷く二人にサクラは最近読んだ続き物の本の話だと偽り、言葉を並べていく。

「最初は顔見知りというか、まぁ仲は悪くなかった人なんだけど、ひょんなことから体を繋げちゃって、それで女の子は悩んでるんだけど、男の子は遠くに行っちゃって連絡が取れない。こういうのってどう思う?」

そう適当に誤魔化しつつ二人に尋ねれば、いのはそうねぇ…と呟き視線を上へと投げてから口を開く。

「まぁぶっちゃけちょっとふしだらよね」
「ふ、ふしだら…」

あまりにも蓮っ葉な言い様に頬が引きつるが、隣に座るテンテンも苦笑い気味にまーねぇ、などと頷いている。

「ふしだらだし、ちょーっとだらしないわよね。節操がないっていうか」
「せ、節操がない…!」

ぐさぐさと容赦ない言葉の矢が刺さっていく。
だが二人に悪気はなく、あくまでフィクションに対する意見を述べているのだとそれに耐える。

「そもそもさー、男って何で体から始めていけるって思うのかしらね?女はそんな生き物じゃないっつーの」
「まあ女の子でもそういうタイプいないわけじゃないけどさー、こっちは妊娠するリスクがあるわけだし、そんな簡単に体許しちゃうことってあんまりないよね」
「そうそう!むしろ女って言う生き物はさ、ちゃんと段階踏んでくれた方が安心するっていうか、大切にされてる!って思わせてくれるような男じゃないと体預けられるわけないじゃない?」
「分かるー!気持ちだけ好きだ!とか言われてもー、即行閨に連れて行かれたりすると“はあ?!”って気になるわよね!」
「しかもそういうやつに限ってさー“子供が出来たの!責任とって!”とか言うとアレコレ言って逃げようとすんのよね〜。ほんっとだらしないわ!」
「うんうん。例え責任取ってくれるってなっても、ぶっちゃけイヤイヤなのが分かるっていうか、結局浮気したりすんのよね、そういう奴って。本当節操なしよねぇ〜」

ずばずばとあけすけに交わされる女同士のどぎつい意見にサクラの体が小さくなっていく。
だが我愛羅はそんな適当な男ではないはずだ。避妊だってちゃんとしてくれたし、処女だった自分に気を使ってくれた。
だからそんな悪い男ではないはずだと男を擁護するような発言を加えれば、二人から生温い眼差しを向けられる。

「サクラ、あんたそんなんじゃいつか泣くわよ?」
「そうそう。男なんてねー、紳士の皮被った狼よ?頭の中では好きな女の子といつだってやらしーことしたいって思ってる生き物なんだから」
「そ、それはそうかもしれないけど…」

サクラとて医療忍者である。
男と女の性の価値観の違いについてある程度の知識も理解もある。だが我愛羅は里長でありちゃんと自身の行動に責任を持てる男だ。
だからそんな世間一般のろくでなしとは違うのではと続ければ、いのはふーん、と眉を上げ目を細める。

「で?サクラ。結局あんた誰と寝たの?」
「ね、寝てないわよ!てかあたしの話じゃないし!!」

バン、と机を叩き思わず腰を浮かせれば、周囲の視線が一瞬で集まり居た堪れなくなる。
案の定テンテンに落ち着いて、と背を叩かれ腰を落ち着ければ、疑いの眼差しを解かないいのが背を逸らす。

「でも正直さー、なんとなーくだけど、サクラからそういう初心っぽさっていうかさぁ、少女らしさが抜けたな、と思う訳よ。私からしてみればさぁ」
「な、何よそれ」

少女らしさ。己が幼稚だとでもいうのだろうかとサクラが身構えれば、いのは店員におかわりを告げてから茶を啜る。

「言っとくけど悪い意味じゃないわよ?女の色気が出てきた、って言ってんのよ」
「女の…色気?」

今まで色気がなかったというのも切ない話ではあるが、それがどう言った所で出てきたのだろうかと眉根を寄せるサクラにテンテンがやっぱりねー、と続ける。

「自覚なし、ね。いの」
「まったくよ!本当あんたってニブチンなんだから!サスケくんがいるならともかく、ナルトもサスケくんもいない今!あんたがぼんやりしててどーすんのよ!」
「は、はあ?!」

苦笑いするテンテンと不機嫌全開のいのにサクラが目を丸くすれば、いのがあんたさぁと続ける。

「鏡で確認しなかったの?この際言うけど、あんたその作り話嘘ってバレバレだから」
「な、何でよ?!ていうか鏡って何?!」

慌てふためくサクラにいのは盛大に吐息を吐きだし、テンテンはあーあと天を仰ぐ。
二人の反応がよく分からず交互に視線を彷徨わせれば、いのがコーコ、と言って自身の首筋を数度叩く。

「あんた、二三か月位前にさ、ココに派手なキスマークつけてたのよ」
「しかも項にも!あれじゃあ虫刺されなんて言っても誤魔化せないわよねー」
「なっ…!!!」

サクラとて体につけられたキスマークには気づいていた。
襟から見えるであろう場所は適当におしろいなどで誤魔化したが、流石に項にまであるとは思わずまるっきり放置していたのだ。

「あんた暫く噂になってたわよー?“ついにあの春野サクラに男が?!”ってね。病院内じゃ特にその話題で暫く持ちきりだったんだから。誰もあんたに言わなかったけど」
「そうそう。あたしにまでその噂流れてきたんだから相当なもんよ?綱手様なんてシズネさんに向かって“相手を調べろ!”って怒り狂ってたんだから」
「う、うそぉ…」

まさか自分の脱処女がこんな形で里内に知れ渡っていたとは知らずこの数か月過ごしたのかと思うと、サクラは今すぐにでも死にたい気持ちになった。
というか穴があったら入りたい。だがそんな現実逃避を許してくれるいのではない。案の定いのはで?と鋭い眼差しを向けてくる。

「あんたその“初めての男”に恋してんの?」
「え…はあ?!こ、恋?!」

脳裏に浮かんだ我愛羅の姿に思わず頬に朱が昇ったサクラではあるが、そんなわけないとサクラは首を振る。
だがいのはため息と同時に顔を覆い、テンテンはサクラの肩を包み、やめときなって、と囁いてくる。

「どうせそういう奴って“あのナルトとうちはサスケから春野サクラを奪ってやったぞ!”とかぐらいにしか思ってないわよ」
「そうそう。最悪どっかの情報に、春野サクラはこんな女だった〜、なんてあることないこと流してるかもよ〜?」

意地悪く囁いてくる友人二人に、サクラは思わず立ち上がりそんなことないわよ!と叫ぶ。

「我愛羅くんしっかり者だし、秘密主義だし!絶対そんなことするようは人じゃないもん!!」
「………え?」

再度集まった視線と固まる二人の友人。
そして自身の口から零れた名前にサクラの顔は青を通り越して白くなっていく。

「あ、あんた…もしかして“初めての男”って…」
「い、いやああああああああああああ!!!!!!」

戦慄くいのの引きつる顔を目にした途端、サクラは財布からお札を取り出し机に叩きつけると店を飛び出していった。
そうして後に残されたいのとテンテン、そしてサクラの勢いに負けて割れた机と宙に舞う紙幣。
いっそ里中に響き渡ったのではないかというサクラの絶叫は、サクラに対し過保護な男二人に届くことはなかった。




prev / next


[ back to top ]