小説2
- ナノ -


Happy Halloween!




 水野・夢前・百花・日向陽がバニーガールコスをしてハロパを楽しむお話です。※一応健全。いつものドタバタギャグ風味です。


 ◇ ◇ ◇



 目の前に掲げられた衣装を見て改めて思う。
 この人選は間違いだろう――と。

 そして正確に言えばこの衣装が届く前から思ってはいた。明らかにおかしいだろう、とも。
 でも勝てなかったんだ。多数決という名の圧倒的なパワーに押され、負けてしまったんだ。だから私は悪くない。これでもちゃんと抵抗したもん。もんとか言うな。お前幾つだと思ってんだ。

 脳内でひたすら現実逃避という名のセルフツッコミを繰り返す中、背後では我が本丸にお泊りをしていた女性陣たちが準備をするべく動き出した。


『Happy Halloween!』


 事の発端は数週間前に遡る。政府の仕事で不参加だった柊さんを除くいつものメンバーで『審神者女子会』を開催していたのだが、その時に最も行事毎に関心が高いというか敏感というか。現役女子高生の夢前さんが嬉々とした調子で提案してきたのだ。

「センパイ! 今度一緒にハロウィンパーティーしませんか?」
「ハロウィンパーティー?」

 いつの頃からか日本に浸透した海外のお祭り。「トリックオアトリート!」の掛け声と共に子供たちが大人たちに菓子をせびる、ゴホン。失礼。お菓子をもらい受けに行く歴史ある(?)秋の祭典だ。

 しかしあれって確か、元々は海外式のお盆みたいな行事だったような……?

 うろ覚えでしかないんだけど、ご先祖様だか何だかが悪霊と一緒に帰ってくるから、悪霊に連れ去られないために悪霊というか悪魔みたいな格好して誤魔化す的な話だったはず。
 それがいつの間にか、というか日本では妙に歪曲されて「菓子を寄こせ!」とせびるだけせびって仮装大賞を楽しむ賊なパーティーに変わったんだよねぇ。聞いた話ではあのお菓子にも悪霊を追い払う的な意味があったはずなんだけど……。まあ日本だしな。タコも食うし無機物も国も擬人化する国にまともな行事として浸透するはずがない。

 つーかそもそもお菓子で悪霊を追い払うって何? って感じだしな。実際「なんでそうなったん?」って聞かれたら困るから俗な風習に変わってよかったのかもしれない。バレンタインと一緒。アレも本当は男性が女性に贈り物をする行事だったのに、日本では何故か女性が男性にチョコを送る行事にすり替わっている。お菓子業界の扇動力すごいよね。

 じゃなくて。

 日本では俗なお祭りであったとしても『ハロウィン』自体は歴史ある行事だ。秋の祭典として楽しむのも一興だろう。だから特に否やはなかったんだけど――

「アタシ、今年のハロパはバニーガールのコスしたいんですよね〜」
「え?! バニーガール、ですか?」

 ギョッとした顔で聞き返す百花さんに、夢前さんは「そ! バニーガール!」と元気よく頷き返す。

「だってバニーガールの衣装って可愛くない? ま、アタシもちょっと前までは単なる『エロ衣装』って思ってたんだけど、この前友達と一緒にイベント行ったらめーっちゃ可愛いバニガの衣装着てる人がいたの! で、聞いてみたら今は色んなタイプの衣装があるって教えてくれて! 自分でも調べてみたらスカートとかショーパンタイプとか色々あって、ショップにも行ったらアイドルが着るみたいな、フリルとかリボンがついた可愛いやつもあったんだよね〜。だから思ってたより全然エロくないっていうか。だから一度でいいから着てみたいなーと思って」

 よっぽど可愛い衣装があったのだろう。あるいは気に入ったものがあったのか。目を輝かせながら両手を組み、うっとりと語る姿は生き生きとしている。
 そんな夢前さんの話に別方向から頷きを返したのは、おっとりと微笑んでいた日向陽さんだった。

「そうよねぇ。水商売だとオーソドックスなハイレグタイプが多いけど、遊びで着る分だと色々あるわよね」
「てか、昔のやつしか知らなくて〜。でも普段着でバニー着るとかありえないじゃないですかぁ? だからイベントで着るしかないなぁ、って思ってたんですけど、『待って!? 今度ハロウィンじゃん?!』と思って!」

 テンション上がり気味な夢前さんに日向陽さんは笑顔を浮かべているけれど、百花さんは困惑気味だ。
 そりゃそうだ。何せ彼女はまだ中学生だ。去年までランドセル背負ってた子がいきなり「バニーガール」の衣装を着るとかどんな人生や、って感じだもんな。それに自分からしてもお断りだ。こんな残念もっちり体型がバニーガールの衣装着ても誰得以前に目に毒だ。あらゆる世界からブーイングと共に腐った卵とかトマト投げられる。もはやハロウィンの退治される側である。
 それに着るとしたら夢前さんだけ、あるいは日向陽さんの二人だろう。そう高を括って聞き流しかけていたのだが。

「だからセンパイたちも一緒にどうかな、って!」
「は?!」

 思わぬ発言にすぐさま隣に座っていた後輩を見遣る。今なんて?!

「何言ってんの夢前さん!?」
「だってこんな機会でもないとセンパイ絶対バニー着てくれないじゃないですか!」
「当たり前だよ! っていうかハロウィンがあってもなくても着ねえよ! 第一夢前さんがバニーになるのはいいけど何で私まで?!」

 確かに審神者就任当時に比べたら痩せましたよ! 色々、本当色んな怪事件やら何やらに巻き込まれた結果痩せましたわよ! だからと言って夢前さんや日向陽さんみたいにスタイル良く痩せたわけではない。体重は落ちても相変わらずのお肉加減なのだ。
 ……そりゃあ、中学時代の頃みたいな『デップリ』さはないけれども……。それでもお腹もお尻も慎ましくないし、足も大根だ。そもそも短足だしな!! そんな奴がバニー着ていいわけないじゃん! もはや犯罪だよ!! 恥ずかしくて表歩けんわ!!

