小説
- ナノ -






「おい我愛羅。てめえに話しておきたいことがある」
「何だ」

第三の目を使い、風影邸の屋上から里内を探す我愛羅にサスケは声をかける。
鷹の仲間たちは今宿で体を休めていた。

「何故サクラだった」

我愛羅の隣、サスケは砂の町を見下ろす。
木の葉に比べ規模は小さく、彩りも少ないくすんだ町だ。

だがサクラはこの町を、里を守ろうと知識を分け与えている。
縁も所縁もない、強いて言うならナルトの友人が風影だというだけの、この里を。

それが今や恋仲となったと聞く。
だがどう考えても二人の接点が見当たらなかった。

中忍試験でも、戦争でも、サクラの意識が我愛羅に向いているとは思えなかったのだ。
だからこそ疑問に思い問えば、我愛羅は理屈などないとナルトに答えた時と同じ言葉を零す。

「理屈抜きで惚れた。ただそれだけだ」
「…ふっ、じゃあてめえはとんだ間抜けだな。惚れたくせに驕ってんじゃねえよ」

惚れたのならば、尚のこと目を離すべきではない。
ナルトのようにいつだって視界に入れておくべきだったのだ。

「だからてめえはこうしてサクラを危険に晒す。探していてもまともに見つけられねえ。違うか?」

自分一人の力じゃどうにもできない。
お前は非力だと、サスケの言葉が我愛羅の心に突き刺さる。

だがそれに激昂するほど我愛羅は子供ではなかったし、事実でもあったので深くその言葉を受け入れた。

「サスケ、俺はお前たちほど彼女との付き合いは長くない」

長い付き合いがあったわけでもない。
彼女が昔からどんな性格で、どんな忍術が得意で、どんな生徒で、どんな任務をこなしてきたか、我愛羅は知らない。

「だが一度彼女を知ってしまえば、知らぬ頃の自分には戻れない」

色の任務の前に純潔を散らしておきたいと、そんな理由ではあったがサクラは我愛羅に向かって手を伸ばした。
その時まで我愛羅はサクラのことをナルトの想い人であり、優れた医療忍者だとしか認識していなかった。

けれどその体を抱き、無邪気な笑顔を向けられ、煌めく翡翠の瞳に見つめられれば、いつしか自分の心は彼女に傾いていた。
彼女が欲しいと心が叫び、今まで体験したことのない様々な感情が全身を駆け巡った。

「じゃあ、何でもっとちゃんと見てなかった」

幾らサクラが普通のくノ一より腕が立つとはいえ、地の利が無い土地では思うように力は発揮できない。
それが分からぬほどお前はバカではないだろうと言えば、我愛羅は少しばかり顔を伏せる。

「確かにな。だが…俺はナルトのように彼女を追いかけることができない」

職務があるからというわけではなく、気持ちの問題で追いかけられないのだ。

「俺は弱い。そして浅はかで怠惰だ。己のエゴに溺れ一時の幸福に目が霞んでいた」

追いかけて振り払われるのが怖い。拒絶されるのが怖い。
幼い頃の記憶がそうさせる。
もし追いかけて手を取って、その手を振り払われるかもしれないと思うと目の前が闇に染まる。

幼い頃のように、遠巻きに見つめられ怖れられ、あるいは興味をなくした冷たい眼差しで見られるかもしれないと思うと、ナルトのようにがむしゃらに追いかけることが出来なかった。
だからこそこの仕事を引き受けてくれた時に沸き上がった喜びは一層強く、目が眩むようだった。

家に帰ればサクラがいる。
一人暮らしの家に明かりが灯り、夕食の準備をするサクラがおかえりと笑ってくれる。
朝になれば隣で寝こけるサクラの寝顔を見つめ、夢じゃないかと何度も頬を抓った。

くすぐる頬の柔らかさと、薄い体の下で鼓動する心臓の音に耳を傾け、泣きたくなるほどに安堵した。

格好つけることができず怠けた姿を見せたことも多々あったが、彼女はそれすら笑って許してくれた。
自分の前でまできっちりすることはないよ。
そう言って己の怠惰な部分を許し、受け入れ笑ってくれた。

だからこそ、その幸せに目が眩んで視界が狭くなっていることに気付けなかった。
サクラの背後に忍び寄る暗い影に、予感はしていたけれど警戒心が足りていなかった。

だからこそこうして、彼女を危険に晒している。

「俺にとってサクラは…もったいない女かもしれないな」

時に少女であり、時に母であり、己を受け入れてくれる器の広い女であるサクラを欲する男は多いだろう。
伸ばされる無数の手の中から、控えめに手を伸ばす己の手を敢えて取ってくれた彼女の手を、どうして己は握り返してやることが出来なかったのだろう。

「…すまないサスケ」
「俺に謝んじゃねえよ」

我愛羅の独白にサスケは舌打ちすると、我愛羅は軽く笑う。

「正直俺はお前のことが憎かった」
「あ?何だよそれ」

怪訝な顔をするサスケに、我愛羅は口の端を緩める。

「サクラから聞いた。お前がサクラを襲ったと」
「…襲ったわけじゃねえよ。無自覚なアイツに注意してやっただけだ」
「ああ。彼女もそう言っていた」

だが己は許せなかった。
サスケはサクラの想い人だ。
そして今でも心の底では深く愛している。
彼女の深い愛情の基盤を作った相手だ。
だからナルトよりも、我愛羅はサスケの存在の方が恐ろしかった。

