小説2
- ナノ -


Happy Valentine?



  バレンタイン。恋人たちの甘く切なく、ドキドキする女の子にとっての一大イベントだ。
 とはいえ、幼い時も大人になった今でも私にとっては縁遠いものだったりする。そりゃあ家族や友達にはあげたけど、以前勤めていた会社はそういう風習には倣わない所だったし。正直家族以外の異性らしい異性に渡したことなど一度としてない。
 だけど今回は『THE・男所帯』の職場にいる。職場っていうか本丸なんだけど。でも彼らは神様だし、っていうかそもそも刀だし。平安や戦国、幕末なんかで活躍した刀たちが果たして『バレンタイン』を知っているのか。
 正直「無視しててもばれないんじゃね?」なんて油断していた。だからこんな目に合うんだろう。

「主、先日てれびで見たのだが、明日は『ばれんたいんでえ』という奴らしいな」
「ぐふっ、え、あ、お、おう。そうだね?」

 仕事の合間に設けた休憩時間。本日非番の鶯丸がいつものようにお茶を淹れてくれたのだが、その際にとんでもない話題を持ち出してきた。正直不意打ちだったわ。

「ていうか鶯丸さんテレビ見るのね」
「勿論見るさ。最初はあんな薄い箱にどうやって動く絵が出てくるのか不思議だったが、何。不思議なものでも悪いものではない。ならば楽しむのは道理だろう」
「は、はあ……そうっすか」

 悪い物でないのなら楽しむ。うん。これは別に悪いことではない。何事も潤いがあることは大事だ。特に笑うことは。泣くことも時には必要だけど。やっぱり笑顔が溢れてるってのはいいよね。

「それにアレだろう? ちょこれいと、とはあの茶色くて甘い菓子だろう? 何でもあれを女性が男性に贈るのだとか。知らぬ間に面白い行事が出来たものだな」

 うんうん。と頷く鶯丸には悪いが、正直何も用意していない。だって三十振もいるんだぞ? 三十人分のチョコとか用意出来るかってんだ。こちとら業者じゃねえんだぞ。それともあれか? 通販で『1kg』とかまとめて販売してるの買えってか? 第一手作りチョコなんて作る暇ないっちゅーねん。

「まぁ、あれは女性が“好きな男性”に贈るイメージが強いですけど、昨今は“友チョコ”とか、自分への“ご褒美チョコ”とか色々ありますしね。そもそも甘いものが苦手な男性にとっては苦痛でしょうし」

 私はチョコレート好きだけど、ミルクやホワイトと言った甘すぎるのはちょっと苦手だ。苦い方が好きだったりする。最近では『カカオ○%』ってカカオの含有量が多いチョコも増えてきたけど、前はそこまで豊富じゃなかったからなぁ。

「それに鶯丸さんたちは洋菓子より和菓子の方が舌に馴染んでいいんじゃないですか? お饅頭とか、練り切りとか」

 特に鶯丸はお茶が好きだ。お茶にはチョコより和菓子の方がいいはずだ。ちょっと出費はかさむが、和菓子の詰め合わせなんかいいかもしれない。だけど鶯丸は「いいや」と首を振る。

「確かに和菓子の方が慣れてはいるが、洋菓子も捨てたものではない。短刀たちほど『けえき』やら『ぷりん』やらにはしゃぎはせんが、『ぜりぃ』は水羊羹みたいで美味いしな」
「あ〜。水羊羹! 確かに美味しいですよねぇ」

 普通の羊羹はどっしりとしているが、水羊羹は暑い夏に合うようにサラリとした食べ心地だ。確かにゼリーとも似ている。通販サイトに飛べばこの時期でも水羊羹は購入できるだろう。

「それに心の狭い男ではないからな。女子から貰えるのであれば例え南蛮の菓子であろうと喜んで受け取るぞ」

 ……ん? これはあれか? 遠回しに『チョコくれ』って言われてるのか?
 思わず御簾の奥から凝視していれば、雑用を頼んでいた本日の近侍こと小夜が戻ってくる。

「主、頼まれていたことだけど――あ。休憩中だった?」
「おかえり小夜くん。そうだよ〜。休憩中。小夜くんも一緒にどう? ちょっと一息入れようよ」

 手招きすれば、私が動くより早く鶯丸が自分の隣に座布団を敷く。彼らは神様だけど気遣い上手というか、気配り上手というか。うん。色んな意味で審神者をダメにするよね! 鶯丸ありがとう!

