小説2
- ナノ -


Happy VD!




とうらぶでバレンタインネタ(ギャグ)です。思ったより長くなったので、お時間がある時にでもお読みいただけたら嬉しいです!



 二月である。二月と言ったらやはりアレ。『バレンタイン』だろう。前回は「刀剣男士がバレンタインを知ってるはずないでしょ」と油断していたせいで慌てる羽目になったが、今回は違う。前回の反省を踏まえ、先んじて用意しておくことにしたのだ!
 いや、まあ流石にね? 学習してないとヤバイから。それにお菓子業界もバレンタインは力入れるじゃん? 実際バレンタインカタログとかページ数エグイことになってもはや辞書並だし。

 言っておくけど手作りはしない。だって三十人以上のチョコ作るとか一体何キロ板チョコ刻めばいいんだよ。って話になるじゃん。衛生管理とかの面でも気になるからさ。だから普通に市販品を買う。そもそも本丸でお菓子なんて作ろうものなら匂いですぐバレるし、保管場所も限られてるからコッソリ用意する、なんて無理だしね。
 だから週に何度か実家に帰ってはカタログを捲り、通販でお取り寄せしたり、デパートの催事場に足を運んでチョコを選ぶ日が続いていた。

「じゃあ、また明日ね」
「おん。気を付けてにゃ」

 というわけで今日も今日とてデパートに駆け込もうと鞄を片手に立ち上がれば、お見送りとして立っていた旦那様が優しく声をかけてくれる。
 一応陸奥守にはバレンタインのこと話しておいた方がいいかな。と考えたんだけど、やっぱりこういうのは言わない方がいいかと思って内緒にしている。
 ただこうも頻繁に現世に戻れば「何か問題でも起きたのではないか」と勘繰られそうだったので、皆には「現世でしか出来ないことだから、暫くの間本丸と実家を行き来する」ことを伝えていた。

「もう少しで終わると思うから、それまで本丸のことよろしくね」
「おう。任せちょけ」

 カラリとした笑みを浮かべ、胸を張る旦那様に「頼りにしてる」と告げてからゲートを潜る。
 特に思い入れがない相手なら大箱で適当に選ぶんだけど、皆は私にとって大切な神様だからさ。適当に選べないんだよね。お酒好きな刀もいれば甘いのが苦手な刀もいるわけだし。色々吟味しながら選んでいるから中々終わらないんだよね。まあそれ以外にも理由はあるんだけど。
 というわけで今日もそそくさと本丸を出て、チョコレート売り場という名の戦場に赴いたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 そうして迎えたバレンタイン当日。流石に三十五振り分のチョコを一気に持ってくるのは大変だったので、数日に分けて本丸に移動させてはいた。
 ただ見つかると面倒なので、基本的には旦那様ですら立入禁止にしている個人スペースに仕舞っている。だから実物を目撃されてはいないと思うんだけど、テレビでバレンタイン特集をよく放送しているから全員察しているとは思う。
 実際数日前からソワソワしてる男士何人かいたからね。分かりやすいなぁ。と思いながらも気付かない振りをしたよ。
 でも今日はチョコ解禁日なので、目覚ましが鳴る少し前に目が覚めたのをいいことに旦那様の分を先に取り出してくる。

 これ枕元に置いたらクリスマスプレゼントみたいだな。なんて考えながらも、隣でスヤスヤと寝入る旦那様の枕元にチョコレートが入った箱を二つ置く。
 何で二つかと言うと、陸奥守は『審神者の水野』としては頼りになる初期刀であり、審神者の中の人こと『冬千由佳』にとっては夫だからだ。つまり『主として』渡す分が一つと、『妻として』渡す分で一つ。で、合計二つ。ってことだ。
 言うて一つは市販品だけどね。陸奥守は芋が好きだから、この時期限定の芋けんぴにチョコレートがかけられているものを買ってきた。結構人気みたいなんだけど、私はカロリーが怖いので食べません。
 で、もう一個は、アレです。恥ずかしながら私の手作りです。
 いや、別に作らんでもいいかな。と思ったんだけどさ、前にブラウニー作ったら喜んでくれたから何となく作ってみたのだ。と言っても今回はブラウニーじゃなくてトリュフだけどね。
 でも手作りチョコを渡すのは旦那様こと陸奥守限定なので、そこだけはちょっと、あの、はい。特別勘マシマシでございます。だって一応奥さんなんで。私。はい。

