小説2
- ナノ -


Happy Halloween!





「突然お邪魔しまーす! ハッピーハーロウィーン!!」
「な、なにごとだ?!」

 夢前さんが突然「襲撃する」と言って向かった先は――私たちの担当官である武田さんの本丸だった。

「こんにちは、蜂須賀さん! トリックオアトリートです!」
「鳥……? え? なんだって?」
「日本語に訳すと“お菓子くれなきゃイタズラするぞ!” です! さあさあ! イタズラをされたくなかったら、お菓子ください!」

 なんという横暴な襲撃だろうか。
 武田さんのところの初期刀であり、本丸の統括を任されている蜂須賀虎徹が困惑したような目でこちらを見てくる。だから謝罪の意を込めて両手を合わせれば、彼も夢前さんと共に過ごしたことがあるから彼女の性格を理解しているのだろう。諦めたように息を吐き出した。

「分かったよ。お菓子を渡せば悪戯はされないんだね?」
「はい! あ。でも酢昆布とか、黒糖の飴とかは却下で!」
「注文が多いねぇ」

 それでも短刀がいるからだろう。お菓子のストックを確認するために蜂須賀は「少し待っていてくれ」と言って踵を返す。だけど柊さんの本丸とは違い、武田さんの刀たちは結構好奇心旺盛だ。蜂須賀が下がった途端にそれぞれの部屋から顔を出してくる。

「よお、夢前に水野さんじゃねえ、か?!」
「き、君たち! なんて格好をしているんだ!」
「美女たちのあられもない姿……眼福だねぇ」
「おい青江! ガチのセクハラ発言かますんじゃねえ!」
「お、お前たち! 見てはいけません!」

 まるで猥褻物扱いだ。短刀たちの目を隠すように部屋に押し込めようとする一期一振に、真っ赤になって部屋に戻ろうとする歌仙とそれを引き留めては笑う青江。そんな彼らの声に、いつも武田さんの補佐を務めている太郎太刀と膝丸も気付いたらしい。部屋から顔を出してこちらを確認すると、すぐさまギョッとした顔で駆け寄って来る。

「水野さん! どうしたのですか、その格好は!」
「な、なんという破廉恥な……! 君に羞恥心はないのか?! とにかく、今はこれを着ろ!」
「わあ。上着ありがとうございます。でもこれこういう衣装でして……。因みに羞恥心は本日限りの埋葬中ですぅ。あ、ところで武田さんは? いらっしゃらないんですか?」

 お菓子をせびりに行った夢前さんたちに代わり、二人に武田さんのことを尋ねれば「今日は休日だから不在だ」と返ってくる。
 ああ……。だから夢前さんここ狙ったのか。武田さんがいないならこんな格好で行っても怒られないと思って。ってことは予め不在にしているかどうか聞いたんだろうなぁ。なんとも用意周到なことである。

「えーと、今日は我が本丸で『ハロウィンパーティー』を開催しておりまして」
「はろういん……。ああ、秋の祭典でしたか」
「そういえば最近てれびでよく特集が組まれていたな。ようは仮装大会のようなものだろう?」
「はい。そんなところですね。私たちのコレも、バニーガールっていう、意外にも歴史ある衣装なんですよ?」

 確かバニーガールは六十年ぐらい歴史があったはず。本場アメリカだともっと長いんだっけ? とにかく意外とこいつらにも歴史があるんだよ、と伝えれば、二人は揃って目を丸くした。

「そうでしたか……。ばにい、ですか」
「はい。見ての通りウサギを模した格好なんです。多少露出は激しいですが……。これでも往来のものに比べたら控えめなんです」
「それでもか?!」
「はい。これでもです」

 オーソドックスなタイプだったらもっと胸元は大胆だし、ハイレグだからお尻も見えている。だけど私と百花さんはスカートタイプだし、夢前さんと日向陽さんも短くはあるけれどもパンツタイプだから臀部は隠れている。
 だから往来のタイプに比べ露出は控えめだ。それを身振り手振りで伝えれば、太郎太刀は「異文化とは……」と空を仰ぎ、膝丸は「理解できん……」と下を向いた。

「それで? 外つ国の祭典では菓子を強奪しに来るのが習わしなのか?」
「いえ。お菓子くれなきゃイタズラするだけですね」
「悪戯、ですか。例えばどのような……?」

 と太郎太刀が首を傾けた時だった。お菓子を強請りに回っていた夢前さんたちが戻って来る。だけど何故か悪戯っ子のような笑みを浮かべており――

「予備のお菓子がない、とのことでしたので、蜂須賀さんたちには“イタズラ”をプレゼントでーす!!」
「は?」
「なんだと?」

 おそらく無駄遣いさせない主義なのだろう。あるいはタイミング悪くストックがなかったか。ぐったりとした様子で廊下に出てきた蜂須賀に憐みの目を向けていると、夢前さんが下げていたサコッシュから丸いものを幾つか取り出した。