「ところで小夜よ。お前は『ばれんたいん』とやらを知っているか?」
「あ、はい。それは、知っています。最近ずっとテレビで特集をしていたから……」

 あー。本当テレビこの野郎。でもそれ以外で付喪神が『バレンタイン』なんて知るわけないかぁ。考えれば分かることだっただけに気付かなかった自分にショックを受ける。

「でも、あれは『強制』ではないでしょう? それに主は用意していないと思うけど……」

 さっすが小夜くん! 分かってるー!! と手を叩けばいいのか、『主がそんなことするわけないじゃん』って思われていることに凹めばいいのか。微妙なところだ。いや、私の事を理解してくれているのは嬉しいんだけどさ。だけどここで小夜から思わぬ追撃――もとい『会心の一撃』を食らわされる。

「だって主が本丸の厨で何か作っているところ、見たことないですよね?」
「ぐはっ!」

 そうね! そうだね!! 何もかも任せきりでごめんね!!! そりゃあ刀が三十振りに増えて食事当番だけでなくお茶汲みまでお願いしてるもんね! 何もしない主でマジでごめん!!
 呻きながら「すみません……」と突っ伏せば、小夜が慌ててフォローしてくる。

「あ。いや、そうじゃなくて……主は忙しいから……それにもし厨に立っていたら皆集まってきてそれどころじゃないと思うし……堀川さんと歌仙、燭台切さんだけじゃきっと守りきれないと思うから、むしろこのままでもいいというか……」
「え? うちの台所いつから戦場になったん?」

 確かにうちの台所の守り人、もとい食事係は堀川、燭台切、歌仙の三名が主だって行ってくれている。初めは私が作っていたが、刀が増えだしてそれどころじゃなくなったのだ。特に堀川が顕現してくれた時は助かったな。今まで一人で用意していた食事を二人で用意できるようになったんだから。勿論、毎日。とはいかなかったけど。

「そういえば、小夜は主の手料理を食べたことがあるんだよな?」
「はい。本丸に刀が増えるまでは主が食事を作ってくれていましたから」

 料理の腕なんかてんでなかったが、それでも皆完食してくれたなぁ〜。おかわりもよくしてくれたし。というか、最初の頃はお箸の使い方からだったもんなぁ。皆知識としては知っていたけど、実際に掴むのはちょっと難しかったみたいだし。わーわー言いながらぽろぽろおかずを零していた頃が懐かしい。
 御簾の奥でこっそり笑いつつ再度お茶を啜れば、鶯丸が「ふむ」と呟きながら顎に手を当てる。

「では主。ちょこれいとが無理なら俺に何か一品作ってはくれないか?」
「ゴフッ!!」

 うん! そうだな!! 今の流れならそう来るのが普通だよな! 何油断してたんだ私!!

「え、えー……流石に三十人分ってなると、一人じゃとても……」

 そりゃあ一品だけなら作れなくはないけど……煮込み料理にしろ焼くにしろ、材料を切るだけで一時間近くかかるのでは? まぁ折角のバレンタインだしなぁ。久しぶりに台所に立ってもいいか。
 ある意味腹を決めた瞬間、どこから話を聞いていたのか。庭から短刀たちが駆けつけてくる。