 人妻(?)ってなんか照れるよなぁ。なんて考えていると、寝ていると思っていた陸奥守の手が動いてこちらの手を優しく握ってくる。

「もう目ぇ開けてえいか?」
「うわあ! 起きとったんかい!」
「んはははっ。さすがにのぉ」

 そりゃ日頃から戦場に赴いている立場だから人の気配に敏いだろうとは思っていたけどさ! 狸寝入りとかずるくないか?!
 羞恥と驚きで内心悶々していたが、どうやら私が布団を抜けた時点で目を覚ましたらしい。本当に油断も隙もない神様だと嘆息しつつ、用意していたチョコレートを進呈する。

「えっと、もう察しはついているとは思うけど、これ。チョコレートです」
「おお。ありがとう。けんど、二つも貰ってえいがか?」

 やっぱりそこ気になりますよね。
 一つはピッチリと綺麗に包装紙が巻かれた市販品。もう一つは明らかに手作りだと分かる素人ラッピングなので居た堪れなさがすごい。
 でも、ほら。皆一緒にするとさ、陸奥守も同じだと思われるかもしれないじゃん。それは流石にイヤだな。と妻なりに思うわけでして。だから周囲に誰もいないのをいいことにボソボソと「むっちゃんは旦那様なので……」と二つ用意した理由を説明すれば、いきなり抱きしめられた。

「おおきに、主。こじゃんと大事にせんといかんにゃあ」
「むっちゃ、むっちゃん苦しい!」

 ただでさえ膂力に差があるというのに、ギュウッと抱きしめられたら流石に苦しい。イヤじゃないけど加減してくれ。と背中を叩けば、すぐに「すまん」という謝罪と共に力が緩んだ。

「まっこと嬉しいぜよ。けんど、皆に見つかったら奪われてしまうき、自慢できんにゃあ」
「自慢せんでええがな」

 ただでさえイケメンなのに、心底嬉しそうに微笑まれると直視出来ない。しかも二つ貰えたことが嬉しいのか、それとも私の手作りが嬉しいのか、あるいはその両方か。琥珀色の瞳をうっとりと緩めながら箱を眺めているのだから照れてしまう。
 結婚してそれなりに経ったけど、やっぱりこういう時間というか空気にはまだ慣れないんだよぉ。

「溶ける前に、っていうか、賞味期限が切れる前にちゃんと食べてね?」
「おん。分かっちゅう。主の手作りが食えるのはわしだけっち言うがは、えい気分じゃにゃあ〜」
「んぐぐっ」

 喜んでくれるのは嬉しいけど、日頃からお菓子を作っている身ではないので「過度な期待はしないでほしい」という思いでいっぱいだ。だからそれとなく「期待はしないように」と告げたのだが、何故か自信満々な旦那様は私以上に堂々と胸を張る。

「大丈夫じゃ。おまさんが作るものはなーんでも美味いき」
「またそんなこと言って」

 一応失敗はしなかったけど、美味しいと思うかどうかは別問題だ。だけどご機嫌な旦那様はちゃんと聞いてはくれず、ただ笑い飛ばすだけだった。

「まっはは。ほいで、おまさんのことやき皆の分も用意しちゅうがやろ?」
「うん。そりゃあね」

 流石にそこはね。幾ら陸奥守と夫婦になったからといって皆をないがしろにするつもりは毛頭ない。それにチョコを用意したからと言って必ずしも恋愛感情が絡んでいるわけでもない。むしろそんな気持ち込められていた方が困るでしょ。
 だから「お世話になりました」兼「これからもお世話になります」の気持ちを込めた義理よりちょっと気持ち多めのチョコ。という感じで渡すつもりだ。だから「あっちに用意してる」と個人スペースを指させば、陸奥守は「ほにほに」と言って頷いた。

「ほいたらいつ渡すがか? 朝餉の前かえ?」
「んー。そわそわしてる刀もいたからさっさと渡したが方がいいのかもしれないけど、朝ご飯が遅くなりそうだから食べた後にする」
「おん。それがえいの」

 陸奥守も想像したのだろう。うちの刀たちはお祭りを始めとしたイベント事が大好きだから、チョコを受け取ったらそりゃあもうどんちゃん騒ぎになるだろう。
 今日は休日ではないので出陣やら遠征やら演練やらには出て貰わないといけないのだが、それはそれ。やる気にブーストがかかるなら多少騒ぐことには目を瞑る。

