小説2
- ナノ -


夏と花火と一瞬の熱



ナツ様から10万打企画でリクエスト頂いた、軽装姿の大倶利伽羅にドキッとする水野でくりさにです。
何気に積極的な大倶利伽羅がいます。キャラ崩壊になっていないといいのですが……。とにもかくにも楽しんで頂けたら光栄です。




 ドクドクと全身が心臓になったような気分だ。
 背後にいる彼にもそれが伝わるんじゃないかと思うとのぼせるように体温が上がっていく。

「主」
「ひっ」

 殆ど「耳元」と呼んでもいい距離で囁かれるイケボの威力たるや。ビクリ、と大げさなほどに跳ねた両肩の上、彼の頭があるのだろう。左肩の後ろで笑ったかのように零された吐息が髪を撫でる。

「取って食うわけじゃない」
「そ、う、言われ、ましても」

 囁かれる声音がいつもより楽しそうなのは気のせいだろうか。
 薄い布越しに感じるガッシリとした腕の硬さや逞しさを感じながらそっと腹部に回された――大倶利伽羅の浅黒い肌に指先を当て、視線を彷徨わせた。



『夏と花火と一瞬の熱』



 何がどうしてこんなことになったのか。正直自分でもよく分からない。一旦落ち着くためにもここまでの経緯をおさらいしてみる。

 審神者歴二年ちょいの未だペーペーと呼ばざるを得ないような我が本丸には、未だ三十振り以上の刀はいない。他本丸では続々と新刀剣男士が顕現されている中、小戦力で進軍を続けている。正直羨ましいなぁ。と思わなくもないが、大変だろうなぁ。とも思う。
 何せ刀剣男士は大なり小なり癖が強い。まぁ普通の人であってもそうなんだけどさ。

 こして着実に、しかし続々と増えていく刀剣男士たちに最近政府は『軽装』と呼ばれる浴衣を配布した。

 季節がら正装するのは彼らとて辛いだろう。勿論審神者によっては景観を変えずに固定している人もいるが、私は現世と時間を合わせているため夏は来る。特に今は物言わぬ刀だった頃とは違い、日差しが降り注ぐ外へと出るのだ。想像以上の暑さに彼らも去年はバテ気味だったのでいい政策だと思う。

 当然私も刀たちに取寄せた軽装を渡したのだが、その時我が本丸のお祭り爺があることを提案してきた。

「主、花火大会をしよう!」

 ババン、と効果音が目視出来そうな勢いで宣った鶴丸はものすごくいい顔をしていた。
 対する私はというと、近侍だった加州と一緒に「はあ?」と素っ頓狂な声を上げて鶴丸を見上げた。

「花火大会って……鶴丸、主と一緒に現世に行くつもり?」
「いやいや、そうじゃない。流石に三十振りも現世で顕現させれば主の霊力も尽きてしまうからな」
「だよね〜。じゃなくて! 今花火大会を“しよう”って言わなかった?」

 開催されている花火大会に赴くのではなく、花火大会を“しよう”と言ったのだ。それはつまるところ――

「ああ! 勿論我が本丸で執り行う!」

 やっぱりな。そんな思いが顔に出ていたのだろう。というか雰囲気として滲み出ていたのだろう。顔は御簾で見えないはずだし。だけどうちの刀たちはやたらと私の考えを読むことに長けているので、実のところ苦労したことはあまりない。
 実際鶴丸らしい突飛な思い付きに苦笑いしていると、鶴丸は「そう渋い顔をするな」と笑みを浮かべて胸を張る。

「君が困るようなことや危ないことはしないさ。短刀もいるからな」
「それはそうだけど、そもそも花火なんてどこで用意するわけ?」

 聞けば先日出かけた万事屋で大量に売られているのを見たらしい。
 そういや最近万事屋に行ってなかったから忘れてたけど、結構季節行事の何某かが置いてあるんだよな、あそこ。
 それこそ花火にかき氷輝に風鈴、ビニールプールやビーサンまであるという話だ。ならば手持ち花火も打ち上げ花火も置いていてもおかしくはない。だからそれらを購入し、本丸で打ち上げようと考えたそうだ。

「まぁいいけど。でも火を使うんだから人に向けたりしないようにね」
「勿論だとも! さて、主の許可も貰ったことだ。皆に伝えに行くか!」

 意気揚々と執務室を出ていった鶴丸の背を目線だけで追いかけながら、加州が改めて「いいの?」と尋ねてくる。
 うん。まぁ、気持ちは分からんでもない。だって企画者が鶴丸なわけだし。何を買ってくるか不安がないわけじゃない。でも積極的に夏を楽しもうとしている姿に水を差すのもアレだしね。何事も節度を持って行えば事件や事故も起きないだろうし。ああ見えて鶴丸は危険な遊びはしない。
 だから加州にも「大丈夫だよ。一緒に楽しもうね」と返せば「主がそれでいいなら」と笑顔で返してくれた。

