小説2
- ナノ -





大概酔った過ちで一夜を明かした男女の脳裏に浮かぶ言葉は、誰だコイツ。か、もしくはやってしまった…のどちらかだと思う。
俺はまさしく後者であり、隣ですやすやと眠るヴィーナスの寝顔に悶えている暇もなかった。

(やってしまった…)

本当にやってしまった。もうこの言葉以外に浮かぶ言葉も、正しく嵌る言葉もこの世に存在しない。むしろあったら教えてくれ。頼む。切実にそう思う。
あるいはヤってしまったという言葉もあるが、これになると確実に疾しい色合いの方が強くなるので反省の色合いは薄い。
よってこの言葉は無しだ。いや、そんなことを考えている場合ではない。

俺の視線は無垢な寝顔を晒す処女だったヴィーナスから荒れた部屋へと移り、あちらこちらへと脱ぎ散らかした己の衣服と彼女の衣服を確認し嘆息する。
ダメだ。彼女のショーツを直視できる自信がない。だが放置するわけにもいかず、俺は心頭滅却を頭の中で繰り返し、最終的には経を唱えながら布団から這い出て彼女の衣服を拾い上げた。
しかし拾い上げたショーツはすっかり濡れて重くなり、更には大気に冷えて冷たくなっている。
コレを彼女に履かせるのかと思えば忍びなかったが、それでも履く彼女を想像すれば正直下半身に熱が籠りそうだった。
どこまでも俺は正直な男ではある。顔に出ないくせに下半身にはそれがダイレクトなのだ。いやもう本当にどうしたものか。

「んんっ…」
「っ!」

ごそりと彼女が動いたと同時に、くぐもった声が部屋に響く。
俺は慌てて彼女の衣服を傍に起き、脱ぎ捨てた衣服を素早く纏った。正直俺の下着も濡れて冷たくはなっていたし匂ったがしょうがない。我慢だ。
そんな中彼女が目を擦りながら起き上がり、ふわぁあと猫のような欠伸を零してからぐんと天に向かって伸びをした。
…俺はこの状況に対しどう説明すればいいのだろうか。
すっかり裸なのを忘れて普通に起き上がった彼女の裸体から目を逸らせばいいのか、それとももういっそのこと拝む勢いで眺め続ければいいのか。
悩んでいる間に彼女はパチパチと数度瞬き、じっと自身を見つめる俺を見つめてから首を傾けた。あ、ダメだ。可愛い。

「え、何で我愛羅くんが…げほげほっ!」

彼女の昨夜泣かせまくった喉が悲鳴を上げる。
盛大に噎せた彼女にあわあわとしつつも隣の部屋に設置された冷蔵庫から水を取り出し差し出せば、彼女は礼を言ってからそれを口に含んだ。
しかし相変わらず彼女の体は隠されてはいない。もう開き直った。目に焼き付けておこう。ありがとうございます。

「げほっ…そう言えば昨日何してたんだっけ…」

まだ喉が痛むのだろう。
彼女の指が喉を擦った瞬間ふいと視線が落ち、今の自分の姿を確認した。ああ、バレた。

「いっ、」

彼女の、昨夜何度も震えた喉が再度震える。
そして溢れる絶叫を咄嗟に掌で受け止め、腹の上で滞っていた布団で一糸纏わぬ裸体を隠してやれば彼女がバタバタと暴れ出す。

「いやーっ!見ないで見ないで見ないでバカあああああ!!!」
「痛っ!」

彼女の掴んだ枕が顔面にクリーンヒットする。枕ってこんなに打撃力あったか?
そう思いつつも俺の体は後方に倒れ、彼女は俺が拾い集めた衣服を胸に抱き布団の中に潜り込んでしまう。
彼女にかかれば枕も凶器になるんだな。勉強になった。
だがいつまでもそんな風にくだらないことを考えて現実逃避するわけにもいかない。
彼女の初めてを貰ったのだ。しかもほぼ強姦という形で。俺は布団の中で丸くなる彼女にどう声をかけようかと迷った結果、とりあえずその膨らんだ丸みに掌を乗せた。

