小説2
- ナノ -


後から気づいたけど、アレ間接キスだよね?



匿名様から10万打企画でリクエスト頂いた、軽装姿の大典太と出かける水野です。
本編軸に寄り添いながらも恋人のようなそうじゃないような感じ。初心な二人、になっているといいのですが。
何はともあれ楽しんで頂けたら嬉しいです。




 政府から刀剣男士たちに『軽装』が配布されてから数日。時期的にも夏真っ盛りだからか、多くの刀たちが喜んで袖を通している。とはいえ日中は内番なり出陣なりがあるので通常通りではあるのだが、やはり夜は涼しくて楽な格好がいいのだろう。最近は夜まで内番着で過ごす刀は少なかった。

 さて、そんな見た目だけでも涼しくなってきた我が本丸ではあるが、本日私は万事屋へと足を運んでいた。


『後から気づいたけど、アレ間接キスだよね?』


「は〜、やっぱり現世に比べればこっちの方が涼しいわぁ」

 勿論夏なので暑いものは暑い。だが万事屋があるのは現世とは隔離された特別な空間だ。ビル群やアスファルトもないので太陽光の反射もない。人混みは多少あるが、都内のスクランブル交差点に比べたら可愛いものだ。
 とはいえ全く暑さを感じないわけでもないので、手にしていたハンカチをうちわ代わりにして扇ぐ。

「主」
「ん? あ、ありがとう。大典太さん」

 ジリジリと焦がすような太陽光に浮かぶ汗を拭っていると、突如頭上に影が落ちる。振り向くようにして見上げると、そこには浴衣の袖を掲げ、日傘のように影を作る大典太光世が立っていた。

「でも大典太さんが暑くない?」
「いや、気にするほどでもない」

 蔵にいた時間が長いから日に当たるのは慣れていないはずなんだけど、大典太は案外平気そうな顔で後ろをついてきている。

 本来ならば彼は本日非番である。常ならば好きなことをして過ごしているはずなのだが、私が一人で万事屋に行こうとしていたことに気付き、付き添いを申し出てくれたのだ。
 ありがたい反面ちょっとだけ申し訳ない。折角の非番だったのに。
 でも思い返せば大典太と二人で出かけるなんてこれが初めてだ。折角だし、親睦を深めるのもいいかもしれない。だっていつもは他に短刀とか打刀たちがいるからね。
 そのせいだろうか。どこか新鮮な気持ちで通りを歩いていた。

「折角だからお昼食べてから帰ろうか」
「ああ。あんたがそれを望むなら、そうしよう」

 通り過ぎていく刀剣男士の半数近くが軽装姿だ。あちこちで下駄や草履で歩く音がする。現世であれば祭りの時にしか聞けない音だが、ここ最近はさして珍しくもなくなってきた。
 それが妙に面白おかしくて、こっそり御簾の奥で笑う。勿論その間に万事屋には辿り着いてはいたが。
 そしてその万事屋にも夏に因んだ文具や商品が所狭しと並んでいる。現に軒下には数えきれないほどの風鈴が吊るされており、時折風に吹かれては周囲に大合唱を響き渡らせている。
 一つ一つ注意して聞けばそれぞれ涼し気な音を奏でているのだが、こうも大量に並べば騒がしいだけだ。それでも嫌な気持ちにならないのは流石風鈴といったところか。
 硝子製以外の風鈴の音色にも耳を傾けていると、大典太も聞き入っているらしい。目を細めている。
 あ。そうだ。折角だから気に入った物があったら買ってあげよう。