 そんなやり取りをしたのが約一週間前。
 本丸全員でお金を出し合い、購入した花火の数はなんと二百本。買いすぎじゃね? と思いはしたが、一人当たり六本と考えれば妥当な数だろう。
 それに短刀だけでなく打刀や太刀の皆も「楽しみだ」と言わんばかりに雰囲気を和らげているのだ。突っ込むのは野暮というやつだろう。

 庭先に水を張ったバケツを幾つか用意し、厩には行かないこと・人には向けないこと・終わった花火は放置しないことを条件に、各々花火を手に持ち火を点け始める。

「鶯丸ー! 準備は出来たかー?!」
「ああ。いつでもいけるぞ」

 何だかんだと仲のいい鳥類コンビこと鶴丸と鶯丸が打ち上げ花火を用意する。横一列に並べたそれらにチャッカマンで火を点け、二人はその場から駆け足で離れる。
 そして火がついた導火線はあっという間に燃え上がり、月明かりのない夜空に赤々とした花火がドン! とそれなりに大きな音を立てて花を咲かせた。

「たーまーやー!」
「おお、存外美しいものだなぁ」
「少し騒がしいのが傷だけど、風流だねぇ」

 縁側に腰掛け、打ち上げ花火を見上げるのは三日月だ。その奥では切り分けたスイカをお盆に乗せて運んできた歌仙が穏やかに目を細めて笑う。
 手持ち花火で遊ぶ短刀たちは楽しそうに笑い、保護者代わりの打刀たちも各々好きな物を手にしては談笑している。
 そんな中私は皆からは少し離れた縁側に腰掛け、次々と夜空を彩る打ち上げ花火をぼうっと見上げていた。

 その後、何発の打ち上げ花火が夜空に花を咲かせたのだろうか。
 警戒心の欠片もなく夜空をみあげていると、突然首筋に冷たいものを当てられる。途端に私は色気もクソもない声で「ほぎゃあ!」と叫び声を上げた。

「うるさい」
「酷い! って、あれ? 大倶利伽羅。何してんの?」

 背後に立っていたのは皆と同様、軽装に身を包んだ大倶利伽羅だった。

 何故『軽装』を着用しているのかというと、本丸花火大会を企画した鶴丸が『本丸内全員参加、軽装着用(強制)』としたからだ。まぁ審神者である私には軽装なんてないので普段着なのだけれども。
(この時刀たちから“何故私は浴衣じゃないのか”と猛抗議があったが、着付けが出来ないから却下と無理やりねじ伏せた)

 って私のことはいいんだよ。脳内で自分に突っ込み、改めて大倶利伽羅を見上げればよく冷えたラムネを渡される。どうやらこれも鶴丸が用意していたらしい。屋台はないけど「お祭り」気分を楽しもうとしているのだろう。
 ありがたくそれを受け取り、滲みだした結露をポケットに入れていたハンカチで拭うようにして瓶ごと包み込む。

「ありがとう。ラムネなんて久々に見たなぁ」
「珍しいものなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、大人になるとねえ……自然と口にする機会が減ってくるというか……」

 子供の頃はお祭りで、お祭りがない日はスーパーで、何度も買ったものだ。
 中に入っているビー玉を取りやすいメーカーもあれば、取れない仕様になってるメーカーもあって、どうにか取り出そうと悪戦苦闘した日々が懐かしい。
 そういえば専用の蓋を使ってもうまく押し込めない時もあったなぁ。あれは大変だった。
 一つ一つ忘れていた思い出が、花火が一つ打ちあがるごとに思い出されていく。
 そのせいか、ラムネの瓶に映り込む滲んだ花火をぼうっと見つめていると、再び頬に冷たい感触が押し当てられ「おぎゃあ!」と再度叫ぶ。

「赤子でも産まれたのか」
「産まれてないよ! そもそもおらんわ!」

 大倶利伽羅の珍しいボケに赤くなりながらもツッコムが、あしらうようにして鼻で笑われる。
 しかし大倶利伽羅が笑うなんて珍しいな。彼なりにこの空間を楽しんでいるということか。
 普段「慣れあわない」とか「騒がしい場所は嫌いだ」と言う割にこういう行事はちゃんと参加するんだから、何だかんだ言って皆との時間を大切にしているんだろう。素直じゃないんだから、まったく。

「飲まないのか?」
「飲むよ〜。飲む飲む」

 大倶利伽羅は既に口をつけているようだ。私も半透明の蓋を使って「えいや!」と押し込めば、カコン、とビー玉と瓶がぶつかり合う音がする。役目を終えた小さな蓋を取れば、途端にシュワシュワと炭酸が泡となって溢れ、甘い香りが漂ってきた。

