小説2
- ナノ -





長十郎は勘違いしていた。
我愛羅もサクラも真面目で勤勉で、何事に対しても誠実なのだと思っていた。確かにそういった面はあるのだが、二人とも結構抜けている部分が多かったのだ。
正確にいえば抜けているというより警戒心が足りていないというか、無意識・無自覚の行動が多いというか、とにかく息をするようにさりげなくいちゃつくのだ。
長十郎はすっかり悟りを開いたような表情になり、二人と共に視察内容を巻物に纏めていた。

「うーん…この点はやっぱり木の葉とは違うわね。でも砂隠では応用効きそうじゃない?」
「うん…だが環境が違う。あの薬剤師に聞いた限りではうちの里で育てるには難しそうだ。ハウス栽培という手もあるが、如何せんまだそこまでの技術が足りない。先延ばしにするしかないな」

傍から聞いている限り会話内容は真面目だ。長十郎自身もすごく勉強になると思ってはいる。
だがその距離感がいけない。我愛羅と長十郎の間には距離があるが、我愛羅とサクラの距離はゼロだ。ゼロ距離だ。顔と顔が寄り添いあっているかのように近い。
なのに会話は真面目でそういった気配は一切ない。隠す気があるのかないのか。長十郎はひたすら筆を動かし続けていた。

「でもこっちの薬は砂隠でも作れそうよ。以前似たような効用を持つ毒草を採取したことがあるから、アレを育てましょう」
「去年の話だったか?そんな書類が確かにあったな。お前とマツリが責任者となって進めていた奴だろう?」

例えゼロ距離であれど仕事はちゃんとしている。だからこそ忠告を入れるべきかどうなのか、悩んでいたところで後をつけていた護衛の一人が長十郎に耳打ちした。

「…お二人とも、どうやらあのトラブルメーカーたちが近くに来ているそうですよ」
「げっ」
「…はぁ…逃げるか」

遠慮なく顔を顰めたサクラと、溜息を零す我愛羅。
長十郎も護衛を下げさせ、近くの施設へと潜り込むことにした。

「ここは歴史館のようですね。丁度いい。岩隠の歴史を学ぶことにしましょう」
「そうですね」
「ああ。黒ツチに聞いても知らなそうだしな」

我愛羅が何気に酷いことを言うが、実際的を射ているだろう。
苦笑いする長十郎は二人の後ろを歩き、展示物を眺めつつもそろりと二人を観察した。

「ふぅーん…初代土影様はこんな政治をなさっていたのね…」
「あの頃は確かまだ各里が国に属したばかりの頃だ。色々と大変だっただろうな」

それなりに交際期間が長いせいか約束のせいか、目の前で特別いちゃつかれることはない。
どちらかと言えば落ち着いた雰囲気のカップルと称していい。長十郎との約束もあってか、手を繋ぐことも腕を組むこともない。しかしふとした瞬間に我愛羅が優しさを見せる。
サクラが誰かにぶつかる前に体を引いて誘導したり、ドアを開けてやったりと存外甲斐甲斐しい。
それに対しサクラも当然と言った顔をせず、その都度礼を言っているのが好感を持てる。
真面目なだけでなく互いを思いやることも出来る二人なのだな。そう結論付けたところで、サクラが突然振り向いた。

「水影様、少し休憩しませんか?」
「え?」
「先程からずっと声を聞いていないからな。何か飲み物でも買って来よう」

確かにデートではないが、二人に気を遣って口を噤んでいた。しかしそれが却って二人に気を遣わせてしまったらしく、長十郎は内心慌てた。
それに安心させるべくすぐさま平気だと答えたが、サクラが実は自分が休憩したかったんです、とフォローされれば頷かずにはいられなかった。
憎いほど嫌味の無い二人だ。
それに我愛羅は長十郎を信頼しているようで、サクラと共に長十郎をベンチに座らせ、自分は飲み物を買いに行った。

「自分で買いに行かせずとも、護衛の者に頼めばいいのに…」
「彼、その辺結構律儀なんです。好意だと思って受け取ってください」

微笑むサクラは楽しげだ。風影に飲み物を買いに行かせることに初めは彼女も気を揉んだだろう。
しかしいつしかそれが我愛羅なりの気持ちの現し方なのだと気づき、今では甘んじて受け入れているらしい。

「ああいう人なんで誤解されやすいんですけど、不器用なだけで優しいんですよ」

長十郎は未だかつてこんな風に女性に気を回したことがない。確かに前任の水影であるメイには色々と気を遣ったが、あれは立場があるせいだ。
メイは長であり憧れの人だ。だから命を賭けて守っていたが、他のくノ一に同じように接したことは多くない。
過去交際していた女性にもここまで色々としてやっただろうか、と考え始めた所で我愛羅が戻ってきた。

「待たせたな」
「ううん。疲れてるのにごめんね。ありがとう」

礼を述べつつ受け取った飲料水に口をつけた瞬間、初めて喉が渇いていたのだと気づく。
気付けばあっという間に半分近く飲み干し、全身が生き返ったように潤った。
そういえば何だかんだ言ってずっと気を揉んでいたな。
ようやく一息つけたことに長十郎が少し喜んでいると、隣に座していたサクラが話し出した。

「我愛羅くんも水影様も大変ですよね。会議や視察とかでアチコチを飛び回ってるでしょう?ちゃんと睡眠とか食事とかとってます?」

サクラは医療忍者だ。やはり他人の体調が気になるのだろう。
そう言えばここ最近は移動時間の方が長く、睡眠もその合間で取るため深く寝入ったことがない。
思い当たる節があり固まる長十郎に対し、サクラは苦笑いした。

