小説2
- ナノ -





シカマルとテマリと別れた後、俺は本当に寝入った。
カカシの前では軽く見栄をはったが、実際の所本当に疲れていた。
通常砂に乗らなければ木の葉に行くまで三日はかかる。砂に乗れば一日短縮して二日だ。
だが今回は違った。出発前日に問題が起き、結局里を発ったのは昨日だった。
おかげでテマリとカンクロウを乗せた砂を夜通し飛ばす羽目になり、チャクラは嘆くほど消費はしなかったが流石に疲れた。
しかも寝ていない。会議も終わり、木の葉の春うららかな気候は睡魔を呼ぶには申し分なく、俺は敷かれた布団の中で夢をみることもなく爆睡していた。

「…我愛羅、起きるじゃん」
「……………ああ…」

宴会の使いが来たのだろう。
代わりに俺を起こしに来たカンクロウに肩を揺すられ目覚めたは良いが、未だ寝ぼける頭は正直回っていない。
おかげでウトウトと再び瞼が落ちそうになっていると、呆れたカンクロウが布団を剥がしてきた。

「あーもう!こんな姿皆に見せられないじゃん!俺だって寝かしてやりてぇなとは思うけど、仕事だと思って起きるじゃん!」
「…おきてる…」
「起きてねえよ!ほら、服!お前無意識で脱ぐからほっとけねえじゃん!!」
「…おぉ…」

砂隠の厳しい日差しから肌を守るため、普段は首元までキッチリと留めているボタンもいつの間にか開いていた。
俺自身覚えてはいないのだが、カンクロウに言わせると寝苦しさを感じた俺がいつも無意識でボタンを外しているらしい。
鎖骨の下まで開いたボタンを再びカンクロウが留めていくのを見守りつつ、ようやく覚醒しだした頭で現状と、何をしにここにいるのかを思い出し目を擦る。

「…起きる」
「おお、そうするじゃん。ほら、ボタン留めてやったからよ。さっさと顔洗ってシャキッとして来い」
「ああ」

バキバキと関節を鳴らしつつ布団から立ち上がり、ぐっと伸びをしてから洗面所へと足を運ぶ。
窓の外はすっかりと暗くなり、宿に着いた時はまだハッキリと見えていた桜の木も今ではぼんやりと月明かりに照らされている。
随分長いこと寝ていたようだ。そんなことを思いつつも冷水で顔を洗い、開いた眼で身なりを整えてから部屋を出る。

「待たせたな」
「まったくじゃん。遅刻しねえうちに行こうぜ」
「ああ」

待たせていたカンクロウと、わざわざ呼びに来てくれた木の葉の忍に礼を述べつつ宴会会場へと足を運ぶ。
日の落ちた木の葉には月明かりが注ぎ、店のあちこちからは活気のいい店主の声と騒ぐ男の声、甲高く笑う女の声が聞こえてくる。
相変わらず賑やかな里だと思いつつ店へと辿りつけば、そこには既にナルト達が席についていた。

「遅ぇぞ我愛羅!」
「お久しぶりです我愛羅くん!」

立ち上がり手を上げたのがナルト。そして今にも駆けつけんばかりに立ち上がったロック・リーという濃い組み合わせに一瞬踵を返しそうになったが何とか踏みとどまる。
別に奴らが嫌いなわけじゃない。ただ寝起きに見るにはあまりにも濃かった。
しかし大事な友人だ。俺はいつもと変わらぬ口調で返事をし、店へと入れば焦がれた姿が目に入った。

「あっ、我愛羅くん久しぶり」
「…ああ。久しぶりだな」

ニコリと微笑み、山中たちと会話をしていたサクラの視線がこちらに移る。
途端に心臓がキュッと音を立てて収縮し、俺の背が伸びる。変わらぬ薄紅と白い肌。健康そうに色づいた頬がやはり愛らしかった。

「ていうか我愛羅くんまた背ェ伸びたんじゃない?」
「本当だ!いいわよねー。リーもナルトもキバたちも、男の子ってなんでいつまでもああして身長伸びるわけ?あたしももっと身長欲しかったー!」

サクラに続き視線を向けてくる山中とテンテンがかしましく声を立てる。
けれどそこらの居酒屋から聞こえてくる甲高い声とはまた違う、親しみを持った声に煩わしさは感じない。
俺は思わずそうだろうか、と返しつつもカカシに促されるまま上座に着き、隣に座ったナルトに視線を移した。

「ナルトの方が伸びただろう」
「まーな!ほら、俺ってば成長期だから!」
「もうそろそろ止まってもおかしくないでしょ」

得意げなナルトにサクラの鋭いツッコミが入る。
けれどその表情と声音からナルトに対する親しみと信頼が読み取れ、二人の間に築かれた強い絆が少々羨ましい。
しかしそんなことはおくびにも出さず、俺は軽く目を伏せた。そして立て続けに他の影たちも現れ、全員が揃ったところで杯を手に取った。