 だからどうにかして断ろうと、そのためにも理由を聞こうと思ったのだ。せめて何かしらの納得できる理由があれば、あるいは断れる口実になれる何かがあればと。だが予想通り、この突っ走る癖がある後輩がまともな理由を口にするはずがなかった。

「アタシが見たいだけです! あとセンパイと一緒に思い出のバニーがしたいです!!」
「ガッデム!! 素直かよ!!」

 元々素直なところはあったけど、ここまで欲望に忠実だともはやこっちが打ちのめされてしまう。
 あー、もう。頭痛が痛い。それこそ頭の中で下手くそなトランペットが鳴り響いているかのような酷い事態に額を押さえていれば、ゴーイングマイウェイな後輩は相も変わらずグイグイ迫って来る。

「だってセンパイ、『いい歳した大人がそんな格好できない』とか何とか言って断ろうとするじゃないですか」
「ギクッ」
「それに時が経てば経つほど『着づらい』って思うようになるんですよ?! だったら今のうちに着た方がいいですって!」
「何で私が着たいような感じになってんの?! 着たくねえからな?!」

 誰があんな破廉恥な衣装着るかよ! 断固拒否じゃオラア!
 と徹底抗戦の構えでいたのだが(内心だけ)。ここで本日畑当番だった陸奥守が収穫物を入れた籠を背負って歩いて来る。

「なんじゃあ? どういたがよ。そがぁに大声出して。なんぞあったがか?」
「あ! 陸奥守さん! いいところに!」
「こっらッ! むっちゃんを巻き込むんじゃありませんッ!」

 こちらの腕に抱き着いていた夢前さんがここぞとばかりに立ち上がろうとするが、すかさずその腕を掴んで引き留める。が、ここでバニーガール肯定派(?)だった日向陽さんが代わりに説明をしてしまった。

「水野ちゃんに可愛い衣装を着せたいな、っていう話をしていたの」
「果てしなく歪曲した表現使ったね?!」
「おおの! ほりゃあえいにゃあ! おまさんが着飾るゆうならわしは大歓迎じゃ!」
「ギャーーーッ!!! むっちゃんのアホーーーーッ!!!」

 詳細を一切聞かぬままに肯定しやがった陸奥守こと我が夫にこちらも必死の思いで突っ込みを入れる。

 そりゃあね? 夫が望むのであれば多少のアレソレにはお応えしたいとは思いますよ。ええ。思いますわよ。こんなワタクシでも。ええ。
 何やかんやあった末に入籍しましたし? 御式だって済ませたわよ。書類上でも事実上でも『夫婦』という奴になったわけですよ。平時は『主従』だから今までと大して変わらないけど、夜とか休日とかはちゃんと『夫婦』らしいこともやってるんだよ。何がとは言わんけども。そんで未だに全然慣れてないけれども。

 いや、そこはええねん。

 ただ肩書きとしては人妻改め神妻になったわけですから、気を引き締めないかんな。と思い直して普段着もTシャツ&ジーンズスタイルは辞めましたよ。オフィスカジュアル系の清潔感ある格好を心掛けるようにしておりますわよ。でもそれはいいじゃん。綺麗系だからセクシーでもキュートでもないし、露出もない。皆からも好評だったのもこの際いいとするわよ。別にTシャツ&ジーンズええやんけ。と内心ではぶつくさ言ったこともあるけど今は置いといて。

 こういうイベントごとには積極的に参加してこなかったうえ、コスプレとか縁がなかったから羞恥心がすごいわけよ。そう簡単に頷けない訳ですよ。やりたいかやりたくないかと聞かれたら「やりたくないに決まってんだろ」って即答するんだけど、でもさぁ……。

「だってほら! もうすぐでハロウィンじゃないですかー? だからセンパイやみんなと一緒に仮装したいな〜、と思って説得してたんです!」
「なるほどにゃあ。そういえば万事屋にも“いべんとぽすたあ”が貼られちょったがよ」
「ですよね! うちの刀たちもお菓子とか仮装の準備してるんですよ! でもうちだけでハロパするの寂しいじゃないですかー? だからセンパイたちもどうかな、と思って!」

 ここぞとばかりに陸奥守に売り込む夢前さんだけど、うちの刀たちは基本的に私の嫌がることはしないから大丈夫だと思いたい。
 あ。でも意外とこういうイベントごとというか、お祭りとか好きだから微妙なとこかなぁ……。なんて遠い目をしていた時だった。陸奥守が顎に手を当て頷いたのは。

「ほにほに。ほりゃあえい。初めててれびで見た時はえらい祭りがあるもんじゃち思うたもんやけんど、去年は忙しゆうてそれどころやなかったきね。けんど、今年は新人教育もしちょらん。政府からの依頼もない。ほいたら、たまには羽目を外して遊ぶのもえいと思うけんど。祭りは皆で楽しむもんやきにゃ。ほいたら主も仮装するがやろう? どがな衣装着るか、まっこと楽しみじゃ!」

 Oh No……。こんな期待が込められた、わくわく感っていうの? キラキラしたおめめを向けられたらこっちは押されてしまう訳で……。

「で、でも、ほらっ! 衣装は可愛くても着る人間がこんなんだと、」
「こりゃ。わしの大事なカミさんをわやにしたらいかんぞ」
「あぐっ」

 笑顔から一変。真顔で放たれた“大事なかみさん”発言に不意打ちアタックを喰らってよろめけば、すかさず夢前さんがけしかけてくる。

「そうですよ、センパイ! 陸奥守さんが見たら絶対に喜びますって!」
「そうよ、水野ちゃん。だって陸奥守くんは水野ちゃんの“大事な旦那さま”なんですもの。奥さんとしても旦那さまの期待には応えてあげないと」
「うぐぐっ」
「え、えっと、えっと……! お、お姉さんが不安なら、私もがんばりますっ!!」
「百花さーーーんっ!!!」

 いたいけな中学生を犠牲にしてまで守る恥って何なんですかねえ?!?!?!

 ていうかよくよく考えてみれば『本丸』から出なければいいだけの話だ。渋谷のハロウィンに行くわけでもないし、何かしらのイベントに参加して人前に立つわけでも、キャンペンガールみたいなことをするわけでもない。精々バニーガールの衣装着て皆でキャッキャッしてお菓子せびって渡して終わるだけだ。だったら少しぐらいの羞恥心、百花さんのためにも我慢するべきではないのか?!