「そ、その…昨日は…すまなかった…」

俺の脳みそにはこれ以外の言葉が浮かばなかった。
しかし布団の中から返事はなく、ゴソゴソと動く布団の動きで何となく彼女が衣服を纏っていることだけは分かった。
あのショーツ…履くのだろうか。

「…我愛羅くんのバカっ…エッチ、すけこまし、変態、ウスラトンカチ、助平、ケダモノ」
「うっ…す、すまん…」

着替え終わったのだろう。
布団の中から顔を出したサクラが涙目で睨んでくると同時に罵詈雑言の嵐である。しかし俺に帰す言葉は存在しない。
酔った勢いとはいえ初めは抵抗し嫌がっていた彼女を無理やり押し倒し事に運んだのだ。言い訳する気もない。
しかし俺が彼女に労わりの言葉を投げようとしたところで、タイミング悪く襖の奥から聞き慣れた声が聞こえた。

「おい我愛羅、起きてるかー?」
「っ!!」

俺の返事を待つことなくすらりと開いた襖の先、現れた兄の姿に俺は振り返った。
因みにサクラは再度布団に潜っている。バレたら本気でやばい。色んな意味で。

「ん…?何かこの部屋変な匂いしねえ?」
「貴様…この宿と俺に喧嘩を売っているのか…」

カンクロウの感想は最もであった。何せ起きたばかりで換気をしていない部屋には昨夜の情事の名残が色濃く漂っている。
しかし普通に一人で寝起きしていればそんな男女が交わった匂いが残っているはずもない。
俺は咄嗟にこの部屋で一人で寝起きした俺に対する皮肉かと睨んやれば、カンクロウは嘘々!と声を上げて手を横に振った。
いや、お前の嗅覚は正しい。すまん、カンクロウ。

「つかお前酷いじゃん!俺てっきり宿にいるかと思えばシカマルん家でよー!すげえ恥かいたんだぜ!!」
「ああ…それはすまなかったな…」

そう言えば確か酔いつぶれたカンクロウをシカマルに押し付けた記憶がうっすらとある。
あの男正直にカンクロウを連れて帰ったというのか。何と律儀な男なのだろうかと思っていれば、カンクロウの後ろから姉が姿を現した。

「コラ我愛羅!お前昨日はよくもやってくれたね!」
「はあ…何だ。楽しい夜は過ごせなかったのか?」
「煩い!!誰がアイツの実家に行ってそんなことするかバカ!!」

顔を赤くしたテマリにこれでもかというほどに怒鳴られ、肩を竦めればカンクロウがテマリにまぁまぁと苦笑いする。
シカマルめ。どこまでも律儀な奴だ。まあしょうがない。テマリが断固拒否の姿勢を取ればあの男も強くは出れんだろう。アイツはそういうやつだ。

「で?お前ら一体何しに来たんだ?」

正直俺はまだ寝ぼけていた。
というよりも後ろに隠れているサクラのことが気にかかりすぎて頭が回っていなかった。
テマリとカンクロウの荷物がこちらにあることをすっかりと忘れていた俺は案の定二人に荷物を取りに来たんだよ!と突っ込まれ、再度肩を竦める羽目になった。
やはり俺の運は昨日で使い果たしたらしい。因果応報というやつか。

「まったく…お前だって昨日の格好のままじゃないか。早く風呂入って着替えてきな。ご飯はそれからだよ」
「俺は隣の部屋に荷物置いてっからよ。俺も風呂入ってから飯にするわ。あ、そうだ我愛羅。この後ちゃんとシカマルん家に挨拶行くぞ。迷惑かけたんだからな」
「ああ。分かった」

姉兄の言葉を聞きつつ立ち上がり、では俺も風呂にしようと零してから襖を閉じる。
サクラを一人置いて行くのは気が引けたがいつまでもあそこにいれば怪しまれる。俺はカンクロウとテマリが部屋を出た後すぐさま踵を返し、サクラの元へと戻った。