「かんぱーい!」

軽く声をかけ、杯を鳴らす面々に俺も習う。
カチン、とグラスが立てる涼やかな音は嫌いではない。

「ココさー、手羽先が美味ぇんだってばよ」
「ラーメンラーメン言ってたナルトがついに肉の美味さを語るようになるとはねぇ」
「あ、ちょっと!ナルト肘気を付けてよ、お醤油持ってるんだからさ!」
「テンテン、僕の所におしぼりないんですけど」
「え?あ。本当だ。じゃあ先にあたしの使っていいわよ。今から貰ってくるから」
「あ、じゃあテンテン、悪いんだけど余分に貰ってきてくれる?サイくん今手ぇ怪我しててお箸ちゃんと持てないから、零した時にね」
「ごめんね、テンテン、いの」
「かーっ!木の葉の酒うっめえ!」
「黒ツチさん…だから口調…」
「へぇ、焼酎ってこんな味なんだな。美味いじゃん」

初めの一杯を引っ掛けた途端各々が自由に話し出すこの空間が懐かしい。
一気に騒がしくなった卓の上、運ばれてくる料理も申し分ない。
隣に座ったナルトは相も変わらずあちらこちらに話しかけ、テマリと数席離れた場所に座したシカマルもあれやこれやと周りの面倒を見ている。
聞いた話では最近恋仲になったと聞く山中とサイが仲睦まじく料理を突き、怪我をしたと耳にした手を庇いつつも幸せそうである。
その前ではロック・リーたちが周囲に座す犬塚や日向たちと会話を交わし、おしぼりの入った籠を手に戻ってきたテンテンに礼を述べ会話に花を咲かせている。
相変わらず木の葉は暖かく楽しい。
しかしそんな余裕を持っているような俺であっても、その実こうして意識を他に飛ばしておかないとどうにかなりそうだった。

「あーもう、ナルトってば本当気が利かないんだから!我愛羅くん、お酒注ぐわよ」
「…ああ。ありがとう」

何せ先程まで隣に座っていたナルトが今では雷影ダルイと水影長十郎の間に座り楽しそうに会話をしている。
別にそれを寂しいとは思わない。ナルトは友の多い奴だ。自由にすればいい。だがそうなると自動的にナルトを挟んで隣に座っていた彼女が俺を気遣ってくるのだ。

「ごめんね我愛羅くん。あいつはしゃいじゃっててさ」
「いや、気にする必要はない」

そう、気にする必要などないのだ。俺のことなど。
むしろされたら困る。会いたいとは思っていた。一目でも見れればいいと、そう思っていた。
勿論あわよくば会話をし、食事でもしたいとも思っていた。だがまさか酒を一杯傾けただけでこんな状況になるとは正直思っていなかったのだ。
どうした俺。今日で人生の運を使い切るつもりか。

「そういえば我愛羅くんってお酒好きって聞いたけど、本当?」
「あ、ああ…」

口下手な俺を気にすることなく、取り皿に料理を盛っていくサクラの口が巧みに動く。
相変わらず艶やかな、水に溶かした紅を筆で一寸引いたような淡い唇が脳裏に焼き付く。待て待て、落ち着け俺の本能。

「よかったー!だったらここの料理本当おすすめなの!手羽も美味しいんだけど、このチーズ春巻きも絶品なのよ!はい、食べてみて」
「ああ…ありがとう」

彼女が取り皿に盛っていたのはどうやら俺の分らしく、食欲を刺激するキツネ色の春巻きに視線を落とす。
正直一瞬酒の味を忘れた身ではあるが、それでも有難く春巻きに箸を刺せばパリパリと皮が弾けるいい音がする。
そうして割れた裂け目からトロトロと溶けたチーズが流れ出し、思わず唾を飲みこんだ。

「どう?美味しい?」

サクラの期待に籠った眼差しを受けつつ、冷めきっていない春巻きを口に含み咀嚼する。
弾ける皮と溶けたチーズの芳醇な香りが絶妙で、俺はまだ飲み込みきっていないにも関わらず首を縦に振る。
彼女が絶賛するのも頷ける味だった。