「ぐっ……! じゃ、じゃあせめて! 露出は少なめで!」

 胸も足も尻も極力出したくない! あとよく見るハイレグが強烈なやつもイヤだ!
 せめてここだけは守らせてくれ。と血の滲むような声で叫べば、夢前さんは「りょ! まかせてください!」と元気よく答え、日向陽さんは「やったわね、ののかちゃん!」と両手でガッツポーズをとっていた。そして頑固な私のせいで尊い犠牲を払うことになってしまった百花さんはというと、私の背中を擦りながら「可愛い服だといいですね」とどこか慰めるように口にしてくれた。
 ……中学生に慰められる大人って一体……。

 こうして様々な要因、圧倒的な多数決により敗北した私は、後日夢前さんが(勝手に)選んで来た衣装に心も体も真っ白になるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「いや……確かに露出は少なめで、とは言ったけどさぁ……」

 軽めの朝食をとった後。衣装を着るために戻ってきた私室の隣。刀が増えても予備として空けている部屋に皆で集まったわけなのだが、やっぱりこの衣装着るのって相当勇気がいると思うんだ。
 だけど以前水商売に就いていたという日向陽さんは慣れた様子で衣服を脱ぎ始めるし、夢前さんも女子高の更衣室みたいなノリで楽しそうに日向陽さんと会話しながら服を脱ごうとしている。対する百花さんは恥ずかしそうではあったものの、この中では最も健全な衣装ということもあって然程羞恥心は抱いていないようだった。

「……着なきゃダメなのかな……」

 だけど私は違う。思ったよりヤバめの衣装に意識が飛びそうだ。現に殆ど独り言に近いレベルの小言だったというのに、本音を零したん途端に方々から「ダメです」と返ってきてガックリと肩が落ちる。

 ああ……。今日が私の命日なのかもしれない。笑うなら笑ってくれ。

 内心でひたすら涙を流しながら、艶々と光る真新しい衣装に目を向けた。


 ――数十分後。


「めっかわ〜! 見てくださいよ、センパイ! ショーパンタイプも可愛くないですか?!」

 着替えをいち早く済ませた夢前さんが、鏡と私たちの前でクルクルと回る。

 実際リスのようなクリっとした目元が印象的な夢前さんは文句なしに可愛い。丸出しになった腹部にはくびれがあるし、肌も色白だから白と黒の衣装がよく映える。……っていうか、へそ出しタイプを躊躇なく選んでくるその度胸がすごい。私にはまず無理なチョイスだ。

 だけど夢前さんが言う通り、衣装も可愛い。へそ出しスタイルということもあってトップスはかなり短いが、その分真っ白な生地のボタンは黒いリボンになっていて可愛らしい。それにほぼ女性用ボクサーパンツ並に短いショートパンツはサスペンダーで止められている。だからちょっとやんちゃというか、活発的なイメージがある夢前さんにはピッタリだ。それこそ『うさぎ』のようにピョンピョン跳ね回っても違和感がない。
 そして臀部にはしっかりとした丸いふわふわの尻尾がくっついており、セクシーよりもキュート寄りな衣装だなぁ、と思った。
 頭につけたうさ耳カチューシャもエナメルではなく布製で、外が黒で中が白の二重構造になっている。ピンでしっかり固定したためどんなに回っても落ちることはなく、よく似合っていた。

「ん〜。でも上からニーハイ履くか悩みますね〜。ストッキングは履いてるけど、上からタイツ履いても可愛いだろうし……。悩む〜!」

 流石に男所帯で生足は如何なものか。と進言したら、夢前さんも「じゃあストッキング履きます!」と案外すんなり応じてくれた。言うてストッキングも薄いからほぼ生足と言っても過言じゃないんだけどね。
 そんなわけで夢前さんは上からタイツやソックスを履くかどうか悩んでいたのだが、その隙にバニーガール経験者である日向陽さんも準備を終えた。

「水野ちゃんと百花ちゃんがスカートだから、私とののかちゃんはショートパンツにしたんだけど……。どうかしら? 変じゃない?」

 そう言いながらはにかんだ日向陽さんは、控えめに言ってもかなりエロかった。

 いや、ごめん。でもだって日向陽さんマジでスタイルいいからさ……。しかも細いだけじゃなくて出るところは出ている。しかもさ、このヌーブラがすごいんだよ。初めて着ける姿見たんだけど、めっっっちゃくちゃ盛れる。
 下世話な話をして申し訳ないのだが、自分は元が横綱体型だからまあそこそこ肉はあるわけですよ。でも日向陽さんは細いのにデカイんだから『真の巨乳』と言えるわけだ。そんな彼女がだよ? ヌーブラで更に寄せてあげて盛って谷間をドーン! と見せつけてくるわけですよ。

 女でもドキドキしちゃうって。

 現に燕尾服をイメージしたような黒と紫の衣装は、色合い的にも日向陽さんのスタイル的にもものすごく似合っているうえにセクシーだ。開いた胸元はデッカなお山がボーン! と存在してるし、谷間もくっきり。指とか余裕で入るであろう深い渓谷が出来上がっている。圧巻のダイナマイトボディだ。

 だけど燕尾服がモチーフというだけあって、夢前さんとは違い腹部は露出していない。むしろ全体的にカッチリとした印象だ。とはいえやっぱりスタイルがいいからエロく見えてしまう。更には網タイツまで加わっているんだからエロさプラスアルファである。もはや歩く十八禁だ。
 だけど当の本人は相変わらずのおっとりスマイルである。顔と体のギャップが凄すぎて風邪引きそう。

 まあ色々言ったけど「似合っているかいないか」と聞かれたら百億パーセントの確率で「似合っている」としか言いようがないので、私はすぐさま「お綺麗です」と答えた。
 因みにうさ耳カチューシャはオーソドックスな黒い奴で、こちらもピンでしっかり固定していた。いやはや。本当になんでも似合う人である。

「わ、私もできました!」
「あらっ。やっぱり百花ちゃんはピンクが似合うわね〜」
「めっかわ〜〜〜!! 百花ちゃんちょーかわいい〜〜! やっぱり白ピンクは正義ですよね〜!!」