「それでは! 我が本丸の鶴丸特製! 唐辛子入りボムです! くらえーっ!」
「な?! ちょ、お待ちなさ……!」
「夢前嬢、ちょっとまっ……!」

 だけど二人が止める間もなく、夢前さんは手にした『特製ボム』を少し離れた位置に投擲する。そうして地面に勢いよくぶつかったそれは風船のように派手な音を立てて割れ、煙幕のように赤い煙を吐き出した。

「あははは! それじゃあセンパイ、私たちは逃げましょーっ!」
「ちょっ、こらっ! 夢前さん!」
「み、みなさん! ごめんなさいっ……!」
「また遊びましょうね〜」
「わーっ! 太郎太刀さん膝丸さん、ほんっとすみませーん!!」

 背後から聞こえてくる「換気しろ換気!」という声や「目が痛い」だの「喉が痛い」「涙が出てきた」という悲鳴の数々に冷や汗が止まらない。そうしておそらく咳き込んでいるであろう太郎太刀と膝丸に心の中で何度も謝罪しつつ、ゲートを潜り抜けた。

「で? 今度は柊さんのところ?」
「はい! トリックオアトリートですよ! 山姥切さん!」
「……休日に襲撃されるとはな……」

 武田さんの本丸から逃げるように出て来たその足で、なんと柊さんの本丸に来た私たちは出迎えてくれた山姥切にカツアゲ同然のことをしていた。

「柊さんが今日いないってことは前から知ってたんですよ。だから皆さんも暇してるだろうな〜、と思って。サービス精神旺盛な、夢前バニーちゃんからのささやかな驚きをプレゼント! ってやつです!」
「はあ。最悪の贈り物だな。返品してもいいか?」
「返品不可です! それよりも、お菓子くれなきゃイタズラですよ〜?」

 辛辣な言葉で言い返されてもめげずに笑みを返す。そんな夢前さんに押されたのだろう。柊さんの右腕として常に共にいる山姥切はため息を零すと、先程の蜂須賀同様本丸の中へと消えていく。
 そうしてこちらも短刀を始めとした好奇心旺盛な刀たちが顔を覗かせ――やはり悲鳴を上げた。

「うわーっ! 破廉恥!!」
「おいおいおい! 今日はいい日だなあ! タダで女の半裸姿が見られるとは!」
「こら! 薬研! 何を言っているんだお前はっ!」
「こいつは驚いた! 俺のてんしょんも鰻上りだぜ!」
「たかぁ! こりゃあたまげたぜよ! 肥前肥前! 見ぃてみい! 別嬪さんたちが遊びに来ぃちゅうぞ!!」
「うるせえ静かにしろ! こっちは寝不足なんだよ!!」

 来た時の静けさが嘘のように、ドッと沸く姿は「男子高校生かな?」と思う程である。これには一緒に来ていた護衛刀たちが警戒して前に出て来たが、盛り上がる声は止みそうにない。
 そんな中、柊さんの本丸では『トラブルメーカー』扱いされている獅子王、鶴丸、陸奥守がすかさず駆け寄って来る。

「はい! はい! お菓子が無かったらどうなるんだ?!」
「え? えっと、イタズラします!」
「ほお! イタズラか! ちなみに、俺たちはどんなイタズラをされるんだ?」
「ほ、本当はあまり使いたくないんですけど、うちの陸奥守さんが作ってくれたこの輪ゴム銃で、バン! ってします!」

 これに答えたのは百花さんだ。どうやら百花さんはこの日のために陸奥守に特製の拳銃を作ってもらっていたらしく、輪ゴムを引っ掛けて相手に打つ。という地味に痛いイタズラを用意したらしい。
 だけど可愛らしい百花さんの可愛らしいイタズラだ。現に古刀太刀たちは「可愛らしいなぁ」と頬を緩め、陸奥守は「えい拳銃じゃあ!」と百花さんの特製銃を褒めていた。

「そっちのわしは器用ながね。あとで見せて貰ってもえいか?」
「はい! 私もすごいなぁ。って思ってたので、ぜひ!」

 そんな百花さんにうちの旦那様が優しく声をかければ、途端に百花さんは笑顔になって自分の陸奥守がどういう風にこれを作ってくれたのかを語りだす。
 中学生とはいえ妖精のような子だ。鈴のような可愛らしい声で必死に伝えて来る姿は本当に可愛くて、全員で癒しを得ている時だった。夢前さんが「罰ゲーム!」と叫びながら戻って来る。