「でしょー?!あとねー、コレとコレとコレもいけるのよ!」

春巻きを味わう暇もなく、面倒見良くあれやこれやと皿に料理を盛ってくれる彼女の忙しない指先を追う。
白魚のような白い指先がそれこそ魚の尾のように優雅に動き、踊る。皿に盛られていく色とりどりの料理よりも、その白い指先を味わってみたいと思う。
ダメだ、まだ一杯しか引っ掛けていないのに箍が外れそうになっている。
俺はそんな自制が効かなくなりそうな自分を誤魔化すように再度杯を傾け、喉を焼く熱にぐっと目を瞑る。
正気になれ。いや、酒を飲みつつ正気になれとはいかがなものか。
けれど彼女はお構いなしに皿を再び寄越し、俺の空になった杯に酒を注ぐ。
ナルトは相変わらず席を移動し、今度は土影黒ツチと酒を飲み交わしている。早く戻って来い。切実に。でないと俺が彼女に手を出すぞ。いいのか、ナルト。いいんだな。

「でー、綱手様のおすすめはあそこの棚に並んでる左から三番目の奴なんだけど、見える?」

彼女の手が俺の腕に触れる。目の前に座るダルイの肩から垣間見える酒棚を指差す彼女の長い睫毛を見下ろす。
漂ってくる花のような香りに、酒に強いはずの頭がぐらりと揺れた。

「でも私的にはこっちの方がおすすめかなー?最初から強いお酒で飛ばすのはちょっとねー」

ニコニコと笑って酒を傾ける、彼女の指先が杯を掴み、濡れた唇からちらりと赤い舌が覗く。
そして琥珀の酒を軽く舐め、淡い唇の中にそれが降りていく。

「あーっ、やっぱり美味しい〜」

濡れた唇を、彼女の赤い舌が撫でる。丸みを帯びた舌先が上唇を舐め、それから白い指先が口の端を軽く拭う。
彼女の唾液と酒に濡れた指の腹がぬらりと光る。

「…我愛羅くん?大丈夫?」
「…ああ…」

周囲ではまだ酒盛りが始まったばかりだ。
目の前に座るダルイは隣に座す長十郎と言葉を交わし、時折それにカカシが混ざる。
杯を傾けるサクラの奥では山中とサイとテンテンが声を上げて笑い、その更に奥ではまた移動したナルトがロック・リーと共にシカマルを冷やかしている。
これだけ騒がしいのに、俺の耳は彼女の声しか拾わない。彼女以外の全てがピンボケする。
酒の匂いの方が強いはずなのに、隣に座る彼女の香りの方が俺を酔わせるように強く香った。

「我愛羅くん?」

サクラの唇が動く。
俺の名前を、彼女の赤い唇が。濡れた唇が、囁くような声が、気遣うような声が、耳殻を辿り脳髄を震わせ、俺の本能に呼びかけてくる。
違う。そうじゃない。彼女はただ純粋に俺を心配してくれているだけなのだ。それを、俺は、

「我愛羅くん、本当に大丈夫?顔赤いわよ」

彼女の白い指先が頬に触れた。
あたたかいのだろうと思っていた彼女の指先はとても冷たく、首を傾げた俺はすぐさま気づいた。
彼女の指が冷たいんじゃない。俺の頬が熱いのだと。

「…ああ、へいきだ」

そこから先はよく覚えていない。
ただ彼女の声に適当に相槌を交わし、戻ってきたナルトと共に料理を突いた。
その頃には既に皆ある程度まで出来上がっており、ダルイや長十郎、カカシやシカマルを交えてくだらない話をしていた。
けれどどの話も俺の記憶にはなかった。ただ彼女の声と匂いだけが体の中で渦巻いていた。数度ナルトに小突かれたがやり返すことはせず、ただ振動が伝わるままに揺られた。
彼女の声が、頭の中から離れなかった。


「いやーっ、皆もう完全に出来上がっちゃったね。帰れる?」

程よく赤ら顔になったカカシが腰に手を当てつつ教師のようなセリフを吐く。
けれど周囲はそれに対しだいじょーぶでぇーす、センセー!などと完全に酔っ払いのテンションで声を返している。
ロック・リーなどは既に月に向かって勝負です!と指を突きつけている。もうダメだ、こいつら。

「我愛羅くんも反応ないけど大丈夫?息してる?」
「ああ、絶好調だ。光合成も目じゃない」

俺は一体何を言っているんだ。
そう思いはしたが口が勝手に動いたのだからしょうがない。でなければいつまでも心ここにあらずな状態で会話が成立するはずなどなかった。
伊達に長年影を勤めてきたわけではない。培ってきた能力がこんなところで無駄に発揮されるのはどうかと思わないでもなかったが、まぁよしとしよう。