「ねぇねぇあるじさん! ボクバレンタインは『チョコパイ』が食べたいなぁ〜!」
「僕は『えんぜるぱい』派ですけど、主君に頂けるのであればどちらでもいいです!」

 廊下に身を乗り出してまで発言してきたのは乱と秋田だ。そしてその背後からものすごい速さで前田が駆けてくる。

「コラ乱、秋田! 主君の邪魔をしてはいけません!」
「えー? 硬いこと言わないでよ〜。だって明日はバレンタインだよ? 一大イベントだよ?!」
「そうですよ! それに前田だってちょこれーと好きじゃないですか!」

 乱と秋田の口撃に二人の腕を取っていた前田が頬を染める。

「そ、それはそうですけど! こういうものは強請るものではありません! それに主君はお忙しい身なんですから、お仕事の邪魔をしてはいけません!」
「ブー。あ! でもでも、今は休憩中だよ? ね! だからいいよね、あるじさん!」

 可愛い乱にキラキラと輝く瞳を向けられて断れるほど冷たい人間ではない。当然「いいよ」と頷けば、二人は靴を脱いで部屋に上がってくる。

「それにあるじさん、今お付き合いしている人いないでしょ? だったらボクたちにくれるよね?」
「僕は主君から頂きたいです! 勿論、ほわいとでーなる日には、心のこもったお返しを致します!」
「しゅ、主君! すみません、僕としたことが二人を止められず……!」

 慌てて謝罪する前田に「大丈夫だよ」と苦笑い気味に返す。いつもなら薬研がこういう時に止めてくれるのだが、今日は出陣部隊に組み込んでいる。だから代わりに平野や前田が奮闘する羽目になるのだが、生憎平野は畑当番でここにはいない。よって前田が一人で頑張っているのだろう。兄弟に振り回される彼が可哀想でもあり可愛くもあり、謝罪する前田の頭を撫でてやった。

「大丈夫大丈夫。むしろいつもありがとね。二人もあんまり前田を困らせちゃダメだよ?」
「あ、ありがとうございます……」

 沢山走り回ったせいだろう。いつもより少しだけ乱れている髪を指で整えてやれば、乱が分かりやすく頬を膨らませる。

「ずっるーい! ねぇねぇあるじさん、ボクの髪も梳かして欲しいなぁ」
「僕も大人しくするので、主君と一緒にいたいですっ」

 おーおー。どうしたどうした。今日の短刀たちは一段と甘えっ子だ。
 でも思えば最近短刀たちと纏まった時間を過ごしてないなぁ。出陣回数が増えたっていうのが一番大きいけど、私自身が本丸にいない日もあるわけだし。それに今は休憩中だ。多少なりとも刀とコミュニケーションをとっても問題ないだろう。
 なので私の答えを今か今かと待っている二人に向かって「おいでー」と両手を広げる。途端に乱はパッと花が咲いたように笑いながら背を向けて正面に座り、秋田も隣に座す。

「やったー! あるじさんだーいすき!」
「はいはい。ありがと」

 楽し気な乱の声につられて笑いつつ、いつも使っているポーチの中から櫛を取り出し乱の髪を梳いていく。

「そういえば、二人はバレンタインのチョコ、お菓子でいいの?」
「うん! だってあるじさんから貰えるんだもん。何でも嬉しいよ」
「はい! 僕もです」
「そっか〜」

 うーん。そうなると短刀たちにはやっぱりお菓子がいいか。チョコパイとエンゼルパイだな。よし。通販で頼むか。実際に買いに行くとかさばるしな。こういう時に通販はありがたい。それに正直失敗する可能性がある手作りよりも既製品の方がいいよね。衛生面的にも。

「はっはっはっ。短刀たちに強請られれば主も弱いようだな」
「残念だったね、鶯丸さん。主は人気者だから」
「そうだな。折角主の手料理を食べられる絶好の機会だと思ったのだが……うむ。諦めよう。それに“全員分”と勘違いしていたみたいだったからな。やれやれ。本当に我が主に真意を伝えることは難しい」
「主は鈍感だからね」

