小説
- ナノ -






我愛羅が外で愛猫と寂しく時間を過ごしている中、サクラは落ち着いたいのと話をしていた。

「何かさ、変な感じ」
「何が?」

ぬるくなったティーカップを両手で包みながら、少し赤くなった目尻を下げいのは笑う。
その横顔に少しだけ安堵しながら首を傾ければ、だって、と続ける。

「あんたと我愛羅くんが仲良い所、本当はずっと前から見てたはずなのに全然気付かなかったんだもの」

中忍試験の会場に設置されていた会議室で肩を触れ合わせながら話をしていた時も、砂隠で講習をしている時に穏やかな顔でサクラと言葉を交わす我愛羅を目にした時も、気づけたはずなのにと零す。

「それに遊郭での仕事の時も、サクラだって知らないはずなのにすごい心配しててさ…優しいんだね、あの人」

いのの言葉に、サクラはうんと頷く。
我愛羅は優しい。
さりげない心遣いも、与えてくれる言葉も愛情も、とても穏やかであたたかい。
素敵な人よと微笑めば、いのは悔しいなぁと呟く。

「あんたのこと一番理解してるのあたしだって思ってたのに、今じゃ多分我愛羅くんの方が知ってると思うのよ」
「ええ?そうかしら」

首を傾けるサクラに、だってさー、と笑う。

「あんたたちアイコンタクト交わしすぎ。もう恋人っていうより夫婦じゃない」

執務室でのやり取りも、食事会の時も、そして今日いのが来た時も僅かな視線で交わされた二人の言葉無いやり取りにいのはずっと驚愕しっぱなしだったのだ。
いつからそんな関係になっていたのかは分からないが、それだけ互いを思いあい、親密な付き合いがあったからこそできる所業なのだと思うと少々悔しさを覚える。
だが同時に、それほどまでにサクラを愛し、理解してくれる男が現れたことが嬉しくもあった。

「何度も言葉を交わせないからそれが普通になっちゃったとか?」

尋ねるいのにうーん、と首を傾ける。
確かにそれもある気がするが、正直我愛羅は口よりも目で語るので言葉にせずとも分かってしまう部分が多いのだ。
だがそれを答えると惚気だのなんだの言われそうだったので、そうかもしれないわね、と濁しておいた。

「…ふーん、でも何か嘘っぽいね、今の言い方。まぁいいけどさ」

どうして自分の嘘はこうも見抜かれてばかりいるのか。
我愛羅の嘘は信じてくれたのに、と少々忍としての才能がないのかと項垂れそうになるが、付き合いの長いいのだからこそ分かるのだろうと前向きに捉えることにした。

「ところでさ、この事あたし以外で誰か知ってんの?」

問われた言葉にサクラは頷く。
砂隠に来てから我愛羅がサクラに言ったのだ。
ナルトには自分から話をつけたと。
初めは驚いたが、そもそも我愛羅はナルトの想い人が自分だと知っていて己を好いたのだ。
思うところや話したいことがあるに違いないと思い、ただそう、とだけ言って頷いた。

それ以外だと夏の事件の時にサスケにバレたが、最終的には何かあったらすぐに言え、と釘を刺されたぐらいで反対されたままというわけでもなかった。
だからナルトとサスケには話していると答えれば、やっぱりその二人が先かー、と笑われる。

「あんたの保護者二人、めっちゃ怒ったんじゃないの?」
「ナルトはどうか知らないけど、サスケくんはちょっと不機嫌だったかな?」

本当はナルトと我愛羅は顔岩の頂上で殴り合い、サスケも我愛羅の腹に一発決めているのだが、我愛羅は黙っていた。
だがサクラは我愛羅の腹に妙な痣が出来ていることに気づき、それとなく尋ねてみたがお前が寝てる間にあの男と闘ってできたものだと言われたのでそれを信じた。

(でもあれ嘘なのよね、絶対)

我愛羅は例の仏頂面でしれっと嘘をつくが、必ず嘘をつく際に一度視線が左に泳ぐ癖があるのですぐに分かる。
だが嘘をつくと言うぐらいなのだから言いたくないことなのだろうと思い、その嘘を信じることにした。