「お忙しいんですね。でも睡眠は大事ですよ。じゃないと我愛羅くんみたいに濃い〜隈作っちゃうことになりますから」
「俺の隈は年代物だからな」
「何バカ言ってんのよっ」

くだらない発言をする我愛羅など見たことがない。驚く長十郎を余所にサクラは呆れつつも笑っている。
あたたかく、信頼関係がしかと築かれた二人だ。
自分もこんな風に誰かと関係を持てるようになればな、と思っていたところで、あーっ!と叫ぶ声が聞こえた。

「我愛羅とサクラちゃん見ーっけ!!」
「ナルトくん、声が大きいよっ…」
「あ、それに水影もいるじゃん!なーんだ、自分は興味ねえ〜みたいな顔してたくせに、ちゃっかり一緒にデートしてんじゃん」
「つか、あれデートって言うのか?」

まだ少ししか休憩していないのに。
肩を落とす二人の影に挟まれながらサクラは苦笑いする。だが挨拶はしなければ、と立ち上がり、腰を折った。

「こんにちは、土影様、雷影様」
「おう、久しぶり。春野」
「ああ、久しぶりだな。つか、木の葉以外で会うと変な感じだな」
「そうですね」

機嫌よさそうに片手を上げる黒ツチと、相変わらずどこか億劫そうな気配を漂わせるダルイ。
しかしここで会ったということはナルト達と共にあちこち回っていたらしい。
視線を向ければヒナタも笑ってはいるが困ったように眉を寄せており、サクラも同じような表情を返した。

「ま、ここに来れば大方のことは分かるしな。他の里でもこういう所作った方がいいんじゃないの?子供たちの勉強にも使えるしさ」
「そうだな。俺も教科書読むの苦手だったから、見て学ぶ方が身に入りそうだ」

アレコレ首を突っ込んできそうな気配があったにも関わらず、意外にも黒ツチは真面目に里を案内していたらしい。
これならばあそこまで邪険にする必要もなかったのでは?と思いはしたが、その思いはすぐさま打ち砕かれた。

「よーし!これで全員揃ったな!んじゃまぁ、二組のカップルを観察しつつ遊ぼーぜっ」

やはり観察はするのか。
自身も似たようなことはしたが、ここまであけすけではなかった。
再度肩を落とす長十郎の隣では、額に手を当て天を仰ぐ我愛羅が唸り声を上げていた。


その後結局多くの護衛を従えつつ観光兼視察をし、日が沈むと共にお開きとなった。
本当なら食事会が開かれる予定ではあったのだが、黒ツチとダルイが気を利かせ、カップルはカップル同士で過ごしてこーい!と背を押したのだった。
というわけで現在ナルトはヒナタと、サクラは我愛羅と部屋を共にしていた。

「何だか色々と濃い一日だったわね…」
「ああ…そうだな…」

途中影たちに捕まったサクラとヒナタと違い、ヤマトは自身の任務をキッチリとこなしていた。
なので里内で起こっていたことに気付かなかったらしく、大勢で宿に戻ってきた時には驚愕の表情を見せた。
しかしナルトが事の詳細を説明すれば呆れ果て、公私混同するな!としっかりお説教をしてから自身の部屋へと戻ったのだった。
何はともあれ若いカップルを応援してくれるらしい。
ヤマト隊長らしい退散の仕方だったな、と笑っていると、我愛羅に首を傾けられ何でもない。と返す。

「あ、そういえば…別れ際の水影様、疲れてるはずなのに何かスッキリした顔してたわね」

別れ際、長十郎はサクラたちに色々と勉強になったと頭を下げた。
サクラたちからしてみれば何が何だか、という感じではあったのだが、どこかスッキリとした表情を見せる長十郎に何も言わずその場で別れた。
彼にも思うことがあったのだろう。あるいはただ単に早く休みたかっただけなのかもしれないが。
だが何かしら今日の出来事が収穫に繋がっていればいいな、とサクラは思った。

「そういえば、こうして二人きりになるのも久しぶりね」
「ああ、本当にな」

二人きりの部屋。
窓を開け、静かな夜を眺めるのは悪くない。特に今日は月がなく、星がよく見えた。

日中は長十郎との約束もありスキンシップを控えていたが、今は別だ。
護衛がどこかに潜んでいるかもしれないが、今更だ。サクラは気にすることなく我愛羅の肩に頭を預け、身を寄せた。

「不思議…木の葉でも砂隠でもない場所で、こうしてあなたと過ごせるなんて思ってもみなかった」
「俺もだ。その点はナルトに感謝だな」

我愛羅に肩を抱かれ、頭に唇を寄せられる。
あたたかくも優しい愛情表現にうっとりと目を閉じてから、サクラは微笑み顔を上げた。

「ああいうのも楽しかったわ。たまには勉強を兼ねたデートって言うのも悪くはないわね」
「ああ。そうすれば周りの眼も誤魔化せるしな」

悪戯に笑う我愛羅につられるようにサクラも笑い、首の裏に手を回しゆっくりと顔を近づけた。

「…見られてる?」
「ああ。だがいいさ。もうバレてる」
「ふふ、それもそうね」

部屋の外から感じる複数の熱視線。
意外と一番のデバガメは友人たちなのかもしれない。
そんなことを思いつつサクラは我愛羅の唇を受け入れ、久方ぶりの抱擁に身を預けた。


end




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