小説
- ナノ -






夢をみた。
昔々の、幼い頃の夢。
大好きなあの人と町を歩き、好きなショップを巡っては話しかけ、笑顔で答えてくれる夢。
あの夢は結局叶うことはなかったけれど、今でも大切な夢。

叶わない恋ばかりしているけれど、あの人のことも、彼のことも愛してる。

嗚呼、今頃何をしているのかしら。
彼は頑張り屋さんだから無理をしていないといいのだけれど。
仕事になると途端に不摂生になるから、ご飯もちゃんと食べて、睡眠も取ってね。
その言葉そっくりそのまま返す。
そう言って頬を抓ってくる指先も、少しだけ笑う優しい顔も、久しぶりに見たいなぁ。

我愛羅くん。
今、どこで何をしているの?



「ん…」

鈍い頭が覚醒を促してくる。
やけに埃っぽい空気に喉が引きつり思わずむせるが、上手く咳が出来ず肺が苦しい。
加えて頭もやけに痛む。

ちゃんと寝たはずなのに。
重い瞼をこじ開けてみれば、そこは暗く周囲の物がよく見えない。
だがここが我愛羅の家ではないことだけは分かる。
第一に、寝ている場所がソファーではなく古びたベッドの上だったからだ。

おかしい。
体を動かそうと思っても動かないことに気づき、感覚が鈍い手足で必死にもがき初めて四肢が拘束されていることに気づく。

(どういうこと?!)

「ん…んん?」

口の中、舌に当たる感触はざらりとしており、ようやく己が猿轡をされていることにも気づく。
どうも感覚が鈍く、体の中に流れるチャクラも緩慢で神経系が麻痺している。

(薬を打たれてる)

油断した。
幾ら勤務で疲れていたとはいえ、人の気配に気づかなかった自分をバカじゃないのと詰る。
我愛羅を間抜けと笑ったが、一番の間抜けは自分自身だ。
忍なのに、すっかり前線に赴くことが減っていたから感覚が鈍っていた。

(こんなことなら院内勤務や研究だけじゃなくて、ナルト達と一緒に任務にも出るんだった)

後悔してももう遅いが、それでも何とか鈍い手足を動かしチャクラをコントロールしてみるが上手くいかない。
神経伝達が麻痺しているせいで体がまともに動かないのだ。

(…殺傷性のある毒じゃないわね。殺すつもりはない、ってことかしら)

拘束されている体が動かないのであれば、現状己の体がどういう状況なのか体内を蝕む毒物を正確に感知し診察する。
神経系の麻痺と睡眠薬の成分、筋肉弛緩の反応が分かり随分手の込んだ薬を使ってくれたものだと敵ながらに感心する。

だが悠長なことを考えている暇はない。
睡眠薬は打たれた記憶がないのでガスによるものだろう。
筋肉の弛緩具合からしても改良した麻酔薬に近く、神経麻痺の効果もそう遅くないうちに切れることも分かる。

(けど敵もそれは分かっているはずだわ。私がそろそろ目覚めることも計算しているはず。何が目的なのか…)

殺すつもりがあるならば既に殺しているはずだ。
だが生かしているということは何かしらの利用価値があるということだ。
人質か、身代わりか。
どちらにしろ危機的状況は変わらない。

(もし私が寝ている間に連れ去られたのだとしたら、キーコは無事かしら…怪我をしていなければいいのだけど)

キーコは小さいが聡明な猫だ。
主人の我愛羅と共にいるサクラをもしかしたら守ろうとするかもしれない。
いつも野良だと言い張ってはいるが、キーコを甘やかす我愛羅の優しい顔を知っている。
そしてそんな我愛羅が甘えるサクラに、キーコも早々と懐いてくれた。

(ごめんね、我愛羅くん、キーコ。無事でいてね)

そこまで考えていると、ギギギと立てつけの悪い音を立てて目の前の扉が開いていく。
漏れてくる明かりの眩しさに目が眩み瞼を閉じれば、こちらに歩み寄ってくる気配がする。

「目が覚めたか?」

問われて閉じていた瞼を持ち上げれば、見知らぬ顔の男が一人、サクラを見下ろしていた。

「ふっ…好い様だな春野サクラ」

嗤う男を睨みながらも、必死で脳内の記憶を探るがやはりその顔に見覚えはない。
猿轡をされているせいで喋れないサクラに男は喉の奥で笑うと、薄紅の髪を掴み持ち上げる。

「んん!」

走る痛みに顔を顰め、それでも男を睨めば相変わらず生意気な顔だなと吐き捨てベッドに放り出す。

「ぐっ…!」

強かに胸を打ち付け一瞬呼吸が止まるが、すぐさま目を開き男を見やる。
少し空いた扉の向こう、見える世界はどこかの廃屋のようだが綺麗に片づけられており、試験官とビーカーが見える。
ここで毒を生成していたのかもしれない。

感覚が鈍っているせいで室温や外の気配を伺うことはできないが、きっと砂隠の中心部からは外れているだろう。
ふうふうと荒い呼吸を繰り返しながら見上げるサクラを鼻で笑うと、男はベッドに腰掛ける。