 はしゃぐ夢前さんの言う通り、百花さんは白とピンクの可愛らしい衣装に身を包んでいる。が、こちらは二人とは違い露出はしていない。バニーだと言われなければフワフワな甘ロリファッションに見えるだろう。

 現に横に大きく広がったスカートは二次元アイドルの衣装みたいで可愛いし、そのスカートの下にもパニエを履いているから見えることはないうえに非常に可憐な印象を与えて来る。
 トップスはノースリーブだから二の腕は出ているけれど、フリルがふんだんに使われた胸元は華やかさと可愛らしさが満点。露出はゼロ点。しかも胸元のボタンも大きめで可愛い。更には背中の腰部分に、ピンクと白のチェック柄になっている大きなリボンがついている。そしてその下からぴょこんと丸い尻尾が覗いているのが可愛らしい。
 頭につけたうさ耳カチューシャも、ふわふわの白い毛にピンクの布地、更にはピンクのリボンがついているというエロさより可愛さに全てを振ったような衣装だった。しかもこれが似合う百花さんの美少女ぶりたるや。いや、本当可愛いな?

「百花さん可愛すぎでは? 外に出したら誘拐されるレベルじゃん」
「ですよね! 美少女コンテストで優勝できる可愛さですよ!」
「そ、それは言いすぎですっ!」
「でも本当に可愛いわぁ〜。アイドルみたいね。握手してもらおうかしら?」
「も〜! ひなたさんっ!」

 元々小柄でほっそりとしていることもあり、白いニーハイもよく似合っている。甘ふわ白うさぎな百花さんは本当に可愛い。可愛いが可愛い服着てるんだからそりゃあもう「可愛い」としか言えない訳で。
 辛抱堪らず「癒される〜」と頬を緩めていると、百花さんの姿をスマホで撮っていた夢前さんが振り返った。

「じゃああとはセンパイだけですね!」
「うぐっ」
「往生際が悪いですよ、センパイ! もうみんな着替え終わってるし、メイクだってセンパイは終わってるんですから! あとは諦めて着替えるだけです!」
「そうよ、水野ちゃん。一人で着替えられなかったら私が手伝うから、いい加減諦めて着ましょうね?」
「エーン! こんな時ばっかり押しが強い!」

 若干泣きが入るが、これでも「こうなったからには腹を括って着よう」とは思ったのだ。だけど一緒に入っていた下着があまりにも心許ないデザインだったため決意が瓦解してしまい、化粧に逃げていた。だけどそれも限界がある。

 縮こまるこちらの服を日向陽さんが引っぺがそうとしたので、「せめて夢前さんと百花さんは私の部屋でメイクしていてください!」と叫んだ。流石にバニーに着替える姿を見られるのは抵抗がある。そんな魂からの悲鳴に二人は残念そうにしたけど、こちらが全力で「本当にマジでお願いします。情けない大人のお願いを聞いてください」と両手を合わせれば頷いてくれた。
 というわけで一緒に入浴した経験もあり、バニーガールの衣装を着たこともある日向陽さんに着替えを手伝って貰ったのだが。

「マジでどんな罰ゲームだよ……」
「あ〜、いいわぁ〜。すごくいいわよ、水野ちゃん! 大丈夫! とっても可愛いわ!」
「嬉しくないですッッ!!」

 着ました。着ましたわよ。
 人生初ヌーブラで、いつになく盛られた胸の谷間がめちゃくちゃ恥ずかしい。ていうか露出少なめで、ってお願いしたのに! 普通に胸元出てるんだけどどういうことなの?!?!

「これ胸元もう少し隠せませんかね?! ガッツリ谷間見えてるんですけど!」
「そう? 昔着た衣装に比べたらちゃんと隠れてるわよ?」
「どこがですか?! ほらもう、こうしたら丸見えじゃないですか!」
「丸見えじゃないわよ。だって私が着た衣装はこういう感じに開いてたから、それに比べたら全然マシでしょ?」
「ひえっ」

 ちょっとでも前屈みになったらこう……胸の半分ぐらいが見えてしまうからどうにかならないのかと助けを求めたのだが、かつて過激な衣装に身を包んだことがある経験者は「こういう感じ」と言ってY字型に胸元をなぞってくる。……た、確かにそれに比べたら隠れてはいるんだけれども……。

「というか、この衣装、ののかちゃんだと胸元ちゃんと隠れるのよ。ほら、あの子小さいじゃない? でも私と水野ちゃんは大きいから、どうしても見えちゃうのよ。だからののかちゃんも気付かずに選んだ可能性あるわよ?」
「知りたくなかった事実! っていうかこれヌーブラで盛ったせいですよね?! 普段のブラならここまでボリューミーにならないんですけど!」
「うふふ。バニーってそういうものなのよ、水野ちゃん。男性には夢を見せてあげないと。ね?」

 経験者は語る。と言わんばかりに知らなかった知識をドコドコ寄こされてこっちは涙目である。
 っていうかこんな元ドスコイ体型のもちもちボディ見て誰が喜ぶんじゃい!! それでも頑張って着た私を誰か褒めて欲しい。
 なんて内心で呟いている間にも隣室にいた夢前さんと百花さんが顔を覗かせ――何故か黄色い悲鳴を上げた。

「やっっっ…………ばーーーーー!!!!! センパイセンパイセンパーーーイ! 超似合ってます! セクシーでもありキュートでもあり! 最高じゃないですかやったー!!!」
「そんなに喜ぶ?!」
「お、お姉さん、すごい、すごいです……! ひなたさんもすごいですけど、お姉さんもすごいです!」
「百花さん。もしかしてそれ胸のサイズのこと言ってる?」