「大典太さん」
「うん? どうした、主」
「欲しいものがあったら遠慮せずに言ってね。一緒に買うから」

 財布が入った鞄を軽く叩けば、大典太は「特にはないが……」と否定するように視線を反らしたが、すぐさま首を横に振った。

「いや。主の好意を無駄にするのもよくないことだな。めぼしいものがあれば報告しよう」
「了解。気兼ねなく言ってね」

 御簾の奥で、見えないのを分かっていながらも笑えば大典太も頷く。
 我が本丸の大典太は色んな意味で修羅場を潜っている。他所の本丸がどうかは知らないが、うちの大典太はそのせいかどこか過保護だ。そして刀が少ない分短刀とも時間を共にすることが多いため、彼らに何かしら私と接する時のアドバイスを貰ったのかもしれない。
 常ならば「特にない」と周囲を見ることもせず荷物持ちに徹するのだが、今日は珍しく首を縦に振った。それをどこかくすぐったく思いつつも棚を物色していると、後ろにいた大典太が突如腕を引いてくる。もしや邪魔だったのかと顔を上げれば、大典太の後ろ。通路を通ろうとしていた中年太りした男性審神者が「デカい図体で立ち止まるなよ。邪魔だなぁ」と舌打ちしてくる。
 当然それに委縮するような私ではない。咄嗟に「ああ?」とドスの利いた声が出かかったが、珍しいことに大典太が先に言い返した。

「そちらこそ随分と立派なものを持っているようだ。他人にとやかく言う前に己の体積を減らすところから始めたらどうだ?」

 我が本丸きっての毒舌家である宗三もビックリしそうな程の毒舌っぷりである。思わず目を丸くするが、相手の審神者は「何だと?!」と拳を握りながら怒り出す。
 だがこれを諫めたのは大典太ではなく、あちらが連れてきていた乱藤四郎だった。

「もー、あるじさんっ。幾ら暑いからって知らない人に当たっちゃダメでしょ? ボクそう言う人嫌いだなぁ〜」
「あー! ごめんよ乱ちゃん! 俺が悪かった! さ、こんな奴ら放っといて早くあっちに行こう」

 うわぁ、ボクっ娘好きのおじさんかよ。
 一瞬で鳥肌が立った肌を両手で摩りつつ大典太の背後に身を寄せれば、中年審神者に肩を抱かれながら乱が口パクで「ごめんね」と伝えてくる。
 どうやらこれが初犯ではないらしい。刀剣男士達も苦労しているんだなぁ。内心憐れんでいると、男の背中を睨んでいた大典太がこちらに視線を戻す。

「主、大丈夫だったか?」
「うん。ありがとう、大典太さん。格好良かったよ」

 宗三並の毒舌っぷりに驚きもしたし、凄まじいとも思ったが、大典太は私のために怒ってくれたのだ。とはいえあの中年審神者の言うこともごもっともである。私のこの、年中無休で腹の回りにくっついている浮き輪、いい加減なんとかせにゃいかんよなぁ……。

「食べる量、減らそうかな……」

 そうは言っても元々大食漢ではない。ないんだけど、こう……何でカロリー高い食べ物ってああも美味しいんだろうね? たまに食べたくなるジャンクなフードたちのハイカロリーさに思考を彼方に飛ばしかける。が、すぐさま大典太に「主?」と呼ばれて意識を戻す。
 よし。とりあえずハイカロリーな食べ物の誘惑に打ち勝てるよう頑張ろう。あとは炭水化物のコンボな。ラーメンとチャーハンとか、マカロニグラタンとパンとかダメだよね。うん。あとポテチ。あれはいかん。幾らでもパリパリいけてしまう。魔の食べ物だ。気を付けなければ。

「どうした? 気分でも悪いのか?」
「いや……単に自分の堪え性のなさを反省してただけ、かな……」
「?」

 首を傾ける大典太を誤魔化すように乾いた笑いを返し、軽く頭を振って雑念を吹き飛ばす。

「よし。とりあえず欲しい物は籠に入れたし、これから精算するけど、大典太さんは何か欲しい物あった?」

 もし何かあれば一緒に購入するよと尋ねれば、大典太は「大丈夫だ」と首を横に振る。どうやら目を惹くような商品はなかったらしい。一応「そう?」と聞き返しつつも列を成すレジへと並ぶ。
 その間大典太は警護を兼ねて共に立つが、今日は一人だからだろう。何だかいつも以上に警戒している気がする。別にそんなに気を張らなくてもいいのに。
 そんなことを考えていると、レジ前に置かれていたワゴンセール品が目に入る。何気なく視線が吸い寄せられ眺めれば、そこに埋もれていたある物と目が合い暫し悩む。
 ……うん。たまにはこういう“悪戯”を仕掛ける側になるのもいいかもしれない。時に夏の魔力とは夜以外にも発動するものだ。そう。今の私みたいに。