「いつかまたサクラがお前を選ぶんじゃないかと思うと恐ろしく、それだけ彼女にとって大きな存在であるお前が憎らしい」
「…八つ当たりもいい所だぜ、それ」
「かもしれんな」

笑う我愛羅に呆れたようにため息を零すと、サスケは大きく手を振りかざしその頭を叩く。

「っ?!」

驚く我愛羅を軽く見やり、超えて見せろよと告げる。

「だったら、俺を超えて見せろ。アイツの中でてめえが一番になるように、俺なんかもう眼中にねえってアイツに言わせるぐらいに、てめえが成長すりゃいいだけの話だろうが」

じゃなきゃてめえから奪い返す。
見返す黒水晶の瞳は真摯な色を映し、驚く我愛羅の顔をまっすぐと映している。

彼女は、本当にたくさんの人に愛されている。
しかも手強い相手ばかりにだ。

彼女との仲を認めてくれたのかは分からなかったが、我愛羅は口の端を歪めると、ああ、と強く頷き手をかざす。

「言っとくが、サクラをこんな目にあわせた一発はまた後で食らわせてやるからな。覚悟しとけよ」
「分かった。甘んじて受けよう」

パン、と互いの掌を叩き合わせ、再び里内を見下ろす。

「ったく、俺はてめえらの保護者じゃねえつーの」
「見守ってくれる奴がいてくれるのは有難い話だな」
「ざけんな。まだ反対中だ」
「手厳しいな」

交わす軽口はふざけあってはいるが、それでも互いに視線は鋭く里内に下されている。
ぐるり、と第三の目が回転したところで、風影邸から南西の方角で突如爆発が起きる。

「何だ?!」

二人の視線がそちらに移ると同時に、屋上の扉が開かれカンクロウが入ってくる。

「我愛羅!サクラが見つかったぞ!」
「何?!どこだ?!」
「ちょうど今爆発が起こった付近だ!」
「行くぞ!」

瓢箪から砂を出し、それに飛び乗り濛々と煙が上がる爆発地を三人は目指した。




「さて…ここを切り崩したおかげで砂嵐のおこぼれが入ってくるだろうな」

眠るサクラを大地に横たえ、暗部の面をつけた男二人は切り崩した岩崖の隙間から入り込む鋭い風に髪をたなびかせる。

「これだけデカい風穴開けりゃあこの風に乗って里全土に毒が行き渡るだろう」
「ああ。どうしても大量には作れないからな。この機を逃すわけにはいかん」

それに早くしないと目敏い風影が飛んでくるだろう。
男たちは生成した毒ガスを用意し、無数に作ったそれを見下ろす。

「この間の改良型だからな。この女がいなけりゃ薬も作れねえだろう」
「即効性のものに変えたからな。風に乗って飛べばすぐに全員苦しみだすだろうよ」

スリーマンセルで組んでいた一人に毒ガスを試し、その効力と発動時間を計っていた男は喉の奥で笑う。

「ああ、それこそ解毒剤が作られるよりも早く全員死ぬぜ」

己の目の前で里の者が苦しみ、血を吐き皮膚を焼き、苦しみ悶えて死に逝く様を見せつけながら目の前で愛する女を嬲り殺す。
男は我愛羅に対する復讐の計画を思い出しながら、胸元に仕舞ったメスを取り出しくるくるとそれを回す。

「…親父は苦しみながら死んだんだ。顔に硫酸ぶっかけられて皮膚を焼かれ、手足を千切られ殺された。砂隠のクソ忍にな」
「んでそれが形見?けどソイツはお前が殺したんだろ?」

仲間の問いかけに男はああ、と頷く。

「案外あっけなく捕まってな。まぁありがたく実験台にさせてもらったよ。最後は人間だったか何だったかわかんねえ肉塊になったけどな」
「…てめえを怒らせねえよう努めるわ」
「おお、そうしろ。俺は短気だからな」