「いただきまーす」

 本丸ではお茶ばかり飲んでいたから、の中で弾ける感覚が懐かしい。鼻腔を突き抜けていく匂いは甘いのに、何で爽やかな気持ちになるんだろう。
 喉元を通るパチパチとした感覚に一息つけば、大倶利伽羅も手の中で軽く瓶を傾ける。

「そういえば、大倶利伽羅は花火しなくていいの?」
「俺はいい。あいつらに巻き込まれるのも御免だ」

 あいつら、と呼ばれたのは言わずもがな鶴丸たちだ。その中には燭台切も含まれているらしい。
 普段燭台切は「夜目が利かないから」と夜半に庭に出ることはないが、今はあちこちで繰り広げられる花火の明かりがあるからだろう。短刀たちと一緒に手持ち花火を楽しんでいる。
 しかも丁度目を向けた瞬間に鶴丸がねずみ花火に火を点けたらしく、足元で大暴れする小さな花火に周囲はギャアギャアと悲鳴や抗議の声を上げている。
 その姿に苦笑いを浮かべていると大倶利伽羅も呆れたように吐息を零す。

「それで? 何であんたはこんな離れた場所にいるんだ?」

 大倶利伽羅が指摘するように、私は皆が花火をしている庭から少し離れた縁側に座っている。
 別に花火が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。始めた頃は一緒になって三本ぐらい火を点けて楽しんでいた。でも……

「その、火薬の匂いがさ……きつくて……」

 分かるだろうか。この苦痛。
 いや、苦痛と呼ぶにはまだ優しい方なんだけど、流石にずっと火薬の匂いに包まれるのはキツイ。少しは我慢できるんだけど、段々酔ってきたというか、気持ち悪くなってきたというか。
 割とキツイ匂いに弱いから(香水とかガソリンとか)皆に気づかれる前に風上に逃げていたのだ。
 一応陸奥守には「あっちで休んでいるから何かあったら呼んで」と伝えてはいるからセーフだろう。

 それを伝えると大倶利伽羅は「成程な」と合点がいったような声を出し、夜空を見上げるようにして軽く顎を上げる。

「戦場ではさほど珍しくはないが、あんたは違うからな」

 ――戦場。分かってはいたけど体験したことがないからそこにどんな匂いが漂っているのかは分からない。
 それでも大倶利伽羅が言うのであればそうなのだろう。きっとそこには火薬以外の匂いも漂ってはいるのだろうが、平和な場所で指示を飛ばすだけの私には永劫分からないことだった。

「そう気を落とすな。あんたが生まれた時代が平和だという証だろう」
「うん。それは、そうなんだけどさ」

 戦術を練るのは苦手だ。不得意と言ってもいい。それでも少しでもいいから彼らの苦労とか、置かれている立場とか、悩みとか。そういうのを分かってあげられたらいいのに。
 無意識にギュッと下唇を噛みしめるが、悔いたところで戦場に出られるわけでもない
 それに落ち込んでばかりいてはダメだ。彼らは顔が見えずとも審神者の心の機微に敏い。だから悔しい気持ちをグッと堪え、顔を上げれば大倶利伽羅の金色の瞳とバッチリ目が合った。

「心配かけてごめん。でも、もう大丈夫だから」

 例え戦では役に立てなくても、皆の怪我を治すことは出来る。と言っても医療に詳しいからではなく単に政府からそういう役割を与えられているだけなんだけど。
 それでも皆が私を「主」と呼び続けてくれる限りは「主」らしく振舞いたい。

「そろそろ皆のところに行こうかな」

 まだ火薬の匂いは辺りに充満してるしキツイけど、折角企画してくれた花火大会だ。私だけここでぼうっとしているのも申し訳ない。
 だけど改めて腰を浮かそうとすれば何故か大倶利伽羅に制される。

「大人しくしていろ。あんたに倒れられた方が面倒だ」
「そこまで言う?! 流石に倒れないよ! ……多分」

 一応本丸内には空気を入れ替えるために定期的に風が吹く。だけど次から次へと点火される花火の勢いには流石に勝てないようだ。こちらにも火薬の匂いが漂ってきた。
 実際グルリと首を動かした瞬間眩暈がし、浮かした腰が再度床と「こんにちは」してしまう。
大倶利伽羅はそんなうっかりを見逃してくれる刀ではない。アッサリ腕を掴まれ自室へと押し込まれてしまった。

「過保護かな?!」
「あんたが不調を訴えればもっとやかましくなるぞ。周りが」
「う……前科がありすぎて何も言い返せない……」

 今は皆花火に夢中で私がはけたことに気づいていないだろう。だけどもし「気分悪いから」と一言でも口にすれば途端に楽しい花火大会は終了してしまう。流石にそれは望んでいない。
 だから仕方なく、というか諦めたように脱力すれば、ずっしりとした重たい鈍痛が頭に走る。

