小説2
- ナノ -


初雪とココア



匿名様から10万打企画でリクエスト頂いた、歴史小説家我愛羅くん×サクラちゃんで冬の日のデートです。
甘めを目指しました。楽しんで頂けたら光栄です。




 冷えた空気がツンと肌を指す。頼りになる防寒着はお気に入りのマフラーと手袋、そして今年購入したばかりの桜色のノーカラーコートだ。天気は生憎の曇り空だけど、降水確率は低く、雨の心配はなし。
 歩きやすいけど野暮ったい印象にならないショートブーツを履き、年甲斐もなく弾む足で家を出た。


『初雪とココア』


 ビュウビュウと乾いた風が足元を通り抜ける。
 お坊さんも駆け出すほどに忙しいと言われるこの季節。行きつけのカフェでまさかの出会いを果たした時代小説作家の我愛羅くんと、色々あった末晴れて『恋人同士』となった。
 出会った当初は物静かで表情も変わらないから「クールな人なのね」と思っていたけれど、実際はすっごい天然というか、純粋というか。冗談を真に受けるタイプというか。とにかくそういう、『ちょっと放っておけない人』だった。

 作家だから頭の回転は速いんだけど――クイズ番組とか秒で解くとかザラだし――漢字の読み書きは勿論、時代小説を執筆するから歴史にも詳しい。でも完全なインドア派というわけでもなく、意外と運動神経はいい。日頃から『運動不足にならないように』とジョギングやボルダリングに行っているみたいだし。割と活発的だ。
 でも空いた時間には日当たりのいいところで日向ぼっこもしているというから読めない人だ。

 だけどそういうところが不思議と魅力的というか、気になって仕方ないというか。とにかく『放っておけない』のだ。私だけかもしれないけど。

「あ。我愛羅くーん!」

 待ち合わせの公園へと近づけば、目印兼集合場所として指定していた柱時計の前に既に彼は立っていた。
 時刻は予定の二十分前。これでも早く出た方なのに、それでもまだ彼の方が早い。
 臙脂色のマフラーに鼻先を埋めるようにして小説を読んでいた彼を呼べば、すぐに顔が上がって安心したように目元が柔らかく綻ぶ。分かりにくいようで分かりやすい、彼の優しさについにやけそうになる。

「早かったな」
「我愛羅くんこそ! いつから待ってたの?」
「そんなに待っていない。せいぜい数分前だ」
「そう。じゃあ早速だけど、行きましょうか」

 お互いの家は少しばかり離れている。遠距離恋愛、とまではいかないけど、気軽に会いに行くには少し不便な距離だ。だけどこの公園はお互いの家からほぼ中間地点にあり、尚且つショッピングもそれなりに出来る便利な場所でもある。そのため多くの人が待ち合わせ場所として利用していた。

「今日結構寒いけど、我愛羅くん大丈夫?」
「ああ。厚着をしてきた。問題ない」

 我愛羅くんは南の地方出身で意外と寒さに弱い。そして着やせするのをいいことに結構厚着をする。実際コートの下にはニットのセーターと、今年発売されたばかりの超あったかインナーを着ていた。
 ……うん。風邪を引くことはなさそうね。

「少し歩くか?」
「うん」

 差し出された手に手を重ねる。今はまだお互い手袋をしているけれど、歩いていくうちにあたたかくなったら手袋を外す。それからもう一度手を繋ぐのが好きだった。
 我愛羅くんは確かに寒がりだけど、決して低体温なわけではない。人と触れ合うことを厭う性格でもない。うるさい場所は苦手みたいだけど、人との会話を嫌う人ではなかった。
 そんな彼の、一回り近く大きくて皮の厚い手でギュッと包まれるのがたまらなく好きだ。
 恥ずかしいから言わないけど、気をつけないと勝手に頬が緩んでしまう。初恋が実った小中学生じゃあるまいし、もう少し余裕を持てたらいいんだけど、やっぱり好きな人と触れ合えることは嬉しいし幸せだ。

「そういえば、テマリが言っていた。今日は雪が降るかもしれない、と」
「へえ、そうなんだ。じゃあ今日降ったら今年初雪になるわね」

 他愛ない会話をポツポツと紡ぎながら足並みを揃えて公園内に足を踏み入れる。
 公園内には寒くとも多くの人がいた。犬の散歩をする人、ランニングをする人。ベビーカーを引くお母さん方など様々だ。勿論私たち以外にも恋人同士であろう男女が複数見受けられる。
 そんな中我愛羅くんはどんよりとした曇り空を見上げ、白い吐息を零す。

「サクラ。雪は好きか?」
「うーん、そうねぇ。流石に大雪になると色々困るからアレだけど、嫌いではないわよ」

 友人からはこんな回答すると『ロマンがない』だとか『可愛げがない』だとか言われるけど、困るものは困るんだからしょうがない。そりゃあ子供の時は雪が積もれば嬉しかったけど、今は『路面が凍結しませんように』とか『電車に遅延が発生してませんように』とか『いっそ会社休みになればいいのに』とか考えたりする。
 大人になるってこういうことなのかしら。
 なんて思いつつ隣を仰ぎ見れば、我愛羅くんは懐かしむように目を細めていた。

