小説
- ナノ -






木の葉の面々の視線を気にしつつも、それでも変わらず二人は穏やかに日々を過ごす。
多少時間がすれ違う日もあるが、共に食卓を囲み、眠り、言葉や視線を交わし少ない時間で戯れる。
時々しんぼうたまらず互いにべったりくっつく時もあるにはあったが、いつももう少しの我慢だと言い聞かせ耐えてきた。

だが彼らが来てから十日ほど経った頃、事件が起きた。

「…サクラ、何であんたが我愛羅くんの家にいるのよ」

何といのが我愛羅の家を訪ねてきたのだ。
まさか木の葉の者が我愛羅の家を訪ねてくることはないだろうと油断しきっており、呼び鈴を押された時にいつもの癖でサクラが出てしまったのだ。
しまった、と青くなるサクラの後方ではキッチンで我愛羅が皿を洗っている最中だ。

テマリさんの家にいるんじゃなかったの?
にっこりと微笑みつつどんどん纏う空気が冷たくなってくるいのに、どうしようと思っていると客人か?と問うてくる我愛羅の声が聞こえる。

「え、えーと…」

口ごもるサクラに、いのはすうと空気を吸うと、お邪魔しまーす!と叫びサクラの背を押し玄関を潜る。
ああ、ごめんね我愛羅くん…
かくりと首を落とすサクラに、いのは絶対に白状させてやる、とぐっと背を押す腕に力を込めた。


「えーと…」

サクラの隣にいのが座り、向かい側に我愛羅が座る。
何だろうこの空間と現実逃避をしかけるサクラの隣で、テマリさん今日任務に出てないですよね、といのが早速切り出してくる。
怒ってるなぁ、といのを横目に我愛羅へと視線を向ければ、我愛羅は素直にそうだなと頷く。
正直に話すつもりなのかしらと二人を見守っていると、いのがどういうことですかと問う。

「テマリさんと一緒に住んでるって、あれ嘘だったんですか?」

我愛羅を睨むように見つめるいのに、サクラの良心がちくりと痛む。
いつだって自分をひっぱり、時には見守り、共に立ってくれたいのが心底サクラを大切にしてくれていることは分かっている。
男を取るか友を取るか。
嫌な選択に思わず眉間に皺を寄せれば、我愛羅がちらりとサクラを見やった後ふうと吐息を零す。

「何か問題でもあるのか?」
「あるに決まってるじゃないですか!サクラは女ですよ?!男と女が一緒に住んでて何もないです、って言われて信じると思ってるんですか?!」

ばん、と机を叩き立ち上がるいのに、サクラがいの、と背に手を置き宥めるように擦る。
だがいのはその手を払うと、あんたもあんたよ!と叫ぶ。

「何かあったら言いなさいよって言ったじゃない!何で黙ってたのよ?!そんなにあたしって信用ないの?!」

叫ぶいのの言葉にぐっと喉が詰まる。
久しく感じていなかったその感覚に顔を顰め、そうじゃないわと返す。

「何が違うのよ…二人で一緒にいたいから、少しでも時間を合わせたいからこの仕事引き受けたの?!」

錯乱するようないのの言葉に我愛羅の瞳がすっと細くなりサクラがいの!と叫ぶ。

「やめて。我愛羅くんは里のことを思って私に仕事を頼んだのは本当よ。彼の里を思う気持ちを疑わないで」

サクラの言葉にいのはぐっと唇を噛みしめると、何でよ、と呟く。

「何で我愛羅くんのこと庇うのよ…そりゃ今のは言い過ぎたかなって思うけど、でも…あんたは木の葉のくノ一じゃない…何で、」

そんな砂隠の人みたいなこと言うのよ。
俯くいのから零された言葉に、サクラは眉根を寄せぎゅっと唇を噛む。
いつかは話さなければならないとは思っていた。
自分は木の葉を出るつもりでいるのだと、皆に話す気ではいた。
だがこうして準備が整わぬうちに話すことになると思っておらず、サクラは心構えができていなかった。

