小説
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「我愛羅!」

風影邸の執務室、寝る間も惜しみ資料を引っ張り出し、編成した隊からの報告を確認しながら捜索の手を伸ばす。
しかし相手は里の地形を理解しているのか、中々見つけられない。
時間が過ぎる度にサクラの命が短くなっているかと思うと、我愛羅は気が気でなかった。

「南側は今砂嵐が起きてる。捜索はできない」
「そうか…」

小隊を組み、東西南北に分け捜索をしているが未だそれらしい場所も人物も見当たらない。
眉間に皺をよせ苦々しげに頷く我愛羅に、カンクロウも険しい顔を作る。

「キーコの爪に着いてた血液、暗部の者だったんだってな」
「ああ…浅はかだった。もっと調べておけばよかったんだ」

敵は本来の忍と入れ替わり暗部に潜伏していた。
本来の忍は死体で発見され、サクラの護衛に着けていた人物が別人だということがわかったのだ。
あの時から既に犯人の手の内にいたのかと思うと、我愛羅の腸は煮えくり返りそうであった。

「いや、俺たちも身内だからって気を許しすぎてた。近年じゃあお前を狙うやつらもいなかったし、平和ボケしてたんだ」

カンクロウの言葉に我愛羅も奥歯を噛みしめる。
我愛羅が風影を襲名し十年以上たつ。
すっかり里の者に認められ、暗殺だのなんだのと送られてくる刺客もいなかったので油断していた。

まったく、いつからこんなに腑抜けになってしまったのかと我愛羅は頭を抱える。
戦争が終わり、五大国が初めて纏まった。
多少の溝はまだあるが、それでも多くの忍同士が手を取り合うことに同意したのだ。

だが、一部の忍はやはり耐えられないのだろう。
戦がなければ忍は仕事がなくなる。
平和を求める心はあるが、忍として生きるためには戦場が必要なのも分かっていた。
その矛先がいつどこで、誰に向けられるか分からないのにどうして油断することができたのだろう。

愛しているからこそ尚のこと、我愛羅はサクラのことを気にかけてやらねばならなかった。
他里の人間であるからこそ、この里で誰よりも守ってやらねばならなかった。

(情けない…)

己のエゴで木の葉から引き剥がした。
己がついていれば安全だろうと過信して、自分以外誰もいない自宅へと住まわせた。
もし宿屋に宿泊していれば、こうも易々と誘拐されることも無かっただろうに。

(とんだ間抜けだな、俺は…)

甘えていたのだ。
自分の力に、サクラの強さに。
そして、里の者に。

守らねばならぬのに怠った。
過信してはならぬのに驕っていた。

長く勤めているからと言っていつどこで誰が己を狙うとも限らない。
己の大事な者を人質に狙ってくるかもわからない。

なのに、怠っていたのだ。

(ナルト…やはり俺はサクラに相応しくないのかもしれないな…お前のように、アイツの危機にすぐさま駆けつけてやることが出来ない)

苦々しげに途中報告の書類を見ていると、テマリが我愛羅!と叫びながら執務室へと飛び込んでくる。

「どうした」
「それが、」

テマリが言葉を紡ぐより先に、その後ろからサスケが顔を見せる。

「よぉ」
「…うちはサスケか」

こんな時に。
思わないではなかったが、無碍にすることもできない。
何の用かと問えば、サクラは何処だと尋ねられ硬直する。

「此処に来る前にあらかた探したんだがな、何処を探しても見つからねえ」

サクラがいそうな場所、まずは病院。それから薬草を育てているビニールハウス。
今しがた主な職場である研究所。木の葉がよく使う宿泊施設。
だがその何処にもサクラはいなかったとサスケは続ける。

