小説
- ナノ -


10





「ん〜…気持ちいい…」

宣言通り、我愛羅はとことんサクラを甘やかした。
料理から始まり片付けに、少しだけ散らかった部屋を手早く片づけた後に風呂にも入れてもらった。
以前とは違いすっかり手慣れた手つきでサクラの髪を乾かし、伸びた爪まで整えられ気分はお姫様だ。

三十手前で姫も何もないだろうと思わないでもなかったが、言葉にしなければ問題ないだろうと心の中だけに止め、ただ甘えた。

そうして今は疲れた体をゆっくりと解きほぐす様に、我愛羅の手が肌を辿る。
時折我愛羅にしてやっていたマッサージを、勤勉な彼は密かに学んでいたらしい。
自分だけじゃなくお前も疲れているだろう、そう言ってくれた時には思わず涙が出るかと思った。

本当にいい人を捕まえた。
肉食系のような発言を必死に喉の奥に押し込み、嬉しいなと呟きそれに甘えた。

そうして今はあたたかく、大きな掌に身を任せうっとりと目を閉じる。
普通ならこのまま眠りについただろうが、捕まっている間に嫌と言うほど寝ていたので寝る気は無い。
それに我愛羅の手を感じるのは久しぶりだったので、その感触を楽しみたいとも思っていた。

「我愛羅くんマッサージ上手になったねぇ…」

初めの頃はやはり不慣れなためぎこちなさがあったが、今ではすっかり手慣れた様子でサクラの体を労わる。
その絶妙な力加減と器用さに、だから性交も上手いのかと考え思わず枕に顔面を押し付けた。

自分は一体何を考えていたのかと。

(いやいやいや…確かにここ最近そういうことしてなかったけどさ、何自然とそっちに思考が飛んでるのよ)

我愛羅は真剣に自分の体を労わってくれているというのに、と首を巡らせ後方を伺えば、真剣な眼差しでサクラの足を揉みほぐす姿が目に入り益々居た堪れなくなる。

(あー…いや、うん。年甲斐もないと分かってはいるんだけど、単なるマッサージだとも分かっているんだけど、この手に触られるとねぇ…)

枕を抱きしめていた手をそろりと動かし、我愛羅の膝を軽く撫でれば猫のような瞳がサクラを見やる。

(…気づいてくれないかな…)

体を愛撫する時と同じ手つきで膝を撫で擦り、ゆっくりと太ももに手を馳せれば我愛羅の視線がそれをなぞっていく。

(ふふ…本当、猫みたい)

猫じゃらしを目で追う仕草にそっくりだと思いつつ、それでも尚手を離さずに撫で続けていれば、ついに我愛羅の手が足から外され両脇に降ろしてくる。

「誘っているのか?」

寄せられた耳元で囁かれる声は熱っぽく、からかっている癖に妙に興奮しているような吐息がくすぐったい。
頷く代わりに身を翻し、首の裏に手を回し引き寄せれば抵抗することなく唇が降りてくる。

「ん…」

しっとりと合わさる唇の感触に肌が戦慄く。
そういえばこうしてじっくりと口付けを楽しむ暇もなかったと思えば、途端に体の奥からじわじわとした熱が這い上がってくる。

心地好い唇の感触を名残惜しく思いながら一度離し、ぺろりと舐めれば開いた口がサクラの舌を飲み込み重なる。
ざらついた舌同士が擦れる感触に背が震え、腿を摺合せ喉の奥で甘えた声を出せば、優しく髪を梳かれ頬を撫でられる。
濡れた水音に知らず吐息が熱くなり、伸ばした手で茜の髪をかき混ぜ撫でてやれば、強く舌を吸われ背が震える。

「はぁ…ん…が、あらくん…」

唇を離し見つめ合えば、すっかり欲望の色に染まった翡翠がまっすぐとサクラを見下ろしていた。

「ねえ…」
「何だ」

幼い頃とは違い、丸みが消えた頬を撫で、尖った喉仏を辿り、開いた襟首から見える鎖骨に指を馳せ、ねえ、と呟く。

「甘やかして」

回される腕の逞しさに熱い吐息を零し、重なる熱の心地よさに目を閉じ、食まれる唇に意識を集中させる。
首の後ろから手を下し、浮き出た肩甲骨を撫で擦り、逞しい背にしがみつき足を絡めれば、熱を帯びた掌が太ももを撫で回す。

