小説2
- ナノ -





久方ぶりに訪れた木の葉は程よくあたたかく、木々や花も見事に色づき咲き誇っていた。

「いやぁ。やっぱりこういう日には堅っ苦しい会議なんかほっといて、お花見なんかしたいもんだねぇ」
「火影になった者とは思えん発言だな」
「ははは。まぁね。でもいいじゃないの。俺と我愛羅くんの仲でしょ?皆には内緒ね」

むふふと笑いつつ、隠した口元に指を立てた六代目火影ことはたけカカシに俺はやれやれと額を抑える。
五影会議を迎える今日、最も早く木の葉に辿り着いたのは俺だった。
何せ木の葉には数えきれないほど訪れている。多少日数はかかるとはいえ、大分時間配分も上手くなってきた。
おかげで砂漠を抜ければそれほど時間を食うことなく木の葉に辿り着くことが出来る。
特に砂に乗れば早いもので、数人程度なら簡単に乗せて飛ぶことが出来る。時間短縮などお手の物だ。
あとは他の影たちを待つのみとなった俺とカカシは会議室から見える桜に向かって視線を投げた。

「砂漠じゃ見れないでしょ、桜」
「ああ。こうして美しい花を毎日のように愛でることが出来るのは羨ましいな」

彼女と同じ名前を持つ、薄紅の小さな花が風に揺れる。流水の流れに乗るように花弁が飛ぶ姿も美しい。
この一瞬とも永遠ともつかぬ時の流れに身を置ける木の葉の忍が、少しばかり羨ましかった。
けれどカカシはいやいやと、疲れた顔をして顔の前で手を振る。

「正直ね、火影がこんなに大変だとは思わなかったよ。我愛羅くんも毎日あんな量の書類片づけてんの?おかげで満足に花見も出来やしないよ」
「就任したばかりの頃は俺もそうだった。そのうち慣れる」
「うわぁ、貫録あるぅ…」

懐かしい、十代後半で風影に就任した時のめまぐるしい忙しさを思い出しつつ言葉を返せば、カカシの肩ががっくりと落ちる。
そうは言っても仕方のないことだ。里を思う心があるならば大なり小なり苦労は被らなければならない。
されど分かっていてもそこは人。やはりもっと自由にのんびりとしたいのだろう。特にこの男の昔の態度を思い出せば。

「でもさぁ、肩凝らない?腰とか、目とかさ。もう俺ダメだよ。長時間筆持ってると墨の匂いに吐きそうになるもん」
「…気持ちは分からんではないが…まぁ…慣れだな…」

流石に俺とて長時間ずっと椅子に座って書類を捌いていれば、背を伸ばした時に関節が鳴る。
そのまま凝った体を解すべく体を動かせば体のあちこちが固まり緊張していることも分かる。昔はそうでもなかったが、二十を超してみれば徐々にそれが如実になってきた。
やはり外に出て体を動かすべきだ。
いつもそう反省する羽目になるのだがあまりそれが実践されることはない。
時々本当に積み重なった書類を飛ばして外に出てやろうかと思う時もあるが、結局自身の性質がそれを許さず手をつけてしまい、結局外に出る間もなく一日が終わってしまう。
果たしてこんな人生でいいのかと思う時もあるが、結局は長としての自分を優先してしまうのだからしょうがない。
長年身についた習慣にも似た仕事を今更降りることは出来なかった。

「まー俺がこの仕事に慣れる前にナルトが火影を継げるようになればそれでいいんだけどね」
「ふっ…それもそうだな」

ナルトが火影になることを待っている人物は何もカカシや俺だけではない。
他里の、これからこの場に顔を出すであろう次世代の影たちも皆ナルトを待っている。本当に、友人として誇らしい男だ。

「火影様。土影様がお見えになりました」
「おっ。到着したみたいだね」
「では俺たちも席に着こう。火影と風影は無駄口を叩く仲だとは思われたくない」

そう言って窓際から立ち去れば、後ろからついてきたカカシが辛辣…と呟くが聞き流す。
けれどそれが俺なりの軽口だということは伝わっているのだろう。嘆きつつもカカシの顔は穏やかだった。


