小説2
- ナノ -


Happy Valentine!



 最近では忍の里にまで普及してきた『バレンタイン』とかいう行事。どこかの偉い人の命日だとか、神様を祭る日だとか、何かいっぱいそれっぽい理由が流れてきたけど、正直その辺はどうでもいい。大事なのは“相手がそれを認知しているかどうか”だ。
 何せ流行りに敏感というか、それなりに大きな国に根を張っている木の葉でもようやく認知され始めた行事なのだ。国では盛大に祝っているみたいだけど、他の国や里がどうかは分からない。カカシ先生からも「一応言っておくけど、俺達は“忍”だからね。気をそぞろにしちゃダメだよ」と釘を刺された。それにもしかしたら他の里にはまだ普及していないかもしれない。
 でも、それでも。私にだって“あげたい”という気持ちはあるのだ。その、別に『恋愛感情』じゃなくて、日ごろの感謝の気持ちとか! 助けられたこととか、支えてもらったこととか、いっぱい……あるし。

「……でも、渡す前に溶けちゃうよね。砂隠れの里って遠いし」

 初めて彼を思って作ったチョコは、結局渡せぬまま自分で食べた。その翌年も、その翌年も。全部自分で食べた。今年もそうなるのかなぁ。
 ラッピングした箱を手に気を抜いていれば、トン。とベランダの手すりに思わぬ影が落ちてくる。

「……休憩中か?」
「が、」

 ――我愛羅くん。
 声にならない声で名前を呼べば、ベランダに降り立ったその人は数度瞬いた後、珍しく目を細めてクスリと笑う。

「サクラ、随分と間の抜けた顔をしていたぞ?」
「だ、あ、ち、違っ! い、今のは! 体操よ、顔の体操! ほら、表情筋も鍛えておかないと、いざ変装した時にぎこちないと任務失敗しちゃうじゃない? だから顔の筋肉を緊張させて、その後に脱力させる。っていう表情筋の初歩的な体操をしていたのよ!」

 自分でも苦しいと思う言い訳ではあったが、存外素直なところがある彼は「成程。それもそうか」と真面目な顔をして頷く。そりゃあまぁ、小顔効果もあるわけだし? 顔の体操は確かに重要なんだけど、こうまで真正面から受け止められると自分でもちょっと恥ずかしくなってくる。

「あ! ていうか我愛羅くん、どうして木の葉に?」

 我愛羅くんたち砂隠れの忍と合同の任務があるとは聞いていなかった。そもそも来るとも聞いていなかったし。だから不思議に思って尋ねれば、彼は「それが……」と珍しく分かりやすく顔を顰める。

「テマリが“どうしても”と言うのでな。仕方なく俺とカンクロウが重い腰を上げた、というわけだ」
「そういうことじゃん」

 トン、と更に上から降り立ってきたのは、彼のお兄さんであるカンクロウさんだ。その背には相変わらず傀儡が背負われている。そしてカンクロウさんは我愛羅くん同様、心底疲れた顔をしていた。

「ったく、テマリの奴。チョコ一つ渡すのにどんだけ時間かかってんだ、って話じゃん」
「仕方なかろう。昨夜もあれだけ騒いでいたんだぞ? 宿を出る前に“覚悟は決めた!”と言ってはいたが、動揺しているのは目に見えていたじゃないか」
「そーだけどよぉ〜。巻き込まれるコッチの身にもなって欲しいじゃん?」

 どうやらテマリさんはシカマルにチョコを渡しに来たらしい。でもなかなか踏ん切りがつかないから、それで彼らに着いてきてもらったのか。いや、もしかしたら彼らが無理矢理連れてきたのかも。だってテマリさんが“頼むから着いてきてくれ!”なんて言うわけないだろうし。

「それで? 二人はテマリさんを置いてきたわけ?」
「置いてきたとは酷ェ言い草じゃん? 俺らは単にシカマルの前にテマリを突き出しただけだっつの」
「そうだぞ。渋っていたのか照れていたのか、単に緊張していたのかは分からんが、石のように固まっていたテマリの背を押してやったんだ。褒められこそすれ、貶されるいわれはない」

