小説
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カンクロウ達に後を任せ、我愛羅は先にサクラを病院へと連れて行った。
幾らチャクラで凌いだとはいえ、体の中に打たれた薬物がどんなものか検査しなければいけない。

後でテマリを迎えに寄越すと告げ、我愛羅は風影邸へと急いだ。

「遅ぇよ」

報告書は後で受け取ると通りがかった忍に告げ、我愛羅は先に屋上へと駆ければ既にサスケが立っていた。
軽く謝罪し隣に立てば、サクラは?と問われ病院に連れて行ったと答えればそうかと頷く。

「ったく、呑気に凱旋パレードしやがって」
「何だ、見てたのか」

憎々しげに吐き捨てられた言葉に視線をやれば、見せつけるように歩いてたくせによく言うぜと悪態をつかれる。

「やはり分かったか」
「当然だろ。あんだけ堂々と歩かれりゃ里の奴らも表だって文句言えねえだろ」

旅をするからこそよく分かる。
この里長がどれほど民に愛され、信頼されているか。
昔を思えばその快進撃に思わず天晴だと言いたくはなるが、素直じゃないサスケはただ口を噤む。

「…てめえらが無駄に時間を過ごしてたわけがないくらい、俺だって分かってる」

あの後鷹のメンバーを連れ宿へ戻る最中、水月がそういえばと話し出したのだ。

「サクラってすげえのな」
「あ?どういう意味だよ」

反応する香燐に、買い物してたら聞いたんだよと水月が続ける。

「何か猛毒で苦しんでた忍に短時間で解毒剤作って助けたんだってよ」

通りがかったおっさんたちが話してたぜ。
世間話をするように軽く告げた水月に、香燐は興味なさそうにへーと相槌を打ち、重吾は素直にすごいなと呟く。
サクラが医療忍者として名を馳せている事をサスケは知っていた。

戦争の最中にその腕を遺憾なく発揮していたことも、戦後その腕を更に磨き里に貢献していることも、旅をしながら各地で耳にした。
特に同盟国として繋がりが深くなった砂隠はその助力を得、飛躍的に医学が進歩したとも。

偏屈な性格が多いこの里にそれだけの技術を広めることが如何に難しいか、それが分からぬほどサスケはバカではない。

(ただいちゃついてたわけでもないってわけか)

宿に着いたサスケはすぐに部屋には戻らず施設内をうろついた。
だがそこにいるのは一般人ばかりであまり情報を得られそうにない。
とにかく風影邸へと行くかと踵を返したところで、今日サクラお姉ちゃん見ないね、という子供の声に足を止めた。
宥める両親に子供は会いたい会いたいと駄々を捏ね、困ったような顔をするその家族にサスケは声を掛けたのだ。

話を聞けば数年前、その子供は難病に苦しみ余命数か月と診断されていたらしい。
だが砂隠にちょうど来ていたサクラが診察をし、数日かけて治療薬を作り、食事内容やリハビリ、子供だけでなく両親のカウンセリングまでしたという。
おかげですっかり子供の体はよくなり、定期検査と薬の服用だけでよくなったという。
そして余命幾何かの子供だけでなく、毎日子供の死に脅え、医者など信じられなかった親の心までサクラは救った。

それだけでどれほど彼女がこの里に誠心誠意尽くしているかが分かり、サスケは口を噤んだ。

宿を出て風影邸へと向かう間、里内を歩く二人を見つけた。
我愛羅はいつもと変わらぬ仏頂面のようにも見えたが、それでも雰囲気が違うのだけは遠く離れていても見て取れる。
そしてサクラは、世界中から花束を受け取った少女のような愛らしい笑みを浮かべ、誇らしげにその隣を歩いていた。


「…認めたくはないがな、サクラがお前を選んだならそれを止める権利は俺にない」

サスケは今まで何度も彼女に特別な想いを向けられてきた。
いつだって熱っぽい眼差しで見つめられ、時に緊張した面持ちで誘われ、時に鬱陶しくなるほどに後ろをついてきた。
けれど、あんな幸せそうな笑みを向けられたことは一度もなかった。

