小説
- ナノ -






我愛羅がナルトと話をつけている一方で、サクラは火影邸へと足を運び綱手の前に立っていた。

「サクラ、すまんがお前に長期の特別任務がある」
「特別任務?何でしょう」

長期か、一体なんだろう。
思いつつ綱手の言葉を待っていると、今日我愛羅が来ているのは知っているか?と問われ頷く。

「悪いがこれから砂隠で一年間。単身赴任してほしい」
「い、一年?!」

今まで一か月や二か月というのはあったが、一年という長い期間はなかった。
どうしてまた、と我愛羅から聞かされていないこともあり余計に驚けば、綱手は我愛羅が持ってきた資料をサクラに手渡す。

「砂隠の高山で採れた薬草の一覧だ。まだ見ぬものも多い。だからお前に力を貸してほしいと我愛羅が直々にやってきた」
「…なるほど。確かに見たことのないものばかりですね」

数枚の資料に描かれた薬草は、似たようなものはあるがすべて見知らぬものばかりでサクラも顎に手を置く。

「…なるほど…これを採取して一から研究し、生態や効能、薬にした場合の副作用まで調べなきゃいけないわけですね」
「そうだ。本当なら半年ぐらいで手を打ちたかったんだが、一年だと譲らなくてな。まったくあの小僧…年を食う度狸になっていくぞ」

悪態をつく綱手に苦笑いするが、この態度が綱手なりの我愛羅に対する愛情表現だとサクラは理解している。
そして我愛羅もそれはちゃんと理解しており、生意気なガキほど可愛いんだろう。と喉の奥で笑っていた。
…確かに随分と性根の悪い狸である。

だがそんな狸こと我愛羅と二人で支え合って生きていくと決めたのだ。
木の葉と砂隠の懸け橋になると思いサクラを頼ってきたのならば、それを無碍にするわけにはいかない。

「分かりました。必ず砂隠の方たちと共にこの任務遂行してみせます」
「うむ、頼んだぞ。それと我愛羅は明日までいるから、荷物をまとめたら共に砂隠に発ってくれ」

長いこと離れることになるが、頼んだぞ。
綱手に肩を叩かれ、サクラははい。と頷く。

やりがいのある仕事でもあるが、それ以上に一年もの間我愛羅と同じ地に入れることが嬉しかった。
人の目を掻い潜りコソコソと逢っていた今までを思い返せば、この約束された一年のなんと有難いことか。

だがそんなことをおくびにも出さず資料を眺めていたが、そう言えば。と綱手を見やる。

「あの、一年もの間私はどこに宿泊すればいいんでしょうか。流石にいつも使う宿は一年も取れないでしょう?」

サクラたちが使う宿屋は基本的には旅行者や業者、または商人などと言った一般人向けだ。
そこを一年も同じ部屋を借りれないだろうと問えば、綱手はあー…と言い辛そうに頭を掻きながら、それがだな。と口を開く。

「そのー…何だ。お前、嫌だったら嫌ってちゃんと言うんだぞ?」
「はい?何をです?」

珍しく言い淀む綱手に首を傾ければ、ごほん、と一度咳払いした後綱手は口を開く。


「これから一年間。お前には我愛羅の家で暮らしてもらう」


………。


「はい?」


パサリ。
手にした資料が床に落ちていく。
見開いた眼の先にいる綱手も苦い顔をしており、サクラの頬がひくりと引きつる。

私そんなの聞いてない。

引きつる頬と、喉の奥まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、サクラは嘆息した。
あの人は一体何を考えているのかと。

「嫌なら言っておけ。アイツもどうにかするだろう」

項垂れるサクラを気の毒だと思ったのか、綱手はまったく。と両腕を組んでいる。

(あの小僧…いくら私がサクラを守れと言ったとはいえ、己の家にいれば一番安全だろうと自信満々に断言しおって。クソガキめっ)

幾ら浮いた話を聞かないとはいえサクラも女だ。もし無理やり手を出したなら絶対に許さん。
そう一人熱くなる綱手の後ろでは、サクラが赤くなった頬に両手を押し当て緩む頬を必死に抑え込んでいる。

(一年間…そうか…私一年もの間我愛羅くんと一緒に同じ屋根の下で暮らすのか…大丈夫かしら、私…)

我愛羅にはある程度素のサクラも見せている。
大雑把な所も少々手が早いところも、昔よりはだいぶマシにはなったが炊事があまり得意じゃないことも。
唯一得意なことといえば包帯を巻くことと裁縫ぐらいだ。裁縫も医忍になってから上手くなったのだが。

対する我愛羅はきっちりとしており、掃除も好きだし料理も得意だ。
一度砂隠に単身で授業をしに行った時、我愛羅の家でごちそうになった料理はすべて我愛羅の手製で、てっきりテマリが作ったものだと思っていたから驚いたものだった。
部屋の中もシンプルで余計な物が無く、小さなゴミも見つければすぐに拾う彼の家の中は常に綺麗だった。

(…愛想つかされなきゃいいけど)

