小説
- ナノ -






数日後、特に異常も副作用も出ず、患者である暗部の者は退院した。
毒ガスに用いられたであろう高山で採れた毒草も、今は迅速に研究を進めている。

「葉というよりも根の方に強い毒があるのね…生息としては日陰で雨量も少ない。代わりに水分をよく溜めれる構造をしてるわね」
「そうですね。葉には神経麻痺の成分がありますが、そう強力なものにはならないでしょう」
「うん。ただ他の毒草と上手く複合されているから、ちょっと厄介ね」

顕微鏡から目を離さず、投与した薬による反応を起こす細胞を眺めながら言葉を交わす。
研究者の一人はすぐさまメモを取り、別室で育てている薬草の記録を取りに行く。

ある程度まで観察をし、分裂の規則を記録するとすぐさま採血で出た毒の複製を始める。
正確な解毒剤が作れたとはいえ、研究対象にならないものではない。
他の人員もそれぞれ各植物に意識を注いでおり、少しずつではあるが進んでいる。

だが毒草の解明には神経をすり減らす。
特にサクラは連日連夜、細胞の動きを観察するために睡眠や休息を削っていた。
複合した毒を作り終えると、それを一旦仕舞ってからサクラは伸びをする。

十代の頃に比べ僅かに体力が落ち、寝不足による疲労で頭痛がし始める。
年齢には敵わないのか…
己の師が若作りに励んでいる理由が何となく理解できたところで、声を掛けられる。

「サクラさん、後はこちらで観察を進めておきますから今日は上がってください」
「でも、」

渋るサクラに、顔色が悪いですからと苦笑いされ、有難くその申し出を受ける。

「それじゃあ何かあったら呼んでくださいね」
「はい」

数名の研究者に見送られ、サクラは帰路を辿る。
疲れた足取りは少々遅く、痛む頭に眉間に皺が寄る。

(あー…歳か…歳なのか…)

唸りつつ我愛羅の家へと戻り、換気のために窓を開ければ一匹の猫が飛び込んでくる。

「あらキーコ。今日は我愛羅くんお仕事よ」

キーコとは砂色の毛を持つ砂漠に住まう猫で、キィキィと鳴くからキーコと名付けられた我愛羅の飼い猫であった。
飼い猫と言っても、我愛羅自身は野良だと言い張っている。
だが警戒心の強い砂漠猫が人に懐くことは滅多になく、我愛羅に懐くキーコは珍しい部類であった。

案の定我愛羅の部屋へと行き、主がいないと分かるとすぐさま戻ってきたキーコにほらねと笑う。

「キィ」
「ごめんね、今ちょっと疲れてるから…相手はまた後でしてあげる」

ソファーに横になったサクラの傍に立つキーコに手を伸ばし喉元を撫でてやるが、すぐさま飛び降り部屋の中をうろつき始める。
それを咎める気力もないまま、ふうと疲れの交ざった吐息を吐きだし目を閉じる。

(そういえば我愛羅くんともまともに顔合わせてないな…折角同じ家で暮らしてるのに。寂しいなぁ…)

ここ数日、サクラが研究所に籠っているせいもあり殆ど顔を合わせていなかった。
会ったとしても互いに入れ違いで、サクラが帰ってくれば我愛羅が出ていき、我愛羅が戻ってくればサクラが夜勤に行く、という感じであった。
これでは木の葉にいた時とあまり変わらないかもしれない。
思いつつも仕方ないかとも思う。

例え同じ里にいても時間が合わないと零す人は多い。
それを思い出し、これがそういうことかと納得する。

遠く離れていて逢えないのも切ないが、こうして近くにいても会えないのも寂しい。
微睡み始めた意識の中、キーコの声が耳につく。

キーコ。
呼べばキィと鳴き声が返ってくる。
暴れちゃダメよ。カーテンを引っ掻いたり、新聞を破ったり。
戸棚にあるものも落としちゃダメよ。
我愛羅くんに怒られるよ。
そんなことをぼんやりと呟いているうちに徐々に深い眠りへと落ちていく。

