小説
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砂隠の夏は熱い。
暑いではなく熱いのだ。

大地を照らす太陽は熱く眩しく、乾燥地帯よろしく湿気のないからりとした空気は存外気持ちがいい。
はためく洗濯物を洗濯ばさみで止め、広げたシーツが風に靡く。
途端横なぎの風が強く吹き、慌てて飛びそうになるシーツの端を掴もうと手を伸ばせば、後ろから延びた手がそれを押さえる。

「あ、ありがとう。我愛羅くん」

振り向きざまに伝えれば、欠伸を零す我愛羅がうんと頷き数度瞬く。

今日は洗濯物日和だな。
呟く言葉にそうねと頷き返し、広げたシーツを太陽に翳す。

砂隠での単身赴任が始まり、既に一月が立っていた。


「ていうか本当、我愛羅くんって朝に弱いわよねぇ」

洗濯物を干し終え、ぽやぽやする我愛羅の手にタオルを押し付け洗面所に押し込んだ。
きっと今頃ようやく覚醒し始めた頭で身なりを整えているだろう。
幾ら今日が休日だとはいえ、昼時まで寝こけていた我愛羅に少々呆れる。

(と言いつつ私もだいぶ遅くまで寝てたんだけどね…)

高山での毒草採取、及びそれの研究は今のところ滞りなく進められている。
三年の間で顔見知りも増えた研究チームはサクラをあたたかく迎え入れてくれ、共に生態研究に勤しんでくれている。

連日の勤務で疲れの溜まっていたサクラは、昨夜我愛羅の家に辿り着くやいなや倒れるように寝てしまい、慌てて起きれば我愛羅が夕飯の支度をしていた。
始め我愛羅の家に暮らすと聞いた時はてっきり彼の姉兄であるテマリとカンクロウも一緒にいるものだと思っていたが、実際は違った。

カンクロウは二年前から交際している彼女と同棲しており、今は家を離れている。
女っ気がないカンクロウに彼女がいたことも驚いたが、婚約も済ませていると聞いた時には更に驚き、意外とやるのね、と思いもした。
流石兄弟である。

テマリは未だ独り身ではあるが、こちらも交際している男性と共に住んでいるらしく驚いた。
てっきり相手はシカマルだと思っていたのだが、テマリの交際相手は砂隠のアカデミー教師であった。
一度その相手と相対したことがあるが、穏やかな物腰と柔和な笑顔が何とも癒される人で、しかし少々抜けている部分が愛くるしい人だった。
きっとしっかり者のテマリのことだから、目が離せず自分が共に居なければ、と思うのかもしれない。
正反対なように見えて存外上手く交際を続けている二人に我愛羅も早く結婚すればいいのにな。と新聞片手に呟いた時は流石に吹き出したが。

だが一番の問題は我愛羅であった。
サクラがそうであったように、我愛羅もまた二人にサクラとの関係を話していなかったのだ。

だから幾ら信用できるくノ一だとはいえ、図らずとも一人暮らしになってしまった我愛羅と同じ屋根の下で過ごさせるわけにはいかない。
そう主張する二人に我愛羅は面倒くさくなり、思わず手ならもう出している。と爆弾発言をかましたらしい。

砂隠に着いて早々二人に捕まり問い質されたサクラからしてみても問題発言で、思わず隣で涼しい顔をしている我愛羅の後頭部を叩いた。
カミングアウトするにしてももっと他に言い様があっただろう。
そう吠えてみたが我愛羅はつーんとそっぽを向いたまま会話に参加せず、自分は悪くないの体を通し続け怒りを通り越し最後には呆れた。

仕事の前の一悶着に神経が大分削られはしたが、それでもちゃんと説明すれば二人の姉兄は頷き応援すると言ってくれた。
どうやら二人もいつまでたっても女っ気のない我愛羅を心底心配していたらしい。

カンクロウに至ってはまさか男が好きだとか言わねえよな?と常々心配していたらしく、言われた我愛羅は問答無用でその足を踏んづけていた。
全く仲のいい兄弟である。
対するテマリは少々不安は抱いていたものの、以前に比べ表情が増えてきた我愛羅に内心思うところがあったらしい。
交際相手がいるとは思わなかったが、それなりに気に掛ける人物でもいるのだろうとは思っていたらしい。
こういう時の女の勘と言うのは恐ろしいものだ。
我愛羅は何も言わなかったが、そろりと外した視線で動揺しているのが分かった。