「俺の地元は本当に雪が降らなくてな。降るだけでも珍しいのに、少しでも積もれば皆喜んで外に出たものだ」
「へえ? じゃあ我愛羅くんも?」

 我愛羅くんが幼少の頃の話をすることは珍しい。だけど今はそういう気分なのだろう。
 問いかけつつもどこか揶揄する気持ちで問えば、照れ隠しをするかのように顔を背けてしまう。

「俺は姉兄に引っ張られただけだ」
「え〜? 本当に〜?」

 口では可愛げのないことを言いつつも、そっぽを向く横顔は少しばかり照れが滲んで見える。
 こう見えて家族大好きだもんね、我愛羅くん。きっと嬉しかったんだろうなぁ。

「ん? 降ってきたな」
「え? あ、本当だ」

 先に気づいた我愛羅くんの視線を追えば、ふわふわと綿毛のような小さな雪がゆっくりと落ちてくる。かと思えばそれは次々に姿を現し、周囲にいた人たちも気づいたらしく声を上げ始める。

「初雪だね」
「そうだな」

 子供たちのはしゃぐ声を聴きながら公園の周りを歩いていると、少しずつ雪の量が増えていく。
 これは本格的に降るかもしれない。
 我愛羅くんに気づかれないよう考えていると、一際強い風が吹き、顔や頭だけでなく体中に雪がぶつかった。

「サクラ、移動しよう」
「う、うん。そうね」

 ぱたぱたと手で雪を払うが、次から次へと降ってくる雪の前では無意味だ。
 我愛羅くんに導かれるまま公園から出て大通りを歩いているうちにも雪の勢いは増し、周囲の人も近場のカフェやお店に避難するように入っていく。
 そんな中我愛羅くんに連れられて入ったのは、私たちが初めて会ったあのカフェだった。

「やっぱり混んでるね」
「ああ。だがまだ空いている席があるから大丈夫だろう」

 テイクアウトか尋ねに来た店員さんに店内で飲食することを告げれば、空いていた二席に案内される。
 私たちが当初座った席とは違うけど、向かい合って座ると何だかあの時のようで懐かしくなる。

「何頼もうか」
「なんでもいい。特にこだわりはないからな」

 我愛羅くんは甘党ではないけれど、嫌いというわけでもない。コーヒーもブラック派というわけでもなく、時と場合によっては砂糖やミルクも入れるし、カフェラテやココアも口にする。
 本人曰く「美味ければいい」らしい。なんという無頓着。だけど変に拘りを持っている人も面倒だからこのぐらい大雑把な方がいいのかも。だって「コーヒーは〇〇の豆じゃないと」なんて言われたら面倒くさいし。

「じゃあココアにしましょ」
「ああ」

 我愛羅くんのお姉さん――名をテマリさんという――と二人で来た時に聞いた話だが、小さい頃の我愛羅くんはココアが好きだったらしい。かくいう私もそうだ。
 幼い頃の話とはいえ、なんとなく共通点が見つかって嬉しくなったのを覚えている。
 だから今日みたいな日には丁度いいかな、と思って注文すれば、彼もふと思い出したのだろう。「懐かしいな」と呟く。

「テマリさんから聞いたわよ。我愛羅くん、小さい頃ココア好きだったんでしょ?」

 フフフ、と堪えきれない笑みを零しながら尋ねると、途端に憮然とした表情になるのが面白い。きっと内心でテマリさんに「余計なことを」とか悪態ついてるんだろうな。

「昔の話だ」
「あら。じゃあ今は嫌いなの?」
「……そうとは言っていない」

 ほんのりと我愛羅くんの肌が染まったように見えて何だか可愛らしい。そのままクスクスと笑い続けていると、店員がココアを運んでくる。
いつもなら漂ってくる甘い香りに絆されるけど、今はそれが逆に可笑しく感じてしまう。

「いつまで笑うつもりだ」
「ふふ、ごめんごめん。拗ねてる我愛羅くんが可愛くて」

 普段の私なら絶対にこんなこと言わない。でも、今日は初めて雪が降ったから。何となく浮足立っているのだ。それこそ降り始めの雪のようにふわふわと。
 そんな私に我愛羅くんは一つ溜息を零した後、熱い程のカップを持って口をつける。

「……甘い」

 騒がしい店内では本来聞き零しそうなほど小さな声。それでも柔らかく細められた目元を見るだけでこっちの心も綻んでくる。

「我愛羅くん」
「ん?」
「ココア、美味しいね」
「……ああ、そうだな……」

 幼い頃の思い出も大事だけど、これからの私たちが築き上げる関係性も大事だから。
 今日は沢山話をしようと、手袋を外した手で彼の手をぎゅっと握りしめた。


終わり


クソダサタイトルで大変申し訳ありません。
中身は……中身も満足頂けない微妙な出来かもしれませんが、少しでも我サクのいちゃついてる感じが伝わればいいなと思います。
リクエストありがとうございました!m(_ _)m




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