 ガックリと肩を落としたこちらことワタクシに用意された衣装はですね、夢前さんと同じ黒と白のオーソドックスなカラーリングになっているスカートタイプの衣装だった。
 ただ『露出少なめ』を意識してくれたようで、燕尾服風のノースリーブ形ベストが膝の後ろぐらいまである。だから臀部や太ももの裏はちゃんと隠されていた。ただその分前が短い。太ももの半分より上しかスカート部分がない。恥ずかしさで死にそう。しかもスカート部分もチュール生地で出来ているから透け感がヤバイ。色が黒だし衣装も黒だから隠れているように見えるけど、心許なさ過ぎて憤死しそう。
 胸元もヌーブラで寄せてあげているからいつもよりボリュームがあるし、胸元から首元、二の腕そして肩甲骨部分には布地がない。つまりネックライン(デコルテ)から背中の三分の一ぐらいが無防備状態なのだ。一体どういうことなの?
 それでもトップスを支えるための肩紐が太め&長めなので完全に丸見えになっているわけではない。ないけれども、無防備といえば無防備だ。

 うぅ……。これもうほぼ丸見えと呼んでも過言ではない気がする……。
 内心で羞恥心と戦っている間にも日向陽さんがうさ耳カチューシャを被せ、ピンで固定してきた。

 うえええええん!!! 流石にイヤだよう! こんな格好で皆の前に出るの!!! しかもハロウィン当日は平日だから、ってことで前倒しで休日にハロパ開催することになっちゃったから皆本丸にいるんだよ!! それにこうして用意している間にも皆の所の刀(護衛役)が二振りずつ来ることになっているし、つまりは色んな刀たちにこのヤベエ姿を見られるわけで……!

「う、埋まりたい……!」
「大丈夫ですって、センパイ! めっちゃ可愛いですから!」
「はいっ! お姉さん、綺麗です!」
「あとで沢山写真撮りましょうね」
「うえーん! 発言がリア充!」

 正直生まれたての子羊並みにプルプルと震えているのだが、夢前さんと日向陽さんはお構いなしに「行きましょーっ!」「おーっ!」とテンション上げ上げだ。対する私は百花さんに手を握って貰っているという体たらく。本当やばさしかない。情けないという意味で。

「おん? 着替え終わっ――」
「主、おは、よ……」
「……主?」
「な、なんという破廉恥な……!!」

 部屋の前で待機していたのは、狼男に仮装していたうちの陸奥守と、吸血鬼がモチーフらしい、百花さんの加州。普段とあんまり変わりがないように見えるけど、いつもよりちょっと派手めな執事服を身に纏った夢前さんの燭台切と、某魔法使いのような衣装を着た日向陽さんの歌仙の四振りの保護者兼護衛役だった。
 が、やはり驚いたのだろう。陸奥守と加州は目を丸くして硬直しているし、燭台切は笑顔でキレてるし、歌仙は顔を真っ赤にして震えている。
 ……うん! 穴があったら入りたい!

「あ、主は可愛いけど! 水野さんは何て格好してんのさ?!」
「だよね! 私もそう思う!」

 自分の主は露出控えめのフワロリ衣装だからすぐに衝撃から回復出来たのだろう。百花さんの加州に突っ込まれるが、本当それな! って感じである。
 それに続いたのは、胸元は隠れているけどへそ丸出し衣装に身を包んでいた夢前さんの所の燭台切だった。

「水野さんたちもだけど、主もだよ! そんなにお腹出して! お腹痛くなっても知らないよ?!」
「ちょっ! そんな母親みたいな心配しないでくださいよ、燭台切さん! てか他に言うことあるでしょ?!」

 こちらはこちらでなかなかのオカン気質、ゴホン。失礼。心配性のようだ。夢前さんと元気に口論している。
 かと思えば私の斜め前では日向陽さんと歌仙が一方通行なやり取りを繰り広げていた。

「主! きみは何て破廉恥な格好を……!」
「大丈夫よ。何も恥ずかしくないもの」
「“破廉恥”とはそういう意味ではなくてだね……!」

 あ〜。本気で言っているのか躱しているだけなのか。のらくらしつつ微笑みを絶やさない日向陽さんに、彼女の初期刀である歌仙が必死に道理を説いている。けど響いているようには思えない。
 ……うん。まあ、歌仙さん頑張って。としか言えそうになかった。

 そんな中未だに何も言わないうちの陸奥守こと旦那様を見上げれば、じっとこちらを見下ろしているだけだった。

「え、えっと……。に、似合わないよね? こんなの……」

 似合っている。と言われてもそれはそれとして恥ずかしいんだけど、かと言って面と向かって「似合わない」と言われるのも辛い。辛いって言うか悲しい。
 だから不安に思いながらも言葉を待っていたのだが。

「にえっ?!」

 突然ギュッと抱きしめられ硬直する。しかもいつもより力が強いし、体も熱い。それにつられたかのようにこちらも口を噤んで自分の煩い心臓に全身を支配されていると、陸奥守は深く息を吐き出しながら耳元に唇を寄せてきた。

「かあえい。よう似合っちゅう」
「うひっ」

 小さくとも掠れるような熱っぽい呟きに、思わず背筋が震える。そんな私にフッと笑ったかと思うと、陸奥守は体を離した。

「けんど、他の男には見せとうないにゃあ。わしだけのもんにしたいぜよ」
「〜〜〜〜ッ!!!」

 甘い言葉と同時に頬をくすぐるように撫でられ、咄嗟に身を竦めれば首筋にまでその手が下りて来る。まるで夜のアレソレを思い出させるような手つきに全身を震わせていれば、どこから見ていたのか。縮こまる私の手を小さな手が掴んできた。

「陸奥守さん。主が死にそうだからやめてください」
「んははは。すまん。あんまりにもかわえいき、わりことしてしもうた」
「気持ちは分かりますが……。皆さんの目もあるので。夜まで我慢してください」
「おーの。すまざった」

 私の懐刀である小夜が助け舟を出してくれたおかげで、どうにかこの甘ったるい言葉と視線から逃げ切ることが出来た。だけどほっとしたのも束の間、すぐさま小夜の発言に冷静になる。……今、夜まで我慢しろ。って言わなかった?