我愛羅の微妙な変化を読み取れた三人は視線を合わせ少し笑った。
結局のところ皆我愛羅が大切で、大好きなのだ。

そう言うこともあり、二人に認められたサクラは今こうして我愛羅の家で過ごすことが出来ている。
文化も土地も気候も違うため戸惑うことは多々あるが、我愛羅やテマリたちに支えられ何とかやれている。

人間の順応能力の高さというのは時に素晴らしいものだ。
そんなことを思いつつ温めていたスープの火を消し皿に盛れば、ちょうど我愛羅が洗面所から出てくる。

「はい、朝ごはん兼お昼ごはん。さっさと食べちゃいましょ。もうすぐキャラバンも来る時間だし」

今日は各国を転々とするキャラバンが、各地で手に入れた様々な物品を持ち寄り市を広げる日だった。
午前中に移動と準備を始め、午後から開催されるその市に出かける予定だったのだ。
流石に二人だけで出かけると少々怪しいので、今回は非番であるテマリにも同行してもらう。
それでも休日に並んで出かけられることが嬉しかった。

「いただきます」

手を合わせる我愛羅にならいサクラも手を合わせ、用意した食事に手を付ける。
今日の献立は夏野菜のスープに炒り卵、トーストにヨーグルトとシンプルなメニューだ。
それでも我愛羅は黙々と料理を食し、サクラも美味くできたスープに自画自賛する。

我愛羅が食事中に喋ることは少ない。
時折ぽつりと思い出したように会話はするが、特に休日で完全に思考がOFFしている時は何も喋らない。
それでも出された食事を綺麗に平らげ、ようやくエンジンがかかってから今日のアレは美味かったと言ってくるのだ。

なのでサクラもすぐさま美味しい?とは聞かない。
聞かずとも我愛羅は言ってくれる。
例え不味くても、アレはああしたほうがよかったのではないかと助言をくれるので特に怒ることも無い。

なので現状我愛羅が料理の先生だ。
メブキに教わった料理も勿論作るが、砂隠には砂隠の料理がある。
郷土料理と言われるものはやはりその土地にあったもの、その土地で獲れるもので作られる。
なのでそちらの料理を覚える方がやはり美味く作れるのだ。

現に野菜のスープも木の葉では手に入らない野菜が数種類入っており、特に時折使うサボテンの果肉などは木の葉じゃ滅多に口にしない。

「ごちそうさまでした」

パン、と手を合わせ頭を下げる我愛羅にお粗末さまでしたと答え、共に食器をシンクに運ぶ。
どちらか一方が用意をしたら、一方が片づける。
なので今朝朝食の用意をしたのはサクラなので、我愛羅はスポンジを手に取ると洗剤をつけ泡立てていく。

意外と家庭的なのよねぇ。
そんな我愛羅の一面もここに来てから初めて知った。
元々その手の話しに詳しいとは思っていたが、一人暮らしをしていると知らなかったのだから仕方がない。

手際よく皿を片づけていく我愛羅を尻目に、サクラは与えられた部屋へと戻ると出かける準備をする。

(うーん…何着ようかなぁ…)

広げた洋服を体に当て、ううんと唸り首を捻る。
幾ら休日とはいえあまり羽目を外した格好をするのは気が引ける。
特に今日は我愛羅が隣にいるのだ。
色目を使っているなどと他のくノ一や忍たちに思われたくはない。
けれどいつも通りの仕事着だと新鮮味がないし。
唸り続けていると部屋の外から我愛羅が何を唸っているんだ?と顔を覗かせる。

「洋服。何着ていこうかなぁと思って」

正直こんな姿を見られたくはなかったが、共に暮らしているのだからいずれバレることだ。
素直に告げたサクラに我愛羅はそうかと頷くと、部屋に入り並べられた衣服に視線を落とす。

「…イマイチ」

呟かれた言葉に少々イラッとしたが、我愛羅はするりと部屋を出ていくと何かを手に戻ってくる。

「何それ?」

首を傾けるサクラの前に広げたのは、オレンジ色の民族柄が可愛らしい大判のスカーフだった。
だが普通のものよりも長く大きいので、一体何をするのかと首を傾ける。

ひらりひらりと揺れるそれは涼しげで、思わず手に取ればするりと滑り肌触りがいい。
思わず気持ちいい〜と触り続けていれば、いいから脱げと衣服に手をかけられ慌てて自分で脱ぐ。

