小説2
- ナノ -


魅惑のマーメイド




夏と言えば海。夏と言えばスイカ。夏と言えば…水着?

そんなくだらないことを考えてしまうほどに、目の前は夏真っ盛りであった。


「おーい!我愛羅くーん!」

ぶんぶんと水面の中から手を振ってくるのは愛しの女性である春野サクラ本人だ。
浜の上に立てたパラソルの下で軽く手を上げれば、彼女は嬉しそうに笑ってから水の中に消えてしまう。

普段なら此処にナルトやロック・リー、山中いのや奈良シカマル等のメンバーが揃っていただろう。
しかし今此処にいるのは俺とサクラの二人だけである。
何故ならここは、所謂プライベートビーチという奴で、たまたま彼女と一緒に買い物に行った際福引で当てたものだった。

夏の海と言えば混雑の代名詞であるにも関わらず、目の前に広がるのは耳が痛くなるほど静かで穏やかな碧い海。頭上を煽げば悠々と漂う白い雲。
そして視線を戻せば視界の中心に水着姿の彼女がいる。

こんな贅沢な夏があってもいいのだろうか。いいに決まっている。

普段慎ましく生きている自分たちにはいいご褒美じゃないかと思いつつ、ようやく準備運動を終えた俺は海の中に入り込む。

「はー…やっぱりこれだけ綺麗な海で泳ぐと気持ちよさも違うわね〜」

俺が近づいたのが分かったのだろう。水面に浮かびつつも話しかけてくる彼女にそうだな。と頷き返しつつ海を眺める。

このプライベートビーチは清掃が行き届いており、非常に海が綺麗だ。
目を凝らさずとも足元も地面も、転がる石の形でさえも確認することが出来る。
場所も郊外にあるため静かで、ココだけ別世界のようにひっそりと佇んでいる。
まさに楽園だ。

俺は起き上がった彼女の濡れた体に腕を回し、ひやりと冷えた体を抱きしめた。

「白昼堂々と抱き合えるのは至福だな」
「ウフフ、そうね」

普段なら人目があるからとか、日が高いから、と言って触れることを極端に避ける彼女ではあるが、人目が無ければいいらしい。
事実濡れた体を押し付けてくる彼女はさながらマーメイドのようだ。それも海から上がってきたばかりの、両足を揃えたマーメイド。
美しい声を失うことなく両足を揃えることが出来れば、きっと人魚はこんな風に男を魅了したのだろう。
そう思わせるほどに彼女は魅力的に頬を広げた後、俺の唇に冷えた唇を重ねてきた。

「しょっぱい?」
「ああ。しょっぱい」

互いの感想にくすくすと笑ってから、彼女を強く抱きしめ背中から海の中に倒れ込む。
途端に視界は沢山の気泡に占領され、全身に水の柔らかさと力強さを感じる。
けれどすぐさま彼女の薄紅の髪が視界を占領し、驚いた顔をする彼女を真正面から見て吹き出した。
何せ頬が目一杯膨らんでいたのだ。それが愛しくて愛しくて、吹き出したせいで肺の中の酸素が一気に抜けた。

そのため慌てて海上に顔を出せば、追って顔を出してきた彼女に背中を叩かれた。

「ちょっと!何で笑うのよ!」

いつもと違い濡れているせいで派手な音がでるが痛みはない。
肩を振るわせつつ彼女の膨れっ面を見返せば、途端に水の中で見た彼女の無防備な顔を思い出す。

「いや…随分可愛らしい顔をしていたから…ついな」
「つい?!それであんなに吹き出すの?!」

子供のように頬を膨らせる彼女に謝りつつも、今度は手を繋ぎながら海の中を歩く。
流石に水の抵抗があるせいで歩き辛くはあったが、自分たち以外に人がいないので大して苦にならない。

足の裏に感じる柔らかな砂の感触と、水の中で感じる彼女の掌。
時折互いの体や顔に水をかけつつ泳いだり、背中を押したりと遊びあう。
そうして時折悪戯に彼女のビキニの紐を引っ張れば、いつもより甲高い声で文句を言われた。

「エッチ!」
「ビキニと下着の違いとは何なんだろうな。下着は恥ずかしくてもビキニはいいのか?」
「もぉ〜…いつもそんなこと考えてんの?」

呆れる彼女の頬は海の中だと言うのに色づいている。
熟れた果実のようなその色にムクムクと愛しさが募り、少しだけ尖らせていた唇に吸い付いた。

「裸で泳いでみたいとか思わないか?」
「思いません!」

胸元を庇う彼女には悪いが、ビキニの紐は背中側にある。
俺は彼女に謝罪するフリを見せつつ背中に手を回すと、指先だけでその紐を解いた。

「にゃっ?!ちょっと!!」
「おっと、つい手が…」
「嘘つけ!」

胸元を庇っていたせいでビキニがそのまま落ちるというアクシデントは起こらなかったが、慌てる彼女の手を引っ張りそのまま海の中に引きずり込む。
ともすれば彼女は一気に無防備になるため、水の浮力を味方につけつつ上と下の水着を引き抜いた。