「ぁ、ん…もっと…」

ぞわぞわと指先にまで広がっていく快感に眉根を寄せ、愛撫する掌をそのままに唇を重ね舌を伸ばす。
ん、ん、と鼻に掛かった声を漏らしながら、熱く優しい掌に溺れていく。

「…くそっ」

唇を離し、一度体を浮かせた我愛羅は眉根を寄せ悪態をつくと、寝巻に手をかけそれを脱ぎ捨てる。
晒された上半身の美しさにほうと吐息を零し、割れた腹筋をなぞればその手を取られ指先に口付られる。

「いつからそんなに誘うのが上手くなったんだ?」

少々悔しげな表情で問うてくる我愛羅に口の端を上げ、あなたの好みを知ってるだけよと返せばむうと唇を尖らせる。
格好いいくせにこういうところは妙に愛らしい。
くすくすと笑いながら取られた指先を伸ばし唇を撫でれば、柔らかな感触を楽しむ間もなく口に含まれ食べられてしまう。

「あはは、やだ、くすぐったい」

軽く歯を立てられ、舌で愛撫され思わず笑えば、我愛羅も楽しげに目を細め指の腹に舌を這わせてくる。

「コラ、もうダメだってば」

キーコじゃないんだから、と苦笑いすれば、指を口に含んだままガオーと鳴く我愛羅に思わず笑う。

「もう、本当困った人ね、あなたって」

食まれていない方の手で肩を引き寄せれば、上体を折った我愛羅が笑いながら口付てくる。

「目が離せなくていいだろうが」
「やだ確信犯?」

厭らしい人。
からかいながら口付に応え、服の上から体を撫でる掌に甘えながら熱い肌を撫でていく。
歳を食うほど人の体はだらしなくなるが、我愛羅の体は変わらず、むしろ色気を増していく。

卑怯だわ。
がぶりと下唇を甘噛みしてやれば、くすぐったかったのか我愛羅が吐息で笑う。

いつからか、こんな風にじゃれ合いながら肌を合わせることも増えてきた。
前までは互いに会える頻度が少なかったせいか、燃えるような性交ばかりであったが、ここに来てから随分とそれは変わった。
けれど全く白けることも無く、むしろそれが楽しく心が満たされる。
即物的な行為が苦手な我愛羅もそれを楽しんでおり、サクラの指先を齧る姿は完全に猫だ。

互いに笑いつつ、隙を突いて食まれた指先で舌を掴めば、赤い舌が無防備に晒される。

「もうお終いっ」

唾液で濡れ光る指で我愛羅の舌の感触を少し楽しんだ後、指を離し濡れた指先を舐めれば圧し掛かるように上体を倒してくる。
何かと思い視線を落とせば、お前は…と言われて首を傾ける。

「…どこで覚えてくるんだ…そんなこと」
「ん?んふふ、ヒ・ミ・ツ」

可愛らしい問いに笑いながら答えれば、じとりと見上げてきた我愛羅がそのまま胸の間に顔を埋める。
度重なる行為によって少々サイズが上がった胸に頬を寄せる頭を撫でれば、ゆっくりと横腹から掌が伸ばされ胸を包まれる。