「うっ」

 あかん。意外とダメージが蓄積されてた。痛み出す頭を押さえ、とりあえず横になるか。と軽く下を向いた時だった。

「あえ?」

 ぐにゃり、と視界が歪み、膝からガクンと一気に力が抜ける。もし一人でいたら確実に転倒していたが、今は大倶利伽羅がいる。すぐさま背後から抱えるようにして腕が回され、ほっと息をついた。

「おい。しっかりしろ」
「ご、ごめん。ありがとう」

 残念でだらしない腹部に触れられていることに対する羞恥心はそれなりにある。火照るように上がる体温に伴い、額や鼻の頭に汗が浮いてくる。
 いやいや。何を照れてんだ。今更すぎるだろう。そもそも自分の体型が残念過ぎる程残念なことなど彼らも知っているし、照れたところで引っ込むものでもない。
 とはいえ――そう。とはいえ、だ。何故か大倶利伽羅はすぐに体を離さず、そのまま引き寄せるようにして腕全体に力を込める。

 ドクドクと全身が心臓になったような気分だ。
 背後にいる彼にもそれが伝わるんじゃないかと思うとのぼせるように体温が上がっていく。

「主」
「ひっ」

 殆ど「耳元」と呼んでもいい距離で囁かれるイケボの威力たるや。ビクリ、と大げさなほどに跳ねた両肩の上、彼の頭があるのだろう。左肩の後ろで笑ったかのように零された吐息が髪を撫でる。

「取って食うわけじゃない」
「そ、う、言われ、ましても」

 囁かれる声音がいつもより楽しそうなのは気のせいだろうか。
 薄い布越しに感じるガッシリとした腕の硬さや逞しさを感じながら、そっと腹部に回された大倶利伽羅の浅黒い肌に指先を当て、視線を彷徨わせる。

「ああああの、そろそろ離していただいても……」
「断る」
「なぜぇ?!」

 半ば叫ぶようにして突っ込めば、片腕で引き寄せられていた体にもう一方の腕が回され完全に硬直する。

 ――これアレだ。“蛇に捕獲された獲物”だ。

 色んな意味で震えそうになっていると、再び超近距離から「主」と呼ばれる。
 うううううわわわわっ、やばい。何がやばいってもう色々とやばい。後ろから抱きしめられているせいか、それとも軽装だからか、いつもより大倶利伽羅の体温とか感触とか、なんかもう、色々と感じられて思考がまとまらない。
 それなのに大倶利伽羅はまるでこちらの体を閉じ込めるみたいに両腕でギュッと抱きしめてくるから完全に呼吸が止まってしまった。

「…………」
「…………」

 心臓が破裂しそうなのに、声を上げることすら出来ずただただ固まることしか出来ない。
 そんな私に大倶利伽羅は何も言わないまま顔だけずらし、あろうことかそのままうなじに『ガブリ』と噛みついてきた。

「ふぎゃあ!!」
「やはり色気がないな」
「そんなこと言われましても?!」

 咄嗟に振り向いた瞬間、御簾が掴まれ軽く捲られる。
 そのルール違反とも呼べる行動に「え」と意識を奪われていると、唇に熱い何かが触れてきた。

「俺も男だ。あまり無防備になるな」
「は……へ……?」

 い、いま、いまのって……。

「じゃあな」

 スタスタと普段と変わらない足取りで部屋を出ていき、キチンと襖を閉めていく。
 そうして一人きりになった部屋でグルグルと、唇に振れた熱と感触を思い出しては力が抜けていき、そのままヘナヘナと床に座り込んだ。

「えぇぇ……うそでしょ……」

 御簾の上から両手で顔を覆い、項垂れる。
 そんな。まさか。いや、そんな。なんで、大倶利伽羅さん。
 ドクドクと心臓が忙しなく音を立てている。次から次へと浮かんだ汗が肌の上を滑り、震える唇からは熱のこもった吐息が零れていく。

 ああ、もう。最悪だ。ずっと意識しないようにって目を逸らし続けていたからあんなことしたのか。それとも……ああ……むり……それ以上はなんかもう恥ずかしすぎて考えられない。

「はあぁぁ……」

 文字通り水まんじゅうのように丸くなりながら、一向に引く気配のない熱と余韻に頭を抱え続けた。


終わり



 果たしてこれは『軽装姿の大倶利伽羅にドキっとしている』と呼べるのだろうか? 正直不安しかない。
 ですが感謝の気持ちだけはいっぱい詰め込んでおりますので! 楽しんで頂けたら光栄です。
 リクエスト頂き、ありがとうございました!m(_ _)m


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