「まぁどっちにしろ我愛羅くんがちゃんと話をつけてくれたみたいだから。私は特に心配なんてしてないわ」

自分のためにちゃんと一肌脱いでくれる男のことを暗に自慢すれば、いのははいはいとため息交じりの吐息を零し笑みを浮かべる。

「悔しいけど、いい人なんだね」
「うん。とっても」

すっかり冷めきったハーブティーの水面を眺めながら頷けば、いのはじゃーしょうがないか!と言って立ち上がる。

「あたしあんたの味方になるって言っちゃったし。なんだかんだ言ってあの人もサクラのこと大事にしてくれてるみたいだし。しょうがないから応援してあげるわよ」
「何よ、応援するならもっとちゃんと応援してよね」

互いの軽口に視線を交わし、すぐさま吹き出し笑いあう。

「で?どうするの?他の皆にはまだ黙っとくの?」
「うーん。正直まだ早いかなぁって思うところもあるのよ。彼も私のこの仕事が終わるまでは木の葉の皆に言うつもりはないみたい」

サクラの言葉に木の葉の皆?といのが首を傾け、砂隠はどうなのかと問えばサクラはえへへと照れ笑いをしながら頬を掻く。

「それが有難いことに認めてもらってて…」
「マジで?!」

すごくない、それ?!
驚くいのにそれだけ我愛羅が信頼されているのだと答えれば、それもあるだろうけどさ、と肩を竦める。

「結局あんたがここでも頑張ってるから認めてもらったんでしょ。なーんだ。心配して損したじゃない」

無駄骨だったわー、と零すいのにサクラはごめんねと笑う。
それに対しいのもしょうがないわね、と返すと、それじゃあそろそろ帰るわと朗らかに微笑む。

「何か殴りこんできちゃってごめんね」
「いいのよ。ずっと黙ってた私が悪いんだし」

でもできれば皆に内緒にするの手伝ってね、と手を合わせれば、しょうがないわねと笑われる。

「全く、事後報告にもほどがあるわよ。もっと早く教えてくれてもちゃんと手伝ってあげたのに」
「だからごめんって」

互いに笑いながら玄関の戸を開ければ、冷えた風がびゅうと吹き揃って肩を竦める。

「やっぱり夜になると寒いわねー」
「昼間はあったかいから特にそう思うのよね。大丈夫?」

気遣うサクラにいのが大丈夫よ、と返せば、二人の声に気づいた我愛羅が屋根から顔をだし終わったのか?と問いかける。

「あら、あなたそんな所にいたの?」
「何があるか分からんからな。離れるわけにはいかんだろう」

流石に話は聞いてないから安心しろ、と返す我愛羅に、サクラはそうと頷く。
屋根から飛び降りた我愛羅は腕に抱いていたキーコを手放すが、初めて見るいのに警戒しどこかへと消えてしまう。

「飼い猫?」
「うーん、まぁ一応。キーコっていうんだけど、警戒心が強いから慣れない人見ると逃げちゃうのよ」

説明するサクラにそう、と頷けば、我愛羅が帰るのか?と問う。

「はい。夜分遅くにお邪魔してすみませんでした」
「いや、構わん」
「あ、あとハンカチなんですけど、洗って返しますから」
「別に気にしなくてもいいぞ」

我愛羅の言葉にけじめですから、と首を横に振れば、我愛羅もそうかと頷きサクラへと視線を移す。

「送っていく」
「分かった。気を付けてね」

え、と固まるいのに、サクラはじゃあまた明日ね、と告げその背を押す。

「え、ちょ、ちょっとサクラ…!」
「じゃあねいの!おやすみー!」

ひらひらと手を振り、ばたんと扉を閉じるサクラにいのは内心おいコラァ!と叫ぶ。
だが隣に立つ我愛羅に行くぞと促され慌てて後を着いていく。

「あ、あの…」

どうしよう、と先程喧嘩を売った相手と二人きりになり狼狽えるいのに、我愛羅はそうだと呟き外套を脱ぐとそれをいのにかけてやる。

「え?」
「寒いだろう。風邪を引かせるわけにはいかないから羽織っていろ」
「あ、ありがとうございます…」

後夜道は危ないからあまり離れるな。
そう続けて我愛羅はいのの歩幅に会わせるようにゆっくりと歩き出す。

(さっきあんなに失礼なこと言ったのに…)

戸惑ういのは我愛羅の体温が移った外套に目をやり、少しだけ距離を縮めて歩き出す。
とっても素敵な人よ。

サクラの言っていたことが今になりようやく実感できる。

耐え切れず涙を零した自分にハンカチを渡した時も、そっと席を外しハーブティーを出してくれた時も、そしてこうして夜道は危ないからと送ってくれるのも、打算ではなく心からいのを案じて対応してくれているのだと分かり、本当に優しい人なのだと気づく。