その後無事に各影が揃い、それぞれの意見を交えての会議が始まった。
以前に比べ気心が知れたせいか陰鬱な空気もなく会議は進んでいく。
と言っても俺以外皆影に就いたばかりだ。そのためカカシはともかく、他は会議自体に四苦八苦していた。
しかしそれを咎める気にはならない。俺とて初めは会議というものに緊張したり苦労したものだ。歳は俺より上の者もいたが微笑ましい気持ちにすらなってくる。
そうして最終的には無駄話になり、書記に一喝され慌てて議題を戻す羽目になった。

「…というわけで、今日はこの辺にしましょうか」

パン、とカカシが手を叩き時計を見上げる。
見上げた先の針は既に会議開始時刻から二周ほど回っており、皆吐息を零しつつ背を伸ばした。

「あー…やっぱ会議とか慣れねえわ…」
「やはり影を勤めるのは一筋縄ではいきませんね」
「はー、もうそういう話は止めようぜ。早く温泉入りてーっ!」

次世代の影たちが各々疲れを露わにする中、年の功で疲れを見せないカカシが目元を和らげる。
それは火影というよりも生徒を見守る教師のような顔だった。

「しれじゃあそろそろ皆さんを宿に案内するとしますかね。今回はそれぞれのご希望に添えるような宿にしてあるから、まあくつろいでいってよ」

説明しながら立ち上がったカカシが視線を投げれば、控えていた書記が席を外し見慣れた姿が代わりに入室してくる。

「おっ、シカマルじゃん。久しぶり」

よう、と片手を上げる雷影ダルイに、シカマルもおうと片手をあげてから背を正す。

「つーわけで、こっからは俺と他数名があんたらを宿に案内すっから。まぁ一応護衛は付けといてくださいよ、心配はしてねえですけど」
「コラシカマル。そんな適当な口調で説明しないの」

共に戦争を戦い抜き、同世代ということもあってか戦争のブレインを務めたシカマルは影たちと親交が深い。
公私混同しないタイプかと思ったが、やはり疲れた面々を思ってか。変わらぬ砕けた態度を取るシカマルをカカシは咎めたが、皆は気にするなとそれを流した。

「宿もいいけどさ、腹もへったよな!どっか美味い店ねえの?」
「黒ツチさん、そろそろその言葉遣い直したらどうです?」
「まあいいじゃん。別に喧嘩売ってるわけじゃねえんだからさ」
「あーまぁ美味い店いっぱいありますけど…それはそれぞれの案内役に聞いてくれませんかねぇ」

シカマルが適当に質問を躱すのを聞きながら俺も席を立ち皆に続く。
夕餉は木の葉の皆を交えての宴会になる。これは何処の里でも一緒で、特に木の葉は集まりのよさも盛り上がり方も一際凄まじい。
今夜も凄いことになるだろうな、と過去の経験を思い出していれば、案内された部屋にいた人物に思わず目を瞬かせる。

「ようお前ら!久しぶりだってばよ!」
「ナルト!」

俺たちの驚く声が揃う中、ナルトはにひひと見慣れた笑みを浮かべて頭の後ろで腕を組む。
相変わらず悪戯小僧のような笑みを浮かべるナルトに自然と肩の力を抜けば、それぞれがナルトに話しかけていく。

「ナルト人気者だねぇ…先生嬉しい」
「歳より臭いことを言う」

隣でしみじみと呟くカカシに肩を竦めれば、カカシはだってねぇ、と呟く。

「ナルトも我愛羅くんも人柱力というハンデを乗り越えて今こうして皆に認められたわけじゃない?先生としては色んな意味で込み上げる思いがあるよ」
「…俺に対してもか?」

まさかカカシの口からナルトだけでなく、俺の名前も出るとは思わず見上げれば、カカシはニコリと微笑み当然。と答えた。
バキとは違う、あたたかみのある笑みに思わず口を噤む。