「んっ」

できた谷間に顔を埋めながら胸を揉みしだく我愛羅に思わず吹き出し、変態と詰れば笑い声が聞こえる。

「いや、気持ちよくてな」
「あはは、もう、バカね!」

ちゃんとやってよ、と遊ぶ手の甲をぴしゃりと叩けば、お前が言うなと上体を起こした我愛羅が額に口付てくる。

「んーふふ、ねぇ?今日はいっぱい甘やかしてくれるんでしょ?」
「ああ、そのつもりだが?」

目を瞬かせる我愛羅に、悪戯っ子のような笑みを浮かべじゃあ、と唇に手を当て言葉を紡ぐ。

「今日私に言ってくれたこと、もう一回言って?」

上目で見上げながら小首を傾げれば、途端に我愛羅の目が開き体が固まる。
ああ、動揺している。
案の定視線が僅かに揺れ、徐々に頬に熱が帯び、口が真一文字に結ばれる。

「ねえ、お願い」

逃げようと上体をずらす体に手を回し引き止め、それでも尚下に下がろうとするので起き上がり、座り込む我愛羅の膝の上に乗り上げる。

「男に二言はなしでしょ?」

至近距離で見つめながら挑発すれば、熟れた顔を見られたくないのか胸の間に顔を押し付けてくる。
ねーえ、と頬を緩めたままその背を抱けば、もぞもぞと我愛羅の体が蠢き掌が体を辿る。
誤魔化しちゃダメよ、と言えば、困ったような視線で見上げてくる。

「ね、一回でいいから」

そう何度も口にできるようなタイプではないことは重々承知なので、一回でいいから私に頂戴と言えば、視線を逸らした我愛羅は暫し逡巡した後、後頭部に手を回し引き寄せてくる。

「…愛してる」

囁かれた言葉にじわりと頬が緩み、全身が幸福に包まれていく。

「うん、私もよ」

いつもよりずっと熱い頬に頬を重ね合わせ、広がる熱に笑みが零れる。
そのままの状態ですぐそばにある我愛羅の耳に、あなたがすきよ、と囁けばぎゅうと強く抱きしめられる。

「…お前に勝てる気がしない」

呟かれた言葉にうふふと笑う。
こんな風に照れる、不器用な彼がどうしようもないぐらいに愛おしい。

溢れる幸せを噛みしめながら頬を離し肩に手を回せば、僅かに体が離され下から口付られる。

「ん…ぅん、ん…」

今度は服の上からではなく、直に肌を撫でられ体が震える。
脇腹をくすぐる手首を掴めばすぐさまそれは昇り、胸を包まれ愛撫される。

「あっ!」

きゅっと立ち上がった乳首を摘まれれば体が跳ね、甘い声が漏れる。
久方の愛撫にいつもより感覚が鋭くなり、微弱な刺激でさえ大きな快感に繋がっていく。

(やばい…今日はだめかも)

思うが走り出した熱は止められない。
濡れた瞳で我愛羅を見下ろせば、服に手をかけられそれに従う。

「ん…我愛羅くん…」

乱れた髪を指先で払い、裸の皮膚を触れ合わせ抱きしめあう。
その心地よさに目を閉じ感じ入っていれば、我愛羅の指が髪を掬うとそれを耳に掛け、露わになった耳に口付てくる。

「んんっ」

その感触に体を震わせ、ぎゅっとしがみつけば名を呼ばれる。
何かと思い閉じていた目を開ければ、少し間を経た後すきだと言われ目を開く。

「サクラ、お前が好きだ。誰よりも、愛してる」

囁かれた言葉に視界が緩み、すぐさま頬を滑り落ちていくそれを我愛羅の唇が優しく掬う。

「いつも言ってやれずにすまなかった」

そう言って頭を撫でられ頬を包まれ、唇を寄せられたらもう止まらなかった。
零れる雫をそのままに強く背にしがみつき、震える声でわたしもよと紡ぐ。
何度も何度も、あなたがすきよ、だいすきよと言えば、痛いぐらいに体を抱きしめられ頭を撫で、髪を梳かれる。


しあわせすぎてしんでしまいそう。


思いながらも滲む視界で我愛羅を見つめ、引きあうように唇を重ね合い肌を愛撫し合う。

先程までとは打って変わり、燃えるように火のついた躰は互いに熱く次第に汗ばんでくる。

「我愛羅くん、我愛羅くん」

何度も名前を呼べば、いつの間にか慣れ親しんだ彼の音が心地よく舌の上を滑っていく。
答える声も、呼び返される自分の名前も、見つめ返される瞳も、気付けば当たり前になっていた。

八年前のあの日、浮遊する我愛羅を見つけず声を掛けなければ、色の任務を請け負っていなければ、こうして関係を築くことがなかったのだと思うと不思議な気持ちになる。
もし見合い相手や他の男と付き合うことになっていれば、きっと自分は知らぬまま生きただろう。

身を焦がすほどの恋慕を。
叫びたくなるほどの欲求を。
何度も愛しいと訴えてくる眼差しを。
優しく紡がれる声を。
そうして穏やかに広がる、この男の世界を。
知ることがなかったのだろう。