「日向陽さんと一緒に家宅捜査しても何も見つかりませんでした! ってことで、イタズラ開始です!」
「褒め言葉は沢山貰ったんだけどね〜。お菓子は短刀たち用しかなかったから、しょうがないわね」

 生き生きとした様子でイタズラ決行を伝えて来る夢前さんと、のほほんとした様子でその背中を後押しする日向陽さんに苦笑いしか出てこない。
 それでも素直な百花さんは「分かりました!」と答えると、腰に下げていたポシェットから輪ゴムを取り出し、銃に括りつけた。

「そ、それじゃあいきますよ!」
「よし! どんとこい!」
「本気で倒れたら百花嬢は泣くだろうか?」
「おおの。こんまい女の子泣かしたらいかんぜよ、鶴丸じい」

 笑顔で胸を張る獅子王の背後で、鶴丸と柊さんの陸奥守がコソコソと小声でやりとりをしている。
 だけど夢前さんのとんでもない被害をもたらしたイタズラとは違い、こちらは終始穏やかというか、微笑ましい感じで終わりそうだった。

「いきますよ……!」
「おう。ほいたらわしが手伝っちゃるきね。相手に向かって構えたら、よお狙って……バン!」
「やあっ!」

 百花さんを支えるようにうちの旦那様が指を向けつつ指示を出せば、夢前さんは可愛らしい掛け声と共に引き金を引く。
 途端に輪ゴムは勢いよく射出され、獅子王の胸にペチン。と音を立てて当たった。

「うっ! や、やられたぁ〜!」
「獅子王ーー!!」

 ここで鶴丸が悲痛な叫び声をあげるが、百花さんも演技だと分かっているからだろう。すぐに次の輪ゴムを充填し、鶴丸に向かって銃口を向ける。

「鶴丸さん! お覚悟!」
「まはははは! よお狙って!」
「バン!」
「ぐ、ぐわあ〜!」
「鶴丸のおじいー!!」

 流石に九十近くいる刀全員に打つわけにはいかないので、代表としてこの三振りに打ち込みイタズラは完了した。その際戻ってきた山姥切から「主が見ればさぞ悔しがるだろうな」と笑いかけられたが、柊さんは本日親戚の集まりがあるらしく不在だった。
 何せ本人から「死ぬほど行きたくないですが行かなかったら何を言われるか分かったものじゃないので行ってきます」と青い顔で伝えられていたからだ。どうやら親族、というか親戚の誰かと仲がよろしくないらしい。出来れば柊さんも誘いたかったのだが、色々と忙しそうだったので止めておいた。
 まあ、親戚の集まりに行くのとバニーガールになるのとどっちがいいか。と聞かれたら前者選ぶだろうけどね。

 それでも帰る前に山姥切に「柊さんに渡してください」と伝えて手作りクッキーを渡し、また彼には特別にうちの光忠が作った焼き菓子も渡した。いつもうちのお茶が美味しい。と言ってくれるお礼だ。
 その際山姥切は驚いたような顔をしたけれど、柔らかく微笑んで「また主と遊びに行く」と言ってくれた。なので笑顔で手を振って別れ、ようやく我が本丸へと戻ってきた。

「おかえり、主。どうだった?」
「武田さんと柊さんのところは前もって言ってなかったから、イタズラ対象だったよ」
「ははは! それはそうだろうな」
「それじゃあ丁度お昼にもなったし、パーティー始めようか!」

 三人の刀たちも全員我が本丸に集まっており、なかなかの密度になっている。勿論各本丸の厨番たちが食料を持ち込んでくれたため負担は少なかったが、それでも庭にレジャーシートを敷いての大宴会だ。すぐに騒がしく、無礼講の大騒ぎになってくる。
 とはいえ未成年が二人いるうえ、私も下戸だ。だから次郎太刀と日本号には酒を控えてもらい、代わりに我が本丸自慢のお茶を淹れることになっている。おかげさまで最初こそ「え〜。お茶かい? 折角の祭りなのに」と渋られたのだが、うちは竜神様がいるから水が綺麗で美味しく、そのうえ僅かとはいえ神気が流れている。だから神様たちにはより一層美味しく感じられるらしく、今は上機嫌に湯呑を傾けていた。

「センパーイ! ご飯食べたら四チームに分けて、ビンゴゲームしましょうよー!」
「はーい! ご飯食べてからねー!」

 遊び盛りの夢前さんに乞われるまま、昼食後はそれぞれの本丸に分けてビンゴゲームをしたり、外れくじを引いた人がお題に沿った暴露話を披露して怒られたり笑われたりと、賑やかな時間を過ごしたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「は〜。今日は遊びましたね〜」
「本当ねえ。私、こんなにはしゃいだの初めてだわ」
「はい! とっても楽しかったです!」