「とりあえず、広間に行こうか」
「おん。ほうやの」
「主君、陸奥守さん。おはようございます」
「おはようございます」

 そう話をつけたところで前田と平野が顔を洗うための湯桶とタオルを持って来てくれる。元々短刀たちはこういう小姓みたいなことをしてくれていたんだけど、毎日ではなかった。でも結婚する前から、と言うより私の目が一時期見えなくなった時からはこうして毎日誰かが運んで来てくれるようになった。もう目が見えているから気にしなくてもいいんだけど、短刀たちは「好きでやっているから大丈夫」と言ってやめようとしないのだ。

「二人共おおきに」
「前田、平野。ありがとう」
「いえ。僕たちが好きでやっていることですから」
「はい。どうかお気になさらずに」

 三日月が作ってくれた面布をまだ着けていないから顔を出してはいないけど、声だけでお礼を告げればどこか誇らしげな声が返ってくる。
 何だかんだ言ってこの二振りとも付き合いが長いし、小夜の次にはこういう細々とした気遣いをしてくれる。本来ならしなくてもいいことなのに、本当に優しいんだから。

 でもほっこりしているといつまで経っても前田と平野が戻れない。寒い廊下に待機させるわけにはいかないので、素早く顔を洗ってタオルで拭った。
 本当なら夫じゃなくて妻の私が湯桶もタオルも受け取る立場になるんだろうけど、私の立場と本人の世話焼きが変な具合に合致してしまい、こうした受け渡しも陸奥守が行ってくれている。
 一回「自分でやるよ」と言ったんだけど、本人から「寝起きのおまさんをわし以外の男に見せるのはイヤじゃ」とガッツリ真正面から否定されてしまったので何も言い返せず、こうして甘えている次第だ。いや本当、妻をダメにする夫だよこの男は。

 そんなことを考えつつ、二人を見送った後は個人スペースで着替えを済ませ、髪を梳かして寝癖がついていないことを確認する。
 結婚してからはまともな格好をするようになったので、鳳凰様から頂いたアクセサリーとかみ合うブルー系のグリーンのニットに白のデニムを履いていざ出陣――改め出動だ。
 だけどその前にいそいそとチョコレートが入った紙袋を引っ張り出す。

「見て、この量。三十人分ってすごいよね」
「たかぁ。こいたぁ驚いたぜよ。刀剣男士が全員揃っちゅう本丸はダンボールやないと困ろうね」
「それな〜」

 陸奥守の言う通り、うちはまだ三十五振りだから紙袋数個で済んでいるけど、現在確認されている刀剣男士を全員顕現させているところはダンボール何箱分いるんだろうか。想像しただけでも乾いた笑みが浮かんでくる。
 それに最近もまた新たな刀剣男士が顕現可能になったのだ。審神者の負担はますます増えるなぁ。なんて考えつつ、陸奥守が重たい方の紙袋を持ってくれたので、軽い方を持って大広間へと足を運ぶ。

「皆おはよー」
「おはようございます! 主!」
「おはよう、主。今日もいい朝だね」

 うわあ。勢いよく目の前に現れた長谷部もそうだけど、配膳中の光忠の決まりっぷりよ。背景キラキラしてんじゃん。
 面布をしているのに目を細めていると、あちこちから声をかけられる。が、皆の視線がチラチラと私と陸奥守の手にある紙袋に向けられていたので思わず笑ってしまった。

「もう皆察しがついているとは思うけど、チョコ渡すのはご飯食べてからね?」
「はっ! 心得ております!」
「やったー!! あるじさんからのチョコだー!」
「こら、乱! 飛び跳ねるな! 埃が舞うだろう?!」
「はーい。でも歌仙さんもチョコ楽しみだよね?!」
「あはは」

 チョコがあると知って更に賑やかになる広間に苦笑いが浮かぶけど、改めてグルリと見渡して気付く。
 ……なんか、皆今日やけにキラキラしてますね? あとなんか……服が……いつも以上に綺麗な気が……。

「あ。分かった」
「おん? どういた」

 何だかんだ言って毎日皆のことを見ているのだ。鈍いなりに気付くことはある。
 だからポンと手を叩いた私に、紙袋を上座側に置いていた旦那様が首を傾ける。だから真っ先に目に入った長谷部と光忠の『違い』を教えた。