渡された黒いストラップなしのインナーに首を傾けていれば、いつの間にか後ろに回っていた我愛羅にブラの肩紐を外されぎゃあと叫ぶ。
思わず何をするのかと叫べば、肩紐が見えると美しくないと至極当然な体で言葉を返され口を噤む。
何をする気なのだこの男は。

怪しむサクラに気づいているのかいないのか、我愛羅は生地をサクラの背に回し胸の前で結び始める。
何をするのかとその器用な指先を眺めていれば、胸の前で作ったリボンの端をねじり、サクラの首の後ろに回しまた結ぶ。
もしや、と思いつつ流れを見守っていると、余った両端を結び中央のリボンに通し、あっという間にホルタ―ネックのトップスが出来上がった。

「…器用ね」

思わず零すサクラに、風の国の民族衣装だと我愛羅は応える。
休日のショッピング時やデート、ちょっとしたアクセントに使われるのだと言われて成程と頷く。

スレンダーなサクラの美しいデコルテラインに我愛羅も素晴らしいと頷くが、すぐさま部屋を出ていき白無地の大判スカーフを手に戻ってくる。
今度は何をするのかと思っていると、器用に端を結び渡してくる。

「何これ」
「羽織。袖を作ってあるから通せ」

今日は日差しが強いからな。
そう言って渡されたスカーフはそれぞれ上下に端を結んでおり袖口が出来ている。
何事に関しても器用な男に本当すごいわね、と感嘆しつつそれに手を通す。

「可愛い?」

ことりと首を傾けくるりと回るサクラに、我愛羅はうんと頷く。
その満足そうな顔に今回は褒めてやろうと茜の髪を掻き乱す様に頭を撫でれば、我愛羅がぎゅうと抱き着いてくる。

「ほら、我愛羅くんも用意して」

じゃれる我愛羅に笑いながらもその背を叩けば、素直に分かったと頷き体を離し衣装棚を開く。
流石に三十代手前になると素直に足を出すのに少々抵抗を覚え、下穿きはどうしようかと悩んでいると背後で我愛羅がもぞもぞと動き出す。
どうやら着る服を決めたらしい。
だがすぐさまん?という声と共に動きが止まったのでどうしたのかと振り返れば、何やらゴソゴソし始める。

「何してるの?」

思わず問いかければ、振り向いた我愛羅は衣服に顔を突っ込んだままボタンが外れん。と首元で留めていたボタンと格闘しており思わず吹き出す。

「あははは!ちょっと、もう…あははは!」

ばしばしと腿を叩きながら爆笑すれば、我愛羅はむう、と唸る。
男性用の衣服にしては小さめのボタンが引っかかり辛いらしく、もだもだする我愛羅に笑いながらも留め具を外してやる。

「あーもう、本当、あなたってバカねぇ」

仕舞う時に首元のボタン留めるからよ。
目尻に浮かぶ涙を拭いつつそう言えば、我愛羅はむすっとした顔でようやく衣服から顔を出す。
どうやら爆笑されたのが気恥ずかしいのと悔しいのとでそんな表情になったらしい。
本当ドジなんだから。
少々間抜けな我愛羅にくすくすと笑っていれば、口を開けた我愛羅に鼻先を噛まれぎゃあ、と叫ぶ。

「もう何するのよっ」
「仕返し」

がじがじと耳や首、スカーフの下から見える肩にじゃれるように噛みつかれくすぐったさにただ笑う。
けれどいい加減出ないとテマリが迎えに来る、と告げれば、満足したのか我愛羅は体を離す。
それでも尚くすくすと笑っていると、いい加減にしろ。と頬を抓られいひゃいと呟き手を叩く。

「だってあなたって本当…可愛い人ね」
「…褒められてる気がしない」

むすっとする我愛羅が手荷物を纏めると、先に用意を終えていたサクラの手を取り家を出る。
流石に外でそのまま手を繋いで歩くことはできないが、隣り立って歩けること自体が幸せなので文句はない。

待ち合わせ場所に着いたサクラは、テマリから似合うじゃないかと褒められ破顔する。
対するテマリも夏らしく涼しげな空色の衣服を纏い、少し長めの裾がふわりと靡く度に涼を感じる。
テマリさんも綺麗です。と笑顔で告げれば、お世辞は結構だよ。と頬を両手で頬を挟まれ互いに笑う。
彼女とこうして打ち解けられるのが、サクラは嬉しかった。