 ん? 乱の髪を梳いている間に鶯丸と小夜が何かしらを話して笑いあっている。私は聞いてなかったけど……ま、いっか。必要なら教えてくれるだろうし。

「はい。出来たよ」
「あるじさん、ありがとう!」
「どういたしまして。秋田もしてあげようか?」
「はい! お願いします」
「じゃあ後で前田もしてあげるね」
「え! あ、ありがとうございます」

 そうこうしている間にも休憩時間は過ぎ、私は残っていた仕事を小夜と一緒に片付ける。勿論チョコパイとエンゼルパイは通販で注文した。明日のお昼には問題なく届くだろう。

 そしてその日の夜。私は厨へと足を運び、丁度朝食の仕込みをしていた堀川に声を掛ける。

「堀川ー、今いい?」
「あ。主さん。どうしたの?」

 明日使うみそ汁の出汁を取っていたのだろう。鍋から昆布を取り出していた堀川に近づき、小声で用件を伝える。すると堀川は一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに事情を把握したのだろう。「いいですよ」と笑顔で頷いてくれる。

「ありがとう。それじゃあ明日よろしくね」
「はーい。主さんも頑張ってくださいね」

 応援してくれる堀川に手を振り部屋へと戻る。さあ。明日は久々の早起きだぞ。私は目覚ましをいつもより二時間ほど早めに設定し、さっさと眠りにつくことにした。

 ――そして翌日――

「皆おはよ〜」

 あくびを零したり、寝ぐせをそのままにしていたり。わらわらと朝食を摂るために大広間に集ってきた皆に挨拶をする。普段は全ての準備が整ってから呼ばれるから、先に私がいたことに多くの刀が驚いた。だけどそれに笑っている暇はない。私はせっせと手を動かし、ソレを用意した。

「えーと、皆も知ってるとは思うけど、今日は『バレンタイン』ということで。お菓子は既製品のものを用意したんだけど、それだけだとアレだし。今回は久々に、あー。中には初めて、って人もいるかな? 私がおにぎりを用意しました!」

 そう。昨夜堀川に頼んだのは、「おにぎりを握っている間に皆を厨に入れないようにしてくれ」ということだった。勿論他のおかずは私だけでは手が回らないのでいつも通り歌仙と燭台切に頼んだけど、炊き立ての米をすべて握ったのは私一人だ。いや〜。流石にこれだけの量のおにぎりを握るのは骨が折れた。でも鶯丸にもお願いされたことだし。今回ぐらいはいいだろう。

「えーと、中身はねー、鮭と昆布と梅干しとおかか、です。それぞれのお皿から好きなものを取って行ってくださーい」

 堀川に手伝ってもらいながら机の上に皿を並べれば、私が台所に立っていたことがよほど衝撃だったのだろう。多くの刀がぽかーんと口を開けて立ち竦んでいる。

「ん? どした? あ。もしかして味の心配してるとか? でもおにぎりとか失敗しようがないでしょ。まぁ、形はちょっと……うん。握り慣れてない感が滲み出てるけど。でも砂糖をまぶしたりとか、からしマヨネーズぶっ混んだりとか、ケチャップ盛り込んだりとかしてないから、安心して食べていいよ」

 確かに普段から料理しないし、一人暮らししていた時も凝った料理を作ることはなかったが、おにぎりなら誰でも握れるし失敗がないから良い。中に入っている具材の量は均一か、と聞かれたら正直微妙だけど。ま、その辺は上手く流してほしい。

「ガハハ! ばれんたいん様々じゃあ! ありがたく頂くぜよ」

 パン! と両手を叩き、早速一つ目を手に取ってくれたのは初期刀の陸奥守だ。こういう時に真っ先に動いてくれるからありがたい。続いて動いたのは案の定小夜で、彼も陸奥守のすぐ隣に立って小さな手を伸ばした。