男が笑っていると、ざわざわと足元の砂が蠢きだし、来たかと揃って顔を向ける。

「サクラ…!」
「敵は二人かよ、少ねえな」

砂に乗って来た我愛羅とサスケ、カンクロウを見やり男は面の下で軽く嗤う。

「遅ぇじゃねえの風影様よぉ!」

男の一人がサクラを担ぎ、メスを持った男がその切っ先を我愛羅に向け啖呵を切る。

「お前の大事なお姫さん、探しに来たんだろ?え?」

メスの切っ先がサクラへと移り、錆びた刃が薄紅の髪を掬い上げ耳に掛ける。
僅かに見えた頬は青白く、意識がないようでぐったりと力なく担がれる姿に三人は舌打ちする。

「貴様らの目的は何だ」

問いかける我愛羅に、メスを仕舞った男は復讐と端的に答える。

「つってもまぁ、お前だけじゃなくて砂隠全員にだけどな」
「何?」

男は作った毒ガスの玉を一つ手に取ると、それを見せつけるように掲げる。

「こいつはこの間暗部の男に試した毒ガスの改良型だ」
「即効性だからな、一つでも爆発させて風に乗れば、吸った奴はすぐに血を吐いて死ぬぜ」

男共の言葉に我愛羅は目を開き、サスケは目を細め、カンクロウは卑怯な手使うじゃん、と呟く。

「卑怯?忍に卑怯もクソもあるかよ」
「使えるものは何でも使う。忍つーのは端からそういう生き物だろうがよ。舐めたことほざいてんじゃねえぞガキ」

男共の嘲笑う声にカンクロウが舌打ちすれば、サスケはまぁ当然だなと腕を組む。
対する我愛羅は静かに男達を見つめ、口を開く。

「お前は、八年前の事件の子供か?」

その言葉にサスケは我愛羅を見やり、カンクロウは男たちを見据える。
くるくるとメスを回す男は何だ、知ってたか。と軽く答える。

「意外と記憶力いいんだな、風影様はよ」

面でその顔は見えないが、恐らく年の頃は十代後半から二十代前半だ。
復讐に駆られ他者の命を奪うのに躊躇しない年齢だ。

そして己の命すらも蔑にする年の頃でもある。

「ま、記憶力はよくてもお頭の出来は悪かったみてえだな。俺たちの素性も調べねえうちにこの女の護衛につけるんだからな」

平和ボケしすぎたんじゃねえの?
笑いながらメスの腹でサクラの頬を叩き、意識のないサクラの髪を掴んでその顔を上げさせる。

「お前の大事なお姫さん、ここで殺してやってもいいんだぜ?」

青白い顔に猿轡を噛まされ、まるで死人のようなサクラに思わず拳を握りしめる。

「中々に腹が立つ奴らじゃねえか」

我愛羅の後ろ、サスケがぽつりと零し我愛羅も内心でまったくだと続ける。
男はサクラの髪から手を離すとどうする?と手を広げる。

「お前たちとこの里全員の命と引き換えになら、この女助けてやってもいいぜ?」

ただし、死に逝くてめえの前で嬲りはすぐけどな。
嗤う男に噛みしめた奥歯がギリギリと鳴る。
こんなところでサクラを失う訳にはいかない。
だが里全員の命など掛けられるわけもない。

歯噛みする我愛羅に男は毒ガス玉を見せつけるように掌で転がし、弄ぶ。

「悩んでる暇なんてないぜ。俺がコイツをぶちっと潰せば風に乗って毒が飛ぶ。そうすりゃあ何も知らねえ里の奴らは気付かねえうちに毒を吸って死ぬ」

肺を壊し皮膚を焼き、もがきながら殺す猛毒だ。
男は教えてやりながら近くの岩に腰かける。

「ま、俺はお前たちに復讐できればそれでいい。お前ら全員死ねば俺はハッピーだ。この女が生きようが死のうがどうでもいいしな」

こんなブス興味ねえし。
担ぐ男が吹き出し、二人して笑う。

流石に今の一言には我愛羅どころかサスケの眉間にも皺が寄り、奴らの首を丸ごと跳ねてやろうかという気になる。

「お前の目的は復讐だと言ったな」
「おうよ」

我愛羅は頭の中で思案しつつも、男に何故里全員の命まで狙うのかと問う。
復讐ならば犯人一味をほぼ一人で捕えた己を殺せばいいだろうと。
だが男はお前一人じゃ足りねえよと返す。

「俺の親父は砂隠のクソ忍に殺された。無抵抗な力のねえただの医者だ。ガキだった俺が人質だったから無理もねえが、それでも手が出せねえうちに自分の身代わりにして殺しやがった」

臆病者で、卑怯物だと男はメスを回す。

「そんな忍を産み出すこの砂隠という里が俺は憎い。一般人も忍も関係ねえ。全員殺してこの里を潰す」

男の主張に我愛羅は成程な、と返す。
やはり子供は生きていて、親の仇を取りに来たかと。

横目で見やるサクラは起きる気配がなく、しかし少しだけ上下する背でどうにか生きていることだけは分かる。
己の前で嬲り殺しにすると言ったぐらいなのだから、特に乱暴もされていないだろう。

(つくづく情けなくなるな…)

だがどうにもできないわけでもない。

(砂でアレを捉えることはできる。だが男の手の内にあるものは無理だな。潰されると困る)

長い袖の下、僅かに指先を動かしながら地面の砂を少しずつ動かし、毒ガス玉を捉えていく。
だが気づかれるわけにはいかないので、視線を逸らすことなく男たちに会話を集中させる。
後ろではサスケが我愛羅の動向をじっと見つめ、この状況をどう切り抜けるか見つめている。

(保護者というよりも試験官、いや、審判だな)

サクラを守り、サクラに相応しいか見極める。
ナルトとは違う己のやり方で、我愛羅を試しているのだ。

サクラを本当に任せていいのかと。

(大任だな)

我愛羅は僅かに、口の端を上げた。



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