小説
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「どうした」

駆けてきた忍の一人が我愛羅に耳打ちする。
途端、我愛羅の纏う空気がぴりっとした鋭いものに変わり、テマリも表情を引き締める。
折角の休日だがしょうがない。
今日のデートはここまでかと思っていると、サクラさん!と医忍が一人駆けてくる。

「どうしたの?何かあった?」

今にも転びそうな勢いで駆けてくる相手に慌てて駆けよれば、とにかく来てください!と手を引かれる。
一体何があったのかと思いつつ共に駆けだそうとすると、途端に足元の砂が動き二人を抱える。

「砂で飛ぶ!掴まっていろ!」

駆けてきた忍二人と三人を乗せすぐさま風影邸へと我愛羅は飛ぶ。
医忍の報告によると、任務途中であった患者が敵の毒物にやられ緊急治療室へと運ばれたらしく、我愛羅は執務室へ、サクラは院内の緊急治療室へと急ぐ。

「急いでください、吐血も酷く、暴れて抑えるのがやっとなんです!」
「分かったわ!採血の結果を分かっている所だけでもいいから教えて!」

髪を纏め羽織を脱ぎ捨てたサクラは慌ただしい人波を縫い、消毒をしてから治療室へと入る。

「ぐっ…うぐう…!!」
「サクラさん!」

暴れる患者を四人がかりで抑え付け、血で体を汚したマツリがほっとしたように振り返る。
患者は面を外しているが暗部の者で、体を蝕む毒に荒い呼吸を繰り返し苦しんでいる。

「マツリちゃん!現状報告!」

早速診察に取り掛かりながらマツリを促せば、はい、と返事をしたマツリが採血の結果と合わせ報告してくる。

「おそらく毒ガスにより肺が損傷してます!マスタードガスと近い成分が確認されましたので適応する薬を打ってはいるのですが、効き目がなくて」
「そう…確かに肺をやられてるわね…皮膚の焼け具合からしても似ているわ。ただ普通のとは違うみたい。往来の毒ガスじゃないわね」

口から溢れる患者の血に体を汚しながらも、サクラはすぐに診察を終えると周囲に指示を飛ばす。

「この薬じゃ効かないわ、すぐさま研究室から分担して取ってきて!」
「は、はい!」
「それからすぐに手術が始められるよう麻酔を用意して!」

マツリと看護師にすばやく薬品名を数種告げ、駆けだす背を軽く見送ってから患者へと視線を移しハッと目を開く。

「まずい…!肺に血が溜まり始めてる!そこ、すぐにチェストチューブを持ってきて!早く!」
「はい!」

駆けだす看護婦がすぐさま指示された器具を持ち寄り、機械に取り付け溜まった血を取り出していく。

「ぐっ…う…」

麻酔が効き始め、大人しくなった患者を確認しながら機械の数字を正確に読み取り作業を続ける。
そしてすぐさま薬品を手に戻ってきたマツリ達に更に指示を飛ばし、手術の用意を始める。

「サクラさん…」
「大丈夫。絶対に助けて見せるわ」

サクラの額から流れる汗を拭い、飛ばされる指示に従いマツリ含め数人の医忍が手術を手伝う。
肺に溜まった血も滞りなく排出し、血圧や出血量を確認しながら出来上がった解毒剤を打ち患部を縫合していく。

繊細なその作業を終え、サクラはふうと息をつく。

「よし。これで大丈夫。チューブも一週間もあれば取れると思うわ」

縫合を終え、顔を上げたサクラの晴れやかな顔に全員がほっと息をつく。
突然のことだったのでまともな格好が出来ず、我愛羅に用意してもらった衣服も血塗れになってしまったが仕方ない。
だが帰りはどうしようかと思わず悩む。
別に血を汚いとは思わないが、流石にこれで外を歩くのには気が引けた。

そんなことを考えつつ皮膚についた血を拭き取っていると、背後から名を呼ばれ振り返る。

「我愛羅くん」
「運ばれた者はどうした」

近づいてきた我愛羅に一命は取り留めたわと告げれば、安堵したように吐息を零す。
その後ろには面をつけた暗部が二人着いており、運ばれた患者とスリーマンセルを組んでいたチームだと気づく。

「あなたたちは診察を受けたの?」

尋ねるサクラに二人が首を振り、サクラはだめじゃない。と腰に手を当てる。

「いえ…我々は外傷もないのでお気になさらず」
「いいえ。それは違うわ。患者の症状は毒ガスによるものだったの。それも遅効性のね」

だから毒を甘く見ないこと。
諌めるサクラに二人の暗部が顔を見合わせ、我愛羅へと視線をやれば受けてこい。と促される。

「頼んだぞ、サクラ」
「任せておいて。さぁ、あなたたちはこっちよ」

歩き出すサクラに二人が続き、我愛羅は治療室に横たわる暗部の一人を見やる。

(あの者があそこまでの怪我を負うとは…相手もなかなか手強いな)

穏やかに上下する体と心電図の波を見ながら、我愛羅は手近に入た看護婦に後で報告を、と告げ踵を返す。
その表情はいつもと変わらぬ仏頂面ではあったが、翡翠の瞳は険しく細められ、纏う空気はピリピリと肌を刺すものであった。