「我愛羅くんがこーんなに小っちゃい頃から見てるもんね。いやーおっきくなったねぇ」
「…言っておくが俺はそんなに小さくはなかったぞ」

カカシの手が自身の膝辺りを行き来するが、流石に俺とてそれ以上はあった。
思わずジトリと視線を鋭くすればカカシは逃げるように笑う。

「じょーだんだよ、冗談。ま、大きくなったなぁ、とは実際思うけどね。影としての勤めでは我愛羅くんの方が先輩なわけだし。お手柔らかに頼むよ」
「ふっ…都合のいい男だな、まったく」

カカシの軽口に頬を緩めれば、ナルトの視線がこちらに向く。
そして久しく聞いていなかった声で我愛羅!と名を呼ばれれば自然と背が伸びた。

「久しぶりだな、ナルト」
「おう!お前も相変わらずだなー。つか、お前また身長伸びたんじゃね?」

俺の視線の先、額の上で手を動かすナルトに視線を上げる。
そう言えば確かにナルトと視線が近い気がする。実際伸びたかもしれないと思っていれば、カカシがいいなぁ…とぼやく。

「ナルトもそうだけど我愛羅くんもまだ身長伸びてるの?最近の若い子って発育いいのね…」
「うわーっ!カカシ先生じじ臭ぇってばよ!」

先程の俺と違わぬことを言うナルトにカカシはあのねぇ、と肩を落とすが、それでもナルトに甘いカカシがその頭を小突くことはない。
二人の間に築かれた絆と信頼を思えばこの程度の軽口も普通の事なのだろう。俺はそう思うことにしてからナルトに視線を戻す。

「ところでナルト。お前が案内役なのか?」

まだ大戦が起こる前、木の葉と砂の繋がりを深めるべく幾度もこの里に訪れた際、俺たちを案内してくれたのはいつもナルトだった。
そのため今回もそうなのかと尋ねれば、ナルトはいや、と苦笑いする。

「本当は俺が皆を案内したかったんだけどよ、これから生徒たちの特訓に付き合わなきゃなんねえんだ」
「そうか」

未だ生徒のようなやんちゃさを持つナルトではあるが、その実今ではすっかり教師として日々精進している。
無邪気な笑みの中に垣間見ることのできる精悍さに成長したのだなと思えば、何だか己もカカシに良く似ていると僅かながらも思ってしまった。
しかしそんな俺の胸中など知る由もなく、ナルトはでもよ、と言葉を続ける。

「今日はシカマルたちがいるし、それにお前結構木の葉来てるしよ。あんまり案内とかいらねえんじゃねえの?」
「お前な…」

ナルトの信頼しきった眼差しを受けるのは決して嫌ではないが、その竹を割ったような態度には流石に頭を抱える。
前言撤回だ。こいつはまだ成長していない。何せ客人をもてなすという意味をちゃんと理解していないのだ。
これではいつまでたってもカカシは教師の役を捨てきれないだろう。

「ナルト。それ以上は止めなさい。色んな意味で」

カカシも同じ気持ちなのだろう。
先程とは違い顔を顰め、というよりも確実に呆れた声と表情でナルトを制す。
実際ナルトはキョトンとしたが、カカシの言葉に従い口を噤んだ。素直な所は変わっていないらしい。やはり成長していないのか。

「何かよく分かんねえけど…俺そろそろ行かなきゃいけねえからよ!宴会には絶対顔出すからな!そん時また話そうぜ!」
「ああ。転ぶなよ」
「おめーは俺の母ちゃんか!」

笑いつつもナルトに突っ込まれ、他の影たちに挨拶を交わしてからナルトが窓から出ていく。
まるで台風一過だな、と呟けばカカシが苦笑いした。

「ま。宴会まではまだ時間もあるし。各々でのんびりしてもいいし、一緒に観光してもいーんじゃないの?」
「一緒に観光ねぇ…」
「じゃあまずは温泉だよな!それから飯!」
「黒ツチさん…あなたって人は…」

見事に統一性のない面々に少々気が重くなるが、自分も大して変わらない。
長というのものは総じてそう言うものだ。
部下や民の顔色は見ていても窺ってはならぬものだ。長とはいつだって威風堂々と、己の行動に責任と自信を持って行動しなければならない。
でなければ民はついて来ない。そもそもついて来てもらえぬような者ならば初めから長として務まることはないし、誰からも支持されることはない。
そうした意味でもここにいる影たちは長たりえる資質を持っていたのだろう。良くも悪くも、だが。