「お前は俺が憎いと言ったな」
「ああ」

だが俺もお前が憎いとサスケは告げる。

「サクラにあんな顔させることが出来るのがお前なのかと思ったら、途端にてめえの仏頂面を殴りたくなった」
「ふっ…八つ当たりもいい所だな」

先程とは打って変わって、立場の変わった答えに二人は同時に口の端を上げる。

「俺はてめえが嫌いだ」
「そうか」
「だがサクラは大事だ」
「だろうな」

頷く我愛羅の肩に手を置くと、自分の方へと体を向けさせその腹に向かって勢いよく拳をめりこませる。

「ぐっ…!」

思った以上に重い一撃に我愛羅が呻き、サスケが鼻で笑う。

「言っただろ、覚悟しとけよって」
「…そう、だったな」

確実に痣になるだろう、しかしその思いの籠った一撃が有難いとも思う。
しかし内臓を奮わせ、骨に響くほどの一撃は流石に少々勘弁してほしいとも思ったが、同時にそれだけサクラに対する思いが伝わるようで心に響く。

「…お前の拳ほど、重いものはないな」
「ふん、そうかよ」

本当なら火遁の術で火達磨にしてやりたいところだがな、と悪態をつかれ、我愛羅は笑う。

「お前はナルト以上に恐ろしいな」
「あんな腑抜けと一緒にすんな。少しでもサクラに不自由させてみろ。すぐにてめえの手の中から奪い返してやるからな」

まるで父親だな。
思いはしたが口を噤み、我愛羅は心得たと頷き拳を突きだす。
一体何だと訝しむサスケに、約束だと答える。

「…ナルトみてえな事してんじゃねえよ」

苦い顔をしながらも、それでも片手をあげて拳を突き合わせるサスケに目を細める。

「お前はいい男だな」
「てめえに言われても嬉しくねえよ」

むしろ反吐が出る。
苦虫を噛み潰したような顔をするサスケに、我愛羅は肩を震わせ笑った。

会った時のような剣呑な空気はそこにはなく、軽口を叩き合える穏やかな空気がそこにはあった。





「結果はどうだったんだ?」

迎えに来たテマリに問われ、サクラは特に問題ありませんでしたと答える。

「色々打たれてはいましたけど、後遺症も残らないものでしたし、副作用もないものです」
「へえ、姑息な手を使うやつらかと思えばそういうところは潔いんだな」

感嘆するテマリに、サクラは受け取った資料に視線を落とす。

「多分、彼自身人質になったことがあるから…私に手酷いことができなかったんだと思います」

男の資料には八年前、己が参加した任務の加害者であり被害者である医忍の子供であることが記されており、時の流れを感じさせた。
誰かを壊すために薬を作り続けていた親の背を見つめ、己のせいで無抵抗に殺された親の死に目に会い、復讐に駆られた男はまだ十八であった。
人生の約半分を我愛羅に復讐するためだけに生きてきたのだ。

沢山の非道を繰り返し、人体実験を重ね、彼を殺すためだけに幾多の薬を開発してきたくせに、人質であるサクラにはその薬を打てなかった。

結局のところ彼は人であり子供だった。
助けてもらえなかった頃の自分をサクラに重ね、非道な行いができなかったのだ。
幾ら忍の能力を身に着けても心までは殺せなかったのか、それとも憎い我愛羅と同じ本物の忍になることに抵抗があったのか、とにかく男は未熟で中途半端だったのだ。

本当に復讐をするならばサスケのようにならねば無理なのだろう。
刀を向けた己の首を絞めたサスケは、心の底から復讐者であった。
あの姿こそが本当の復讐者であり、男が目指さねばならぬ姿であった。

「…きっと彼は、我愛羅くんに助けてもらいたかったんじゃないかな」

各地にその名を轟かせ、各国の里長に若いうちから一目置かれていた。
力も、権力も、そして他者の信用も得た我愛羅は男の目にどんな風に映っていたのか。
想像することしかできないが、自分であれば憎しみと同時に救済も求めただろうと思う。

親を助けることが出来なかった我愛羅に救済を求めるものか?
テマリの問いにサクラも断言はできなかったが、それでもすぐに毒ガスを爆発させなかったことから見てそう判断したのだ。

「私がどうなろうがどうでもいい。そう言っていたらしいですけど、だったら彼が来た時点ですぐに毒ガスを爆発させればよかったんです」

そして苦しむ我愛羅の目の前で、毒で肌を焼くサクラの死に様を見せつければよかったはずだ。
だがそれをせずに、我愛羅の声に耳を傾け質問に答え、時間稼ぎにも見える所業に付き合った。
まるで一刻も早く自分を止めてくれと、暗に訴えているようだと思ったのだ。

「本当のところ彼がどう思っていたのかは分かりません。単純に決断に悩む我愛羅くんを見て愉しんでいただけかもしれないし、手酷い仕打ちを考えて嗤っていたのかもしれません」