「…一応あなたたちの体にもワクチンを打っておいたわ。でも何か少しでも異常があったら報告して」
「分かりました」

診察を終えたサクラは、二人に運ばれた患者に応用した薬と同じ種類のワクチンを打ち、その他に採血した結果と照らし合わせながら異常がないかを確認し診察を終えた。

「特に異常は見られないわね。でも注意して。もしかしたら新手の毒かもしれないの。眩暈でも吐き気でも、異変があったらすぐに来て」
「はい」

頷く二人に微笑むと、サクラはもういいわよと二人を診察室から退出させる。
そして入れ替わるようにマツリが報告書を片手に入室してくる。

「サクラさん、まだこれは一部なんですが、あの高山で採れた毒草の一部と同じ成分がでてきました」
「本当に?ということは少しでも早く研究を進めていかないといけないわね…」

とにかく採血で解明した薬物反応一覧をすぐに作成するよう指示を出すと、サクラは研究チームの一人に声をかける。

「今から研究室に行くわ。成分が合致した植物の資料と今日使った薬品をすべて用意しておいて」
「わ、わかりました…ですが」

折角の休日だったのでは、問うてくる研究者にサクラは微笑む。

「何言ってるの。あなたたちの命の方が大事なんだから休んでなんていられないわ。それに今使っている薬も応急処置にしかならないかもしれないし」

一分でも一秒でも、医療は無駄にできないのよ。
その毅然とした態度と言葉に研究者は頷くと、それでは準備してお待ちしておりますと頭を下げ院内を出ていく。

今日は寝れないかもしれない。
思いつつもまとめた髪を解き更衣室へと足を運び、予備で置いておいた勤務着に着替える。

「よし」

今頃我愛羅にも報告が行っているはずだから、もし使いの者が来たとしても今日は帰れないと伝えておこう。
そう決めるとサクラは汚れたパレオを眺め吐息を零す。

洗濯、どうしようかな。

悩むサクラに声をかけるものはいなかった。



一方我愛羅は執務室へと戻っており、暗部二人からの報告書と医忍から簡潔に纏められた毒ガスの成分表を眺めていた。

(あれから十年近くたっている。何故今更になって…だが手口が変わっている。気のせいか?)

提出された報告書と成分表に違和感を覚え、過去の任務の報告書や資料が保管されている資料保管室へと足を運ぶ。
我愛羅と一部の上忍しか入れないそこで、年代別に細かく分類されている目当ての書類を探していく。

(これだな)

約八年前、元砂忍の男が起こした違法薬物事件の報告書を手に一旦執務室へと戻る。
その資料はサクラと初めて契った日の、木の葉との合同任務のものであった。

その任務で捕えられた犯人は全部で十名。
内五名が抜け忍で、残り四名が医療従事者であった。
だが医療従事者は忍が捕まったと分かると、それぞれ毒を服用したり、隠し持っていた刃物で喉を掻き切り自ら死を選んだ。
けれど初めから一人だけ、死体で見つかった者がいた。

(硫酸で顔は焼かれ皮膚は焼け落ち近づけるものではなかった。もしやあれは身代わりだったのか?)

考えてみても答えは出ない。
我愛羅が重い吐息を零していると、報告書を持ったマツリが風影様、と声をかけてくる。

「入れ」

入室してきたマツリの報告に耳を傾け頷き、書類を受け取る。
サクラはどうしたと聞けば、今日は研究室に籠るそうだと告げられそうかと頷く。
ならば今日は帰って来ないだろう。

「分かった。ご苦労だったな」

ねぎらいの言葉をかけ、退室するマツリの足音が遠ざかってから潜んでいた暗部の二人を呼ぶ。

「お前は引き続き任務に当たってくれ。隊の編成はテマリに頼んであるからすぐさま用意を整えろ」
「はい」
「お前はサクラの護衛を頼む。もし敵の目がサクラに向けば解毒剤を作れる者がいなくなる。もう一人暗部の者を追加するから交互に見張れ」
「承知しました」

我愛羅の命令に頷くと、二人の忍は音もなく消え執務室には我愛羅一人になる。

(…サクラを狙っているのか…それとも俺か。または別の誰かか…)

だがきっと真っ先に狙われるのはサクラであろう。
例え我愛羅や里の物を狙ったとしても解毒剤を作られれば元も来ない。
となれば現状真っ先に守らねばならぬのはやはりサクラであった。

(…火影にバレたら殴られそうだな)

何があっても守ると約束した。
言われずともそのつもりではあったが、こうも早く事が起こるとは思ってもみなかったのだ。

(ふっ…油断禁物、だな。以前サクラに言われたことだが、まったくその通りだ)

三年前の夏、逢瀬した宿屋でからかわれた一言が突き刺さる。
我愛羅は一度目を閉じ、余計な考えを一度省いてから目を開ける。

「この里を好きにはさせん」

立ち上がった我愛羅は窓の外へと視線を向ける。
日の落ちた世界は徐々に闇へと染まっていく。
広がる町並みには光が灯り始め、サクラがいるであろう研究室も同様に明かりが灯る。

守ると決めた。
この里にいる全員を。
そしてサクラを。

我愛羅は執務室を出ると、任務から戻ってきたばかりのカンクロウを呼び出す。
テマリからある程度事情を聞いていたカンクロウは我愛羅の用意した始末書、並びに報告書や当時の資料を眺め早速駆けだす。

ざわりざわりとした胸騒ぎがやかましい。
我愛羅は一度舌打ちすると、すぐさま別隊を編成し新たな任務を与える。
もう一度、あの任務を洗いなおす必要があった。




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