「大典太さん」
「ん? なん――むぐ?」

 珍しく目を丸くした大典太の口元に持って行ったのは、この時期では確実に売れないであろう、こんのすけを模したパペットだった。

「そんなに怖い顔をしていては主さまが驚いてしまいますよ? なーんて、全然似てないや」

 頑張って声を真似てみようと思ったのだが、鳴狐のお供の狐にも似ない酷いクオリティになってしまった。それでも一度手に取り、更には大典太の口をむぎゅっ、と挟んでしまったのだ。購入しないわけにもいかず籠に入れようとしたのだが、その手は大典太本人によって阻まれた。

「あ、主。そういうのは……突然やられると、その……心臓に、悪い……」

 心臓などあるのかどうか謎だが……。と妙な補足を入れてくる大典太に思わずポカン、と口が開いてしまう。
 え? なに? もしかして照れてんの? 大典太が? マジで?
 どこか呆然としていると、列の整備をしていた店員に「前に進んでくださーい」と声を掛けられ慌てて二人して前に進む。

「そ、その、ごめん。なんか、色々気にしてるみたいだったからリラックスしてもらおうと思って……」
「いや……俺こそすまない。見苦しいところを見せた……」

 何となく互いに顔を見れない空気が流れていることに更に困惑する。それでも周囲に人がいることと、店内に満ちる人の声とであまり気まずさを感じないのが唯一の救いだ。
 その後数分程無言を貫き、ようやく精算する番が回ってきた。
 最近では万事屋でも『マイバック推奨』とされているため、日頃使用している物を広げて中に購入した物品を詰め込む。そうして人の邪魔にならないようそそくさと二人して万事屋を出たところで、大典太から声を掛けられた。

「主」
「ん? なに?」
「その、先程の人形だが……何かに使うのか?」
「やー、流石にねぇ……。この歳じゃ人形遊びもしないし、かといって人にあげるのもちょっとね……」

 とりあえずどこかに飾るだけ飾っておこうか。なんて考えていると、後ろではなく横に立っていた大典太が「ならば――」とどこか硬い声で告げてくる。

「その人形、俺にくれないか?」
「へ? コレを?」

 マジで? あの大典太さんが? 欲しいの? こんのすけ人形(マペット)を?
 驚きすぎて耳と頭がいかれたのかと思った。それほどの衝撃を受けつつも見返せば、大典太はコクリと頷く。

 そうかー……。マジかー……。いや、いいんだけどさ。大典太がどういう趣味でも私は何も言わないよ、うん。
 いいじゃない。ボクっ娘推しの審神者がいるぐらいなんだもの。人形好きな男士がいたって受け入れるよ、私は。

「分かった。いいよ」
「! そう、か。そうか。感謝する」

 そんなに欲しかったのだろうか。どこか表情が明るくなった気がする大典太を見上げつつ、適当に入った店でご飯を食べる。
 夏はやっぱりコッテリしたものよりサッパリしたものの方が食欲進むよね〜、ってダメじゃん! 減量しなきゃと考えていた数十分前の私はいずこに?! 食欲は進んじゃダメなの! 減退させなきゃ!

「どうした主。嫌いなものでもあったか?」
「いや……ダイジョウブです……。ゼンブオイシイ……」

 そうなのだ。サッパリだろうがコッテリだろうが、刀剣男士が作るご飯も万事屋近辺に出店しているお店も美味しいのだ。不味いのは嫌だけど美味しすぎるのも罪だと思うの、私……。
 内心で涙しつつもキッチリカッチリ平らげた私なのでした。こりゃあ減量なんて夢のまた夢ですねぇ……。がんばろ……。

 どこかしょっぱい気持ちで帰路を辿っていると、ゲートが見えるか見えないかぐらいの辺りで大典太が「主」と呼んでくる。

「ん? どうしたの?」

 まだどこか見て回りたい場所があったのだろうか。道筋的にゲートに向かっていることは大典太も理解しているだろう。だからこそ呼び止めたのかと思ったが、そうではなかった。
 大典太はどこか照れ臭そうに視線をうろつかせながら「その、」と珍しく言い淀む。