「ありがとう、主。いただきます」

 いやー。むしろ何の疑いもなく取りに来てくれた二人に感謝だよ。実際二人が動いてくれたおかげで他の皆もスイッチが入ったらしい。一斉に動き出す。

「主! 有難くいただきます!」
「おう。俺も貰うぜー」
「鮭くれ鮭! 主、サンキューな!」
「主さま、ありがたく頂戴いたします」
「主君、ありがとうございます」
「大将、ありがとな」
「いや〜、まさか君が握り飯を用意するなんてな。正直驚きだ! うん。中身に驚きは詰まっているのかな?」
「そんなわけないでしょ。さっきも言ったけど、普通に普通の具材を入れてるだけだから」

 長谷部、同田貫、和泉守と打刀勢に続き、平野、前田、薬研が笑顔でお皿に取っていく。かと思えば鶴丸が茶化してきたのでしっかりと突っ込めば、笑う彼の背中を一振りの刀が軽く小突いた。

「邪魔だ。退け」
「おっと伽羅坊。すまんすまん。お前さんも主から『ばれんたいん』の贈り物が欲しくてうずうずしてたもんな」
「え? そうなの?」

 鶴丸の予想外の発言に目を丸くすれば、大倶利伽羅は舌打ちと共にすごい眼差しを鶴丸に向ける。

「そんなことしていない。そもそも期待どころか気にもしていない。勝手に人の感情をでっちあげるな」
「はっはっはっ。そんなに睨むなって。照れるだろう?」
「……はあ……主、貰っていくぞ」
「はい。どうぞどうぞ」

 慣れ合わない刀である大倶利伽羅は鶴丸の相手に疲れたのだろう。盛大にため息をつくと、鶴丸を肘で押しやり一つ手に取り去って行く。かと思えばすぐさま立ち止まり、ほんの少しだけ振り返ってきた。

「……受け取ったからには礼は言う。ありがとう」
「あはは。どういたしまして。口にあうといいんだけど。まぁ、美味しくなかったらお茶で流してね」

 多分大丈夫だとは思うけど。と付け足せば、大倶利伽羅は「フン」と軽くいなして席に戻っていく。その後に鶴丸から「後でお礼に接吻でもしてやろうか?」と揶揄われたが、次に取りに来た三日月と鶯丸から同時に「ぬかしおる」と笑われて頬を引き攣らせていた。

「握り飯とはいえ、主の手所為だ。ありがたく頂くぞ」
「三日月さんの口に合うといいんだけどね」
「何、愛しい者の作ったものだ。皆まで喰わねば男が廃るというもの」
「ははっ。『毒を食らわば皿まで』って言うしね」
「はっはっはっ。それもそうだな」

 笑い飛ばす三日月と一緒に笑っていれば、鶯丸からも礼を言われる。

「主、ありがとう。まさか本当に君の手料理が口に出来るとは……正直驚いたぞ」
「えー? 言い出しっぺは鶯丸さんじゃん。でも結構楽しかったよ。大変なのは大変だったけど……思えばこんな風に誰かに向けて料理をしたのなんて久しぶりだったしね。こんな機会があったのも鶯丸さんが珍しく『おねだり』してくれたからだし。こっちこそありがとう」

 胸を張って『料理』と言えるほど大層なものじゃないけど。それでもこうして“誰か”のために台所に立ったのは久しぶりだ。その感覚を味わえただけでもいい時間になった。そういう意味で礼を言えば、鶯丸は何故か「ンンっ」と不自然な咳ばらいをした。

「うむ……そうか……多少意味合いが違うとはいえ、俺も願いを口にしてよかった」
「そっか。鶯丸さんに喜んでもらえたのなら、私も嬉しいよ」

 特別おかしなことを言ったつもりはなかったが、何故か鶯丸は再度謎の咳ばらいをし、もう一度お礼を言ってから席に戻って行った。ヒラヒラと数枚の桜を舞わせながら。

 その後も皆それぞれおにぎりを手に取り、律儀にお礼を述べてくれる。大したものじゃないけど、早起きしてよかったかもしれない。
 一応一人二つぐらいを意識して作ったのだが、気づけばあっという間に皿は空になった。

「まぁ形はアレでしたけど、美味しかったですよ」
「宗三、もっと素直に言えないのですか?」
「美味しかったよ、主。宗三兄さまもそう言ってる」
「すみませんねぇ。素直じゃなくって」
「あはは。そんなの今更でしょ」