「まったく。あの短時間で俺の作った毒を解毒してくれやがって。蛞蝓綱手姫を超えてんじゃねえか?ええ?」

男の言葉に先日退院した暗部の者のことかと思考を走らせる。
やはり敵か。
睨み続けるサクラに男はあいつを作るのに結構時間かかったんだぞ、と尚も話しかける。

「普段は風影なり、雑魚だが研究者や砂忍がお前の周りをうろちょろしているからな。だが今日はお前がぼけっと一人でいてくれて助かったぜ」

我愛羅の危惧していた通り、やはり解毒薬を作れるサクラを男は真っ先に狙っていた。
だが我愛羅から何の話も受けていないサクラは己の狙う存在のことなど知る由もない。
それが誰なのかも、どんな所以でどんな理由があるのかも分からない。

ひたすら睨み続けるサクラの視線を受けながら、男は手を伸ばし頬を撫でてくる。
気持ち悪い。
思うが跳ね除けることもできずただ嫌悪に顔を歪める。
だが男は楽しそうに嗤うだけで、無様だなと零し立ち上がる。

「本当なら今すぐ殺してやりたいところなんだがな、貴様は風影の前で嬲って殺す。アイツはお前がお気に入りみたいだからな」

嘲笑う男に下衆が、と思うが言葉にはならない。
ただ射殺す様に睨むことしかできない今の自分が憎かった。

「そろそろ薬の効力も切れるしな。お前に暴れられたら困るからもう少し寝ていてもらおう。安心しろ、俺様は優しいからな。睡眠薬投与だけにしておいてやるよ」

薬で頭がいかれちまったら風影の前で嬲るのもつまんねえしな。
言いつつ男はサクラの頭を押さえつけると、首に注射の針を差し込みゆっくりと薬を投与していく。

「まぁまだおねんねしてな、お姫さん」

嘲笑う男の声を耳にしながら、サクラは重くなる瞼を閉じていく。
こんな男に好きにされるぐらいなら舌を噛みきって死んでやりたかったが、動かない体では何もできずただ意識を手放すしかできなかった。




「なーサスケー。もうちょっと木の葉でゆっくりしててもよかったんじゃねーのぉー?」

砂漠なんてこの時期暑くてやってらんねーよー。
嘆く水月に香燐がヘタレ、と蔑み重吾が苦笑いする。

サスケはナルトに宣言した通り、砂隠を目指し砂漠を横断していた。

「ヘタレつーけどなぁ!砂漠の気温知ってんのかよ?!夏場は50度行ったりするんだぞ?!普通に考えたら焼け死んじまうよ!」

つーか今夏だけどな!
叫ぶ水月に香燐がうるせえ!と叫び頭を殴るが、サスケは軽く吐息を零すだけで水分補給忘れなきゃ生きていけると答えてやる。

「てか、何で急に砂隠?木の葉に行く前に行こうと思えば行けたじゃん。二度手間じゃね?」

行ってもあそこ砂ばっかで何もねえし。
ぶちぶち文句を垂れる水月だが、それでも歩む足は止めないのだから着いてくる気はあるらしい。
素直じゃないと自身のことは棚に上げつつ思っていれば、香燐もまぁそれは同感だけどさ、と続ける。

「何か砂隠に用でもあるのか?」

尋ねる重吾の声に、サスケは頷く。

「どうしても確認しなきゃいけないことがある」

ナルトの部屋で目覚めた朝、酷い二日酔いとは別に胸が騒いだ。
胸やけにしてはやけに騒がしいそれに、もしやと思い木の葉で休む間もなく砂隠を目指すことにしたのだ。

(嫌な予感がする。サクラもガキじゃないとはいえ何があるか分からん)

特に砂隠など地の利がない。
サクラの怪力は地を割り木々をなぎ倒し岩を砕くが、砂ばかりのあの土地では下手をすれば相手どころか己の目すら潰してしまう。
それに地形や地図を頭に叩き込んでいなければ、己の有利になれるような場所に敵を誘導できない。

そうなれば袋の鼠だ。
いくら我愛羅がいるとはいえ四六時中くっついているわけではない。
特に我愛羅は風影だ。
普段からの職務に加え、会議だなんだと忙しいはずだ。

(となると、サクラはほぼノーマークの可能性が高い)

例え我愛羅が護衛をつけていたとしてもそいつらが役に立つとは思わない。
場合によっては裏切りもあるだろうし、敵が身分を偽り変装し紛れ込んでいるかもしれない。
以前の木の葉崩しの時のように。

(我愛羅、長く風影やってるからって油断するんじゃねえぞ。もしそうだったんなら、ぶちのめす)

サスケにとってサクラは唯一無二の女だ。
どれだけ切り離しても自分を信じ、愛し抜いた女だ。
流石にその手を取ることはなかったが、それでも自分にとって、ナルトにとってかけがえのない存在である。
口に出して言わないが、サスケはサクラをしかと愛していた。

だからこそ、ナルトのように激昂することはないが腹の底では思うところがある。

「あちー…あちーよぉー…とけちまうよぉおおぉおおぉ…」

嘆く水月の声をバックに聞きながら、黙々と歩を進めていく。
砂隠まで後一日もあれば着くだろう。

揺らめく蜃気楼を眺めながら、サスケは流れる汗を拭い太陽を見上げる。
じりじりと焦がす様に自分たちを見下ろす太陽は無慈悲に降り注ぎ、万物を焼き殺すかの勢いで熱を放射する。

(…サクラ)

思わず握りしめた外套の下、騒ぐ胸がドクリと強く脈打った。




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