「まー、あの我愛羅くんもここまで酔っぱらっちゃったわけだし、元気な人はお客様を大事に送り届けてあげてね」
「はい」

数名の、高い声と低い声がそれに対し返事を返す。
その中に交ざった彼女の声を、やはり俺は鮮明に拾い上げた。酔っているのか酔っていないのか、よく分からない体だ。

「じゃあ我愛羅、あたしたちも帰るよ」
「ん?ああ…」

テマリが俺の肩を掴む。けれど俺はすぐさま首を傾けた。
何せテマリの後ろには面白くなさそうな顔をしたシカマルがいたからだった。

「何だ、お前宿に戻るのか?」
「はあ?」

俺の問いにテマリの顔が怪訝に歪められる。だが俺はてっきりシカマルの家に顔でも出すのかと思っていたのだ。
デートはバレずにしろとは言ったが、付き合っているならば挨拶は大事だろうと思うのだ。

「昼間にちゃんと挨拶をしたのか?してないなら今でも遅くない。行け」
「ちょ、我愛羅お前飲みすぎだろ!おいカンクロウ!お前なんで止めなかったんだ!!」

酒とは違う、僅かに赤らんだ頬を引きつらせつつテマリが叫ぶ。
その後ろでは何故かシカマルが肩を震わせ、カンクロウはへらへらと笑っていた。

「れーじょーぶらって、がーらも大人なんらしよーっ」
「お前が先に出来上がっててどうする!!」
「うへへへへ」

ガクガクとテマリに揺さぶられつつカンクロウがへらへらと笑い続けている。正直気持ち悪いがしょうがない。俺もきっと似たり寄ったりだ。
なので俺は控えていたシカマルに視線を定め、ぐっと親指を立てた。

「健闘を祈る」
「あいあいさー」

ビシリと決めた敬礼姿で神妙に頷かれ、俺も思わずうむと頷く。
あれだ、なんかこう、戦地に赴く友を送り出す気分だ。悪くない。

「あーもう!シカマルも止めなさいよねっ!ほらカンクロウさん、我愛羅くん、宿に戻りましょ」

月に向かって駆けだしたロック・リーとナルトを見送ったサクラがくるりと振り返る。
その頬は初めの頃より確かに色づいており、熟れた果実のように淡く輝いていた。
ああやはり、彼女の姿だけ浮きたって見える。まるで神話に出てくる女神のようだと酔った頭で考える。
もう今更この酔いが醒めるとは思わない。だから俺はいつまでもカンクロウを揺さぶるテマリの肩に手を置き、二人を引きはがしてからシカマルに押し付けた。

「コイツは任せた。いいな」
「了解しました、風影様。この任務必ず遂行して見せます」
「やめんか!!」

相変わらず真剣な眼差しのシカマルにテマリをしかと預け、俺はぐったりと地面に伏せたカンクロウの首根っこを掴むが持ち上がらない。
こいつ太ったな。

「…引きずったら禿げるだろうか…」
「うん…それは止めてあげて」

ぼやく俺にサクラがやんわりと首を横に振る。
それに対し俺はそうかと頷き、代わりにシカマルへと視線を向ける。

「お前が落としたのはテマリとカンクロウですか、それともテマリだけですか」
「…テマリだけです、と言いたいけどまぁ…有難くお預かりいたしますよ…」
「そうか。助かる」
「お前らなぁ!」

相変わらずテマリが何事か喚いていたが、俺がカンクロウを頼むぞ。と告げればついに諦めたように肩を落とした。
何だかんだ言って俺とカンクロウの姉である。酔いつぶれた情けない弟の面倒を見るのも務めだとそう思ったのだろう。

「我愛羅、明日必ずコイツの家に頭下げに来いよ」
「心得た。起きれたらな」
「一人で起きんかっ!」

ペシン、とテマリの手が頭を叩いてきたが大して痛くはない。
そうして結局テマリとシカマルに肩を担がれ、既に寝入ったカンクロウは運ばれていった。

「よし。では帰る」
「我愛羅くん落ち着いて?そっちは宿じゃないわ」

ぐるりとテマリとカンクロウ達、それからサクラに背を向けて歩き出したがすかさず彼女に止められる。
思わずそうだったか…?と辺りを見回すが暗くてよく分からない。というか正直道を覚えていない。弱った。

「これが迷子か…」
「だから落ち着いて?何のために私が残ったと思ってるの?」

呆れたような、酔っ払いの俺を諭すような声音で彼女が優しく俺に告げる。
そう言えば彼女は何故いつまでもここにいるのだろう。彼女も迷子なのだろうか。

「サクラも道に迷ったのか?俺と同じだな」
「あ、ダメだ。本気で酔っぱらってるわこの人」

長い吐息を吐きだし、彼女の手が俺の手を握る。
途端に俺の息が止まった。

「ほら我愛羅くんこっちよ。歩ける?」
「…ああ…」

彼女の手が俺の手を引く。
握られた手へと視線を落とせば彼女の白い指が浮かび上がるように俺の視界を彩った。
月明かりのように発光するその白い指先が、いつまでも俺の視線を奪っていた。





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