「長谷部のワイシャツと手袋、今日は新品みたい」
「おん? そうなが?」
「うん。で、光忠は上着の裏地の柄が違う」

 表面上はいつもと変わらないけど、光忠はさりげない場所でセンスをアピールしてくる刀だ。現に今日の上着はいつも着ているものと裏地の柄が違っており、初めて見る柄だったからすぐに気が付くことが出来た。

「乱も髪の毛の艶が違うし、結び方も違うでしょ? あとリボンも前に私と一緒に買いに行った時の使ってる」

 乱は光忠と並ぶお洒落さんだから、きっとヘアオイルを変えたかいい奴を使ったのだろう。いつも綺麗だけど、今日はいつもより艶感が増している。
 髪留めは前に一緒に買い物に行った時「乱に似合いそうだな」と思ってプレゼントしたやつだった。言うてそこまで高価なわけじゃなかったんだけど、すごく喜んでくれたんだよね。たまにつけているの見たけど、やっぱりプレゼントしたものを使ってもらえるのは嬉しいものだ。

「加州も爪塗り替えてるし、歌仙さんも髪紐新しくしてる。鶴丸も上着に着けてる飾りがいつもと違うし、鶯丸は滅多に出さないお気に入りの湯飲み出してる」

 全員いつもと違うわけじゃないけど、何振りかはちょっとした物を真新しくしたり、アレンジを加えてる。変わらないのは同田貫と大倶利伽羅、薬研、それから小烏丸さんたちぐらいかな。装いがいつもと同じだから。
 秋田と五虎退は靴下が新品っぽいな。前田と平野は普段から新品みたいに綺麗にしているから分かりづらいけど、髪の毛の艶感が違うから多分乱がオイル使ったのかもしれない。
 鳴狐は本体には特に変わりはないけど、お供の狐の毛艶がいいから朝から綺麗にブラッシングしてもらったんだろうな。
 左文字兄弟は髪紐と髪型がいつもと違う。和泉守も、多分、歌仙さんのかな? いつもと違う髪留めを使ってる。お揃いで買ったのか、それとも歌仙さんから借りたのかは分からないけど嬉しそうだ。

「皆おめかししてるから、すぐに気付いたよ」

 皆がこんなに頑張っているなら私ももう少し気合入れた方がよかったかなー。なんて思ったんだけど、それどころじゃなかった。

「主。朝餉の前に桜の掃除じゃ」
「うわぁお」

 発生源がどこかも分からない桜が辺り一面に、というかもう吹雪状態で前がよく見えない。
 これは気付いてても黙ってた方がよかったのかな? と苦笑いしつつ、舞い散った桜を全員で処理してから席に着く。

「改めまして、皆おはよう。まさか朝からこんな目に合うとは思ってもみなかったけど、冷めないうちに食べよっか」

 全員で片付けたから桜の処理もすぐに終わったけど、グダグダ喋ってたら朝ご飯が冷めてしまう。だから「早く手を合わせて食べよう!」と口にすれば、何故かあちこちから「これだから無自覚は」だとか「相変わらずとんでもねえ主だよ」と非難されてしまった。
 なんでや。お味噌汁冷めたら困るのは皆も同じやろ。

「はー……。どうせあなたのことですから気付かないだろうと思っていたんですよ、こっちは」
「そう言う割に宗三さんも髪紐違いますよね? 小夜くんとおそろいですか?」
「んぐっ」

 図星らしい。お茶を吹きださないあたり流石だが、いつもより赤い顔で睨まれてしまった。正直微笑ましい。

「よかったね、小夜くん」
「え? あ、はい。その……兄様とおそろいは、嬉しいです」
「小夜……!」

 あ。また桜が。
 ブワッと舞い始めた桜に苦笑いしつつ、食事を始める。
 今日は朝からちょっと豪華だ。一品の量は少ないけど品数が多い。これは厨当番から私や皆に向けてのバレンタインプレゼントなのかなぁ。だとしたら嬉しい。でもそれに見合うチョコを用意出来たのかは疑問ではある。
 いや、だって元はと言えば皆名のあるお家の家宝であったり国宝だったりするわけじゃん。そんな相手に渡すのが一般市民が購入出来る金額のチョコレートっていうのが……。ね? こっちは美味しい食事で心も体もホクホクだけど、彼らの期待に沿えない気がしてちょっと胃が痛い。
 でもこういうのは『気持ちが大事』って言うもんね! 前回のおにぎりに比べたらちゃんと用意しただけ『よくできました』のハンコ貰えそうじゃない?! よし! このままごり押そう!