「さ、先程の人形なのだが……」
「ああ、これ?」

 二つに分けていたマイバックのうち、私が持っていた軽い方の荷物の中から先程のこんのすけ人形を取り出す。もしやこの場で渡せと言うことなのだろうか。
 あ。でもそうか。帰ったら刀たちがすぐに周囲を囲んでくる。そのうえ荷物の仕分けを手伝ってもくれるから、その中で渡されるのは流石に恥ずかしいか。大典太大人だもんね。そりゃこんのすけ人形を欲しがったとか知られたくないだろう。それに幾ら知り合いの刀が我が本丸では少ないとはいえ、今やもう皆家族みたいな存在だ。年の離れた兄弟に知られるのは嫌だよな。
 うんうんと頷きつつ「はい」と手渡すと、大典太はどこか恭しい手つきで受け取る。そうして自分の手にソレを嵌めると――

「むぐ?!」

 私が万事屋で大典太にしたように、パペットの口を開いて私の口を挟んできた。流石にコレは予期していなかった。だって大典太だよ?! あの「蔵に封印されて云々〜」って日頃口にしている大人な大人しい刀がだよ?! こんなことするとは思わないじゃん?!

「ふっ、言っただろう? 突然されると“心臓に悪い”と」

 そう言って珍しく笑った大典太に、私は一体どんな顔をすればいいのか。
 気づけば大通りですっかり足が止まっていた私の背を、どこか楽し気に人形を動かす大典太の手が押してくる。

「だが今日のことは皆に秘密にしなければな。あんたも三十振りの刀から口を摘ままれたくはないだろう?」

 どこかニヒルにも見える顔で笑う大典太にコクコクと何度も頷く。(だって声が出なかったのだ。舌が張り付いたみたいに動かなくて)
 夏の暑さとは別にじわじわと浮かぶ汗を、御簾の奥に差し込んだハンカチでどうにか拭いながらも辿り着いたゲートにすかさず座標値を打ち込む。
 正直一刻も早く帰りたくて仕方なかった。

 だって、今までこんな風に大典太と触れ合うというか、こんな、こんなこっ恥ずかしいやり取りをしたことなんてないからどんな顔をすればいいのか本当に分からないのだ。
 だからダダダダと音がしそうな強さでタッチパネルを叩き、光を放つゲートに向かって急いで向かう。そうして開いたゲートを潜る瞬間、大典太が何かを口にした。だけど聞き取ることが出来ず、そのまま本丸へと辿り着いてしまう。

「……大典太さん、今何か言った?」
「いいや? 何も?」

 ゲートと繋がる正門の前で大典太に問いかけてみるが、彼はケロリとした顔で首を横に振るだけだった。
 ……気のせい、だったのかなぁ……? うーん……? まぁ、いいか。何かあればもう一度言いにくるでしょ。

「よし! 大典太さん、今日は付き添いありがとうございました。皆ー! ただいまー!」

 日が暮れているということもあり、本丸には殆どの刀が帰還している。だから声を張り上げて帰宅を知らせれば、すぐさま刀たちが顔を出して迎え入れてくれた。

「おかりなさーい、あるじさん!」
「随分遅かったなぁ、大将。また変なことに巻き込まれたりしてねえだろうな?」
「おかえり、主。もうすぐで夕餉が出来るよ」
「おや、今お戻りですか? 随分と遅かったですね。さ、荷物があるなら貸しなさい。皆で手分けして仕舞いますから」
「主ー! 今日の晩御飯何だと思うー?!」

 次から次へと掛けられる声に一つずつ返事をしながら歩き出す。その後ろでは軽装姿の大典太が悠々と歩き、例の人形を皆に見られる前に袖の中に仕舞っていた。
 そうして今度こそ何かを呟いたのだが、結局皆の声にかき消されて私の耳に届くことはなかった。


「――次にその口を塞ぐ時は、人形などなければいいのだがな」

 と、どこか楽し気に呟いていた声を。
 カラコロと下駄の音が鳴り響く。本丸の夏の夜が、今日も穏やかに更けていった。


終わり



 軽装姿の大典太と出かける水野のお話でした。恋人のような恋人じゃないような二人、ということでしたが、こんな感じでどうでしょうか?
 一応『付き合ってはいない』を前提として、大典太からは矢印が飛んでいる。という感じで書いてみたのですが、ご要望と違っていたら申し訳ありません。m(_ _)m
 楽しんで頂けたら嬉しいです。

 リクエストありがとうございました!m(_ _)m



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