我愛羅でなければダメなのに。
他の男などこれ以上に愛せるはずがないのに。

「…好きよ、我愛羅くん。あなたが世界で一番、大好きよ」

心の底からいつも想っていたことを、ずっと黙っていた気持ちを伝えれば、噛みつくように口付られ寝台に押し倒される。
深く絡め合った指を握り返し、燃え盛る翡翠を見上げながら思う。

この手を取ってよかった。
この人を愛してよかった。
この人を、見つけることが出来てよかった。

重なる肌のぬくもりと、呼応し合う鼓動が心地いい。
受け入れる楔の熱さに喉を反らし高く啼けば、全身が快楽に震え、秘所が潤い膣が締る。

吐息に交じり、何度も零される愛の言葉に視界が緩む。
答えるように何度も頷きしがみつき、背に爪を立てながらその手に、熱に、想いに、溺れていく。

「愛してる、愛してる…サクラ、愛してる」

深い愛情は海のように、時に荒く、優しく、心を乱し、満たし、包んでいく。
穏やかで心地いい。まるで彼の瞳のようだと思ったところではたと思い出す。

ああそういえば、彼の瞳は海だった、と。
見つめる度に己を包む、翡翠色の穏やかな広い海。

その世界に今自分はいるのだと思うと、溺れたのではなく自らその海に飛び込み、人魚となって抱かれているような気になる。

海の中でしか生きられない。
彼の中でしか呼吸ができない。
外で待ちわびている王子様など目に入らない。
己を包み込むこの海でしか、自分は生きていけない。

そうしていつしかこの海に包まれながら朽ち果てて、世界に命を還し新たに生まれ変わるのだ。


どくりと跳ねた体に熱が走り、体の一番深いところで彼を受け止める。

(ああ…そうか…生まれ変わるんじゃないんだ…)

生まれるのだ、ここから。
二人の命を受けて、新しい命がここに。

そう思うと不思議なほどに心が凪いで行き、遠くの方から潮風の香りが漂ってくるようだった。
目を開き、傍にある茜を抱きしめれば水面に浮かぶ夕暮れを感じる。

汗ばむ体を抱き合い頬を寄せれば、上下する胸の奥から激しく鳴り響く血潮の音がする。
駆ける音は早馬の足音に近いのに、広がる景色は翡翠の海。

不思議な人。
流れる汗を払いのけ、頬に手を馳せ瞳を覗き込む。

「あなたの目って、本当に綺麗ね」

ぱちぱちと瞬く翡翠はキョトンとしており、上下するたびに震える睫毛の上に乗った雫が真珠のようだと軽く笑う。

彼の世界は砂ではなくきっと海だ。
それも私のためだけの。

そう思えば思うほどに愛しくて、翡翠の海を見つめながら夕暮れを掻き抱き口付る。
存外世界は己の手の内にあるのだと考えたら、妙に可笑しく不可思議であった。

翡翠の海が己を抱く。
この一時だけ己は人魚になり、広がる海に身を落とす。

沈む深淵から顔を出し、ゆっくりと瞬けば海が穏やかに凪ぐ。
一陣の風を受け穏やかに、たおやかに、揺れて、流れて、己を包む。

香る潮風が水面を揺らし、呼吸する己の髪を、頬を穏やかに撫でる。
この瞬間が一番好きかもしれない。

甘えるサクラの髪を梳き、唇を寄せる我愛羅の熱を感じてそう思う。

あなたがすきよ。
数年前言えなかった言葉が、不思議なほどするりと口から零れ落ちる。
涙はもう流れない。
代わりに溢れだすのは愛する喜びだけで、唯々目の前の存在が愛おしかった。

手を伸ばせば届く距離にいる。
遠くにいたはずなのに、今はこんなにも近い。

「あなたが一番、だいすきよ」

溢れる愛が少しでも多く届けばいい。
そうしていつしかその愛を当然だと思えるほどに傍にいれたらいい。

己もいつか、この海に抱かれることが当然だと思えるほどに。

穏やかに髪を梳く手に身を任せ、目を閉じる。
今はまだ、ゆっくりと凪ぐ海に身を任せていたかった。




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