「と、いうわけで。片付けも済んだからチョコ贈呈タイムに入りましょうか」

 食事も無事に終わり、片付けまでキッチリと、皆で協力して終わらせてから改めて大広間に集まる。ソワソワ状態を隠しもしていない秋田や五虎退に笑みを浮かべ、まずは短刀用のチョコレートを入れている紙袋を手繰り寄せた。

「これから一人ずつ手渡しするから、呼ばれた人はこっちに来てくださーい」

 こんな配給方式でいいのか? って感じだけど、一気に来られても困るしね。だから短刀から順に呼ぶことにする。

「まずは、小夜くん!」
「はい」

 隣に立っていた陸奥守とは逆側に立っていた小夜を呼べば、すぐに真正面に移動してくる。こういうところ律義だよなぁ。隣にいたままでも問題なかったのに、ちゃんと前に立ってくれる小夜に準備していたチョコを渡した。

「はい。いつも手助けしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
「ありがとう、主。僕こそ、いつも気にかけてくれてありがとう。すごく嬉しいです」

 両手で差し出したチョコを、小夜も両手で受け取ってくれる。だけどその時箱に貼り付けていたものに気が付き、目を丸くした。

「主、これって……」
「あーっと、その……。実はさ、一言コメントというか、メッセージをつけようと思ったんだよね」

 ほら、よくあるじゃん? ちょっとしたメッセージを書ける小さい便せんみたいなメッセージカード。最初はアレを使おうと思ったんだけど……

「でもさぁ。『いつもありがとう』じゃ味気ないじゃん? ていうか、手助けしてもらってるのは事実だけど、一人一人支えてくれている分野が違うからさ。漠然とした『ありがとう』はなんか気持ちが籠ってないみたいでヤダなぁ。と思って」

 だから今度は縦長の、一筆書き便せんを使おうと思ったのだが、案の定書くことが次から次へと溢れてきて全然スペースが足りなかった。

「だったらもう手紙にしちゃえ! と思いまして」

 とはいえ本丸で書いていたら誰に見られるか分かったものじゃない。それにチョコを買った足で本丸に戻ってくるのも大変だし、誰にどれを送るのかという付箋も貼らなきゃいけなかったから実家で書くしかなかったのだ。

「最近実家に戻ってた理由はこれ。やっぱり一人一人に当てて書くと時間かかっちゃって」

 そりゃあ適当に書けばすぐ終わるけど、適当に書けるわけないし。むしろ書きたいことがありすぎて逆に困ったよ。

「結構絞ったんだけどね。書きたいこと。でも結局いっぱい書いちゃった。ごめんね?」

 確かに恋愛感情はないけれど、感謝の気持ちは沢山ある。最初は霊力が低い弱小本丸だから苦労させてたのに、その後命が狙われていることが発覚し、何度も入退院を繰り返した。しかも一度ならず二度、三度と続いたのだ。迷惑と心配をかけすぎである。
 しかもその度に皆駆けつけ、戦い、守ってくれた。ただでさえ『神様』という規格外の存在なのに、こうして寄り添ってくれる彼らに対する感謝の気持ちが薄れるはずがない。むしろ日々増えているほどだ。
 だけどそれを数行に纏めるのは難しく、結局あれもこれもと考えていたら普通に便せん二、三枚使っちゃった。

「でも読みたくないとか、必要ないと思ったら捨てていいから――」

 あるいは燃やしてくれ。と続けようとしたのだが、すぐにほぼ全員から「捨てないよ!」と突っこまれてギョッとした。

「捨てないよ! だって主からの手紙だよ?! そんなの捨てられるわけないじゃん!」
「もしそのような不敬極まる輩がいれば即座に切り捨てます!」
「そこまでしなくても?!」

 悲鳴を上げるように叫ぶ加州と長谷部に驚いていると、目の前に立っていた小夜も「絶対に捨てないです」と言ってチョコを両手で抱きしめた。
 お、おお……。まさかそんなに喜んでもらえるとは思っていなかったよ。

「で、でも、大したこと書いてるわけじゃないし、金一封が入っているわけでもないんだけど……」
「あのね、主。主の言葉にはお金では買うことの出来ない価値があるんだよ?」
「燭台切の言う通りだよ。君からの手紙を貰えるなど、そうあることではないんだ。どれほどの金品よりも価値がある」
「ひえっ」

 光忠と歌仙という、品質が良ければ高額でもポンと出す二人組から言われたら何故か妙なプレッシャーを感じてしまう。
 え、ええっと……。二人にはなんて書いたかなぁ……?