 いやいや。アンタら乙女の心を何だと思ってんの。
 そうツッコミたい気持ちはあったが、彼らは心底『俺達はいいことをした』と思っているのだろう。神妙な顔で頷き合っている。こういうところはみょ〜に兄弟なのよね。この人たち。

「あー……じゃあ私からチョコ貰っても嬉しくない?」

 何かあんまり乗り気じゃなさそうだし。去年も一昨年も自分で処理したのだ。今年あげられなくても凹んだりしない。むしろ彼が乗り気じゃないことが知られただけでもよかった。そう思っての消極的な発言だったにも関わらず、何故か我愛羅くんは目を丸くして硬直し、カンクロウさんは口笛を吹いた。

「やったじゃん我愛羅。こういうのを“棚からぼたもち”って言うんだろうな」
「う、うるさい。別に俺は期待してなど……」

 ゴニョゴニョと語尾は上手く聞き取れなかったが、どうやら貰ってくれる気はあるらしい。私は机に置いていたチョコを手に取り「はい」と彼に向って手渡す。

「いつもありがとう。えっと、日頃の感謝の気持ち! ってことで」

 うん。だってまだ、きっとこの感情は『恋』ではない。『恋』ではないから、このチョコは、きっと、まだ。軽い気持ちで手渡せるはずだ。

「…………ありがとう」

 恐る恐る、と言った様子で伸ばされた手は、誰にも邪魔されることなく箱へと辿り着く。そしてマジマジとその箱を見つめる彼の隣で、お調子者のお兄さんが「あまーい!」と突然大声で叫んだ。

「黙れカンクロウ。雰囲気を壊すな」
「いやいや、こーんな甘い空間にいたら俺糖尿病になっちまうじゃん?」
「なれ。いっそなってしまえ」
「ひっでーの! んじゃま、お邪魔虫はとっとと退散しますかね」

 よっと、と声を上げてカンクロウさんが近くの木に飛び移る。そして私と不機嫌そうに自分を睨む我愛羅くんを見下ろすと、ニッとそれはそれは楽しそうに笑った。

「我愛羅ー! 振られたら胸貸してやるじゃーん!」
「砂漠柩!!」
「あっぶね! 逃げるが勝ちじゃん! じゃあなー、サクラー!」

 軽快な足取りで去って行くカンクロウさんに呆れつつも手を振れば、我愛羅くんが「帰ったら殺す……」と物騒なことを呟いていた。
 まぁでも、益々兄弟仲が良くなっている証だと思って苦笑いするだけで留めておく。

「でも、テマリさん。上手くいくといいね」
「え? あ、ああ……そうだな……」

 まだ肌寒い季節だ。ビュウ、と風が吹けば露出していた肌が震える。

「ねぇ、我愛羅くん」
「何だ」
「美味しいあんみつでも食べに行こうか」
「……ああ」

 家にあげてもいいけど、今日は母がいる。だから彼に「下で待ってて」と告げてから上掛けを羽織り、母に一声かけてから外に出る。

「お待たせ!」
「いや。別に待っていないが」
「いーの! こういう時にはこう言うものなの!」
「そうか。それは知らなかった」

 いつもと変わらない生真面目な、それでいてずれている彼に思わず笑う。うん。これはまだ『恋』じゃない。『恋』ではないけど……。

「我愛羅くんは、何が好き?」

 彼のこと、一つ一つ知っていくのはすごく楽しい。いつかこの気持ちが本当に『恋』に変わったとしても、変わらなかったとしても。きっと私は彼の少しずれたところを愛しく思い続けるのだろう。

 桜の花はまだ咲かない。それでも確かにつぼみは存在している。そんな肌寒い大通りを、私と彼は並んで歩いた。


end




 いつも甘くてイチャイチャしている話ばかりなので、たまには『友愛』と『恋愛』の狭間にいる微妙な距離感を書いてみました。
 年齢的にはまだ大人ではない感じ。サスケが里抜けしていないパラレル設定でもいいかも。原作無視も甚だしいけど。まぁどうせ二次創作だしね。ファンタジー! ということでお許しください。


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