対するサクラは一々ゴミを拾うぐらいならモップでささっと拭いてしまう方で、しかも気づいてすぐにではなく、後でと後回しにし、一気に片づけるタイプだった。
あんまり見栄を張っても最終的にボロが出るだろうが、それでも出来るだけ気を付けておこうと心に決める。

「えぇと…でも我愛羅くんって結構優しいですし。大丈夫だと思います」

夜の方は時々アレですけど。
思っても絶対に口にはできないことを内心だけで続け微笑めば、綱手はそうか?と腕を組む。

「まぁ何かあればすぐに戻ってこい。あと定期連絡は必ず入れるように」
「はい。分かりました」

話しが終わるとサクラは火影邸を後にし、家に戻るとすぐさま風呂に入り、寝る準備を整えてから鞄を取り出し荷物を詰めていく。
基本的にある程度のものは向こうでも揃えられるので、必要最低限のものだけ詰めればいい。
そうしてあれは持って行く、これは置いて行く、と整理をしているうちに、そう言えば我愛羅は今日どこで止まるのだろうかと考える。
ナルトも突然の訪問だったから何も聞かされてなかったと言っていたし、綱手に聞けばよかったなぁ、と思っているとコンコン、と窓が叩かれる。

こんな時間に誰かしら。
護身用のクナイを手に取り忍ばせつつ、そろりとカーテンを開ければ、そこには我愛羅が立っており面食らう。

「どうしたの我愛羅くん?!宿は?!」

慌てて窓を開ければ、我愛羅は取るのを忘れてた。と至極間抜けた返事をしサクラは呆れる。

「…本当あなたって自分のことになるとずぼらよねぇ…」

呆れるサクラにすまん。と謝り、悪いが泊めてくれないか。と頭を下げる。
そう言えば前も似たようなことがあったな。
苦笑いしつつどうぞ。と促せば、すまんな。と告げて我愛羅が忍び込んでくる。

あまりにもそっくりな二人の行動にくすくすと笑えば、我愛羅が何だ?と首を傾けてくる。

「うふふ…ちょっとね…」

我愛羅にはサスケが度々泊りに来ることは告げている。
話した時は相当機嫌を損ね、仏頂面に拍車が掛かったが、特に問題もないとあの夜のことは黙って説明した。
だがそんなサクラの微妙な変化を見逃すほど我愛羅の心は広くない。特にサクラに関しては針の穴ほどにその心は小さくなる。
案の定問い質され、誤魔化そうと思ったが結局白状する羽目になり、結果互いに譲らぬ大喧嘩が勃発した。

最終的にはもし再び口付けられた時はサスケの舌を噛み千切れ。
そう約束させられその話は終わった。
相変わらず怒らせると怖い男である。

そんな恐ろしいことを約束させた我愛羅は今ではマイペースに風呂を借りるぞ。と一言告げてから奥に消える。
我愛羅がサクラの部屋に訪れるのはこれが初めてではないので、サクラも特に気にせずどーぞ。と返す。

因みに着替えはこっそりと置いてある。
流石に洋服は無理なので下着だけだが、一人暮らしなのだから男避けに置いているだけだと皆には誤魔化している。
それが我愛羅の下着だとは誰も思わないだろう。

そう思うと何だか恥ずかしさを覚えるが、とにかく先に明日の用意だ。布団を敷くのは後からでもいいだろう。
そう結論付け再び荷物の準備を進め、ついでだから明日の朝食の準備もしておこうと台所で仕込んでいると、脱衣所から我愛羅が出てくる。

「明日の準備か?」
「うん。朝ごはんのだけどね。あ、そうだ我愛羅くん。私聞いてなかったわよ今日の話」

ぐるりと首を巡らせ、サクラの邪魔にならないようベッドに背を預けるようにして座す我愛羅を諌めれば、我愛羅はふいと視線を逸らし口を閉ざす。
言い訳を考えていなかった時の我愛羅の癖にまったく。と吐息を零し、ちゃんと相談してよね。と唇を尖らせる。

「…嫌なのか?」

少々ご機嫌斜めなサクラに不安になりつつ我愛羅が問えば、違うわよ。と間髪入れず否定の言葉が返ってきて少し安心する。

「ただ…その、やっぱり一緒に暮らすってなると恥ずかしいじゃない…勿論!仕事は仕事としてちゃんと受けるけど!」

そう言って顔を背けるサクラの、結われて露わになる白い頬が常より赤いことに気づき我愛羅はしたりと笑む。
正直サクラに何の相談もなくこの話を進めたのは、断られたり、ちょっとそれは…と渋られるのが嫌だったからだ。
存外奥手な自分に少々情けなさも覚えるが、相手がサクラなのだからそう思うのであって、常ならばそんな不安は微塵も感じない。