(いえ、違うわ。心構えはいつだってしておかなきゃいけなかったのよ。何があるのか分からないのに、甘えていたんだわ)

砂隠での生活に慣れすぎて、二人を見守ってくれている里の人々の視線に知らず甘えており油断していたのだ。
浅はかだった。
沈むサクラと黙るいのに何を思ったか、我愛羅はいのに視線を向けるともう一度何の問題があるんだ、と問う。
質問の意図が読めず顔をあげるいのに、分からんなと我愛羅が零す。

「例えサクラと俺の間に関係があったとして、そこにどんな問題があると言うんだ?お前にとって不利益なことでもあるのか?」

問いかける我愛羅の心が読めず視線をやるが、我愛羅はまっすぐといのを見つめておりサクラの方には視線を向けない。
もしかして怒っているのかしらと不安になりつつもいのへと視線を向ければ、いのは目を開いた後ぐっと眉間に皺を寄せる。

「サクラは物じゃありません。利益とか不利益とか、そんなことじゃないでしょう」
「誰も物扱いはしていない。彼女には心底感謝している。だがお前の質問の意図が読めないと言っているんだ」
「私はサクラが心配で…!」
「では誰なら心配がないんだお前は」

我愛羅の問いにいのがぐっと詰まる。

「ようはお前はサクラを奪われるのが嫌なだけだろう。俺に八つ当たりをするな」
「違うわよ!私八つ当たりなんてしてないわ!」
「叫ぶな。近所迷惑だ」

どんどんヒートアップしていく二人に、サクラがちょっとと声を上げる。
いのはともかく我愛羅まで熱くなってどうするのかと視線を向けるが、存外その瞳は凪いだままで特に怒りの色はない。
どういうことだろうかと瞬いていると、いのがだって!と叫ぶ。

「だって…もしサクラが我愛羅くんと付き合ってたら…」

そこで言葉を区切ると、いのの瞳にじわじわと涙が溢れ、あっという間にそれが零れ落ちていく。

「私が…必要ないんじゃないかと思って…」

ほろほろと涙を零すいのにサクラは手を伸ばし、流れる雫を拭う。
サクラが独り立ちした女であることはいのも重々承知ではあった。
だがやはり心のどこかでは自分を頼りにしているものだと思っている部分もあったのだ。
事実今までサクラはサスケやナルトのことはともかく、他の面ではいのに愚痴を零したり、相談することが多かったからだ。

だからこそサクラが己の手を離れ遠くに行くということは、自分が不必要だと思われているのではないかと不安に思ったのだ。
他の誰にも思わない、サクラにだからこそ思う不安定な感情にいのはごめんなさい、と我愛羅に謝る。

「大人気ないってわかってたの…でも」
「気にするな。お前から彼女を奪ったのは事実だ。謝ることはない」

穏やかに言葉を紡ぐ我愛羅は立ち上がり真新しいハンカチを取り出すといのに手渡す。

「ごめんなさい…」
「構わん。俺もお前たちに対し嘘をついていたのは事実だ。それは謝ろう」

すまなかったな。
真摯な態度を通す我愛羅にいのはぐしゃりと顔を歪めると、受け取ったハンカチに顔を埋めサクラの手を取る。

「サクラもごめんね…」
「ううん、私こそごめん。ずっと黙ってて」

謝るサクラに首を振る。
身分違いの恋に苦しんでいるサクラを知っていたからこそ、責めるべきではなかったのだといのは口にする。

「でもあんたが遠くに行っちゃうのかと思うと怖くなって…ずっと一緒にいたからさ」

別に死ぬわけでもないのにね、と苦笑いするいのをサクラを優しく抱きしめる。

「ごめんねいの。でも私嬉しいわ。心配してくれてありがとう」

流石私の親友ね、とぎゅうと強く背を抱けば、いのが止めてよと涙声で笑う。
恥ずかしくてやってらんないわ、と零しサクラも笑う。
そんな二人の前にキッチンへと消えていた我愛羅は茶を淹れてやる。