キィ、と再びキーコの声がしたが、サクラは返事をすることもできず寝入ってしまった。




「我愛羅、入るぞ」

ノックもせず入ってきたカンクロウに我愛羅は書類から視線を上げる。
初めはどうかと思ったその態度ももはや慣れ切ってしまった。

「この間の件纏めてきたぜ」
「ああ、助かる」

渡された資料を受け取り、目を通していく。

「お前の言ってた通りやっぱり最後の一人は身代わりだ。霧隠からの返書に行方不明になり消息不明の医療忍者がいた。血液検査の結果も同じだからソイツで間違いないだろう」
「そうか…」

やはりあの事件の残党だったか。
苦々しげに眉間に皺を寄せ、資料を睨む我愛羅にカンクロウも面倒な話になったじゃんと呟く。

「あの時はまだ麻薬だったからまだよかったものの、今回は完全に殺傷能力の高い毒物だ」
「ああ。でも何でこんな昔の任務と結びつけたんだよ」

お前の記憶力どうなってんの?
感心しているような呆れいているような体のカンクロウの言葉に、我愛羅は似ていたからなと答える。

「サクラとマツリからの報告書の一部に、この時使われていた薬物の中に混入されていた成分と同じものがこちらにも入っていた」
「…それだけ?」

首を傾けるカンクロウにバカ、と我愛羅は詰る。

「よく見てみろ。この成分はこの毒草からしか取れない。しかもこれは特殊環境下でしか咲かない物だ。今のところ確認されているのは砂隠と霧隠の二里のみだ」
「おぉ…そうだな」

纏めた資料を広げつつ、我愛羅は説明していく。

「だがこの時の犯人一味の抜け忍に霧隠の者はいない。砂隠が三名、木の葉が一名、岩隠が一名だ」
「そうだな」
「この件以降この毒草の成分が含まれた毒、及び麻薬の報告は受けていない」

抜け忍の資料を退け、四名の医忍の資料を手に取る。

「医忍のうち三名は木の葉から誘拐された者だ。そして一名が砂隠。最後にこの霧隠の者だが、本来犯人チームは十一名いた可能性がある。身代わりとして連れてこられたとしても同様だ」
「まぁそうなるな」
「となるとこの毒草が生息していることを知っているのは霧隠の者か砂隠の者かのどちらかだ」
「そうだな」

資料を眺めつつ説明する我愛羅に、カンクロウも逐一頷き先を促す。

「だが砂隠の者は捕まえた当時メスで喉を掻き切り自害した」
「みたいだな。でもそうなると霧隠のコイツを身代わりにした最後の一名が犯人ってことじゃん?」
「ああ。だがな、もう一つ気になる点がある。この医療忍者たちがいた場所に“子供がいた”痕跡があるんだ」
「子供?」

我愛羅はカンクロウが纏めた資料を一端デスクに置き、自分でも調べた物を広げる。
そこには子供の玩具と思われるぬいぐるみの写真が張り付けてあった。

「鑑識班によると手垢や付着していた唾液から真新しいものだと当時報告があった」
「けど子供なんていなかったじゃん」
「だからだ」

捜したが結局その子供は見当たらず、一人で逃げたか、あるいは誰かに保護されたかのどちらかであろうと深く探しはしなかったのだ。

「だがもう八年もたっている。八年もたてば子供も成長するだろう」
「親の仇、ってやつか?」

あくまで予想だがな、と答える。
もし麻薬を作ることが普通であった環境下で育てば同じ道を辿る可能性はある。
それにこの毒草が取れるのは砂隠か霧隠かのどちらかで、親が殺されたことによる復讐をするならば霧隠ではなく砂隠を狙うはずだ。

「もし知識をつけているのだとしたら、親の仇であるこの里で、そして毒性の高いと分かっているものを使うのは当然の話だろう」
「成程なぁ…つか、お前一々毒草のチェックとかしてんだな」

マメつーか、すげえなお前。
素直に感心するカンクロウに、うちは医療に乏しいからなと答える。
出来うる限り対処できるよう、医忍に頼るのではなく、少しでも自分で応急処置ができるよう頭に叩き込んでいたのだ。