我愛羅は朝食の仕込みを終え、エプロンを外そうとするサクラの背後にひっそりと忍び寄ると、気の抜いているサクラの背に勢いよく抱き着く。

「うわっ、ちょっと…!」

そのまま抱えられごろりとベッドに横倒しにされ驚くサクラに、我愛羅は喉の奥で機嫌よく笑いながら広がる薄紅の髪ごと頭を抱え額に口付る。

「褒めるなら褒めてくれていいぞ」
「何バカ言ってんのよ。褒めてるんじゃなくて怒ってるの!分かってる?」

ゴロゴロと喉を鳴らし甘える猫のような我愛羅に呆れながらも、えいと肋骨付近の脇腹をくすぐってやれば慌てて体を離す。
我愛羅は以外にも脇腹をくすぐられのが弱かった。

「…それは反則だ」

ベッドの上、少ない隙間に四つん這いになり威嚇するように姿勢を低くする我愛羅に反省しなさい。と指を突き立てれば、我愛羅はしゅん、と項垂れ顎をシーツにつけ薄目で睨んでくる。

「…別に悪いことはしてないだろう」

むすったれる我愛羅に相談しないのはルール違反よ。
と諌めつつその鼻先を抓めば、途端ぎゅ、と目を瞑る我愛羅に少々笑ってしまいそうになる。
だが反省させるためにも厳しい顔を作ったまま、暫くそこで反省しなさい。と告げる。

「明日の仕込みは終わったけど、一年もアパートを離れるんだから大家さんに連絡いれておかないといけないし」

言いつつ便箋を取り出し机に広げれば、後ろで我愛羅が暇だ。と呟く。
だがそれに構う気はさらさらない。

「はいはい。後で構ってあげるから今は大人しくしててね」

じーっと後ろから突き刺すような視線がくるが、それらを全て無視して黙々と便箋に筆を走らせる。

ここ数年で学んだが、我愛羅は猫だ。

気まぐれで自由気ままで、甘えたくなったら甘えにきて、そうでなければふらりとどこかに消える。
夏は涼しいところで横になり、冬になれば日当たりのいい所で惰眠を貪る。
興味がないものには右から左で、興味があるものには目を光らせ作業や資料漁りに没頭する。

そのことについて一度テマリに軽く相談すれば、テマリもアイツは猫そっくりだからな。と苦笑いしていた。
だから腹の立つことをされても、アイツは猫だ。アイツは猫だ。と思っていれば自然と怒っていることがバカらしくなる。と言われ、それを実行していた。
事実そう思えば大概の行動を許せてしまうのだから、つくづく困った猫である。

暫くそうして後ろからの視線を無視して大家に送る手紙を書き綴り、誤字脱字、文章におかしなところがないか数度確認してから筆を置く。
そうしてようやく構ってやるかと後ろを振り返れば

「…寝てるわ。この猫」

ベッドの上、四肢を投げ出しぐっすりと寝入る我愛羅に思わず呆れた吐息が零れる。
まったくしょうがない人ね。
穏やかに上下する背を軽く押し、力の抜けた体を転がし壁際に隙間を作るとそこに寝転がる。

シングルベッドに二人はきついが、いざとなったら我愛羅を叩き落とせばいいだろう。
そんな手酷いことを考えながらも電気を落とし、投げ出される腕の中へと潜り込む。

「おやすみ、我愛羅くん」

我愛羅の胸板に額を押し付け目を閉じれば、ぴくりと反応した手が無意識にサクラの髪を緩く梳く。
その仕草に、もしかしたら微妙に声だけは聞こえているのかもしれないと思う。
猫の耳が主人の声に反応するように、我愛羅も無意識に反応したのかもしれない。
そう考えれば尚更おかしくて、サクラは必死に笑いをかみ殺しながら目を閉じる。

この三年で、二人の間には言葉がなくとも通じるものが増えてきた。
そしてこうして互いの素の部分も見せ合うことも、それで喧嘩することも一層増えた。
だがそれができることがどれほど幸せかと言うことも理解している。

互いの間にできた見えない絆が深く二人を結びつけている。
そんなことを思いつつ明日から始まる一年に思いを馳せる。

一つ屋根の下で一年間、休暇を取らずとも我愛羅と逢えるのだ。
それがあまりにも幸福で、少しだけ怖い。

だが約束された一年を無碍にするほど無欲ではない。

できればこの一年で砂隠の人たちに本当の意味でサクラの存在を認めてもらいたかった。
我愛羅の隣に立っていても、相応しくないと笑われないように。

「…うぅ…ん…」

悩むサクラの気持ちが伝わったのか、唸りながら我愛羅がぎゅうとサクラを抱きしめる。
ぐりぐりと顔を押し付けてくる我愛羅に思わず吹き出し、まったくしょうがない人ね。と背を撫でればようやく落ち着く。

穏やかに上下する胸板に額を押し付け目を閉じれば、聴こえてくる穏やかな心音に安堵する。

何はともあれ明日からはずっとこうして過ごせるのだ。
仕事は勿論しっかりとこなすが、プライベートな時間も大事に過ごそう。

そう考えるとサクラは穏やかに頬を緩め、ゆっくりと忍び寄ってきた暗闇に意識を手放す。
重なる鼓動はいつしか一つになり、穏やかな音を奏でていた。



第六部【二人】了
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