「ま、まあ、その、手紙もチョコもあんまり期待しすぎないでね?」

 そりゃあある程度稼ぎはありますけども、お銀座の有名チョコレート店で全員分購入とか無理だし。いや、出来なくはないけど、そこまですると色々切り詰めないといけなくなるからさ。
 無理のない範囲で、それなりに美味しそうなものを選んだつもりだけど、こればっかりはなぁ。口に合うか、気に入るかは個々人によって違う。だから予防線を張っておこうと思ったんだけど、すぐに「杞憂だ」と言い切られてしまった。

「大事なのは中身じゃなくて主の気持ちだよ。むしろ何度でも読み返せる分最高だよね!」
「そうですよ! 俺たちは特にそういうのに敏感ですから!」
「加州と鯰尾の言う通りです。例えチョコレートではなく備長炭が詰まっていようと、この長谷部。喜んでお受け取り致します」
「流石に備長炭は贈らねえよ?!」

 加州と宗三はともかく、長谷部のぶっ飛んだ発言に自分の悩みというか杞憂がバカらしくなってくる。
 大体皆主には甘い刀ばかりだしね。それこそミルクチョコより甘々だからまあいいか。

「分かった。それじゃあ皆に甘えさせてもらう」
「はい。そうしてください」
「ほにほに。おまさんは気にしすぎじゃ」
「そうかなぁ」

 一先ずは頷いておくけど、来年はもう少し頑張った方がいいだろうか。いや、でもなぁ……。そうすると後が怖い。だっておにぎりバレンタインですらとんでもねえお返しが用意されたんだよ? 三倍返しどころか三十倍返しにされそうで下手なことは出来ない。
 ……うん! もう考えんどこ! 考えたところでどーにもならん!

「じゃあオマケとしてハグでもしようか」
「え」

 単なる冗談だったんだけど、両手を広げた状態で言ったのが悪かった。「なーんてね」と続けようとした言葉が全員の悲鳴でかき消される。

「またあなたはそんなこと言って……!」
「主と合法的に抱き合うことが出来るのか?!」
「合法なら問題ないな?! 陸奥守!」
「やったー! バレンタインサイコー! あるじさんサイッコー!!」
「あー……。大将、なんであんたはそうホイホイと……」
「ははは。細かいことは気にするな。なあ、主?」
「いやいやいや……。そんな……。いや、でも……」
「之定、顔がやべえことになってるぞ」
「ちょっと待ってて主! 今すぐ着替えて髪もやり直してくるから!」
「待て、燭台切。お前の身支度には時間がかかりすぎる。諦めろ」
「ちょっ! 山姥切くん襟掴まないで! 皺になる!」
「わあ。大惨事だ」
「まったく、騒がしいやつらだ」
「ほほほ。身から出た錆というやつよなぁ」

 いつも通り宗三は目を吊り上げたけど、他は結構テンションが上がってる。どうしよう。今更「冗談に決まってるでしょ」なんて言える空気じゃなくなってきた。

「主……。どうしていつも自分から騒動を広げるの……?」
「ちょっとした冗談のつもりだったんだよ、小夜くん」
「おまさんのそれは冗談じゃすまんき、もうちっくと考えとうせ」
「はい」

 呆れる小夜とため息を吐く陸奥守のお叱りを受けて改めて反省する。だけどこうなったらハグをしないわけにもいかないだろう。でも後に引けないならせめて線引きだけでもしなければ……!