 左文字兄弟の仲のいいやり取りに笑っていれば、近くに座っていた同田貫が「でもよ」と声を上げる。

「もうちょいデカくてもよかったよな」

 流石よく食う刀である。「物足りない」と暗に伝えてきやがった。だけどしょうがないだろう。私は彼らみたいに手が大きくない。だからあまり欲張って握れないのだ。
 それを証明するためにも文句を言う同田貫の手を取り、その手と自分の掌をピッタリと重ね合わせる。

「しょうがないでしょ。私の手は同田貫より小さいんだから。ほら、見て。指の長さだって一関節分違うし、掌だって同田貫の方が大きいでしょ? だから大きく握れないの」

 皮が厚く、タコや切り傷の痕が残る手は大きくあたたかい。それに比べて私ときたら……。太っているから指は太くて丸いし、部屋に籠っているから色も白い。黒豚ならぬ白豚だ。特に同田貫の肌は浅黒いから余計に私の白さが浮きだって見える。確かに昨今では『美白』が主流だが、私はこう見えて小麦色に焼けた肌が好きなのだ。真っ黒に焼けたいわけではないけど、夏はそれなりに日焼けを楽しみたいタイプでもある。そもそも生まれた時から肌が白いので、赤くなってもすぐに色が戻るのだ。だから余計に小麦肌に憧れてしまうのかもしれない。
 真剣な気持ちでそう抗議したのだが、何故か同田貫は目を丸くして硬直し、周囲はしーんと静まり返っていた。

 ……え? 何で???

「………………おお」

 しかもようやく同田貫からリアクションが返ってきたと思ったら、とんでもなく間の抜けた声で「おお」という一言だけだ。何だよー。やっぱりまだ不満なのかよー。ここまで言われると流石に拗ねたい気持ちになる。だけど私が文句を言うより早く、同田貫がぎゅっとそのまま手を握りしめてきた。

「……ちっせえな」

 だからそう言ってんじゃん。そう突っ込もうとしたが、何故か和泉守が同田貫にエルボードロップを決め、そのまま四の地固めへと移る。

「てっめえ! 主に何やってんだ!!」
「やっちゃえ兼さん!!」
「イデデデデ!!! ギブギブ!!」
「朝から不埒な男ですねぇ。カウントは取りませんよ。もう少し苦しみなさい」
「鬼かよテメエ!!」

 何故か突然始まったプロレスごっこ。いや、皆ご飯食べ終わってるから別にいいんだけどね? 埃がたっても問題ないわけだし。でも食べたばっかりでよくそんなに動けるな?

「はあ〜……おんしは何でそうほいほいと……」
「え? 私? 私のせいなの?」
「嘘でしょ主……どこまで鈍感なの……?」

 何故か陸奥守には呆れられ、小夜には酷く困惑した顔をされる。でも別におかしなことは言ってない筈だ。だって私の手は小さいし、同田貫の手は大きかった。多分私の手って短刀たちと大して変わらないよね? と首を傾けていると、他の刀たちも集まってくる。

「いや〜、まさか同田貫が主に手を出すとは。思わぬ伏兵だったな、伽羅坊、光坊」
「主は相変わらず無自覚みたいだけどね」
「……危機感が足りなさすぎる……」

 伊達組から謎のダメ出しを受けたかと思えば、すぐさま平野と前田から「大丈夫ですか?」「お怪我はありませんか?」と心配される。
 いや、だから何でやねん。ただ手を握られただけで怪我なんぞするかい。第一同田貫は私を傷つけたりしないし。
 そんなことを口にすれば何故か宗三からは「これだからもーっ!!」と謎の切れ方をされ、長谷部からは「主、一度話し合いましょう。できれば一刻も早く」と謎の進言を受け、薬研からは「むしろこのままでいてくれた方がいいような気もするけどなぁ〜」とフォローになっているようないないような発言をされた。

 うん。訳が分からないよ?