「はあ〜……。けんど、夜までもつやろか。わしの理性」
「もたせてください。じゃないと僕が陸奥守さんに刃を向けないといけなくなるので」
「ほりゃあ我慢せんといかんにゃあ。はあ……。かわえい妻を持つと大変ぜよ」

 やれやれ。と肩をすくめるけど本当にちょっと待って欲しい。二人きり、もしくは小夜を含めた三人しかいなかったら平気だけど、この場には他の刀や友人たちもいるわけで……! それなのにそんなこと言われたらどんな顔したらえいか分からんやないか!!
 現にあちこちから視線が飛んでくる。というかブッ刺さって来る。

「はー。相変わらず“らぶらぶ”って感じ? でも仲がいいのは結構だけどさ、未成年の主の目も気にしてくれる?」
「大丈夫だよ! 私もお姉さんと陸奥守さんが仲良しで嬉しいから!」
「まあ〜、正直言えばセンパイを取られちゃったのは悔しいですけどォ〜、でも陸奥守さんが相手とか勝ち目ないんで〜。とりあえず、センパイが幸せならそれでいいです」
「そう言う割に拗ねた顔してるよね、主」
「もーっ! 燭台切さんマジで一言余計なんだけど!」
「うふふ。真っ赤になってる水野ちゃんも可愛いわ。ずっと見ていたいぐらいに」
「はあ……。もう既に僕は疲労を感じているよ……」

 ぐおおおおっ……! やっぱり見られてた! やっぱり見られてた……!
 でも皆心が広いからか冷やかすよりも受け入れてくれている……? あ、ありがたいと言えばそうなんだけど、やっぱり恥ずかしい。

 それでも皆の背を押し、小夜と手を繋ぎつつ大広間でパーティーの用意をしていた皆の元へと赴く。そうして夢前さんが元気に「ハッピーハーロウィーン!」と声をかければ、すぐさま全員から元気よく「トリックオアトリート!」の掛け声が帰って来た。
 ――のだが。

「わあああ?! 主たち何て格好してんの?!」
「上着! いや、誰か毛布持ってきて!」
「暖房入れろ暖房!」
「待って待って! 大丈夫だから! これこういう衣装だからあ!!」

 途端に過保護を発揮した刀たちに盛大に突っ込みを入れ、どうにかこうにか夢前さんと日向陽さんと一緒に『バニーガール』という存在というか衣装について説明する。その際やたらと皆に「どうなってんだ」とか「寒くないのか」とか「ポロリはありますか?!」と聞かれて「ねえよ!!」と盛大に突っ込みを入れ、どうにか理解してもらった。
 だけどやはり目のやり場には困るらしい。あらぬ方向を向いてはチラチラと視線を寄こしてくる。

「いや……。そうか。主たちが納得しているのであれば、まあ……」
「でも流石に過激だと思うんだけど」
「可愛いけど、ボクたちも男なわけだしねぇ……」
「百花嬢はともかくとして、主と日向陽嬢は目のやり場に困るな」
「ちょっと薬研くん?! アタシはどうなんですか?!」
「ははは! 夢前嬢は腹さえ見なけりゃどうも思わんな!」
「ムカツク!!」

 豪快に笑う薬研に夢前さんは食って掛かるけど、皆の言い分には「それな」としか言いようがない。実際こんなもちもち野郎がこんなセクシー&キュートな衣装を着るとか百年早いわけですよ。だから心の中で「もう脱ぎたい」と何度も呟いていると、悪魔に仮装したつもりなのだろうか。頭に妙なぼんぼりがついたカチューシャに黒いタイツ姿の鯰尾が話しかけて来る。

「まあ、俺としては主のそういう格好は大歓迎だけど! 普段ガード硬い分、ドキッとしちゃうからね!」
「え〜? 言うほどガード硬いか? 普段もちゃんとした格好してるだけなんだけど」
「えっと、主君は堅いというよりも、日頃肌を晒すことがありませんから」
「はい。特に主様は袖が長いものを好まれております。ですので、こうして肌を露出する姿は我々も見慣れておらず……」

 ここで鯰尾に続き、某世界的有名ゲームのキノコな兄弟の姿に仮装した前田と平野が説明してくる。おかげで「なるほど。免疫がないのか」と会得がいった。
 例えば普段からミニスカートやショートパンツを履いていたり、ノースリーブやワンショルダーなどネックラインや肩、二の腕を晒す服を着ていたら彼らもここまで「わーっ!」とはならなかっただろう。
 だけど日頃から肌を晒すことは殆どない人間がこんな格好をすればどうなるか。そりゃ驚くに決まっている。何せこっちは夏場であろうと、仕事中はクーラーを入れているから半袖か七分袖の上に薄手のカーディガンを羽織っているし、下は季節関係なく長ズボンしか履かない。たまにスカートを履く時はあるけれど、それもミニスカートではなく膝丈が多い。もしくはワンピースか。だから彼らが動揺してしまった理由もよく分かる。

「まあね〜。これでも露出控えめな衣装らしいんだけど、結構胸元とか背中とか出てるしねぇ。困惑させて申し訳ない」
「い、いえ! その、た、確かに気恥ずかしくはあるのですが……!」
「目のやり場に困るだけで、似合っていないわけではなく……!」
「あはは。二人共ありがと」

 一応背中が露出しているから、髪は結ばず下ろしたままにしている。何だかんだ言って美容室に行く暇がなく、気付けばロングヘアーになってたから肩甲骨のところまではあるのだ。そのため背中側はそこまで気にしていないんだけど、前はね。やっぱりね。盛っちゃったせいでボリュームが出ているから、彼らもどうしていいのか分からないんだろうな。
 それでも前田と平野の優しいお世辞にお礼を返していると、何故か軽いざわめきが広がった。何かと思い顔を上げれば、こちらを凝視するように見ていたチャイナ服に身を包んだ鶯丸と、陰陽師的な格好をした三日月の口から「思ったよりデカいな」とか「眼福だなぁ」とか聞こえて来て「はあ?」と返す。

「あの……。主?」
「ん? なに? 小夜くん」
「その……あまり、前屈みにならない方が……」
「あ」

 多分二人にお礼を言う時にちょっとだけ上体を曲げたからだろう。うっかり見えてしまった谷間に動揺が走ったらしい。
 ……なんかさ。自分でも気になっていたのは事実なんだけど、ここまで動揺されるとどんな顔していいのか迷うね?