「…俺を除け者にするのはよしてもらおうか」

案の定女性特有のテンションに着いて行けてない我愛羅が一人むすっと腕を組み立ち竦んでいる。
流石にほったらかしにしたのは不味かったか、と二人揃って謝れば、我愛羅の表情がいつもの仏頂面に戻ったので許してくれたらしい。
普通の人に比べ表情が乏しいと言われる我愛羅ではあるが、意外と分かりやすかったりするものだとサクラは思う。

そうして三人並んで市へと行き、既に賑わっている通りを歩きつつ店先を覗いていく。

「あ、コレ可愛い」

風の国だけではなく、火の国や土の国などの国を超えた物産品に三人は興味深げに品物を手に取り談議を交わす。
砂隠は砂漠地帯のため地味に思われがちだが、風の国として掲げられる衣類や染物などの名産品は繊細で美しく目が奪われる。
忍としては纏えないが、国の一般人が身に着けるための装飾品の数々は目に鮮やかで華々しい。

事実サクラが今身に纏うスカーフも、パレオと呼ばれる衣服の一種だと知った。
肌触りのいいそれは生地や柄も様々で、女性用だけでなく男性用もあり、我愛羅も持っているのかと問えば数枚所持しているらしい。
風の国では伝統衣装にも使われるし、普段着としても、時にはベルトやテーブルクロスなどにも使われる万能品なのだとテマリに教えられへえと感嘆する。

「まぁでも、私たち忍が使うにしてはちょっと目立ちすぎるから、砂隠にはあまり置いてないんだがな」

苦笑いするテマリに、実は今テマリが着ている服もパレオの一種だと説明され再びサクラはへえと感嘆する。

「色んな着方があるんですね」
「まぁな。だが我愛羅が女物を持っているとは知らなかったぞ。それに着付け方法も知っているとはな」

テマリのからかう言葉に視線を巡らせれば、途端に我愛羅が顔を背ける。
忍び笑いをするテマリを尻目に、サクラがねえねえとその顔を覗き見ようとするが、体ごと背かれ思わず笑う。

「誰かさんのために用意したんだな我愛羅」
「うるさい黙れ」

からかう声に硬い声が返ってくるが、照れ隠しだと分かっているテマリはただ笑う。

「でもよかったよ。相手がサクラで」

誰とも知らない、何処の馬とも分からない女だったら認めるものかと続けるテマリに、サクラは微笑む。

「そう言ってもらえると嬉しいです」

自里の誰にも言えなかった。
両親にも、師にも。そして彼の身内にもずっと黙っていた。
意図せずそれがバレたとはいえ、こうして彼の身内に認められたことが素直に嬉しかった。

昔に比べ随分と美しくなったサクラの笑みを見返しながら、テマリは未だ顔を背け続ける我愛羅に視線を向ける。

「我愛羅。泣かせるなよ?」
「…分かってる」

テマリの言葉にサクラが驚いたような顔を向ければ、なんて顔してんだい。とテマリが薄紅の髪ごと頭を撫でる。

「言っただろう。サクラでよかったって」

そんなお前を大事に思うのは我愛羅だけじゃないよ。
我愛羅の姉らしい、彼と同じ優しい眼差しに思わずサクラの涙腺が緩み、慌てて首を振る。
ありがとうございます、と呟く声は僅かに震えたが、それでも笑えばテマリは優しく微笑み頷いた。

「…だから俺を除け者にするなと言うに…」

背けていた顔をようやく戻した我愛羅の呟きに、顔を背けてたから仕方ないじゃないと笑えば視線を逸らす。
顔を背けない代わりに視線を逸らした我愛羅に二人で笑えば、むにりと頬をつねられ痛いと叫ぶ。

「何でテマリさんにはしないのよ!」
「するかバカ」

存外力を込めて抓られヒリヒリと痛む頬を庇いつつ異議を唱えれば、怪訝な顔で見返される。
笑うテマリに仲が良くて結構、とからかわれ恥ずかしくなる。
だが我愛羅は他の店に惹かれるものがあったのか、するりと身を翻すとそちらに行ってしまう。

「あーもう、また勝手にどっか行って」

相変わらずな行動に腰に手を当て不満を漏らせば、テマリがあいつは猫だからなぁ、と笑う。

「今度からパレオで首輪でも作ってやろうかしら」
「いい考えだな。名前でも刺繍してもらうか?」

テマリの提案に吹き出し、二人で笑いながら商品を見て回る。
そのうち戻ってきた我愛羅も含め再び三人で見回っていると、風影様!と我愛羅を呼ぶ声に揃って顔を上げた。



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