「…すまん」
「いや…この隙に私帰るわ…バレたらその…色々大変な気がするから…」

戻ってきた俺の前には既に身なりを整えた彼女が立っており、俺がうんと頷けば彼女はそろりと襖から顔をだし廊下に出た。
そう言えば彼女の靴は玄関に置いていた。
廊下の先からテマリとカンクロウの姿が見えないことを確認し、彼女を促せば猫のようにするりと出て行き、じゃあねと言葉無く告げてから去って行った。

名残すら残さず去って行ったヴィーナスに熱い吐息を吐きだしてから、俺も用意を整えるべく部屋へと戻る。

まずは換気からだと窓を開け、春の爽やかな朝日を全身に浴びた。
去ったヴィーナスの姿はもうどこにも見えなかった。





やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまった。
延々とそれだけを頭の中で繰り返しながら、サクラは気温の上がっていない町中を歩く。
本当はもっと早く歩きたかったのだが、体の中心、股の間に異物感を感じて上手く歩けないでいた。

(はあ…まさか男の人のアレがあんなに大きいなんて思わなかった…じゃなくて!!!)

いらぬ思考に走りそうになる頭をぶんぶんと勢いよく横に振り、我愛羅が姉兄と会話をしていた最中潜っていた布団の中で思い出した昨夜の記憶に頬が熱くなっていく。
自分も確かに酔ってはいた。だが我愛羅が普段利用する宿も覚えていたし、部屋もナルトとシカマルから聞いていて知っていた。
だから今回もそうだろうと思い足を運べばその勘は当たっていて、フラフラだった我愛羅を寝かしつけてさっさと家に戻ろうと思っていたのだ。
しかしどういうわけか熱に浮かされたような熱っぽい眼差しを受けたかと思うと、手を握られ、更には目を舐められたのだ。
もう訳が分からなかった。

(しかもファーストキスもディープキスも、それから処女までも…我愛羅くんってあんなに手ぇ早い人だったの?!)

唇を重ねられたかと思えば唇を舐めまわされ、抵抗する腕は取られ、隙をついて口内を荒らされた。
荒らされた、というには少々語弊があるが、同意の上ではなかったのだから嫌味を込めてそう言い表す。だが我愛羅の舌はどこまでも優しかった。
確かに強い酒の匂いと味はしたが、それでも自分本位ではない、戸惑うサクラを絆すようなあの柔らかい舌の動きに脳みそが溶かされたのは他でもないサクラ自身だ。

(でもでもでも!!別に好きって言われたわけじゃないし、我愛羅くんが私のことどう思ってるかなんて知らないし!誰かと間違えた、っていう可能性も…)

昨今では“さくら”と名を持つ女の子も増えてきた。何もサクラだけではない。
実際他里や国の方でもサクラと名付けられた女の子は多い。特に木の葉が身を隠す火の国ではサクラなんて女の子の代表的な名前の一つですらある。
だから我愛羅も自分とは別の“サクラ”の名を持つ女性を重ねている可能性は捨てきれなかった。

(でも正直悪くはなかったのよ…いや、悪くなかったって言うと経験豊富みたいな言い方だけど、その、い、嫌じゃなかったのよね…最終的に…)

確かに我愛羅は酔っていた。充血した目を見ても全身から香る酒の匂いからしてみても、ふらついていた足を思い出してみてもそれは確かだ。
だが酔った男特有の力任せの行為では決してなかった。どこまでもサクラを解すような、時間をかけた愛情の籠った愛撫だった。いっそ執拗とも言えるほどのそれに身悶えしたのも確かだ。

(自分でするよりよかったわ…男の人の指と舌ってもっと硬いかと思ってたけど…全然そんなことなかった…)