けれど、どっちにしろ彼は我愛羅くんに自分のことを知っておいてほしかったんじゃないかな。
そう言って資料を仕舞うサクラに、テマリはそうかねぇと呟き腕を組む。

正直テマリたちが到着した頃には片がついており、珍しく弱気な我愛羅が縋りつくような格好でサクラを抱きしめている姿しか見えなかった。
勿論視界の端でサスケを必死に抑えるカンクロウの姿も見えてはいたが、男たちと我愛羅がどんな会話をしたかなんて知らないし、どんな脅しをかけたのかも知らなかった。

だが捕らわれたサクラが犯人たちと全く接触していないはずもないので、自分の考えを信じるよりもサクラの考えを信じることにした。

「ま、何にせよお前が無事でよかったよ」

多少拘束の痕が四肢に残ってはいるが、特に大きな怪我もなく無事でいたサクラに安堵する。
医療忍者としてではなく、弟の大切な想い人としてテマリはサクラを案じていた。

「本当にご迷惑おかけしました」
「全くだ。金輪際こんなことはよしてくれ」

心臓がいくつあっても足りないからな。
からかうテマリにサクラも笑い、共に病院を出て歩き出す。

吹きすさぶ風は砂を舞い上がらせ、夕闇に染まった町は穏やかな灯を灯す。
木の葉のように様々な色合いはないが、それでも人の営みを感じさせるあたたかな色だった。

「テマリさん」
「何だ?」

サクラは一度足を止めると、我愛羅が守ると決めた町をぐるりと見回す。
我愛羅が普段身を置く風影邸、マツリが勤務する病院、テマリの恋人が務めているアカデミー。
日用品を買いに行く商店街に、行きつけの本屋、そして時々サクラを見かけては声をかけてくれる里の人々を思い浮かべ、頬を緩める。

「私、この里が好きです。彼がいる、彼が守ろうとする、この里が」

大好きです。
そう言って心からの笑顔を向ければ、テマリは目を見開いた後、ぐしゃりと顔を歪め笑い、サクラを強く抱きしめる。

「サクラ、」
「はい」

我愛羅とは違う、柔らかい体。
けれど彼同様しなやかな筋肉がついたメリハリのある体が、優しくサクラを包み込む。

「よかった。お前が無事で、本当によかった」

顔の見えないテマリの、普段は頼もしい背に手を回しサクラは目を閉じる。
我愛羅とはまた違った心の強さと、深い愛情を持った彼女とこうして触れ合えることがサクラにとっては嬉しく、誇らしかった。

暫くして体を離したテマリの瞳は常より潤んではいたが、すぐさま笑みを浮かべるとサクラの髪を掻き乱す様に頭を撫で頬を包む。

「ありがとうサクラ。あの子の好いた女がお前で、本当によかった」

これからもあの子を頼むよ。
そう言って穏やかな笑みを浮かべたテマリにこちらこそよろしくお願いします、と返せば、後方からカンクロウの声が聞こえ振り返る。
報告書を片手にした彼に容体を尋ねられ、問題ないと返せば安心したように頬を緩め、心配かけさせやがってと背を軽く叩かれる。
すみませんと苦笑いするが、受ける眼差しはテマリ同様あたたかい。

彼の身内らしい、二人の深い愛情と思いやりにただ頭が下がる。
そうして並んで風影邸へと向かっていれば、見上げた先にサスケと言葉を交わす我愛羅が目に入り歩を止める。

「我愛羅くーん!サスケくーん!」

下方から声をかけ手を振れば、気付いた二人の視線がサクラに注がれる。

「サクラー!怪我はないんだろうなー?」

問いかけてくるサスケに大丈夫よー!と返し、隣に立つ我愛羅へと視線を向ければ、穏やかに目を細め口の端を僅かに上げる。
その顔を見ただけで不思議なほどに心が穏やかになり、満たされた気持ちになる。

やっぱり彼が好きだなぁ。
自然と湧き上がってくる思いに頬を緩めながらも見つめていると、何故か我愛羅がサスケにぶたれ目を見張る。

「…何をする」
「うるせえ!」

何時の間に仲良くなったのかしら。
騒がしく言葉を交わす二人を眺めれば、やれやれとテマリの呆れる声がする。

「なんつーか、サスケってサクラの保護者みたいじゃん」
「つーか完全に保護者だろ。男の嫉妬は醜いねぇ」

からかう姉兄の言葉に笑いつつ、すぐそっちに行くから待っててねー!と声を掛ければ、再び二人はサクラを見下ろしてくる。
だが何を思ったか、我愛羅は手すりに足を掛けるとそのまま飛び降り、音もなくサクラの前に着地し腕を組む。