「あー……。でも、私より日向陽さんの方がボリュームとしては上だと思うんだけど」
「いや、ボリュームの問題じゃなくてね? 僕たちは主の刀なわけだから、やっぱり主を気にしちゃうんだよ」
「燭台切の言う通りだよ。その……まさか君がそんな過激な格好をするとは思っていなかったから、どういう顔をすればいいのか……」
「ああ、なるほど」

 ここで声を上げたのは、どこかシャレオツな海賊の格好をした光忠と、書生服に身を包んだ歌仙だった。
 成程。言われてみれば納得する。元は刀なんだから、持ち主に注意を向けてしまうのは性とも言えるだろう。
 一人頷いていると、キョンシーの仮装をしている左文字兄弟が揃って追従してくる。

「二人の言う通りですよ。言っておきますけど、殆どの刀があなたより身長が高いんですよ? この視線の高さからどう映るか、考えたことあります?」
「うん。ないね」
「主……。陸奥守と小夜から離れてはいけませんよ……」
「そんなに?!」

 江雪のダメ押しと言わんばかりの忠告に驚くが、これに頷いたのは百花さんや夢前さんの本丸から来た護衛短刀たちだった。

「そうですよ、みずのさま! みずのさまはたくさんのかたなにすかれているのですから、きをつけないと!」
「今剣の言う通りだぜ、水野さん。うちの大将はともかくとして、水野さんと日向陽さんは妙齢の女性だ。それに二人共呑気と言うか危機感がないというか……。心配になるレベルだから、護衛役から離れんなよ?」
「りょ、了解であります……」

 百花さんのところの二振り目の今剣と、夢前さんの初鍛刀でやってきた厚藤四郎に釘を刺されどうにか頷く。
 言われてみれば確かに。短刀を除けば皆年頃(?)の男達だ。肉付きのいい女性を見たらムラッと来てもおかしくない。……そこに自分が加わっている理由が謎なんだけど、胸元のボリュームだけで見ればそこそこあるからな。それでだろう。じゃなきゃこんな残念ボディに目が行くわけないし。

「それよりも! ハロウインなんですからお菓子交換しましょうよ!」
「ああ、そうだね」

 私たちの格好については一旦置いておいて、ハロウインと言えばやはりお菓子だ。この日のために一応、手作りでクッキーを用意しておいた。因みにこの後夢前さんたちの本丸にもお菓子を強請りに行く予定なので、お菓子は結構な量集まるだろう。
 そしてこのお菓子も、自分の刀たちが用意したのを自分の本丸で分けるのは面白くない。だから集めたお菓子はそれぞれ交換することになっていた。

「それじゃあセンパイ! トリックオアトリート!」
「はいはい。ちゃんと用意してますよ」

 真っ先に声をかけてきた後輩第一号に、手作りのクッキーと市販のお菓子をラッピングした袋を差し出せば「ありがとうございまーす!」と笑顔で受け取る。そんな夢前さんに苦笑いしていると、今度は百花さんが控え気味に「トリックオアトリートです」と言いに来たので、こちらにも同じようにお菓子を渡す。

「あ、因みにその不格好なクッキーは私が焼いたやつだから。不味かったらごめんね?」
「え?! センパイの手作りですか?!」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
「や、普通にホットケーキミックスで作った簡単なやつだから……」

 そんなにいいものじゃないんだよ。と続けようとしたのに、それでも二人は「嬉しい」と眩い笑顔を見せてくれたので大人しく口を噤んだ。
 うん! 喜んでくれるならそれが一番だよね!

「水野ちゃん。私もトリックオアトリート、って言ってもいいのかしら?」
「勿論ですよ。はい、どうぞ。日向陽さんの分です」
「あら〜、ありがと〜。もうノルマとか気にせずにお菓子を食べられるのって、幸せねぇ」
「うぐっ。そ、そうですね」

 何気なくブッ込まれる悲惨な過去に心臓を突き刺されるが、それでも本人が気にしていないならこちらも過剰に反応すべきではないだろう。だからどうにか笑顔を取り繕えば、日向陽さんは嬉しそうに微笑みながらお菓子をジャックオーランタンの形をした籠に入れた。

「それじゃあ皆さんにもお菓子ねだっちゃいますよー! 言っておきますけど、センパイの刀だろうとお菓子くれなかった人には、うちの鶴丸さんが作った『特製! 唐辛子入りボム』をお見舞いしますからね!」
「普通に迷惑だから室内で爆発させるのはやめてね?!」

 どこの本丸でも鶴丸は妙なものを作る質らしい。
 ところでうちの鶴丸はどこに行ったのかと視線を巡らせれば、背後から「わっ!」と声をかけられ「ピーッ!」と情けない悲鳴を上げてしまう。しかもすかさず振り返った先に立っていた男の口元にはリアルなサメの口を模したマスクがつけられており、そこでも悲鳴を上げてしまう。

「驚かすなアホーーーーッ!!」
「わははは! 油断大敵だぞ、主! ついでにとりっくなんとかだ!」
「言うならちゃんと言え! このアホ!」

 普段は全身真っ白な衣装に身を包んでいる鶴丸だが、今日はハロウィンパーティーということもあり普段とは真逆の、カラフルなピエロに扮していた。
 しかもサメの口内を模したマスクはわざわざ私を驚かせるためだけにつけていたらしく、もう外している。

「鶴丸はピエロにしたんだね」
「ああ。今日は外つ国から伝わってきた祭りなんだろう? だからあちらの様式に合わせようと思ってな」
「なるほどね〜。それにしても、案外よく似合ってるじゃん。鶴丸ピエロ」
「ははは! そりゃあ嬉しいお褒めの言葉だな!」

 実際、肌の白い鶴丸は明るい色がよく似合っている。赤や黄色、水色といったカラフルな水玉模様が印象的な上下の衣装に、赤いつけ鼻。目元にも星の模様を描いており、なかなか滑稽なピエロになっていた。

「それじゃあ鶴丸にもクッキーね。一応手作りだけど、不味かったらごめん」
「主が手ずから作ったものを無碍にはしないさ。それに、きみは自分で思うよりずっと料理上手だと思うぞ?」
「またまた〜。鶴丸ってばお世辞がうまいよねぇ〜」

