小説
- ナノ -






砂隠での単身赴任も既に半年が過ぎ、冬が来た。
と言っても夜は冷えるが日中はさほど寒くはない。

夏は厳しいが冬は楽かもしれないと思いつつ鼻歌交じりに朝食の食器を片づけていると、我愛羅がそういえばと話し出す。

「もうすぐ木の葉から医療班が講習に来てくれる時期だな」
「そう言えばそうね。今年は私がこっちにいるから、多分いの達が来るんじゃないかしら」

すっかり砂隠での生活に慣れていたから、半年会っていないだけで既に木の葉の面々が懐かしいと思ってしまう。
時期になれば文が届けられるだろうと蛇口を閉め、エプロンを外せば我愛羅が読み終えた新聞を畳み伸びをする。

「では行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」

身を屈めた我愛羅の口付を甘んじて受け入れ、その背を見送る。
二人での生活にも慣れ、砂隠の者も陰口を囁くことも少なくなってきた。
問題視していた上役との会議もどんな手を使ったのか上手く情報をやりくりし丸め込み、大した問題なくサクラの存在を認めさせた我愛羅にはただ驚いた。
伊達に何年も風影を勤めていないと例の狸の顔で笑った我愛羅に対し、敵に回したくないなぁとぼんやり思ったぐらいである。

毒草の研究も滞ることなく進んでいるし、私生活も潤っている。
順風満帆とはこのことかと思いながら、サクラも出勤の準備をした。


そんな穏やかなある日、我愛羅の元に木の葉から文が届き医療班の冬季講習の日時が決まった。
今回の期間は二週間で、いのをリーダーにサクラの部下が数名組まれた実技演習チームだった。
そしてその警護にリーとテンテン、サイが就くと言うのだから同期のオンパレードである。
生徒を受け持っていなければその中にナルトも居たであろうが、今ではすっかり教師として日々生徒を教育する日々である。

むしろ生徒に知識を教わってなければいいけど。
少々不安も覚えるが、まぁナルトなら何とかするであろうと余計な心配はしないことにした。

そうして穏やかに晴れ渡ったある日、医療班が砂隠へと辿り着いた。

「サクラー!久しぶりー!」

サクラを見つけると手を振り駆け寄ってきたいのにサクラも手を振り返す。

「お久しぶりですサクラさん!お元気そうで何よりです!」
「久しぶりねー。砂隠での生活はどう?上手くやれてる?」
「砂隠って冬でもあったかいんだね。木の葉とは大違いだよ」
「あ、僕もそれ思ってました。これだと滝に打たれる修行も修行にならなさそうです」
「そうよねー、あの真冬の空気で冷え切った水の冷たさがいい修行に…って何の話?!」
「でも砂隠でも水は冷たいんじゃない?お湯だと面白いけど」
「いやだからそういう話じゃないんだってば!」

リーとテンテン、そしてサイが繰り広げる漫才のようなやり取りにサクラはあー濃いなぁ、と久しく感じていなかったテンションの高さに苦笑いする。
どうにも砂隠でののんびりとした生活に慣れすぎていた。
木の葉は元々こういうノリだったと懐かしさを噛みしめながら元気にやってるわよと返し目を細める。

途端にリーの頬が赤く染まり、サイが無表情になり、いのとテンテンがおや、と目を開く。
特に突っ込む気力もわかなかったので、それじゃあ案内するわね、と先頭に立ち歩き出す。

「ていうか何でサクラが案内人なのよ。普通は向こうの人が来るもんじゃないの?」

後ろから問いかけられたいのの言葉に、今日は急患が入ったから急遽私が呼ばれたのよと返せば成程と頷かれる。
本当ならサクラに助力を得た方が治療は早く終わったかもしれないが、サクラにばかり頼っていられないと最近では医忍たちも各自技術を磨いてきている。
伸び始めた新たな芽を摘むことはしたくない。
サクラは無理に手を出さず、何事も経験だと皆の努力をあたたかく見守っていた。

「我愛羅くん、皆を連れてきたわ」

執務室の扉を数度ノックすれば、入ってくれと我愛羅の声が聞こえ揃って入室する。

「よく来てくれた。感謝する」

執務机から立ち上がり、医療班を招き入れた我愛羅にいのがよろしくお願いしますと頭を下げ、後ろに控えていた面々も腰を折る。
それに対しこちらこそ、と我愛羅が返したところで、うずうずしていたリーがお久しぶりです!と声を上げる。