「でも! 変なことしたら速攻ぶん殴るからね?! あとうちの旦那様と懐刀様がすぐに止めに入るから!」
「おう。すぐにバンしちゃるきの」
「はい。僕も、主の貞操を守ります」

 いや貞操て。流石にそこまでせんだろう。とは思ったけど、黙って従っておくことにした。だって自分の軽率な発言のせいで二人に苦労を掛けるわけだからね! せめて大人しくしていますよ。

「じゃあ小夜くんからね」
「え?」

 まさか自分からだとは思わなかったのだろう。だけど考えて欲しい。皆の前で旦那様とハグするなんて公開処刑以外の何物でもないと……!
 だからじっとこちらを見つめてくる旦那様の視線から逃げるように小夜を両腕で抱きしめれば、小さな体がビクリと跳ねた後、おずおずと背中に細い腕が回された。

「早速迷惑かけちゃってごめんね。でも頼りにしてます」
「はい。主のことは、僕が守るよ」

 頼もしい懐刀の言葉にホッと息を零し、それから体を離して軽く咳払いする。

「はい! じゃあチョコとハグがワンセットで! でも変なことしたら絶対に許さないからね!」
「おう!」
「はーい!」

 威勢がいいと言えばいいのか、元気が有り余っていると言えばいいのか。とにもかくにもテンションアップした皆に頬が引き攣ったものの、今回は完全に自業自得なので次々とチョコを取り出していく。

「それじゃあ次は秋田ね」
「はい! 主君、ありがとうございます!」
「いいえ〜。こちらこそいつもありがとう。これからもよろしくね?」
「はい! 主君の御身は僕もお守りいたします!」

 小さくも頼もしい、我が本丸で三番目に顕現した秋田にもチョコ入りのマシュマロが入った箱を渡し、軽く抱きしめる。いつも思うけど、秋田は髪の毛はふわふわだし、ちょっと甘い匂いもして癒されるんだよなぁ。

「じゃあ次は前田ね」
「はい」

 秋田を解放した後前田を呼べば、はっきりとした声音で返事が飛んでくる。
 ただいつもより頬が赤い気がするな。もしかして期待してくれているのかしら。心なしか目もキラキラしている気がするし。
 王子様みたいな見た目で、性格もまじめでしっかりしているからいつも細々とした部分で助けてもらっている。そんな前田に改めて感謝の意を告げながら、一包ずつ包装されたスティック型のチョコが入った箱を渡し、そっと抱きしめればパっと桜が舞った。

「す、すみません主君……!」
「あはは、いいよいいよ。また皆で掃除しよう」

 多分、この後長谷部でも同じことが起きるはずだから。声に出したわけじゃないけど伝わったのだろう。前田は更に頬を染めつつも頷き、踵を返す。

「それじゃあ次は、平野!」
「はい!」

 平野も前田同様目がキラキラして見える。普段冷静だけど、こういう姿を見ると「可愛いなぁ」なんて思ってしまう。自分より長生きしているし強いし、大事な神様なんだけどね。視覚的情報ってやっぱりすごい。

「平野もいつもありがとう。これからもよろしくね」
「はい。ありがとうございます、主さま。これからも御身をお守りいたします」
「ふふっ。ありがとう」

 頼もしい台詞に笑みを返しつつ、前田と同じスティックタイプの、だけど中身は違うチョコが入った箱を渡してから軽く抱きしめる。途端に細い体は緊張からか強張ったけど、すぐに力が抜けて小さな声で「僕も御身をお守りいたします」と呟かれた。
 見た目ショタだけど囁く声はただのイケメンだったわ。超ビックリした。

 それでも動揺を見せないよう、気をつけながら五虎退を呼ぶ。

「五虎たーい! 虎ちゃーん! おいでー!」
「は、はい! あるじさま!」
「んぎゃう!」

 ソワソワしていたうちの一人である五虎退だけでなく、虎ちゃんにもおやつを用意している。五虎退は動物モチーフのチョコをあげようかな、と考えたけど「かわいくて食べられません……!」と言われそうだったので、包み紙に可愛らしい絵が印字されているチョコを選んだ。中身は普通だから美味しくいただけるだろう。
 虎ちゃんにはジャーキーだ。それらをまとめて渡せば、大きなモフモフが自分から擦り寄ってくれたので存分にモフらせて頂く。

「あははっ! これじゃあ私がご褒美貰ってるみたいだね」
「わ、わわっ! すみません、あるじさま……!」
「大丈夫大丈夫。むしろ虎ちゃんに擦り寄られると嬉しいから。そんで五虎ちゃんにも主からハグじゃあー!」
「わっ……! えへへっ、うれしいです」
「グルルルル」