「ハーブティーだ。少しは落ち着くだろう」

一体いつの間に用意したのかと視線で問えば、ふいと逸らされる。
いのも意外な心遣いにきょとんと顔を上げ、しばし逡巡した後こくりとそれを飲み込み美味しいと呟く。
香り豊かなそれに、心が徐々に落ち着きを取り戻していく。
サクラも一口飲めば、広がる優しい香りとぬくもりにほっと息をつく。

「何か、我愛羅くんが紅茶を飲むって意外かも」

揺れる水面を見つめながら零すいのの言葉に、サクラも初めは同じことを思ったわと笑えば、我愛羅は腕を組み黙ってからかいの言葉を甘受する。
我愛羅は存外女性に対し心が広い。
場合によっては針の穴ほど小さくはなるが、基本サクラの男関連に関してだけなのでサクラが気を付けていれば問題になることはない。
時折その嫌味のない心遣いに惚れる女がいるのは問題ではあるが、今のところ我愛羅は一途にサクラを想ってくれているのでどんと構えている。

揃って紅茶を口にする二人を見守った後、我愛羅は席を立つと羽織を手に取る。
どこへ行くのかと問えば、暫く二人で話せばいいと告げて家を出ていく。
砂漠の冬の夜は寒い。夜も更けていればなおのことだ。
それでも二人のためにと席を外した我愛羅に、案外優しい人なのねといのは初めて笑った。


「キィ」
「どうしたキーコ」

我愛羅は自宅の屋根に上り夜空を見上げていると、地上から声を上げるキーコに気付き砂に乗せ暖かな身体を抱く。
びゅうと吹く風は肌を刺すが、特に気にせず愛猫を抱きしめ喉元をくすぐればゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす。

(やはり女に泣かれると困るな…正直焦った)

先程の事を思い出し、軽く吐息を零す。
サクラの大事な友人だからあまり手荒なやり取りはしたくなかったが、腹に何か抱えているいのの本音を引き出すためにわざと嫌な言葉を使った。
己の言葉に傷ついただろうと思うとやりきれない所もあるが、それでもいつかは彼女たちからサクラを奪うのだ。
それが少々前倒しになっただけで、遅かれ早かれああなっていたことに変わりはない。

(だがやはり辛いな…)

大事な友だからこそ、サクラも強く言えず瞳が揺らいだ。
久しく見ていなかったその悲しげな表情にぎゅうと胸が掴まれ、本当にサクラを木の葉から引き剥がしていいのか一瞬躊躇した。
だがやはり自分には彼女が必要なのだと心を鬼にし、いのに喧嘩を吹っかけたのだ。

(後でもう一度謝っておくか…やはり泣かせたのは悪い)

男は女の涙に弱いというが、まさか自分もそうであったと思ってもみなかった我愛羅はガリガリと首の裏を掻く。
どれもこれもサクラと関係を結ぶまでは感じたことのなかった思いである。
良いのか悪いのか。
思いつつもしょうがないかと軽く吐息を零し、毛づくろいをする愛猫の姿を何となしに眺める。

「キーコ」
「キィ」

呼べば振り返る愛猫の瞳を見つめ返したところで、ちょうど部屋の中から朗らかな笑い声が聞こえてくる。
少しは落ち着きを取り戻したらしい。

(自分が必要なくなる、か…)

いのの発言を思い出し幼い頃の自分を思い出す。
だがやはりサクラを諦める気にはなれない。
エゴだな、と自身の浅ましさに嫌気がさすが、それでもサクラを手放せないことも事実なので気持ちのやり場に困る。

上手くいかないものだ。
ごろりと寝転がり、星が瞬く夜空を見上げればキーコが腹の上に乗っかってくる。

「キーコ」
「キィ」

胸に手をつき首元にすり寄ってくる愛猫の背を撫でながら、我愛羅は一つ吐息を零す。

「…今日は寒いな」

ぽつりと呟く我愛羅にキーコは首を傾け、少し寂しげな主の頬を励ます様にぺろりと舐めた。




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