「ああ、久しぶりだな」

穏やかに言葉を返す我愛羅に早速あれこれ話しかけようとしたリーだったが、我愛羅の視線が動いたところでサクラが名を呼びそれを止める。

「すまない」
「ううん。行ってらっしゃい」

二人のやり取りに何事かと木の葉の面々が目を瞬かせれば、我愛羅はすまんがまた後でな、と告げ執務室から出ていく。
どういうことかといのがサクラに目を向ければ、机上に用意されていた資料を手にしたサクラがどうかした?と首を傾ける。

「いや…我愛羅くんどこ行ったのよ」

皆が疑問に思っていることを尋ねれば、サクラはああ、と頷き会議よと答える。

「本当ならもう席についてなきゃいけないんだけど、皆に挨拶しないままなのは失礼だからって彼ギリギリまで此処に残ってたのよ」

だからリーさん話の腰を折っちゃってごめんなさいね、と続ければ、リーは首を横に振る。
元々会議があると知っていたにしろ、我愛羅の視線の動きだけでそれを理解したサクラにいのは驚く。

(もしかして…いや、でもまさかねぇ…)

そんなことあるわけないよね、と浮かんだ考えを振り払うように頭を振れば、サクラに何してるの?と問われ何でもないわよと返す。

「これ、今期の資料ね。マツリちゃんに変わって私が説明するから、皆よく聞いてね」

いのを始めとする医療班に資料を配り、てきぱきと説明をするサクラを外野は黙って見守る。
その穏やかな表情は以前に比べさらに美しさに磨きがかかっており、リーはうっとりとした眼差しで釘付けになっている。

何か、綺麗になったわねサクラ。
思いつつテンテンが隣に立つサイへと視線を投げれば、サイもじっとサクラのことを見つめており分かりにくいのか分かりやすいのか。
ふうと吐息を零したところで、以上だけど何か質問はある?とサクラの問いかける声が聞こえる。

「大丈夫よ。よく纏められてて助かるわ」
「そう。でも何かあったらすぐに言ってね。私でも、マツリちゃんでも」

頷く医療班に目を細め、それじゃあ講習室に案内するからついてきてね、と資料を仕舞ったサクラが再び歩き出す。
砂隠に赴く前に切り揃えられていた髪は少し伸び、綺麗に纏められ窓から零れる光を艶やかに反射させる。
何か、悔しいかも。
いのがその背を見つめつつ歩いていると、隣に立ったテンテンがねえ、と話しかける。

「何かサクラ綺麗になったわよね?」
「うん。前と全然違うわ。どういうことかしら」

悩む二人の問いに応えてくれる人物はおらず、結局いのは案内された講習室でサクラと別れることになった。

「私は研究があるから今回は参加できないけど、砂隠の人たちをよろしくね」
「…うん」

木の葉の人間なのに何故サクラがそんなことを言うのか。
疑問に思った面々ではあったが、気付いていないサクラはじゃあね、と穏やかに微笑み手を振り去って行く。

「…何だか…前よりも一層美しいです…サクラさん…」

呟くリーの言葉に一同が強く頷く。

「女の子って変わるんだね」

サイの何気ない一言にテンテンが視線を向けるが、すぐさまあったかいから機嫌がよかっただけかもしれないけど、とすっとぼけた発言をかまし肩を落とす。

「んなわけあるかぁ!っていうかほら!仕事仕事!もうサクラに構ってる暇なんてないんだから!」

男共の背を押しながらいつまでもサクラの背を見送るいのに視線を移す。
何を思っているのかは分からないが、そのいつもより厳しい横顔にテンテンは一抹の不安を覚えた。




「今日はすまなかったな」

講習を終え、歓迎会と称した宴会に集まった面々に向かい我愛羅が謝罪する。
あの後会議に間に合ったのかと視線で問えば、大丈夫だと頷かれそうと頷く。

「それでは乾杯しましょう!」

リーの言葉にそれぞれ飲み物を手にすると、かんぱーい!と打ち付けあいそれを飲み干す。

「わーこれ美味しそう!」
「あ、テンテン、お醤油とってください」
「テンテン、それソースだよ。お醤油ならこっち」
「え?あ、本当だ。ごめんリー」
「ええ?!僕はもう少しでお刺身にソースをかけるところだったんですか…」
「でもちょっと見てみたかったなぁ、ソースでお刺身食べるリーさん」