「我が弟ながらに鼻が高いじゃん」

誇らしげなカンクロウに思わずため息を零し、とにかく資料を纏めてくれた礼を告げようとしたところで執務室の扉が慌ててノックされる。

「風影様!サクラさんが!」
「サクラ?」
「入れ!」

驚くカンクロウの声に重ねるように我愛羅が促せば、すぐさま扉が開かれる。

「風影様、サクラさんがどこにもいないんです!」
「何?」

毒草の観察中、新たに発見した事柄があり意見をもらおうと我愛羅の家へと向かったが人気がなく、少々不躾だとは思ったが開いていた窓から覗いたが誰もいなかったらしい。
どこかに出かけたのかと思えば、ぐったりと寝そべる砂漠猫を見つけ、異変を感じ室内に足を踏み入れ探したがおらず、不安になり町中を捜したがどこにも見当たらないと言う。

「砂漠猫って…キーコのことか?」

人に滅多に懐かない砂漠猫だが、我愛羅の名付けた猫だけはあの家によくいる。
それを思い出しカンクロウが問えば、だと思いますと報告に来た研究者は頷く。

「キーコのことも気になるが今はサクラだ!本当にどこにもいなかったんだろうな?」

再度問いかける我愛羅に、研究者は心当たりはすべて当たったがいなかったと答える。

(クソ…思ったより早かった!)

我愛羅が舌打ちすれば、カンクロウが急いでサクラを探すぞ!と我愛羅の代わりに指示を飛ばす。

「カンクロウ!テマリと共に隊を編成し至急捜索にあたれ!」
「分かってるじゃん!」

執務室を飛び出すカンクロウに続き、研究者も後に続く。
我愛羅もデスクを片づけると、すぐさま駆け出し砂に乗る。

(まだ来てから一月だぞ…?!幾らなんでも早すぎる…もしやどこからか情報が漏れていたのか?)

砂で上空を飛びながら、第三の目で里内を見てみるが見慣れた薄紅は認識できない。
高山に独りでに毒草を採取に行くほど短慮な行動はしないし、やはり誘拐された線が濃厚になる。
だがいくらなんでも情報が早すぎると我愛羅は疑問に思う。

当然サクラが砂隠に単身赴任しているなど他里の人間は知らない。
知っているのは木の葉の一部の人間と砂隠の人間だけだ。

(となると…内通者がいるな。木の葉だと火影や彼女の周辺人物ぐらいだから線が薄い。ならば、)

砂の者か。

我愛羅は再び舌打ちすると自宅へと降りる。
部屋の中を荒らされた様子はないが、キーコが暴れた小さな痕はある。

だがキーコはむやみやたらに物を倒したり引っ掻く癖はない。
それほど浅はかな猫ではないからだ。

周囲を見渡し何か落ちていないかと腰を折り、少しでも異変がないかと確認していれば、ソファーの下、僅かな隙間に見慣れぬゴミを見つけ念のため懐紙で取る。

「…これは、紙片?」

落ちていたのは妙なグラデーションを描く見たことのない紙片で、まるで爆竹が弾けた後のような悲惨な千切れ方をしている。
妙に引っかかる。
我愛羅はそれを包むと鑑識班の元へと急ぐ。

「おい!悪いがコレを見てくれないか」

我愛羅を認識すると慌てて飛び出てきた一人に包んだ紙片を渡せば、怪訝な顔をされながらもそれを顕微鏡へと置く。

「なんでしょうね、これは…んん?」

唸りながら観察する鑑識員だったが、すぐさま風影様!と声を上げる。

「この紙片には睡眠ガスの成分が付着してます」
「睡眠ガス…やはりか」
「はい。これは何度か報告のあったものと同じですね。即効性はありませんが効き目はいいです。サクラさんが改良したものが今麻酔の主流になっているものですね」

やられた。
ぐしゃりと髪をかき混ぜていると、すぐさま鑑識室の扉が開かれる。

「あ!風影様!」
「何だ」

ペトリ皿を片手にした鑑識員が驚いたように目を見張り、ちょうどよかったと我愛羅に近づく。

「風影様のご自宅で倒れていた砂漠猫の爪に血液が付着していましたので鑑識に回ってきたんです」
「血液が?」

キーコがサクラを連れ去ろうとした人物に飛びかかったのかもしれない。
目を見張る我愛羅に、砂漠猫は今動物病院で治療を受けていますと鑑識員が報告する。
小さな体でよくやってくれた。
我愛羅は頷くとすぐさまその鑑識員に至急結果を報告するよう指示し、動物病院へ向かって駆けだす。