サクラとて立派なくノ一である。
いざという時のため、いつかその手の任務が来てもいい様にくノ一は皆自慰の仕方を幼い頃より教え込まれる。
それは男子たちが外で忍具の特別講習を受けている間に行われる、くノ一だけの特別教室であった。
そのためサクラもナルトやサスケが知らない間にくノ一として体に磨きをかけていた。
しかしまさかそれを一番初めに発揮することになったのが他里の長だとは思わなかった。まぁ発揮するというよりはひん剥かれた挙句余すところなく食べられた、という方が正しくはあったが。

だがサクラは己で致すよりも遥かに凄まじい、濁流に投げ込まれたかのように全身を支配した強い快楽に最終的に何も考えられなくなっていた。
己が処女だと見抜き、自分勝手に事を進めなかったところも評価できる。
前戯といい配慮と言い、酔っていても我愛羅はどこまでも紳士であった。確かに変態臭い所は随所に見られはしたが、男の欲望を深く理解しているわけでもないので目を瞑っておく。
終わった後は正直記憶になかった。何だかもういっぱいいっぱいで、終わったと思えば安心して寝入ってしまったのだ。
そして目覚めれば服をきっちりと着込んだ我愛羅がいて、だから最初は忘れていたのだ。我愛羅と寝たのだということを。

(あー…でも見られたんだよねぇ…下着。こんなことならもっとちゃんとした下着履いて来ればよかったぁああああ!)

実は昨夜サクラが見につけていた下着は何と上下別物で、しかもショーツに至っては長年履き続けてきた物であった。
真新しいショーツは肌に食い込む。それが気になるため病院勤務など汗を掻く仕事がある時はどちらかと言えば真新しいものや履き慣れていない物は身に着けないようにしていた。
だがそれがまさか裏目に出るとは思わずへこんでいると、ほっほっ、と聞き慣れた声が聞こえてきて思わず顔を上げる。

「あれ?!サクラさんこんなところで何してるんですか?!」
「あ、り、リーさん…」

サクラがこれから進むべき道から走ってきたのはロック・リーであった。が、その格好にサクラは思わず頬を引きつらせる。

「あの…何で、逆立ちなんです…?」

リーはなんと逆立ち状態で早朝の木の葉を走り回っていたのだ。
あまりの奇行にサクラが頬を引きつらせれば、口を開きかけたリーの奥から野太い声が聞こえてきた。

「遅いぞリー!」
「ガイ先生!!」

朝からサクラと出会えて感激するリーとドン引きするサクラの前に現れたのは、戦後体がまともに動かせなくなり車いす生活を送っていたガイだった。
しかし車いすで生活していても鍛錬に淀みはなく、近づいてきたガイもサクラに気付きおっ、と声を上げた。

「何だ、サクラじゃないか。どうしたんだ、こんな朝早くに。散歩か?」
「え?え、えぇ、まぁ…そんなところです」

まさか男の部屋から朝帰りです。なんて言えるはずもなく、曖昧に笑って誤魔化せばそうかそうかとガイが朗らかに笑う。
少しばかり老けたその頬から覗く白い歯が妙に眩しく、サクラは思わず目を逸らした。別にやましいことなど彼らにしてはいないのだが、変に心苦しかった。

「あ、そ、それじゃあ私そろそろ行きますね!今日早番なんです!」
「あ、サクラさん!」
「ああ、今日も頑張れよサクラ!」
「リーさん修行頑張ってくださいね!ガイ先生もー!」

呼び止めようとするかのようなリーに慌てて手を振り、全身が痛むのを我慢して走る。
後ろからリーとガイの声が聞こえたが、その姿見えなくなるとサクラはすぐさま足を止め腰を抑え付けた。

「いったぁ…」

慣れない行為で全身の筋肉を余すことなく使ったせいだろう。
筋肉痛にも似た痛みと、股の間、膣内に感じる異物感に眉根を寄せてからよろよろと歩き出す。
だが嫌悪感は一切なかった。むしろ思い出せばキュンと子宮が疼き愛液が溢れそうで慌てて首を振った。
サクラは唇を噛みしめると壁に手を馳せながらゆっくりと歩を進め、昨夜帰ることのなかった自宅の扉を開いたのだった。




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