わいわいと騒ぎ出す面々に、たった半年しか離れていなかったのに何とも言えない懐かしさに駆られる。
砂隠での生活は穏やかだが、木の葉ではこうして騒がしい日々が多かった。
久しく味わっていなかったやり取りに笑みを零せば、懐かしいか?と問われ首を巡らせる。

「心配?」
「いや」
「大丈夫よ」
「そうか」

その短いやり取りを横で聞きつつ、いのはおかしいと脳内で連呼する。

(おかしい!絶対におかしい!!)

幾ら半年間砂隠にいるとはいえ、サクラと我愛羅のやり取りは明らかに親密の度が過ぎている。
そう簡単に築ける親密さではないと観察していれば、二人は色度の違う翡翠を絡ませあい数度頷き合っている。

何そのアイコンタクト。
衝撃を受けるいのにサイがどうかしたの、と話しかける。
それに対し何でもないと微笑めば、そうと返され息をつく。

(もしかしてサクラの好きな人って我愛羅くんじゃないでしょうね?)

疑わしげな眼差しを送っていると、ふとサクラがいのに視線をやりどうかした?と首を傾ける。
出迎えてくれた時もそうであったが、サクラの笑い方が随分と変わった。
昔はめいっぱい笑うという感じであったのに対し、今ではどこか品のいい、まるで旅館の女将のような笑い方をする。
しとやかに、かつ上品な笑みなど浮かべることが出来るほどサクラは大人であっただろうかと思ったが、もうすぐ三十になるならば分からないでもない。

でもなぁ、と思いつつサクラをじっと見つめていれば、黙ってちゃ分からないわよ、と目尻を柔らかく下げ苦笑いする。

違う。私の知ってるサクラはこんな風には笑わない。
知らぬ間にどんどん変わっていくサクラに置いて行かれるような、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと言う不安に駆られ、思わずその手を取る。

「ねぇサクラ」
「何?どうかしたの?」

いつもより少し冷たいいのの手を握り返しそっと擦る。
そのぬくもりに一瞬心が安らぐが、ちょっと話があるのとその手を取り立ち上がる。
瞬間サクラはちらりと我愛羅を見やるが、すぐに顔を戻し分かったわと頷きついてくる。

あの一瞬でまたアイコンタクトを交わしたのだろう。
一体どういうことなのかと、いのは連れたって来た洗面所で問いかける。

「どう考えても親密すぎるわ」

腰に手を当て問い質してみるものの、サクラはそう?と首を傾け気のせいじゃない?と笑う。
ふわりと羽が舞うような笑みは美しいが、どうにも嘘くさい。
じっといのが見つめていると、サクラは何をそんなに気にすることがあるのよ、と苦笑いする。

「砂隠に半年間もいるんだから、自然と木の葉でのノリが抜けるのは当然じゃない。流石に一人であんなテンション披露できないわよ」
「それはそうかもしれないけど…っていうかそんな話じゃないし!私は我愛羅くんとの関係のことを言ってんのよ!」

あんた本当に我愛羅くんと何もないんでしょうね?!
問い質してくるいのに、サクラはどうして自分の周りにはこうも過保護な者ばかりいるのかと苦笑いする。
しかし現状木の葉の皆にはまだ我愛羅との関係をばらすわけにはいかない。
サクラは考えすぎよ、と一蹴し肩を竦める。

「第一私と我愛羅くんとじゃ身分が違いすぎるじゃない。彼にだってそういう話も来てるだろうし、外野が首を突っ込むことじゃないと思うわ」

実際我愛羅にも見合いの話は来ていたらしいが、それを全て蹴り続けていたという。
現段階では砂隠の人々はそれとなく二人の仲を認識し見守ってくれてはいるが、我愛羅が声高に公言したわけでもない。

この二週間の間にばれなければいいがと危惧していたが、こうも早く勘付かれるとは。
でもいのなら仕方ないかという思いもある。

先程連れられる際、どうするか視線を投げ確認したところ、我愛羅は時期尚早だと判断した。
出来る限り今は隠そう。
返された視線で答えを読み取り、サクラは分かったわ、と頷きいのに続いたのだ。
だがいのは存外鋭いので、誤魔化されてくれるかは微妙な所でもある。