 その間にも同田貫は和泉守と堀川にしっかりとしばき倒されていた。

「まぁ何にせよ、これが僕たちの主なんだけどね」
「ほーんと、危機感足りないよねぇ〜。男所帯なのに。ま、そんな主だから守り甲斐もあるんだけどさ」
「ああ。例え俺達が初期刀として選ばれなかったとしても、だ。負けるわけにはいかないな」
「だよね」
「ああ」

 私たちがガヤガヤと騒いでいる間に、歌仙、加州、山姥切は何やら改まった調子で何かを話し合っては頷き合う。それに気づいてそちらに顔を向ければ、歌仙と加州から笑顔と共に手を振られ、山姥切は少しだけ微笑んでくれた。

「あーるじ! 俺達も、陸奥守とか、同田貫とか! 勿論他の奴らにも! 負けてなんかやんないからねっ!」
「僕は文系刀だからね。優雅に華麗に、勝ち取りに行くよ」
「写しといえど、あんたが認めてくれた切れ味だ。失望はさせないさ」
「んんん〜? 益々もって何の話〜? でもやる気があるのはいいことだよね!」

 とりあえず話を合わせておこう。と拳を握って同意を示せば、何故か苦笑いされた後加州に抱きしめられた。

「あーもう! そんな主でもだーい好きっ!」
「だーーーー! てめえもか加州ーーーー!!!」
「あーもう! 敵が多い! 敵が多いんですよ、この本丸ッ!!」

 笑顔の加州に切れる和泉守と宗三。そしてそれに覆いかぶさるようにして三日月の笑い声が響く。

「はっはっはっ。これではいつか内戦で本丸が潰れるかもしれんなぁ」
「笑い事か? 三日月」
「そうなると本当に“驚き”だなぁ」
「いやいや、そんな驚きいらないからね? 鶴さん」
「だが否定は出来ない」

 冷静に突っ込む鶯丸と鶴丸に真顔で言い返す燭台切と大倶利伽羅。その足元では背の低い短刀たちが今日も元気に駆け回っている。

「皆ばっかりずるーい! ボクもボクもーっ!」
「待て乱! 行かせるか!」
「薬研兄さんの言う通りです! 乱は最近乱れすぎですー!!」
「前田の言う通りです! 主君の貞操は僕たちがお守りしなければ!!」
「えっと、えっと、ぼ、僕も、あるじさまをお守りしますっ!」
「やれやれ、兄弟の暴走はお兄ちゃんが止めないと、ですよね! 鯰尾藤四郎、いっきまーす!!」
「うわーん! 鯰尾兄さんまでボクの邪魔をする〜!!」

 粟田口の元気なやり取りに、落ち着いた刀代表である大典太がほんの少し柔らかい表情を浮かべて呟く。

「フッ……今日も賑やかなことだ」
「ええ。皆が健やかに、平和であることは良いことです。これも皆、主あってこそのこと……ふふっ。ですが、我らの主は鈍感なお方なので……」
「ああ。そうだな。本当に……笑ってしまうぐらい、鈍感だ」

 大典太と江雪が緩やかに笑い合う。そんな穏やかな空間も騒がしさの中に流れる本丸は今日も今日とて騒々しい。でもこれが私の日常なのだ。当たり前で、だけど本当は特別な――そんな、大事な場所なのだ。

「でも正直もうバレンタインどころの騒ぎではない気がする」

 ようやく気付いた頃には既に遅く。
 何故か『戦利品』扱いされた私は上座に座らされ、突如始まった『かるた大会』を見届けることになった。

 ……うん。まぁ、手とか足が出るよりましだよね。と、華麗に宙を舞うかるたを見上げつつ、私は自分用に握ったおにぎりを一つ口にするのであった。


end




 刀にはチョコを配るよりおにぎり配った方が喜ばれそうだな。と思ったらこんな話になりました。バレンタイン感皆無ですが、和風バレンタインということで許してください。(笑)

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