「我愛羅!」

我愛羅の自宅近所にある動物病院へと顔を出せば、一足先にテマリが来ておりキーコのゲージを抱えている。

「キーコ!」

我愛羅が呼びかけ鍵を開ければ、すぐさまキーコが飛びつき顔を寄せる。

「無事だったか…」

我愛羅の首筋に頬を摺り寄せ、キィキィと嬉しそうに鳴くキーコに安堵する。
包帯を巻かれた前足と腹部に目をやり、症状はと尋ねれば少し強く打っただけで内臓は無事だと返されそうかと頷く。

「キーコ、よくやってくれた。お前がいてくれて助かった」
「キィ」

もしもあの場にキーコがいなければ、きっと犯人の手掛かりなど何もないままに捜索しなければならなかった。
労わるように、そして感謝の意を込めてキーコを抱きしめ背を撫でれば、嬉しそうに鳴く。

「テマリ」
「ああ。サクラだろう。既にカンクロウが小隊を率いて捜索に入っている。だが本当にキーコには感謝だな」

小さいくせに勇敢な子だよ。
砂色の毛並みを整えるよう、テマリがその背を撫でればキーコは気持ちよさそうに目を閉じる。

「全くだ。それに比べ俺ときたら…情けなくなる」

守ると誓ったのに、油断禁物だとあれほど自分に言い聞かせていたのに、サクラなら大丈夫かもしれないと心のどこかで油断していた。
自里にいれば自分が常にいるから、そこまで気に掛けずとも大丈夫だと過信していた。
つくづく情けない話だとキーコの柔らかな毛に顔を埋めていると、ふと思い出す。

「…暗部の者はどうした」
「は?」

我愛羅は暗部の者を二名、サクラの護衛に密かに着けていた。
だがその二名の姿は見えず、報告にも上がっていない。
先日チームを組ませ、運ばれた者は今は別の任務に就いている。

まさか。

「テマリ!キーコを頼む!」
「あ!ちょ、おい我愛羅!!」
「キィ!」

可哀想だが再びキーコをゲージに返しテマリに押し付け駆けだす。
今日は走ってばかりだが、普段デスクワークばかりなのだからたまにはいいだろう。
そんなくだらないことを考える余裕もなくマツリがいるはずの病院へと駆け、出逢ったユカタにマツリを呼べ!と指示を出す。

「か、風影様どうしたんです?」
「先日の暗部三名のデータが見たい。至急出してくれ」

いつにない焦った様子の我愛羅を少々不思議に思いつつも、マツリはすぐ持ってきます、と頷き奥に消える。

(くそ…あの二人が内通者だったのか?それとも犯人だったのか…運ばれた者が犯人の線は薄いが、調べるに越したことはない。ともかく今はキーコの爪に付着していた血液結果とこの三名のうち誰かの血液データが合致するかが問題だ)

三枚のカルテを手に戻ってきたマツリに礼を言いそれを受け取り、風影邸へと戻る。
するとちょうど鑑識員が風影邸の入り口付近を歩いており、それを止める。

「結果が出たのか?」
「あ、はい!これが鑑識結果になります」
「助かる。ありがとう」

我愛羅は礼を告げると労わりの言葉をかけ、すぐさま執務室へと戻りカルテと照らし合わせる。

「…やはり合致したか」

暗部のうち一名、負傷のなかった者の一人と血液型、DNA共に合致した。
しかもサクラの護衛に、と付けた一名とだ。
何と言うことだ。
己の采配のせいでサクラをみすみす危険に晒していた。

(…とんだバカ者だな、俺は…)

ぎりっ、と奥歯を噛みしめ、すぐさまカンクロウに情報を伝えるよう伝達員を走らせる。

「…サクラ…」

どうか無事でいてくれ。

逸る気持ちだけが先駆けて、祈る言葉も震えてしまう。
愛するものを失うかもしれない。
そう思うだけで、我愛羅の全身に言い様の無い恐怖が襲ってくる。

思わずぎゅうと、握りしめた両手の先は白く、僅かに震えていた。




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