どうしたのかと思えば、お前が来るより俺が降りた方が早い。と訳の分からない理論を展開され思わず呆ける。
多分だが、体のことを考慮してくれたのだろう。
そう思えば少々呆れるものの悪い気はせず、代わりに過保護ねぇとからかえば視線を逸らされる。

「それより仕事はもういいの?」

報告書を手にするカンクロウを一度見やり問えば、我愛羅はああと頷き姉兄を見やる。

「明日纏めて片づける」

その一言に二人は了解、と返答しサクラにじゃあなと声をかけてから風影邸へと消えていく。
その背を見送り我愛羅へと視線を移せば、かちりと翡翠の瞳と視線がかち合い数度瞬く。

「帰ろう」

そう言って差し出された掌に己の手を重ねれば、ぎゅうと強く握られ頬が緩む。
彼の里で、こうして堂々と手を繋げる日が来るとは思っていなかった。
だからこそそれが嬉しくて微笑めば、彼も穏やかに目を細め手を引いてくる。

「今日の晩御飯どうしようか」

久々に二人揃って食卓を囲えることが嬉しく、思わずご馳走作っちゃおうかなと思っていると、我愛羅が今日は自分が作ると言う。
別に怪我なんてしてないから平気よ?と見上げるが、自分がしたいからいいのだと返されそうと頷く。
そういえば最近は我愛羅の手料理も久しく口にしていない。
たまには甘えるのもいいかと結論付け、楽しみにしてるねと笑えば任せておけと頼もしい返事が返ってくる。

ああ、嬉しいなぁ。楽しいなぁ。
ゆるりゆるりと二人の間で揺れる繋がれた掌を見下ろし、歩幅の違う二人の足並みが揃っていることがただ嬉しい。
小さな幸せを深く噛みしめるサクラに、我愛羅は体を寄せてくる。
何かと思い視線を上げれば、穏やかな翡翠の瞳が悪戯に揺れ、首を傾けサクラの耳元に唇を寄せてくる。


「今日はお前を甘やかしたい」


いつもより甘い声音で紡がれた言葉に目を開き、徐々に熱くなる頬を知りつつ見上げれば、したり顔の彼がいて思わずバカ!と叫ぶ。

「バカ!我愛羅くんのバカ!」

久しく紡いでいなかった幼子のような悪態に、我愛羅は愉快そうに肩を震わせ喉の奥で笑い、顔を逸らす。
それが悔しくて我愛羅を追い越すが、すぐに並ばれ顔を背ける。
再び我愛羅の押し殺した笑いが聞こえてくるが文句を言うのも悔しいので、口を噤み無言を突き通す。
けれど流れる空気は心地よく、触れる体に心が躍る。

あんなことがあったばかりなのに、どうしてこうも幸せなのか。
考えてみれば初めて愛の告白をまともに受けたのだ。
浮かれないはずがないと気づき再び頬が熱くなる。

「…ねぇ」
「ん?」

赤くなった顔を見られるのは恥ずかしいが、それでもちらりと上目で隣を見やれば、優しい眼差しで見つめ返されトクリと心臓が脈打つ。

「今日は甘やかしてくれるんでしょ?」
「ああ。そのつもりだが?」

だったら今まで言ってもらえなかった分、いっぱい愛の言葉を紡いでもらおう。
こちらが恥ずかしくなるぐらいに、我愛羅の頬が赤く染まるぐらいに、何度も何度も、言ってもらおう。

そう思うと何だか楽しくなってきて、うふふと笑い手を振れば、繋がれた手が大きく揺れる。
足元に伸びる影は細長く、揺れる腕はまるでブランコのようだ。

幸せだなぁ、と何度目になるか分からない言葉を思い浮かべながら、辿りついた自宅の鍵を取り出す我愛羅の腕に勢いよく抱き着く。
驚く我愛羅の瞳を見つめ、えへへと笑う。


あなたがすきよ。
数年前、言えなかった言葉をようやく伝えることができる。
そうして伝えてほしかった、ずっと欲しかった言葉を貰うことが出来る。

それが唯々幸せで嬉しい。
だから、今日は沢山甘えてやろうと首を傾けた我愛羅に口付た。

家の中まであと一歩だったけれど、走り出した想いはもう止められなかった。




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