「ぎゃあああああ!もう本当!本当バカ!エッチ!変態!大っ嫌い!!!」
「これぞ魅惑のマーメイド、だな」
「何バカ言ってんの!!早く水着返してよ!!」

胸を必死に庇いつつ海面から顔を出し、小さな手で下も隠そうとする姿がいじらしい。
だが片方でも手を離せば御開帳だ。俺の目を楽しませても彼女自身は楽しくない。
サクラは顔を真っ赤に染めつつ睨んでくるが、当然水着を返すつもりはない。
そのまま潮の流れに水着を任せてしまえば探すのが大変になることは分かっているので(そもそも常識の範囲外だ)俺は自身の海パンの部分にそれを掲げると、さァ取ってみろ。と両手を広げてみせた。

「本当意地悪!!最低!バカ!!」
「なんとでも」

こんなこと当然人目がないから出来るのだ。
サクラの裸体など数えきれないほど目にしてはいるが、それでもクルものはクルのだ。
俺はサクラが近づけば近づくほどに少しずつ離れ、平行線を辿らせる。すると徐々に苛々を募らせていた彼女がついにブチ切れた。

「〜っ!ああ、もう!!!」

肩を震わせ怒りを爆発させたかと思うと、彼女はキッと俺を睨んでから両手を広げ抱き着いてきた。

「これで満足かしら?!大変態さん!?」
「ククッ、ああ、最高だ」

彼女の白い裸体を両腕で抱きつつ、再び背中から海に倒れ込む。
ともすれば相変わらず視界は気泡の海で包まれるが、その合間から見えた姿はやはり魅惑のマーメイドそのものであった。

(…眼福だな…)

いつもは鮮やかに写る薄紅も、今は海の碧に染まり、揺れている。
白い肌はいっそ生気を感じさせないほどに艶々と光を纏い、水の動きに合わせ光を反射させ、輝かせる。
しかしそれが却って神々しく、俺は目を細めて自分だけの人魚をじっと見つめた。

「ぷはっ、もう…こんなことして、今日は絶対に許してあげないんだから」
「だが福引を当てたのは俺だろう?ソレでチャラにしてくれないか?」

俺に裸を見られまいとしているのか、ピッタリと密着してくる彼女は不機嫌そうに唇を尖らせる。
けれどそこに何度も優しく口付ていれば、次第に瞳の剣呑さは薄れ、呆れた瞳が顔を覗かせてきた。

「時々、どうしてあなたなんか好きになったんだろう。って疑問に思うわ」
「酷いな。だが最終的にどんな答えが出るんだ?」

いつもより冷たく、いつもより塩気の強い唇を食みつつ尋ねれば、彼女は喘ぎにも似た吐息を漏らしてから囁いた。

「プライベートではダメダメなところ、よ」
「はっ、手厳しいな」
「ダメンズが好きなのよ、私。きっと」

だからしょうがないわね。と答える彼女に笑いながら口付つつ、プライベートがダメダメで得したとはな、と内心で呟く。

「でもたまにはいい所も発揮するだろう?多大なクジ運とか」
「ええそうね。本当は二等の新型テレビを狙ってたのに、一等取っちゃうところとか。最高に滑稽だったわ」

うっ、と詰まる俺に彼女は勝ち誇ったように笑う。
実際福引券を貰った時にテレビ欲しいな…と呟いたのは俺自身だった。
彼女は三等の美顔器が欲しかったようだが、実際の所当てたのはハズレの飴玉で、代わりに残りを引いた俺が当てたのが一等賞だ。
良いのか悪いのか。
悩む俺に彼女は声を上げて笑い、それから遂に水着を奪い返した。

「こんなスリリングなことは二度と御免よ。次したら暫くおさわり禁止だから」
「…分かった。肝に銘じておこう」

言い負かされた俺は素直に両手を上げ降参のポーズを取る。
そうすれば彼女は機嫌よく微笑み、清らなかな水の中で水着を纏っていく。
普段とは違う生着替えに喉が鳴るが、もしここでオイタをしたら一週間近くはお触り禁止だ。
俺は逸る欲望をぐっと押さえつけ、着替え終わった彼女のマーメイド姿を目に焼き付けた。

「さてと、もう少しだけ泳ぎましょう。何だったら勝負する?」
「では何か賭けないか?そっちの方が面白い」

目を光らせる俺に何を思ったのか、彼女は一瞬思案顔を見せたがすぐに頷いた。

「いいわよ。もし私が勝ったら今日一日何でも言うこと聞いてね?」
「分かった。では俺が勝ったら俺の言うことを聞いてもらうぞ?」

互いの条件に頷き合うと、俺たちはどこまで泳ぐかを取り決めてから視線を交わしあった。

「じゃあ行くわよ!よーい、ドン!」

飛びこんだのは辺り一面紺碧の世界。人が生きてはいけない水の中で、彼女の白い足が悠々と踊る。
これでは本当に“マーメイド”だ。

俺は苦笑いしそうになるのを必死に堪え、彼女に負けぬよう水を蹴る足に力を入れた。



二人だけの逃避行。
平行線のような碧い世界の中、踊る彼女は美しかった。




end



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