「悪いが俺は休ませてもらう。正直会議の前に仕事を詰めてきたんでな。ゆっくりしたい」

皆と親睦を深めたいという気持ちは確かにあったが、それでも寝食削って仕事をしたのが流石に堪えた。
会議も終えたのだし少しばかり余暇をくれと続ければ、他の影もそれもそうだとこれに同意した。

「あたしも温泉でのんびりしたいなぁ〜」
「俺も疲れたからどっちかつーと寝たいな」
「僕も温泉には入りたいですが…少し休憩を挟みたいですね」
「…皆お疲れみたいね」

俺が先に本音を零したことで周りも楽になったのか、やはり慣れぬ仕事に肩を張っていたのだろう。
本音と建て前の、本音を素直に零した面々にカカシが苦笑いし、俺もやはり内心ではそうだろうなという思いが強かった。
何せ昔の俺でさえそう思ったのだ。彼らが思わないわけがなかった。

「じゃあ宴会前にはこちらから使いを出すから。ゆっくりしていってね」
「ああ」
「ありがたく堪能させてもらうよ」
「お心遣い痛み入ります」

微笑むカカシに各々が言葉を返せば、控えていた忍達が影たちを連れて退室していく。
そして再び俺とカカシだけが部屋に残れば、カカシの手が肩に置かれた。

「ありがとね、我愛羅くん」
「何のことだ?」

まだ影について間もない彼らが会議開催地の長であるカカシの言葉を断るのは容易ではない。
慣れない仕事に慣れない会議。ようやく一仕事終えた彼らに観光という名目で外交させるのは流石に忍びない。
だからこそ俺が先にその申し出を断り本音を漏らすことで、彼らにもゆっくりと過ごすという選択肢を選びやすいようにすることが必要だった。
しかしそれについて礼を言われる筋合いはなく、断ることが出来たのもそちらの懐が深い所以だろうと返せばカカシは頭を掻いた。

「何だかなぁ…やっぱり我愛羅くんこの仕事板についてるね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「そうして頂戴」

この後カカシは宴会まで自里の仕事をこなさねばならぬだろう。
ここにいて軽口を交わすことも気休めには必要なことではあったが、これ以上時間を取らせるわけにもいかない。
刻々と時間が過ぎていけばその分書類も積もっていく。己の経験からそれが分かる故、俺はカカシを見上げ口を開いた。

「では俺も退室するとしよう。宿はいつもの場所でいいか?」
「勿論だよ。ていうかいつも同じ宿でいいの?たまには違うところ取るけど」

どの里でも一つの宿に影を押し込めるということはあまりしない。
それに最近では、各影の希望に沿えるよう幾つかの宿が各里に存在している。
見晴らしがいい場所、山々がよく見える場所、風がよく吹く場所、花々を沢山愛でることの出来る場所。
それは里によって様々ではあったが、俺は至って普通の、町中に建つ宿を選んでいた。

「構わん。使い慣れたあの宿が一番落ち着く」
「そう?それならいいけど」

十代の終わりからずっと使用していた宿だ。今ではすっかり女将や仲居とも顔馴染みになってしまった。
最近ではナルトのように、会う度に身長が伸びたとか髪を切ったのかとか、服のデザインを変えたのかと話しかけられる。
それが悪いとは言わないが、何だか第二の家になったようでむず痒い気持ちを覚えてしまう。
けれどやはりあの宿がいいと思うのだから、正直な所俺はあそこが一番落ち着くのだ。

「んじゃま、また宴会でね」
「ああ。ではな」

カカシに別れを告げ、待機していたテマリとカンクロウを引き連れ残っていたシカマルに視線を向ける。

「デートならバレないようにすることだな」
「…オミトオシっすか…」

頭を掻くシカマルにテマリが噴きだし、カンクロウは苦笑いした。
カカシはただ穏やかに微笑み、窓の外では相変わらず桜が舞っていた。




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