「かと思えば妙に騒がしいじゃねえか。てめえのところはそんなに問題がゴロゴロ転がってんのか?」

何年風影勤めてんだよ。
挑発するサスケの瞳は暗く、感情が読めない。
だがその硬く唸るような声音でいかに機嫌を害しているかが分かる。

誤魔化せないだろう。
我愛羅はそう結論付けると、サクラは今ここにはいないと答える。

「何処だ」
「…正直、分からん」

答えた途端、サスケの手が我愛羅の胸倉を荒々しく掴む。

「てめえ何やってんだ?!何のためにナルトがてめえを信頼してサクラを此処にやったと思ってんだ?!」

サクラは子供じゃない。
子供ではないが、女だ。
男とは違う。
チャクラを抑え込まれたり、薬を使われればいともたやすく攫われる非力な女だ。

例え忍とはいえ、くノ一とはいえ、愛しているなら守りきれと歯噛みする。

己が愛した者を救えなかったからこそ、我愛羅やナルトには同じ道を辿っては欲しくなかった。

「お前なら大丈夫だろうってナルトは言ってたんだよ!その意味が本当に分かってんのか?!」

ナルトが初めて自らの手でサクラの手を離したのだ。
あれだけしかと握っていたサクラの手を、我愛羅なら大丈夫だろうと初めて手を離し、サクラの背を押したのだ。
それなのに、我愛羅はサクラを手の内から零した。

許せなかった。
信じていたからこそ、サクラを危険に晒した我愛羅が許せなかった。
過保護だの父親面するなだの、ナルトに散々言われてきたがサスケにとってサクラは特別な存在なのだ。
己の手で手に掛けるならまだいい。
だがどこの誰かも分からない、己の知らないところでその命を奪われるなどと、断じて許せることではなかった。

「…すまない」

サスケの黒水晶の瞳を見返すことが出来ず、心の底から己の無力さを噛みしめながら謝罪する。
返す言葉もない。
ナルトの思いを無碍にし、約束を守れず、火影との誓いも無駄にしてしまった。
あれだけ愛されていた彼女を、己の浅慮な采配で危険に晒しているのだ。

「…さっさと見つけんぞ。てめえを殴るのはその後だ」

掴んだ時と同様、荒々しく服を離され我愛羅は再びすまないと謝罪する。
サスケは何も言わず執務室を出ていき、テマリがそっと我愛羅の背に手を置く。

「私たちも全力で探そう。あの子はこの里にとって必要な子だ」
「…分かってる」

痛む胸が血飛沫を上げる。
サスケの言葉に呼応する。

我愛羅はぐしゃりと髪を掻き乱すと、脳裏に浮かんだ笑顔に唇を噛みしめる。

愛しているからこそ守りたい。

母のような強い想いが自分には足りないのかと視線を落とす。
母のように彼女を包み、守ってやれることが出来ぬ己が憎らしい。

それでも尚、サクラを愛したい。

「…俺も出る。お前たちも頼んだぞ」
「ああ。任せるじゃん」
「何かあればすぐ報告するよ」

二人の言葉に頷き、瓢箪を背負い執務室を出る。
砂を含む強い風が窓の外で荒れ狂う。

まるで己の心のようだと、薄暗い空を見上げた。




「おい、起きろ」

揺すぶられ、サクラの意識が浮上する。
随分長いこと寝ていたらしい。
未だぐらぐらと混濁する頭のまま見上げれば、面をつけた男が二人サクラを囲んでいた。

「準備が整ったからな。てめえのお守なんぞ御免だからさっさと計画を実行する」
「ま、お前を人質に取るのが最後の試練だったからな。あっさり捕まって拍子抜けしたが」

嗤う男たちに馬鹿にされていることは分かったが、混濁する意識では上手く聞き取れない。
大分強い薬を投与されたらしい。
ぐったりと力の抜けた四肢は未だ拘束され、男の一人に担がれる。

「風影の野郎、一体どんな顔するだろうな」
「いつも澄ました顔してんだ。お気に入りを嬲りゃ面白い顔ぐらいしてくれるだろ」

部屋を出る男の背から、ぼやける意識でそれでもざっと部屋を見渡す。
顕微鏡、ビーカー、試験官、フラスコ、ホルマリン漬け、毒草のプランターが数種類。

(…あれは…何だろう…)

机の上、無造作に置かれたメスを男は懐に仕舞う。
だがそれは古く錆びており、使い物にはならないだろう。
一体何に使うのか。

疑問に思うがどうにもできない。
部屋を出た男は鍵を閉めると歩き出す。

「行くぞ」
「ああ」

ようやく復讐できる。

聞こえてきた言葉に疑問を抱きながらも、サクラの意識は再びそこで途絶える。
薬の効き目はまだ切れておらず、男が大地を蹴るたびに揺れる振動だけが体に響いていた。




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