(何も知らないのにあんなこと言うんじゃなかったわ)

もっとちゃんと、初めからサクラと話をして納得してから彼と話すべきだったと反省していると、我愛羅が山中、といのを呼ぶ。
それにはい、と返事をし少しだけ俯けていた顔を上げれば、立ち止まった我愛羅がすまなかったな、と軽く頭を下げる。
突然の謝罪に訳が分からず目を白黒させるいのに、泣かせるつもりはなかったと告げ、そっといのの少しばかり赤くなった目尻に指を這わせる。

「傷つけるつもりはなかった。だが俺はサクラを心から愛している。それは、知っておいてほしい」

かさついた硬い指先ではあるが、涙の痕を消す様にぬぐわれる仕草は酷く優しい。
無意識にしてはやけに女たらしな行動だと苦笑いしそうになるが、それを堪えこちらこそすみませんでした、と翡翠色の瞳を見つめ返し謝罪する。

「もっとちゃんとサクラから話を聞いておけばよかったと反省していた所なんです」
「あまり公言できないから後回しになってしまった。本当にすまない」

少し心苦しそうに瞼を伏せる我愛羅に、いいえと首を横に振り笑みを浮かべる。

「あなたがどれだけサクラを大事にしてるかよく分かりました。それに、私のこともこうして気遣ってくれるし」

誰に対しても変わらぬその誠実な対応に、サクラが愛した男が我愛羅でよかったと初めて心から思えた。

「私が言うのも変かもしれませんけど、サクラのこと…よろしくお願いします」

頭を下げるいのに我愛羅はキョトンと目を瞬かせた後、こちらこそ、と同じように頭を下げる。
里長が他里の忍にこう易々と頭を下げてもいいのかと思いはしたが、気にした様子はないので多分素なのだろう。
心底嫌味のない優しい男なのだと改めて思い直し、いのは少し笑った。

その後はサクラとの思い出話を語り聞かせてやり、無事宿に届けてもらった。
羽織も洗って返そうかと思ったが、寒いから返してくれと茶化す様に言われいのは笑いながらそれを返した。
本当に嫌味がない人だ。

「また明日からもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」

去り行く我愛羅の背を見送り、いのはふうと一つ吐息を零した後ううんと伸びをしてから宿の玄関を潜る。
いのの心にあった不安は、どこかへと消えていた。



「ちゃんと話できた?」

我愛羅が自宅に戻ると、紅茶を淹れなおしたサクラが笑いながら問いかけてくる。
勿論だと頷けば、それはよかったわと返し我愛羅の脱いだ外套を受け取る。

「紅茶、淹れなおしたから。あったまるわよ」

サクラの気遣いに素直に感謝し、席につき口に含めば生姜が溶かされたそれに体の芯からじんわりとしたぬくもりが広がる。
知らずほっと吐息をつく我愛羅に頬を緩めると、向かいに座り頬杖をつく。

「いの、何か言ってた?」
「いいや」
「そう」

言葉は短いが、我愛羅の穏やかな瞳でちゃんと納得できる話が出来たのだと分かり頬を緩める。
いのを送ると言い視線を寄越した時、彼女と話がしたいという意が汲みとれたのでサクラは戸惑ういのの背を押しじゃあねと手を振り戸を閉めたのだ。

「サクラ」
「ん?」
「良い友を持ったな」

のんびりとティーカップに口をつける我愛羅に、そうでしょと自慢げに頷き笑う。
それに対し我愛羅もああ、と頷くと穏やかに目を伏せる。
我愛羅といのの間にどんなやり取りがあったかは分からないが、それでもきっと我愛羅なら何とかしてくれただろうという信頼がある。

だがいのを泣かせたことだけは許さないわ、と笑いながら顔を上げた我愛羅の鼻先を抓めば、ぎゅと目を閉じる。
その間抜けた顔にからからと笑いながら手を離せば、我愛羅はすまなかったと謝る。
誰に対しても素直に頭を下げることが出来る男などそうはいない。
サクラはうん、と頷いてから我愛羅のまだ少し冷たい頬に手を馳せ、上体を乗り出し口付る。

「明日からも頑張ろうね」
「ああ」

穏やかに凪ぐ翡翠の瞳に笑いし、サクラは飲み終えたティーカップを持ち上げシンクへ運んだ。




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