 小さな五虎退と虎ちゃんを一通り愛でた後、乱を呼べばすぐに躍り出てくる。

「あるじさーん! 大好きー!」
「うわっ! ちょ、乱!」

 しかもまだチョコを渡していないのに抱き着かれ、慌てて抱き留めれば眩しすぎるアイドルスマイルを向けられる。

「これからもボクと乱れよ?」
「はいはい。これからも頼りにしてるから、よろしく頼むね?」
「うん! まっかせて!」
「ありがとう。はい、じゃあこれ、チョコレート」
「やった! ありがとう! あるじさん!」

 短刀たちもお酒を飲めるみたいだけど、私自身が下戸だからなぁ。その影響を受けているのか飲んでいる姿を見たことがない。まあ、結婚式の時には飲んでたみたいだけど。あんまり覚えてないんだよね。だから乱にはアルコールが入っていない、ピンクのハートやバラが入ったチョコレートを渡した。箱も柄が可愛いから、中の仕切りを取ったらちょっとした小物入れにも使えそうだと個人的には考えている。ヘアピンとかヘアゴムとか、そういうのなら入れられるんじゃないかな。

「えーっと、次は薬研だね」
「おう。大将、太っ腹なのはいいが、もう少し自分の発言には気をつけた方がいいと思うぞ?」
「反省しております……」

 色んな意味で私のことを慮ってくれている薬研に改めて頭を下げ、それからチョコを渡す。薬研は織田の刀と集まって飲んでいることを知っているので酒入りだ。美味しいかどうかは知らないが、薬研は結構大雑把なところがあるので問題なく食べてくれると信じている。

「それで? 俺っちも大将を抱いていいんだよな?」
「言い方! 語弊がある言い方はおやめくださいませ!」
「ははは! 冗談だ!」

 とんでもねえ揶揄い方をしてくる薬研にあたふたするも、当の本人はカラリと笑い飛ばいてしまう。だけどいざこちらに伸ばされた腕は優しく、それこそ年の離れた兄のようにポンポンと背中を叩いてきた。

「刀でありながら自分の主人を抱きしめる日が来るとは思ってもみなかった。ありがとな、大将」
「え、っと……。こちらこそ薬研藤四郎を抱くことが出来て光栄です。ありがとう」

 あの『日本人では知らぬ者がいない』と豪語出来るほどの超有名人が元持ち主であり、最後を共にした刀だ。例え分霊であろうと触れる日が来るとは思っていなかった。しかも驕り高ぶることなく常にこちらを気遣ってくれる姿には感謝しかない。健康面でも仕事面でも、常に主人を一番に考えてくれる薬研に改めて感謝の気持ちを伝えてから体を離す。

「じゃあ、最後になっちゃったけど、後藤くん」
「はい!」

 元気よく返事をしてくれた彼は私が呼び出した刀ではない。元々ブラック本丸にいたから会った時は威嚇されたけど、今ではすっかりうちの一員だ。むしろ五虎退や秋田の面倒を率先して見てくれている頼りになる刀である。

「まだうちに来て日が浅いけど、大丈夫? 問題とか気にあることがあったら気にせず言ってね」
「ありがとな、大将。でも大丈夫だぜ!」
「そっか。それじゃあ、これ。チョコレート。口に合えばいいんだけど」
「わあ〜……。すげえ。いつものお菓子と全然違う」

 感動した面持ちな後藤が言う通り、普段からチョコレート菓子を配ってもこんなに豪勢な包装紙は巻かれていない。それに手紙付きというのも嬉しいのだろう。後藤はムニムニと頬を蠢かせた後、堪えきれないように破顔した。

「すげえ嬉しい! ありがとな、大将!」
「どういたしまして。じゃあ、ハグしよっか」
「ハッ……!」

 だけどいざ「ハグをしよう」となった途端固まってしまう。どうやら恥ずかしいらしい。顔が一気に赤くなった。
 まあ、私と後藤って身長一センチしか違わないもんね。ほぼ同じ目線の高さの照れ顔を真正面から受け止めつつ、「イヤならやめる?」と尋ねれば勢いよく首が横に振られた。

「だ、ダイジョウブダゼ!」
「そっか。それじゃあ、少しだけ失礼するね」

 別に無理強いするつもりはなかったんだけど、軽く両腕を回して背中を叩けばガチガチに固まった体がピクリと跳ねる。直立不動なところが彼らしいな、と思いつつ体を離せば、ギクシャクとした動きで戻って薬研に揶揄われていた。





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