 夢前さんたちがうちの刀たちから次々とお菓子を貰う中、鶴丸との会話を楽しんでいたのだが。何故か鶴丸は笑みを深めると、こちらの耳元に唇を寄せてきた。

「あまり油断しない方がいいぞ? 鶴と名はつけども俺も男だからな。夜には狼にもなる」
「ッ!!」

 不穏な発言に思わず身を引けば、すぐさま鶴丸は体を離して両手を上げた。

「待て待て。主の体には触れていないぞ?」
「触ってなくても今の距離はダメです」
「小夜の言う通りじゃ。わしのカミさんに何しゆうが」
「おいおい。間男扱いは止めてくれ。まあ、そういうのが嫌いなわけではないが」
「鶴丸(さん)!」

 護衛役の二人が眉を吊り上げれば、途端に鶴丸は苦笑いを浮かべる。が、すぐに手の平にボールのようなものを乗せると、器用にジャグリングを始めた。

「まあまあ! 今日の俺は道化師だ! 少しのお遊びぐらい、大目に見てくれたまえ! そらよっと!」
「うわっ?!」

 言うだけ言ったかと思うと、道化師姿の鶴丸はボールを勢いよく天井にぶつける。途端にそのボールは音を立てて割れ、中からヒラヒラと、色紙を切って詰めたのだろう。カラフルな紙吹雪が降ってきた。

「はははは! 驚いたか?!」
「〜〜〜〜!!! もう! 鶴丸!!」
「ははは! それじゃあ俺もお菓子を配りに行くとするか! じゃあな、主! ちなみにお菓子はココに入れておいたぜ?」
「は? ここ?」

 ここ。と鶴丸がウィンクと共に示した場所は胸元で、無意識に視線を下げて固まった。

「あのセクハラ鶴、手が早いですね」
「ったく、油断も隙もねえな」
「はあ……。これだから鶴丸さんは……」
「わしは喧嘩を売られたんやろうか」

 一部始終を見ていたのだろう。呆れたように宗三と和泉守が声をかけて来るが、答える力が残っていなかった。
 何せ鶴丸が私宛のお菓子を突っ込んだのは、事もあろうに盛りに盛った胸の間だったからだ。

 そりゃあ確かに「何か挟めそうだな」とは思ったけどさ! お菓子突っ込まれるとは思ってなかったよ!!

「長谷部! 秋田! 乱! 前田! 鶴丸確保してきて!」
「は! 主命とあらば!」
「はい! 了解です!」
「オッケー! すぐに捕まえて来るね、あるじさん!」
「畏まりました!」
「主。俺は何をすればいい?」
「鶴丸が戻ってきたら容赦なく天井から吊って。亀甲さん! 縄貸してもらえます?」
「勿論だとも! すぐに持って来るよ!」
「ありがとう。それじゃあ長谷部が鶴丸を確保したら、皆でくすぐり攻撃するよ! 主へのセクハラは許しません!」
「了解!!」

 逃げた鶴丸を追うために広間を飛びだした長谷部に続き、巴形が声をかけてくる。だから背の高い彼に鶴丸を天井に吊るしてくれるよう頼み、そのための縄を亀甲に頼む。
 そうして短刀with長谷部の機動力により無事捕獲された鶴丸を巴形がキッチリと吊り上げ、鳥の羽やら猫じゃらしやらを使って皆で全身をくすぐってやった。

「ぶはははは! ひい! やめてくれ! 笑い死ぬ!!」
「反省しろ、このイタズラおじいちゃんめ! そもそもこっちが『トリックオアトリート』って言ってないから、このお菓子も無効です。やったれ皆! 主の仇を討ってくれ!」
「オラオラオラーッ! 日頃の怨みもここで晴らしてやるーっ!」
「復讐……!」

 ノリノリな加州と小夜、それに色んな刀が交代で鶴丸をくすぐり倒し、我が本丸のビックリおじいちゃんは笑い疲れて床で伸びることになった。

「はあ……はあ……。ははっ、はろういん……なかなか侮れない祭りだったぜ……」
「全然凝りてねえな、じいさん」
「もー。本当鶴丸さんはしょうがないんだから」
「主。もうこの鶴焼きましょう」

 和泉守や乱に突かれながらも、それでもハロパを満喫しているらしい鶴丸に苦笑いしか浮かばない。だから捕獲してくれた長谷部には「焼き討ちはしないよ」と答えつつお礼を兼て頭を撫でてやれば、途端に桜が舞った。

「因みになんだけど、主はどんなイタズラを考えてたの?」

 ここでうちの光忠に声をかけられ、床に転がっていた鶴丸も興味深そうな視線を向けて来る。確かにイタズラを何にするか迷ってはいたんだけど、鶴丸の今の行動で心を決めた。だから敢えてニッコリ笑って皆にも聞こえるよう、大きな声で告げる。

「日付が変わるまで存在しないものとして扱う」
「え?」
「話しかけられてもガチで聞こえていない振りするし、誰かが名前呼んでも「え? 誰それ?」って反応するつもりだから。お菓子渋ったらその時点で“無き者”として扱うからよろしくね?」

 普段こういうことは言わないしやらないから皆驚いたのだろう。一瞬広間が静寂に満ちるが、すぐさま色んな刀たちから「お菓子ちゃんと用意してます!!」と申告されて笑ってしまった。
 あとは鶴丸だけど、さっきくすぐり攻撃したからね。これでチャラにしてあげよう。と“無き者”扱いはしないことにした。

 その後は夢前さんや百花さん、日向陽さんの本丸にも顔を出し、お菓子を配ったり貰ったりする。その際は流石に人手が足りないので陸奥守や小夜に手伝って貰いながらお菓子を本丸へと持ち帰り、また次の本丸へと顔を出した。

「それじゃあ次の本丸に行きましょう!」
「え? 次の本丸?」

 それぞれの本丸には既に顔を出した。皆こちらの姿を見ては悲鳴を上げたものの、ちゃんとお菓子は用意してくれていたので割かしスムーズにやり取りが出来た。だからもう他所の本丸に伺う予定はなかったのだが。

「ふっふーん。実はもう二ヶ所、サプライズで襲撃しようと思っているんです!」
「サプライズで襲撃って……」
「えっと、どこに行くんですか?」

 呆れる私とは違い、素直に尋ねる百花さん。そんな私たちに楽し気に腰に手を当てて夢前さんが口にした名前に、思わず口を開けてしまった。



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