「…あんたさ、本当変わったね」

どんどん知らない人みたいになっていく。
呟かれた言葉に目を開けば、いのは悲しげに目を伏せる。

「私の知ってるサクラが消えていくの。どんどんどんどん、遠くへ行って背中しか見えなくなるの。ねえ、あんたどこに行こうとしてんの?」

あんたの居場所は木の葉でしょ?
投げかけられた言葉にサクラは僅かに目を開き、曖昧な笑みを浮かべる。

(私の居場所は木の葉、か…)

木の葉にいる時はずっとそう思っていた。
我愛羅を愛するまでは己は木の葉のために尽くし、木の葉で死んで逝くのだと思った。

けれど今は、この砂隠の地で我愛羅と共に生きたいと思っている。

(やっぱりいのは鋭いなぁ…)

親友の視線をまっすぐに受けながら、サクラは手を伸ばし白い頬を両手で包み込む。

「不安にさせてごめん。でも、心配しないで」

問いには答えなかった。
否、答えられなかった。

サクラはいつか、いのの手を離し我愛羅の手を取る気でいるのだ。
ナルトと手を離した時と同様に。
だがそれを告げるのは今ではない。

いのはサクラの手を取ると、ちゃんと帰ってきなさいよとサクラの瞳をまっすぐと見つめる。
うん、と頷きながらも内心ではごめんと謝る。

(ごめんねいの…私、いつか木の葉を出ていくわ)

彼と共に生きるために。
微笑みの下に本音を隠し、サクラは扉に手をかけ歩き出す。
いのは振り返りもせず颯爽と歩くサクラの言葉を信じるべきかどうか悩んだ。
だが結局それから特に我愛羅と親密なやり取りをすることもなくサクラは宴会を楽しみ、夜もだいぶ更けたところでお開きとなった。

「それじゃあおやすみなさい」
「ああ。また明日からも頼む」

宿泊先まで送り、頭を下げたいのに我愛羅が頷き返し、他の面々も別れの挨拶を交わし宿へと消えていく。
それじゃあ帰ろうかと視線を交わしたところで、リーがあの!と二人を呼び止める。

「何だ」
「どうしたの、リーさん」

足を止めた二人が振り返れば、サクラさんはどこに泊まっているんですか?と心底不思議そうな顔をして問いかけてくる。
通常ならばリーたちと同様宿に泊まっているはずだと言う問いに、サクラはあーそう言えばそうだった。とぼんやり思い出す。
綱手には我愛羅の家で世話になることは皆に内緒にしておいてほしいと頼んでおいたのだ。
その頼みに首を傾けた綱手に何故だと問われ、過保護な奴らが押しかけてきたら色々と困るので、と返せば苦笑いし了承してくれた。
だから知らないのも無理はないと考えていると、我愛羅がテマリの家に住んでもらっているとさらりと嘘を述べる。

「そうなんですか?」
「ああ。流石に一年もの間滞在してもらうのだからな。不自由がないよう警護も兼ねている」

よくもまぁこれだけ簡単に嘘をつけるものだ。
忍だから当然と言えば当然だが、普段正直な彼から零される嘘に少々違和感を感じる。
だが隠さなければいけないのだから嘘も方便だ。
後でテマリさんに話を合わせてもらうよう連絡をいれないと。
そう思いつつもそうなのよと頷けば、その嘘を信じ込んだリーはそれは安心ですね!と白い歯を見せ笑う。

罪悪感を覚えないわけではなかったがそのままリーと別れ、今度こそ帰路を辿る。
そうして宿が見えなくなったところでようやく吐息を吐きだした。

「この二週間バレずにやって行けるかちょっと不安だわ」
「そうだな。山中は既に疑い始めている」

我愛羅の言葉にやっぱり気づいた?と眉を下げれば、流石になと答えられる。
砂隠の皆は二人をあたたかい眼差しで見てくれているので冷やかしたり、からかったりはしてこない。
だから町中でばれることはないとは思うが、用心するに越したことはない。

この二週間は手を繋いで町を歩くのもやめようと提案すれば、我愛羅もそうだなと頷く。
少々寂しいが今まではそれが普通だったのだ。
つい貪欲になりそうになる己を戒めるためにぴしゃりと頬を叩けば、これから二週間禁欲生活か…と呟く声が聞こえ少し笑った。




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