 用意していたゲームも終わり、皆が片づけをするなか私たちは縁側に座って雑談に花を咲かせている。本当は皆の手伝いをしようかと思ったのだが、この格好でうろつかれると気が散るうえ、主に雑務なんてさせられない。と言われ、四人揃って座っているよう言いくるめられた。
 その際うちの鶯丸と光忠がお茶を用意してくれたので、ありがたく喉を潤しつつ沈みゆく夕日を肴にまったりとした時間を楽しむ。

「あ〜、パーティー楽しすぎてバニーの格好あんまり気にならなかったですね〜」
「そうねぇ。皆もあまり気にしていないみたいだったし、慣れたのかもね」
「いやいや……。割とチラチラ見てましたよ」

 だって日向陽さんだぞ? こんな出るとこ出たナイスバディがこんな格好してたら誰でも見るよ。本人は「そお?」と呑気に首を傾けているけれど、彼女の初期刀である歌仙はものすごくハラハラした様子で彼女の様子を伺っていた。だから「帰ったら労わってあげてくださいね」と伝える。

「てか〜、実はアタシ、去年渋谷のハロパ行ってたんですよぉ〜」
「え? そうなの?」
「そうなんです。でもマジで人多すぎて歩きづらいし、クソナンパ野郎ばっかりでウゼエし、ゴミは落ちてるし、コス被ったとか意味わかんない絡みしてくる奴とかもいて、全然楽しくなくって」

 こちらの腕に両腕を回し、ピッタリとくっついてくる夢前さんは本当にうんざりしたのだろう。可愛らしい顔を渋面で彩っている。
 だから「大変だったんだね」と苦笑いを返せば、夢前さんは「そりゃあもう!」と強調してくる。

「だから、今年はセンパイたちとだけでハロパ出来たらいいなぁ。と思ってたんで、今日は本当に楽しかったです」
「そっか。まあ、この衣装は恥ずかしかったけど、私も楽しかったよ」
「はい! 私も楽しかったです! 学校の皆とじゃ、こんな仮装しないので」
「私もよ。仕事以外でハロウインなんて過ごしたことなかったから、とっても楽しかったわ」
「えへへ! じゃあサイッコーのハロパだったってことですね! やっりー!」

 元気よく笑う夢前さんにつられてこちらも笑っていれば、片付けが終わったらしい。それぞれの護衛刀である加州、燭台切、歌仙が声をかけて来る。

「主。もうすぐ門限だから帰ろう?」
「主もだよ。あんまり遅くなると、またお母さまに怒られるよ?」
「主も、昨日はお世話になったんだから、今日は本丸に帰ってきたまえ。皆も待ってるよ」

 夕暮れに包まれている。ということもあってか、ほんの少し別れるのが寂しく感じてしまう。だけど皆には帰る場所があるのだ。それに手を引いてくれる刀たちもいる。例え本物の“悪霊”が近寄ってきても彼らなら切り伏せてしまうだろう。

「はい。それじゃあお姉さん、今日はおじゃましました」
「アタシも帰りますね。最近門限破り気味で、今日は早めに帰んないとマジギレされそうなんですよね〜」
「私はもう少し一緒にいたいけど……。水野ちゃんに“労わってね”と言われたばかりだものね。今日は帰るわ」
「はい。皆さんお気をつけて。また来年も、集まれたらパーティーしましょうね」

 この戦争がいつまで続くか分からないし、その時に今日集まったメンバーが必ずいるとは限らない。だって『もしかしたら』はいつだって傍にあるから。
 それでも未来の約束は希望にもなる。
 だから笑って告げれば、皆も笑顔で「また来年!」と頷いてくれた。

 まあ色々あったけど、たまにはこういう風に思い切りはしゃぐのもいいかもなぁ。と、未だに仮装したままの姿で騒ぐ刀たちを見て笑みを深めた秋の始まりだった。


 終わり




 水野たちに『バニーガール』の格好させてえなぁ。という欲望から生まれたお話でした。最後までお付き合いくださりありがとうございます。
 因みに柊さんは夢前さんから送られて来た水野たちのバニーガール姿の写真を見て「参加したくないような、したかったような……」と微妙な気持ちにさせられます。
 そして武田さんの本丸では「唐辛子爆弾は二度とごめんだが、女性陣の半裸体は眼福だった」と下世話な話に花を咲かせ、太郎太刀がブチギレて本丸が大変なことになります。

 あと水野本丸の刀たちの下世話な話や、陸奥水のアレソレな裏話は後日専用ページにてUPする予定です。
 普段本編では絶対書かない刀たちの、水野に対する下心とか、陸奥水のRな話とか。正直十月中にUP出来る自信はないのですが、頑張ります。

 それでは、ここまでお読み下さりありがとうございました! Happy Halloween!!



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